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検索対象: 谷崎潤一郎全集 第8巻
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1. 谷崎潤一郎全集 第8巻

若しこんな指が壽草のやうに小さな鉢に植わって居たら、どんなに可愛らしいだらう。 「ね、どう ? 似合はないか知ら ? 」 と云って、彼女は掌をウインドオの前の手すりにあて、、踊りの手つきのやうにグッと反りを打たせる。 そして問題のアクアマリンの事は忘れたやうに自分の手ばかり視つめて居る。 ~ 鎖は自然と、 が、岡田はどんな返事をしたか覺えはない。彼もあぐりと同じところを視つめたま、、 : 考へて見ると、もう二三年も前か 此の美しい手に附きまとふいろ / \ な空想で一杯になって居た。 粘土のやうに掌上に弄び、懷爐 此の愛着の深い一片の肉の枝を、 ら自分は此の手を朝なタな のやうにふところに入れ、ロの中に入れ、腕の下に入れ、頤の下に入れていちくったものだが、自分がだ ん / \ 年を取るのと反對に、此の手は不思議にも年一年と若々しさを增して來る。まだ十四五の折りには それは黄色く萎びてゐて、細かい皺が寄ってゐたのに、今では皮がビンと張り切って、白く滑かに乾燥し て、その癖どんな寒い日にでも粘ッこい膩味がじっとりと、指輪の金が曇るくらゐに肌理に沁みてゐる。 あだ ・・あ : あどけない手、子供のやうな手、赤ん坊のやうに弱々しくて淫婦のやうに阿娜つほい手、 此の手はこんなに若々しく、昔も今も歡樂を追うて已まないのに、どうして自分は斯うも衰へてしま ったのか。自分はもう、此の手を見るだけでもそれが挑發するさまる、の密室の遊びを連想して、毒々し : じっと見てゐると、岡田にはそれが手だとは思へなくなって來る。 い刺戟に ~ 鎖がヅキヅキする。 手だけが此處にむき出されてゐるの ・ : 白晝・ーーーー銀座の往來で、此の十八の少女の裸體の一部、 あぶらみ 228

2. 谷崎潤一郎全集 第8巻

いてある一ポンド人りの藥罎を取って見せる ) 此れは今日會社から持って來たんだがね、此の藥を使って實驗し なけりゃならない事があるんだよ。今夜のうちに家で試驗をして、明日の朝までにその結果を報告しな けりゃならないんオ 彌生何 ? 共の藥は ? フレデリッキ此れは硫酸の濃い奴さ、 彌生劇藥 ? フレデリッキあ、劇藥だね。此れが頬ッペた ~ でもはねか、ったら、顏中火傷したやうに爛れて、皮膚 の色が變っちまふね。 彌生へえ、い、事を聞いた、 それぢやその藥をジャネットの顏へでもぶつかけてやったら、どう するか知ら ? あなたは困る ? フレデリッキ己よりかセシルが泣くだら、つよ。 彌生あなただって泣かない方ぢゃないでせう ? ちょいと其の罎を貸して頂戴。 ( 手をさし出す ) フレデリッキ ( 彼女の手を避けながら罎をテーブルの上に戻す ) お止し、お止し、うつかり此の藥に觸ったら手が 臺なしになっちまふぜ。 話彌生 い、わ、臺なしになったって。あたしの手なんかどうなったって、誰も困る人はありやしないわ。 牧 だけど、そんなにいっ迄もジャネットの事ばかり思ってると、私ほんたうにぶつかけてやるわよ。 本 フレデリッキ止しておくれよ、ぶつかけるのま冓まよ、。、、 ~ 本オカ己が飛んだ係り合ひになるからな。 ミ ) 0 381

3. 谷崎潤一郎全集 第8巻

青い花 : 岡田の頭の中にある「女」の彫像が共處に立った。彼はチクチクと手に引っか、、る幢い絹を、彼女 に手傳って肌へ貼り着けてやりながら、ボタンを篏め、ホックを押し、リボンを結び、彫像の周圍をぐる : 岡田は又グラグラ イ、と廻る。あぐりの頬には共の時急に嬉しさうな、生きノ \ した笑ひが上る。 と眩暈を感ずる。 ( 大正十一年二月稿 ) めまひ 243

4. 谷崎潤一郎全集 第8巻

愛なき人々 ん ! お前はあたしを欺したばかりか、小倉さんを欺したんだね。うそッつき ! 惡黨 ! どんな事が あったってお前を彼奴にやりやしないから。 梅澤 ( その眼が憎悪で一杯になる ) 己あ何處へも行きゃあしないよ、お前と夫婦になったんだからな。惡黨同 士でちゃうどい、んだ。 ( いきなり玉枝の胸ぐらを取る ) 玉枝 ! その代り己と一緖に死んでくれー 玉枝 ( 兇器を持った男の手頸を兩手でおさ ~ る ) あれ工 ! 人殺しツ、助けてくれー 梅澤 ( 女を組み伏せたま、、妙に落ち着いて徴笑しながら ) 馬鹿を云へ、お前を助ける者なんて此の世の中に居や しないんだ。さあ、覺悟してくれ ! 己も後から直ぐに行くからー 私を欺してお杉の奴と一緖になるんだ ! 玉枝うそッつき ! お前は私を欺すんだ , ・ : 彼奴を咀び殺してやるから、 惡黨 ! お杉の奴を、 梅澤、手頸にからみ着いてゐる女の指を靜かに解き、兇器を彼女の喉にあてる。 玉枝人殺しツ、人殺しツ、助けてくれー 梅澤、遂に玉枝の喉を突き刺し、屍骸の上に打っ俯しになる。暫くしてから、まるで子供のやうにしく / \ と意気地 なくしやくり上げつゝ 、いっ迄も泣きっゞける。 ( 幕 ) うそッつきー 471

5. 谷崎潤一郎全集 第8巻

、 p-i 、、豊雄は杯を妻の方へ出し、「さあ酒だ、酒だ、お酌をしておくれ」と云ふ。富子豊雄の側に 寄り添うて酌をしながら、喃々喋々と語る。絞暗。 ( アートタイトル ) 溶明暗 むつごと その夜の睦言。 〔第百八十場屋内夫婦の室〕 0 0 絞明屏風の前に、富子が坐ってゐる。豊雄はホロ醉ひ機嫌でウトウトしながら、妻の膝を枕にしてゐる。 0 0 ( 豊雄の顏を中心にして絞明 ) 富子は惣れ惚れと夫の顏を眺め、兩手でその頬を愛撫しながら「お風を召すとい けませんよ」と云ふ。豐雄はドロンとした眼を見開き、下からヂッと女を見上げる。 〔第百八十一場屋内夫婦の室〕 豊雄 0 、、女を見上げ、手をさし伸べて女の頤を撫で乍ら、甘えるやうに云ふ。 ( 言葉挿人 ) 『そなたは長らく大内に宮仕へをして居たさうなが、こんな田舍に戻って來ては淋しからう。都戀しう は思はぬかな。』 〔第百八十二場屋内夫婦の室〕 富子 o 、、夫の顏の近くへ自分の顏を持って行き、猶もシッカリと兩手で夫の頬を抱き乍ら、にこやか 0 0 0 0 0 194

6. 谷崎潤一郎全集 第8巻

此方へお出し、 黑田お止しお止し、 瓜子の手にある時計をむ。 瓜子 ( 奪ひ取らうとして手をもがきながら ) よう、放してよ ! 放してッたら ! ( どうしても放さないので忽ちつんと ほんとにけちんぼだわ、そんな事を云ふなら私いっ迄だ けちんばー する ) い、わよそんなら、 って此處を動きやしないから。さあ、勉強するならして御覽なさい。 いきなりデスクへ飛び上って腰を掛ける、その拍子に原稿用紙が疊へ滑り落ちてしまふ。 黒田 ( 訴 ~ るやうに彼女を見上げる ) だけどお前、此れを入れるにしたところで、そんななりをしてお前が持 って行く積りなのかい ? 工合が惡ければ高村さんに賴むからい、わ。 瓜子え、持って行くわよ、 黒田 ( 非常に不安な顏つきになる ) 高村に ? 瓜子高村さんも音樂會へ行くって云って居たんだから、さうなれば私誘って行くわ。 ぐづしないで出して頂戴よ、 ( 手を差し伸べる ) ね、好い兒好い兄、ほんたうに好い兒、 黒田、默って時計を彼女に渡す。 瓜子有り難う、感心ねあなたは、だから私あなたが好きだわ、 ( 飛び降りて彼を抱き締める ) それぢや行って 來ますからね、その隙にあなた出來るだけ書いて頂戴、書き上ったら一赭に何處かへ行きますからね、 黑田己はお前が可愛くって仕様がないんだ、お前の爲めなら己はどんな苦勞でもする。どうか己の心持 さあ、ぐっ 324

7. 谷崎潤一郎全集 第8巻

三好分りました、よく分りました、僕は一度だってあなたを疑ったことはなかったのです、僕は昔から あなたを信じて居たのです、あなたが僕をお捨てになった共の時から。 三好、手を差し伸べて澄子の手をしつかりと握る。 牧子、上手の襖よりたヾならぬ顏色で入り來る。二人の素振りを見てちょっと立ち止まり、聲をかける。 牧子三好さん、あの、失禮でございます力 三好と澄子、手を放して牧子の方を振り返る。牧子慌しく二人の傍へ寄って來る。 牧子 實は、山田がやって參ったのでございます、 三好山田君が ? そして何だと云ふんです ? 牧子澄子が居るかと申しますから、居ないと云ってやったのですが、いや居るに違ひない、 是非登子に 會はしてくれ、會はなけりやいつまで立っても歸らないと申して、玄關に頑張って居るのでございます。 ほんたうに、まあどう致しませうか知ら ? 澄子 ( 縋り着くやうに三好の蔭に寄り添びながら ) お母様、どうぞ山田を追ひ歸して下さいまし、山田に會ふの は嫌でございます、どうぞ會はせないやうになすって下さいまし。 牧子お前さへ共の心なら、何とでも云って追ひ歸すけれど、 : でも、まあど、つしよ、つか知ら ? ど そ うしても歸らなかったら、いっそ警察へ電話を掛けて先の刑事にでも來て貰はうか知ら ? す三好いや、そんな事をなさらないでも宜しいでせう、 ・ : 僕が會ってやりますから。 愛 牧子あなたが ? ヾゝ、 さっき

8. 谷崎潤一郎全集 第8巻

と云ってうなづいて見せた。そしてその泡でつる / ( 、すべりながら、タップの端へやっと兩手でつかまっ くるぶし : それはどう云 て二本の脚をバチャパチャやらせた。私は脛だの踝だのを洗ってやってゐるうちに、 : ふいとお前の足の形とその手ざはりとを想ひ出した。お前の足は私の掌よりほ ふはずみだったか、 んの少しばかり大きかったね。此の兒の足はちゃうど私の掌の上へ乘つかる程の大きさなのだ。が、それ はたゞお前の足をそのま、小さくしたのだった。さう云ってもい、くらゐにそれはお前のに似てゐたのだ。 ゅび 踝のところで感じられるほっそりとした關節の骨 此の兄の柔かい踵の肉。蕨の芽のやうな可愛らしい趾。 ・ : 今此の足を見るに の手ざはり。甲が高く盛り上って中趾の先が船の舳のやうに長く尖ってゐる形。 ・ : 私は覺えずその つけてもお前の足がまるで子供のそれのやうにきやしやだった事が想ひ出される。 が變な顏をしなかったら、多 足を二つの掌の中に握った。握りつぶす程しつかりと握った。若しワシリ 1 分それを抱きか、へて頬擦りをしたであらう。 私とワシリ 1 とが再び三階から降りて行くと、空地には多勢の子供たちが待ち構へてゐた。 「ワンリ 1 ! どうだったい ? お湯へ入れて貰ったのかい ? 」 と、十三四になる兒が露西亞語でそんなことを云ふらしかった。そしてワシリーの傍へ寄ってちょっと體 のにほびをかいでみて、 まだ臭いや ! 」 「何だい ! とでも云ったのであらう、外の子供もみんな一々にほひをかいでは鼻をひく / \ やらせながらゲラゲラ笑 572

9. 谷崎潤一郎全集 第8巻

( 言葉挿入 ) 『父上、御安心なさりませ、私一人が命を捨てればよいのでござります。きっと富子殿をお助け申しま せう。』 さう云って豊雄は立ちかける。父は唯ならぬ豐雄の覺悟に驚き、「早まったことをしてくれるな」とその 手を捕へる。豐雄「いえ / \ 、何卒私にお任せ下さい。私は覺悟をきめました」と云ひ、強ひて父の手を 拂ひのけて立ち上り、板の間の方へ行く。人々はどうなる事かと心配の體。父親も已むを得ず豐雄の爲す がま、に任せ、ちっと打ち沈んで何かしら思案に耽る樣子。 〔第二百四十場屋内板戸の前〕 正面に板戸を寫す。豊雄左より入り來り、板戸の前に來て耳をつける。シンと靜まってゐる様子。豊雄は 戸に手をかけ、遂に思ひ切って戸を開けて、中を覗く。 〔第二百四十一場屋内夫婦の室〕 豊雄の眼から見た室内。屏風も厨子も元の所にある。が、女の姿も蛇も見えない。やがて屏風の蔭から侍 女がフィと顏を出し、ニコャカに笑ひ、手招きする。っゞいて富子も顏を出し、媚びをた、ヘる。 〔第二百四十二場屋内板戸の前〕 婬豊雄 o 、、室内 ~ 這入らうとして一寸躊躇し、天を仰ぎて觀念の眼を閉ぢ、死を覺悟して中に這入り、 性戸をしめる。 蛇 〔第二百四十三場屋内夫婦の室〕 209

10. 谷崎潤一郎全集 第8巻

フレデリッキあゝきっと、 フレデリッキ去る。 ジャネット化粧臺に腰かけてちょっと顏を映して見、それから寢臺に這人り、仰向けになって煙草を吸びながら、英 語の繪入雜誌をひろげて見る。が、直ぐに又それを放り出して臥ながら煙草を次皿に捨て、手を伸ばして枕もとの壁 にある電燈のスヰッチを切る。 短き間。ガタリと云ふ音がして扉が開く。ジャネット、音がすると同時にスヰッチを捻り返してすっくり身を起す。 しようゼん 誰か來と ( 部屋の外に立って居る入影を認め、悚然として金切聲を上げる ) あツ、セシルー ジャネット誰 ? セシル駈け込んで來て手早く扉を締め、寢臺を降りて逃げ出さうとするジャネットの前に倒れるやうに跪き、兩手を ひろげて彼女の脚に縋り着く。ジャネット寢臺に臀餅をつく。 セシルジャネット ! 後生だ ! 大きな聲を出さないでくれ ! 己は決して亂暴な事をしに來たんちゃ : なあ、ジャネット ! お前定めし厭だらうが何卒己を助ける ない。己はお前に賴みがあるんだ。 : いっかの約東を聽いてくれ、もう一度己の物になってくれ。 と思って、 ジャネット身をすくめて恐ろしげにセシルの顏を視詰める。そして猶も逃げ出さうと悶え績ける。 セシルなあ、ジャネット ! 己はこんな顏になっちゃったがそれでもお前の傍に居たいんだ。賴むから : 此の體を己に抱かしてくれ。 ( 激しく彼女の全身を搖す振る ) 此れは己の物なんだ、 己と一緖になって、 此の手も、此の腕も、此の脚も、みんな己の物なんだ。フレデリッキが取らうとしたって此れは己の物 なんだ。・ 410