そりゃあお察し申しますな、 渡邊成る程な、するとあなたもその時分から光ちゃんを ? て方が惡いと云っても、そりゃあ矢張性分でな、だだッ兄になるのは已むを得ませんよ。 一雄又さうなるやうに、此方も望んで居たんですからね。 お絹の十八九の時分が、實に光ちゃんの通りでしたよ。 渡邊全く全く 一雄すると何ですかね、僕もあなたにそっくりと云ふ譯ですかね。 可笑しな事を云ふやうで 渡邊あは、、、、私に似ちゃ御迷惑でせうが、全くどうも、何ですな、 すが、他人のやうな気はしませんな、あは、、、。 此れ 一雄 ( ふと或る事を想ひついたやうに、椅子を立って立像の方 ~ 近よりながら ) 渡邊さん、それぢや一つ、 を御覽なすって下さい。此れは光子をモデルにしたんですが、此の頃こんなものを拵へかけて居るんで すよ。 渡邊は、あ、成る程 た、ず 立ち上って像の前に彳む。その間に一雄は次第に布を剥ぎ取る。渡邊、最初はばんやり見て居たが、だんだん女の全 身が露はれて來るに從ひ、はっと驚いたやうな、緊張した眼つきになる。 一雄此れはね、「永遠の偶像」と云ふ題で、近いうちに展覽會へ出す積りで居るんですがね、 渡邊 ( うっとりと見入って上の室で云ふ ) は、あ、此れカ 一雄まだ八九分通りしか出來ちゃ居ないんです、あんまりい、出來ぢゃありませんけれど、 渡邊此れは光ちゃんをモデルになすったんで ? 282
依ればもっと安くしてもい、んです。 渡邊いかゞでせう、甚だ勝手ですが、幾らか割引して戴いて、讓って下さる譯にや行かないでせうかな。 2 しかしこんな物をお買ひになっても、置 一雄あは、ゝ、、あなたなら實費でお讓りしますがね、 いとく所がありませんよ。 渡邊しかし ( 眼分量で長さを測りながら ) 此のくらゐなら、床の間 ~ 這人らないこともありますまいから、 少し前に右手ドーアより八重子が這入って來て、默って話を聞いて居る、そして此の時聲をかける。 八重子兄さん 一雄 ( 始めて八重子に心付く ) え ? 八重子あの、ちょっと、 一雄何だい、何か用かい ? 姉さんがね、此れから活動を見に行きますから、あの、何にはどうか 八重子あの、 さんにはどうか、宜しく仰っしやって下さいッて。 さう云って、濟まし込んで渡邊の顏を見る。渡邊うろたへる。 一雄待て、待て、そりゃあいかん、ちょっと待てと云ってくれ。 八重子でももう支度して、出かけちゃったのよ。 一雄そりゃあ困ったな、何處の活動へ行ったんだ ? 渡邊
どうぞ此方へ 一雄さあどうぞ、 渡邊や、おにしいところをどうも、飛んだお邪魔をいたします。 どうぞ此方へ入らしって下さい 一雄どうぞ、 、、 ( 頻りにビョコピョコ頭を下げながら、テ 1 ブルの方へ來る ) 渡邊へい せんだってちゅう 一雄先達中は姉さんにいろいろ御心配をかけまして、 共の後はお變りもございませんかな。 渡邊や、その節はえらい失禮を。 一雄はあ、お蔭樣で。 二人が挨拶して居る間に八重子退場。兩人椅子にかける。 一雄實は何です、今ちょっと話しては見ましたけれど、まあ兎も角、代りに僕がお目に懸ってくれろッ て、云ふやうな事になったもんですから、 では此方へ參って居りますので ? 渡邊はあ左様で、 一雄え、さうなんです、三十分ほど前に見えたんですが、今二階に居られますよ、僕は又、そんな事と は一向知らなかったもんですから。 やど、つ、も、 年がひもない譯で甚だどうも、飛んだお手數をかけ 渡邊 ( 照れ隱しに ) あはゝ、、、 て相濟みませんが、實はその、何なんです、お話するツたって相變らずの喧嘩なんで、中し上げる程の ど、つ 事でもないんですが、彼奴が又いつもの傳でふいと内を飛び出しちゃったもんですからね。 も時々、此の手をやられるのにや弱りましてな。 274
一雄お詭の通りです、あは、、、。 渡邊ですからまあ、まるで子供の相手をするやうなもんですな、 欺されてやれば機嫌カ を手玉に取った積りで喜んで居る。 あれで案外、正直に出來て居るんですな。人は極く好いんで すな。 一雄さうですとも、自分ぢや悧巧者の擦れッ枯らしか何かの積りで居ますけれど、光子なんざあ全くの 子供ですよ、ちょいとお世辭でも使ってやると、直ぐと共の気になるんですからね、「お前は悧巧過ぎ て困る」なんて云はうものなら、すっかり嬉しがってしまふんですよ。 あの女ばかりは 渡邊いや、幾つになっても同じことで、お絹がやつばり、未だにさうでしてな。 小さい時から隨分揉まれて來たんですから、もう少し世間を知っててもいゝ筈なんですが、自分ぢや結 構えらがって居ますけれど、からッきしお孃さんでね、あのくらゐ煽ての利く女はありやしません。 一雄けれども共處がその : 渡邊共處がその、可愛いところなんですな、 幾つになっても子供みたいだと云ふところが、 一雄淫婦なんて云ふ者は、恐らくみんなさうしたもんちゃないでせうか、子供だ子供だと思びながらも 結局それが可愛いんですから、 渡邊大きにな、そんなものかも知れませんよ。 280
八重子 ( 冷淡に ) 何處ですか、 きっと淺草か何處かでしよ、帝國館か千代田館か、そんな所でしよ。 一雄渡邊さん、ぢや兎も角御一緖に、 行って見ようぢゃありませんか。 渡邊 ( しょげ返って ) どうもほんたうに、さう云ふ風にこじれて來ると困りますので、 一雄淺草へ行って見たら分るでせうから まあ何にしても出かけて見ようぢゃありませんか。 ー八重ちゃん、お前部屋を片附けてね、それへ ( 像を指す ) その切れを被せて置いとくれ。 八重子え、、 八重子切れを被せ始める。 一雄 ( ばんやりしてゐる渡邊を促すやうに ) さ、何にしても早い方がよござんすから、 々とし過ぎたんで失敗しましたよ。 渡邊 ( 一雄と共に戸口の方 ~ 行きながら恨めしげな口調で ) その傾きがありましたなどうも、 兩人退場。暫く八重子獨りになってゐる。程經て右のドーアから次郎がコソコソと這人って來る。 次郎 ( 八重子の背後に忍び寄り、モヂモヂしながら、やがて思ひ切ったやうに ) 八重ちゃん 八重子あら、次郎さん、いっ來たの ? あなた無闇にアトリ 工へ這入ると叱られるわよ、彼方へ行って らっしゃい。 聞一郎僕 : ・ : : : 八重ちゃんに少し : ・ : : = 話があるの、 ( 眞紅な顏をして懷から手紙を出す ) 此れを讀んでくれな の 八重子何、それは ? 誰の手紙 ? ちっとど、つも、女 5 285
一雄え、さうなんです。似て居ますか知ら ? 渡邊いや、似て居ます ! 恐ろしいもんですな ! お絹にそっくりですよ、あれが十八九の時分には實 に此の通りの體つきでしてな。 一雄はあ、矢っ張りさうでしたかね。 實によく似てますな、 渡邊あの肩の所からーーー斯う胸の方へかけての鹽梅なんか、どうも實に、 ( 次第に脚の方を見る ) さう、さう、此處ンところが丁度こんな風だったつけな、斯うッと、 ( 何事をか連想す : あれがもう十四五年前の事だったから、さうです、さうです、今でもハッ : あれがと、 キリ覺えて居ますが、肉附きと云ひ恰好と云ひ、全くこんなエ合でしたな、此の膝頭の一寸ばかり上の 所に大きなほくろがありましてな、ちゃうど此の邊の 云ひながら、夢中で觸りさうにする。 一雄あツ、觸っちゃいけません、まだ乾いて居ませんから。 ( 慌て、手を引き込める ) しかし何しろ、あの時分にはよかったもんですな 渡邊や、どうもそいつは しろもの あ、此れだから光ちゃんだって可愛い譯ですよ、此れだけの代物は、中々ありゃあしませんからな、 此れは何ですか、失禮ですがお賣りになるんで ? 一雄え、、買ひ手があれば賣ってもい、んです。 遠渡邊どのくらゐの價値の物でせうかな。 一雄此れを大理石に彫って、まあ千圓と云ふ積りですがね、尤もそれは展覽會の値段ですから、場合に 283
で詫まっておしまびになるんですね。 渡邊え、もう、その呼吸は十分心得て居りますがね。 一雄それで大丈夫です、御心配なさる事はありませんから、僕に任してお置きなさい。 渡邊いや、お蔭様で助ります、お忙しいところをえらい御迷惑で、 一雄どう致しまして。僕ン所ちゃこんな事は年中だから、何とも思って居ゃあしません、あは、、、。 渡邊あは、、、。 一雄それにしても、もう一一三十分お待ちになった方がよござんすね、あんまり手輕に見え過ぎてもいけ ませんからね、まあ一服やって御ゆっくりなすってらっしゃい、何か無駄話でもして居ようぢゃありま せんか。 どうもほんたうに、今日は朝 渡邊それぢやさう云ふ事に願って、一と休みさせて戴きますかな、 : 全く落ち着かないもんで からこんな事で駈け擦り廻って、電話をかけるやら問ひ合はせるやら、 してな。 云ひながら煙草に火をつけ、始めて莱が付いたやうにアトリエの中をキョロキョロ見廻す。 一雄いや、ほんたうに御同情しますよ、僕なんぞも、始終その爲めに仕事が出來ないんで困って居るん です。あなただからお話しますが、僕も光子の爲めにはどんなに苦しんで居るか知れないんです。僕は 偶 遠正直を云ふと、藝術と云ふものを眞面目にやるには、光子のやうな女と關係して居るのは善い事ちゃな 7 いっそ思ひ切って別れなければいけないんだと、さう思ふ事はよくあるんですが、別れて見ると矢
一雄いや、そりや僕も御同樣ですよ、先程ちょいと姉さんから伺ったばかりで、精しいことは聞いても 見なかったんですが、聞かないだって姉さんの事だから、大概分って居まさあね。まあ何ですね、さう 云っちや失禮ですが、怒らしたのが此方の不覺だと思って、理窟なんか仰っしやらないで、早く詫まっ ておしまひになるんですね、此方が降參しさへすりや氣が濟むんですから。 渡邊え、もう、そりゃあ何です、詫まれッて云ふ段になりや私はいつでも詫まるんでね、どうせ理窟な んか云ったところで、あの女にや分りッこないんですから、むづかしい事なんか不斷だって此れッばか りも云ゃあしません。ですから何も内を飛び出さないだって、立派に話はつくことなんだのに、それを どうもあ、云ふ風にごてるんですから、手數が懸ってかなひませんや。 一雄そこがその姉さんにしろ光子にしろ、一遍ごてて見なければ承知が出來ない方なんだから、 渡邊いや、植村さんの前ですが、お互様に全く此れにや惱まされますなあ。 一雄でも何ですよ、渡邊さんの所なんか、喧嘩と云っても此の頃はめったになさらないやうだけれど、 僕の所は始終ですからね。一と月に一遍ぐらゐ衝突しないことはありませんよ。さうしちや内を飛び出 したっきり、惡くすると三月も四月も歸って來なかったり、いっかなんざ・一年近くも居ない事があった んですから、僕のやうな性質だと、どうも何だか落ち着かないで仕様がありません。 渡邊さうなって來ると、誰しも落ち着かないもんですよ。お絹なんかもあれで餘つぼど大人しくなった 遠んですが、ちゃうど光ちゃんぐらゐの時分にや、矢張その通りでしてな、私なんざいくらさう云ふ目に 遇ったか知れやしません。可笑しな事を云ふやうですが、そんな風にされると始終そればかりが気に懸 275
、ゝッて、手紙で云って な者を内へ入れとくッて法はない、早く追ひ出しちまって堅儀な嫁を迎へるがい よこすんですよ。ですからたまに東京へ出て來たツて、決して此處へは泊らないんです、いづれ此の間 題ちゃ、晩かれ早かれ親父と衝突する事は分り切って居るんです。 渡邊親類の奴等が馬鹿だッて云ひますが、考へて見ると、我ながら馬鹿だとは思ひますよ、 しかし、あ、云ふ女に引っ懸ったのが災難ですよ、もう斯うなっちゃ離れられッこはありませんな。 一雄僕も始めツから、光子と云ふものを知らなけりやよかったと、つくづくさう思ふ事があるんですが 、と云ふんでもなし、好い女な 渡邊つまり、あ、云ふのが淫婦と云ふんでせうな、何もそれ程器量がい さうかと云 らまだ幾らだって居るんですが、それで居て不思議に男を惹きつけるんですからね。 って、腕が凄いとか、手練手管が上手だとか云ふほど、そんなに悧巧でもないんだけれど、承知して居 て欺されるやうになるんですから。 一雄そこが矢っ張り、淫婦の特長なんでせうよ、欺されるから此方が北いと云ふ事になるんですが、實 を云ふと欺されるのが面白いもんだから、謔かほんとかくらゐの事は分って居ながら、わざと引っ懸っ てやるんですから、 像渡邊さうです、さうです、それを向うぢやほんとに引っ懸けてやった積りで喜んで居る、その喜んで居 ねえ植村さん、さうでせう、さう云ふ事にな 9 遠る様子を見るのが、此方では又可愛くて溜らない。 、水 るでせう ?
永遠の偶像 光子私たちは彼方へ行ってませうよ、此方の策戦計畫も考へといた方がい、わ。 お絹考へる事なんかありやしないさ、どうせおやちの云ふ事は分ってるんだから。 光子ちゃ、二階でお花でも引きませうよ、ね、さうしない ? お絹あ、、久し振りでやってもい、ね。 八重子あたしもやっちゃいけない ? お絹お前やれるのかい ? 八重子え、、やれなくってさ、あたし中々名人よ。 光子やりたけりやお八重も這入るがい、、三人でないと面白くないから。 一雄八重ちゃん、お前その前に渡邊さんを此處へ案内しておくれ、「兎に角主人がお目に懸りますから」 ッて、さう云ふんだぜ。 八重子 ( や、不服さうに ) え、、 一雄それから此れを ( 卓上の茶器を指す ) 彼方へ持って行って、入れ換へて來ておくれ。 八重子えゝ、 八重子、茶器を持ってお絹と光子の後に從ふ、三人退場。一雄は椅子を直したりテーブルの上を片附けたりして居 渡邊が八重子に導かれて這入って來る。 五十恰好の、でつぶり脂ぎった禿げ頭の男。相場師らしい、ぞろりとした着流しのなりをして居る。 273