側にあるスクリーン上に、彼は何かをとらえようとしている。追跡二つはすっかり狂っていた。あとの五つは、びくりとも動かない。 してくるものがあるのだろうか ? この船が、始末することはおろそのことをいってやってから、「それに、動力も全然送りこまれて こんな話はきいたこともないよ。カルロス、こいつもやっ か、とらえることさえむずかしい相手であることは、もう先方にもしなし ばり、理論的にありえない事態だな。 わかっているはずだ。ゼネラル・。フロダクッ製の船体が現れようと , ヘッティア人がその製造「いや : : : そうもいいきれんそ。駆動装置を見てみたいな」 は、夢にも思わなかったにちがいない。。、。 「そこへいく道路にや、人工重力はないぜ」 をストップしてから、中古のこの種の船殻の値段は、天井知らすに アウスファラーは、遠ざかっていく三隻の曳船から、目を転じ なっていたのだ。 た。そこからすっと脇へ離れたところに浮かんでいる、大きな彗星 船が何隻か見えている。アウスファラーはそれをクローズアツ。フ にした。小惑星帯人たちが使う、厚手の皿形で、大きすぎるくらいのような、凍りついたガス球を見つけたのだ。彼が、遠距離レーダ の推進機関を強力な電磁装置を積載した、曳船が三隻だった。小惑ーをそっちへ向けるのを、私はじっと見つめていた。その後方に、 星帯人は、この種の船で、ニッケルー鉄の小惑星を曳いていき、鉱海賊の船団がひそんでいる気配はなかった。 石を求めている相手に売り捌くのである。その強力な推進機関をも私はたすねた。「あの曳船も、レーダーで撮ったかい ? 」 「もちろんだ。こまかいところは、のちほどテ 1 プをしらべる。今 ってすれば、われわれの船に追いつくことは可能かもしれない。だ ハイバ 1 スペースを出てから、襲撃をう は何もわからん。それに、 ・ : 船内重力調整装置の備えはあるのだろうか ? 何の動きもなかった。彼らは、追っかけてこようとも、逃げようけたわけでもない」 それまで私は、盲めつ。ほうに船を走らせていたのたが、それで船 ともしていない。おまけに一見、何の害意もなさそうにみえる。 しかしアウスファラーは、またべつの機械を使って、観察を試み首を太陽のほうへ向けた。周囲の宇宙で、いちばん明るく光ってい 引着までの ているようだ。もっともなことである。〈ホボ・ケリイ〉号も、つる星だ。 ( イバ 1 スペースでかせぎそこねた十分間は、」 冫しまそ航行時間を三日間ふやしたことになる。 いさっきまでは、平和そのものの姿をしていたというのこ、、 の胴体は兵器で鈴なりのありさまだ。あの曳船も、同様な擬装船か「もし敵がいたとしても、あんたはそいつを驚かせて追いはらって しまった。シェイファー、わが局は、この計画とこの船とに、巨額 もしれない。 の費用を投じたが、結局のところ、無駄骨に終わったようだ」 うしろからカルロスが声をかけた。「・ヘイ、いったい何が起こっ 「まるきり無駄骨ってわけでもなさそうたぜ」と、カルロスがいい たんだ ? 」 、ードライヴ・モーターを見てみたいな。 だした。「とにかく、ハイ / 「そんなこと、知るわけないだろ ? 」 ・ヘイ、推力を一に落としてくれないか ? 」 「メータ 1 の読みはどうなってる ? 」 「ああ。だが : いや、信じられない事態のせいで、神経質になっ つまり、 ードライヴ機構のことなのだ。指示装置のうち、
た。「カルロス、この船を消すには、どのくらい大きな質量が要いる。スクリーンが点くと、星々が見えた。船は通常空間に出てい る ? 」 るのだった。 「惑星くらい。火星か、それ以上だな。それ以上こまかい星は、船「畜生 ! つかまっちま 0 たことはたしかなようだな」カルロスの の距離と、そいつの密度による。うんと高密度の物質なら、それ以声には、驚きでも怒りでもなく、むしろ畏怖の響きがあ 0 た。 下の質量でも、船をこの宇宙からほうりだしてしまえる。しかし、 私が秘密パネルをひらくと、アウスファラーがどなった。「待 その質量探知機で、見つかるはすだよ」 て ! 」だが私は、かまわす、赤いスイッチをいれた。〈ホボ・ケリ 「これは、単に例えばの話だが : : いまは消してあって見つからなイ〉号は、船体を大きくゆすって、仮面をかなぐりすてた。 いとして、何ものかが、この船が通りかかったとき、いきなりでつ アウスファラーが、何か平地人の死語らしい言葉で、悪態をつき かい重力発生機のスイッチをいれたらどうだろう ? 」 はじめた。 「何のためにそんなことを ? それじゃ、掠奪も何もできやしな今や〈ホボ・ケリイ〉号の船体の三分の二が吹 0 とび、ゆるやか 。何の得になるというんだ ? 」 に回転しながら四方へ散っていった。あとに残ったのが、まさしく 「株価さ」 この船の正味であった。ゼネラル・。フロダクッ社の二号船殼。パペ しかし、アウスファラーが首をふっていた。「そんな仕事にかか ッティア人の製作に成る、長さ三百フィート、 太さ二十フィート る費用は莫大た。どんな海賊団たろうと、それにひきあうほどの利の、細長い透明な船体の周囲にそ「て、戦闘用の機器がすらりと並 益はあげられないだろう。パペッティア人なら、ありうるかもしれんでいる。空白だった各スクリーンが生きかえった。そこで私は、 メイン・ドライヴ ないがね」 主機関のスイッチをいれ、全力推進にあげた。 畜生、たしかにそのとおりだ。それほど裕福な人間が、何を好ん アウスファラーが、激怒と憎悪をこめた声でいいだした。「シェ イファー、 で海賊になる必要があろうか。 この間抜けの、卑怯ものめが ! 相手の正体も知らない 太陽を示す長い緑の線が、ほとんど質量探知機の表面に触れようままで逃げだすつもりか。先方には、すっかりこっちの正体を知ら としていた。私は声をかけた。「十分後に離脱するそ」 れてしまったんだそ。これで相手が追っかけてくるとでも思うの とたんに船が手荒く傾いた。 か ? この船は、特殊任務のためにつくられたのだ。きさまはその 「ベルトをかけろ ! 」叫んで、ハイ。 , 、ードライヴ関係のメーターに 計画を、めちやめちゃにしてしまったのだそ ! 」 目をや 0 た。動力が送られていない。ほかのダイヤルは、す 0 かり「その特殊装置を、使えるようにしてや 0 たんだぜ。そいつで、何 いかれちまってるみたいだ。 がわかるか、見てみたらどうだい ? 」と、私は教えてやった。そう 窓のスイッチをいれた。お客の平地人が、盲点空間を見て発狂しこうするうちに、なんとか恐慌状態からだけはぬけだせたようた。 ないよう、 ハイ。ハースペ 1 スではいつも窓を閉めておくことにして アウスファラーは、 がぜん忙しくなった。操縦パネルの、私の 9
タニアとルイス ともな人間なら、まず海賊説に傾くね」 の写真や、トウイン・。ヒークスの田舎に新しく もうずいぶん長いあいだ、シャロルにも会っていない。 「アウス求めた別荘の写真、その他いろんなものもいっしょたった。 ファラー、掠奪品の故売の線は、あたってみたのか ? 身代金の要三回、テー。フをきいた。それから、アウスファラーの部屋へ電話 求でも来たのか ? 」 した。くよくよ思い迷うのは、もう沢山だった。 信してまし、 をし ! アウスファラーが、のけそるようにして笑い出 したのだ。 出航のとき、ぐるりとジンクス星を一周した。ナカムラ宙航にい 「何がおかしい ? 」 たときから、ずっとそうやっている。それに文句をつける乗客な ・、いたためしがなかった。 「身代金要求は、もう何百となくきているよ。ちょっと頭のおかしと いやつなら、誰でも思いつくことだし、消失事件のニュースは、す ジンクスは、巨大ガス惑星のすぐ近くを公転している衛星であ つかりひろまってしまったからな。ぜんぶニセモノだった。どれかる。その惑星は、木星より大きな質量をもっているが、中心核が圧 一つくらい、本物があってほしかったがね。クジン族の名家の跡取縮され縮退状態になっているため、大きさは木星より小さい。何億 り息子が、行方を絶った〈ウ = イフアアラー〉に乗っていたのだ年か前には、ジンクスとその主惑星は、今よりもっと近かったが、 よ。だが、掠奪品の行方かーーーふうむ。そういえば、細胞賦活剤と潮汐作用のせいで徐々に離れていきつつあるのだ。それに先立ち、 高貴木の闇市値段が、さがってきているな。だがーー」彼は肩をす同じ潮汐力が、ジンクス星の主惑星に対する自転を停止させると同 くめ、「消えた船の積んでいた、・ ( ールの原画や、マイダス岩や、時に、この衛星を、球形から卵形に引きのばしてしまった。主星と その他もっと目立っ財貨は、痕跡もみせていない」 の距離が増大するにつれて、その形状は球形にもどろうとするが、 「すると、おたくも、迷っているわけか」 凝結した表層の岩石がその変形に抵抗してきたのたった。 「そうだ。い っしょにくるかね ? 」 こういうわけで、ジンクスの大洋は、その中央部を帯のようにと 「まだきめていない。 いつ出発た ? 」 りまいており、その地方の大気は、呼吸不可能なほど濃く、しかも 明朝、東極空港から出航するという返事だった。これで、考える熱い。一方、主星に向いた側とその反対側、すなわち東極と西極地 時間はできた。 域は、事実上大気層の上へつき出てしまっている。 夕食後、私は、・、 カつくりした気分で自室にもどった。カルロスが 宇宙からみたジンクス星の眺めは、まるで神様のこしらえたイー いくことは明白だ。私の責任じゃない : : が、彼がこのジンクス星スター ・エッグだ。黄色みをおびた白骨のような両極。それにつづ にいるのは、私とシャロルに対する絶大な好意の結果だった。も いて、大気層がはじまるあたりに帯状にひろがる氷原の明るい輝 し、途中で死ぬようなことがあったら : き。ついで、地球に似た青みがかった色とりどりの世界があり、さ 3 らに目をうっすと、白く貼りついたような雲の量が次第にふえて、 シャロルからのテープが、部屋で私を待っていた。子供たち「ーー ライ / ズ
の船が地球に向かうということ。八隻のうち六隻は、太陽系から離きますぞ ! ペイ、ぼくはもう、自分に割り当てられた子供に加え れる途中で消息を断っている。太陽の近辺に海賊がいるとすれば、 て、あんたのぶんまでつくったんたぜ ! 」 出ていく船のほうが、はるかに探知しやすいわけだ , 「落ちつけよ、カルロス。べつにきみの神聖なる権利に口をはさも 「はいっていく途中のも、二隻あった・せ。二隻、五十人の乗員と船うってんしゃないから」私は、アウスファラーに向きなおると、 客が消えてるんだ。この事実をどうする ? 」 「この船の消火事件に、どうして特別外交局がからんでくるのか、 「そう簡単にやられはせんよ」アウスファラーの高言。「わしのわたしにやまたわからないんだがね」 〈ホボ・ケリイ〉は、擬装船た。一見したところ、貨物船か客船に 「船客の中に何人か異星人がいたのだよ」 「ああ、そうか」 みえるが、実は武装をもち、三十で加速のきく軍艦なのた。通常 空間で、かなわぬ相手にぶつかったら、いつでも逃げきれる。相手「さらにわれわれは、海賊そのものが異星人ではないかという疑い とは、つまり海賊た。そうだったな ? 海賊なら、船を破壊するよをも「た。当然、人類のまだ知らない技術を手にしていることたろ りまず掠奪しようとするものたよ」 う。太陽系から出ようとして消えた六隻の船のうち、五隻は、いず ーにライヴ これには興味をそそられた。「ほう ? だがどうして、そんな擬れも、これから超空間駆動にはいるという報告をよこしたあとで消 えているのだよ」 装なんかするんだ ? まるで、襲われることを期待してるみたいだ な」 思わずロ笛が出た。「じゃ、やつらは、ハ ハ 1 ドライヴ中の船 「もし本当に海賊がいるなら、たしかにそのとおりだ。襲われるのをひっかけたというのか ? そんなことは不可能だ。そうしゃない カ ? カルロス ? 」 が目的なのだよ。だがそれは、太陽系へはいるときの話ではない。 一種のすりかえ計画だな。つまり、ごくありぎたりの貨物船が地球カルロスは、くちびるをへの字にまげた。「それが実際におこっ へ到着し、何か金目のものを積みこんで、ウンダ 1 ランドへの直線たとしたら、不可能とはいえまい。しかし、その原理まではわから コースで出航する。途中、小惑星帯へさしかかる手前のところで、 ないんだ。もっとも、船が単に消えたというだけなら、これはまた わしの船がそれをすりかわるという寸法だ。これであんたにも、貴別問題だ。どんな船だって、 ( イバ ードライヴの重力井戸に深入り 重なウーさんの遺伝子に危険のないことがおわかりいただけたろうしすぎると、そういう目に遭う」 「それじゃ : : : 海賊なんかじや全然ないかもしれんぞ。カルロス、 手のひらをびったりテー・フルにつけ、両腕をまっすぐのばして、超空間に生きものがいて、そいつが船を食うといったようなこと カルロスは立ちあがると、のしかかるように身をのりだした。「申もありうるんしゃないのか ? 」 しあげにくいことですがね。これは、わたくしの、くそいまいまし「たしかに、ありうるだろうな。ペイ、世評に背いてわるいが、 い遺伝子自身の間題でありまして、わたくしの好きにさせていただ くもすべてに明るいわけじゃない」しかし一分後に、彼はもう首を ロ 4
足もとの黒い空などには堪えられないのである。 んてことは、彼の仕事の範囲じゃないよ . よっこ。 親友に助力を求めることが、私たちにとって、唯一の解決策たっ 「たぶん休暇中だったんだろうよ」私は片意地こ、 「いや、たしかにあんたが、彼と同船したくないらしいことはわか ったよ。それじゃ、まあーー」 カルロス・ウーは、病気や負傷に対する驚くべき抵抗性体質とい だがそのとき、私はすでに別のことを思いついて、それにこだわ う、きわめつきの天分を持っている。彼は、全地球百八十億住民の っていた。「待て。やっと会おう。どこにいけば見つかる ? 」 中で、六十何人しかいない、無制限出産権の持ちぬしの一人なの のバーさ」カルロスが答えた。 だ。毎週のように、同様な申し出をうけながら : : : しかし親友の彼「キャメロット は、私たちの求めに応じてくれた。過去二年のあいだに、シャロル とカルロスは、二人の子供をつくり、それが今、地球で、私が父親自走カウチにゆったりと背をもたせたまま、エア・クッションに の座につくのを待っているのだった。 のって、私たちはシリウス・メイタの街上をすべっていった。歩道 彼のしてくれたことには、感謝のほかなかった。「スマートさに に沿って植えられたオレンジ並木は、重力のせいで寸づまりになっ 対するきみの偏見は、大目に見ておくとしよう」と私は、鷹揚に答ている。その幹は太い円錐形で、枝に成ったオレンジは、。ヒンポン 玉に毛が生えたほどしかない。 えた。「さあて、こうしてジンクス星に釘づけになってるあいだ、 少し案内でもしようかね ? いろいろ面白い人たちにも会ったし」 この世界が、それを変えてしまったのだ。ちょうど私の世界が、 「あんたはいつもそんな調子だな」彼はちょっとためらってから、私を変えたように。地下文明と〇・六の重力が、私を、白子の、 「・ほくは実のところ、釘づけってわけでもないんだ。帰りの船に、 ステッキのようにひょろ長い男にしてしまった。いま街路にいるジ 席があるんだよ。あんたも一緒できるかもしれない」 ンクス人たちは、男も女も、煉瓦のように低く太い。その中に外来 「ほんとか ? でも、きよう日、太陽系へ向かう船があるとは、思者がまじると、まるでクダトリノ人か、ビアスンのパペッティア人 いもよらなかったな。出てくる船は、もちろんたが、 と同じように、ひどく異質なものにみえる。 「この船の持ちぬしは、政府高官でね。ジグムント・アウスファラ そうこうするうち、キャメロット・ホテルについた。 って名前をきいたことがないかい ? 」 このホテルは低い二階建ての建物で、シリウス・メイタの下町数 「そういえば : : : おっと ! 待った ! やつに会ったことがある。 エーカーにわたり、立体派の描いた蛸みたいに脚をひろげている。 やつがおれの船に、爆弾をしかけた、そのすぐあとにた」 をかからやってきたもののほとんどがここに泊るのは、重力制御が カルロスは目をパチパチさせた。「冗談だろ ? 」 各室、各廊下に完備され、それが、人類版図内で最高の博物館や研 「いや、本当さ」 究コンビナートを擁する知識研究所までつながっているからであ 「ジグムント・アウスファラーは、異星局勤務た。宇宙船の爆破なる。 こ。 ー 3 2
「残念ね」 一人の女性が口を切った。サイモンの内弟子のローズ・ア・フラム スキ。数学上の記号以外はしゃべれないという、大柄で内気な女性 だった。「あたしは見たわ。見たのよ。白い塔がいくつもあって、 水がその横をとうとうと流れて海へ帰っていくのを。陽の光が街に 輝いていたわ、一万年の闇があけて」 「・ほくは聞いたよ」サイモンが暗がりから押し殺した声でいった。 「彼らの声が聞えたよ」 「ちくしよう ! やめてくれ ! 」マックスはわめいて立ち上がり、 灯りのない廊下にコ 1 トも持たすに闇雲にとび出して行った。階段 を駆けおりる足音が聞えた。 「なあフィル」横たわったままでサイモンがいった。「おれたちに 白い塔が建てられるだろうか、テコとテコ枕で ? 」 長い沈黙ののち、フィル・ドラムは答えた。「それをやる力はあ るがね、おれたちには」 「なにが要るん 「それ以外になにが要る ? 」サイモンがいった。 だ、カのほかに ? 」 誰もサイモンに答えなかった。 青は変化した。より明かるく、淡く、そして同時に濃密にな っていった。濁ってぎたのだ。青とすみれ色の超自然的な輝き は、どんよりとした濃厚な碧青色に変った。それでもなおか つ、あらゆるものが碧青色になったのだとはいえなかった。こ の時も依然として有形のものはなかったからだ。碧青色のほか にはなにもなかった。 変化はつづいた。混濁状態がもやもやと動いてしだいに薄ま っていく。濃密たった色は半透明に、そして透明に変りはじめ た。やがてわれわれは、神々しい翡翠の玉の中心にいるような 心地になった。それは、サファイヤとかエメラルドの透明な結 品の中にいるようでもあった・ 結晶体の内部構造がそうであるように、そこにはなんの動き もなかった。が、なにかが見える。それは一個の宝石の分子の 中に、固定した美しい内部構造をみとめるのに似ていた。一様 いくつもの面と角がわれわれの周囲に に輝く青緑色の光の中、 影一つない透明な姿を現わした。 それらは都市に立っ塔や壁であり、街路、窓、門であった。 われわれは、それらを知ってはいたものの、認めることはし なかった。認めるのがこわかったのだ。あれからすいぶん時が 経っていたし、ひどく奇妙な感覚たった。この都市に住んでい た頃、われわれはよく夢を見たものだ。夜毎、窓の内側に横た わり、眠っては夢を見た。みな一様に大洋の夢を、深海の夢を 見た。いまわれわれは夢を見ているのではないだろうか ? 時折、われわれの下の深所で、震動をともなう雷鳴がとどろ いたが、今はもう弱々しく、はるかなものになっていた。ちょ うどわれわれの記憶にある遠い日々の雷鳴や震動や、火や倒壊 する塔のように。轟音も記憶もこわくはなかった。それらは、 われわれの脳裡にあるものだったから。 サファイア色の光は頭上で輝きを増して緑に、ほとんど緑金 色になった。われわれは目を上げた。最も高い塔の頂きは、ま ばゆい光芒を放っていてよくは見えない。街路や戸口は、それ よりは暗かったので、より判然と見わけられた。 それらの、宝石の暗さを宿す長い街路の一つに動くものがあ
、ユルミドプテランはどこからやってきたのか ? 彼らは何者な なものでも植物的なものでもなく、理性的なものでも非理性的なも のでもなかった。つけ加えるならーーーフィリップ・は、恍惚を生のか ? こうした疑問は、言葉につくせぬ至福の中でも、フィリッ みたすミ = ルドミ。フテランの咬食の効果をすこしも弱めることな。フ・の心から去らなかった。食べられてゆくにつれて、彼の意識 く、自分がどんなにいい気持であるかを考えることができたのだ。 はしだいにとぎすまされ、より敏活になり、気味悪いほどの予測カ やがて、あまりにもはやばやと、彼らは食べるのをやめてしまったをそなえてきた。そして彼は答を見いだした : : : すくなくとも第一 、ユルミドプテランは、宇宙の比喩的な限界の 彼のオレンジ・レッドの外皮をほんの二、三百メートルの深さの疑問に関しては。 までかじりとっただけだった ( ついでながら、これはフィリツ。フ・彼方、空間がそれ自身の中へ折れ曲った究極彎曲のむこうからやっ の標準でまる一カ月を要した作業だったが、目の見えない彼にてきたのだ。ここにパラドックスが含まれていること、言葉や数字 は、どれだけの期間が経過したのか、見当のつけようもなかった ) 。や記号が決して明快な現実と対応する説明になりえないような、曖 しかし、飽食者たちが茫漠たる空間に舞いもどり、 。 ( パと少数の星昧模糊としたものさえもがおそらくはかかわりあっていることを、 ュルミドプテラ フィリツ。フ・は理解した。そんなことはいし ・ほしと前よりも肥った蛾蟻の体をかいま見せたのもっかのま、 ルミドプテランの第二波が虚空のかなたから襲来して、食い荒されンは、あらゆる方角から、充満空間の考えうるすべての点から、フ ィリップ・に近づいてくるように見えたのだ。この事実は重要た た彼の表面に降りたち、前よりいっそううまそうにモリモリと果肉 を食べはじめた。 : ルミド。フテランの二つの群れはこうして交替った。それは、われわれの物理的宇宙が属する時空間連続体から、 で彼をつつき、それが何年も何年もつづいた結果、フィリップ・この生き物たちがつねに独立していることを象徴していた。「そう はまたもや火星とどっこいどっこいの大きさのトマトになってしまだ」と、フィリップ・は内心でそう認めた。「彼らは物理的宇宙 った。ただし、こんどはぐじぐじで虫食いのトマトだった。そんなの中で活動するし、物理的要求さえをも満たしている・ーーそれはお ことが気になろうか ? もはや彼にとって時間はなんの意味もなれを食べたことが示すとおりだ。しかし、彼らが属しているのは : ・ : 宇宙の外部領域、存在しない場所。そこで彼らは霊妙な生活を送 く、そして死の恐怖もまた同様だった。もし彼が死ぬとしても、そ れはこの生き物たちの意志のままだ。彼は彼らの金属の翼を崇拝っているのに、この連続体 ( ときおりはその中へ探険にこずにはい し、彼らの大あごを歓迎し、彼らの唾を渇望していたーーーそれも麻られないのたろう ) へやってきて、そのたびにけがされるのた」ど 薬耽溺者が焦がれるようにではなく、敬虔な聖体拝領者がパンとぶうしてフィリップ・はそれを知っているのか ? とにかく知って いるのた。 ミュルミドプテランは食べる。それゆえに、彼は知って どう酒をほしがるように。したがって、数十年が経験するあいだ、 いるのた。 フィリツ。フ・は彼らの気のむくままにさせた。 ムーどング・ティ 時空間の彎曲のかなた 引越しの日 5 8
特別な理由も思いっかないが、スビンドリフトは最近、よく口デたせかけた。そして、木綿の僧服の内側を探って、眼鏡と封筒を取 リゴ修道士のことを考えるのだった。一、二度、かれは修道院の墓り出した。そして、すべて快適に、満足がいくように道具立てをそ 6 地にまよい出て、あの小柄な修道士の骨を葬「た場所を探し出そうろえ終えると、手紙を引き出し、広げ、咳払いをし、声を出して読 とさえした。かれは小山の間を・ほんやり目を据えて、あてもなく歩んだ。 きまわった。だが、そうしてみても、もはや友人の遺体を埋めた正 確な場所は思い出せなかった。オーテール修道院では院長にだけ、 墓石が許されるのだった。そして、フェラン院長のものも、今では 厚い苔に覆われていた。 スビンドリフトは一本の枯枝を見つけ、その墓碑銘のある石灰岩 をかじってみた。しかし、 1910 ー 19 3 7 という数字をきれい に掻き出した時には、もう衝動は衰えてしまっていた。つまり、結 局、何がしたかったのか ? 歳を取るのは不思議なことだ。もはや 何物も、そんなに緊急でも、重要でもなくなってしまうのだ。鋭い 角が取れて、鈍くなる。白も黒も一緒になって、灰色になる。そし て、老人の注意は、馬鹿げた小さな楽しい思い出のかけらを追っ て、絶えずさまよい出て、〈過去〉の生垣の間で迷子になってしま クイス・クストディエト う。監視するのは誰そ : 歳老いた司書は腰を伸ばし、持っていた枯枝を捨て、痛む背中を さすり始めた。そうしながら、突然あの手紙のことを思い出した。 かれはこの手紙を一日中持ち歩いていたのだった。そうだ、その事 で、心をきめるために、わざわざ墓地まで出掛けてきたのだ。ロデ リゴとフ = ラン院長の霊にそばにいてもらって、助けてもらう必要 があると何となく考えたのだった。とりわけ、かれは確かめる必要 があった。 坐り良い場所はないかと、あたりを見まわし、それから、ぎしき し悲鳴を上げる腰を降ろして、日に暖まった院長の墓石に背中をも 局留郵便 ・フーシュ・一アユ 一九八一年六月二一日 拝啓、私はインド、ビルマ、ネパールで四年間、勉強と旅行 をし、最近ヨーロツ。ハに戻ったものです。この留学期間中に、 教師の一人があなたの検討された、すばらしいマイスター ビオグラフィア・ミスティカ , テルンヴェルツの、〈神秘的伝記〉のことを教えてくれま イルルミナトウム した。この本は、私にとって完全な啓示となり、〈光明録〉 とともに私の全人生観を根底から変えてしまったのです。〈真 によく狙った矢は、それを放つ者に当る〉 ( 光明録、弐拾四 あなたに直接、感謝の気持をお伝えし、マイスターの作品と その生涯についてお話してからでなければ、どうしてもヨーロ ッパを離れて、シカゴの実家に帰る気になれません。 もし、私の望みをそのうちに叶えてやろうというお気持にな られましたらー・ー来月あたり、 し・か・かで 1 レよ、つ・か ? ・ お手数 でも、上記のアドレスに御一報下さいませんでしようか。そう すれば、私はオーテールへ飛んで参ります。草々 ハーランド拝
なのですよ。マイスターは、東洋で十年間暮らし、学ばれたので止まって、苦しそうに呼吸をととのえなければならなかったからで す」かれはあわてて遠くの棚へかけていき、装丁した二つ折り本をある。スビンドリフトが、その小柄で親切な修道士が病気だという ことに気付いたのは、その時だった。いつでもすぐに浮かんでくる 持ち上げ、塵を吹き飛ばし、息が止まるほど咳きこみ、それから、 その本をス。ヒンドリフトの前に置いた。「証拠は全部この中にあり修道士の微笑の下には、もともと、苦痛の線が刻まれていたのだ。ス ビンドリフトはその場に腰を降ろそうか、と遠慮がちに提案した。 ます」かれは息を弾ませて、恥すかしそうに笑った。この古文書は 三十年ほど前に、わたしが自分で製本したものです。その時、これところが、ロデリゴは耳を貸さなかった。「いや、いや、スビンド しいはった。「あなたにお がフイロストラトウスの〈アポロニウス伝〉に対するすばらしい注リフトさんーかれは息を切らしながら、 見せしたいものがあるのですよ。われわれ共通の研究に、深い関係 釈書になるたろう、と考えたのを覚えています」 スビンドリフトはその本を開き、短いが、しつかりとペンで書かのあるものが」 ・フロレゴメ / ン よわい れた序文を読んだ。《齢四十九歳にして、心すこやかに、身体強約二十分後、かれらは修道院の周囲に巨大なネックレスのように いにしえ シュテルンヴェルツ並んでいる立石の倒れたものの一つのところに着いた。そこで、ロ 健なる余、古の真理の探求者、ペーター デリゴ修道士は立ち止まり、盛りあがる胸を申し訳なさそうに叩 は、味方に警告され、敵に追われつつ、ヴュルツ・フルグより古きプ ダに出発せり。ここに書き綴るは、余に起りしすべての事、およき、あえぎながらいった。「ねえ、あなた。ティアナのアポロニウ キャセイ び、遙かなる支那におけるめずらしぎ滞在の真実の記録にして、わスについて、率直な意見を聞かせて下さらんか ? 」 スビンドリフトは、言質を与えず、しかも、罪減・ほしの役をも同 れらが主の壱千弐百七拾参年にオーテールの修道院にて、余自ら書 時に果し得るような、苦しい仕草で両手を広げた。「実をいうと、 き記すものなり》 ス。ヒンドリフトはページから目を上げた。そして、満足気に深い意見を持っているなんて、とてもいえたものではないんです」かれ は正直にいった。「もちろん、フイロストラトウスがかれのために 溜息を洩らした。 ロデリゴ修道士はうなずいた。「わかっていますよ。口に出していくつか異常な主張をしていることは承知していますが」 「アポロ = ウスは自分自身で一つだけ主張しています」ロデリゴは いうには及ばない。わたしは出ていくから、師とさし向いで話しな 冫。しかない主張です。未来 いった。「しかも、それは見逃すわけこよ、 さい の予知能力があったと主張していたのです」 だが、スビンドリフトは、すでに第一ページをめくっていた。 「それで ? 」ス。ヒンドリフトは用心深くいった。 「予言が異常に正確なために、かれはネロ皇帝と衝突する羽目にな その夕方、ロデリゴ修道士の提案で、ス。ヒンドリフトはオーテー りました。ところがアポロニウスはこのことを既に予知していて、 3 ル修道院の上の山腹にぶらぶらと登っていった。登りはゆっくりと したものだった。なぜなら、約五十歩ごとにロデリゴ修道士は立ちこの怪物のような皇帝がかれに対して行動を起す前に、用心深くエ
モニター・テレビを見ると、司会者の顔は消えており、紹介用の いフィリップ・カードが写っていた。三台目のカメラが、司会者の横 2 っ△ 位置に据えられたフィリップ台を狙っているのである。 「さあ、ではその御説明をどうそ」 瞬間、中年男の前のカメラに赤ラン。フがっき、はじかれたように 彼は喋りだした。 「う、、嘘です。嘘なんです。私はそんなことは言わなかった。わ、 私はたた単に、宣伝カーを連ねて家にまで押しかけてくるのは困る と。そうでしよう、いきなり家にまでやってきて騒がれたんでは、 「ーーーというわけで、身近かな問題から政治経済社会に至ることが誰だって困るでしよう。そのことを、たた単に言っただけで : : : 」 らまで、皆様と御一緒に考えていくこの番組。さ、それではさっそ犠牲者第一号は、彼の声以外は何の物音もしないスタジオ内で、 、今夜第一番目の方からお願いしましよう。 照明をうけたステージ上から、レンズにむかって身を乗りだすよう え、初めのお方はーーー」 にして哀願をつづけている。いま、この現場では、相手が機械であ むこうのコーナーで、ホリゾント・パネルを背に、司会者がにこるだけになおのこと、その姿はみじめに見えている。 やかに喋っている。その周囲にたけ、頭上からのライトが集中さ「ですから、何もその運動に反対とか、その組織員とはっきあわな れ、うす暗いスタジオの中で浮きあがって見えている。カメラが一 いとか、そんなことを言ったわけじゃないんです。本当なんです、 台彼を狙い、俺の位置からも見えるように置かれたモニタ ー・テレ信じてください : ビに、その胸から上を写し出している。 会社では課長か部長補佐といった役職につき、それなりの威厳を 俺はいま、コの字型に並べられた六つのステージ台の、カメラが示していたであろう彼は、それら一切を剥奪され、あるいは自ら 撮す順序でいえば五番目の台の上に立たされていた。 捨てさり、ただひたすら世間様に許しを乞う敗者になっているのだ っこ 0 前には小型の演壇があり、そこにマイクが固定されている。 正面を見ると、同じようなステージ台が二つあり、むかって左側「さあ、ただいまの意見について、あなたはどう思われるでしよう には例の中年男、右側には提灯持ちのうちの一人である爺さんが立か」 って、異様に明るい照明を浴びている。 三分ジャストで容赦なくその音声をカットし、画面たけは彼のひ すでにカメラが中年男の前で狙いを定め、司会者の紹介が終るのきつった顔をアップで残して、司会者の明るい声が入った。 を待っているのだ。 「いつものように、賛成の方は 8 2 5 、反対の方は 8 2 6 を。で だ。どうだ、その方が満足だろう」 じっと俺の顔を見つめていた彼は、ふんと鼻を鳴らしてつぶや 「ま、お好きなように くるりと背中を見せ、。はんと両手を叩いた。 「本番十分前、用意願います」