だがその闇には、今や数多の光がきざしていた。灯火、光彼は約二十ポンドやせた。もともと百四十ポンドしかない人たっ 点、光列、閃光ーーあるものは手の届きそうなところに、あるたから、この先、命脈をつないでいくにもいくばくも残っていな ものは遠くに。星のよう。そう、星のようだが、星ではない。 。膝の骨も手首の骨も皮膚の下で岩のように突出している。足は われわれが目にしているのは、かの偉大なる〈存在〉ではな囚人・フーツのせいですっかり腫れあがり、変型していた。最後の三 く、ただのちつぼけな生命体なのだ。 日間、歩きとおした間、敢えてプーツを脱がなかったのも、二度と 再び足が・フーツに収まらないのではないかと懸念したためだった。 午前中、サイモンは、収容所のことを少し話したが、それも盗聴わたしが洗いやすいようにと、身体を動かしたり、半身を起こした 器が室内にないかどうかわたしに確かめさせた上でのことたった。 りするたびに、彼は目を閉じた。 最初わたしは彼が行動修正剤を投与されて被害妄想狂になってし 「おれ、ほんとにここにいるのかい ? 」彼はたすねた。「ここにい まったのだと思った。これまで盗聴器など仕掛けられたことはなるかい ? 」 い。ましてわたしは一年半も独り暮し。わたしの独り言なんそ盗聴「ええ。ここにいるわ。それよりわたしにわからないのはね、あな してなんになろう ? けれどもサイモン日く、「ぼくが舞いもどっ たがここへどうやってたどりついたかってことよ」 てくるのを待ちかまえていたかもしれないじゃないか」 「ああ、そのことなら、前進しているかぎりそんなに苦にはならな 「でも、先方であなたを釈放したんじゃない ! 」 かったよ。なに、目的地さえわかっていればどうってことはないの サイモンはべッドに横たわったまま、わたしのことを笑った。そさーーーどこか身を寄せる先さえあれば。キャンプにいた連中のなか こでわたしは、二人が思いつくかぎりの場所を確かめて回った。盗聴には、たとえ釈放されたとしても、行きどころのないものもいただ 器は見つからなかったが、わたしがフッド山へ行っている間に、誰ろう。一つ所にじっとしていないということが肝心なのさ。ほら、 かが整理ダンスの抽出しを探ったらしい形跡は確かにあった。サイおれの背中、すっかりこわばってるだろ」 モンの研究はすべてマックスのところに行っていたから、問題はな起き上がってトイレに行かなくてはならない段になると、その格 かった。わたしは携帯用石油ストーヴで紅茶を淹れ、やかんにとび好たるや九十歳の老人なみだった。背筋をまっすぐに伸ばすことが ぎり熱く沸かした湯でサイモンを洗い、ひげを剃ってやったーー、彼できす、見るかげもなく二つ折れになって、足を引きするようにし は濃いひげを生やしていて、その中に収容所からシラミを持って帰て歩く。わたしは手を貸してさつばりした衣類に着換えさせた。再 ってきたというので、厄介払いしたがっていた こうしてあれこびべッドに横になる時、彼は苦痛の声を洩らした。それは厚紙を破 れやっている間に、サイモンは収容所の話をしたのだった。実際に く音に似ていた。わたしは部屋の中を片づけて回った。彼は、そばへ 話してくれたのはごくわすかだ 0 たが、多くを聞く必要はなか 0 来て坐「てくれとたのみ、きみがそのまま泣きつづけたらおれは溺 死しちまうといった。「北米大陸があとかたもなく沈没するよ」彼が
幻の壁にまぎれて息をひそめる幻影。はたしてわれわれは存在の建物にあるコンビ、ータにその住所を伝達したのにちがいない。 していたか ? 彼らはサイモンを約一時間にわたって訊問した。大部分は、収容所 からポートランドまでの十二日間の行動に関する質問たった。多 灯火生物はわれわれにまったく気づいていない・もようたっ た。われわれの前を通り、間隙を縫い、おそらく貫通したこと分、ベキンかどこかへ飛んたのかと思ったのだろう。ワラワラの刑 すらあったろうーーー確かめることは不可能たったが。彼らには務所に、ヒッチ ( イクをしたかどでほうりこまれていたという記録 があったので、アリバイが成立したのだった。サイモンは、連中の 恐怖心も好奇心もなかった。 一度、手の大きさよりもやや大きいものが這い寄ってきた。わ一人が。 ( スルームへ行ったよとわたしに教えた。はたせるかな、バ れわれはその生物の発する輝きで、壁の基部と、それが根ざしてスルームのドアの枠の上の部分に、盗聴器が一個、くつつけてあっ いる舗道とを劃するくつきりした角をありありと見ることがでた。わたしはそのままにしておいた。そこにあるということがわか ひとむら っているなら、わざわざそれをはすして、ほかにもどこか気がっか きた。生物は一叢の羽毛に覆われていて、その羽毛の一枚一枚に こまかな青つぼい光点が多数ちりばめられていた。生物の身体ない場所に、もう一個くつつけて行ったのではないかとビクビクし の下の舗道と、身体の横の壁がわれわれの目にはいった。息苦て過すよりか、そのままにしておく方がよっ。ほどましだと考えたか しいまでに鮮明かつ一分の歪みもないその線は、茫漠として擱らだ。サイモンがいうように、もしも何か非愛国的なことを口にし みどころのないもの一切とみごとな対照を見せていた。生物はたくなったら、同時にトイレを流せばいいのだから。 鉤爪を、硬直した小ぶりの指のようにゆっくりと伸ばしたり引わたしは電池式のラジオを持っている、ーー停電のためにさまざま っこめたりしながら壁に触れた。そして光る羽毛を震わせながな職場で業務が停止していたし、水を煮沸しなくてはならない日も 一日や二日ではなかったから、それやこれやで、無駄足を踏まない らのろのろと壁沿いに進み、角の向こうに姿を消した。 これで、そこに壁があることがわかった。それが外部に面しためにも、またチフスで横死することを免れるためにも、ラジオは た壁たということも。多分、人家の正面か、さもなければ都市是非とも必要なのだーーーそれでサイモンは、わたしが携帯用石油ス トーヴでタ食をつくっている間、ラジオをつけておいた。六時の全 に数ある塔のうちの一つの側面か。 われわれは塔を思い出した。都市を思い出した。それまで忘米放送会社のニ = ースは、ウルグアイでは停戦が間近いと告げた。カ トマンズ郊外の別荘で、六百十三日間にわたる秘密折衝を終えて出 れていたのだ。われわれは自分たちが何者なのか忘れていた。 が、ここで都市を思い出した。 てきた大統領の側近が、通りすがりのプロンド嬢にほほえみかける 光景が見られたという。リべリアにおける戦闘は順調だった。敵側 帰宅すると、すでにが踏みこんだあとたった。サイモンのは米機十七機を撃墜したと発表したが、米国防省によると、わが方 6 住所を登録した区域の警察分署のコンビュータが、いち早く は敵機二十二機を撃墜、その上、首都はーー名は忘れたが、七年間
足もとの黒い空などには堪えられないのである。 んてことは、彼の仕事の範囲じゃないよ . よっこ。 親友に助力を求めることが、私たちにとって、唯一の解決策たっ 「たぶん休暇中だったんだろうよ」私は片意地こ、 「いや、たしかにあんたが、彼と同船したくないらしいことはわか ったよ。それじゃ、まあーー」 カルロス・ウーは、病気や負傷に対する驚くべき抵抗性体質とい だがそのとき、私はすでに別のことを思いついて、それにこだわ う、きわめつきの天分を持っている。彼は、全地球百八十億住民の っていた。「待て。やっと会おう。どこにいけば見つかる ? 」 中で、六十何人しかいない、無制限出産権の持ちぬしの一人なの のバーさ」カルロスが答えた。 だ。毎週のように、同様な申し出をうけながら : : : しかし親友の彼「キャメロット は、私たちの求めに応じてくれた。過去二年のあいだに、シャロル とカルロスは、二人の子供をつくり、それが今、地球で、私が父親自走カウチにゆったりと背をもたせたまま、エア・クッションに の座につくのを待っているのだった。 のって、私たちはシリウス・メイタの街上をすべっていった。歩道 彼のしてくれたことには、感謝のほかなかった。「スマートさに に沿って植えられたオレンジ並木は、重力のせいで寸づまりになっ 対するきみの偏見は、大目に見ておくとしよう」と私は、鷹揚に答ている。その幹は太い円錐形で、枝に成ったオレンジは、。ヒンポン 玉に毛が生えたほどしかない。 えた。「さあて、こうしてジンクス星に釘づけになってるあいだ、 少し案内でもしようかね ? いろいろ面白い人たちにも会ったし」 この世界が、それを変えてしまったのだ。ちょうど私の世界が、 「あんたはいつもそんな調子だな」彼はちょっとためらってから、私を変えたように。地下文明と〇・六の重力が、私を、白子の、 「・ほくは実のところ、釘づけってわけでもないんだ。帰りの船に、 ステッキのようにひょろ長い男にしてしまった。いま街路にいるジ 席があるんだよ。あんたも一緒できるかもしれない」 ンクス人たちは、男も女も、煉瓦のように低く太い。その中に外来 「ほんとか ? でも、きよう日、太陽系へ向かう船があるとは、思者がまじると、まるでクダトリノ人か、ビアスンのパペッティア人 いもよらなかったな。出てくる船は、もちろんたが、 と同じように、ひどく異質なものにみえる。 「この船の持ちぬしは、政府高官でね。ジグムント・アウスファラ そうこうするうち、キャメロット・ホテルについた。 って名前をきいたことがないかい ? 」 このホテルは低い二階建ての建物で、シリウス・メイタの下町数 「そういえば : : : おっと ! 待った ! やつに会ったことがある。 エーカーにわたり、立体派の描いた蛸みたいに脚をひろげている。 やつがおれの船に、爆弾をしかけた、そのすぐあとにた」 をかからやってきたもののほとんどがここに泊るのは、重力制御が カルロスは目をパチパチさせた。「冗談だろ ? 」 各室、各廊下に完備され、それが、人類版図内で最高の博物館や研 「いや、本当さ」 究コンビナートを擁する知識研究所までつながっているからであ 「ジグムント・アウスファラーは、異星局勤務た。宇宙船の爆破なる。 こ。 ー 3 2
総司令は頷いた。「そういうことたろうな。われわれが人生の大その沈黙を破ったのは、である。 部分を宇宙船内で送ると同様に、かれらにはかれらなりの生きかた「司政官に申し上げます」 TJ << よ、つこ。 があるということだ。感傷的になるのは無意味なんだろうね」 。しナ「司政官機にお乗りいただくための用意が出 「とにかく、また三角コースの長い旅がはじまるわけです」 来たとのことです」 総事務長が低くいった。 それは、言葉のあやというものであった。マセと船団幹部連との それが、船団幹部たちの気持ちを代弁した言葉であることは、マ ここでの話し合いは事実上済んでしまっている。どうせ、この会合 セにも理解出来た。今度の植民者退避のための航行は、二千ルー そのものが、出発前にもう一度顔を合わせるという、形式的なもの ヌ、地球時間で六・四年近くにわたって、五百隻の輸送船がそれそだったのだ。予定外の事柄が持ちあがらなければ、マセの状況判 れ二十回、なりゆきによってはそれ以上の回数を、ラクザーンから断でいつでも退去出来る段階に来ていたのだ。それを見はからって 人間や荷物を積んで発進して行くのである。その間、乗員の大部分は、これから司政官が次に行かなければならない出発時刻 は途中で契約を終してあたらしいメイハ ーと交代するわけだが、 が、すでに来ているか、または過ぎつつあることを伝えたのだ。司 そうでない連中、ことに船団幹部たちは、連邦経営機構の別命があ政官機はつねに司政官ひとりのために用意され、司政官が求めさえ って他の職務に就いたりあるいは解任されたりしない限り、最後迄すればいつでも動き出せるのだが : : : 同室の船団幹部たちに差し障 この仕事を続けるのだ。従って、ラクザーンからノジランに赴き植りがないよう、そういう表現をとったのたった。 民者らを降ろした輸送船は、そのままラクザーンにとって返すわけ立ち去るしおどきである。 それに、船団幹部たちはかれらたけの時間を少しは持ちたいはず ではないのだった。かりにまっすぐラクザーンに来るとしても、ラ : そなのだ。 クザーンにはそれだけの輸送船を収容する能力はないのたが・ 「それでは、私はこれで失礼いたします」 のこととはかかわりなく、船はそれから船団のための基地のひとっ マセは総司令にいっこ。 「これからも及ぶ限り皆さんの任務が遂 に廻り、そこで乗員は休瑕を得るのである。基地には員の家族や 知り合いが来ていて、その期間を乗員と共に過すのたった。、むろ行しやすいように努めますから : : : よろしくお願いします」 ん、船によってはさらに時間的余裕があれば、ほかの業務に従事す「いや、こちらこそ」 るケ 1 スもあるたろうが : : : 今回のラクザーン幀民者退避行のみな 総司令は二、三度頷いてみせた。 らず、他の長期に及ぶあらゆる運航において、宇宙船飛りたちが自「お互い、長い仕事ですからね、無理をしないようにしましよう」 分らのこうした繰返しを三角コースと呼んでいるのを、マセは知っ 総事務長も声を投げて来た。 ていたのである。 「ーーーでは」 一同は何秒か沈黙した。 みんなに目で会釈を送って、彼は特別室を出た。 2 2
形の内臓が収められていたようだ。この点も内臓ず、前びれがたいへんしつかりしているのが注意んな動物がどの程度腐敗すると、どんな形になる の簡単な魚類とは異なる。内臓が簡単ということを引く。大きな肉の厚い前びれである。これだけかなどということを知らない人が、かなりいるの 8 は、未発達ということのほかに、体を軽くして浮腐敗のすすんだ魚だったらとれてしまっているではないか、という気がする。相当腐敗が進んだ 力を得やすくするための適応でもある。その点、 か、もっとべったりと体に付着した状態になって它 ( ザメの死体、あるいはウミガメの死体、 ハ虫類では水中生活の適応は魚類よりずっとおと いる。このようすはトドやセイウチの死体をつるの死体、なんでもよい一度現物を見ておいてもら るから、水中抵抗の多い太い胴体という形が出てしたときとよく似ている。 いたいものだと思う。匂いといし 色や形とい くるのである。この死体の、あまりスマートでな この前びれの肉質の中に通っているセンイ組織 、それはまことに面も向けられぬほど迫力十分 、ずんぐりした形は、水中ハ虫類のものであるの成分が、ヨシキリザメのエラストイジンという なものだが、どんなに溶解や崩壊が進んでいて といえばびったりするが、どう見ても魚類のもの アミノ酸によく似ていたというが、進化学的に、 も、そのような変化をとげる必然性が、その種類 ン」は一一一口い・カナし すべての動物は多かれ少なかれ祖先である魚類のとしての形態にあるものなので、体長十メートル 二に関しても、図を見てください。ひとくちに特長を、何らかの程度にとどめているものであのウ・ハザメの、かなり腐敗したものを胴中にロー 言えば魚には首はない。写真で見れば、たれさが り、ことに水中大型動物の場合、強じんなひれの。フを巻いてクレーンでつり下げたら、どんな形に った部分はあきらかに首であるし、矢野道彦氏の肉質部分の成分に、大型サメと同じ成分がふくま なるものか、こいつはやつばり、おのれの目で見 言によ ? ても、この部分には首の骨と思われる骨れていたとしても別に異とするには当らない。わておいてもらわなければならない。魚類か ( 虫類 がつらなっていたという。これに類する骨は、ほれわれヒトの眼球の表面をおおっているガラス膜か、その上でひと目で区別がっかないようでは、 力にはないから、これはたしかに首と見てよいだ ( きよう膜という ) がたいへん塩分に強い性質をこれはもはやプロというものではない。 ろう。この部分を首でなく、尾であるとする意見持っているが、これは遠い祖先が海中で大きな目 こういうことは、現在の大学教育、専門教育と もあるが、他の部分とのつり合いを考えると、こを開いたままの動物であったことを示している。 も関係あることなのかもしれない。 れは尾とは思えないし、魚類の尾ひれに近い部分っまり祖先は魚たったのであって、このような意 筑波大学の関文威助教授の「大きなウ・ハザメを の構造は、これとは全く異なる。 味で、この死体のひれとサメのひれの成分が似か腐らせて検討するのもひとつの方法である」とい 三、魚類の胸びれは陸上動物の前足のもとにな よっていても、少しもふしぎはない。もちろん、 う発言に、私はたいへん興味を持った。これは事 るものだが、魚類のひれでは、骨格はまだ脊椎骨だからといってそうした化学的な検討はけっして実に対する積極的なアプローチであり、この死体 やそれにつらなる支持骨とはつながっていず、筋無視できないのだが、この場合はどうもきめてに に関して、はじめて科学者らしい発言が出たと思 はならないようだ。 肉の中に埋まっている。これは先にのべたよう っている。 に、足のように体重を支える必要がなく、ただ水 を掻くだけだから、このような構造で間に合うの 4 5 だ。ひれの骨は体構造の主要な骨とはつながって いない独立した骨格をなしているのは、これも魚 形態的にはこれは大形ハ虫類と考えるのがもっ ニュージーランドからオーストラリア東岸、中 を食べるときによくたしかめることができるものとも自然であり、これを魚類と見たりもっとほか部太平洋にかけては、このような動物の目撃例が の動物と考えたりすることの方に、かなり無理が多い。この動物は回游性ではなく、ある広さのテ この死体の場合に、クレーンでつるされてすべありそうだ。 ーを持って棲息していると思う。それは、 てだらりとたれ下っている状態であるにかかわら 話がちょっとそれるが、日本の動物学者で、ど個体数の少ない動物は、放浪生活をしていたので
タニアとルイス ともな人間なら、まず海賊説に傾くね」 の写真や、トウイン・。ヒークスの田舎に新しく もうずいぶん長いあいだ、シャロルにも会っていない。 「アウス求めた別荘の写真、その他いろんなものもいっしょたった。 ファラー、掠奪品の故売の線は、あたってみたのか ? 身代金の要三回、テー。フをきいた。それから、アウスファラーの部屋へ電話 求でも来たのか ? 」 した。くよくよ思い迷うのは、もう沢山だった。 信してまし、 をし ! アウスファラーが、のけそるようにして笑い出 したのだ。 出航のとき、ぐるりとジンクス星を一周した。ナカムラ宙航にい 「何がおかしい ? 」 たときから、ずっとそうやっている。それに文句をつける乗客な ・、いたためしがなかった。 「身代金要求は、もう何百となくきているよ。ちょっと頭のおかしと いやつなら、誰でも思いつくことだし、消失事件のニュースは、す ジンクスは、巨大ガス惑星のすぐ近くを公転している衛星であ つかりひろまってしまったからな。ぜんぶニセモノだった。どれかる。その惑星は、木星より大きな質量をもっているが、中心核が圧 一つくらい、本物があってほしかったがね。クジン族の名家の跡取縮され縮退状態になっているため、大きさは木星より小さい。何億 り息子が、行方を絶った〈ウ = イフアアラー〉に乗っていたのだ年か前には、ジンクスとその主惑星は、今よりもっと近かったが、 よ。だが、掠奪品の行方かーーーふうむ。そういえば、細胞賦活剤と潮汐作用のせいで徐々に離れていきつつあるのだ。それに先立ち、 高貴木の闇市値段が、さがってきているな。だがーー」彼は肩をす同じ潮汐力が、ジンクス星の主惑星に対する自転を停止させると同 くめ、「消えた船の積んでいた、・ ( ールの原画や、マイダス岩や、時に、この衛星を、球形から卵形に引きのばしてしまった。主星と その他もっと目立っ財貨は、痕跡もみせていない」 の距離が増大するにつれて、その形状は球形にもどろうとするが、 「すると、おたくも、迷っているわけか」 凝結した表層の岩石がその変形に抵抗してきたのたった。 「そうだ。い っしょにくるかね ? 」 こういうわけで、ジンクスの大洋は、その中央部を帯のようにと 「まだきめていない。 いつ出発た ? 」 りまいており、その地方の大気は、呼吸不可能なほど濃く、しかも 明朝、東極空港から出航するという返事だった。これで、考える熱い。一方、主星に向いた側とその反対側、すなわち東極と西極地 時間はできた。 域は、事実上大気層の上へつき出てしまっている。 夕食後、私は、・、 カつくりした気分で自室にもどった。カルロスが 宇宙からみたジンクス星の眺めは、まるで神様のこしらえたイー いくことは明白だ。私の責任じゃない : : が、彼がこのジンクス星スター ・エッグだ。黄色みをおびた白骨のような両極。それにつづ にいるのは、私とシャロルに対する絶大な好意の結果だった。も いて、大気層がはじまるあたりに帯状にひろがる氷原の明るい輝 し、途中で死ぬようなことがあったら : き。ついで、地球に似た青みがかった色とりどりの世界があり、さ 3 らに目をうっすと、白く貼りついたような雲の量が次第にふえて、 シャロルからのテープが、部屋で私を待っていた。子供たち「ーー ライ / ズ
や、四インチもある反動消去装置をつけた奇妙な恰好のショットガ上と下のボタンを指でつまなと、ぐいと引いた。そのふたつは服か ンや、銃床に彫刻をほどこした、二十二口径の弾丸一発たけこめらら離れ、そのあいだの部分が、まるで糸をぬかれたように、一直線 5 れるオリンビック用の射撃ビストルがあった。 に裂けた。 ふたつのボタンを、まるであいだに見えない糸が張ってあるかの 触感彫刻の組立てセットがあったが、何のためかはわからない・ たぶん、人間や異星人を狂気におとしいれるような彫刻を、それでように、両手でささげながら、彼はそれを半製品の触感彫刻の両側 へもっていった。彫刻は二つに切れた朝 つくるつもりなのだろう。あるいはもっと陰険な仕掛けーーー例え ば、ある指紋の持ちぬしが触れると爆発するのかもしれない。 「シンクレアの単原子チェーンだ。ふつうの物質なら何たろうと、 簡便な自動衣服仕立て装置があった。「これで、あんたがたに服力をいれさえすれば切りおとせる。この取扱いには注意しなければ を新調してあげる」なぜ、とカルロスが問いかけると、彼は答え ならないそ。いつのまにか指を切りおとされても気づかないという た。「秘密が守れるかね ? それなら教えてあげよう」 ことになる。持ちやすいように、このとおりボタンは大きくつくっ どんなスタイルがいいかと彼はたすねた。私ももう茶化したりはてある」ふたつのボタンを注意ぶかくテー・フルにおくと、そのあい 「この、上から三つめのポメンは、超音 せず、ポケットのたくさんついた、緑と銀色のスカイダイビング用だに大きな錘りをのせた。 ジャン・ハーを注文した。それは、これまでに着たうち最高の出来と波弾だ。十フィ ート以内のものを殺し、三十フィート以内のものを 気絶させる」 まではいかなカったが、ともかくびったりとからだに合った。 「こんなにボタンをつけろなんていわなかったぜ」と私はいった・ 「ここで実験してみせるなよーと私。 「邪魔にはならないと思うが。カルロス、あんたのも、ボタンっき「的に投げつける練習をしたければ、ダミーのボタンがあるよ。さ たよ」 て、この二つめのは、活力錠だ。市販の興奮剤たがね。ふたつに割 カルロスが選んだのは、背に緑と金色の竜がとぐろをまいた模様って、半分たけ服む。ぜんぶ飲むと心臓がとまってしまうかもしれ のある、真紅のチュニックだった。いくつもあるボタンには、彼のない」 クラッシェランダ 家紋がついていた。アウスファラーは、こうして装いを新たにした「活力錠なんて、聞いたことないぞ。不時着人にも効くのかい ? 」 私たちふたりの前に立っと、満足けに打ちながめた。 彼は、ぎよっとしたようたった。「わしは知らない。たぶんあん 「さて、こっちを見てほしい」と彼。「わしは今、身に寸鉄も帯びたは、四分の一くらいにしておいたほうがいいたろうな」 す、ここに立って 「あるいは服まないでおくかだ」 「もうひとつ、ここでは効果をためしてみせられないものがある。 「そのとおり」 「もちろんそうだ」 あんたがたの着ているものをさわってみたまえ。布地が、三重にな アウスファラーは、にやりと笑った。彼は、自分の服のいちばんっているのがわかるだろう ? 中間の層は、ほとんど完璧な鏡面な
て、その下に、より濃いインキで皮肉な疑問文がーーークイスクスおのから細い線が引かれ、渦巻きを横断して、その中心に集中して トディエトイプソスクストデス ? ス。ヒンドリフトはろうそくの光の中で目をしばたたいた。「監視スビンドリフトは今や、手に持っているものが、オーテール修道 たれ 者を監視するは誰そ ? か」かれはつぶやいた。「本当に、だれだ院そのものと、その周囲の、秘密の地図だと確信した。だが、僧院 ろうなあ ? 」 そのものが示されていなければならない場所に、小さな字で何か書 もう暗くなった窓のガラスに、風が鼻を鳴らし、すすり泣いた。 かれていた。運悪く、その場所は羊皮紙を四つ折りにした中心の十 そして、鐘楼から晩疇の鐘が鳴り始めた。ス。ヒンドリフトは激しい文字の折れ目に、たまたま一致していた。スビンドリフトは目をこ 身震いを無意識にすると、本の表紙を閉じた。 らしてみると、 いくつかの文字がかろうじて読み取れるように思っ たれかが、おそらくべーター ・シュテルンヴェルツ自身が、扉のた。テンプスとポンス いや、たぶんフォンスーーそれらと一緒 白紙に、一枚の折り畳んだ羊皮紙を縫いつけていた。スビンドリフ に、カーヴェまたはカルべと読める文字。〈時〉、〈橋〉、いや、た トは注意深くそれを広げ、注意深く覗きこんた。最初一目見た時ぶん〈源〉。それから ? 〈注意せよ〉 ? 〈つかめ〉 ? かれは欲求 は、細い線をくもの巣のように引いたわけのわからないものに見え不満になって首を振り、とてもだめだと諦めた。それで、図面を注 た。たっぷり一分間ほど見つめているうちに、そのなまな図形が、意深く折り畳み、扉の白紙をめくって、本文を読み始めた。 小箱の蓋とあの奇妙な形の鍵に、驚くほどよく似ているのがわかっ 最後のページにたどりついた頃には、ろうそくは切り株のように てきた。だが、まだ何かほかにもあった。記憶をくすぐる何かが。縮んでしまっていて、今にも溶けて流れてしまいそうたった。そし 昔、どこか他処で見た何かが。それから、突然、わか「た。 = ーンて、スビンドリフトは激しい頭痛を感じていた。顔を両手に埋め ウォールのティンタジ = ルの近くの、巨石遺構の表面に刻まれた、 て、眼球の奥の疼きがおさまるのを待った。かれの覚えているかぎ 連結渦状紋様だ。花崗岩に残された巨人の親指の指紋のように、若りでは、生れてから唯一度だけ、酒に酔っ払った経験があった。そ い日の夢を掻き立てたあの渦を巻きながら、二つつながっているれは二十一歳の誕生日のことだった。とても、楽しいなどといえた 字形と、そっくり同じものがここにあるのだ。 ものではなかった。世界中が、土台からぐらぐら揺れるように思え その記憶が途切れるやいなや、かれはこの迷路のような図形かたあの感じは、もっとも惨めな思い出の一つとして残「ていた。今 ら、オーテール修道院の周囲の山腹の点在する異教の巨大立石遺構や、かれの心は酔っ払ったように、 一つのもろい継ぎ手から、次の を連想した。もしや、これはロデリゴのいっていた地図ではあるま継ぎ手へと揺れており、その時のことを、もう一度復習しているみ かれはその羊皮紙を、揺れるろうそくの火に近づけた。すたいだ「た。もちろん、これは悪ふざけなのだ。異常に念の入っ ると、小さな丸が円形に連らなって、それが中心の渦巻きの外縁をた、無目的な悪ふざけなのだ。そうでないわけがないー そう思い 形づくっていることが、すぐにわかった。それらの小さな丸のおの ながらも、かれは恐れていた。これはそんな類いのものではない・ 6 5
これを知ったアリーオーンは、いまは最後と、 たて琴をかきならしながら、死出の歌をうたい、 自ら海へ身を投げた。 ところが船のまわりには、演奏された歌のあま りの見事さに、いるかが群れをなして集まってい たのである。そしてその中の一頭が、彼を背に乗 せ、無事にコリントスの海岸まで送りとどけた。 のちに天に昇り、星座になったのは、このいる かだという話である。 いるか座は、古代ギリシャのアラートス″ 三一五 ~ 二四〇 ) の星座詩にも出てくる最も古い″ 星座の一つである。 そのような昔から、いるかの頭のよさが広く知″ 一、いるかの大きな頭と尾とを、外国の先人たちられていたかどうかは、定かではない。したが「″ いるか座と星間言語 て、本当に音楽を解したかどうかも、しよせん知 、想像したもののようである。 力いるかが、知能の発達した高等 晩夏から秋の初めにかけて、夜八時ごろ、天頂日本では、ひし型の部分を、そのものずばりる由もない。。、、 に、″ひし星と呼んだ。叙情性には乏しいかもな動物であることは、確かである。 ~ 付近を通る星座の中には、白鳥座とか、わし、 動物の頭の良さを決めるのには、第一に、体重 て座のように、華やかで有名なものの他に、ともしれないが、わかりやすくていい。 すれば忘れられがちな、や座、いるか座、こぎっさて、この空のいるかは、海神ポセイドンの使あたりの脳の重量が大きい、ということがある。 このほかに、いわゆるシワが多いこと、つまり 者で、彼に尽くした功によって、星座になったと ″ね座といった小さな星座がある。 大脳皮質の面積が広いということが、第二の条件 ″あまり注目をあびることのない星座だが、いわいう言い伝えがある。 - キリシャ神話に登場するアリーオーンのである。 ば地に咲く野花にも似た味わいがあるように思わまた、・ これら二つの要素をと「てみた場合、人間の次 危難を救った、いるかだともいわれている。 ″れる。 にしるかは、頭がいいということがいえるので″ 詩と音楽にすぐれたアリーオーンが、シシリー それらの中で比較的見つけやすいのは、いるか 島で開かれた音楽の競技会に出て、たくさんの賞ある。 座である。 さらに驚くべきことは、彼らに一一「〔衄能力がある″ 夏の三角を形成する星の一つ、アルタイルを主品を獲得。海路、コリントスへの帰途についてい らしいということだ。 星とするわし座のすぐ北東に、三個の四等星と一たときのことだ。 個の五等星の作るひし型がある。これと、そこか彼の手にした数々の賞品に目のくらんだ水夫たそのため、いるか語の研究というのも行われて″ いる。そしてこれが、牢宙人と関係があるのであ らたれ下る、三つの淡い星のつくる鎖模様とかちが、彼を殺害しようと企てた。 連載 曰生座の歳時記 日下実男 フォト / 佐治嘉隆
して、自分がまごっいていることは認めないわけにいかなかった。 の外皮の上を、前後に、また上下に掃いていった。生きていること なにしろ生まれてはじめての経験なのだ。元来がまじめなたちで、 は、この気がかりな形態の中でさえ、すばらしかった。しかも、プ 大酒を飲んだり、羽目をはずしたりする癖もない。その彼をいきな ラトンのいう牡蠣とはちがい、彼の快楽は無知なそれではなかっ り火星なみの大きさのトマトに変えるというのは、なんとも乱暴で た。フィリツ。フ・は、風と、雨と、彼自身の雄大な回転と、体内 不当な仕打ちに思われた。な・せ彼を ? しかもどうやって ? での液汁の充満と、呼吸の甘味とを知覚し、そしてこれらのすべて 「なにはともあれ、おれはまた自分がだれなのかを知ってるそ」 について瞑想した。こんなにたくさんの酸素を放出しているのに、 と、彼は考えた。いま、生まれもっかぬ巨大なトマトの姿で見お・ほ彼が無人の惑星なのは残念なことだ ( これが彼のしよっちゅう瞑想 えのない太陽のまわりをぐるぐる回っていても、彼の意識は人間のする事柄の一つたった ) 。しかも近いうちに植民される見込みもな 。人類の星・ほしへの進出は、そんなに早くないだろう。変身に先立 それであり、依然として彼自身のものだった。「おれはフィリップい ェアロスペース ・で、どういうわけかまだおれは生きている。これにはなにか科っ二年前までフィリップ・はテキサス州ヒ、ーストンで航空宇宙 の技術者だったが、一時解雇にされ、それつきりほかの勤めロも見 学的な説明がつくはすだ」というのが、つぎの数時間 ( もちろん、 フィリツ。フ・自身の自転周期の二十四分の一を基本単位にしたもっからなかったぐらいだ。事実、最後の四、五週間のフィリップ・ の ) における彼の思考過程のかなり正確な要約たった。 は、ちょっぴりのケチャップを湯に溶いて作ったスープで、露命 をつなぐしまつだった。トマトになったことはーー・よく考えてみる われ生きて呼吸するとき とーーー実に心強い。フィリップ・は、吸いこみ、吐きだし、光合 フィリップ・にとっての数日が過ぎた。この変身の被害者が見成しながら、快い実存的認識をもった。彼は仲介者を排除したの いだしたのは、従順な大気と、すくなくとも一マイルの厚みをもっ トボロジー的外皮 ( いわゆる″地殻″だが、リコペルシコン・エス キュレントウム ) の空間生育種の皮を言いあらわすのに、地殻プロットが複雑に という言葉はあまり適切ではなさそうだ ) と、気象とが、自分に備 フィリップ・にとっての数カ月が過ぎた。燃えさかる赤い巨星 わっていることだった。炭酸ガスを吸いこみ、酸素を吐きだして、 のまわりで摂動を起こしながら、彼は自分の軌道が減衰しているの フィリップ・は光合成をつづけた。朝露が彼のもっとも柔らかなではないか、主星の焦熱地獄のほうへ容赦なくじりじりと落下し 曲面を流れおちた。そしてタ露も。これらの水滴には、海ほどの大て、時ならぬシチューにされてしまうのではないかと、不安をいだ きさのものもあった。雲がフィリップ・の赤道上空に広がり、何きはじめた。なんと彼の太陽は大きくなったことだろう。トマト惑 トンも何トンもの爽やかな雨を降らせた。この気象現象と、彼自身星としての一年目が終わる頃になって、ようやくフィリツ。フ・は 9 の軸性ワルツによって生まれた風が、張りきった、熟しつつある彼彼の軌道が減衰していないことを知った。ちがう。それどころか、 ・こ 0