ス・ヒンドリフトは溜息をついた。「ミスター 「なにが皮肉なのさ ? 」 ーランド・それ 「いや、その、東洋の聖者たちが公言する目的は、自分ーーーっまはたぶん、ペーター ・シュテルンヴェルツに対するわたし自身の終 7 ・シュテルンヴェ生の敬意と、相い通しるものを、あなたの中に認めるからだと思い り、我の究極的な消去です。ところが、ペーター ルツが成就しようと願ったのは、これと正反対のものだったようますよ。それだけではない。説明することはまったく不可能です オクル人 が、ある点で、あなたはわたしの〈目〉への最後の訪問ーーわた に、わたしには思われるのですーーー文字通り、人間の我の神格化な のです ! 人間が神に昇華することにほかなりません ! かれにしの最後の幻影ーーと関連があると、確信しているからですよ」 は、自分を陶工と見、人類全体を粘土と見る意識が、つきまとって「ほんと ? それ、どんなこと ? 」 又タス・フロラティオ ス。ヒンドリフトは、自分の生涯の大部分を吸い取ってしまった羊 いました。それで、〈踏査〉全体を通じて、かれが絶えず、自 分を〈形成者〉と呼んでいる理由が、説明できます。それはまた、皮紙に目を落した。それから首を振った。「娘がいた」かれはつぶ ゃいた。「金髪の娘 : : : 」 わたしがなぜ、その出版を避けているかの理由にもなります」 「むすめ ? 」 「じゃ、なぜ、・ほくに頼むのさ ? 」ジュディは鋭く尋ねた。 スビンドリフトは眼鏡をはずし、眠を閉し、目蓋を指先でマッサ水ぶくれになった死体がゆっくりと水面に浮かび出るように、そ ーランの老人は暗く、個人的な、困惑の悪夢の底から、浮き上るように見 ージした。「わたしはひどく年を取りました、ミスター えた。その目がはっきりした。「そう、そうだ。娘だ。あのねえ、 ド」しばらくして、かれよ、つこ。 をしオ「この前に〈目〉を訪ねてか ミスタ ーランド、このことは、この長い年月、これまでに一 ら、もう五十年以上たっています。そして、世界はその時のわたし の視力の地平線に、きわめて近づいています。四十年前にフ = ラン度もわたしの心に浮かばなかった ! 娘が、このオーテール修道院 オクル人 院長が不意に亡くなって以来、〈目〉の秘密はわたしだけのものに入るなんて ! 」かれはくすくす笑い出し、・せいぜい息を弾ませ た。「何たる事だ、何たる事だ ! そんなことになったら、本当 になっていました。もし、今、この場で、わたしが死ねば、それは この世は終りだ ! 」 わたしと共に亡びることになるし、わたしは、わたしにおかれたと ジュディは、老人の率直な安堵の表現に、深い感動を覚え、本能 信じている信頼を、怠慢によって、裏切ってしまったことになるで しよう。 い換えれば、この世でこれまでに知り合ったどの人より的に手を差しのべて、その手の上に重ねた。「あんたが何を見たか ・シュテルンヴ知らないけどさ、スビンドリフトさん。もし、ぼくでよかったら、 も、わたしにとってはるかに大切な人ーーーベーター エルツその人ーーーを裏切って、わたしは死んでいくことになるのでどんな手伝いでもするよ : : : 」 スビンドリフトはもう片方の手をその上にのせ、上の空で、彼女 「でも、どうして・ほくを選ぶのさ ? 」ジ、ディは喰い下った。「修の手を軽く叩き、つぶやいた。「それはどうもありがとう。ほんと 道士の中にはいないのかい ? 」 うに、・ありがとう : : : 」 オクルス
いると驚くことばかりですなあ」 「決定論的宇宙を、証明された事実として受け人れることになるん 「まあ、この三十年間に、いろいろあったからねえ。・ほくら、水爆 ですよ ? 」 後世代なのさ。人間の理性の行きつく果を見ちまったんたから。ポ 「それができないって、だれがいうのさフ スビンドリフトは遠い地平線から、ほとんどしぶしぶ、といってカーンと、断崖の縁までね」 ス。ヒンドリフトはうなすいて、つぶやいた。「そう、そう、知っ い様子で、視線を引き離し、目をしばたたいて、彼女を見おろし た。「というと、あなたは受け入れることができるとでも、ミスタてます。わたしは見ました、 「何だって ? 」 ハーランド ? 」かれは不思議そうに尋ねた。 「あの。ヒカドンですよ。かれらはそう呼びました」かれは目を閉 「でも、・ほくは〈アイ・チン〉をたしかに受け入れるよ」 「しかし、あなたは自由意志を信奉しているにちがいないと思うがじ、身震いした。しばらくして、彼女の腕をつかんだ。「しかし、 と 想像して下さい。何が起るか知っていて、それを防ぐ力がない、 1 ランド いうことを。その場合、どうなるでしよう、ミスター 「まあ、ある点までは、そうだね。いや、つまり、・ほくは〈アイ・ 冫ーしかないと、いおうとしたのさ。それが チン〉を調べないわけこよ、 ぼくのかわりに、・ほくがこれから〈アイ・チン〉を調べることを決「知ってるってどういう意味さ ? 」 「言葉通りです、スピンドリフトは固執した。「すべての事が起る 定してくれるわけではないだろう ? 」 この瞬間、スビンドリフトには最後の分れ道にさしかか「たようのを見るのです、それが実際に起「てしまう前に。すると、どうな ります ? 」 に思われた。だが、どちらの道が正しいか、まだわからなかった。 「あんた、まじめ ? 」 かれは指を、ぼんやりと空気をかきまぜるように動かした。「で スピリトウアリス 「あの〈霊的〉に全部書かれています」スビンドリフトはそう ーランド。ひとまず仮定の問題として 、、つカ・カ - 、つ・カ - 、、、スタ いって、彼女の腕を離し、彼女の椅子の背を両手で握りしめた。「べ もし、人生におけるあらゆる事があらかじめ決定されている、 1 タ・ーシテルンヴ = ルツは、ティアナのアポロニウスが東洋か と人類に確信させることに成功したとしたら、それからどういうこ ら持ち帰ったものを再発見したのです。しかも、それだけではな とが起ると、あなたは思いますかな ? 」 。未来世代に自分の知識が伝承される方法を考案したのです。っ ジディはにつこりした。「どっちみち、たいていの人は信じるい いろいろあるまり、後世に自分の目を遺贈した見者なのです」 んじゃないかなあ。占星術、タロー、アイ・チン ジ = ディは目を細めた。「ちょっくら、考えさせてよ」ゆっくり じゃん。悪いのは、スビンドリフトさん、われわれそのものじゃな と、つこ。 「つまり、マイスター・シ = テルンヴェルツは実際に未 7 くて、われわれの星なのさ」 「ほんとうに ? , とスビンドリフト。「まったく、あなたと話して来を見ることができたって、いうの ? 」
「はい」スビンドリフトは簡単明瞭にいった。 合装置の役目をすることと、最大強度領域は、おそらく弦の交差点 「なにを ? あらゆる事を ? 」 がカ場ーーーそれを、かれはマーレ・テンポリス、つまり、時の海と 6 「いや、地平線上の最大の嵐ーー文明に対する危機ーーだけを。か呼んでいますがー・ーそのカ場によ「て平衡を保つ点に発生すること れはそれを〈時の節〉と呼んでいます」 を、知っていたのです」 「でも、どうしてあんた、それ知ってるのさ ? 」 ジ = ディはうなすいた。「それで ? 」 ・フラエモニティオネス 「かれは書き残していますから。〈予告集〉という本に」 「この特殊な点に、求めているものがあると、かれは推論しまし 「びつくりしたな、もう ! 」ジュディは小声でいった。「あんた、 た。わたしはこれまでに古文書の中から、プリタ = ーの同様の環状 からかっているんだよ ! 」 列石を、かれがスケッチしたものをたくさん発見しています。そし 「シ、テルンヴ = ルツ自身の予言は、十五世紀までしか届きませんて、それそれの中心のすぐ横に、かれは一様にオクルスという言葉 でした。しかし、さっきもいったように、かれは目を後世に遺贈しを書き入れています、ーーっまり、ラテン語の〈目〉です、 たのです」 「まさか、あんた : : : 」とジュディ。 「ちょっと、ちょっと、スビンドリフトさん。それ、どういう意味「いや、本当です」スビンドリフトは言い張っこ。 ナ「かれは大変な さ ? 」 試行錯誤をやったあけく、正確な点の位置をつき止めることに成功 プラエモニティオネス 一分後、かれは〈予告集〉の第一巻を持って戻ってきた。そしました、ーーそれは実際、ごく狭い範囲でー・ー足元の、このオーテ して、そのとびらの地図を彼女の前に広げると、眼鏡をしつかりと ール修道院そのものの中にありました。かれは、それを発見する タイム・十ブザーバトリー 鼻の上にのせて、こまごまと説明し始めた。 と、自ら時間観測所を作り、かれの見たものをすべて記録に取る 「これはペーター ・シ、テルンヴ = ルツ自身の手で作図されたものという作業を開始しました。その結果が、あなたの目の前の〈予 ニティオネス です。疑問の余地はありません。オーテール修道院のある地域の鳥告集〉なのです ! 」 瞰図です。これらの点は石器時代の環状列石遺構を示し、それそれ ジ = ディは目を落して、地図を見つめた。「でも、もしそうな の巨石から出ている放射状の直線はすべて、ここの、この点で交差ら、なぜ、ほかでも、だれかが発見しなかったのよ ? つまり、サ しています。わたしは最初、これらの渦巻は磁カ線を表わそうとすクスペリーの環状列石とか、カーナックの巨石遺構とか、ほかにも る原始的な試みかと思いました。しかし、今ではそうではないとわ いろいろあるじゃんか ? 」 かりました。にもかかわらず、それらはたしかにある種のカ場を表スビンドリフトはうなずいた。「それで、ペーターも迷いました。 わしているのですーーしかも、そのカ場は、もとの環状列石を建造しかし、結局、各円の焦点はほとんど例外なく、地上二十メ 1 トルぐ した太古の種族が最初に検知したものたということは、疑いの余地らいのところにあることに気付いたのです。かれは、最初に環状列 がありません。シテルンヴ = ルツは、環状列石がある種の焦占整石を作られた当時は、それらの中心に、木造の塔が建られたと推論 イ・ラエモ
べき場所へもどし、糸をビンと水平に張って、ぐいと後方へ押し こんでいく。しだいに速度がゆるみ、やがて停止した。 た。シンクレアの単原子チェ 1 ンが、柱にくいこむのが感じられ 「やった ! 」エンジェルが歓声をあげ、片手で前の座席につかまっ たまま、片手でその背をたたいた。ざまをみろというように、 グラツ・、 ーのアームは、依然として同じ方向へスイングをつづけ ちをふりかえりかけて、またふいに視線をもどした。「あの船だー ている。 逃げていく ! 」 「いいや、そうじゃない」フォワードは、コンソールに身をのりだ柱を切断し終えたら、私はその糸を背中へまわして、いましめを した。「うまいそ、やつはもどってくる。まっすぐこっちへ向かっ切るつもりだった。うつかりすると、両手首を切りおとすかもしれ てくるようだ。こんどは、正体のわからぬ曳船など、おらんのだか なしが、やってみるほかない。だが、フォワードが・フラックホール らな」 を船へ向けて投げつける前は、どこまでやれるだろうか。 ふいに、ひんやりした風が両足を包むのを感じた。 ノーが、重々しく、〈ホボ・ケリイ〉号の去った 一本腕のグラツ・、 方向へ、スイングしはしめた。一度に一センチくらいの動きで、目見おろすと、柱の周囲から、霧が湧きだしている。 髪ひとすじの切り口から、おそろしくつめたい何かのガスが、洩 にみえない巨大な動力を引きずっているのだ。 そして、船の姿が目にはいった。私たちを救いにもどってきたのれだしているのにちがいなかった。 。ししか、このままでは、いいカモた。しかし 私は、押しつづけた。さらに霧が湧きだしてくる。足先が凍え ーの、第一と第四のボタンて、しびれてくるほどのつめたさだ。ふいに抵抗もなくなり、私は 私の両足指が、ダイビング・ジャンパ 糸が柱を切断し終えたことを知った。では、手首の番た をまさぐった。 ーに仕込まれた武器も、ジンクス人の腕液体へリウムだろうか ? このすばらしいジャンパ 力と敏捷さに対しては、何の役にも立たなか 0 た。しかし、平地人私たちが縛りつけられたこの柱は、超伝導ケー・フルの中枢をおさ のからだは、しなやかというにはほど遠いし、その点はジンクス人めていたのだ。 も同様である。フォワードは、私の両手は縛ったが、それだけで安彼の誤算というべきだろう。注意ぶかく両足を前へ出すと、糸が ふたたび柱に切りこんでくるのがわかる。 心していたのだ。 グラッ ーのアームがスイングをとめた。先端のお碗たけが、ま 両足指で、ふたつのボタンをつかんで、びつばった。 脚がよじれたようにな 0 て、うまく力がはいらなか 0 たが、上のるで目のみえないみみずが行方を見さだめようとするかのように、 の手がダイアルを動かすたびに首をふりたした。さかさ ボタンがとれると、糸もついてきた。フォワードの手中にある底なフォワード まの姿勢のまま椅子の背につかまっている一一ンジ = ルが、落ちない し孔に対抗する。これも目にみえない武器である。 その糸に引かれて、四番めのボタンもはすれた。両脚を本来あるように、そこへしがみついている。 こ。
るーー面や角はなくて、弧と曲線からなるものであった。われ という銀の微片が一団となってきらめきながら漂ってきた。そ われ一同は、それを見ようとふり向いた。われわれの動けるか していっせいに方向を転じ、十字路さして暗青色の影の中にキ ぎり、自由のぎくかぎりでゆっくりと、訝りながらふり返っ ラキラと消えて行った。 た。その物体は、しなやかな動作で伸縮とうねりとをくり返し われわれは銀色の魚群から目を上げた。翡翠色の潮流がめぐ ながら、あるいは速やかに、あるいはためらいがちに蛇行し 、青い影が沈む街路から目を上げた。われわれは前進し、切 た。庭を囲む壁をあとに街路を横切り、とある戸口の凹みに身 なる思いをこめてふりしナ 卩、ど。われわれの都市の高塔を見たい を寄せた物体は、その暗青色の影にひそんでしばし見えにく 一心たった。塔は立っていた。廃墟と化したそれらの塔は、明 ほのあお くなった。われわれは目を凝らした。と、一筋の仄青い曲線が かるさいやます光を浴びて燃え立つように輝いていた。そこで 戸口の上部に現われた。つづいて一筋、また一筋。動く物体は は、光は青でも青緑色でもなく、黄金色だった。塔のはるか上 ドアの上にしがみついてぶらさがった。もつれて揺れる銀色の に、とてつもなく大きな円形の輝ぎがあって、小刻みに揺れて 紐か、ぐにやぐにやの手といった風情だったが、そのうちに曲 いる。海面に射す太陽の光だ。 った一本の指のようなものが偶然にドアの上にある横木を指し われわれはここにたどりついたのだ。われわれがこの光の円 た。そこには、その物体に似たもの、似てはいるが動かないも 形を破って生まれ出る時、海水は砕け、白い奔流となって塔の のがあったーー彫刻だ。翡翠色の光に浮かぶ彫刻。それは石に 白い側面を下り、急勾配の街路を海中さしてまっしぐらに帰っ 刻まれていた。 て行くことだろう。海水は黒髪に、黒い瞳の眼瞼にきらめき、 長い触手がするすると巧みに彫刻の曲線をたどる。花弁状の 白く乾いて塩の皮膜となるだろう。 八本の肢と丸い目。物体はその形を把握しただろうか ? われわれはここにたどりついたのた。 生きものの方は突然身を翻した。そして、ゆるい結び目のよ あれは誰の声 ? 誰がわれわれを呼んたのか ? うに一旦収縮すると、一気に街路を蛇行して去った。あとには 濃い暗青色の煙がい 0 とき朦朧とたちこめ、消散した。ドアの彼がわたしとともにいたのは十二日間だ「た。一月一一十八日、保 上の彫刻が再び現われた。磯ギンチャク、イカ、敏捷で、大目健教育福祉局から役人がや 0 てきた。そしてサイモンのことを、病 玉で、しなやかで、捉えどころのない生きもの。あらゆる壁に人でありながら治療も受けずに失業手当を受けているのだから、政 刻まれていたなっかしい紋章。軒蛇腹、舗道、把手、宝石箱の府としてはしかるべく面倒を見て健康を回復させる義務があるとい 蓋、天蓋、壁掛け、テープルの上面板、門ロ、さまざまなも った。民主主義社会においては健康は市民にとって不可譲の権利た のの意匠になっていたあの紋章だった。 というのがその理由だった。サイモンが同意書のサインを拒否した また、別の街路から、一階の窓ほどの高さのところを、何百ので、保健担当主任がサインをした。彼が起き上がるのを拒否した
て、体を支えようとした。ロの中に唾液が湧き出してきた。今にも畑は、完全に消え失せていた。空にわきたっ入道雲の帆船を走らせ 気を失いそうに思えたが、彼女はぐっとつばを飲みこんで、目を閉ている風は、世界の果てまで続く、緑のさざ波の立っ海のような大 7 じた。 草原、野草の穂の上を吹き渡るばかりだった。人も家畜も、飛ぶ鳥 いくつもの紫紅色の火球のように、ろうそくの炎の残像が網膜にさえも、まったく姿を見せなかった。 漂った。それらは、緑、暗青色、紫と微妙に色を変え、最後にビロ 約二十分後、戻ってきたス。ヒンドリフトは、ジ , ディが石棺の中 ードのような闇に消えていった。目蓋に鉛をのせられたように、重に崩折れ、やまねのように、折った膝の上に頭をのせて、体を丸め く感した。 ているのを見出した。かれはこわごわ身をかがめ、その肩に手を置 突然ーーー何の前触れもなくーー・彼女はものすごく高いところか いた。「ミスター ・ハーランド、大丈夫ですか ? 」 ら、一つの都市を見おろしていた。高校の社会科の宿題で見覚えが返事はなか「た。かれはひざまずいて、両手を彼女のわきの下に あったので、即座にそれが故郷の町だとわか「た。パノラ「のシー差しこみ、ひどい苦労をしたあげく、棺から彼女を引き出すことに ン全体が、奇妙に、夢のようにはっきりしていた。空気は信じられ成功した。彼女はごろりと横向きに扉にぶつかり、それから、前に ぬほど澄み切っていた。一条の煙もかすみもなく、街路は碁板の目倒れてかれの足元にのびてしまった。かれは彼女のシャツの首から のようにくつきりと見えた。北方にはミシガン湖が明るい日光を浴手を差し人れて、心臓の鼓動を探ろうとした。それで、彼女の正体 びて、銀青色に輝いており、静かに流れる雲の紫青色の影がその穏を知った。かれの心の中で、希望の最後の小さな灯が消えた。 やかな水面に落ちている。だが、これはもはや、彼女の覚えているシ かれは彼女の死んだような頬を叩き、その手をこすり続けた。っ カゴではなかった。この大都市の中心部はすっかり消減していた。 いに、その目蓋がびくびく動き、開いた。「どうした ? 何を見た それがあった場所は、灰色の瓦礫の広大な円形のしみでしかなかっ ? 」かれは尋ねた。 た。そして、その周辺部には、すでに緑の草木が生えていた。煙を彼女は冷たい手を上げて、かれのしわの寄った顔に、不思議そう 吐くエ場もなければ、高速道路で渋滞している、きらめく自動車のに指先を触れた。「じゃ、まだ起ってしまってはいないのね」彼女 列もなければ、みみずの這うように、くねくねと走ったり、待避線はささやいた。「それにしても、ひどく生々しかった」 に身をかわしたりする貨物列車もなか「た。すべてが死に絶え、月「起るだろうよ、かれは悲しげにいった。「あなたが見たものが何 面の町のように静まり返っていた。これはまさにネクロポリス であれ、必ずそうなるのだ。いつもそうなってきた」 死の町であった。 「でも、だれもいなかったのよ」彼女は嘆いた。「人っ子ひとり。 やがて、この幻影は消え、別のものが現われた。ふと気が付く何が起ったの、スビンドリフトさん ? みんなどこへいってしまっ と、今度は大きな河が曲りくねって流れている大平原を見渡してい たの ? 」 た。しかし、彼女が覚えているダニーブの果しない黄金色の小麦「いい子だからいらっしゃい」かれは子供をなためすかすようにし
て、その下に、より濃いインキで皮肉な疑問文がーーークイスクスおのから細い線が引かれ、渦巻きを横断して、その中心に集中して トディエトイプソスクストデス ? ス。ヒンドリフトはろうそくの光の中で目をしばたたいた。「監視スビンドリフトは今や、手に持っているものが、オーテール修道 たれ 者を監視するは誰そ ? か」かれはつぶやいた。「本当に、だれだ院そのものと、その周囲の、秘密の地図だと確信した。だが、僧院 ろうなあ ? 」 そのものが示されていなければならない場所に、小さな字で何か書 もう暗くなった窓のガラスに、風が鼻を鳴らし、すすり泣いた。 かれていた。運悪く、その場所は羊皮紙を四つ折りにした中心の十 そして、鐘楼から晩疇の鐘が鳴り始めた。ス。ヒンドリフトは激しい文字の折れ目に、たまたま一致していた。スビンドリフトは目をこ 身震いを無意識にすると、本の表紙を閉じた。 らしてみると、 いくつかの文字がかろうじて読み取れるように思っ たれかが、おそらくべーター ・シュテルンヴェルツ自身が、扉のた。テンプスとポンス いや、たぶんフォンスーーそれらと一緒 白紙に、一枚の折り畳んだ羊皮紙を縫いつけていた。スビンドリフ に、カーヴェまたはカルべと読める文字。〈時〉、〈橋〉、いや、た トは注意深くそれを広げ、注意深く覗きこんた。最初一目見た時ぶん〈源〉。それから ? 〈注意せよ〉 ? 〈つかめ〉 ? かれは欲求 は、細い線をくもの巣のように引いたわけのわからないものに見え不満になって首を振り、とてもだめだと諦めた。それで、図面を注 た。たっぷり一分間ほど見つめているうちに、そのなまな図形が、意深く折り畳み、扉の白紙をめくって、本文を読み始めた。 小箱の蓋とあの奇妙な形の鍵に、驚くほどよく似ているのがわかっ 最後のページにたどりついた頃には、ろうそくは切り株のように てきた。だが、まだ何かほかにもあった。記憶をくすぐる何かが。縮んでしまっていて、今にも溶けて流れてしまいそうたった。そし 昔、どこか他処で見た何かが。それから、突然、わか「た。 = ーンて、スビンドリフトは激しい頭痛を感じていた。顔を両手に埋め ウォールのティンタジ = ルの近くの、巨石遺構の表面に刻まれた、 て、眼球の奥の疼きがおさまるのを待った。かれの覚えているかぎ 連結渦状紋様だ。花崗岩に残された巨人の親指の指紋のように、若りでは、生れてから唯一度だけ、酒に酔っ払った経験があった。そ い日の夢を掻き立てたあの渦を巻きながら、二つつながっているれは二十一歳の誕生日のことだった。とても、楽しいなどといえた 字形と、そっくり同じものがここにあるのだ。 ものではなかった。世界中が、土台からぐらぐら揺れるように思え その記憶が途切れるやいなや、かれはこの迷路のような図形かたあの感じは、もっとも惨めな思い出の一つとして残「ていた。今 ら、オーテール修道院の周囲の山腹の点在する異教の巨大立石遺構や、かれの心は酔っ払ったように、 一つのもろい継ぎ手から、次の を連想した。もしや、これはロデリゴのいっていた地図ではあるま継ぎ手へと揺れており、その時のことを、もう一度復習しているみ かれはその羊皮紙を、揺れるろうそくの火に近づけた。すたいだ「た。もちろん、これは悪ふざけなのだ。異常に念の入っ ると、小さな丸が円形に連らなって、それが中心の渦巻きの外縁をた、無目的な悪ふざけなのだ。そうでないわけがないー そう思い 形づくっていることが、すぐにわかった。それらの小さな丸のおの ながらも、かれは恐れていた。これはそんな類いのものではない・ 6 5
その曳船三隻が、近づいてくる。 私にとっても、チャンスはただ一度だ。ようやく右足の靴も脱げ 「やつめ、まだこっちの手のうちには気づかんようだな」フォワー た。頭上では、巨大な一本腕の先についた捕握装置が動きだしてい 6 トが、満足げにつぶやいた。 る : : : そして突然、気は、彼らが話していたことの意味をさとっ そのとおりだが、それだけ危険な方法だ。武装のない三隻の曳船た。 が、今やアウスファラーの息の根をとめようとしていた。ゆっくり もはや、目をこらしてドームの外をうかがう必要などなかった。 と、目にみえないその武器を投げつけて、〈ホボ・ケリイ〉号をの恒星をちりばめた宇宙を背景に。ゆっくりと動く捕握装置、〈ホポ みこませたのち、基地に危険が及ばぬ前に、もう一度ひろいあげよ ・ケリイ〉号の噴射炎、そしてのたうちまわる船の残骸が二個。と うという手筈なのだ。 っぜんそのひとつが、パッと青い炎をひらめかせて消えうせた。あ 私の位置からみると、〈ホボ・ケリイ〉は、明るい光点にしかすとには塵雲ひとっ残っていなかった。 ぎず、それよりも淡くて遠い三つの点が周囲をかこんでいた。フォ アウスファラーも、これを見たにちがいない。ぐるりと船首をま ワードとエンジ = ルは、通信機のスクリーン上で、もっとこまかくわして、彼は逃げだした。まるで見えない腕が〈ホボ・ケリイ〉を 観察できるのだろう。もうこっちをふり返ろうともしない。 つかんで投げとばしたみたいだった。シ = ッと核融合の光芒一閃、 私は、両足の靴を蹴り捨てようとした。船内用のやわらかい、か 船はもうドームの視界の縁の向こうへ姿を消していた。 かとの高い靴なので、なかなか脱げない。 曳船の二隻が破壊され、一隻が逃走した今、ブラックホールは、 ようやく左の靴を振り捨てたとき、曳船の一隻が、ルビー色の光われわれめがけて、自由落下状態にあるはずだ。 芒を放って燃えあがった。 もう、目にうつるものは、グラツ・、 ーの徴妙な動きばかりだっ た。エンジェルよ、フォワード 「あいつ、やったそ ! 」カルロスは、喜ぶべきか愕然とすべきか、 の座席のうしろに立ち、椅子の背を ぎゅっと握りしめている。両手の血の気がうせて真白だ。 迷っているようだった。「非武装の船を射ったんだ ! 」 フォワー・ト が、エンジ = ルにあごをしやくった。エンジ = ルが席もともと数ポンドしかなかった私の体重が消えうせ、からだが宙 を離れた。フォワードは、そのあとへすべりこむと、厚いシート に浮いた。またもや潮汐力だ。目にみえないほどの物体が、足もと ルトをかけた。どちらも無言のままだ。 の小惑星全体よりも重いのである。捕握装置が、さらに一メートル 二隻めの船が真紅の炎を吹き、つぎの瞬間。ヒンク色の大きな雲と ほど一方へ振れ : : : そして何かがそれに、すさましい一撃を加え なってふくらんだ。 三隻めは、もう逃走にかかっていた。 床がすうっと遠のき、私は今や、頭を下に、捕握装置へ向けてぶ フォワー、ド が、制御装置を動かしながら、わめいた。「質量探知らさがっている恰好だった。大の食器みたいなお碗が、こっちへぐ 機でつかまえたそ。チャンスは一度しかない」 んぐん迫ってくる。金属ア 7 ムのジョイントが、パネのように沈み べ
監視者 リチャード・カウバー 訳 / 岡部宏之イラスト / 岩淵慶造 環状列石のちょうど中央部に修道院はあった そして内部にはく目 > と呼はれる石棺があり 未来の記述く予告集 > は書かれたのだった /
色褪せた青いシャツにジーンズをはき、まっ黒に日焼けした、ほ ス。ヒンドリフトは読み終えると、目をしばたたいて、谷を見渡し クイス・クストディエト っそりした・フロンド娘は、手紙の消印を調べて、うれしそうにくす た。「監視するは誰ぞ ? 」かれはそうつぶやいた。それから突然、 ず 0 と昔に。デリゴ修道士が氷のように冷たい水のカ ' プを渡してくす笑 0 た。そして、急ぎ足に日当りの良い広場にいき、低い塀に くれて、よし、よし、というようにうなずいていたことを、驚くほど腰を掛け、封筒の端を細くちぎ 0 て取り、スビンドリフトの手紙を 引き出した。彼女はシー・フルーの目を、タイプされた方面に素速く はっきりと思い出した。あの人は、どうして知っていたのか ? 北の空から、投げ槍のような形の、三機の黒い飛行機が飛び出し走らせた。「まあ、すごい ! 」彼女は叫んだ。「ねえ、す 0 ばらし いじゃない ? 」 てきて、谷間に沿って飛び去っていった。雷鳴のような轟音がたち ーランドは二十二歳なのに、まだ、びちびちしたポ まち遠ざかった。ス。ヒンドリフトは溜息をついて、手紙をたたみ、 ーイッシ、な十八歳に見えるように努力していた。彼女はかって、 手探りでそれを封筒に戻した。そして、手を伸ばして野生のセイジ の葉を一枚むしり、指で揉んで、鼻の下に当てた。この頃には飛行ある願書の〈職業〉の欄に〈熱狂者〉の一語を記入したことがあっ 機はすでに五十「イルほど離れていて、遠いきらめく海面すれすれた。合格はしなか 0 たが、それは、この自己紹介の誤りが原因だ 0 。ししカたい。ス。ヒンドリフトへの彼女の手紙は、オーテール に飛んでいた。だが、その傍若無人な飛行の余韻は、まだ、この古たとよ、 の修道院がアルルから海岸に向かって、一日のヒッチ ( イクで容易 代の丘の間に残っていて、かすかにこだましていた。 スビンドリフトはつぶやいた。よし、この若者に返事を書いてやに行ける所にあるとわか 0 た瞬間に、あわてて走り書きしたもので ろう。〈無から無が生じる〉というが、たぶん、この ( ーランド氏あ 0 た。彼女がスビンドリフトに与えた情報は、ある一点にいたる は〈無〉ではあるまい。たぶん、何か意味のある存在だろうーーもまで、正しくなくはなか 0 た、ーーたしかに、正しか 0 た。その一点 ・シュテルンヴェルツに対する彼女の関心 しかしたら、私の後継者になるかもしれない。私がロデリゴの、そというのは、マイスター して、ロデリゴがマルタン師の後を継いだように。後継者はこれまのことだが、詳しくいえば、それは、過去八年間に、きようちくと でに必ず現れたーーー監視者。ーーっまり、目のための目が」かれは唸うの森の酔払 0 たはちどりのように、ふらふらと近づいたり遠ざか りながら、今まで坐 0 ていた墓石から立ちあがり、修道院の方に足ったりしながら、彼女が夢中になってや 0 たいくつかの事柄の一つ ハタ・ヨガ、ドン・カル を引きずって歩き出した。その歳老いた平修道士はかすかにびつこに過ぎなか 0 たのである。彼女はすでに、 トランプ占、 ロスの教え、タロ ) 禅、アイ・チンなどを試みてい いの一種 を引き、何やら小声で独白をいいながら遠ざかっていった。 た。それらのおのおのが、熱烈な恋人のように彼女に取り憑いて、 郵便局の窓口の婦人は、鼻を鳴らし、差し出されたパスポートを他のすべてをはじき出してしまうのだ 0 た、ーー次の対象が見つかる ビオグラフィア・ミスティカ 睨みつけると、近頃の若い者は鼻もちならないという顔を露骨にしまで。〈光明録〉と〈神秘的伝記〉は、彼女の精神的ラ・フ・ア 3 フェアの最も新しい対象にすぎなかったのである。 て、手紙を渡した。 イルルミナトウム