アラン - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1977年12月号
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1. SFマガジン 1977年12月号

は上達していた。 風でも吹けば、すぐに落ちそうだが、奇妙なことにその球体は、 常に空中にとどまっていた。まるで池のまわりには目に見えない壁おそらく最も活き活きとしていたのはアランだっただろう。彼は が点在し、風を食い止め、球体が外へ出ることを食い止めているの新たな知識を得ることができるということ、そのことだけで我を忘 かとさえ思えるのだった。 れていた。ャラたちから聴く話は、何もかもが目新しく、彼の抱い 晴れた日には、ヨアンは自分にあてがわれた二階の部屋の大きなていた様々な疑問をすべて解きほぐしてくれるかとさえ思えたの 窓から、その球体の動きを見続けるのだった。飽きることも知らずだ。眠るひまも惜しかった。それ故、アロンと顔を合わせることも に、陽光を浴びてきらめくそれを見まもる。そうしている間というしだいに少なくなり、ほとんど部屋に閉じ込もってばかりいるヨア もの、ヨアンの心は空白に支配されるのだった。何も考えずにいるンとは顔を合わすことすらなくなっていた。 というその時間が、彼には大切に思えた。 ャラにしてみれば、こうした三人の状態はそれだけで望ましいこ とであった。アロンの態度だけが意外であったが、それでも彼がア もちろんアランやアロンのことを考えることもあったし、ヤラた ランとも接触しなくなったというのは、彼女の目的からすれば、歓 ち、この宮殿の住人について考えることもあった。だがそれはいっ も中途半端に終り、気が付いてみると、何も考えていないのだ。そ迎しこそすれ、反対すべきものではなかった。彼女は三人の精神に れはヨアンを恐慌状態におとし入れた。広大な砂漠にただ一人、放機械を使用して干渉し、自分たちの目的をさとられまいとしていた り出されたような無力感が、ヨアンの心に広がり、やがて考えるこのだ。彼らが互いに接触し、余分な刺激を受けるというのは、それ とそのものを拒絶するようになってしまった。 だけ精神干渉装置の影響から抜け出す可能性を持っているというこ ョアンたちが、ヤラに案内されてこのサイナルの街にやってきてとでもあった。それに彼女たちのその装置は、相手を完全に支配下 から、すでに一カ月が経っていた。そしてその一カ月の大半を、ヨに置くほどの力を持っておらず、相手の意志や考えをねじ曲け、別 アンは噴水を見続けて過ごしていたのだ。たとえばアロンもアランの方向へそらすことしかできない。、並はずれた意志の持主であれ も、ヤラたちと同じ身体にびったりとした服に変えていたが、ヨアば、その装置の力をはねのけることもできたし、普通の人間であっ ンたけはそれを嫌い、街の人々が身にまとっているのと同じ粗末なても、長い時間、その装置の完全な影響下においておくことはむず 半衣をつけていた。それはヨアンが無意識に示したヤラたちに対すかしかった。おそらくは人間の精神が、その装置に対する耐性を獲 る拒否反応であったかもしれない。ほとんど意地になっていると思得してしまうからであろう。そして、ヤラの連れてきた三人も、こ の装置の効力の限界に達しようとしていると思われた。 えたほどに、ヨアンは自分の殻に閉じ込もることに固執していた。 そろそろ計画の実行にかからねばなるまい。アロンからはじめる 言葉をお・ほえようともしない。アロンもまた、何事にも無関心な か、アランにするか、ヤラは一瞬、迷ったが、すぐさま心を決め 5 状態におち入っていたが、それでもアランと共に、ヤラを通じて言 。あの男ならば自分たちの言うことに疑いを抱く 葉をお・ほえ、よほど複雑な会話でなければ、不自由はしない程度にる。アランがいい

2. SFマガジン 1977年12月号

ろと立ち上る。ョアンには、この若者の言っていることの意味がよ を、鮮明によみがえらせる。 ア。ンは額に浮かんだ冷汗を手の甲で拭うと、ヨアンの右手からくわからなか「た。ただ、その気迫に圧倒されていたのだ 0 た。そ その袋を奪おうとした。だがヨアンは離そうとしない。必死に力をれに、この宮殿に何の未練があるわけでもない。心残りと言えば、 もっと噴水を見ていたかったということだけだったが、それとて こめている。アロンが力を入れる毎に、ヨアンの手の力も強まる。 そのとき、アロンは、ヨアンの顔に再び表情が戻ってきはじめたのも、今となってはさほどのこととは思えなかった。 ョアンは、戸口を出るときに、一度だけ振り返って、窓の外で踊 に気付いた。あたかも、聖典の袋が直接ョアンの心とつながってお り、袋を引くことがそのままョアンの心を引きずり出すかのようでっている薄赤い球体を見つめた。あの赤が、もっと濃くなるときは あるのだろうか ? あった。 「ヨアンさん、しつかりしてくれ。・ほくたちは、ここから逃げ出さ先に立ってアロンが進む。ョアンは足音を忍ばせて、そのあとに 続く。どうして、こんなにも人がいないのだろうか。まるで誰も住 なきや、ならないんだ」 そう言ってしまって、アロンは自分が何を望んでいたのかを悟っんでいないようだ。ョアンの心には疑問が幾つも浮かび、はじけて た。この宮殿から脱出し、この街から逃げ出す。何よりも、それが消える。そうした精神状態は、宮殿にやってきてはじめての経験で 重要なのだ。ここに居れば、いつの間にか、自分が自分でなくなつあったが、ヨアンはそれを不思議とは思っていなかった。長い「 ョアンの心からは、そうした好奇心が失われていた。 てしまう。そう思えた。このヨアンを見ろ、アランを見ろ 9 幾つか階段を昇り降りし、回廊を回ったところで、アロンは、一 アラン ? そうだ、アランはどうしているだろうか。 つの部屋の戸口の前で足を止めた。そして、用心しながら、中をの 「アロンさん」 今度の呼びかけは、明らかに意志を持っていた。ョアンの顔を見そき込む。 たアロンは、相手の瞳の中に理性が戻っているのを見てとった。ど「いない」 アロンは、ヨアンにささやきかけた。 ことはなく弱々しく、おびえの影がある。だが、それはこの修道士 「どこに行ってしまったのだろう。どこかで調べ物でもしているの に常につきまとっているものだった。 か、それともあの王家の人間たちの誰かと、話しでもしているのだ 「どうしたんです ? 何かあったのですか ? 」 ろう」 アロンの顔から目をそらしながら、ヨアンが尋ねる。 ョアンは、宮殿の広さに心を奪われていた。な・せこれほど多くの 「ぼくにもわからない。でも、この宮殿は邪悪だ。何か恐ろしいこ とが起こるような気がしてならないのです。とにかくアランを探し部屋があり、廊下があるのだ。しかも、そのほとんどが空室なの だ。ョアンの知っていたいかなるビルも、これほどに無駄だらけで て、逃げ出しましよう」 アロンは、しなやかな身のこなしで立ち上がり、ヨアンはのろのあったためしはなかった。

3. SFマガジン 1977年12月号

その彼女の目の前に、ロポットの無表情な顔が現われ、ヨアンの者の群が姿を現わした。ャラは、床の銃をんた。間髪を入れず 顔が現われる。それを目がけて、横からエッズが飛び出していくのに、背後にいたアランが、ヨアン目がけて突込んでいく。ャラが、 が見えた。そしてャラは、自分の身体が何人かの手によって引きす銃の引鉄を引いたのは、そのアランの勢いにつられたためだったろ り上げられ、宮殿の中へ引かれていくのを感じた。 うか。そして、銃弾は、見事に命中し、頭を吹き飛ばした。自分を 音もなくドアが閉じ、ヤラはまわりが静かになったのを知る。そ救うためにヨアンに飛びかかろうとしたアランの頭を吹き飛ばして れでも立ち上がる気にはならなかった。そして自分がまだ銃を握っしまったのだ。 ていたことに気付き、手を離す。こんなものが何の役に立っという その失敗に逆上したヤラは、まるで銃がおそましいものであるか のか。乾いた音をたてて銃が床に転がる。使う私が気力を失ってしのように、悲鳴を上げ、銃を放り出し、身を翻転させて、逃げる。 まって。 破壊者の群は、アランの死体を踏み越え、エッズの残骸を引きすり いかにエッズとても、二体のロポットと何百人もの人間が相手でながら、広間の中に入ってくる。ョアンは床に転がっている銃を拾 はかなうまい。そしてあのロポットたちは、想像を絶する力によっ い上げた。そして、突き当りのドアの向うに逃げ込もうとするヤラ て動かされているのた。ャラは自分が泣いているのに気付いた。そに向かって、発砲する。反動はほとんどなかった。だが弾ははす れは恐怖のもたらしたものかもしれない。だが、ヤラは、それがエれ、思わぬところで火花が散った。銃声によって、ヨアンの心に古 ッズの破壊によってもたらされたものたと信じたかった。彼女にと い記憶が舞い上がる。だが、今のヨアンには、どんなものも打撃を って、あのロポットは、ロポット以上の存在たったのだ。忠実なエ与ることはできなかった。何の努力も必要なかった。記憶はまた記 ッズよ。 憶として彼の心の中で沈澱していくのだった。 床に突伏したヤラは、ドアが不気味にきしむ音を耳にして、顔を 人々は、そんなョアンにはかまわず、歓声をあげて、宮殿の中に 上げる。中央の黒い割れ目が、したいに広がっていく。ャラは救い散っていった。やがて、広間には二体のロポットとヨアンだけが取 り残された。 を求めるように、広間を見回す。二人の仲間たちは姿を消してい た。たた一人、アランだけが、彼女のすぐうしろに立っていた。こ そのとき右手のドアが開き、一人の男が走り出てきた。オンだっ の広い部屋にただ二人たけなのだ。そしてあのドアの向こうには、 た。ロポットたちは、即座に行動に移る。オンは、それに気付き、 人々がいる。彼女を破壊させようとする人々が。 立止まり、先に飛びかかっていったロボットに向けて手にした銃を ャラは、息がつまるのを覚えて、咽喉に手をやった。 発射した。銃声は続けざまに二度響いた。そしてその二つともロポ それとほとんど同時に、ドアが大きく左右に開き、何かが投げこ ットに命中した。だがロポットは、最初のスビードを保ったまま、 まれた。ャラの目の前で止まったそれは破壊された = ッズの頭部たオンに襲いかかり、頭を打ち砕いた。こうして八・七光年の距離を った。おお = ッズよ ! そして、ロポットを先頭に、恐るべき破壊旅してきた異星の若者の一人は死んた。同時にヨアンは、自分の中 ー 7 2

4. SFマガジン 1977年12月号

部屋を出たヤラはエッズとアランを連れ、銃を手にして、宮殿のポットたちの自由を奪うように、そしてアランにはエッズを動かす ように。 入口の前に立った。彼女のうしろには、仲間の二人とアランがい だが、ヤラの見たのは、宮殿に向かって前進してくる人の波たっ る。ャラは彼らに声をかけ、扉を開けた。 そして、ヨアンたちが、思いもかけぬほど近付いているのを知った。ロポットたちは、前進をやめるどころか、前にも増して力強く た。彼女の背後からもれる宮殿の中の光が、先頭に立っョアンとロ大地を踏みしめているように思えた。 ポットたちを照らし出していた。入口の前に立っていた衛兵のロポ「何をしているの ! 早く」 ットたちが、ゆっくりと前進していく。 ャラの声は、上ずりはじめていた。そしてそれに答える二人の異 血にまみれ、汗にまみれたヨアンの背後には何百人という人々星人たちの声も上すっていた。 が、目をぎらっかせて立っていた。ャラは、悪夢を見ているのかと「だめだ、ヤラ ! あの男のカの方が、我々よりも強い ! 」 さえ思った。自分はおびえている。ャラは、膝が力を失おうとする「そんなことが ! あんな未開人の力に私たちの力が劣るなんてー のを感じていた。なぜなら、この人々が発するのは、ほんの何時間 カ前冫 」こョアンの心に彼女自身が刻み込んだ憎悪の何百倍、いや何千言い返そうとしたヤラは、そのロポットたちが階段の近くにまで 倍という憎しみだったからだ。 やってきていることに気付いた。そして、そのすぐ背後には、乱れ 宮殿側から、ヨアンたちに近付いていったロポットたちは、血また髪の修道士たった者がいる。だが、それは何と変っていたこと みれのロポットに前進を妨げられる。そしてャラは、戦うようにロ か。目が妻まじい光を放っているように思え、血の気の失せていた ポットたちに命した。腕と腕がぶつかり合う毎に火花が散る。それ筈の唇は真紅に染まっている。そしてその唇の間から、おそましい は、ほとんど互角と思われた。だが、そのとき、ヤラは思いもかけ笑い声がもれてくるのだ。ャラは、この街にやってくる途中で味わ ぬものを見せられたのだ。 ったあの恐怖を思い出した。そして、自分が取り返しのつかぬこと ョアンの背後の人々が、ばらばらとロポットたちのもとに駆け寄をやってしまったのを悟った。どんなことがあろうとも、この男、 り、ヤラ側のロポットに武者振りついたのだ。何人かの者たちは殺いやこの怪物とでもいうべきか、この化物にこんな役割を与えては されたかもしれない。だが、その新たに加えられた圧力に、こらえならなかったのだ。この破壊と憎悪に満ちた者に力を与えるべきで はなかったのだ。そして彼女の耳に、人々の唱えている言葉が、奔 きれず、衛兵のロポットたちは倒れ、その上に、血まみれの白い口 ポットたちが乗り、蹴りつける。金属がヘしやげ、折れる音が、ヤ流となって流れ込んでくる。おお破壊者よ、破壊者よ、我らに破壊 を、奴らに破壊を ! 」 ラの耳にも届いた。 それは文字どおり、彼女を打ちのめした。あの誇り高いャラを大刀 仲間の二人の異星人と、アラン、そしてエッズが、ヤラの横にや ってきた。ャラは、命令する、二人の仲間にはヨアンの指揮するロ地に叩きつけたのだ。ャラは、階段の上にひざまずいた。

5. SFマガジン 1977年12月号

警備兵たちにまかせておき、この修道士を早く破壊者に仕立てあげは、うなすいてしまった。 ねばなるまい。ャラは唇を噛みしめた。そしてエッズに押さえつけ「そうかもしれない。君のやりたいようにすればいい」 られ、青ざめているヨアンの顔を見つめる。何かが狂いはじめてい 一瞬、部屋のはりつめた空気がゆるんた。ただ、ヨアンだけが悲 るのをャラはお・ほろげに感じていたが、急がねば、その思いが何よ鳴をあげ続けている。だが、髪の毛をそり落とされ、幾つもの電極 りもャラの心を支配していたのだ。 を貼りつけられたときには、ついにその悲鳴すらあげられないほど 宮殿に戻ったヤラは、金切り声をあげてもがくョアンを、実験室におびえていた。みじめに口を開閉するのたが、咽喉からはかすれ の椅子に縛りつけた。その声を聴きつけて、仲間たちが集まってく た音しか出ない。 る。 「どういうことになっているの ? 」 五日が経った。アロンはまだ見つからなかった。だがアランは、 心理学者と生物学者を兼ねたアムが尋ねてくる。 そろそろ動くことができるようになりはじめていた。その眼から 「ごらんのとおりよ。この男の思考の波長を調べようとしているのは、活き活きしたものが失われ、まるで死人のそれのように見え よ」 た。それと髪の毛がないことを除けば、元のアランのままであっ 「もう一人はどうした ? 」 た。時には弱々しく徴笑を浮かべることさえあった。彼の知能や精 オンだった。ャラは噛みつくように答える。 神的な能力は、大幅に増加している筈たった。ただャラたちに反抗 できなくなっているだけだ。そしてャラたちの命令を、どこに居よ 「この街のどこかにいるわ ! 」 うとも、彼の頭の中に仕込まれた受信器が捕え、そのとおりに実行 「逃げられたのか ? 」 する。ャラは、ヨアンを殺すときにはアランを連れていこうと考え 「逃げられるわけはないわ。どこかに隠れているんでしよ」 ャラのかわりにアムが答える。ャラは、アムの方を見てうなすいていた。これ以上、適切な実験の機会があるだろうか。 こ。 ョアンに関連する計画の方も予定どおり進行していた。ョアンの 「どうも、気に入らないな。こんなときにあわててやると、思わぬ潜在的な精神力は、思いがけぬほど強いものであった。アムは、彼 が二体のロポットを操ることができると断言した。そしてャラは、 失敗をするものだ」 オンが、ヤラをたしなめるように言う。 アムの意見を入れ、二体のロポットを、ヨアンの思考波に同調させ 「でも、この男たちには、もう精神干渉装置は役に立たないのよー ることにした。破壊は派手であればあるほどいい。もちろん、その ロポットたちの外見を変えることも忘れてはいなかった。ャラたち 少しでも早く計画どおり、やるべきだと思う ャラは、オンを見つめて、そう言い切った。オンは、その視線をが普段、使っているエッズたちと同じ形にするわけにはいくまい。 六日目の夜、すべてが完了した。純白に塗られた二体のロポット まっこうから受け止める。何かがちがう、そう思いながらもオン 5

6. SFマガジン 1977年12月号

ある。どこが見慣れているというのではない。その全体が、ヨアン た。そこまでアロンは冷静に考えていた。真の恐怖はそのあとにや の心に何かを訴えかけているのだ。そしてョアンはつぶやく・ ってきた。他の星からやってきた人間、そう思うだけで、アロンは 「夜空の星のようだ」 自分の身体が震えはじめるのを止めることはできなかった。そのイ メージとヤラたちは結びつかなかった。 アロンの耳は、その修道士が何気なくささやいた言葉を捕えた。 なるほど、そう言われてみればそうだ。だが、何のために。そう思 ョアンは、突然、震えはじめたアロンを見つめた。その若い船乗 いながら、無意識に、彼の目は、白い線の中の一本を見つめてい りが、何を考えているのか、わからなかったが、それでもその土気 た。それは、広場の中央の薄い赤色の岩から、アロンの立っている色の顔を見ているだけで、それが幸運をもたらすような種類のもの 近くの橙々色の小岩に向かっていた。だが、直接、その岩にぶつかでないことはわかった。だから、アロンが、押し殺した叫びを上げ っているのではなく、その小岩の近くのもっと小さな青色の石にぶながら、砂の上に駆け込み、そこに描かれた白線を踏みにじり、岩 つかっている。 や石を蹴り飛ばすのを見ても、驚きはしなかった。ただ、いつだっ アロンは、思わす、声をあげようとして、圧し殺す。そしてもうて落ち着いていると思えたこの若者が、そのような我を忘れた行動 一度、その青色の石を見つめる。ゆっくりと、その石と橙々色の岩を取ることに驚きを感じていた。 との間にある石の数を数える。一つ、二つ。アロンは、昔、父親と いっしょに夜空を見上げたときのことを思い出していた。父親は、 ャラは、白い布で顔の汗を拭った。彼女の目の前の寝台の上に この大地が球形をしており、幾つもの同じような球と共に、太陽のは、血の気の失せた顔のアランが横たわっていた。オンが、ヤラの 周りをめぐっているのた、そう教えてくれたのだ。そしてこの大地肩を軽く叩く。 は、太陽から三番目に位置していると教えてくれたのだ。夜空の星「どうやら、うまくいきそうだな」 のすべてが、実は太陽と同じようなものであり、中にはこうして人その声には、かってなかった暖かみがこもっているように思えた。 間の住んでいる星もあるたろう。父親は、そう言って言葉を結んだ「そうね、このまま順調にいってくれればね」 のだった。 ャラよ、、 ぐしつくしなようなまなざしをアランに投けた。アランの 今のアロンには、この黒い広場の示すものがはっきりとわかって頭の毛は、すっかりすり落とされ、むき出しの頭の皮膚には生々し いた。これは夜星を表わしたものなのだ。そしてあの様々な色合い い血の跡と傷がついていた。次はアロンだ。ャラは思う。だが、ど の岩は、星であるにちがいない。ではあの白い線は何を示していることなく、気が進まないのだった。あの活き活きとしていた若者か のか。アロンのたどりついた結論は簡単であった。ャラたちは、あら意志を永久に奪い取ってしまうということは、ヤラの気持を減入 の中央の星から、ここまでやってきたのだ。そしてあの白線は、そらせた。 の航路を示している。な。せか、アロンはそれが正しいと確信してい そのときだった、アロンとヨアンの逃亡の事実をャラが知ったの

7. SFマガジン 1977年12月号

アロンもまた、考え込んでいた。どうすれば良いのか。アランを だが、そうしたアロンの思いは、ヨアンには無関係だった。ただ 探して、この宮殿中を探し回るべきか。いや、それは余分な危険を黙々と、歩くためたけに歩いている。ョアンは、本能的に、そうし た態度を取るほうが良いということに気付いているようだった。そ 犯すことになる。もしもャラたちの誰かに見つかったら、とうてい ここから脱出などできなくなると思えた。それに、どう話したとこしてそんなョアンを見るたびに、はじめてアロンはこのみす・ほらし ろで、アランのことだ、ここでもっと勉強したがるにちがいない。 い修道士をうらやましいと思った。自分のどんな知識も、この恐怖 この男には、自分の持っている聖典と称す とにかく、自分たちたけで逃げるというのが、今は正しいというべと戦うことはできない。 きではないか。 る書物の中に書かれていることも理解できない。それでも、ただそ アロンの心の中では、それは汚い態度たと言い張るものがあつれが重要であるという思いだけで、こうして信じられないほどの苦 た。だが、この宮殿とその住人に対する恐怖は、ついにそうした正しさに満ちているであろう旅を続けている。 無知というものは、これほどに強いものたったのか。アロンは考 義感に打ち勝ち、アロンはアランをおいて逃げることに決心する。 そしてョアンは、アロンの言うなりだった。 える。そしてアロンの知識は、もっと凄まじい打撃を彼に与えるこ とになるのたった。 アロンは自室に取って返し、少ない荷物をまとめると、ヨアンと どれほど歩いたろうか、二人の肌が汗ばみはじめた頃、突然、木 共に庭に出た。まさか表の入口から出ていくわけにはいくまい。一 瞬、噴水の上で踊っている半透明の球を見上げたが、そのまま、ヨ立は切れ、二人は広場に出た。そこは、それまでの自然のままの木 立をうまく利用した道とはちがって、どこを見ても人間の手が加わ アンをうながして、庭の奥に向かった。 それほど広い庭とは思えなかったが、実際に歩いてみると、相当っているのが感じ取れた。 なものであるのがわかる。ほんの数十歩歩いただけで、彼らは森の縦横、二百歩ほどの広さのほぼ正方形のその広場は、漆黒の砂で ような木立の中に入り、振り返っても、宮殿の建物は見えない。た埋め尽くされていた。そして、この黒い砂の広がりの中に、無造作 に間を置いて、幾つもの様々な色合いの大きめの石が散らばってい だあの噴水の水音だけが、方向を知らせてくれる。 道は良く手入れされており、一本の雑草も、一枚の落ち葉もな その幾つかの石と石の間には、白い砂が道のようにまかれてい 。人間とも思えぬほどに注意深く、根気強い者が掃除しているの だろう。アロンは、そう思い、その思いにまた身震いした。そうしる。アロンは、最初、それを本当の道かと考えたが、その白い線の た非人間的な雰囲気がこの庭にも宮殿にも、そしてャラたちにも共どれもが、広場の周囲を取り囲んでいる道とはつながっていないこ 通していることに気付いたのだ。そう考えた途端、自分たちを包んとに気付いた。 でいる木々までもが、冷たい敵意を発散しているように感じられ何だ、これは。アロンは考える。そしてョアンを振り返った。ョ アンも、目の前の奇妙な広場を見つめていた。どこかで見たことが こ 0

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ないわ」 筈もない。彼女は、召使いを呼ぶ鈴を鳴らした。 ほどなくぎごちない足取りの男が、姿を現わす。ャラは、彼に四 ャラは若々しいオンの顔を見つめながら言う。続けて、実験には 人の仲間たちを集めるように命じる。男は、うなずくわけでもなまずアランのほうを使うことを伝え、詳しい指示を与えはじめた。 く、ただ背を向けて去っていった。それを見送りながら、ヤラは眉オンは、そのヤラの言葉をじっと聴いていたが、彼の心の片隅で をしかめた。だが、自分の計画のことを考えると、彼女の頬には笑は重い不安が渦巻いていた。ャラの計画そのものは、おそらく正し みが浮かんでくるのだった。実験がうまくいけば、あんな能なしのい筈だ。だが悪い予感がする。もちろん、そんな感覚だけで、反対 者たちは、必要なくなる。今の召使いの男にしても、改造に失敗しするわけこよ、 冫冫しかない。それは彼自身が最も軽蔑すべきだと考えて たというわけではない。もともと彼らの頭脳は改造に耐えうるほど いた態度だ。だが、それにしても、この不安は何なのだ。オンは、 のキャパシティを持っていなかったのだ。彼女が必要としていたの無理やりその気持をおさえつけ、ヤラの言葉に耳を傾けようとする は、もっと知能の高い者たちであった、アランやアロンのように。 のだった。 隊長のオンは、エッズのようなロポットだけでも十分だと考えて いたが、ロポットでは常に命令する者が必要であったし、何よりも アロンは、奇妙な感覚に悩まされていた。深い霧を抜けて、晴れ 目立ち過ぎる。たとえばャラ自身がやってきたような、情報収集を間に出食わしたように思える時間が、たびたびやってくるのだ。も ロポットたちにまかせることは不可能なのだ。ャラは自分の計画のちろんそれはじきに消えてしまうのだが、その感覚は彼の心に残っ 正しさを確信していた。まもなく彼女たちは、彼女たち自身と同じており、それが消える前に再び同じ感覚を味わうようになる。アロ ような能力を持ち、しかも彼女たちの意志通りに動く分身を手に入ンには、どちらの感覚が正しいのか、わからなかったが、何かがお れることになるのだ。 かしいという思いは常に心の中でくすぶっていた。 ほどなく、四人の仲間たちがヤラの部屋に集まってきた。隊長の ョアンはどうしているのだろうか。アロンは突然、そう思った。 オンは、五人の中で最年少の若者であった。だがヤラたちは、それもう何日もの間、彼はあの修道士とは顔を会わせていなかった。そ を問題にすることなどなかった。ただオンが隊長の役割に適してい う思うと、急にあの男の顔が見たくなるのだった。ョアンには、面 る、それだけのことだ。ャラたちの間には、はっきりとした序列の倒を見てやらねばと思わせる何かがあった。アロンは、自分の部屋 意識はなかったし、一人二人は完全に対等であった。その意味で五を出、ヨアンの部屋に向かった。なぜ今になって、そんなことを思 人は常に一つの有機体として機能していた。 いついたのか、アロン自身にはわからなかった。もちろん、彼の心 「いよいよ、はじめるつもりなのか ? 」 がねじ曲げられ、そらされていたことなど知るわけもなく、彼の心 オンが尋ねる。 がようやくその影響の下から抜け出そうとしていることなど思いっ 「いつまでも彼らを精神千渉装置の影響下においておくことはできくわけもなかった。 8

9. SFマガジン 1977年12月号

と憎悪に血走った目のヨアンを前にして、ヤラは広間に立ってい た。ョアンの身体は、灰白色の軽い金属の鎧に包まれていた。両肩それを見送ったヤラは、深く息を吸った。気が付かない内に、ひ 6 の上が鋭く盛り上り、頭部を保護するヘルメットに連なっているよ どく緊張していたのだ。そしてもう一度、深呼吸をする。これでい うに見えた。これならば、刀や矢の打撃には充分耐えられる。この 。あとは、破壊がはじまるのを待つだけだ。ャラは、仲間たちの 男の憎悪が、自分たちによって造られ、彼の頭に刻み込まれたもの集まっている部屋に戻りはじめた。 であるのはわかっていたが、それでも寒気がするほどに凄まじいも のであった。今、このかっては修道士であった男の心は、憎悪と破 ョアンは駆けた。′ 街の中央を貫く道を駆け抜けた。自分でもわか 壊への欲求に満たされている。そして二体のロポットたちは、そのらぬ衝動につき動かされて、ヨアンは疾風のように駆けた。自分の 主人の意志に忠実に従うだろう。それが、どれほどの破壊をこの街両側を、夜目にも白く浮き上がる二体のロポットがついてくるのが にもたらすか、それを考えると、ヤラはたまらなく興奮してくるのわかる。それらは、まるで手足のように、ほとんど意識することも だった。今夜は素晴らしい夜になる。 なく、彼の意志どおりに動く。ョアンの心は、不思議な歓喜に満た そして、この破壊者を破壊するのはこの私と、私のエッズなのされていた。自分のすべてが今、解放されるのた。彼の不自由な右 だ。そうた、、 しっしょに連れていくアランにも、一体、ロポットを手には、あの聖典の袋は握られていない。それはこの街に来てか つけてやろう。ャラは、どのようにして、目の前の男とロポットたら、はじめてのことだった。 ちを破壊してやろうか、考えていた。それは何とも楽しいものだっ 街の門と宮殿との中間で、ヨアンは足をとめる。この時間には、 た。ャラの心からは、ヨアンに対する恐怖感は、完全に失われてい 人通りはまったくない。幾つかの家の窓からもれ出る光たけが、唯 ると思えた。どうしてこんな男におびえたというのか。それを考え 一つの明りだった。空を見上げてみても、曇っているのだろうか、 るとヤラは、再び自分で自分が腹立たしくなってくるのだった。 月はおろか、ただ一つの星も見えない。 けれども、それもまた恐怖の裏返しではなかっただろうか。何よ 明りがいる。ョアンは考える。二体のロポットたちは、すぐ近く りも二体のロポットを同時に操ることができるというのは、彼女 ) たの建物に歩み寄る。そして明りのもれる窓に一体が近付き、もう一 ちにとっても、簡単なことではない。ョアンに関するかぎり、ヤラ体のロポットは、入口の扉に向かう。そうだ、それでいい。ョアン たちの冷静な判断力はその機能を停止しているようであった。 が思う間もなく、二体のロポットは同時に建物に体当りする。ただ そしてャラは言う。 一度で終りであった。片方は窓の下の壁をぶち抜き、もう一方は、 「さあ、行くがいい、海より来りて破壊する者よ。思うがままに破木の扉をへし折る。 壊の力を振ってくるがいし 家の中が、突然、騒がしくなったかと思うと、人間の声が怒鳴る ドアが音もなく開き、外の闇の中へ、破壊者たちは進み出ていっ のが聴こえた。ョアンは、ゆっくりと入口の方に歩み寄る。家の奥

10. SFマガジン 1977年12月号

け寄ったヨアンは、自分が違う人間を射ってしまったことを知っには銃が握られていた。そしてョアンは、ロポットを動かすだけの た。それは、アロンだったのだ。 力を失っていたのだった。 「ああ、ヨアンさん、あなたたったのか」 ャラは、ゆっくりと銃を持ち上げる。ョアンは、それをただ見て かすかな声で、アロンは呼びかける。胸のあたりが赤く染まり、 いることしかできない。彼の視界の片隅で何かが動いた。ロポット 見る見る間にその大きさを広げていく。だが、ヨアンは、何も言わだった。そして、ヤラもそれに気付く。だが、ロポットの方が速か すに、アロンを見おろしていた。 った。ャラが悲鳴をあげる間もなく、ロポットは彼女の首に両手を 「あやまらなきや、ヨアンさん。・ほくは、あなたとアランを見捨てかけ、そのまま締め上げる。両手で彼女の身体を持ち上げ、捧げる て、逃げようとしていたんだ。あなたが門のところで、ヤラに捕まようにして、窓まで歩んでいくと、外へ放り出した。その反動で、 ったところも見ていたよ。本当に・ほくは一人で逃げようとしていた ロポットも・ハランスを崩し、窓の外へ転落した。 んだ」 ョアンは茫然として、床にすわり込んだ。自分があのロポットを 息を切らせながら、アロンは話す。それでもョアンの表情は動か動かしたのではないのはわかっていた。彼の身体も心も、あの異常 ュはかっ 4 」 0 な憎しみの感情が消え去った今、完全に消耗しきっていたのた。そ 「あなたたちを助けるつもりで、ここまで忍び込んできたのにー うやって、身体を起こしているたけで精一杯だったのだ。では、誰 が動かしたのか。 かすかにヨアンの唇が動いた。 アロンの顔に目をやったヨアンは、その若者がすでに息をしてい 「これは、見つけてきたよ」 ないのを悟った。そして若者の口元には、笑みが刻まれていた。で そう言ってアロンが身体の下から引きずり出したのは、聖典の袋は、彼がやってくれたのか、ヨアンはそう信じたかった。ョアンの であった。ョアンの目から、光が失せた。一挙に顔に表情が戻りは 目からは涙すら出てこなかった。右手で聖典の袋を握りしめ、じっ じめる。床に膝を落とし、アロンの手から薄汚れた袋を受け取る。 とアロンの顔を見ることしかできなかったのだ。 それがきっかけだった。ョアンの心から、憎悪が消えはじめた。 やがて、その日の最初の光が、窓からさし込んできた。ョアンは 「おまえは、何もかも、破壊せずにはいられないんだね ! 」 頭を上げて、窓を見やる。その彼の目の中に、噴水が飛び込んでき その声に、ヨアンは振り返る。たが、それまでの妻まじい速さ た。だがそこには、あの球体はなかった。そのかわりに、ヤラの死 は、その動作から失われていた。戸口に立っていたのは、ヤラだっ体が水に支えられて、空中で踊っているのだった。まるで意志ある こ。服は、あちこちが破れ、素肌がのそいていた。そしてそこからものに操られてでもいるように、両手を振り、足を振り、胴体を揺 血がにじんでいる。 らせながら。そしてョアンの目には、その女の顔が、この上なく幸 ロポットに近寄らないように、壁沿いにヤラは歩み寄る。その手福そうな表情をたたえているように思えた。 け 4