ないのだろう。最悪の事態にかわる説明を、なんとかして作りだそ 工べレットは、腕組みをして、白雲を見つめていた。 その白雲は、大きくひろがっていた。それは、白亜紀には存在すうとしているようだった。 工べレットは、サエキの肩に手をおいた。若い古生物学者は、助 るはずのないものだった。かれのべースキャンプは、核攻撃を受け たにちがいない。しかも、その敵は、タイムマシンと資材の山を消けを求めるように、エベレットをあおぎ見た。 工ペレットは、首をふった。べレジノイは死んだのだ。だが、も 減させるに足りるだけの、小型核兵器を用いたらしい。この世界の エコシステム 生態系を狂わせない、配慮をしたからにちがいない。核物質は、臨しかしたら、ここで、死の恐怖に脅えることなく死ねたべレジノイ のほうが、あるいは幸せかもしれない。 界量の小さいカリフォルニウムあたりであろう。 工べレットは、帰るべき基地を失ったことを知った。だが、爆発サエキが、よろめきながら、立ちあがった。工べレットは、この から逃がれることのできたサエキは、まだ二重の悲劇に、気づいて若者に、第二の悲劇の真相を告げる気になれなかった。 「さ、べレジノイを埋めましよう。ここの死体あさりの連中に、食 しなし。かれは、旧友の死体にとりすがっていた。死体の背から、 むくろ 突きささっていた兇器を引抜き、ものいわぬ屍を抱えおこした。兇いあらされたくないわ」 ジュリは、エベレットの意向に気づいて、サエキの肩に手をかけ 器は、・ハギーのフェンダ 1 の破片らしい。抜きとった先端の二十セ ンチあまりが、鮮血に染めあげられていた。一それは、爆発によってた。サエキは、気をとりなおして、血まみれのフ = ンダーの破片を 上空へ放りあげられ、べレジノイの背を貫き、地中まで突きぬけ手にとり、土を掘りはじめた。道具がないので、それほど深く掘る ことはできなかった。三十センチばかり掘ると、そこへ遺体をおろ た。完全に即死だった。 し、盛土して埋葬するほかはなかった。 「キャンプが : : : 」 ジュリは、木蓮の花を手折ってきて、盛土の上においた。 ジュリが、よろよろと起きあがり、エベレットにならんだ。 「さあ、行こう。・ハギーを失ってしまったから、歩かねばならな い。まもなく、日が暮れるそ」 工べレットは、無言だった。タイム。ハトロール隊員なら、なに : 工べレットは、サエキをうながした。その実、エベレットにも、 起こったのか、知っているはずである。説明の必要はない。 ちがうわ。そんなことつどこへ行くあてはなかった。だが、こんなとき、責任者として、未 「キャン。フが攻撃された。原子雲が : て、ないわね。キャンプに残った人たちが、核兵器をつかって、地経験の二人に、なにかの指示を与えてやらなければならなかった。 質調査でもやってるんだわそうよ、そうに決まってるわ、ヴィン 三人は、とぼと・ほと歩きはじめた。ともかく、今夜は、どこかで 日が暮れるまでに、しかるべき場所を探 野宿しなければならない。 ジュリは、叫びたてた。二重の悲劇に錯乱しているのだろう。彼さなければならない。それだけが、三人の行くあてだった。 工べレットは、とりあえず、身近に迫っている危険だけを考え 女にも、なにか起こったのか、判っている。、だが、それを認めたく ー 47
工べレットは、・ハギーを、針葉樹林に乗りいれた。タイムパトロ で目撃したことは、たしかに学問的には貴重なことなのだろう。ま ール隊員としての経験が、宙空に実体化しつつあるものの正体を教 ったくの門外漢であるエベレットですら、ある種の興奮を禁じえな かった。しかし、それが、今回の任務の手がかりになるとも思えなえてくれた。時間航行を停止し、空間航行に移ろうとしているタイ ムマシンだった。 かった。未来からの指令にあった、時空連続体の異常な歪曲現象、 タイムマシンは、時空を飛んで、過去へやってきた。そして、目 そして、まさに指示された時点で起こったソネ博士たちの失踪。こ ティネーション の二つの真相を探る任務は、まだ手がかりすらっかめていなかっ標時点に到達し、時間航行を停止、いままさに実体化しようとして いるのたった。 ステアリ / グ 工べレットは、操向ギアをさばき、南洋杉の巨木の根方に、パ ・ハギーは、もと来たコースを引返しはじめた。太古の花園のなか ギーを乗りいれ、エンジンを停止した。 には、道など刻まれていない。文字通り人跡未踏の世界である。 もし相手の時間旅行者が、熟練した能力を持っていれば、未知の ブザーの発信音がきこえたとき、・ハギーは、針葉樹林の近くにさ しかかっていた。通信を送ってきたのは、タイムマシンに残してき時点に降下するまえに、周囲の様子を探るはずである。金属反応を た設営隊員だった。もちろん、この太古の世界には、他に通信を送試みれば、・ハギーを発見するにちがいない。だが、ここは、恐竜時 代である。せい・せい、土壌に含まれる鉄やアルミニウムを検知する ってくるものなど、いるはずもない。 くらいのものだと、たかをくくっているにちがいない。かれらが、 エ・ヘレットは、気軽に通信器にむかった。 「四次元震動をキャッチしました。この時点に、別のタイムマシンまずはじめに探知しようとするのは、地熱や音であるはすである。 工べレットは、ほかの三人にむかって、姿勢をさげるよう手で合 が接近中です」 図し、中性子銃を抜きとり、降下してくるタイムマシンを、じっと 「タイムマシンだと ? 未来へ照合したのか ? 」 注視した。 工べレットは、通信器にむかって怒鳴った。 タイムマシンは、 かなり大型のものである。しかも、その型式 「この時点を航行するタイムマシンは、ありません」 は、見当もっかなかった。未来からやってきたものだとしても、型 設営基地からの報告を聞いたとたんに、エベレットは、不愉快な トロールに知らされているはずである。 金属音を耳にした。それは、通信器から流れだした音ではなかっ式だけは、。ハ た。音は、上空から聞こえてきた。 未知のタイムマシンは、ゆっくりと着地した。べつだん警戒して 頭上を振りあおいだとき、エベレットは、宙空に朦朧としたもの いる様手はない。三本の着陸をおろし、草原に静止した。 が出現するのを見た。その物体は、焦点の定まらない映像のよう「ヴィンス、見たこともないタイムマシンだわ」 ジュリ・ムギンガが、エベレットのそばに、にじりよってきて、 に、宙空の一点に湧きだした。 疑問をぶつけてきた。 「タイムマシンだ ! 」 こ 0
た。ここは、恐竜時代である。夜行性の肉食恐竜に襲われる危険がなければならない立場におかれていた。 ある。ただし、恐竜時代といっても、それほど恐竜の棲息密度が濃「恐竜は、優れた生物です。大きなトカゲと思ったら、大間違いで 4 いわけではない。七千万年まえの原始日本の人口密度は、それほどす」 高いわけではない。注意ぶかくしているかぎり、たやすくとって食サエキは、話しはじめた。話していれば、気がまぎれるのだろ われるということもないだろう。 いまひとつの危険は、謎のタイムマシンの動向である。はじめ古生物学の進歩は、ようやく十九世紀からはじまる。カミナリ竜 に、かれらに拉致されたとみられるソネ博士の一行の生死は、まだの巨大な化石が発見されたとき、その特徴から爬虫類との関係づけ 定かではないが、エベレットたちは、発見されれば即座に殺されるられ、ケティオサウルスーーーくじらとかげと命令されたのが、人類 とみて、まちがいない。かれらに見つからない寝ぐらを探すことが、 と恐竜との最初の遭遇だったといえる。 いま一番の仕事だといえる。 それ以来、ながいあいだ、恐竜は、巨大なトカゲだと信じられて しかし、問題は、それだけではない。かれらは、タイムマシンを いた。巨大で鈍重な体驅を支えかね、からつ。ほの脳みそをあっかい 失ってしまったのだ。時間旅行で、タイムマシンを失うことが、ど かねあげくのはてに、七千万年まえに亡びていった、無細工な動物 れほど恐ろしいことか、パーロール隊員である以上、知りぬいてい だとされていた。 る。かれらは、未来へ帰る手段を喪失した。この過去の世界に、置 いま、エベレットたちは、恐竜大絶減の時代にいるのである。だ きざりにされたも同様だった。肉体が朽ちはてるまで、この世界か が、古生物学的にも、大絶減が一年や二年で完了したわけでないこ ら逃がれられない。それでも、天寿を完うできるという保証は、なとカ 、はっきり証明されている。数十万年あるいは数百万年のオー にひとつない。中性子銃のエネルギーが切れたときが、死ぬときにダーで徐々に進行したと考えられている。 なるにちがいない。 エ・ヘレット自身と、不勉強にも、白亜紀末を、あちこちに恐竜の = べレットは、あてもなく考えることを止めた。考えれば考える死体が累々としている世界としか、予想していなかった。事実は、 ほど、不安がつのるばかりである。 まったく違っていた。すくなくとも、ここには、絶減の予兆など、 、きみから、恐竜の講義を聴いてなかったな。できのいい ひとかけらもなかった。恐竜は、最盛期にあるようにみえた。 生徒にはなれそうもないが、いちおうの予備知識だけは持っていた 恐竜絶減は、地球史の最大の謎のドラマなのである。 「かれらは、温血の生物でした。つまり、爬虫類ではないというこ 工べレットは、サエキに話しかけた。沈みきっている若者に、なとです」 にかを話させておけば、しばらくは気がひきたつにちがいない。し サニキは、さらに続けた。 かも、門外漢であるエベレットも、恐竜について、今すぐでも知ら ながいあいだトカゲの一種だと信じられていた恐竜は、二十世紀 レクチュア
そだ あろう屍体を、毀損しないように、配慮しているらしい と、燃えのこりの粗朶が、ヘし折れてとんだ。 マウンド 「それが何か ? 」 塚のなかから、被葬者の一部があらわれるまで、それほどかかに らなかった。ペレジ / イが、慎重ななかにも、手際よく作業をおこ 「ぼくたちが採集したものです。このほか、標本が二体」 サエキは、熱心に続けた。だが、エベレットは、まったく関心をなったからである。 屍体は、浅く埋めてあった。この亜熱帯の気候のなかで、はやく なくしていた。 も腐敗が進行しているらしく、耐えがたい屍臭が立ちの・ほった。 立ちあがって、死体と反対側のほうへ、まわってみる。そこに、 あらわ 露になった屍体は、人間のものではなかった。長さ二メートルば 妙なものを見つけ、立ちどまった。 盛土した塚のようなものが、二つあった。その上に、小さな三かりで、たくましい後肢と尾がついていた。対向性のある五本指の 角形のものが、おいてあった。プラスチックの三角形には、文字の前肢の上に、人間のものより大きな頭がついていた。 ダイ / サウルス ようなものが書いてあるが、かれの知るいかなる文字とも異なって「恐竜だ」 工べレットは、吐きすてるように呟いた。恐れていたことは、現 実にはならなかった。だが、安堵するまえに、小馬鹿にされたよう 工ペレットは、三角形を手にしたまま、サエキを呼びよせた。 な気になってしまった。 「こんなものは、なかった ! 」 サ = キは、首をかしげた。かれらが、キャンプしたときには、奇甲虫の群が、がさごそと足許を這っていった。とびきりの御馳走 の匂いを、はやくもキャッチしたのだろう。 妙な塚は、存在しなかったらしい サエキは、べレジ / イにむかって、説明していた。 塚の盛土は、新しいものらしく、まだ乾いていなかった。 「ドマエオサウルスの進化型です。特別に許可をもらって、射止 「これは、墓ではないだろうか ? 」 めたのです」 ペレジノイが言った。二つの塚は、たしかにそう見える。 「日本にも、ドロマエオサウルス属が、棲息していたのか ? 」 エ・ヘレットの心を、不吉な予感がよぎった。ソネ博士たちは、こ ペレジノイは、信じられないというゼスチュアを示してみせた。 こで襲撃者に殺され、塚に埋められたのではないだろうか ? そう 「ええ、おまけに、これは、進化型です。前肢の五本指は、完全に 考えつくと同時に、エベレットは、・ハギーに走りよった。リアフェ ンダ 1 にくくりつけておいたスコツ。フをとりはずし、塚のところに対向性があり、ものを掴むことができます。後肢は、たくましく、 けづめ 戻ってくると、かれの手から、・ヘレジノイがスコップを、もぎとっしかも、かかとのところに、蹴爪があります。この大きな頭からも 判るように、脳容積は二百五十 00 から三百 00 は、あるでしょ 大男は、見かけによらぬ慎重さで、盛土をとりのけはじめた。発う。これは、ソネ博士の意見ですが」 サエキは、続けた。どうやら、この屍体が、キャンプから消失し 掘の経験から、そうしているのであろう。内部に埋葬されているで こ 0 マウンド
だと考えていたので、専門知識は、サエキとべレジノイに委せるつ みころされるかもしれないからである。 もりでいたのだが、事態は最悪の方向に向かいつつあった。そし 5 「ところで、ドロマエオサウルスは ? 」 工ペレットは、説いた。熱心に話すサエキにつりこまれ、質問をて、かれ自身、謎の敵とあわせて、ドロマエオサウルス , ーー恐竜人 とでも呼ぶべき相手と、いずれ戦うことを覚悟しなければならなか ぶつけてみたくなったのである。 「のちの哺乳類の。ハターンは、恐竜ですでに出そろっていました。 犀のような角竜や、アルマジロのような曲竜が、それです。ただ、 ・フリマーテス 霊長目に相当するものは、ないという定説になっていたのです。し かし、恐竜は、考えられるかぎりの生態に、適応しきっていまし 三人は、いつのまにか、南洋杉の林のそばに来ていた。日はすで た。霊長目も例外ではありません。ドロマエオサウルスが、それで に西へ落ちて、鮮やかなタ焼けが、眼に滲みるようだった。 「な・せ、キャン。フへ戻らないのですか ? 」 「霊長目というと、たとえば人間のような ? 」 サエキが、恐れていた問を口にしたとき、古生物学の講義は、終 工べレットは、訓きかえした。素人なりに、自分の目で確めたこ りになった。 とから、要点に迫りつつあった。 「ええ、人間に相当する生態です」 「今夜は、ここで野宿する。そういう指令を受けている。私が見張 サエキの口から、いとも簡単に肯定の返事が返ってきた。 りにたっ」 これは、大変なことたそ ! 」 工べレットは、若者に真相を告げる勇気がなかった。もし、真相 を口にすれば、エベレットの重荷は、たとえ僅かにもしろ、軽減さ 工ペレットは、やや興奮しかけていた。 れるだろう。だが、打ちひしがれた若者には、その何倍も悪く作用 考えると、そら恐ろしいような気がしてくる。 ドロマ・エオサウルスは、巨大な脳をもち、対向性のある器用な前するにちがいない。 林は奥深く、内部はすでに暗かった。工べレットは、林に入りこ 肢をもち、雑食性である。はじめ、フタ・ハスズキ竜と戦っていると ころを目撃したときは、さほど驚きもしなかった。食肉目でも、ド んだところで、巨大な針葉樹の下にすわりこんだ。恐竜の害をふせ ールの仲間は、集団で狩りをする。だが、かれらは、それ以上だつぐことはできないが、すくなくとも、上空をとぶタイムマシンから た。骨の武器を使い、集落を作り、社会生活を行なっている。火のは、発見されずにすむだろう。 ジュリ・ムギンガは、エベレットの隣りにすわりこんできた。彼 使用は知らないらしいが、人類の進化史でいえば、ドリオ。ヒテクス やラマ。ヒテクスに近い発展段階まで、進化していることになる。 女は、講義のあいだ、ずっと無言のままだった。なまじ、真相を知 工ペレットは、なおも、サエキと話していたかった。単純な任務っているだけこ、、 ~ まさら聴講する気にもなれなかったのだろう・
観だが、気密にはなっていない。濃い色のついたフェードは、すぐ 針葉樹の林のところまで戻ったとぎである。不意に、前方から、 引きあけることができた。 すさまじい光輝が炸裂した。草原の行手が、火と燃えたように見え 工べレットは、ヘルメットのなかの顔を見るなり、はっと息をの た。二、三秒おくれて、ものすごい熱風が吹きぬけていった。 んだ。それは、人間ではなかった。 「キャンプの方向だ ! みんな、おりるんた」 皮膚の表面が淡紅色をして、血管がすけるような光沢をもってい 工ペレットは、・ハギーをとめて、運転席から、とびおりた。羊歯 て、毛髪は一本も生えていなかった。 のなかを掻きわけながら、二、三十メートルすすんだとき、上空か すぐそばから、ペレジノイが、手を貸して、ヘルメットを脱がせら金属音が迫ってきた。ウィーンという音とともに接近してきたの は、あのとき、・ハギーを降ろすため着地したタイムマシンだった・ た。頭部のおおよその形は、人間に似ていないこともなかった。だ が、あきらかに異質の生物であることは、一目瞭然だった。閉じら「伏せろ」 れた眼は、かなり位置がはなれていた。その下に鼻孔はあるが、鼻四人が身をしずめたとき、タイムマシンから、眩い光輝が降りそ くちびる 梁の隆起がほとんどなく、大きめのロには、ロ唇らしいものは、見そいだ。それは、たったいま乗りすてたばかりの・ハギーを、正確に あたらなかった。 とらえた。小核炉に命中したのだろう。・ハギーは、爆発して粉微塵 「異星人か ? 」 にふっとんだ。 工べレットは、いた。二人の古生物学者が、なんらかの答えを土砂と金属の破片が舞いあがり、身を伏せた四人の上にふりかか 与えてくれると、期待したからである。だが、このような奇怪なもった。土煙りがおさまったとき、エベレットは、ちぎれた羊歯の葉 のに、いかなる説明も与えることはできない。 と泥に埋もれていた。のろのろと身をおこし、上空を見まもった べレジノイは、肩をすくめて、首を振った。判らないと、言いた が、タイムマシンは、どこにも見当らなかった。かたわらから、ジ いのだろう。この場合、エベレットのロにした単語が、いちばんびュリとサエキも起きあがった。だが、大男のべレジノイは、葉と泥 ったりする。異星人 ? そうとしか思えない。すくなくとも、このに埋もれて、うつ伏せになったままだった。その背には、強化鋼の ような生物は、地球上には存在しないからである。 ハギーの一部が突きささり、そこから鮮血が溢れだしていた。 いま一人も、近くで死んでいた。工ペレットは、はじめの一体工ペレットは、起ちあがった。べレジノイの死が、明らかだった からである。 を、担ぎあげて、・ハギーのうしろに放りこみ、ゆっくりとスタート した。設営キャンプへ戻って、調べてみるつもりたった。 工べレットは、閃光と爆風とがやってきた方角を見つめた。その 方角には、大型タイムマシンと設営キャンプが、あるはすだった。 だが、そこには、地の底から湧きでたような白雲が幾重にもかさな りながら、天上めがけて立ちのぼっていくところだった。
三人で、巨木の根方に背をもたせかけ、体を寄せあった。工ペレ考えれば、なにもかも説明がつく」 「ええ、そのことを、・ほくも考えていました」 ットは、銃をもった右手を自由にするため、端になった。そのとな サエキは、思いついたことを話してしまうと、それきり黙ってし りにジュリがすわり、さらに向こうにサエキがすわった。 餓えと疲れに加えて、いまひとつのマイナスがせまってきた。寒まった。眠ろうと努力しているらしい。 それから、二、三時間たっと、神経をとぎすましたエ・ヘレットの さである。温暖な白亜紀の世界も、夜は急速に冷えこんでくる。 = ペレットは、火を焚きたい衝動にかられたが、それを思いとどそばで、かすかな寝息がきこえてきた。 工べレットは、明け方まで、寒気と睡魔と戦っていた。 まった。もし火を焚けば、恐竜の害を妨ぐことはできるだろうが、 かすかにまどろんだらしい。とっぜん、木の枝の折れる音をきい 謎の敵に発見されてしまうにちがいない。 てエベレットは目をさました。とっさに銃をもった手をあげた。 他の二人も、眠れないようである。 木がヘし折れる音と、何か途方もない重量をもっ足音とが、こち 工べレットは、これからのことを考えていた。 「ダイノサウルス作戦」を命じてきたのは、未来の本部だった。あらに近よってくる。 るいは、なにか重大な意味を持っているのかもしれない。もし、そ「起きろ ! 」 工ペレットは、二人をゆり起こした。音は、すぐ近くまで迫って うだとすれば、地球上の別な地域へも、タイムマシンが派遣されて いるかもしれない。二十三世紀の支部だけに、大がかりな作戦を命きている。下生えの小さな木が、だしぬけに倒れてきた。 工べレットは、うまく回転してくれない頭脳を呪いながら、後退 ソネ博士の一行救出のほかに、なにか重大な使命 じるわけがない。 して、林からでた。 が、あるのかもしれない。 モンゴルのゴビ砂漠、アメリカのアリゾナ砂漠など、有数な恐竜なにか黒いものが、木々のあいだから、接近してくる。そいっ 地帯にも、別なタイムマシンが行っているのだろうか ? もしかしは、林のはずれにある幼木を押したおして、ぬっと出現した。 ますはじめにエベレットの眼に入ったのは、宙空につきでた小さ たら、それは、恐竜絶減の謎を解明するためかもしれない。 「ヴィンス、起きていますか ? 」 な前肢だった。幅広い胸から、ちょこんと突きでた二本指の前肢 は、そこだけを見れば、ちょっとユーモラスですらあった。 闇のなかから、サエキが訊いた。 エ・ヘレットは、しりぞきながら、上を見あげた。そのものが、あ 「ああ」 。かれらは、地球史に干渉しようとしまりにも巨大なので、出現した瞬間には、頭部までは眠がいかなカ 「昼間みた異星人ですが : っこ 0 ているんです 9 恐竜ー・、ーの絶減を食いとめるため : : : 」 グロテスクな頭部は、とてつもなく大きかった。巨大な体の上に引 「うむ、そのことは、考えていた。われわれを攻撃してきたのは、 タイムマシンというより、時間航行能力も持っている、宇宙船だと位置し、地上十メートルの空中から、見おろしていた。
工べレットは、考えあぐねていた。これまで、歴史の分岐点にお かった。タイム。ハトロールの指令は、はるか未来にあるらしい本部 いて、任務を遂行した経験も少くない。たとえば、モンゴル帝国の から伝えられることがある。工べレットの所属する二十三世紀より ジャ / クション 後の未来にも、地球史のつづくかぎり、タイムパトロール隊員が配仁宗皇帝治下の中国は、世界史的にみて、大きな分岐点になってい 置されているらしい。しかし、どこまで地球史ーーあるいは人類史たといえる。仁宗が若くして死ぬことによって、欧州世界は侵略を が続くかは、はっきりとは判らない。未来の本部は、二十三世紀のまぬかれ、人類史の主導権を握る方向に進んでいった。また、古代 支部に対して、かれらの知らない未来を教えることを好まないからアステカ帝国にも、ひとつの分岐点があった。アステカが、征服者 コルテスの侵略をまぬかれ、別の歴史を築いていく可能性もあった である。 のである。 したがって、未来は、渡航禁止になっている。通常の任務につい ては、二十三世紀の支部の裁量で、処理することが許される。未来ヴィンス・ = べレットは、いずれの任務においても、巧くやりと げた。歴史が変改される以前に、歴史の進路を修正することに、成 から指令がくるのは、よくよくの場合なのである。 そして、今回の調査にも、ひとつの指令が、くだされていた。指功したからである。 しかし、今回の任務は、はじめから、エベレットの能力を、はる 令は、白亜紀後期末の、まさにこの時点へ行くことを、命じてい かに越えているようにみえた。人類史がはじまるのは、たかだか百 た。この時点において、時空連続体の位相に、歪曲が生じていると ここは、七千万年の僻遠の過去である。 いうのである。つまり、この歪曲が拡大されれば、かれらの所属す万年まえからにすぎない。 いかなる要素が加えられ、歴史が変わってくるもの この時点に、 る未来が、招来されなくなる危険すらあるということになる。 か、まったく見当もっかない。 多元宇宙のなかには、さまざまな世界がある。われわれの世界だ 。しまだに、封建時 いずれにしても、人類史の未来は、不確定な要素によって、大き けが、唯一絶対ではない。並列世界のなかによ、、 代が続いている世界もあるし、あるいは、その逆に、科学文明の暴く揺れ動いている。タイムパトロール隊員としては、その要素を摘 発しなければならない立場にある。 走によって、人類が亡びてしまっている世界もある。 とっぜん、エベレットの思考は、ひとつの咆哮によって、ぶち破 白亜紀後期末のこの時点の時空が歪曲しているということは、わ られた。 れわれの未来を不確定にしていることを意味する。 かなり、かんだかい声である。すぐ近くから聞こえてくる。 工べレットは、この非常事態のもつ重大性を、はっきり知ってい 「なんだ、あれは ? この時点は、いま歴史の分岐点になっているのである。この時点工べレットは、はね起きるなり、中性子銃の銃把をつかんでい を起点として、二つの異なる歴史が、招来される可能性がある。ひた。 「向こうだわ ! 」 とつは、われわれの歴史。そして、いまひとつは ? ・ハラレルワールド へゲモニー ファクター ロ 7
大きな口には、不揃いな乱杭歯が、ずらりと生えていた。恐竜のた。頭の位置は、ふつうの建物の三階くらいの高さにある。今度 歯は、上下の噛合性がなく、い つでも生えかわるから、三角の牙には、 = べレットにも、無細工に大きな頭が、はっきり見えた。な・せ盟 は、アン・ハランスなくらい大きさの違いがあった。 なら、かれは、あおむけに尻もちをついていたからである。 「テイラノサウルス ! 」 巨大な口に生えそろった大小の牙は、大きさの違いはあっても、 工べレットは、叫んだ。。 みな同じ形である。恐竜では、歯の機能は分化していない。それら テイラノサウルス・レックス。白亜紀末の地上の王者。学名のレは、肉を裂き、骨を噛みくだく目的に、もっとも適合した。充分な ックスは、王の意味である。しかも、こいつは、体長十五メートル鋭さを備えている。矮小な人間など、ひとたまりもないだろう。 以上、最大級のやつだ。 ジュリが、すさまじい悲鳴をあげた。彼女の上に、途方もない重 「エゾミカサ竜 ! 」 量をもっ体が、かがみこんでいった。 ( 連載第一回 ) サエキが叫んだ。かれは、北海道三笠市で発見された化石が、ほ んの子供のものにすぎないことを、たったいま学んた。 工べレットは、後退した。 . 「逃げろ ! 」 こちらから声をかけると、地球史上最強最大の肉食動物をまえに して、ようやくサエキも、観察を中止する気になったのだろう。こ ちらへ走ってきた。 ジュリ・ムギンガは、エベレットから、一メートルくらいのとこ ろまで近よってきて、足をとられて倒れこんだ。 巨大なエゾミカサ竜は、かっと大口をひらいた。針葉樹の林か ら、草原のほうへ、十メートルばかり踏みたして、立ちどまった。 工ペレットは、さがりながら、中性子銃をかまえた。そのとたん に、かれは、あおむけに倒れた。羊歯の下生えの下は、凹凸が多 く、あとずさりしながら、足をふみちがえたのである。 工べレットの手から、不覚にも、中性子銃がふっとんだ。 とりおとした銃を探している暇はない 日本産のテイラノサウルス属は、巨大な体驅をさらに前進させ らんぐいば 三省堂アネックスより 本格的コーナー開設のお知らせ ート、ノンフィクション埜寸、に関 Ⅷするあらゆる出版物を一堂に集める常設コーナー を、十一月一日より開設致します。クロス・オー ー感覚でをとらえる新しい読書のためのコ ーナーにお越しください。 東京都千代田区神田神保町 1 三省堂アネックス店 ( 水曜定休日 )
四人は、ややはなれた斜面を、徒歩で登りながら、台地の上を目をためらってしまった恐竜ドロマエオサウルスは、のちに、一九六 ざしていった。羊歯の葉をかきわけ、急斜面を登る仕事は、女のム九年、エドウイン・コル・ハ 1 トによ 0 て再発見される。この前年、 ギンガには、きつい任務だった。サエキは、彼女に手を貸しながカナダのデール・ラッセルの探険隊は、アル ' ハータ州で、ドロマエ ら、注意ぶかく、斜面を登った。 オサウルスの進化型の化石を発見し、ステノニコサウルスと命名し 登りつめたとき、一行四人のパーティは、立ちどまった。羊歯のている。 叢みのなかに、何本かの木蓮の木が茂っていた。木蓮は開花して、 ヴィンス・エベレットの目のまえにいる動物こそ、まさにこの、 花の香りを振りまいていた。 恐竜を超越した恐竜である。 かれらの二十メートルばかり向こうに、さきほどの・ハギーが、乗 かれらは、利器をつかいこなすだけの、五指ある前肢の対向性を りすてられてあった。宇宙服のようなものをきた謎の侵人者は、そそなえ、二十センチにおよぶ頭蓋骨をもち、すぐれた知能を利し こで、・ハギーを降りたにちがいない。 て、社会生活すら営んでいる。かれらドマエオサウルスは、その 四人の。 ( ーティの目のまえに、数十戸の集落があった。木の枝を存在自体が、恐竜の常識を覆すものである。 組みあわせ、葉で葺きあげた小屋が点在している。それらの小屋の 工べレットは、集落のほうを見まもった。・ハギーから降りた謎の あいだを、ドロマエオサウルスたちが、往来している。 連中は、明らかに住民と接触を持っているようだった。かれらの表 ここは、かれらの集落であった。恐竜が集落をつくり、社会生活情は、遮光ヘルメットに遮られて、はっきりとは判らない。白亜紀 を営んでいる。その事実は、これまでの古生物学の常識を、完全に後期の地球は、その大気の成分においては、ほとんど現在と変りは 覆すものだった。 ない。だが、謎の時間旅行者は、まるで異星の世界に降りたつよう 一九一四年、古生物学の泰斗バーナム・プラウンは、かれらの化 な、重装備でやってぎている。 石を発見したが、とうとう発表することができなかった。 サエキの証言では、男か女かも定かでないということになってい ドロマエオサウルスは、トカゲの仲間にしては、あまりにも常軌た。まさに、そのとおりで、エ・ヘレットですら、かれらの性別を見 を逸している。 分けられなかった。 ダイムトラベラ 五センチの直径をもつ大きな眼球は、前方視に適合しきってい 謎の時間旅行者は、ドロマエオサウルスにむかって、運びこんだ る。脚についている蹴爪を生かして戦うためには、片脚で立っ能力箱をあけてみせた。かれらの器用な長い手が、箱のなかのものを損 ちょうな が必要であり、そのためには、小脳が発達していなければならなみだす。それは、ビーズの首飾り、小さな手斧など、雑貨に近いも い。そんな・ハカげた恐竜が、いるはずでないと信じられていた時代のばかりだった。 である。 かれらは、恐竜と交易しているのだ。贈り物といったほうが、正 ーナム・・フラウンが、学者的生命を賭けてまで、発表すること確かもしれない。・ トロマエオサウルスのほうからは、見返りの品は コンタクト