の末ころから、見直されるようになった。たとえば、七十八トンの竜が新たに興こってきたからである。哺乳類は、恐竜との競争に敗 体重があったというプラキオサウルスが、もし冷血だとすると、体れ、一億年のあいだ、惨めな境遇に甘んじなければならなかった。 内の新陳体謝をどう計算しても、立っことも歩くこともできないと中生代のジ = ラ紀、白亜紀を通じて、地球上で発見された哺乳類 いう結果しかでてこない。現存の爬虫類の最大のものは、イリ = ワの化石は、全部あつめても石油罐におさまってしまう極微量であ ニだが、これは海棲であることによって、かろうじて十メートルのる。恐竜は、温血であり、しかも毛を持たないという特徴のため、 体を支えている。アトラントサウルスでは、四十メートルと想像さ一定以下の大きさでは、体温の放散のため生きていけない。おそら れる巨大な体長の化石が発見されている。 く三十センチくらいが下限だろう。原始哺乳類は、この恐竜の盲点 でしか、生きられなかった。モルガヌコドンという原始食虫目は、 翼竜プテラノドンは、通常七メートルの大きさとされているが、 単に上昇気流に乗って飛ぶだけにもしろ、冷血では = ネルギーをま歯の大きさ〇・八ミリ、頭蓋骨の長さ一センチという、小さなもの かなうことすらできない。現存する鳥ですら、同じく上昇気流に頼だった。デルタテリジウムも、せいぜい七・八センチの小動物だっ こ。哺乳類は、優秀な支配者のもとで、文字どおり、ひたすら身を って飛ぶアンデスのコンドルですら、翼長三メートル半が限度であナ る。さらに、翼竜では、翼長十五メートルと推定される化石すら出縮めることによってしか、生きのびられなかったのである。 土している。このジャンポ翼流は、ジ = ット戦闘機なみの大きさだ恐竜は、空に、海に、山に、野に適応放散していった。・のちにあ ったことになる。これが冷血だったと仮定すると、地上を這うことらわれる哺乳類の目の先行型は、すべて恐竜の形を借りて、出っ くしてしまっている。 しかできなかった計算になる。 恐竜は、温血だった。そして、一億五千万年のあいだ、地球の王肉食の大型恐竜は、ライオン、トラのような役割であるが、それ より遙かに大きく強かったと考えられる。また、・フロントサウルス 者として君臨した、優秀な生物だったのである。 その間、恐竜のお目こ・ほしにあずかり、こそこそと隠れすんでい は、象のような生態だった。しばしば古い復元図に見られる、湖か た、哀れな生物があった。哺乳類である。 ら首をつきだしている図は、大きなトカゲの巨大な体重を、すこし かれらの起源は、恐屯や鳥よりも古い 9 古生代の末に、すでに獣でも軽減してやるために、苦しまぎれに考えたしたものである。実 形類が現われ、爬虫類から哺乳類への道を歩きはじめている。古生際のプロントサウルスは、群の内側に仔をかかえこみ、草を食って 代末から中生代初めにかけて、哺乳類の化石は、たくさん発見され移動していた堂々たる動物だった。かれらも象と同じように水浴を ている。ディキノドン、モスコ・フスなど、三メートルを越えるもの好んだろうが、丸太のような脚をみても判るように、水棲だったわ すらある。中生代は、そのまま続けば、哺乳類の時代になることけではない。もし、群を作っていたと考えれば、兇暴な肉食竜ア が、予定されていたかにみえた。だが、かれらは、次代の支配者にサウルスでも、下手に手出しはでぎなかったろう。おとなしいプロ 4 なることに失敗した。かれら哺乳類より、格段に優れた生物ーー恐ントサウルスでも、もし本気になれば、アロサウルスのほうが、踏
、・、トロール隊員は射殺され、タ うかも判らないという。ともかく′ 着て : : : 」 サエキは、あわてて抗弁した。ムギンガは、この青年が、恩師とイムマシンに近いところにいたサエキだけが、脱出に成功し、二十 三世紀に戻ってきた。ソネ教授と二人の助手は、捕えられたとい 同僚を、過去の世界で殺害したものと、疑ってかかっている。 う。脱出するとき、襲撃者たちは、タイムマシンめがけて射かけて 「その証言は、まえに聞いた。くりかえして聞くまでもない」 きた。サエキの証言を裏付けるように、戻ってきたタイムマシンの 工ペレットは、青年の言葉を遮った。 外殻は、ハイチタン鋼の装甲が溶けていた。 事件は、この近くで起こった。ソネ教授を隊長とする調査隊が、 まったく奇怪な事件だった。犯人の手がかりは、すこしもっかめ この青年一人を除いて、正体不明の相手に捕われたのだという。 ここは、日本列島の東端の福島県いわき市。ときは、白亜紀後期ない。タイムマシンの型式すら、サエキには識別できなかった。 だが、エベレットは、この青年のいうことを信じかけていた。恐 末ー、ー・およそ七千万年前。タイムパトロールのカ・ハ 1 する通常のエ リアから、はるかにはずれている。もちろん、一般のタイムマシン竜の野外観察の功績を一人じめする動機からでた殺人と仮定する と、いかにも証言が幼稚なのである。恐竜に食われたとでも言って では、長遠な時間的距離を遡行することはできない。タイム。ハトロ ールが同行する調査隊も、主として写真撮影などに限られ、ここ恐くれたほうが、かえって説得力があるくらいである。 竜時代の大地に降りることすら許可されない場合が多い。 工ペレットの所属する二十三世紀の支部では、以前は恐竜狩りの 許可をだしていたが、はるか未来にあるらしい本部の指令で、禁止 された。 調査用。ハギーが、設営ャヤンプを発進したのは、この異世界での 七千万年という時間的距離である。そこで、不用意な振舞いをす正午であった。四座の・ ( ギーには、いま一人のメン・ ( ーが加えられ れば、地球史の流れを変えることになりかねない。たとえば、大恐た。ゲォルギ 1 ・ペレジノイ。古生物学者で、サエキの旧友であ 竜の眼をかすめて、こそこそと這いまわる、小さな動物を殺したとる。銃器にも詳しく、かって恐竜狩りをやったこともある。この場 する。その原始的な食虫目デルタテリジウムが、のちの地球人類の合、最良の人選といえる。この時代そのものに精通していて、しか も、未知の敵と遭遇した際には、戦力にもなりうる男である。 先祖にあたるかもしれないのである。 ソネ教授の調査隊には、三人の助手のほか、タイムパトロール隊大男のペレジノイとサエキは、話があうようだった。話題は、も つばら、古生物学のことに限られる。 員も、参加していた。かれら五人が、見知らぬ人々に、襲撃された この時代には、国境はなかったな。だから、おれときみ というのである。見たこともないタイムマシンが現われ、銃器を持「ジョ、 った五人の男たちが、襲ってきた。そのあたりのことになると、生も、同じ国の人間だということになる」 ペレジ / イは、太古の楽園を見わたしながら話しかけた。オー。フ 残りのサエキの証言が、混乱している。はたして、男であったかど
た。ここは、恐竜時代である。夜行性の肉食恐竜に襲われる危険がなければならない立場におかれていた。 ある。ただし、恐竜時代といっても、それほど恐竜の棲息密度が濃「恐竜は、優れた生物です。大きなトカゲと思ったら、大間違いで 4 いわけではない。七千万年まえの原始日本の人口密度は、それほどす」 高いわけではない。注意ぶかくしているかぎり、たやすくとって食サエキは、話しはじめた。話していれば、気がまぎれるのだろ われるということもないだろう。 いまひとつの危険は、謎のタイムマシンの動向である。はじめ古生物学の進歩は、ようやく十九世紀からはじまる。カミナリ竜 に、かれらに拉致されたとみられるソネ博士の一行の生死は、まだの巨大な化石が発見されたとき、その特徴から爬虫類との関係づけ 定かではないが、エベレットたちは、発見されれば即座に殺されるられ、ケティオサウルスーーーくじらとかげと命令されたのが、人類 とみて、まちがいない。かれらに見つからない寝ぐらを探すことが、 と恐竜との最初の遭遇だったといえる。 いま一番の仕事だといえる。 それ以来、ながいあいだ、恐竜は、巨大なトカゲだと信じられて しかし、問題は、それだけではない。かれらは、タイムマシンを いた。巨大で鈍重な体驅を支えかね、からつ。ほの脳みそをあっかい 失ってしまったのだ。時間旅行で、タイムマシンを失うことが、ど かねあげくのはてに、七千万年まえに亡びていった、無細工な動物 れほど恐ろしいことか、パーロール隊員である以上、知りぬいてい だとされていた。 る。かれらは、未来へ帰る手段を喪失した。この過去の世界に、置 いま、エベレットたちは、恐竜大絶減の時代にいるのである。だ きざりにされたも同様だった。肉体が朽ちはてるまで、この世界か が、古生物学的にも、大絶減が一年や二年で完了したわけでないこ ら逃がれられない。それでも、天寿を完うできるという保証は、なとカ 、はっきり証明されている。数十万年あるいは数百万年のオー にひとつない。中性子銃のエネルギーが切れたときが、死ぬときにダーで徐々に進行したと考えられている。 なるにちがいない。 エ・ヘレット自身と、不勉強にも、白亜紀末を、あちこちに恐竜の = べレットは、あてもなく考えることを止めた。考えれば考える死体が累々としている世界としか、予想していなかった。事実は、 ほど、不安がつのるばかりである。 まったく違っていた。すくなくとも、ここには、絶減の予兆など、 、きみから、恐竜の講義を聴いてなかったな。できのいい ひとかけらもなかった。恐竜は、最盛期にあるようにみえた。 生徒にはなれそうもないが、いちおうの予備知識だけは持っていた 恐竜絶減は、地球史の最大の謎のドラマなのである。 「かれらは、温血の生物でした。つまり、爬虫類ではないというこ 工べレットは、サエキに話しかけた。沈みきっている若者に、なとです」 にかを話させておけば、しばらくは気がひきたつにちがいない。し サニキは、さらに続けた。 かも、門外漢であるエベレットも、恐竜について、今すぐでも知ら ながいあいだトカゲの一種だと信じられていた恐竜は、二十世紀 レクチュア
四人は、ややはなれた斜面を、徒歩で登りながら、台地の上を目をためらってしまった恐竜ドロマエオサウルスは、のちに、一九六 ざしていった。羊歯の葉をかきわけ、急斜面を登る仕事は、女のム九年、エドウイン・コル・ハ 1 トによ 0 て再発見される。この前年、 ギンガには、きつい任務だった。サエキは、彼女に手を貸しながカナダのデール・ラッセルの探険隊は、アル ' ハータ州で、ドロマエ ら、注意ぶかく、斜面を登った。 オサウルスの進化型の化石を発見し、ステノニコサウルスと命名し 登りつめたとき、一行四人のパーティは、立ちどまった。羊歯のている。 叢みのなかに、何本かの木蓮の木が茂っていた。木蓮は開花して、 ヴィンス・エベレットの目のまえにいる動物こそ、まさにこの、 花の香りを振りまいていた。 恐竜を超越した恐竜である。 かれらの二十メートルばかり向こうに、さきほどの・ハギーが、乗 かれらは、利器をつかいこなすだけの、五指ある前肢の対向性を りすてられてあった。宇宙服のようなものをきた謎の侵人者は、そそなえ、二十センチにおよぶ頭蓋骨をもち、すぐれた知能を利し こで、・ハギーを降りたにちがいない。 て、社会生活すら営んでいる。かれらドマエオサウルスは、その 四人の。 ( ーティの目のまえに、数十戸の集落があった。木の枝を存在自体が、恐竜の常識を覆すものである。 組みあわせ、葉で葺きあげた小屋が点在している。それらの小屋の 工べレットは、集落のほうを見まもった。・ハギーから降りた謎の あいだを、ドロマエオサウルスたちが、往来している。 連中は、明らかに住民と接触を持っているようだった。かれらの表 ここは、かれらの集落であった。恐竜が集落をつくり、社会生活情は、遮光ヘルメットに遮られて、はっきりとは判らない。白亜紀 を営んでいる。その事実は、これまでの古生物学の常識を、完全に後期の地球は、その大気の成分においては、ほとんど現在と変りは 覆すものだった。 ない。だが、謎の時間旅行者は、まるで異星の世界に降りたつよう 一九一四年、古生物学の泰斗バーナム・プラウンは、かれらの化 な、重装備でやってぎている。 石を発見したが、とうとう発表することができなかった。 サエキの証言では、男か女かも定かでないということになってい ドロマエオサウルスは、トカゲの仲間にしては、あまりにも常軌た。まさに、そのとおりで、エ・ヘレットですら、かれらの性別を見 を逸している。 分けられなかった。 ダイムトラベラ 五センチの直径をもつ大きな眼球は、前方視に適合しきってい 謎の時間旅行者は、ドロマエオサウルスにむかって、運びこんだ る。脚についている蹴爪を生かして戦うためには、片脚で立っ能力箱をあけてみせた。かれらの器用な長い手が、箱のなかのものを損 ちょうな が必要であり、そのためには、小脳が発達していなければならなみだす。それは、ビーズの首飾り、小さな手斧など、雑貨に近いも い。そんな・ハカげた恐竜が、いるはずでないと信じられていた時代のばかりだった。 である。 かれらは、恐竜と交易しているのだ。贈り物といったほうが、正 ーナム・・フラウンが、学者的生命を賭けてまで、発表すること確かもしれない。・ トロマエオサウルスのほうからは、見返りの品は コンタクト
「ええ、恐竜です。ド = オサウルスの化石が、はじめて発見さた。首尾よく獲物を手にいれた狩人たちは、じゅうぶん満腹しただ れたのは、一九一四年、カナダのレ ' ドディア湖の近くでした。しけでなく、余 0 た肉を運びはじめた。すると、なだらかな斜面にな かし、学界に報告されたのは、一九六九年ーー半世紀以上も経 0 て 0 た草叢から、数十頭の仲間が出現した。大きいのも小さいのもい る。かれらは、狩人たちが手にいれた獲物のほうに走りよった。小 からです」 さな一頭が、肉片にかじりつこうとした。すると、狩りのあいだ、 サエキは、説明をはじめた。 中生代ジラ紀末に、ディノ = クスという小型の肉食恐竜が棲息前面に位置していた、ひときわ大きな一頭が駈けより、片脚をあげ て、小さな体を蹴りつけた。その小さな体は、マリのようにはずん ドロマエオサウルスの先祖だと考えられてい していた。これが、 かしら る。だが、一一十世紀初頭には、このディノ = クスの化石も、まだ発で、悲鳴をあげた。頭だ 0 た大ぎな一頭は、鋭い蹴爪をつかわなか った。蹴りつけられた仔は、のそのそと起きだした。怪我はしてい 見されていなかった。 ドロマエオサウルスの化石は、はじめ公表されなかった。なぜなないらしい やや大きい一頭が、肉片にかじりついた。さらに、他の仲間も、 ら、発見者が、学界で発表することをためらったからである。古生 物学の黎明期に、この桁はすれな恐竜が認知されるはずもなか 0 それに食らい 0 く。明らかに、獲物を食う序列のようなものがある らしい こ 0 完全に前方を両眼視できる眠をもち、物をつかむ五本の指をもすばぬけて大きい一頭は、この群のポスのようである。 ち、猿に匹敵する脳容積をもっトカゲなど、いるはすがないと信じ「スズキ竜は、卵胎生ですから、出産のため陸に上が 0 てきたとこ ろを、襲われたようです。ドロマ = オサウルスのほうは、それを待 られていた時代である。発見者は、このとびぬけた恐竜について、 研究報告を行なうことによ 0 て、永遠に古生物学界から追放されるちかまえていたのでしよう」 サエキは、続けた。 工べレットは、じっと観察していた。専門知識がなくても、よく 発見者の死後数十年ーー一九 ~ 九年になってからだった。 サ = キとべレジノイは、かわるがわる、その間の事情を説明し判る。群のうちの屈強な雄が、狩りをする。そして、手にいれた獲 た。ジ = リ・ムギンガは、さすがに中生代パト。ールを経験してい物を雌や仔に食わせている。かれらは、あきらかに社会生活を、お こなっているのだ。 るだけに、二人の専門家の説明を、すぐさま理解したようだった。 だが、まったく、その方面の理解を欠くエベレットには、にわか には信じられないことだった。工べレットは、恐竜とは大きなトカ Ⅳ ゲの一種だと、つい今しがたまで思っていたのである。 四人は、岬の上にもどり、ふたたび、・ ( ギーに乗りこんだ。砂浜 四人の目の前で繰りひろげられる太古の惨劇は、すでに終ってい
スズキ竜が、鰭脚を動かして、無細工な動きで、方向転換をはか 工べレットは、大きく溜息をついた。死闘は、すでに終りかけて ろうとする。その小さな脳は、死の恐怖を感知できるほど発達して いた。その間、息もっかずに見まも 0 ていた。今はしめて、ようや 9 はいけないが、本能的に母なる海に逃がれようとしたのであろう。 く正気をとりもどした思いだった。 無恰好な巨体は、かれのテリトリーの外では、弱点でしかない。 「恐竜が、武器をもって、戦ったー だが、熟練した狩人たちは、せつかくの獲物をおめおめと逃がし タイムパトロール隊員は、呟くように言った。古生物学の門外漢 はしない。向きをかえようとするスズキ竜に、執拗に剣を突きかけでも、このことの異常さはよく判った。キャンプで拾った骨器につ てくる。せわしなく動く長い頸は、狩人のほうに引きつけられ、鰭いて、サエキから説明されたときは、べつだん興味も覚えなかっ 脚の鈍い動きが止まった。かれが助かる方法は、突かれようと刺さた。たが、その骨器が、もっとも有効な方法で、現に使用されてい れようと、ただひたすら海めがけて走ることしかないはずである。 る状況を目撃した今、この優れた狩人の能力を認めないわけにはい だが、立止まって応戦することによって、スズキ竜の最後のチャン かなくなった。 スは失せた。一頭の狩人が、剣で頸根っ子をえぐった。鞭のように 「ドロマエオサウルスーーー、特に、ここにいる進化型の種族は、優 しなやかな頸が、一瞬そりかえり弾力を失った。頸の動きは、根元れた生物です。かれらは、優秀な狩人です。この世界の支配者とい から鮮血を噴きだすたびに、しだいに力を失い、緩慢なものに変っ ってもいいでしよう」 ていった。 サエキは、説明した。 一頭の狩人が背にとびのっても、巨大な海棲動物は、もはや撃退 工べレットは、無言でうなずくほかはなかった。 する力もない。鰭脚の動きは、さっきから停止したままである。頸進化型のドロマエオサウルスは、完全に直立二足歩行していた。 は、のろのろと起きあがり、背のほうに伸びかけて、ばたりと落ち前肢は、対向性のある五指を持っている。頭蓋は極端に大きく、丸 た。長い尾だけが、なにもいない砂地を、空しく叩いていた。 い大きな眼は、完全に前方視に適合している。哺乳類ですら、眼窩 狩人たちは、抵抗が失せたことを察知し、これまでの安全圏からは頭骨の脇にあり、側方視しかできない。例えば、犬などの眼は、 とびだし、胸といわす腹といわす、骨の剣で突きまくった。硬直し安全には正面を向いていないのである。大きな眼は、大脳前頭葉の たように、スズキ竜の巨体が、何度もそりかえった。 発達を物語っている。尾は、戦いのあいだ、ほとんど地に触れなか もはや、戦いの帰趨は明らかになっていた。あとは、狩人たちのった。機敏に動きまわる動作につれて、ランスをとって、宙に浮 思うままだった。かれらは、鮮血をすすり、切りとった肉片を、ロ いたままだった。ちょうど、曲芸師が長い竿を持つようなものであ に連びはじめた。だが、スズキ竜は、また生きていた。そして、空る。 つぼの脳みそは、生きながら食われていることを、知覚することも「これが、恐竜なのか ? 」 よ、つこ 0 / 、刀ノ 工ペレットは、説いた。
だと考えていたので、専門知識は、サエキとべレジノイに委せるつ みころされるかもしれないからである。 もりでいたのだが、事態は最悪の方向に向かいつつあった。そし 5 「ところで、ドロマエオサウルスは ? 」 工ペレットは、説いた。熱心に話すサエキにつりこまれ、質問をて、かれ自身、謎の敵とあわせて、ドロマエオサウルス , ーー恐竜人 とでも呼ぶべき相手と、いずれ戦うことを覚悟しなければならなか ぶつけてみたくなったのである。 「のちの哺乳類の。ハターンは、恐竜ですでに出そろっていました。 犀のような角竜や、アルマジロのような曲竜が、それです。ただ、 ・フリマーテス 霊長目に相当するものは、ないという定説になっていたのです。し かし、恐竜は、考えられるかぎりの生態に、適応しきっていまし 三人は、いつのまにか、南洋杉の林のそばに来ていた。日はすで た。霊長目も例外ではありません。ドロマエオサウルスが、それで に西へ落ちて、鮮やかなタ焼けが、眼に滲みるようだった。 「な・せ、キャン。フへ戻らないのですか ? 」 「霊長目というと、たとえば人間のような ? 」 サエキが、恐れていた問を口にしたとき、古生物学の講義は、終 工べレットは、訓きかえした。素人なりに、自分の目で確めたこ りになった。 とから、要点に迫りつつあった。 「ええ、人間に相当する生態です」 「今夜は、ここで野宿する。そういう指令を受けている。私が見張 サエキの口から、いとも簡単に肯定の返事が返ってきた。 りにたっ」 これは、大変なことたそ ! 」 工べレットは、若者に真相を告げる勇気がなかった。もし、真相 を口にすれば、エベレットの重荷は、たとえ僅かにもしろ、軽減さ 工ペレットは、やや興奮しかけていた。 れるだろう。だが、打ちひしがれた若者には、その何倍も悪く作用 考えると、そら恐ろしいような気がしてくる。 ドロマ・エオサウルスは、巨大な脳をもち、対向性のある器用な前するにちがいない。 林は奥深く、内部はすでに暗かった。工べレットは、林に入りこ 肢をもち、雑食性である。はじめ、フタ・ハスズキ竜と戦っていると ころを目撃したときは、さほど驚きもしなかった。食肉目でも、ド んだところで、巨大な針葉樹の下にすわりこんだ。恐竜の害をふせ ールの仲間は、集団で狩りをする。だが、かれらは、それ以上だつぐことはできないが、すくなくとも、上空をとぶタイムマシンから た。骨の武器を使い、集落を作り、社会生活を行なっている。火のは、発見されずにすむだろう。 ジュリ・ムギンガは、エベレットの隣りにすわりこんできた。彼 使用は知らないらしいが、人類の進化史でいえば、ドリオ。ヒテクス やラマ。ヒテクスに近い発展段階まで、進化していることになる。 女は、講義のあいだ、ずっと無言のままだった。なまじ、真相を知 工ペレットは、なおも、サエキと話していたかった。単純な任務っているだけこ、、 ~ まさら聴講する気にもなれなかったのだろう・
三人で、巨木の根方に背をもたせかけ、体を寄せあった。工ペレ考えれば、なにもかも説明がつく」 「ええ、そのことを、・ほくも考えていました」 ットは、銃をもった右手を自由にするため、端になった。そのとな サエキは、思いついたことを話してしまうと、それきり黙ってし りにジュリがすわり、さらに向こうにサエキがすわった。 餓えと疲れに加えて、いまひとつのマイナスがせまってきた。寒まった。眠ろうと努力しているらしい。 それから、二、三時間たっと、神経をとぎすましたエ・ヘレットの さである。温暖な白亜紀の世界も、夜は急速に冷えこんでくる。 = ペレットは、火を焚きたい衝動にかられたが、それを思いとどそばで、かすかな寝息がきこえてきた。 工べレットは、明け方まで、寒気と睡魔と戦っていた。 まった。もし火を焚けば、恐竜の害を妨ぐことはできるだろうが、 かすかにまどろんだらしい。とっぜん、木の枝の折れる音をきい 謎の敵に発見されてしまうにちがいない。 てエベレットは目をさました。とっさに銃をもった手をあげた。 他の二人も、眠れないようである。 木がヘし折れる音と、何か途方もない重量をもっ足音とが、こち 工べレットは、これからのことを考えていた。 「ダイノサウルス作戦」を命じてきたのは、未来の本部だった。あらに近よってくる。 るいは、なにか重大な意味を持っているのかもしれない。もし、そ「起きろ ! 」 工ペレットは、二人をゆり起こした。音は、すぐ近くまで迫って うだとすれば、地球上の別な地域へも、タイムマシンが派遣されて いるかもしれない。二十三世紀の支部だけに、大がかりな作戦を命きている。下生えの小さな木が、だしぬけに倒れてきた。 工べレットは、うまく回転してくれない頭脳を呪いながら、後退 ソネ博士の一行救出のほかに、なにか重大な使命 じるわけがない。 して、林からでた。 が、あるのかもしれない。 モンゴルのゴビ砂漠、アメリカのアリゾナ砂漠など、有数な恐竜なにか黒いものが、木々のあいだから、接近してくる。そいっ 地帯にも、別なタイムマシンが行っているのだろうか ? もしかしは、林のはずれにある幼木を押したおして、ぬっと出現した。 ますはじめにエベレットの眼に入ったのは、宙空につきでた小さ たら、それは、恐竜絶減の謎を解明するためかもしれない。 「ヴィンス、起きていますか ? 」 な前肢だった。幅広い胸から、ちょこんと突きでた二本指の前肢 は、そこだけを見れば、ちょっとユーモラスですらあった。 闇のなかから、サエキが訊いた。 エ・ヘレットは、しりぞきながら、上を見あげた。そのものが、あ 「ああ」 。かれらは、地球史に干渉しようとしまりにも巨大なので、出現した瞬間には、頭部までは眠がいかなカ 「昼間みた異星人ですが : っこ 0 ているんです 9 恐竜ー・、ーの絶減を食いとめるため : : : 」 グロテスクな頭部は、とてつもなく大きかった。巨大な体の上に引 「うむ、そのことは、考えていた。われわれを攻撃してきたのは、 タイムマシンというより、時間航行能力も持っている、宇宙船だと位置し、地上十メートルの空中から、見おろしていた。
たという標本なのだろう。 る。一方は、巨怪獣・ハルキテリウム。肩高八メートル、高さだけを 二人の古生物学者の会話は、涯しなく続くようにみえた 9 だが、 とっても、いかなる象よりも優に二倍に達する、陸上最大の哺乳類 別なところにあった。 工ペレットの関心は、 である。しいて分類すれば、犀の先祖にあたる草食獣たが、まだ角 、ったい、誰が、この恐竜を埋葬したのだろうか ? ・そう思っは備わっていない。そして、もう一方は、アンドリ = ーサルコス。 て、三角形のプラスチック板を見なおすと、なにか意味があるよう頭蓋骨だけで一メートルを越える、食肉目肉歯亜目に属する、原始 に思えてくる。墓誌としか思えない。つまり、鄭重に礼をつくし的な猛獣である。 て、葬ったことになる。 工ペレットは、そのたった一度の経験のほか、古生物学的な知識 謎の襲撃者か ? もし、かれらが、時間旅行者なら、いっこい、 には乏しかった。 なんの目的で、地味な研究者を襲ったのだろう ? しかも、射殺し 白亜紀後期末の世界は、温暖な世界たった。工ペレットの鼻孔 た。ハトロール隊員の死体は、白亜紀のハイエナのほしいままにまか に、ふたたび木蓮の花の香りが匂ってきた。 せ、恐竜の死体だけを手厚く埋葬している。不可解としか思えな Ⅲ 工ペレットは、あらゆる可能性を模索した。密猟者の仕業か ? たかだか数十万年の尺度の過去までは、かれらが入ってくる余地も 四人を乗せた・ハギーが、ふたたび走りだしたのは、二時間ばかり ある。しかし、ここは、七千万年の昔である。通常のタイムマシン たってからだった。キャンプの位置をつきとめ、現場検証をすます のエネルギーでは、到達することすら難しい まで、さして手間もかからなかったが、二人の古生物学者が、いっ 工ペレット自身も、はじめて訪れる長遠な時間の流れの涯であ涯てるともしれぬ議論を重ねていたからである。 ・ハギーは、キャンプから北東へむかって走った。ソネ博士たち三 る。古生物学者であるべレジノイですら、これまで、恐竜時代に着 陸したことはないらしい。七千万年前に、タイムマシンを着陸させ人を拉致した犯人は、はたしてどこへ去ったか、分明でない。ひと ることによって、いかなる形で地球史の流れを変えることになるます近くを捜索しようと、エベレットは考えた。 か、まったく予測がっかないからである。 天然の花園のなかを走りぬけるあいだ、四人は、ひとつの感概に いわば、この時点より過去は、タイムパトロール隊員にとってすひたっていた。十九世紀まで、キリスト教の解釈のもとでは、四千 ら、地球史の聖域だということになる。 五百年まえ、アダムとイ・フが失楽園の悲劇を味わう以前には、地球 ニペレットは、古生物学的なプロジェクトの経験に乏しい。これ史は存在しなかったとされていた。しかし、ここ七千万年前には、 まで、いちばん古くまで遡行したときですら、新生代の初めまでに失われたエデンの園が、まさに存在している。 当時の海流を考えると判ることだが、原日本列島にあたるアジア すぎない。そこで、巨大な初期哺乳類の死闘を、記録したのであ サンクチュアリ に 5
大きな口には、不揃いな乱杭歯が、ずらりと生えていた。恐竜のた。頭の位置は、ふつうの建物の三階くらいの高さにある。今度 歯は、上下の噛合性がなく、い つでも生えかわるから、三角の牙には、 = べレットにも、無細工に大きな頭が、はっきり見えた。な・せ盟 は、アン・ハランスなくらい大きさの違いがあった。 なら、かれは、あおむけに尻もちをついていたからである。 「テイラノサウルス ! 」 巨大な口に生えそろった大小の牙は、大きさの違いはあっても、 工べレットは、叫んだ。。 みな同じ形である。恐竜では、歯の機能は分化していない。それら テイラノサウルス・レックス。白亜紀末の地上の王者。学名のレは、肉を裂き、骨を噛みくだく目的に、もっとも適合した。充分な ックスは、王の意味である。しかも、こいつは、体長十五メートル鋭さを備えている。矮小な人間など、ひとたまりもないだろう。 以上、最大級のやつだ。 ジュリが、すさまじい悲鳴をあげた。彼女の上に、途方もない重 「エゾミカサ竜 ! 」 量をもっ体が、かがみこんでいった。 ( 連載第一回 ) サエキが叫んだ。かれは、北海道三笠市で発見された化石が、ほ んの子供のものにすぎないことを、たったいま学んた。 工べレットは、後退した。 . 「逃げろ ! 」 こちらから声をかけると、地球史上最強最大の肉食動物をまえに して、ようやくサエキも、観察を中止する気になったのだろう。こ ちらへ走ってきた。 ジュリ・ムギンガは、エベレットから、一メートルくらいのとこ ろまで近よってきて、足をとられて倒れこんだ。 巨大なエゾミカサ竜は、かっと大口をひらいた。針葉樹の林か ら、草原のほうへ、十メートルばかり踏みたして、立ちどまった。 工ペレットは、さがりながら、中性子銃をかまえた。そのとたん に、かれは、あおむけに倒れた。羊歯の下生えの下は、凹凸が多 く、あとずさりしながら、足をふみちがえたのである。 工べレットの手から、不覚にも、中性子銃がふっとんだ。 とりおとした銃を探している暇はない 日本産のテイラノサウルス属は、巨大な体驅をさらに前進させ らんぐいば 三省堂アネックスより 本格的コーナー開設のお知らせ ート、ノンフィクション埜寸、に関 Ⅷするあらゆる出版物を一堂に集める常設コーナー を、十一月一日より開設致します。クロス・オー ー感覚でをとらえる新しい読書のためのコ ーナーにお越しください。 東京都千代田区神田神保町 1 三省堂アネックス店 ( 水曜定休日 )