「ついに、きたか。完全なノイローゼだ」 っていたのだ。 「必死な声よ、ーー・まだ叫んでる」 夜。オレンジ色に濁った満月が低く登り、都会の狭い空に数個の オレハ、星男ナンダ 星が素気なくまたたいている。 「おれの意志で、じゃない」 その顔が昔の女の顔に似て見えたのは、男の気のせいだったのか 男は真暗な部屋の中を歩きまわった。床に山積みになった何かに つまずき、埃が舞いあがる。数日間閉じこも「たままの部屋の空気もしれない。無意識下で、その顔の上に奈落の女の白い顔が一瞬だ ぶったのも、闇の錯覚だったのだろう。しかし、男は叫んだ。あけ は、濁ってひどい臭気がこもっていた。 放った窓の桟をつかんで叫び続けた。 もう一度だけ、電話してみようか その時、眼の前に空白が降りた。 窓ガラスに顔を押しつけていると、ふとそんな考えが浮かんだ。 ″駄目よ、あたしをだまそうっていうのね、贋者のくせに : ・ : 湿気を含んだ大気が、びりびりした気配を伝えてくる。東の 駐車場に、車のライトが射しこんだ。一台のクーべが、狭いスペ ースに尻を割りこませようと苦心している。断続する = ンジン、音が地平線のあたりにわだかま「た鉛色の雲の中では、小さな稲妻が音 もなく光っていた。 の門のほうへ消えてい ようやくとだえると、疲れた靴音がア。ハート 荒野の中央に一人腰をおろしていた水番は、そちらへ眼をむけ や、一人だけ残ってい 。子供の群は家に帰って、もういない。い た。断続する閃光を背景に、もつれあいながら炎のように天へ燃え る。 窓の真下、十数メートルの闇の底に、アノラックの子供が背をむあがる巨木の枝々が、くつきり浮かびあがっている。東にむかって けて立っていた。ズ・ホンをはいているので男だとばかり思っていた張り出た大枝の先端には星男の影が黒々とうずくまり、どよめく枝 が、よく見ると女のようでもある。違う、やはり男の子か ? 男はのゆらぎにつれて、わすかに揺れていた。奈落の攵は、今ごろは地 の底で眠っているのだろう。 窓をあけた。 反対の西の地平線からは、大蛇のような松明の群が、荒野を越え ふと男の視線を感じたように、子供が振りむいて窓を見あげた。 男と眼があうと、フードに包まれた白い顔が、花のように微笑するて徐々に近づいてくるところたった。この湧水のまわりで、一晩中 祈疇の踊りを続けるのた。しだいに近づく銅鑼の音と、数千の人々 の合唱する単調な祈りの声 閃光がひらめき、ふいに水番は立ちあがった。 3 瞬間、天をつんざいて一条の白光が走った。突き抜ける雷鳴と同 時に、背後で群衆が咆哮する。 「隣りの人が何か怒鳴ってるわ」 「女の名前でも ? 」 ホシオトコダーーー」 「違う : : : オレハ、
( どうしてそうだとわかるの ? ) さて、先日来、日本各地で発生している暗殺事件だが、かれらの ( ぼくらが口をきかないってこと、それでわかったんだろ ? ) 称する超能力殺人集団と称する謎の組織と泥王教、特に前記九人と 2 ( まあ : : : あなたって、頭がいいのね ! ) になんら関係はないとの積極的証拠は存在しない。かれらが超能力 ( それほどでもないよ。だれだってわかることさ ) 者である証拠は何ひとつないが、かれらがほとんど会話をかわさな ( あいつが命令を受けていたっていったわね : : : どんな命令で、だ い点は、疑惑の対象となり得る。 れからなの ? ) そこできみの使命だが、かれらに気づかれることなく、かれらが ( こういう命令さ : : : ひと月ほど前、あいつはこんな命令を受けて超能力者であるか否か、またかれらが敵国情報機関と連絡があるか いるんだ。テー。フレコーダーを使ってね。内容はこうだ : : : おはよ否かを発見することにある。例によって、きみもしくはきみのメン う、フェルプスくん。日本政府公安機関から中央情報局に入った情 / ーがかれら一味に捕えられ、あるいは殺されても、当局はいっさ 報によると、東京にある泥王教本部教会なる新興宗教団体が、例の いそれに関知しないからそのつもりで。なおこのテープは自動的に 超能力殺人集団ではないかと思われるふしがあり、日本の公安警察消減する : ・ : ・ ) は内偵を進めている。同教会に出入りしている信者の何人かは、お たがいに本当の身の上を隠しているらしい それから一時間後、病院からの連絡で泥王教本部から衛門がやっ 中央情報局も以前から、かれらの中のアメリカ空軍軍曹リンカー てきた ( というふりをしたのだが ) 。そして、車に同乗して羽田に ン ( リンク ) ・。 ( ウ = ル、二十六歳、黒人の行動に不審を抱いておむかった。手を握りあってふたりは坐り、話しつづけた。 り、ソ連となんらかの連絡があるのではないかとの疑惑を深 ( 運転手ともうひとりの男もスパイね ) めていた。そしてかれが前記教会に出入りしているところから、同 ( うん、そう。公安警察さ : : : 仲間のあいだにもスパイがいるとし 教会を調べていたが、かれのほか、信者仲間の争いから負傷して現たら大変だね ) 在入院中のアメリカ人ジャズ・ビアニストのポール・・フリーン、三 「マルグリットさん、大変でしたね」 十二歳 : : : フランス系アメリカ人で身長一メートル二十センチのマ 「ええ。でも、どうして気分が悪くなったのかしら : : : もう大丈夫 めいらんふあん レグリット・モリヤクラスト : : : 台湾系中国人、梅蘭芳、二十八歳よ、衛門」 : イギリス人、キャスリーン・レイトン、二十五歳 : : : 日本人学 ( いるとしたら、だれかしら ? リンク、それともポール ? ) 生、田村良夫、二十一歳、それに現在、泥王教教祖となっている頭 ( さあ : ・ : いると思えないよ ) 山政一郎、七十歳 : : : 同人の養子、加代子、十七歳、同じく衛門、 「また日本を離れるの ? 九歳 : : : 以上九人が集まっているときは、ほとんど言葉をかわして「グアムにいる友達のところへ行ってくるの。またすぐもどってく いないことがわかった。 るわ」
私は、との話し合いが成立した直後、その友人に彼に接触たとえ一片でもいいから入手したいという願望にもえていた。 ・こ、、、、私には時間が無限に与えられているわけではなかった。日 6 してもらった。そしてチームに参加してもらう約東を取り付けたの 本出発以来、現地に入るまでに十日を要している。体力とのからみ である。 私たちは、モンスーンの終わるのを待ちかねて、インドへと飛んもあり、氷河での調査は、予め一週間と定められていたーー・・・そのう だ。チームは、四人だった。ーー隊長である私、長田治、番組制作班でちすでに三日が過ぎ去っている。 かってスコットがイエティらしきものを目撃した氷河沿いの尾根 ある緒方と新見。緒方はマネジメントもかねている。そして私のサポ ート役である木俣。彼は大学山岳部での私の二年後輩で、気ごころの筋の、三か所のポイントに、苦労して曳いてきたヤクの生肉をばら こんたん 知れた仲であり、七千メートル級の峰をいくつか征服している練達まいた。肉食するとされているイエティを引きつけようという魂胆 のアル。ヒニストだった。私がとくに望み、チームに加えたのだった。 だった。素朴にすぎる手段たったが、他に手だてはなかった。 スコット・ ーカーとはニューデリーで落ち合い、小型機をチャ彼がもし″食につけば″、撮影のための待ち伏せ作戦が展開される。 テーラドンへ飛んで、そこでたが、目下のところ、餌に手を付けられた様子はなかったのだ。 ーターして、シワリク丘陵の麓の町、・ キャラ・ハンを組織し、大ガンジス川の源流をさかの・ほって、ナンダ 「明日は、私が餌を調べに行く」 デヴィ山地へと向かったのである。 スコット・ カ . 1 ー、力し / イエティの姿をカメラにおさめる。 それが不可能であれば、 「もし手つかすのようであれば、餌を移動させよう。その場所も考 足跡や糞など、その生存の根拠を撮影する。それが私たちの目的だえてある」 ムま頁、こ。 った。一九五一年にイギリス人登山家、シ。フトンとウォードが 工↑、ー《日し / ンルング氷河で奇妙な足跡を発見して以来、多くの論争が繰り返さ 「他に、出来ることはなさそうだな」 れて来た問題に、いちおうの終止符を打つつもりたったのだ。 「一つある、サム」 しわざ ヒラリーを初めと むろん、ロでいうほど生易しい仕業ではない。 スコットよ、つこ。 「やつが現われるよう、祈ることさ」 する多くの探険家が、その正体を見きわめようと努力し、いすれも 空しい結果に終った。蓄積された情報により、およそ三種類のイエ ティが生存していることがほ・ほ確認されるに至ったが、決定的な証 3 拠は上がっていないのである。 、ツシソ . グ・リ / ク 翌日は、正午すぎから活動を開始した。午前中いつばい、雪嵐が それに、失われた環を埋める原人の生き残りなのか、あるいは食 や類人猿などの大型二足歩行獣なのか、または隠棲した僧がその姿吹き続き、テントに封じ止められたままだったのだ。例の足跡も消 えることになると、私はテントの中でノートをつけながら、頭の隅 を見誤られたものなのか : : : 私はその輪郭をつかむ具体的証拠を、 リー・ト、
じ切れすにいるーーーどう受けとめていいのか、迷っている表情たっ 君にも信じてもらいたいものだ」 「怒力はしている」 私は、全員を一周し、再び手元に回って来た写真を、灯りの下に 私は答えながら立ち上がった。 近づけた。二枚のカラー・ボラロイド写真。パトロール隊が、北の 「そいつは、おれの仕事の一部だからな」 すでに彼らは、オレンジ色の防寒服にきぶくれた姿がはっき尾根筋で撮影し、持ち帰ったものである。 私は、それを凝視した。いすれも、足跡が映っている。表面が凍りつ り見えるまでに近づいていた。 いた硬い雪に、くつきりとしるされた足跡た。一枚は、アツ。フでそれ 彼らは、私たちの二メートルほど手前で足を止めると、息をとと のえた。高度馴化はすんでいるとはいえ、うすい大気では充分な酸をとらえ、もう一枚は、尾根をよぎって斜面の下に消えてゆくその足 どりを映し出している。傍に添えられた。ヒッケルとの対比から、そ 素量をまかない切れないのだ。 私は彼らが声を発するまで待った。キャンゾで楽をしていた者の大きさが分かる。ーー・だが問題なのは大きさよりもそのかたちた。 紛れもない靴の跡だった。だが私たちがはいているオー・ハー の、せめての礼儀だった。 ーズを重ねたごっい登山靴の跡では、決してない。どう見てもごくふ 「 : : : 隊長」 つうのーータウンシューズと呼ばれる皮靴の跡である。雪はまだ融 先頭の男、ーー・木保が、喘ぐような声を出した。彼は副隊長格で、 ヒマラヤのペテランであり、今日の。 ( トロール隊のリーダーをもつけた様子を示しておらず、従ってそのサイズも正確に読み取れた。 とめていた。百六十センチに充たない短驅だが、その耐久力にはお「これは決してビッグフットなんかじゃない」 おがた 記録担当の緒方がーー番組ディレクターをかねた、派遣の どろくべきものがある。 、私の心を読み取ったかのように・ほそりといった。 社員たった 「全員を集めて下さい : : : 妙なものを撮って来たんです : : : 」 このおれと、変 一瞬、私の胸は波打った。私の表情から熱い期待をよみとったら「サイズはます二十五インチというところだ。 わらないサイズたぜ」 しく、木俣はいそいで付け加えた。 「誰かが、このあたりを散歩としゃれこんでいるわけか」 木俣が、かすれた笑い声を出した。 2 「こいつを見付けた時も、自分の目が信しられなかった。だが今と 十分後、メイン・テントの狭い空間に、五人の全隊員が顔をつきなっては、もっと信じられない気分だ」 合わせていた。支柱に吊されたラン。フの淡い灯りが、雪焼けしたど全員が、お前と同じ気分さと、私は思った。三日前に新らしく、 北尾根にしかけた寄せ餌の状況を、今日、木俣たちは見回りに行っ すぐろい五つの顔を亡霊のように照らし出している。 その顔はいちょうにこわばっていた。たった今目にしたものを信たのた。寄せ餌には何者も近づいた様子はなかった。その帰路、南 こ 0 6
えいこん えいこんだん 私なども、双眼鏡を片手に、一日中戸外に立って、東京上空を乱による曳痕弾の射撃だった。曳痕弾というのは、機銃などによる連 舞する味方の飛行機を見つめて過した。 続射撃のさい、ふつうの弾丸の中に、何発かに一発のわりあいで、 はやぶさ そのころ発表されて間もない一式戦隼が、低空で旋回し、そのけなりを曳いて飛ぶ弾丸を混ぜておく。それによって、自分の射っ こまかいデテールをあきらかにするのに、歓声を上げたり、車輪カている弾丸が、正確に目標をとらえているかどうかを知ることがで ーをはずした九七式戦闘機 ( 戦後、それは戦闘練習機に格下げさきる。青空に尾を曳く曳痕弾の弾道は、おそろしくきれいでダイナ ミックなものだ。 れていたものと知った ) の編隊があわただしく飛び過ぎてゆくのを 見送ったり、当時、飛行機マニアであった私には、まるで航空ペ】 ジェントのような一日だった。 この日、飛来したアメリカ軍爆撃機は、 / ースアメリカン % で あることが、ラジオなどのニュースによって、早くも知らされては 午後一一時ごろだった。 いたが、艦上機が来襲したというニュースは全くなかった。しか 北東の空に三機編隊があらわれた。まっすぐ、私の方へ向ってくし、その日の情景を見ていた私は、当時の軍報道によくあること る。高度五百メートル。後方の二機は、空冷エンジン低翼単葉固定で、何かの理由で、艦上機の来襲に関しては、軍はロをつぐんでい るのだと思っていた。 脚の、ひと目でそれとわかる九七式戦闘機だった。先頭の一機はー それが、一人の飛行機マニアに、今日まで解けない疑問を残し昭和二十年。長く、はげしかった戦争はようやく終った。彼我の さまざまな記録や資料が公開されはじめた。私は、ずっと気になっ それは同じく空冷エンジンで中翼単葉引込脚の、九七式戦闘機よていた昭和十七年四月十八日の、ドウリットル大佐の東京空襲に関 する記録をあさった。 りもふた回りほど大型の、やや・ほってりした単発機だった。 その三機編隊は、みるみる私の頭上に達した。 だが、アメリカ陸、海軍のいかなる公式記録の中にも、その日、 そのとき、とっ・せん、後方の二機の九七式戦闘機のうちの一機単発の艦上機が、日本列島を襲ったという記事は無かった。私は再 が、機体をかたなけると、機首を先頭の一機に向けた。その機首か三、たしかめた。アメリカ海軍の記録機関からも、くわしい返事が ら、薄緑色とも見える灰色のけむりの筋がのび出し、先頭の一機を届いた。答えはやはり否だった。 とらえた。エンジンの爆音の中で、機銃の発射音が聞えた。 つぎに私は、日本側の記録をあさった。これはたいへん困難な作 それもっかの間で、その機は元の位置にもどり、三機はそのま業たった。 ま、南西の空へ消えていった。 昭和十七年四月。関東地方にあった戦闘機隊は、その後、みな南 7 頭上で展開されたシーンだが、これはあきらかに、九七式戦闘機方戦線に進出し、フィリビンや沖繩で、姿を消していた。生き残っ
作ったのだからな : : : 。救助班の連中は〈テセウス〉号と命名してた。 それがこの惑星の地底に拡がる、底知れぬ迷言の入口だった。 いるんだが」 ありがたい命名にもかかわらす、タキはかえって不安を感じた。 つ」 辺境調査基地のシミ、レーション装置で操縦は一応慣れたものの、 艇体から受ける印象までは訓練されていなかったからだ。 カリフォル = アの乾いた空気は、二日酔いの臭気を薄めるのに絶 ( それに今度の任務は宇宙空間の飛行ではない。何しろ地底の迷路 マ。こ 0 へ潜るのたからな : : : ) タキは〈テセウス〉の艇体をながめなが タキはペッドから体を伸、はして、窓を少し開けた。カーテンが風 ら、改めて任務の困難さを実感した。 目の前の艇体が血のような赤味を帯びたような気がした。錯覚でにあおられ、抜けるように蒼い空が見える。 酒の臭気と、五年間堆積している中年男特有の汗臭い体臭が、少 はなかった。赤い光が射しているのだ。 地平線から二つ目の太陽が昇ろうとしているのたった。すでに赤しずつ抜けていくような気がする。 ( ここは空調が完全な宇宙船の操縦室ではないんた ) タキは依然と 色巨星化の兆候を見せはしめた型スペクトルの恒星〈ポルへウス ウへウスと連星を成す伴星だ。今、二つの太陽は三十して頭痛が残っている頭で、そう思った。 Ⅱ〉 ッドに潜り込み、目を閉じた。 タキはふたたびべ 度の差で昇ってきたのだが、やがて数十日のうちには、角度はさら その時、部屋の隅で、映像電話のブザーが断続的に鳴り始めた。 に拡がり、出没の時差はますます開いてゆくだろう。な、せなら、こ の惑星〈ミノタウロス〉は、二つの太陽の間を通り抜けようとする起き上がる気力はなかった。タキはシーツを頭からかぶりながら、 軌道にあって、連星の共通重心に向いつつあるからだ。温度はさらそういえ、は操縦席を連想させる機器といえば、この部屋では映像電 にヒ昇し、夜は交互に昇る二つの太陽のために、さらに短くなって話装置くらいのものだなと思った。 タキは核融合推進の宇宙船が人類の獲得した最高速度であった時 いくにちがいない。 代に、最も高度な訓練を受けた宇宙飛行士だった。高に耐え、長 それだけは確かだった。 救出作業を急がねばならない 期間の密室生活に耐え、高度な操船技術をこなす能力を持つ、数少 「出発の時間は決まったのか」タキは局長に説ねた。 「まだだ」局長は断言した。「この整備が終りしだい、最後の打合ない人種のひとりだ「た。文字どおり、人類の最先端に位置する任 ワー。フ航行船が、何の苦もなく数光年の距離 務にあったのだ。 せを行なうことになっている。五時間もかからないだろう」 タキはさらに整備塔へ近寄った。それはなしろ油田の試掘櫓のよを一瞬のうちに移動しはじめるまでは。 ワー。フ航法の開発によって、タキの持っ操船技術は色褪せたもの うな印象を与える。吊された艇体の下には、艇体よりもやや大き になった。核融合推進による飛行は、せい・せい百天文単位程度の距 、」目一釜十メートルはあろうかと思われる暗黒の穴が口を開けてい
「何が ? 広い世間の移り変わりが見渡せますかね ? 」 ちに、奔流のような秒針の音が再びとぎれると、彼は時間の概念さ 「駐車場で子供が遊んでるわ。鴉の死骸よ、あれは。みんなで棒のえ知らない星男になっている。そこは地の果ての荒野、西の邑の上 3 先でつついてる。一人だけ、離れたところにアノラックを来た男の空を炎が焼き、遠い叫喚が風に乗って流れてくる。 子が立ってるわーーあら、むこうから隣りの人がやってくる。男の深い絶望の果てに、星男は地下聖堂へ降りていったが、かの女は 子の後ろを通りすぎた : : : 急いでるみたい」 顔さえ見せようとはしなかった。″星の光が見えないわ。私をだま 「あの男、まだ生きてたのか」 すつもりね、贋者の星男 ! ″声だけが空洞に響き、罅割れた石の破 「大家のおばさんに聞いたの、妙な病気なんですって。怒ったり悲片が乾いた音をたてて奈落へ落ちこんでいく。 しんだりすると急に身体の力が抜けたり、それに突然所かまわすコ ″どうした星男、星は実りそうか ? ″ トンと眠りこんだりする病気だってーーーナルコ・ : ・ : ナルコレ。フシー 数日後の夕方、水番が巨木の下にやってきこ。 ナ″今夜は祭りの最 後の晩だ。松明行列が荒野を越えて、湧水まで来ることになってい 「要するに眠り病だ。便利な病気もあったもんだ」 「違うの、いわゆる嗜眠症とは別のものですって。どう違うのかし 鳥の巣のような枯枝の間に、星男はうずくまっていた。何も聞い ら」 てはいなかった。 「君の話は何だか要領を得ないね。そら、何かの集金人が玄関に来 " 今夜がいい見せ場た。祭りの最高潮に星を実らせれば、女たけで てるよ なく邑の人間たちも、おまえが星男たと認めるだろうよ。おい、聞 「あなた、出てくれない ? 私、他人と顔をあわせたくないの : いてるのか ? ″あっちへ行け。顔を見せるな ! 水番は嘲るように笑った。 眠りは空白の落とし穴だ。それは行く手に待ちかまえる罠、一歩 ″なるほど、物思いにふけっているわけか。考えることが多いんだ 踏みこむなりすべてを呑みこんでしまう。男はその瞬間を意識するろうな、大きな図体していいざまたよ、まったく″ ことができない。 水番の声が遠ざかって聞こえなくなったころ、西の炎の列が崩 椅子に腰かけて時計の文字盤を凝視しているうちこ、、 冫しつのまにれ、一カ所に集まり始めた。外壁の大門をあけ、行列をつくって湧 か男は地上数百メートルの巨木の上で、天になかって叫んでいる。 水に向かってくるのだろう。すでに陽は落ち、再び空白の天球を暗 声は風に吹き散らされ、天まで届くことはない。暗黒の天球を濃藍黒が押し包み始めていた。どよめく大枝の群の中で星男は の雲が流れる。喉の痛みと深い絶望ーー。眼をあけると、時計の針 がコマ落としのように二十分か三十分の経過を示している。そのう だしぬけに、街の空が眼前に現れた。窓ぎわに立ったまま眠
6 、 O —の部員もしくは手先と思われるジム・フェルプスほか 数名が泥王教本部教会に出入りしている外人信者をマークしは ある報告書の抜萃 じめたことで、数か国の情報機関が興味をそそられ、監視尾行 をつづけているようだ。 グアム島を訪れたわたしは、その島の南端に近いウマタック村に 7 、同教会に出入りしている信者のうち、田村良夫、梅蘭芳、マ直行しました。ここは昔、マゼランという有名な探険家が上陸した ル・クリ - ツ、い・ モリヤクラスト、キャスリーン・レイトンの過去という美しい入江に面した小さな村落です。そこから声が聞こえて がっかめないとの報告が入った。 いたのです。 8 、これは仮定にすぎないし、アメリカ当局が否定することは間 ( わたしの名前はシ ー・メイ : : : あなたがたのところにいる梅の母 違いないが、ポール・・フリーンをもし O — << の秘密工作員であ親なの : : : ) るとするならば、かれを襲ったものは、同教会内にいる外国ス。ハ そのあとで理解できないことがおこりました。その村のある家で イであるという考えもなり立つ。梅蘭芳は台湾人と称する中国その本人に会ったのですが、その姿は南の洋上へと消えてゆき、あ 本土人、田村良夫は北鮮人と日本人の混血児、キャスリーン・レとには、彼女が大爆発の中で死んでゆく印象たけが残り、彼女の形 イトンはイギリス人。かれらがそれそれの国のスパイであり、。 跡はまったくないのです。夢を見ているような気持であたりを歩き ウエル軍曹がソ連スパイである可能性はあり得る。ひとつの理まわっていたわたしは、シー ・メイとイギリスに何か大きな関係が 由は、かれら五人の過去がいずれも謎に包まれているからでああるという考えが、あたりにこびりついていることを知りました。 る。数か月から三年以前までさかのぼると、過去の記録がとだ わたしは東京にもどり、すぐにロンドンにむかいました。シー えており、まるで存在していなかった人間のようになる。その時メイとロンドンとの関係、ついでにキャスリーンの過去を調べてみ 期にかれらは情報機関で新しい身許を作られたのではないか ? るつもりたったのです。 ロンドン行きの旅客機の中で気がっきました。頭山老人に地下室 9 、かれらが超能力殺人集団と称するもののメン・ハーでないかと う疑惑が生じているひとつの根拠は、以上の五人と教祖の頭でみんなの精卵子の保存されているところを見せてもらいました 山政一郎、同家の加代子・衛門、その八人のいずれかが、不可が、その中でただひとり保存されていなかったのは、頭山老人の精 解な殺人・自殺事件現場の五十メートルにいたらしいからだ。子たった。もちろん七十歳というのは地球人としては相当な老齢で 同教会に出入りする外国人信者の中で、その行動範囲内に殺人すから、保存されていなくてもおかしくありませんが、老人がヤマ 事件がおこっていないと思われる者は、アメリカ人女性マルグガー・ネカトールであり、その秘密を隠そうとしているためかとも リット・モリヤクラストだけであるが、同人の過去は現在のと考えられます ? ころ、サーカス入団以後しかわかっていない。 ロンドンに着くと、わたしはキャスリーン・レイトンの住んでい 278
で考えていた。むしろわれわれにとっては僥倖かも知れぬ。 1 トルの氷河である。猫の目のように変りやすい峻烈な天候の他に 繰り返すようだが、われわれは新たな謎を欲しているわけではなも、雪と岩が織りなす罠が、至るところに仕掛けられているのだ。 いのだ。ただでさえ余裕がない仕事を、さらに混乱させることにな人間の生存と行動が、辛うして許されている環境であることに変わ る。 りはなかった。 おとり 風がおさまったのを見定めてから外へ出、出発の準備をとと囮は、稜線上、谷底、および向かいの山腹の岩場の三か所に、ほ 0 、 のえた。メンノ ・、ーよ私にスコット・ 1 カー、そして緒方だった。 ・ほ五百メートルずつの距離をおいて仕掛けられている。私たちはそ の稜線上のポイントをまず目指していた。 肉の運搬役をつとめるシェル。 ( も、三人が同行することになる。 縦列をつくって、出発した。各目が。ヒッケル、アイゼンに身をか風で、稜線上の新雪は吹きとばされ、凍った万年雪がむき出しに ため、私と緒方はカメラと双眼鏡で、スコットは麻酔弾を装填した なっている。濃いサングラスごしに、蒼みがかってぎらついた雪 ライフルで武装している。アフリカなどで大型獣捕獲用に用いられと、わすかに露出した、ナイフを東ねたような岩峰が見える。 る、即効性の注入針付きカプセルを射ち出すタイプだった。 その岩場の一つに、私たちは近づいて行った。ポイント。 氷河をよぎって、北尾根と呼んでいる右手の稜線にの・ほるまで岩のすき間に、血をまぶされたヤクの頭部と片腿が挾み込んである に、一時間を要した。稜線の向こうは比較的なたらかな斜面を経てのた。 いったん谷になり、突兀とした岩肌がところどころむき出しになっ 先頭のシェレ : 、 ノノ力。ーーーチュンビという名で、シェルバのリーター た、名もない峰の山腹につながっている。 格だーー 、肉塊の傍にひざますいた。次の瞬間、立ち上がって大声 その小さな谷こそ、かってスコットがイエティを見かけた場所たを上げた。 った。目撃時の状況はきわめて悪かったと、スコットはいった。雪「サープ ! 早く ! 」 嵐が吹き荒れ始め、視界が閉ざされつつある時、彼は偶然に、谷の 私たちは可能なかぎりの速度で、彼に近づいた。出来るものなら だが、過激な運動は肺が許さないのだ。 向かいの斜面中腹の、岩棚の一つに立っているものを目に止めたの走りたい チュンビの指し示すものに目を走らせた。腿が、岩陰から半ば引 だ。黒々とうすくまったそのもののかたちは、巨大な猿を一瞬思わ せ、彼を観察しているかのようだった。スコットは、カメラをセッきずり出されている。切り口に近い部分が大きくはじけ、骨が露出 ティングするべく俯向いた。だが三十秒後、カメラを構えつつ再びしている。 目を上げた時には、その姿は消えていた。風は急速に脅威を増し始「イエテイだ」 チュンビがしわがれ声で囁いた。不精髯におおわれた唇が震えて め、彼がその場に止まることを許さぬ状況になっていた。 好天にたすけられ、私たちの前進ははかどった。だがむろん、慎いた。 重なリズムを崩すわけには行かなかった。何といっても標高六千メ「彼が、やって来たんた」 6
たのだ : すかね ? 」 ″装置。そのものについては、・ほくにもよくわからない。だ 9 「さあ、どうでしようか : : : 」と、彼は首をふった・「神のみぞ知 るーーでしような : : : 」 が、それが、・ハ ミューダ海域を″魔の海域″とする、あの奇妙な ーのくれたマイク現象をーー・磁石をくるわせ、通信を途絶させ、近代航空機を、巨 電子機器オペレーターに許可をもらって、 ロカセット・コーダーをきこうとしたが、動かなかった。よく見る大な船舶を、数知れずあとかたも無く消し去る白い霧を発生させ と、タイムロックがかかっていた。 スイッチを入れつばなしに る装置である事、しかもーーこれは、ソ連の第三次探検船に乗組 ーの声が しておくと、洋上へ出たとたんに、ロックがはずれ、 んでいた二人の超能力者が、装置の出すメッセージを読みとって ス。ヒーカーからとび出した。 わかったのだがーーその効果は、人間の精神力によって、いくら でも巨大なものにできる事がわかったのだ : さて、カズ : : 。君はもうじき″壁″につつこんで行くだろ この装置の性格について、はっきりわかったのは、現大統領が いすれにしても幸運を祈る : う。あと何分か、何十分か : 就任して間もなくだった。そしてその名の通りー・ーーまたある点で 。所で君は、この″壁″の性質が、何かに似ていると思った事は、名前の呪縛によってーー新しい意味での孤立主義者であった はないだろうか ? どこかでこう言った、″現代の科学技術の理現大統領、この″すばらしく、美しく、ゆたかで、新しく自由な 解をこえた洋上の白い霧″について、何かで読んだり聞いたりし ア = - リカを、汚れ、古び、混沌として厄介事だらけの " 旧世 た事はないか ? ーー・君は、この問題をとりあっかう連邦政府の秘界みから切りはなしたい、と考えつづけていた大統領は、とん 密委員会の名称が″問題委員会″とよばれる所までつきとめて でもない事を思いついた : いた。君はそれを単純に″プラックアウト問題〃と思っていたよ そのあと、ソ連との間にどんな話し合いがつけられたのか : そう うだ。だがこの″には、もう一つの意味があった。 それは、・ほくのような下っぱ O*<t 職員には、うかがい知れな 君ももう気がついているだろう : 大陸中国のスパイであるテッド・リーは、うすうす何かを勘 話は今から数年前 : : : 一九七七年の夏、例の″魔の海域″とよ づいていたらしいが : とにかく、世界のほかの国が何も知ら ばれる・ハ ミューダ三角地帯の海底九百メートルに、高さ百八十メ ないうちに、ひそかに、ソ連との間に、 この地球を、世界を、人 1 トルのビラミッド状のものが見つかり、米ソ共同の調査隊が派類社会を、二つに分ける事について、話がついた。緊張緩和どこ ディスエンゲージメント 遣された時にはじまる。調査の結果は、はかばかしくなかった、 ろじゃない。まさに決定的な″引きはなし〃だ。・ーー期限がいっ と発表された。だが、ソ連の、次いでアメリカの深海調査隊は、 までか、それもわからない。しかし、この″壁によって、世界 は完全に「旧」と「新」の二つにわけられた。アメリカは大統領 この時おどろくべき装置をーー・先文明人か、それともかってこの の理想通り、外のくたびれ果てた世界から、完全に隔絶された。 星へやって来た宇宙人の遺構かどちらともわからないーーー発見し