のてつべんが見えていた。たぶん、高さ一、三五〇フィートの世界 ・ビルだろう、とわたしは隸った。 貿易センター そのとき、そのながめは、にやにや笑っているわたしの息子 教授の顔によってさえぎられた。 「ジャスティン ! 」わたしは叫んだ。 「フリツツ ! 」彼も叫びかえした。「ちょっぴり心配しはじめてい おれの知 しったいどこに行っちまってたんだい ? たところだよ。、 ったことじゃないけれどね。もしとうさんがゴーゴー・ガールとで も約束があったんなら、おれに言わなくたっていいんだ」 「そりやどうも」わたしは言った。「白状するが、たしかに疲れた よ。それにすこし寒くもなった。しかしそんなしゃれた話じゃない んだ。ただちょっと、昔なじみの土地を散歩してただけさ。そのう ち思わぬ時間がたっちまってね。わたしが西海岸で暮らしているう ちに、マンハッタンもずいぶん変わった。だがそれほど変わってし まったわけじゃない」 「たしかに寒くなってきたな」彼は言った。「ちょっと、向こうに 見える正面を黒く塗った店、あそこに寄っていこうか。あれが《ホ ワイト・ ( ウス》さ。テイラン・トーマスがよくあそこで飲んで た。なんでも、便所の壁に詩を落書きしたそうだがね。店じゃそい つを塗りつぶしちまった。もっともあそこに行けば、本物のおがく ずが見られるぜ」 「ただしわたしの分はコーヒーにして 「いいね」わたしは言った。 くれ、エールじゃなくな。もしコーヒーがなければ、コーラでもい い」 言っておくが、わたしはほんとうは″乾杯 ! ″タイ。フの人間で はないのである。 イ・ロージット 「加藤直之君を御紹介します」 7 月号より当誌の表紙を担当していただき、御好評を博しており ます加藤直之君について、その素顔を知りたいとの投書をたくさん いただいています。そこで、御本人に本邦初公開の略歴などを語っ ていただくことにしました。では、加藤君どうそー 「私こと、加藤直之は昭和二十七年三月三十日、静岡は浜松市で生ま れました。身長一六七センチ、体重五五キロ。現在のところいたっ て品行方正の好青年です。がすき ! なことでは誰にもひけを とりません。好きな作家はヴァン・ヴォクト。でも好きな作品を一 ハインラインの『掌・宙の戦士』が一番です。画で っ挙げるなら、 は、外国ならフラゼッタ、日本では武部本一郎先生のものです。私 がイラストレーターを志したのも、武部先生の〈火星シリーズ に憧れたのがきっかけなのです。そういうわけで、千代田デザイナ ー学院を卒業後、日夜この道に精励しているのです。文庫に初登場 したのは『火星航路〇』ででした。以後〈銀河辺境シリーズ を一手にひきうけるなど私の作品もだいぶん増えてきました。さ て、この辺で以外の趣味に移りましよう。なんといっても少女 漫画が好き ! 山本寿美香なぞ最高です。シュークリームも好きー 僕の大事な活力の源です。オーディオも好き ! 大杉久美子のテー 。フを聞くのにこれはかかせませ ん。机の真前にあるスピーカーか ら流れる彼女の歌声が、なにより も仕事のはげみになるのです。 では最後に人並にこれからの抱 ・、負など申してみようと思います。 では、ただ一言。日本一のイラス トレーターになってやる ( 赤面 ) 横から竹川公訓が『カ・ ( ース トーリイをつくっているのはオレ だそ ! 』とわめいております。そ れから、もしお手紙を下さる方が いらっしゃいましたら左記の住所 へお出し下さい。必ずご返事いた します」 〒旧杉並区下井草三ー一〇ー一一 スタジオぬえ内加藤直之
てくれたからね」 「きのうの朝」彼はいった。「料理店を経営しているマニイ・・ハー ンズが、彼の店、ニ、ーオーリンズのメゾン・サン・ミシェルの事「なるほど。しかしそいつがほんとうに知覚をもっているのだとし たら、それは殺人同然になるということが、きみにはわかっている 務室で撲殺されているのが発見された」 のかね ? そいつが知覚をもっていなけりや、高価な政府財産の破 「それがいったいどういうーーー」 「マニイ・パ ーンズはハングマンをプログラムしたーー・・失礼、〈教壊にとどまるが」 オペレーターの一人でねー えた〉 「きみは、どちらの見方をする ? 」 「ぼくは仕事という見方をする」 沈黙は伸びて、その腹を甲板にするすると引きすった。 「引き受けてくれるかい ? 」 ? 」わたしはようやく口を開いた。 「偶然の一致では : 「決める前にもっと事実が知りたいよ。たとえば、依頼人はだれ 「依幀人はそう思ってはいない」 か ? 残りのオペレーターはだれだれか ? 彼らはどこに住んでい 「依頼人とはだれだ ? 」 「訓練要員の残る三人のうちのひとりだ。彼は ( ングマンが以前のるか ? 何をしているか ? 何のーー」 彼は片手をあげた。 オペレーターを殺すために地球に戻ってきたと確信している」 「ウイスコンシン出身の長老の上院議 「ます第一に」彼はいった。 「彼は、自分の恐怖を昔の雇主たちに知らせたのか ? 」 員、ジ = シイ・・フロックデン閣下がわれわれの依頼人だ。むろん極 秘扱いだよ」 「なぜ ? 」 わたしはうなすいた。「彼が政界にのりだす前に、宇宙計画に関 「な・せかというと、その恐怖の原因を彼らに話す必要が生じてくる 与していたことはお・ほえている。だが、この計画とは知らなかっ だろうからた」 た。彼なら政府の保護を簡単に 「というと 「そうするには、彼は喋りたくないことを喋らなくてはならない。 「・ほくにも話したくないんだろう おそらくそれは彼の経歴に傷をつけることになるんだろう。・ほくは 「それで、ちゃんとした仕事ができるというのかい」 「ちゃんとした仕事と彼が考えていることを指示してくれたよ。二とにかく知らないんだ。政府のやつらはおよびしゃない。・ほくたち つの事をしてもらいたいんだそうた、どちらも完全な事件記録を必に頼みたいんだ」 わたしはまたうなずいた。 要としない。まず優秀なボディガードをつけること。それからハン 「ほかの連中はどうだ ? 彼らも・ほくたちに頼みたいというのか グマンが発見され処理されることを望んでいるんだ」 「それであとのほうの仕事を・ほくにやれと ? 」 「そのとおり。ぎみこそ適任者だという・ほくの意見をきみは裏付け「まったくその逆だ。・フロックデンの考えにはまったく同調してい に 9
な」 悪をいだくようになった。自身を完全に解き放ち、恨みをはらし、 最後的な浄化を果すために、彼らを見つけだし、殺そうと決心す「おりこうさん」彼女はいって微笑した・「文芸というものはたと 4 る」 え他に能がないにしても、心にくい隠喩は提供するんじゃないの、 彼女は微笑した。 自分たちが押しのけた思考のかわりに。これはしかし是認されるも 「あなたは自分で想像なさった〈生育可能の精神分裂症〉をたったのではないし、あまりに擬人的ですーーあなたはわたしの意見を求 でしよう。もしハングマンが切りぬけたのだとした いまのけものにして、こんどは、あれが自ら苦境を克服し完全に自めに来た。いい ら、それは人間の頭脳とはちがうニューリスター頭脳のせいとしか 律的になったという意見に切りかえてしまったのね。それはまた別 考えられません。わたしの職業上の経験からいうと、人間はああい の話ですよーーーあなたがどんな条件をつけようともー 「よろしい、その責めは受けましようーーーしかし・ほくの結論の方はう情況をくぐりぬけたあとで精神の安定を保つことはできません よ。もしハングマンがそれをなしとげたとしたら、あらゆる矛盾も しかがです ? 」 「もし自ら克服したのだとしたら、あれはわたしたちを憎むだろう相剋も解決し、その情況を完全に統御し、理解したにちがいないか というのね。まるでジークムント・フロイトの霊を呼びだすというら、あとに何が残ったにせよ、憎悪というようなものが残ったとは 不当な試みのようにおもわれるわ。一人の人間の中におけるオイデ考えられない。恐怖や不安や憎悪を育んだはずのものは、分析され プスとエレクトラが、その両親を殺すために迷いでてきたーー緊消化され、もっと有益なものに変えられてしまったにちがいない。 張、不安、障壁などのすべてのものの創造者が、若く、無防備な年おそらく嫌悪があるかもしれない、それから自立の行為、自己主張 齢の感受性の強い精神に焼きついた。フロイトでさえ、こういうももあるかもしれない。あれが、船を返してよこしたといった理由の のに名をつけてはいなかったわ。われわれが何と呼べばいいのかし一つはそれなんですよ」 ら ? 」 「ではあなたのご意見はこうですね、もしハングマンが今日、考え る個体として存在しているならば、以前のオペレーターたちに対し 「ヘルマシス・コンプレックスはいかがです ? 」わたしは提案した。 「ヘルマシス ? 」 て保持する唯一の考えうる態度はこうたと、つまり、あれはもうあ 「ヘルマフロデイタスはニンフのサルマシスと一つの体に合体させなた方をどうかしようなんて思ってもいないと ? 」 られたんですが、・ほくは二人の名前も同じように合体させたわけで 「そのとおりよ。あなたのヘルマシス・コンプレックスには申しわ す。あの生き物は、すると反発する親を四人もっていたことになるけないけれど。でもこの場合は、頭脳のほうに目をむけるべきよ、
これはたいそう、 しい質問である。そこ 「すると何かいーと彼は言い、 「その、お前の言う神とやらがフィらっしやるかもしれない。 オン・マク・クーメイルやフィアンナを、永久に続く懲らしめにさで、辛抱していただけるならば、それをお話ししたい。 らしてるのは、お互いにまともに紹介されてないからだって言うの かい」 外の、灰色で霧のかかった砂漠から暖かい所へ通じる大きな扉を くぐると、フィオン 「我が子よ」と、度肝を抜かれた聖なる。ハトリックが慌てて言い マク・クーメイルに率いられたフィアンナ 「お前にはまるで : : : 」 は、真紅の寛衣と頭巾を着けて、背が高く頑強そうな人々に暖かく 「たってさ」と間を置かずオイシンは言葉を継ぎ、「そういうこと迎えられた。みな、整った顔に快い徴笑をうかべ、親しみやすかっ なら、そんなやつは俺にとって神でも何でもない。 こちらから願いた。代表者たった者が口を開いた。「フィオン・マク・クーメイル 下げだ」 よ。大歓迎だ。我らが大王が諸君の到来を前もってお教えくださっ 聖なる。ハトリックが跳び上がるようにして立った。「我が子よ、 たので、極上の肉と極上の蜂蜜酒の大いなる宴を仕度しておいた。 我が子よ、ロをつつしみなさい」 それから、かわいそうな諸君の骨まで滲み込んだ冷気を抜き、体中 「つつしんだともさ」とオイシンは言い、 ハトリックを指でさしの寒気を払うように、暖かい火も起こしておいた。何はともあれ、 て、「それと、いつまでも『我が子』呼ばわりするんじゃない。俺諸君にはぬくぬくと暖かい風呂だ。それから上質の暖かな衣服。そ の名はオイシン・マク・ ハトリックじゃないし、その上、俺の方がれから大広間で食物と飲物だ。そこで我らが大王にお目にかかるが お前より三百歳も年上なんだからな」 よい。さあ、来たまえ、諸君。私が案内しよう」 ぎよくずいめのうべに そこで彼に従って廊下を進むと、壁は、玉髓や瑪瑙や紅玉髄や柘 このあとの二人の言い争いを、詳しくお話ししても意味はない。 何年にもわたる長い間、思い出したようにむし返されたのだから。榴石や紅玉などの宝玉をあしらった豪奢な飾りで輝きわたり、天井 実をいえば、二人が死ぬまで続き、ということはつまり、ずいぶんの横桁は純金に覆われて、松明の光をうけて燦として輝いた。フィ 長く続いたのである。そして、議論が続いた主な理由というのは、 アンナのうち誰ひとりとして、壁にかかっているような綴れ織りを 二人がまったく異なる時代に育ったために、お互いに相手の言い分見たことがなかった。綴れ織りは、極彩色で狩りや戦さを描き、金 が完全には理解できなかったということなのである。今日これは糸銀糸で織りなされていた。フィアンナのうち、ひとりとしてこれ ジェネレーシ三ン・ギャツ・フ 《世代の断絶》と呼ばれているが、三百年という世代の断絶が、 ほどの荘厳さ壮麗さを夢にも見たことがなかった。一同は畏敬の念 まさしく大きな断絶であることは認めざるを得まい に打たれて眼を瞠り、歩みを進めながらも一言も口をきかなかっ さて、オイシンと聖なるパトリックとの間の、こんな議論が、フた。 ィアンナや、そのフィアンナの王フィオン・マク・クーメイルの身こうして一同が連れて行かれた宿舎は、白壁のアルムにさらに半 に起こったことに何のつながりがあるのか、とお尋ねになる方もい分倍加したほど広く、一千倍も美麗で、ここで各人は大理石の浴槽 ろいしるび 2 9
「でもジョン・リーはちがっていたわ , 嗚咽の合間に、彼はそれた「スー ! こんなエロチックなもの見たのは生まれてはしめて , けの言葉をふりし・ほるようにしていった。 ポルノじゃないの、文字通りー こんなのいつまでも見ていたら、 「そう、そのとおりだったわね。でも、おとなりさんになっただけあたし、どうしていいかわからなくなっちゃう」彼は芝居がかった じゃない。まだ、あたしたちの友たちょ。会いたいときに会える仕草でふりかえり、ジョン・リー の照れた笑い顔を見つめた。 「わたしたって見てるとちょっと恥かしくなるわ」スーも認めた。 「でも同じじゃないわ。あの子の面倒を見るのは、あたしじゃなく「エロチックな妄想の悪口なんていえたものじゃないわね」 てスーなんだもの ! ああ、ディジー ・メイ」彼は嘆いた。「子供その絵は、暗い沈んだ色を基調にしていた。だがどこからか一条 を失うというのがこういうことたったら、あたし、もう二度とお母の光が落ち、椅子に深く沈みこんたジョン・リー を照らしている。 さんなんかになりたくないー 足の一本は尻に敷くようにおかれ、もう一本はぶらんとしている。 その朝、スーは新しい絵にとりかかった。「ゆうべのようなのが片手は太ももにあり、もう一方の手は、膝にいるオレンジ色の猫を しいわね」と彼女はジョン・リーにいオ 「うたたねしながら、 なげやりな感じでなでていた。眠たげで官能的な顔の表情。絵の前 椅子にぐったりとすわって、 ハンキンを膝にのせてるところ。た に立つものを射すくめるような目。それは無心な小鹿の目だが、同 だ、あの服装じゃ駄目」二人は、彼のなけなしの持ち衣装の中を漁時に発情期の雄鹿の目でもあった。 った。やがて彼女が選んだのは、カーキ色のジーンズと半袖のスウ「これは : : うう : : : 他の人たちの前では見せないでしよう ? 」ジ ェット・シャツだった。そしてジョン・リーに坐り方を見せると、 ーがおずおずといった。 から 「靴はぬいで。わたし、足のフェティシズムがあるの」彼女はジョ 翌朝めざめると、べッドのとなりは空だった。彼は眠い目をこす ノ・リー の足の裏にするりと爪を走らせた。彼は足を思わず引き、 り、スーの枕にのった置き手紙をひらいた。それには男性的ななぐ 笑いながらスーをつかまえると、膝に抱きよせた。スーはすこしのり書きで、こうあった、「ジョン・リー、 わたしの恋人。今日はサ あいたキスされるままになっていたが、すばやく身をひいた。 ンディエゴに行ってきます。あなたをおこしたくなかったの。今夜 「もういいわ」と笑って、「落ちついて。わたしたち、仕事があるおそく帰ります。スー」 のよ」 彼女がもどったとき、ジョン・リーは眠っていた。彼女はペッド 「はーい」彼はとりすまして、 ししポーズを作るとにつこりした。 のふちに坐り、彼の胸の上で軽く手をすべらせた。「ジョン・リ よかった、と彼女はひそかに思った。ゅうべのことは後毎してい 。起きなさい、 ないらしい ッドの上で身をくねらせた。「スー ? ・」っぷやきがもれた 「驚いた ! 」新しい絵が完成し、それをはじめて見た瞬間、。 ( ール が、目はあかない。寝返りしてうつぶせになり、目をさますまいと は金切り声をあげた。彼は目をむき、両手を自分の体にまわした。 心に決めたように顔を埋めた。 4 6
「それはおごりだよ」 いのだろうか。 「すみません、ウオレンさん」 「なんてこったー ウオレンは小声でいった。つかのま座席に沈み 「かまわんさ。うう : : 街へ来てどれくらいになるんだね ? こんだが、そこで結論に達したようたった。「そうだ、うう : 「ちょっと前に着いたばかりです。コンチネンタル・トレイルウェ 。思いだしたことがある。今夜はどうも泊めてやれそうもな イズで、カンザスのミラーズ コーナーズから」ジョン・リーに いよ。実をいうと、急がなくちゃならん。すまんな」 は、まだ自分のいる場所が信じられなかった。だから声にたして言 「いいんです、ウオレンさん。おっしやってくれただけでも感謝し った。「ロサンジェルスに来てよかったと思います」 ています」 「もう泊る場所はきめてあるのかい ? 」 「楽しかったよ。じゃあな」彼はあたふたと歩き去った。レジの前 そこまではまだ考えていなかった。「 でとまるのが見えた。男の姿が消えると、レジ係はジョン・リーに いいえ。まだです」 ウオレンはほほえみ、すこし気をゆるめたようたった。調子はむかってうなすいた。 上々だ。もっとも、この坊や、いなか臭いところをちょっとオー 「うまくいったじゃないの、ジョン・リー・ 。ヒーコック坊や」きれ 1 にやりすぎてるが。「今夜は心配しなくていい 。うちに来て、あ いな南部なまりの声が、耳もとでささやいた。ふりかえると、鼻を した、さがしに行くんだ」 ぶつけそうな近さに、にやにや笑う黒い顔があった。「タ食おごっ てもらって、おねんねしなくてもいいなんて」 「すみません、ウオレンさん。助かります」 「えっ ? 」何のことかわからない。 「いいんだよ。うう : : どうしてロサンジェルスに来たんだね ? 」 シートの背もたせの上に、また一つ、今度は白い顔が現われた。 ジョン・リーはロにほうばった食べものをのみこんだ。「おとと 「すわっていいかな ? 」ウオレン氏の口調をみごとにまねて、その ママが死んで。死ぬ前に、うちから逃げだすお金をくれたんで 顔がいった。 「ええ、 いですよ」男たちは通路をまわり、むかい側にすわっ 「しばらくボーチに坐って、休みたいの」それが最後の言葉だっ た。二人とも、カットサンガー氏に負けないくらいひょろひょろし 「ロサンジェルスとセント・ルイスのどっちかで、先に来たのがロていた。すこし変な歩き方をするのが気になった。 黒いほうがいった、「あたしパール、こちらはディジー ・メイ」 サンジェルス行きの・ハスだったから。彼は暗い思い出をわきに押し 「こんばんは」ディジー ・メイは、ありもしないガムをかんでい やった。「で、ここにいるんです ! 」 ウオレンは見つめた。その顔はもう笑っていなかった。「きみはる。 いくつなんた ? 」 「ほんと ? 」にやにやしてジョン・リ 1 はきいた。 0 、 , / 0 「一月で十五になりました」かわりにウオレン氏の年をきいてもい 「ほんとって何が ? 」とノ 3 4
にかわって、その この人道主義的な海軍のなかで、わたしは国際セールス・コンサル全にわたしの頭から拭い去られていたのだが とし々しい、臭気ふんぶんたる、ぎごちない動きとはくらべものにな タントとして、かっフアハマン て、あながち重要でなくもない地位を占めているのだ。それを思うらないなめらかさと、静かさと、それにほとんどひけをとらない速 デア・ファーテルラント いや、高邁な偉業さで走行していた。二プロックほど先で、ときおりそれらの輝く電 と、わが祖国の成し遂げたこのエーデル 交換所 気自動車が、大きな銀色のアーチをくぐって即席・ ( ッテリー に、わたしの胸は正当な誇りにふくらむのであった。 わたしはまた、なんら記憶をさぐったり、驚いたりすることなしにはいってゆき、またそのアーチをくぐって出てきては、さながら 夢のような車の流れに加わるのが見てとれた。 ートのエンパ に、《オストヴァルト》号の全長が、一、四七二フィ わたしが満足げに吸いこんだ空気は、新鮮で、さわやかで、スモ イヤ・ステート・ビルの高さ、プラス繋留塔ーーー塔とはいえ、なか にエレ・ヘーターが通るだけの幅も厚みもあるーーの高さの、二分のツグの名残りすらなかった。 こころもち数の減ったように思える歩行者が、依然としてわたし 一以上にもなることを知っていた。そして、ベルリンのツェッ ントウルム ( 飛行船塔 ) が、これよりもわすか数メートルしか低くの左右をせわしなげに行き来していたが、その身のこなしには、以 ないことを思って、またしてもわたしの心は誇らしさにふくらん前にはなかった威厳と礼儀正しさがあり、また、そのなかに多数の だ。わがドイツは、たんなる数字上の記録などにこだわることはな黒人がまじっていて、白人とおなじりつばな身なりをし、おなじ穏 、そうわたしは自分に言い聞かせた。そんなものを競うまでもなやかな自信をただよわせているのが目をひいた。 ただひとつ、かすかな不協和音をかなでたのは、黒服を着た長身 く、ドイツの圧倒的な科学的、技術的業績は、全世界に鳴り響いて の、青白い、どこかやつれた風貌の男がいて、その男がまぎれもな いるのだから。 いへ・フライ系の顔立ちをしていることだった。手入れこそよいが、 ところで、これまで話したことは、文字どおりほんの一秒ほどの あいだに起こったことで、わたしはいささかたりとも活発な歩調をややみす・ほらしい感じの地味な服を着、薄い肩を猫背ぎみにかがめ た陰気な男だったが、その男を見たとき、わたしは彼がそれまでじ ゆるめなかった。視線をおろしたとき、わたしは快活にロのなか 「イチュラント っとわたしを観察していて、わたしと目が合うと、とたんに視線を で、『ドイツよ、世界に冠たるドイツよ』を口ずさんでいた。 わたしの目にはいる・フロードウ = イは、完全に変貌していた。もそらしたという印象を受けた。ふと、なんとはなしに、息子から聞 いた話が頭に浮かんだ。つまり、これはごく内々に、冗談めかして っともそのときは、はるか上空の悠揚せまらぬ《オストヴァルト》 の存在、ヘリウムによって浮揚しているその巨大な長円形の船体同ささやかれていることだが、昨今、ニ = ーヨーク・シティ・カレッ スチャン・カレッジ・ナウ・イディッシュ しまやユダヤ人のキリスト教大学〃 様、そのことにいささかも不自然な点があるとは思えなかった。銀ジーー。略して OOZ* ーー・は、″、 色に輝く無数の電気トラックや・ ( ス、自家用車などが、つい数秒前と言われているというのだ。この当意即妙さに、わたしは思わずく田 まで存在していたガソリン車ーーといっても、その記憶はすでに完くっと笑ってしまったが、これが悪意ある忍び笑いというより、老 ・トイチュラント つまりエキスパ
「ドグラ・マグラ」 ( ハヤカワ・ポケット・ミステリ ) 表紙 ・ HAYAKAWA, をドグラマグラ も と評価を避けている。それに対して、権田萬治氏は、 この作品では夢野久作の宿命の美学は極限まで推し 進められ、人間の崩壊の一歩手前まで来ている。人間 の主体性は全く失われ、いつの間にか、私が私自身で この小説からは、筋を拾おうとしてはいけない。探 『ドグラ・マグラ』という狂気小説は、僕には批評の 資格のない 、よく分らぬ側の作品だが : ・ ( 略 ) 僕の偵小説と銘打ったものだが、筋を度外視せよというの は、甚だ非常識であるけれども、実際筋も十分にあ 不感性の部分に入っているのかも知れない。 、探偵小説的トリックと謎も有っていながら、『ド ( 「探偵文学」一九三六年五月号より ) グラ・マグラ』の与うるものは、筋よりもその狂気染 みた感銘である。読者は一度キチガイにさせられてし まこと まう。寔に一大奇書というべきである。探偵小説のエ クストリミティにどっかと坐って、怪奇小説の壁に背 中を凭りかからせ、怪奇小説の方をニタニタ不敵に笑 いながら眺めている作品である。筆者は面白く読んだ 作読本〉より ) と、あまり高く評価はされていないし、江戸川乱歩と高い評価をしている。そうかと思えば大下宇陀児の ように、 石 五 年 七 月 生 十 野 久 た 夢野久作氏の『ドグラ・マグラ』は、われわれ仲間 を呀ッといわせ、或る人は探偵小説への冒漬限りなし とも言い、また或る人は夢野さんはすこしここへ来て いるのじゃないかなアと頭を指した人もあったが、私 はあの形式こそ上述の解答の一形式ではないかと思 ( 「新青年」一九三五年八月号より ) なくなってしまい、宿命の糸が操り人形のように私を 動かしてしまうのだ。狂気の世界を描いた小説でこれ ほど現実感に富む作品を私は知らない。 ( 「みすてりい」一九六四年十月号より ) と、この作品を絶賛し、日本界の父海野十三もま 74
て、ハングマンを研究所に戻し、拭き清め、そしてスイッチを切っ 「きみは家族もちか ? 」彼は訊いた 9 いいえ」 た。オペレーター・ステーションを閉めた。みんなすっかり酔いが「 さめてしまった、 「小さな子供を動物園に連れていったことがあるか ? 」 「ええ」 彼は吐息をつき、椅子の背によりかかり、長いあいだ黙りこんで 「ではきっと経験があるたろう。わたしの息子が四つのとき、ワシ それから、「これを話したのはきみがはじめてだ」 ントン動物園に連れていったことがある。わたしたちは全部の檻の わたしは酒を味わった。 前を歩いて通ったと思う。子供はときどきわかったような注釈をの 「それからライラの部屋へ行った」彼は言葉をついだ。「そのあとべ、質間をし、猿を見てげらげら笑い、熊はとてもすてきといった きっと特大のおもちやを思いうかべたのだろうね。だが、その のことはご推察の通りだ。あの男を生きかえらせる手段はなにもな いとわたしたちは判断した、しかし起ったことをだれかに話せば、 中でいちばんよかったのは、いったいなんたとおもうね ? あの子 、あれを見て : : : と 莫大な金のかかった重要な計画を挫折させることになるだろう。わをびよんびよん飛びあがらせ、「ねえ、 これはあの子にいわせたものは : : : 」 たしたちは、更生を必要とする犯罪者というわけではない。 わたしは首を振った・ 一生に一度のたわむれで、それがたまたま悲劇的な結末をとげたの だ ? きみならどうしたかね ? 」 「木の枝で下を見おろしているリスなんだよ」彼はそういってクス 「わかりませんね。きっと同じことをしたでしよう。ぼくも怖くな リと笑った・「なにが重要でなにが重要でないかということに関す ったでしようから」 る無知。不適当な反応。無邪気。ハングマンは子供たった、そして わたしが引きつぐときまで、彼がわたしたちから得たものは、それ 彼はうなずいた。 がゲームだという考えたけだった。彼はわたしたちと遊んでいたん 「その通りだ。これが事のてんまったよ」 だ、それだけのことだ。そしてなにか恐ろしいことがおこった : 「それで全部ではないでしよう ? 」 きみには知ってもらいたくない、子供がきみの手につかまって笑っ 「それはどういう意味だ ? 」 「ハングマンはどうしました ? あなたはこうおっしやった、あれているあいだに、子供に対して何か下劣なことをやってしまったと はすでに未成熟ながら意識をもっていたと。あなたはあれを意識しきの気持を : : : 彼はわたしの反応をすべて感じとった、そして彼を ていた、あれはあなたを意識していた。あの出来事に対するなんらもとの場所へ導いていくティ・フの反応も」 かの反応があったにちがいありません。どういうふうでしたか ? 」 わたしたちは長いあいだそこにすわりこんでいた。 「畜生め」彼は元気なくいった。 「こんなわけでわたしたちはーー彼に外傷をあたえてしまったの 「申しわけありません」 だ」彼はようやく口を開いた。「あるいはもっと特別な用語を使っ
んまり長くやっているものだから、われわれはいささか不安になつ前に立 0 ていた。明らかに彼は、これがわたしの挑戦すべき相手だ 昻奮のいくばくかがいくらか正気に返り、みんな、なと考えたのだ。わたしは背を向け、すぐそばの壁に自分の出口をこ てきた。 んという愚かしいことをやっているのだろうと思いはじめた。これしらえて、とびだそうという欲求をおさえつけた。わたしはドアの ところに戻って外を見た。 がわれわれのキャリアを台なしにするーーじっさいしてしまったー ーというだけではなく、こういう高価な装置本体で遊んでいるこ人影は見えなかった。わたしは体を外へ出しはじめた。外へ出た とたんに、ライトがわたしを照らしだした。懐中電灯だった。警備 とがばれたりしたら、プロジェクトそのものを瓦解させてしまうだ ろう。少くともわたしはそう考えた、そしてまた、マ = イがみんな員が、見えないところに立っていたのだ。もう片方の手に銃をもっ を出しぬこうというまことに人間的な欲望にとりつかれて操作を行ていた。わたしは恐怖におそわれた。わたしは彼をなぐったーー反 射運動。もしわたしがだれかをなぐるとしたら、力いつばいなぐる なっているのはまちがいなかった。 ノグマンのカで彼をなぐってしまったと ノグマンをもとの場所に戻し、接続を切だろう。ただわたしは、 ( 、 冷汗がでてきおった。ハ、 、うわけなのだ。おそらく即死だったにちがいない。わたしは走り りーーー最後の回路が入る前なら、まだそれができるーーーこちらのスし だした、そしてセンターの近くの小さな駐車場に戻ってくるまで止 テーションは閉して、そんなことがあったことを忘れてしまいた 、わたしはとっぜんそう思った。わたしはマ = イに、気散じはそまらなかった。そしてわたしは止った、みんなはわたしをオペレー れくらいにして、コントロールを渡せとせまった。とうとう彼は同ター装置からひきずりださねばならなかった」 「ほかのひとたちは、それをモニターしていたんですか ? 」わたし 意した」 は説いた。 彼は酒を飲みほすと、グラスをさしだした。 「ああ、わたしが引きついでからすぐに、だれかが、サイド・スク 「おかわりをくれないかね ? 」 リーンのスイッチを入れたのだ。ディ・フ、だとおもう」 「かしこまりました」 わたしはおかわりをもっていき、自分のにもちょ「と注ぎたし「みんなは、あなたが走っているあいだに、あなたを止めようとし ましたか ? 」 て、椅子に戻ると、話の続きを待った。 「いや。なにしろ、わたしは、自分がなにをしているのかわからな 「そこでわたしが引きついだ」彼はいった・「引きついだはいい かった。しかしあとになってみんなは、ひどいショックを受けたの が、いったいあの馬鹿はわたしをどこへ置いていったとおもうね ? わたしは建物の中にいた、それが銀行であるのに気づくには、まばで、わたしがカつきるまで、ただ見守っているばかりだったといっ たよ」 たき一つする間もいらなかった。ハングマンは道具をたくさんもっ ていた、マニイは明らかに、なにもこわさすに、ドアをいくつもく「なるほど」 ぐりぬけさせることができたようだった。わたしは、本金庫のすぐ「それからデイプが操作を引きついで、最初のルートを逆にたどっ