や実は、化石として残らないから、知られていないのである。 る文字がある。パトロール隊員は、十ケットから、三角のプレート とっ・せん、エベレットは、歩を止めた。丈高い羊歯の葉をかきわをとりだした。ソネ博士のキャン。フ跡にあった、ドロマエオサウル けたところ、目と鼻の先に、奇妙な緑色のものを見つけたのであスの墓に置かれていたものたった。 る。とっさに、ジュリも、銃を抜いて横にとんだ。 「この装置をセットしたのは、あの異星人かしら ? 」 その緑色のものは、丸い胴と三角の覆いのついた姿で、そこに置「そうとしか考えられない。 エ・ヘレットは、うなずいた。 かれていた。その本体から枝のようなものが伸びている。 。しーし どこから来たのだろうか ? 工べレットは、あたりになにもないことを見定めてから、銃を手あの異星人 ? かれらは、 いったい、なんのために、地球史に介人しようとしているのだろう にして近よった。明らかに人工のものたった。だが、周囲の景観と 調和するように、あるいは、そこを通る動物に不安を与えないためか ? 次々に疑間が湧いてきた。 か、緑色に塗られているのだった。上方に伸びている枝は、アンテ ナのように見える。 異星人の目的は、不明だった。かれらは、エベレットたちを攻撃 工ペレットは、そのものが、動かないことを確認して、ゆっくりしたばかりでなく、恐竜の死体を埋葬したり、観測器機を設置した と顔を近づけた。べつだん警報装置のようなものは、セットされてりしている。筋道をたてて考えてみると、かれらは、なんらかの目 いないらしい 的をもって、飛来したと考えることができる。 集落へ戻った二人は、観測器機のことを、サエキには黙ってい 胴の脇にガラスがはまっていて、内部がよく見える。なかには、 た。いたすらに恐怖を与えたところで、サエキを苦しめるだけたか 名もしれぬ機械がつまっていた。 らである。 「あけてみたら ? 」 ジュリが、手を出しかけた。 サエキは、恐竜人の食性について、勢いこんで喋りだした。かれ 「待て ! 」 らは、豊かな食性を持っている。クルミ、イチジクなど植物性のも 工べレットは、彼女の手を押さえた。 のから、虫、魚、他の恐竜にいたるまで、幅広い雑食性である。 アンモナイトと魚を食うタ食には、サエキになついたらしい仔竜 この装置が、なんのために置かれているか、判ったからである。 が、四、五匹くわわっていた。工べレットは、当面の大問題が心に どうみても、観測器械としか思えない。おそらく、気候を定時的に チェックしているモニターであろう。 かかっていたので、サニキの古生物学上の発見に興味を示すゆとり 工べレットは、胴をのそきこんで、きゅうに食いいるような目付はなかったが、仔竜たちをまじえて、賑やかな食事をとることで、 になった。そこに、文字が刻まれていたからである。それは、かれ心が安まるのを感じた。 の知るいかなる文字とも合致しない。い や、ただひとつだけ合致す翌朝、エベレットとジ = リは、ふたたび朝早くからでかけた。ハ 225
杉の林のところから、さらに五、六キロすすんたところに、別の針ように見える。 葉樹の林がある。その近くである。 「ジュリ、来てくれ、この・ハギーが使えるかもしれないぞ」 工ゾミカサ竜の死体は、すでに腐敗しはじめていた。空気が乾燥工べレットは、ジュリを呼びよせた。二人がかりで揺さぶってみ しているので、腐臭はそれほど耐えがたいものではない。しかも、 ると、横転したボディが動く。 工べレットが、さらに、 恐竜人たちが飽食したあと、白亜紀の死体処理班が、豪勢な宴会を ハンターを呼びよせると、三人の恐竜人 びらいたあとがある。肉はあらかたなくなり、そこから先の解体作は、見よう見まねで、作業に手を貸してくれた。 まもなく、・ハギーは、向こう側に倒れ、正常な位置を回復した。 業は、昆虫に委ねられている。 コクビットにとびのってみると、そこは損傷を受けていない。 恐竜人たちは、巨大な御馳走のあとには、目もくれなかった。幅 二本の操繰桿のようなものが突きだし、三角形のメーターが 広い雑食性をもっているが、腐肉食の習慣はないらしい。誇りたか い戦士たちにとって、腐肉を食うことは、タブーになっているのか配置されている。そこに書かれた文字は、三角形の墓誌や、観測器 機にあったものと、まったく同じだった。 もしれない。 林に沿って進むことは、未知の敵に発見されないためにも、有利「ヴィンス、動かせる ? 」 「ああ、動かせると思う。このメーターは、エネルギーの残量を示 であった。工べレットは、油断なく進んでいった。白骨の剣をもっ た ( ンターも、用心ぶかく歩いてくる。このあたりは、かれらの領すものにちがいない」 工ペレットとジュリは、顔を突きつけるようにして、メ 1 ターポ 界のはずれにあたるらしい ドを、覗きこんだ。ハンターたち恐竜人も、好奇心をむきだしに ーティは、草原をぬけて、次の林の近くにさしかかっ 五人のパ た。 = べレットは、上空を警戒しながら、心覚えの方角に足を運んして、丸い目をせわしなく動かしている。 工べレットは、レ・、 ーの裏側に、ひとつの抓を見つけた。どうや かくざ ら、それが、始動装置らしい。引いてみると、ほとんど無音に近 まっさきに目に入ったのは、横転して擱坐したままの敵のバギ 1 い、かすかな震動がおこった。 だった。たが、エベレットは、そのあたりに、ある変化が起こって 「動くそ ! 」 いることに気づいた。附近の羊歯や雑草が、押しつぶされていた。 工べレットは、歓声をあげた。ここで移動する手段を手にいれた 「タイムマシンが、着陸したんだわ」 さきゅき ジリが、近よった。着陸ギアを出さずに、ダイレクトに機体をことは、先行プラスになるにちがいない。 「ヴィンス、異星人の死体が、見あたらないわ」 接地させたらしく、円形に草が押したおされている。 ジ = リが言った。・ ( ギーを転倒させたとき、二人の異星人が乗り 工べレットは、敵の・ハギーに近よった。ジュリが放ったビーム こんでいた。そのうちの一人の死体を、こちら 2 ハギ 1 に積みこん で、後半が破壊されている。ボディの裏側には、破壊は及んでない つまみ 228
すことができない。 酋長が、きえーっという声をあげた。空気を切りさくような鋭い 酋長は、きえーっという声をあげ、べレットを振りおとそう声である。集れ、あるいは、聞けーーーというような命令の意味の言 2 2 と、あたりを狂いまわった。そのうち、曾長は、く / ランスを狂わ葉にちがいない。工ペレットは、危難が去ったことを知り、大きく せ、横ざまに倒れこんた。だが、エベレットを、振りもぎることは肩で息をしながら、ジ = リとサエキのところに歩みよった。 できない。 酋長は、集落の全員を近くに呼んだ。小屋のなかから、幼体が走 工べレットは、酋長の喉にナイフを擬し、浅く横に引いてから、 りだしてくる。小さいのは、四十センチくらいしかない。酋長とエ 刃をひっこめた。分厚い皮膚を切りさきはしたものの、頸動脈にはべレット の死闘を見まもっていた住民たちも、近よってくる。 到っていない。 曾長は、何事か喋っている。またしても、ンギロという共通の単 工べレットは、巨体をつきのけて、立ちあがった。蹴爪で地を掻語がとびたした。 いている酋長を見おろし、はっきりと言いわたした。 群のなかで、長についで大きいのは、狩人の・ホスである。 「おまえの負けた。おれは、おまえを、殺すことができた」 三人の人類は、恐竜たちを、見まもっていた。酋長と狩人だけ 工べレットよ、、 なしま一度たたか 0 ても、勝てる自信があ 0 た。もは、ひとりでに、名がついた形である。だが、他のやつらを識別す ちろん、そのときには、 = べレットのナイフが、酋長の頸動脈を切ることは、難しかった。 断するにちがいない。 曾長は、なにごとか咆えたてた。ようやく立ちあがり、輩下にむか って、ビンポン玉のような眼を、ギョロつかせていた。酋長の言葉は、 なにかの文章になっているようだった。そのなかに、ンギロという ドロマエオサウルスが、群ぐるみで移動していった先は、森林の 共通の単語が、一度だけまじっていた。通訳よ、、らよ、。 = = 。しオし = べレ手前のテイラノサウルス・レックスの死体のところたった。あまり ットには、酋長の言わんとしたところが判った。それは、カとカ、 にも大きすぎる獲物なので、集落まで運べないからである。 命と命をぶつけあって、戦った同士だからこそ判ることであった。 ここまで来る途中、チーフは、キャンプのあとを通りかかり、あ 「おれは、おまえが、ンギ口を斃したことを、信用する」 るゼスチアを示し、エベレットに語りかけたが、言葉が通じない 酋長は、まさしく、そう言っているにちがいない。 のでなにも判らなかった。 老いたドロマエオサウルスの瞳から、殺意が消えていた。工ペレ 工ゾミカサ竜の死体は、そのままになっていた。傷は二カ所しか ットは、それを見届け、ナイフをベルトの鞘に戻した。狩人のポスない。分厚い頭蓋骨の唯一の弱点である側頭窓と、第二の脳である は、近よってきて、 = ペレットを、まじまじと見つめた。かれらに腰椎神経節とを、中性子ビームで射抜かれているだけである。 は、明らかに、知的好奇心が備わっているらしい チーフは、ヒッコリ ーの杖で、用心ぶかく巨体をつついてから、 さや
たようである。 ・ハギーのボディは、エベレットが考えていたほど完全ではなかっ た。ジュリのビームによって転倒したとき、ボディに歪みが生じた茶に白の斑紋がある。斑と名づけたのは、サエキであった。 らしい 「他部族に襲われたにちがいない」 きわめて安定が悪く、ともすれば転倒しそうになる。工べレッ 工べレットは、呟くように言った。ここに見られる惨殺死体に トは、扱いなれないマシンをだましながら、ともかく、集落のあるは、未来の兵器は使用されていない。置きざりにされた人類とは別 丘まで辿りついた。徒歩では、三、四時間かかった距離も、バギー の、この世界の対立する部族に襲われたと考えるべきである。 ッ 「サエキー に乗れば数分の行程にすぎない。 工べレットは、集落の入口に。ハギーを乗りあけて停止した。 工べレットは叫んだ。どこからも答えはない。生ある者の気配 左右から降りたっと、血なまぐさい臭いが、たたよってきた。 は、ことごとく抹殺されている。 二人の人類は、歩を止めた。かれらの唯一の味方であるはすの、 工べレットとジュリは、油断なくあたりを見まわした。兇行を演 進化型ドロマエオサウルスの集落は、静まりかえっていた。 じた襲撃者は、すでに退去したあとなのだろう。動くものの気配は よ、つこ。 葉を葺いた屋根が、かさこそと微風に揺れていた。小屋のまえ に、アンモナイトの身が、打捨ててあった。 とっ・せん、小屋の角を曲がったところに、ひとつの姿が現われ 小屋のあいたに足をふみいれると、倒れ伏した形が、目につい た。それは、大の字なりに地に伏している。 た。血溜りのなかに死んでいる成竜の腹に、白骨の剣が折れて、突「サエキ ! 」 きささっていた。 工べレットは、呼びかけて、走りよった。その傍らで、ハンター さらに進むと、二十体ばかりの死体があった。 が声をあげた。 こわね 「プチーツ 恐竜の声は、長く尾をひいて、遠吠のように聞こえた。その声音 には、原初的な悲しみの感情がこもっていた。 ジュリが走りだした。行手の小屋のまえに、トさな体が、ちちこ ( 以下次号 ) まって転がっていた。まるで、ポロ雑布を投げすてたようである。 ジュリは、その小さな死体を、腕に抱きとって戻ってきた。だが、 丸い目は、すこしも動かない。尾も脚も、だらりと垂れさがったま まである。 「・フチ」 ジュリは、呟いた。昨夜、夕食のとき、三人の人類に、うるさく つきまとっていた幼体である。とりわけ、サエキには、なついてい ぶち 2 引
だが、もう一人の死体は、放置しておいた。 「やつらが、タイムマシンを着陸させ、収容していったのだろう。 工べレットは、手短かに答えてから、ジュリをうながした。敵の 移動手段を手にいれはしたものの、草原のまっただなかで停車して いれば、タイムマシンが飛来したとき、すぐさま発見されてしまう だろう。 エ・ヘレットは、、 ′ンターたちに手を振って、・ハギーを発進させ 進化型のドロマエオサウルスは、すばらしい走りをみせた。パギ ーのかたわらを、しなやかで優雅な姿を躍動させながら、平行して 走っていく。ギーの速度計を読めないので、正確には判らない が、時速三十キロ以上はでているだろう。 エネルギー効率の低い爬虫類は、フルスビードを持続して走るこ とはできない。〈ビやトカゲの捕食行動は、瞬発的なものにすぎな 恐竜人は、速く走りつづけることができる。温血の効率のいい代 謝系のためである。 工べレットは、かれらが一直線に走る姿を、はじめて目撃した。 それは、完成した種が見せる均勢のとれた動きたった。攻撃力を完 全に犠牲にして、走るという方向たけに適応したストルシオミムス のような、駝鳥型恐竜は、推定時速八十キロで走ることができる。 優美なランナーの疾走を、見まもっている暇は、なかった。工べ レットが、すぐにバギーを停止させたからである。 そこには、破壊のあとがあった。そこで、・ ( ギーが破壊され、べ レジノイが死んだ。まさに、その地点である。 工べレットは、・ハギーを降りて、破壊孔から四、五十メートルは こ 0 好評発売・中 探偵説の歴史やトリッワ中想の 正規の講義はなりては片手落ち 探偵小説も説てある以上 そこには人生の諸局面ガあらわれる とりわけ男と女の研究はガガせない 海外ミステリの魅力を 新鮮な角度ガらひき出し 軽妙な語りてこ紹介ヴる 好評ェッセイ『夜間飛行』の姉妹篇。 課外授業 ミステリにおける男と女の研究 青木雨彦 四六版予価九八〇円 229
サエキは、たったいま覚えたばかりの唯一の単語を口にし、手に 光景たった。 「ええ、確かにそのとおりです」サエキは、非を認めてから続けした銃を叩いてみせ、それから、ミカサ竜の死体を指で示した。そ た。「自分の生命が脅かされた場合にしか、使ってはいけないと言れから、エベレットのほうを振りむき、小声で告げた。 われて、この銃を渡されました。そのことは、よく判っているつも「かれらは、言語を持っているんです」 サエキの声は、はずんでいた。古生物学の専門家としては、い りだった。でも、・ほくは、あの場面にとびださないわけこよ、 かった。いや、今では、後悔しています。とびだしたことを、ではすぐにでも、おどりあがりたい気持なのだろう。 恐竜が、言語を持っている ! 門外漢のエベレットには、俄かに なく、な・せ、もっと早くとびだして、かれらを救わなかったかを、 は信じられない事実だった。 「ンギロ、ンギロ、ンギロ」 生残りの戦死たちが、たったひとっしかない共通の単語を口に 工べレットは、黙ってうなずいただけだった。航時法の禁令は、 ーツというような声をあげた。おそらく、歓声 かれらが、元の世界に戻れたとぎ、はじめて効果をもつ。タイムマし、それから、キエ とが をあげたつもりらしい シンを失った今、サエキの不用意な行動を、咎めだてする理由は、 工べレットにも、その場の成行は、よく理解できた。 なにひとつ見当らなかった。 「ンギロ」 サエキは、かれらドロマエオサウルスの危機を、神に等しい力を とつ。せん、ドロマエオサウルスの一人が、進みでて言った。白骨行使して救った英雄なのである。 の剣で、エゾミカサ竜の死体をさし示した。 ドロマエオサウルスの一人が、エゾミカサ竜の肩にとびのり、傷 ロのところに剣をさしこみ、一片の肉をえぐりとってきて、サエキ 「ンギロ ? 」 にむかってさしだした。 サエキが訊きかえした。 、その上等の贈り物を受けるんだ , 「ンギロ」 工べレットは、サエキに助言してから、自分もミカサ竜の背にと ドロマエオサウルスは、もう一度、同じ単語を繰りかえしてか ら、なにやら叫びはじめた。鳥の啼き声のような声音で、聞きとりびのり、ナイフをふるって肉片を切りとってきた。 「このレアのステーキを、やつに渡せー にくいところもあったが、ある種のイントネーションのようなもの 工べレットは、肉片をサエキに渡した。サエキは、言われるまま を備えている。あきらかに、ドロマエオサウルスの戦士は、三人の 闖入者にむかって、なにかの意志を伝えようとしているようであにした。 相手の戦士と、サエキは、同時に肉片にかじりついた。それは、 る。 一種の儀式だった。同じ肉を食らい、血をすすることによって、盟 「ンギロ」
てきた。見慣れぬ挑戦者を、頭から見くだしているようだった。 とが、すなわち権威になりうる。 ヒッコリ の胸に擬せられる。その瞬間、人 ーの杖が、エベレット 群の支配者は、もっとも年老いている。だが、老化しているとい 間は、ナイフで、杖の柄を打った。杖は、恐竜の手をはなれて、落 うことではない。かれの強靱な脚には、必殺の蹴爪が健在であり、 ちた。かれらは、剣や杖をかまえても、肩の関節の形のため、下か 鋭い歯も衰えてはいない。 大きなドロマエオサウルスが、咆えながら近よってきたので、サらすくいあげるような動きしかできない。杖を振りおろすことはで きないのである。 エキは、とびさがった。あきらかに挑発しているのである。 ちなみに、人間は、上手投げで物を投げられる、唯一の動物で 爪も牙も尾もなく、なま白い皮膚をもった動物が、どうして、ン ある。ゴリラやチンパンジーも、ものを投けられるが、下手投けし ギ口を殺すことができようか ? もし、それが本当だというなら、 あかし かできない。 自分と戦って証をたててみせるがよい。 恐竜の曾長は、権威の象徴を叩きおとされ、牙をむきだして唸り 曾長の挑むような大きな眼は、そういっているように見えた。 工べレットは、サエキをおしのけ、腰のナイフを抜きとり、酋長声をあげた。かれらに屈辱という感情があるかどうか、よく判らな い。だが、すくなくとも、かれは、ある挑戦を受けたことを、はっ と向かいあった。 きり感じとっている。 「ヴィンスー もし、おれがやられたら、あいつを射殺尾も蹴爪もない、生白い皮膚をもった動物が、不敵にも挑んでき 「退がっていろ、ジョー。 た。その動物は、いかにも弱々しく見える。ぶよぶよした軟かそう しろ」 な肉は、獲物として捕えるに値するといえる。 工べレットは、叫んだ。 進化型ドロマエオサウルスは、攻勢にでた。大きくジャンプし タイム。ハトロール隊員として、東アジア世界に勤務しているエベ レットは、これまで、数々の死地を掻いくぐってきた。まったく文て、片脚の蹴爪をふりかざした。片脚で・ ( ランスをとれるというこ とは、大きなトカゲなどには不可能である。小脳、延髄、神経節な 化の異なる異民族と相対して、習慣の相違を痛感したこともある。 たが、いま、かれのまえにいる、東アジアの住人は、かれの経験どが、高度に機能する・ ( ランス感覚をつくりだしているからであ る。 がまったく通用しない相手たった。 エ・ヘレットは、斜め後方にとびさがって、蹴爪をかわした。かれ ここには、力しかない。カたけが、すべてを支配する。 工べレットは、中性子銃を使用することをためらった。もし、こらの戦いぶりをよく知っていたからである。パトロール隊員は、東 こで奇妙な武器を使えば、たとえ酋長を斃したところで、住民の信アジア勤務で得た知識を、思いがけぬところで利用することになっ 頼を得ることはできないと、判断したからである。 タイやインドネシアの闘鶏では、脚の蹴爪に、ナイフをしばりつ 酋長は、杖を突きたして、エベレットのほうに、ゆっくり近よっ こ 0 ンドスロ
能な年齢になれば、体の成長が止まるが、恐竜は、そうではない。 確かにイチジクの実である。現生のものよりずっと大きく、毒々 幼体成熟の傾向すらあり、繁殖したのちもさらに大きくなる。 しい色をしている。その芳しい匂いをしたって、蠅のような昆虫 つまり、ここにいる進化型のドロマエオサウルスのなかでも、い が、あたりをとびまわっていた。 ちばん大きいやつが、それだけ年齢を重ねていることになる。 工べレットも、一個を手にとった。生肉を食らったあとだけに、 ドロマエオサウルスの戦士たちは、ゆっくり歩いてくれているよ白亜紀のイチジクは、喉にしみるように美味だった。 うだった。人間のスビードに合わせているつもりらしい。もし、か 一行が歩きはじめたとき、エベレットは、サエキに真相を打ちあ れらが、時速四十キロに達するスビードを発揮すれば、 いかなる人けようと思った。だが、若者は、戦士のリーダーとならんで、先へ 間もついていくことはできない。 行ってしまった。おたがいに、通しないことを知りながら、なにや 「道が違うわ」 ら熱心に喋りこんでいる。 首をひねったのは、ジュリだった。先を行く戦士たちは、い 二十分ばかり歩くと、もはや、真相を隠すことはできなくなっ こ 0 工ペレット ; 、 力もっとも行きたくない方向に、向かいつつあった。 このまま、草原をすすんでいけば、設営キャン。フのところにでてし「ヴィンス、タイムマシンは ? 」 まう。工べレットは、そこへ戻って、生存者を探す希望を、きのう さすがに、サエキも不審に思いはじめたらしい。もう、そろそ 閃光と原子雲を目撃した直後に、捨ててしまっていた。いまは、むろ、設営キャンプが、見えても、 しいころだと言いたいのだろう。 しろ、なにも知らないまま、生きた標本にかこまれ、有頂天になっ 工ペレットは、カなく首を振った。 ふち ているサエキを、落胆の淵に落としこむことを、恐れていた。 「いったい、・ とうしたんですか ? 」 「設営キャンプの方角ですね ? 」 サエキは、せきこんで訊いた。工べレットは、ためらってから、 サエキは、無邪気に問いかけてきた。研究者らしく、あたりの地直相を告げた。 形を、よく観察していた。 「基地は、壊減した」 学 / ーし 工べレットが、答えることをためらっていると、先方の戦士たち「壊減したってー どういう意味ですか ? 」 が、立ちどまった。そのあたりに、それほど丈の高くない木が、 サエキは、ひきつった声をあげた。 五、六本はえている。戦士の一人が、のびあがって、下枝から実を エ・ヘレットは、昨日のことを、すっかり説明した。門外漢のサ工 もぎとった。 キは、閃光の意味を理解していなかった。かれにとっては、その直 「イチジクだ」 後におこったべレジノイの死のほうが、はるかにショックだったた サエキが、声をあげた。戦士は、赤紫色の果肉を口にあてがってめ、そこまでは、気がまわらなかったのだろう。 謎のタイムマシン、あるいは宇宙船は、設営キャンプに核攻撃を 2 ー 3
っこ 0 五人の犠牲をだしたところで、すでに逃げさっていたはすである。 テイラノサウルスは、突如、咆哮した。それと同時に、重量感に だが、かれらには、戦士としての矜持すら備わっているかに見え あふれた体驅に似あわしからぬ敏捷な動きを見せ、移動しはじめた。この凶悪無比、貪虐兇穢な巨危を葬りさることに、決死の使命 こ。ドロマエオサウルスは、総崩れになった。踏みとどまって戦お観すら抱いているとすらいえた。 うしろから忍びよった一人が、襲ってくる尾で叩かれ、五、六メ うとする者も、たちまち鉄の顎で血祭りにあげられた。かれらの白 ートルを、はねとばされた。その隙に、前方からとびこんだ一人 骨の剣を振るう暇すらなかった。仮りに、その暇があったとして も、その脆い切先が、分厚い表皮を突きやぶれるはすもなかったろが、巨竜の腹に剣をつきたてたが、有効な打撃にはならぬまま、後 脚で踏みつぶされた。 「ヴィンス、このままでは、かれらは、全滅してしまいます」 「ヴィンス、見ていますか ? 犠牲者が五人になった」 サエキが叫んだ。 サエキが、上気した顔をむけた。 「うむ」 「ああ、一部始終を見届けるつもりだ」 工べレットは、うなすいた。 工べレットは、うなずいた。死闘を見守るうちに、 ドロマ〒オサウルスの戦士たちには、ある種の悲壮美すら感じら ドロマエオサウルスに、感情移入すらしていた。 れた。人間くらいの大きさのしなやかで優美な姿は、崇高なものに 「かれらは、可哀相だわ」 すら見えた。おそらく、かれらは、全滅するまで、戦いをやめない ジュリが呟いた。 ・こザつ、つ。 「そうです。かれらは、巨大な洞穴熊と戦うネアンデルタールみた いなものです。いや、あの敵は、かれらにとっては、洞穴熊以上の暴竜は、かれを狙う相手の数が減ったことを知り、これ見よがし ノオカテイラ / サに朝の食事にとりかかった。たったいま殺したばかりの死体を、巨 恐るべき相手だ。洞穴熊は、せいせい六メートレ。こ : 、 ウルスは : : : 」 大な顎で噛みくだき、肉をくらい血をすすった。 サエキが、興奮した声をあげた。そういえば、かれは、犠牲者が侮辱された小さな戦士たちは、猛りたって攻撃にでた。しかし、 五人と言った。あきらかに、ドロマエオサウルスに、心を奪われか数が減少した今、一糸みだれぬ統制も、威力を発揮しなかった。 工べレットの傍らから、サエキが駈けだしたのは、そのときたっ けているにちがいない。 勇敢な狩人たちは、ひるんた様子もなく、包囲の輪をつめた。実た。若い古生物学者は、まっしぐらに走りぬけ、ドロマエオサウル 際、かれらは、狩人以上のものだった。強敵をまえにしたかれらスのそばに立ちならんだ。 0 ・ 工べレットは、声をかける暇もなかった。さきほど、エベレット 0 は、捕食者としての原初的な本能のままに、行動しているのではな とジュリが、危機に陥ったときですら、サエキは、生きた標本に見 かった。もし、かれらが相手を豪勢な肉の山だと考えているなら、 、刀 いつのまに
ないらしい。親は、仔を所有するという感情を持つには至っていな内だけでも、調査しておく必要がある。 いのたろう。 工べレットは、海のほうに向かった。集落から、それほど遠くな 2 サエキが、仔竜を抱きあげても、親は、 いっこうに無頓着であ いところに、広い浜辺があった。左手のほうに、遠く岬が見える。 る。 そこからしばらく行ったところに、別のドロマエオサウルスの部族 「ヴィンス、可愛いですよ」 が棲んでいる。 サエキは、腕のなかの仔竜を、エベレットのほうに、さしだして 七、八キロも隔たっているだろうか、岬のほうにむかって、海岸 ふところ みせた。仔は、ちょっと身をもがいて、キーキーと啼き声をあげ線は大きく弧を描いている。懐の浅い湾になっているのである。 見渡すかぎり、大海原が拡がっている。海上にも、砂浜にも、異 爬虫類は、ほとんど啼かない。声をだすのは、恐竜にもっとも近様なものは見当らなかった。 いといわれる鰐たけである。そして、鳥類は、ほとんど総て啼く。 〒べレットとジュリは、ゆっくり浜辺を歩きはじめた。足許で大 声をたすという能力も、恐竜への進化の過程で獲得したものであ粒の砂が、かさこそと音をたてる。 る。 なにひとつ人工のものは存在しない。太古そのままの自然であ = べレットは、サ = キの手から、仔竜を受けとっている。仰向ける。こうしてみると、海は、人の心を畏怖させる威厳を持ってい に抱くと、手足をもがいて、自由になろうとする。よく動く丸い目る。工べレットは、この男らしくもなく、感傷的になっていた。 が、愛らしい タイムマシンも・ハギーも失い、両脚だけを頼りに歩いていると、 「ほんとうに可愛いわ , 自然の偉大さに対する人類の矮小さを、痛いほど思いしらされる。 ジュリ・ムギンガも、目を細めた。 七千万年前、つまり、かれらがいる時代は、恐屯時代の終焉期に サエキは、仔竜を受けとり、観察に戻っていった。 あたる。しかるに、野に山に放散した恐屯は、力強く生命を謳歌 ドロマエオサウルスの集落へやってきてから三日目、エベレットし、いまだに翳りを見せていない。一億五千万年にわたって、地球 とジュリは、集落の外へでてみることにした。 上に君臨した王者たちが、絶減の過程に入りはじめているなどと サエキは、恐竜に夢中たが、二人のパトロール隊員には、心配しは、とても信じられない思いだった。 なければならないことがあった。 集落の南へまわってみるつもりで、二人は海岸をはなれた。なた 異星人のタイムマシンの動向である。あの見慣れぬタイムマシンらかな斜面を登り、小灌木のなかに歩をすすめると、ふたたび花の は、我が者顔にあたりを飛びまわっている。その結果、基地は核攻香が戻ってきた。熱帯を思わせる植物相で、イチョウ、イチジクな 撃を受けて全減し、・ ( ギーは破壊され、べレジノイが死んた。同じど、なじみのある木々のほかに、およそ半分は見慣れない草木が生 悲連が、いっ三人を見舞うか判らない。集落のまわりの歩ける範囲えていた。見たこともない花や実が、あたりをいろどっている。花