「この岩の裏側だ」ェイモスがさけんだ。 み、行く手には渦巻く闇が待ちかまえていたからだ。 ほのかな橙色のうす明りが、ごっごっした大岩のてつべんを黒く「北風はいまここにいるんだろうか」ジャックがささやいた。 浮きあがらせている。ふたりは、・ほろばろ崩れてくる岩棚の上を、 すると、ふたりの前で、ひゅうひゅうごうごうという唸りと、雷 そっちへ急いだ。大岩によじ登ってみると、光はその先にある岩の鳴のようなとどろきが聞こえ、闇の中から声がいった。 壁の奥からもれていることがわかり、こんどは四つんばいで這い登 「わしは北風た。たしかにわしはここにいるそ」 った。両手の下から、小石や氷のかけらがころころ転がり落ちてい 一陣の風がふたりをおそった。石盆の上の火はきりきり舞いし、 った。壁を乗り越えると、いまではいっそう強くなった光が、つぎジャックのかぶっていた水夫帽は吹き飛ばされて、闇の中に消えて の尾根の上からさしていた。何千フィートとも知れぬ谷底に落ちる 、った。 まいとして、ふたりは一心不乱に登りつづけた。ようやく岩棚の上「あんたはほんとに北風 ? 」ェイモスがたずねた。 に体を引き上げ、息を切らしながら横によりかかった。はるか前方「いかにも。わしはほんとうに北風だ」雷鳴のような声が返ってぎ では、橙色の炎がいくつも明るくまたたき、そしてふたりの顔を照た。「さあ、わしがきさまらを徴塵に吹き飛ばし、世界中にまき散 らし出していた。寒風が吹きすさぶ中でも、ふたりの顔にはまたい らさないうちに、きさまらの名を名乗れ」 まの努力で汗が光っていた。 「おれはエイモス、こっちにいるのが、遠い虹の国の王子のジャッ 「さあ行こう」ェイモスがいった。「もうすこしだ : : : 」 ク。おれたちがあんたの洞窟に迷いこんだのは偶然のしわざで、ぶ すると、六つもの方角から、声が返ってきた・ーーさあ行こう、もしつけなことをするつもりは、まったくなかったんだよ。ただ、月 うすこしだ : : : もうすこしだ : : : すこしだ : が沈んでしまったもんだから、これ以上登れなくなったとき、ちょ ふたりは顔を見合わせ、ジャックは思わずとびあがった。「そううどここの明りが目についたというわけさ」 すると、いまいるここはまちがいなくあの : : : 」 「きさまらはどこへ登るのだ ? 」 しまいるここ すると、ふたりの耳にまたこだまが返ってきた こんどはジャックが答えた。 「この山の頂きです。そこに鏡のか はまちがいなくあの : : : まちがいなくあの : : : あの : けらがあると聞いたので」 「いかにも」と、北風はいった。「あそこには鏡がある。ぎさまら 「 : : : 北風の洞窟だ」ェイモスがささやいた。 ふたりは火のほうに向かって、ふたたび歩きだした。あたりは真やわしがはたからよけいな心配をする必要がないほど、偉大で年老 暗で、洞窟はむやみと大きいため、火明りがあっても、天井や奥の いた恐ろしい魔法使が、一年と二日前に、鏡をそこに置いた。彼を 壁はまったく見えなかった。火そのものは、中のくぼんだ巨大ない 山の頂きまで運びあげたのは、ほかならぬこのわしだ。彼が百万年 くつかの石盆の上で燃えていた。それらは警告のために置かれてい 前にわしに示してくれた親切、つまり、玄妙な魔法でわしのために るらしかった。なぜなら、火のすぐむこうで洞窟の床が急に落ちこ この洞窟を作ってくれたことに対するお礼としてな」 6 6
つ」 「すると、こっちのはどういう宝たね ? 」好奇心でいつばいのエイ 5 モスはたずねた。 それから一行は船に乗りこんだ。もう長いことペンキを塗りかえ 「こっちの宝は幸福た。わたしと、わたしのいちばん身近で大切な てないため、どこの板もすっかり天色たった。灰色男はエイモスを友たちにとってのな」 自分の船室へ連れていき、ふたりはテープルをはさんで腰をかけ「あんたはどうやってそれを見つけるつもりだい ? 」 「鏡の中にそれがある」灰色男よ、つこ。 冫しナ「三つの鏡の中 や、三つに割れた一枚の鏡の中、というべきかもしれん」 「これが地図だ」 「さて」と、灰色男はいった。 「どこでこれを手に入れたんだい ? 」ェイモスはきいた。 「割れた鏡とは縁起が悪いね」ェイモスはいった。「だれが割った 「わたしの最大最悪の仇敵から盗んだのだ」 んた ? 」 「これはなんの地図だい ? 」ェイモスはきいた。自分の知らないこ 「きみやわたしがはたからよけいな心配をするにおよばないほど、 とがたくさんあるときには、できるたけたくさんの質問をすべきだ偉大で年老いた恐ろしい魔法使のしわざだよ」 ということを、心得ていたのだ。 「この地図にはどこに鏡のかけらがあるかが書いてあるのかね ? 」 「これはたくさんの土地と、たくさんの宝のありかの地図たよ。そ「そのとおり」灰色男はいった。「見たまえ、われわれはいまここ れを見つけるのに力をかしてくれる人間が、欲しかったのた」 にいる」 「その宝というのが、さっきあんたがおれに話した、あの真珠や黄「どうしてわかる ? 」 「地図がそう教えている」灰色男が答えた。まさしくそのとおり、 金やダイヤやエメラルドなのか ? 」 「ばかばかしい」灰色男よ、つこ。 。しナ「エメラルドやダイヤや黄金や地図の片隅には大きな緑色の文字が出ていたーーーココ、と。 真珠なら、もうすでにたくさんあって、始末に困るぐらいだー 「たぶん、思ったよりも近くと、こいつの上と、あのなこうから二 リーグ手前に、鏡の破片は隠されているのだ」 そういうと、灰色男は戸棚をあけた。 ェイモスは目をばちばちさせて、棒立ちになっていた。何千とい 「あんたの最大の幸福というのは、その鏡をのそくことなのか ? 」 う宝石が床にこぼれおち、赤、黄、緑に、きらきらと輝いたのだ。 「それが、このわたしと、わたしのいちばん身近で大切な友だちに 「手をかしてくれ。もう一度戸棚へ押しこもう」灰色男がいった。 とっての最大の幸福になるだろう」 「あんまり色あざやかなので、長く見ていると頭痛がしてくる」 「よくわかった」ェイモスはいった。 「いっそれを探しにでかける そこでふたりは宝石をもとに押しこめ、戸棚のドアに背中をあてね ? 」 がって、ようやく閉めることができた。ふたりは地図の前にもどっ 「夜明けの深い霧に太陽が隠され、あたりがこの上もなく灰色に見
をとりあげた。 ちで語りあい、冬の嵐の訪れには、立ちあがって帽子をぬぎ、わし 「どうたい、朝めしまでに片づきそうかな ? 」ェイモスがちらと太にあいさつを送るだろう」 陽を見やりながらきいた。 北風は、魔法使から最初に洞窟を作ってもらってからこのかたは 「もちろん片づくさ」王子はツル ( シを振るいはじめ、氷のかけらじめての、幸福な気分を味わっていた。 が彼のまわりに飛び散った。凍えるような寒さの中でもシャツを脱山の頂上は、麓よりも早く夜が明けるものだが、この山はあまり がすにはいられないほど、彼は汗みすくで働いた。 一心不乱に働、 にも高いため、ふたりが麓に着いたときは、まだ太陽はまったく昇 たので、一時間たらずで氷の塊は二つに割れ、そして中から出てきっておらす、朝食までにはたっぷり半時間もの余裕があった。 たのは、まさしくあの鏡の断片たった。疲れてはいるがにこにこ顔「あんたは急いで牢へ帰ったほうがいい」 = ィモスはいった。「あ で、王子はそれを氷から抜きとり、エイモスに渡した。そして、シ んたが帰りつくだけの時間をたっふり見てから、おれも船にもどっ ャッと上着をとりにいオ て、卵とソーセージにありつくことにするよ」 「用意ができたよ、北風」ェイモスはさけんだ。「さあ、自分をの そこで王子は岩のあいだを岸へと駆けもどって、こっそり船に這 そいてみればいし いあがり、一方、エイモスは日の出を待った。日が昇ってくるのを 「それでは、まともに太陽にむかって立てー北風は、エイモスの上見て、彼は船にひきかえした。 にそそり立っていった。「わしはそれを自分で見るより先に、ほか のだれにも見せたくないのだ」 そこで、エイモスとジャックは、まともに太陽にむかって立ち、 そして、大きく荒々しい北風は、うすくまって鏡に映る自分をのそ しかし、船では、その夜にかぎって、万事がエイモスの計画どお 、た。彼はそこに見えたものに満足したにちがいない。 というのりに運んではいなかった。灰色男は、またエイモスの濡れた衣服の は、ふたりをもうすこしで頂上から吹き飛 ' はすほどの大笑いを、長ことが納得できず、そして、水夫たちにエイモスがたれをいっしょ いあいだつづけたからた。それから北風は一マイルも上に跳びあがに連れていったかを問いつめたすえに、自分で拘禁室まで降りてい り、三度とん・ほ返りをうってから、ふたりの上に舞い降りてきて、 ったのた。 ふたりをつかみあげ、自分の両肩にとまらせた。ェイモスとジャッ 拘禁室ですぐに目についたのは、牢番がおらす、囚人もいないこ クが濃く長い髪の毛にしつかりつかまると、北風は山肌にそって舞とだった。激怒した灰色男は監房の中にとびこみ、隅にあった毛布 い降りながら、ごうごうとさけんだ。 の塊をひき剥がしはじめた。すると毛布の中から、さるぐっわをは 「いまからわしは、自分が何者でどんな姿をしているかを、すべてめて縛りあけられ、遠い虹の国の王子の色あざやかな衣裳を着せら 9 の木の葉に告げ、すべての波に囁こう。秋には彼らがそれを仲間う れた牢番が、ごろんと転がり出てきた。ジャックがエイモスといっ
うん。 科学者が書いたという感しがある、そこがいいんでしような。 石原社長がだれだか、あまりよくわからないんですけども。 それで読者の反響はどうなんです ? 評判は ? ほくがイメージにおいてい 石原そうですねえ。まあ、だいたい、・ 上役がひとりかふたりいて ( 笑い ) 。 るのは、まあ、どちらかというと、理科好きに近いような感じの 石原ええ、それでヒノとシオダという、まあ新入社員がいて、そ 学生さんあたりを頭においているんですけどねえ : : : 意外に年輩 の方が読んでおられますね。 ほかの社員はいっこうに働かないですな。 反響が相当あるでしよう ? 石原ええ、そうです、非常におかしいところです。それがいろん な惑星にふしぎな事件があるといって、まあ解決すると。たいて石原そうですね、いやそんなに反響があるというほどのものでも い宇宙人が出てくるわけです。で、惑星の性質と宇宙人を、その ないですけど。 つど考えていくというところです。 でも、ほかのものよりヒノ・シオダもののほうに反響が多いん じゃないですか ? それでも、入られてからだいぶなりますわなあ、あのふたり は。車輪生物はおろか、光速で飛ぶ生物を見つけたりして : 石原要するに、あれが続いていないと淋しいと、そういう感じの 石原ええ、そうなんですね。まだなんか、ペえペえのような : ・ あれですねえ。そういう人が多いですから、まあ、多少マンネリ ぎみの感じもなきにしもあらずですけども、まあ頑張って書いて いるということですね。 それで、入社後何年ぐらいになっとるんですか、あの中では ? あなたが科学者として、まあ書くものの中ではそうは科学に拘 もう相当になっとるんじゃないですか ? 宇宙船の往復たけでも 泥もされないでしようけれど : ・ : 非常に科学的な式が入ってくる 時間はかかるし。 ものがありますわね。 石原ええ、もう相当たってますね。十二年にはなってますね。 石原ええ、よくあるんですよ。 十二年勤めてまだペえペえですか、かわいそうに、気の毒に。 それで : : : ほかの作家の書いたものの中で、あの人の使っ いくら就職難の時代とはいえ。課長も部長もあまり働いてくれな ている科学は怪しいそ、などというのは、ずいぶんあるんじゃな いみたいだし。 いですか ? 石原まあ、なんといってもあれは、宇宙人と宇宙人による : : : ま あ、なんといいますか、ええ、科学的というか、非科学的という石原いや、そういうのはないんじゃないですかねえ。 日本人作家では、科学的にだれがいちばんしつかりしているん か、そういう事件が主人公ですね。 ですか ? ズといっておられるわけ ? それで、あなたはあれを惑星シリー 石原うーん、そうですねえ、科学的にといっても科学解説ではな 石原そうです。福島さんがそう名づけられたので : 92
「たれでも好きなのを連れて行け」と、灰色男。「きみがあの鏡をのあいだ、ふたりはただせっせと登りつづけた。一度、ジャックが 持ってくるかぎり、文句はいわん」 っと足をとめ、銀色の海をふりかえってなにかいったが、エイモス すつぼり厚着にくるまった水夫は、一巻きのロー。フを肩にかけには聞きとれなかった。 て、エイモスといっしょに歩きだした。 「なんていった ? 」ェイモスは、風の唸りに負けまいと、大声を張 りあげた。 もし灰色男がサングラスを掛けていなかったら、山のほうばかり をじっと見つめて、一度もふりむこうとしないこの水夫に、どこと「こういったんた」王子も大声でどなりかえした。「月をごらんよ なく見お・ほえがあるのに気づいたかもしれない。しかし、サングラ スを掛けているため、彼はなんの疑いもいだかなかった。 そういわれてエイモスも後ろをふりかえり、そして白い円盤がゆ つくりと沈んでいくのを見てとった。 ェイモスとすつぼり厚着にくるまった水夫は、タ陽に赤く染まっ ふたりはいっそう足どりを早めて登りはじめたが、それから一時 た岩の上に降り、山の斜面へと歩きはじめた。灰色男はふたりを見 送りながら、 間もすると、月のいちばん下側は、海の縁から下に沈んでしまっ いったんサングラスを上にすらしたが、またすぐもと た。ようやくふたりは、、 力なり大きな岩棚にたどりついた。そこな にもどしてしまった。ちょうど日没のいちばん金色まばゆい時間に あたっていたからだ。日が沈むと、こんどはもうなにも見えなくなら、風もあまり強くない。ただ、そこから上は、まったく登れる道 がなさそうたった。 った。しかし、それでも灰色男は長いこと手すりに立ちつくしてい プルン たが、やがて、闇の中の音が彼を黙想から呼びさました ジャックはしっと月に目をこらし、ため息をついた。「もしこれ ヴフムー が昼間なら、ひょっとすると遠い虹の国まで見渡せるんじゃなかろ うか」 ェイモスとジャックは、夕暮れの中をひたすら登りつづけた。闇「そうかもしれない」と、エイモスはいった。しかし、ジャックに 心から同情をよせてはいるものの、元気のよさを失わないことが大 のとばりが降りて、最初ふたりは先に進めないのではないかと思っ たが、冴えた星明りがごっごっした岩の上にもやを作り、しばらく切なのを、彼は心得ていた。「だけど、山のてつべんから見れば、 して月が空に昇った。それからあとは、登るのがすっと楽になつもっとはっきり見えると思うな」 たが、彼がそういったとたん、最後の月明りがまたたきして消え た。まもなく風が吹きはしめた。最初は、そよ風が、ふたりの衿を ひつばった。つぎに、もっと荒つぼい突風が、ふたりの指をチクチた。いまや星・ほしさえもが消え去り、ふたりの周囲は文字どおりの ク刺しはじめた。最後に、横なぐりの烈風がふたりを岩にべったり真暗闇たった。強まってきた風の中で、物かげを探そうとふたりが 押しつけたかと思うと、つぎの瞬間にはひき剥がしにかかった。ロ向きをかえたとき、エイモスがさけんた。「明りが見える ! 」 ー ' フは実に役に立ったし、どちらも文句はいわなかった。何時間も「明りってどこに ? 」ジャックがさけんだ。 5 6
だした。だが、彼が空地の中へ足を踏み入れたとたん、一角獣は鼻れほど教えが身についたかを知るため、わたくしに三つの質問をし を鳴らし、前脚をかわるがわる地面に打ちつけた。 ました。わたくしは三つとも正しく答えましたが、その質問はこれ 「もたもたせずに、てっとり早くいただこうかー灰色男はそうひとまでどんな男や女が聞いたのよりもむすかしいものでした。いまか りごちた。だが、彼が前進するのと同時に一角獣も前進し、そしてらわたくしはあなたに、それより十倍もむずかしい三つの質間をし 灰色男は、一角獣の鋭い角の先端が、 シャツの灰色の布地すれすます。それが三つとも正しく答えられたら、あなたは鏡を持ってい れ、ちょうど彼のへそのあたりに迫ってきたのに気がついた。 ってよろしい」 「それでは、横へまわるとしよう」灰色男はいった。たが、彼が右「きいてくれ , 灰色男はいった。 へ動けば一角獣も右へ動いた。彼が左へ動けば、一角獣もおなしこ 「では、その一」と、リーア。「あなたの左肩のすぐ後ろに立って とをした。 いるのはだれですか ? 」 鏡から笑い声が聞こえた。 天色男は左後ろをふりかえってみたが、目にはいるのは花園のき 「だれもいない」と、彼はいった。 灰色男は一角獣の肩ごしに目をこらした。鏡の中に見えたのは、 らびやかな色彩だけだった。 「その二」と、リーア。「あなたの右肩のすぐ後ろに立っているの 彼自身の姿ではなく、若い女の顔だった。若い女はたのしげにいっ はだれですか ? 」 「残念だけれど、一角獣があなたを通さないかぎり、あなたがその灰色男は右後ろをふりかえり、サングラスをはすそうとしかけ 鏡をとるのはむりなようですね。というのも、この一角獣は、あな た。だが、そこで、そうするまでもないと思いなおした。目には、 たやわたくしがはたからよけいな心配をするにおよばないほど、偉るのは、たくさんの色のごっちゃになった塊だけだったからた。 大で年老いた恐ろしい魔法使が、ここへ置いていったものだからで 「だれもいない」と、彼はいった。 「その三」と、リーア。「彼らはあなたになにをしようとしていま 「では、この強情な動物に道を通させるために、わたしはなにをしすか ? 」 なくてはならないのた ? 早く教えてくれ。わたしは急いでいる上「だれもいないのだから、なにもしようとはしていないさ」灰色男 よ、つこ。 に、頭痛がしてかなわない」 なしュ / 「あなたは自分がそれにふさわしいことを、証明しなくてはなりま「あなたの答は三つともまちがいでした」リーアが悲しげに告げた。 アはいっこ。 と、だれかが灰色男の右腕をつかみ、別のだれかが左腕をつか せん」リ 1 「それにはどうすればいし み、ふたりで彼を仰向けに引き倒し、つぎに彼をうつ伏せにひっく りかえして、後ろ手に縛りあげた。ひとりが彼の両肩を、もうひと 「あなたは自分がどれほど利ロであるかを示さなくてはなりませ りが彼の両足をかかえあげ、そしてふたりはさっそく林間の空地へ ん。わたくしがこの鏡から自由になったとき、わたくしの師は、ど 3 7
をついた。 「・ほくはジャック、遠い虹の国の王子。それから、この人はエイモ 「これは遠い虹の国の色だ」 ス」と、ジャックが答えた。 ジャックはそれ以上なにもいわなかったが、エイモスはすっかり「わたくしは王子にふさわしい女です」水の中の顔がいった。「わ 彼が気の毒になった。ふたりは沼地の真中にむかって足を急がせは たくしの名はリーア」 じめた。「うん、たしかにまるつきりの灰色しゃないね」と、ジャ こんどは丁ィモスがきいた。 「なぜあんたは王子にふさわしいん ックがいった。かたわらの木の根株では、緑と灰色まだらのトカゲ だね ? それと、どうしてそんなところにいるんたい ? 」 が赤い目をばちくりさせてふたりを眺めていたし、頭上には金色の ア。「第二の質問は答えやすいけれど、第一のは 「ああ」と、リー スズメ・ハチがぶんぶん飛びまわっていたし、上から見ると灰色の蛇そう簡単ではありません。なぜならそれは、あなたがたやわたくし がするするとふたりに道をあけ、オレンジ色の腹を見せたりした。 がはたからよけいな心配をする必要がないほど、偉大で年老いた恐 ろしい魔法使から、ちょうど一年と一日前にたすねられたのと、お 「それにあれを見なよ ! 」ェイモスがさけんた。 なし質問だからですわ」 行く手に高くそびえた樹々のあいたから、銀色の光がもやの中に 立ちの・ほっている。 「それであなたはなんと答えました ? 」ジャックがきいた。 「光る池だ ! 」と、王子がさけび、ふたりは急いで走りたした。 「わたくしは人間の言語のすべてが話せるし、りりしく強く美し 思ったとおり、ふたりがたどりついたそこは、丸い、銀色の池のく、どんな男をも助けて国を治めることができる、と答えたので 、そし 縁だった。池の中からは、大きな蛙たちがふたりにむかってしわがす。すると、魔法使は、わたくしのことを誇りが高いといい 、ました。でも、それから彼 れ声で鳴きたて、泡が一つ二つ、水面に昇ってきた。ェイモスとジて、誇りが高いのは良いことだといし 、つしょに水中をのそきこんた。 は、わたくしがどんなふうに鏡の中の自分の顔をのそくかを見て、 、そして、うぬ・ほれが強い たぶんふたりが予想したものは、池の底の藻や小石の間できらきわたくしのことをうぬ・ほれが強いといい ら輝いている鏡たったかもしれない。それとも、池に映る自分たちのは悪いことで、それがわたくしのふさわしい王子からわたくしを の影だったかもしれない。だが、そのどちらも見えなかった。その遠ざけているのだ、といいました。彼の話によると、すべての物の 代りに、若く美しい娘の顔が、水面の下からふたりを見上げた。 輝く表面がわたくしたちをひき離しており、ある王子が鏡のかけら ジャックとエイモスは、けげんな顔になった。娘は笑いたし、泡を一つに合わせることができるまで、わたくしは自由の身になれな いのですって」 がさんざめきながら立ちの・ほった。 「では、・ほくがあなたを救うその王子ですよ」ジャックがいった。 「あんたはたれだい ? 」ェイモスがきいた。 「ほんとうにあなたが ? 」リーアはほほえみながらたずねた。「わ それに答えて、泡の中から声が聞こえた。「あなたがたはどなた たくしが中に囚われている鏡は、この池の底に横たわっています。 6
「さて、鏡はどこにあるんだい ? 」ェイモスはそうたずねて、あた けいな心配をするにはおよばないとしても、ほめられたことではな りを見まわした。 かったからた。 昇りそめた太陽が、雪と氷の上に銀のしぶきをふりまいている。 北風はしばらく闇の中をぐるぐるまわり、つぶやいたりうめいた りしてから、ようやく答えた。 「一年前にわしが魔法使をここへ運びあげたとき」と、北風が頭上 から答えた。「彼は鏡をそこへ置いた。だが、雪と氷がその上に積 「よろしい。わしの両肩につかまるがよい、きさまらをこの山のい ちばん頂上まで運びあげてやろう。鏡をのそきおわったら、そのあもってしまったのだ」 ェイモスと王子は、地上にできたこぶから雪を払いのけにかかっ とは、また、自力で降りていけるところまで、運びおろしてやる」 こ覆われた下から、きらきら光る清らかな氷が現われ ェイモスとジャックは、すっかり有頂天になった。北風は唸りをた。白い雪冫 こ、それそれ両た。それはたいそう大きな塊たった。痩せた灰色の男が持ってい 上けて岩棚の縁へ近。つき、ふたりは彼の背中づたい冫 いトランクほども大きかった。 肩へよじ登った。ふたりが彼の濃く長い髪の毛にしつかりつかまるる、あの黒 と、北風の巨大な翼の羽ばたきが、洞窟の中をごうごうとどよもし「鏡は、きっと氷の真中にあるにちがいない」と、ジャックはいっ こ。軍く水の塊をふたりが見つめているうちに、その内側でなにか た。もし魔法が働いていなかったら、石盆の上の火も吹き消されてナ、一 しまったにちがいない。巨大な翼の羽毛がおたがいにすれあう音が動き、そして愛らしい娘の姿になった。それは、あの池の中から ふたりの前に現われたことのあるリーアだった。 は、鋼鉄と青銅のぶつかりあうひびきさながらだった。 リーアはふたりににつこりとほほえみかけていった。 北風は洞窟の中を舞いあがり、出口へと急いだ。洞窟の天井はふ 「あなたがたが第二の鏡のかけらをとりにきてくたさったのはうれ たりの目に見えないほど高く、その奥の壁もふたりの目に見えない しいけれど、それはこの氷の塊の中に埋まっているのです。むか ほど広いのに、北風の髪の毛は天井にふれ、足の爪は床をこすり、 そして彼が闇の中へ舞いあがるのといっしょに、翼の先にふれた大し、また少女だった頃、わたくしは氷の塊を砕き割って、母がその 前夜、冬の舞踏のあいたに落したイアリングをとりもどしたことが 岩が両側で崩れ落ちていった。 あります。あの氷の塊は、これまでどんな男も女も見たことがない 彼らは雲を突きぬけた高みで旋回し、ふたたび星・ほしが、ビロー ほど冷たく堅いものでしたが、この塊はあれより十度も冷たいので ドの闇にまき散らされたダイヤモンドの粉のようにきらめいた。北 風が長い長いあいだ飛びつづけているうちに、とうとう太陽が地平すよ。それでもあなたは砕き割るおつもり ? 」 「やってみます」ジャックはいった。「ひょっとすると、・ほくはそ 線のむこうから金の矢を射こみはじめた。太陽の丸い球が海の縁か らなかば顔をのそかせる頃、北風は左の岩山に片足をおき、右の尖のために死ぬかもしれない。しかし、そうするよりほかにないので 峰にもう片足をおき、そして身をかがめると、中央にある最高峰のすから」 そういうと、ジャックはふたりが山登りに使った小さなツルハシ 頂きにふたりをおろした。 8 5
鏡をとりにはいった。一角獣はいそいそと彼らを中に通した。このスもうまい知恵が出てこなかった。 4 ふたりがリーアの質問に答えられたたろうことは、疑いがなかった「出帆た、地図の上のいちばん灰色で陰気な島へ向かえ」天色男は 7 から。 さけんだ。 いうまでもなく、このふたりの片方は、遠い虹の国の王子の衣裳「出帆 ! 」水夫たちがさけんだ。 をーー・袖から緑の小さな当て布がちぎれ、真赤なケー。フには細長い 「島へ着くまで、わたしの休息のじゃまをするな」天色男はいっ 裂け穴ができていたがーー上半分だけ着こんだェイモスだった。彼た。「きようはつらい一日だったし、頭が割れそうに痛いんだ」 は低い茂みの後ろに立っていたので、灰色男にはくすんだ色のズボ灰色男は第三の鏡のかけらを自分の船室へ持ち帰ったが、頭痛が ンが見えなかったのだ。このふたりのもう片方は、おなじ衣裳の下ひどくて、破片をつなぎ合わせてみる気にならなかった。そこで、 半分だけをーーー片足の白い革の・フーツだけはなくなっていたが 最後の破片をトランクの上におき、アス。ヒリンを何錠かのんで、横 身につけた、ジャック王子その人だった。彼は低く張り出した枝のになった。 後ろに立っていたので、天色男には腰から上が見えなかったのだ。 鏡をぶじに手に入れるとーー・灰色男のこうもり傘とサングラスも 忘れずに拾いあけてーーーふたりはいまきた道をもどり、灰色男を船 へ運んでいった。ェイモスの計画は、うまく成功したようだった。 地図の上のいちばん天色で陰気な島には、大きな灰色の陰気な城 あれからふたりは船底を泳ぎ出て、もう一度外から船内に忍びこ があり、大きな灰色の石段が、海岸から城の入口までつづいてい み、だれにも見られすに灰色男の船室から衣裳をとりもどしたの た。これが痩せた灰色の男の陰気な灰色の住まいだった。あくる日 ち、そっと船を抜け出して、花園まで灰色男のあとを追ってきた、 の灰色の午後、船はその石段のいちばん下に横づけになり、灰色男 というわけだ。 は縛りあげられた二つの人影をしたがえて、城門へと登っていっ しかし、ふたりの幸運もここまでたった。灰色男をかかえて海岸た。 まで帰りついたとたんに、水夫たちがどっと襲いかかったのた。あやがて、城の広間の中で、エイモスと王子は縛られたまま、奥の れから牢番はやっと目をさまし、囚人たちがいないのを知って捜索壁の前に立たされた。灰色男はくつくっと含み笑いしながら、三分 隊を組み、いざ出発しようというところへ、エイモスと王子がのこの二まで完成した鏡を壁にかけおわった。最後の三分の一はテー・フ のこ帰ってきたのだった。 ルの上にあった。 「逆転、逆転、また逆転か ! 」勝ち誇った灰色男はそうさけび、エ 「だがその前 「いよいよその時がやってきたそ」灰色男はいった。 ィモスとジャックはまたもや拘禁室へ閉じこめられた。 ェイモス、きみには、これだけわたしに力をかしてくれた報酬 こんどは揚げぶたもしつかり釘づけされていて、さすがのエイモをやることにしよう」
分にもっと時間が与えられていたら、なにかほかの方法で鏡をとり・せ」 だすことを考えたのにと、くやしがった。一分が経った。ことによ灰色男はもう大喜び。トランクからとびおりて、横にとん・ほ返り 冫しいが、息を切らしてひどく咳こみ、背中を何度も ると、あの娘をうまくおだてて、鏡を自分で持ってこさせる手もあをうったまでよ、 ったのに : 。二分。蛙の足にひもを結びつけて、蛙に鏡を探させたたいてもらう始末だった。 る手もあったのに : 。三分。まだ水面には泡一つうかばず、エイ「でかしたそ」甲板にもどってきたエイモスから鏡をうけとると、 モスは自分でも意外なことに、もうこうなったら池にとびこんで、灰色男はいった。「さあ、いっしょにきたまえ、昼食にしよう。だ が、後生だから、わたしの頭痛が再発しないうちに、そのサーカス すくなくとも王子を救う努力だけはしてみよう、と決心した。とこ 衣裳をぬいでくれんかね」 ろがそのとき、彼の足もとで、水しぶきが上がったー ジャックの頭が現われ、その一瞬後には、大きな鏡のかけらをも そこでエイモスは王子の服をぬぎ、水夫がそれを拘禁室に持って った彼の手が、目にはいっこ。 いって、エイモスの・ほろととりかえてきた。ェイモスが・ほろを着お ェイモスは大喜びで、とんだり跳ねたりした。王子は岸に泳ぎつわり、灰色男といっしょに食事に行こうとしたとき、袖が灰色男の き、エイモスは彼をひつばりあげた。それから、ふたりは鏡を木の腕に軽くさわった。灰色男は足をとめ、眉根に深い深いしわをよせ 幹に立てかけて、しばらく休息した。 「この服は濡れているのに、きみが たので、顔が黒に近くなった。 「いつもの・ほくの服じゃなく、きみのこの・ほろを着ていてよかった着ていった服は乾いていた」 よ」ジャックはいった。「あのマントを着ていたら、きっと藻にか「そういえばそうた」と、エイモス。「こりやどういうわけだろう らまれたろうし、あのブーツをはいていたら、その重みで二度と浮なあ ? 」 きあがってこれなかったかもしれない。ありがとう、エイモス」 天色男はむすかしい顔になり、さかんに首をひねったが、なんの それより食事だ」 「お礼をいわれるほどのことでもないよ」と、エイモス。「だけ知恵もうかばなかった。「まあいい。 ど、もしおれたちが昼めしまでに船へ帰るつもりなら、そろそろひ 水夫たちがふたりの後ろから黒いトランクを下に運び、ふたりは きかえしたほうがいい」 ・イツン ごちそうを腹いつばい食べた。灰色男は、サラダの中のラテ そこでふたりはひきかえし、正午にはあとすこしで船に着くとこ ュだけを片つばしからナイフで突き刺し、トランクの丸窓にさしこ じよう 1 」 ろまでやってきた。王子は鏡をェイモスに預け、監房へもどるたんだ漏斗の中へはじき入れたーーファ 1 ルム。フ、メルラルフ、ウル め、一足先に駆けだした。ェイモスは割れた鏡をかかえて、船のそフムフグルンフ ! ばまで歩いていった。 「おーい」と、エイモスは、トランクに腰をおろして待っている灰 色男に呼びかけた。「光る池の底から、あんたの鏡を持ってきた 3