アンドリュー - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1978年4月号
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1. SFマガジン 1978年4月号

す。今後いつまでも最古でしような。二十五年たってまだ使えると かげでアンドリューはまるで生前の彼女に会ったことがあると錯覚 いうロポットはありません。みな回収して新型と交換していますー しそうなほど彼女をよく知っていました。 「いま製造されているやつは二十年たっとみんな使いものにならな やがてスミス日ロ・ ハートソンがたすねました。「いったいどうす くなりますね」とポール。その声には皮肉な調子が感しられましればあなたのためにあなたを交換するなんてことができるんですか た。「アンドリューはその点でもきわめて例外的だ」 ね。ロポットとしてのあなたを交換してしまったら、どうやって持 アンドリ、ーはあらかじめ自分で決めておいた話の筋道を守りな主としてのあなたに新しいロポットをわたせるんですか。だってそ がら、つづけました。「世界最古の、またもっとも柔軟性のあるロ うでしようが、交換という行為そのものによって、きみは存在しな ポットとして、わたしはきわめて特異な立場にあるのであって、こくなる」かれはいやな微笑を浮かべました。 れはおたくの会社から特別待遇を受けるに価するのではないでしょ 「むすかしいことしゃありません」ポールが口を出しました。「ア うか」 ンドリューの人格の座はかれの陽電子頭脳ですから、その部分を交 「とんでもない」スミス日 ハートソンはそういって表情をこわば換すればどうしても新しいロポットを造ることになります。従っ らせました。「あなたが特異だからうちは困ってるんだ。もしリー て、その陽電子頭脳が所有者としてのアンドリューということにな スだったとしたら、どこでどう間違ったのか現金で売ってしまったる。それ以外ならロポット・ボディのどの部品をとり替えてもロポ から仕方がないが、もうとっくの昔に交換してます」 ットの人格には影響がなく、従ってそれ以外の部分はすべて頭脳の 「しかし、こちらとしてはまさにその点を言いたいわけです」とア所有物ということです。わたしから言ってしまえば、アンドリ = ー ン、ドリュ 「わたしは自由なロポットで、自分自身を所有してい はかれの頭脳に新型のロポット・ボディを供給したいと考えている ます。だから、わたしはこうしてここに、わたしを交換してくれとわけですよ、 おねがいにあがったのです。持主の同意がないと、あなたにはそれ「そのとおりです」とアンドリ = 1 は冷静にいいました。かれはス ができない。近頃では、リー スのときに契約条件としてこの同意を ミスⅡロ、、、 ートソンを振りむきました。「おたくではアンドロイド 強制しておられるようだが、わたしの時代にはそんなことはありまを製造されましたね、ちがいますが。人間そのままの姿をしたロポ せんでした」 トで、皮膚の感じまでそっくりの ? 」 スミス日ロく ートソンは驚きと困惑をこもごも表情にあらわし、 「造りました。動きも完璧でしたよ、合成繊維の皮膚と腱を使っ 部屋の中にはしばらく沈黙が流れました。アンドリ = ーは自分が壁て。頭脳を除けば他のどの部分にも金属はほとんど使用していな ホログラム の立体写真を見つめているのに気づきました。それはあらゆるロポ 。それでも金属ロポットに匹敵するくらい丈夫でしたな。重量比 ット工学者の守護聖人、スーザン・カルヴィンのデス・マスクでしにすればかえって丈夫なくらいだった」 た。彼女はもう二世紀近くまえに死んでいましたが、本を書いたお ポールは興味をもった様子でした。「それは知りませんでした。 3

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ままに残りました。アンドリ = ーが初めて衣服をつけたのは、ちょ「知ってますよ、ジョージ。考えられるかぎりあらゆるタイプの仕 力します」 うど〈マーチン〉の名が事務所の名につけ加えられたころだったの事をするロポット : 、 「しかも、そのうちのどの一台だって服なんか着てやしない」 です。 ジョージよ、アンドリュー がズボンをはこうとする現場を初めて「しかも、どの一台をとっても自由ではありません、ジョージ」 ほんの少しすっ、アンドリ = ーは衣裳を増やしていきました。か 目撃したとき、必死に微笑をこらえていましたが、アンドリューの 眼からすれば微笑は明らかにそこにありました。ジョージは静電気れはジョージの微笑に抑制され、また仕事を注文にくる人々の凝視 に抑圧されたのです。 の荷電量を操作してズボンをひらき、下半身を包み、またきっちり 自由だとはいっても、アンドリューの内部には慎重に設計された としめるやり方をアンドリューに教えました。ジョージは自分のズ ポンでやってみせましたが、アンドリ = ーはその一連の流れるよう。フログラムが組み込まれ、人間に対する態度を限定していましたか な動作を自分が習得するにはしばらくかかるだろうとはっきり悟りら、かれはごく小刻みな足どりでしか前進できませんでした。あか らさまに非難の色を見せられると、かれは何カ月分もあともどりし ました。 きみのポてしまいました。だれもがアンドリ = ーの自由を認めたわけではあ 「しかし、なぜズボンを欲しがるのかね、アンドリュー。 りません。かれにはそれに腹を立てる能力がなく、しかもそのこと ディはそんなみごとな機能美をもっているのだから、隠すなんて恥 かしいことだ なにしろきみには温度調節や慎しみなんて気にすについて考えようとすると思考過程に障害が現れました。とりわ いえ、あまり沢山はや け、かれが衣類の着用はやめておこうか る必要はないんだからな。それに布地がうまくひっかからないよー めておこうかという気になるのは、いつ小さいお嬢さまがたずねて ー金属じゃね」 アンドリ = ーは負けていませんでした。「人間の身体はみごとな見えるかもしれないそと考えるときでした。そのころ、小さいお嬢 機能美をもっていないでしようか、ジョージ。それでもあなたたちさまもお年を召され、よく温かい気候の地方へお出かけになってお られましたが、お帰りになるとます初めにかれの家を訪問されるの は身体を隠していますよ」 「保温と清潔、それに身体を保護し、飾りたてるためさ。どれをとでした。 そんなある日のこと、母上といっしょに来ていたジョージが悲し ってもきみには該当しないそ」 「衣服がないと裸だという気がするんですよ。違っているような気そうにいいました。「母さんはうるさくってさ、アンドリ = ー。来 彼女に言わせる 年はわたしも議会にうって出ることになりそうだ。 , がします、ジョージ」アンドリューは答えました。 と、〈この祖父にして、この孫息子あり〉だそうだよ」 この地球にはいまでは数百万のロ 「違っている ! アンドリュー、 ポットがいるんだ・せ。この地方にも、このまえの国勢調査によれ「この祖父にして : : : 」アンドリ = ーはロごもりました。よくわか 9 らなかったのです。 ば、人間とほとんど同数のロポットがいるんじゃないか」

3. SFマガジン 1978年4月号

その家にはもちろん台所はなく、・ハスルームの設備もありません。けた人のそ・よこ 。冫いたことはこれまで一度もありませんでしたが、そ 部屋は二部屋きりで、一つは書庫に、もう一つは倉庫と仕事場をかれが機能を停止するときの人間のやり方だということは知っていま ねていました。アンドリ = ーは沢山の注文をうけ、自由なロポットした。それは意志とはかかわりのない不可逆的な分解過程なのであ として以前にもまして仕事にはげみ、とうとう家の建築費も返済 り、アンドリュ 1 はなにを言えばその場にふさわしいのか知らなか し、建物の名義も書きかえてもらいました。 ったのです。かれはただじっと立ちつくし、絶対的な沈黙と絶対的 ある日のこと、小さい旦那さまが いえ、〈ジョージ ! 〉がやな不動の姿勢に身をまかせるしかありませんでした。 ってきました。小さい旦那さまは裁判所の決定のあと、そう主張さ それが過ぎたとき、小さいお嬢さまは言われました。「近頃、お れたのです。「自由なロポットが人を〈小さな旦那さま〉なんて呼父さまはおまえにあまり親しい様子をなさらなかったかもしれませ ぶもんじゃないよ」そのときジョージはいったのです。「ぼくはおんが、アンドリ = 1 、でもかれは老いていたのよ、わかるわね。そ まえをアンドリ = ーと呼んでいる。おまえは・ほくをジョージと呼びれに、おまえが自由になりたがったので悲しんでいらっしやった なさい」 の」 かれの好意は命令というかたちをとっていましたから、アンドリ そのとき、アンドリューは言葉を見つけました。「旦那さまがお 、ーはかれをジョージと呼びましたーーーしかし、小さいお嬢さまはられなかったら、わたしは決して自由にはなれなかったでしよう、 いままでどおり小さいお嬢さまでした。 小さいお嬢さま」 あの日のこと、ジョージは一人でやってきましたが、それは旦那 さまが死にかけていると知らせるためでした。小さいお嬢さまがべ ッドに付いておられたのですが、旦那さまはアンドリュー にもして 欲しいと言われたのです。 旦那さまが亡くなられたあと、アンドリューはようやく服を着は 旦那さまの声は相変らすなかなか力強いものでした。けれど動くじめました。かれはまず古いズボンから始めました。ズボンはジョ ことはあまりおできにならない御様子でした。旦那さまは苦労して ージにもらったのです。 ようやく片手をおあげになりました。 そのころ、ジョ ージはもう結婚して弁護士をやっていました。 「アンドリュー」と旦那さま。「アンドリュ 1 、 ・ : 手を貸さんでかれはファインゴールドの法律事務所に加わっていました。ファイ ジョージ。わしはたた死にかけているだけだ。かたわになンゴールド老人はもうずいぶん以前に亡くなっていましたが、その 0 たわけじゃない。アンドリ = ー、おまえが自由になってわしはう娘があとを継いだのです。やがて事務所の名は〈ファインゴールド れしいそ。そのことを言っておきたかっただけだ」 & マ 1 チン〉になりました。この名はファインゴールドの娘が引退 アンドリ = 1 はなにを言えばいいのか知りませんでした。死にかし、もうあとを継ぐファインゴーレド・、、 ノ力しなくなってからも、その

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考えました。というのも、他に適当な言葉を知らなかったからで も彼女のまねをするようになりました。 小さいお嬢さま : : : 彼女は九十歳まで生き、そして遠い昔に亡くす。 小さいお嬢さまのために、あるときアンドリューは木切れからペ なりました。かれは昔一度彼女を〈奥さま〉とお呼びしようとした 彼女が命令したのです。どうやらお嬢さま のですが、小さいお嬢さまはそれをお許しになりませんでした。ノ 彼ンダントを彫りました。ノ 女はとうとう最期の日まで小さいお嬢さまだったのです。 が誕生日のお祝いに渦まき模様を彫った象牙石のペンダントをもら アンドリュ 1 は給仕や執事、さらには小間使の仕事までさせられったらしく、彼女はそれが口惜しくて仕方がなかったのです。彼女 ることになっていました。それはかれにとって試験的な日々だった には小さな木切れしかありませんでしたが、それを小型の調理用ナ ばかりでなく、民間企業や研究機関の実験室、あるいは地球外の基イフといっしょにアンドリューにわたしました。 ました。「こ 地などを除けば、あらゆる地方のあらゆるロポットにとって、まさ かれが急いで彫りあげると、小さいお嬢さまはいい に実験的な時代たったのです。 れは素敵だわ、アンドリュー。あたしお父さまに見せてくる」 マーチン家の人々はかれを楽しみ、そして時間の半分はかれの仕旦那さまは信しようとなさいませんでした。「これは本当はどこ 事は妨害されていました。というのも、お嬢さまと小さいお嬢さま から持ってきたんだね、マンディ」かれは小さいお嬢さまをマンデ がかれと遊びたがったからです。最初にどうすればかれに遊び相手イと呼んでいました。小さいお嬢さまがあたしは本当に本当のこと をさせられるか覚えたのは〈お嬢さま〉でした。「命令よ、あたしを言っているのよとくり返すと、かれはアンドリーを振りかえり たちと遊びなさい。おまえは命令に従わなくちゃいけないわ」 ました。「おまえが作ったのか、アンドリュー」 「申し訳ございませんが、お嬢さま、さきほどの旦那さまの御命令「はい、 旦那さま」 をどうしても先にしなくてはなりません」 「このデザインもか」 しかし、彼女はいいました。「お父さまはおまえにただお洗濯を「はい、旦那さま」 片づけて欲しいと言っただけだわ。あれは命令とはいえないわよ。 「デザインはなにから取った」 あたしはおまえに命令します」 「幾何学模様でございます。旦那さま、木目に合わせました」 いくぶん大きめの木片と つぎの日、旦那さまはかれにもう一つ、 旦那さまは気になさいませんでした。旦那さまはお嬢さまと小さ いお嬢さまを好いておられました。奥さまもお嬢さまたちを愛して電動ナイフを与えました。「これでなにか作れ、アンドリュー おられましたが、とても旦那さまにはかなわなかったのです。それんでも好きなものを」 にアンドリーも彼女たちを好いておりました。少なくとも、かれアンドリュ 1 の仕事ぶりを旦那さまはじっと見守り、それから長 いあいだできたものをごらんになっておられました。この時から、 の行動に対する彼女たちの影響力は、人間の場合ならまちがいなく 愛情の結果と呼ばれたことでしよう。アンドリ = ーはそれを愛情とアンドリ = ーはもう給仕の仕事はしませんでした。そのかわり、か アイライト 0 2

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てはならない。 わたしの陽電子回路はすでに二世紀近くたっていますが変化はま っ溢 ったく認められず、さらに数世紀は充分に持ちこたえるでしよう。 こんなに衰弱を感じるのは、まったく気のせいにちがいないとアこれこそ基本的な障害ではないのでしようか。人間は不死のロポッ トなら許せます。機械の耐用年数がどれほど長いかなど重大なこと ンドリューは確信していました。かれはすでに手術からは回復して いるのです。けれど、かれはできるだけ目立たないように壁に寄りではありません。しかし、不死の人間となるとかれらにはとても我 かかっていました。坐っていたりしたら、それこそあまりにもあか慢できない。だって、かれらが自分たちの死に耐えていられるの らさまというものです。 は、たんにそれが万人の運命だからですよ。そして、それだからこ リ日シン・ かいいました。「最終投票は来週に決まったわ、アンドそ、かれらはわたしを人間にしたくないのです」 「あなたはどこへ話を持っていく気なの、アンドリュ リュー。あたしにはそれ以上の引き延ばしはできなかったし、これで がたすねました。 われわれの敗北は決まったわね。結果は明らかよ、アンドリー」 「引き延ばしていただいて、ありがとうございました。わたしはそ「わたしはこの問題を除去しました。数十年まえ、わたしの陽電子 れによって必要な時間を手に入れ、・せひともやりたかった賭けをや頭脳は有機的神経系に接続されました。こんどの、最後の手術では ることができました」 その接続に手を加え、回路の電位差がゆっくりと・ーーきわめてゆっ 「賭けって、なんのこと」リ日シンははっきりと心配の表情をうか くりとですがーーー、減少していくようにしました」 べて、たすねました。 リ日シンの細かくしわの寄った顔には、しばらくなんの表情も現 「お知らせするわけにはまいりませんでした。いや、〈ファインゴれませんでした。たがやがて、彼女の唇はきっと結ばれたのです。 「つまり、あなたは死ぬ手筈をつけたといっているの、アンドリュ ールド & マーチン〉のものたちにさえ知らせてありません。言えば きっと止められたでしよう。 。できるはすがないわ。〈第三条〉に違反ですよ」 いいですか、もし脳が問題たとする しいえ」とアンドリュ と、最大の相違は不死性ということではないでしようか。頭脳がど「、 「わたしはボディの死か、それとも大 んなふうな形をしているとか、なにで出来ているかとか、どうやっ望の、わたしの悲願の死かと考えてみたのです。さらに大きな死を て造られたかとか、そんなことを本気で気にかけるものがあるでし代償にして肉体を生かしつづけるとすれば、それこそ〈第一二条〉に ようか。肝心なのは人間の脳細胞が死ぬということ、かならす死ぬ違反することになっていたでしよう」 ということです。たとえ人体のその他の器官すべてを修理し交換す リⅡシンはまるで相手をゆさぶろうとでもするように、かれの腕 るとしても、脳細胞となると、これは人格を変えすに要するに殺さをつかみました。彼女は自制しました。「アンドリ = ー、そんな理 ずに交換することはできませんから、最後にはどうしても死ななく屈は通りません ! もとにもどしなさい」

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? 」かれは首をふりながら球をかえしました。「宝くしに当たった「あたしたちのためじゃないのよ、お父さま。芸術家のために」 アンドリュ 1 はその言葉を一度も聞いたことがなかったので、暇 2 ようなもんですねえ。回路になにかあるんですよ」 「もう一度こんなことができるかね」 のできたときにちょっと辞書を引いて捜しておきました。 「たぶんだめです。こんなことはこれまで報告がありません」 やがてもう一度外出することになりました。こんどは旦那さまの 「よろし い ! アンドリューが唯一の例だとしても、わたしにはま弁護士のところです。 ったく気にならない」 「これをきみはどう思う、ジョン」旦那さまがたずねました。 「社の方では研究のためにあたたのロポットを引きとりたいと言い その弁護士はジョン・ファインゴールドといいました。かれは白 だすと思いますが」 い髪とふとったお腹をもち、コンタクト・レンズのヘりを鮮やかな 「むだなことだ ! 」旦那さまは突然、荒々しくいいました。「忘れ緑色に着色していました。かれは旦那さまのわたした小さな飾り額 たまえ」かれはアンドリュ 1 を振りかえりました。「さあ、家へ帰 を見ていました。「こいつは美しい。しかし、ニュ 1 スはもう聞い ろう」 たよ。これはきみのロポットが作った木彫じゃないのかね。きみが 「かしこまりました、旦那さま」 そこに連れてきているロポットだ」 「そうさ、アンドリューが作ったんだ。そうだな、アンドリュー」 4 「はし、旦那さま」 「きみならこれにいくら出すかね、ジョン」旦那さまはたずねまし お嬢さまは男の子たちとデートにいそがしく、あまり家にはおら れませんでした。そこで小さいお嬢さまが、もう以前ほど小さくは「なんとも一一一口えんな。こういうものの収集家しゃないんだから」 ありませんでしたが、アンドリューの地平線をいつばいにふさぐこ 「そのくらいのちつ。ほけなやつに、わたしが二百五十ドルの値を付 とになったのです。彼女はアンドリュ 1 が初めて木彫を作ったのはけたことがあるといったら、きみは信じるかね。アンドリ = ーはこ 自分のためだったということを決して忘れませんでした。彼女はそれまでにも五百ドルで売れた椅子をいくつか作ったことがある。い れに銀の鎖をつけ、いつも首にかけていたのです。 ま銀行にアンドリューの作品を売った金が二十万ドルあるよ」 アンドリューの作品をただで人にやってしまう旦那さまの習慣に 「そいつは驚いた、かれはきみを金持にしているわけかね、ジェラ 初めて異議をとなえたのも彼女でした。「、 しいこと、お父さま、作レド 品を欲しがる人にはお金を払わせなさいよ。それだけの値打ちはあ「半分はな」と旦那さま。「あとの半分はアンドリ = ー・ るんだから の名で預金してある」 「けちけちするなんておまえらしくないそ、マンディ」 「そのロポットの ? 」

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だが、あんなや「あらゆる出費にも、また税金にもかかわらず、旦那さま、わたし えを返せといってきたか知っているか。九回だ ! つにおまえをわたしてたまるものか。ところがいまやあいつも引退はいま六十万ドルほど持っております」 「わかっている、アンドリュ 1 」 してしまったから、われわれもいくらか平和になるかもしれん」 「それをあなたさまに差しあげたいのでございます、旦那さま」 ですから旦那さまの御髪も薄くなり白くなり、顔の肉もしだいに 「もらう気はないそ、アンドリュー」 弛んで来ていたのですが、アンドリューの方はといえば初めてこの 冫いただきたいものがございます、旦那さま」 一家に加わったときよりかえって見えがするくらいでした。奥さ「その代わりこ、 まはヨーロツ。 ( のどこかにある芸術家村にお入りになり、お嬢さま「ああ、そうか。なんだね、アンドリー」 はニ = ーヨークで詩人をしておられました。お二人からはときどき「わたしの自由を、旦那さま」 「おまえのーーこ 手紙がきましたが、それもそうたびたびではありません。小さいお 嬢さまは結婚をされ、あまり遠くないところに住んでおられまし「わたしは自由を買いたいのでございます、旦那さま」 た。彼女はよくアンドリューを見捨てたくないのだと言っておられ 6 ました。やがてお子さまが 小さい旦那さまがーーーお生まれにな に哺乳瓶をもたせ、赤ん ると、〈小さいお嬢さま〉はアンドリュ 1 これはそう簡単なことではありませんでした。旦那さまは色をな 坊を育てさせたのです。 お孫さまの誕生によって、アンドリ = ーはいよいよ旦那さまにして、言われました。「たのなから ! 」そして、くるりと背を向 も、去って逝く人々と交換すべきお人がおできになったのだと感じけ、ずんずんと部屋を出ていかれました。 このときも結局、小さいお嬢さまが父上を説き伏せたのです。彼 ました。ですから、いまなら旦那さまに要望をもって行ってもさほ 女は大胆な、荒々しい言葉でーーーしかもアンドリューの眼のまえで ど無法なことではないでしよう。 「旦那さま、あなたさまは御親切にも思うままにお金を使うことを議論されました。 . 三十年間、話題がアンドリューに関係があろうと なかろうと、かれのまえで会話をためらったものなど一人もありま 許してくださいました」 せんでした。かれはただのロポットでしたから。 「あれはおまえの金だ、アンドリュ 1 」 「なにもかもあなたさまの御好意でございます、旦那さま。あのお「お父さま、どうしてこれを個人的な侮辱とお取りになりますの。 だってかれはずっとここにいますわ。これからもずっと忠実です 金をすべてお取りになったとしても法律がそれを妨げたとはとても わ。他に仕方がないじゃありませんか。回路がそうなっているんで 信じられません」 すもの。かれが望んでいるのは形式的な言葉だけなのよ。自由であ 「法律はわたしに悪いことをしろとは言っていないのだ、アンドリ ると言われてみたいんです。それがそんなに恐ろしいことでしよう たる おぐし 4 2

8. SFマガジン 1978年4月号

& マーチン〉でひらかれたその会には、もちろんアンドリ = 1 も出「われわれは過半数を押えていますか」 席したのです。 「とんでもない。とても足りません。しかし、もし国民が人間性に 5 「われわれは二つのことをなし遂げましたよ、アンドリ = ー」とデ幅広い解釈を与えたいという願望をきみにまで広げるときが来れ ロング。「それは二つとも素晴しいことです。まず第一に、われわば、きっとわれわれは過半数を得ることができるようになるかもし れは人体内にいく つ人工部品があってもそれが人体でなくなるわけれませんよ。わずかなチャンスだということは、わたしも認めま ではないという事実を不動のものとしました。第二には、人間性をす。しかし、きみがあきらめないと言うなら、われわれとしてもそ 広く解釈する立場に決定的に有利なかたちで、国民のまえにこの問 のチャンスに賭けるよりありません」 題をつきつけたのです。というのはいま生きている人間で、人工臓「わたしはあきらめません」 器なら生き延びられると聞かされてそれに望みをかけないようなも 0 のは一人もおりませんからね」 「それではあなたは、世界議会がこれでわたしに人間性を与えると 思いますか」アンドリューはたすねました。 リ日シン議員は初めてアンドリューに会ったときより相当に年を デロングはちょっと不愉快そうな顔をしました。「それに関してとっていました。透明な衣裳はとうの昔に着るのをやめていたので は、楽観的にはなれませんね。まだ一つたけ、世界裁判所が人間性す。いまでは髪も短く刈りこみ、服もすんどうになっていました。 の基準として使っている器官が残っている。人間は有機的細胞からけれどアンドリ、ーはいまたに、できるだけあたり障りのない範囲 できている頭脳をも 0 ていますが、ロポットはプラチナ日ィリジウで、一世紀以上も昔、初めて服を着ようと決心したころ流行してい ムの陽電子頭脳です。いや、それすらないポットもいますが たスタイルにすがりついていました。 ともかく、きみは確かに陽電子頭脳をもっていますよ。おや、アン 「とうとう、あたしたちも土壇場まで来たわけね、アンドリュー」 ドリュー、そんな眼でわたしを見ないでくたさいよ。われわれには リシンは告白しました。「体会が終わったらもう一度やってみる 細胞頭脳の働きを人工的構造でも「て、それも裁判所の判決を勝ちけれど、正直いって敗北は眼に見えているし、そうなったらすべて とれるほど有機的タイプに近いかたちで複製する知識がないのですをあきらめるしか仕方がないわ。あたしの最近の議会活動はすべ いくらきみだってそれはできないでしよう」 て、結局のところ来期の総選挙であたしが確実に落選する役にしか 「それでは、つぎはどうすればいいんですか」 立たなかったわけ」 「もちろん挑戦あるのみです。 リ日シン議員は味方をしてくださる「それは知っています」とアンドリュ 1 。 「だからわたしは心を痛 でしようし、支持する議員の数もおいおい増えるでしよう。この問題めているのです。あなたはまえに、そうなったらわたしを見捨てる については、大統領はまちがいなく議会の多数意見に従いますよ」と言われました。なぜそうなさらなかったのですか」

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。いいましく、ロポットに関する知識ではち切れようとしているんだ」 「よろしい、アンドリュー、楽にしてくれ」ジョー・ノよ アンドリ = 1 は首をふりました。これは当時かれが採用しはじめ た。かれはがつくりしたように見えました。かれはもうとうの昔 に、若いものをそれも二人までも相手にして喧嘩をしてやろうかなていた人間の仕草でした。「ロポット工学の歴史ではありません、 ジョージ。ロポットによる、ロポットたちの歴史です。わたしはロ どと考える意気盛んな年齢はすぎていたのです。 「かれらに危害を加えるなんてできませんでしたよ、ジョージ。あポットたちが、初めてこの地上で働くことを許され、生きるように なって以来のさまざまな事件をどう感じているか明らかにしたいの なたを襲う気がないのはわかっていました」 「きみにかれらを襲えとは命令しなかったそ。たた向っていけといです」 ジョージの眉がびくりと上がりましたが、かれは直接にはなんの っただけた。あとのことはかれらの恐怖心がしたのさ , 返事もしませんでした。 「どうしてロポットを恐がったりするんでしよう」 「それは人類の病だ、いまだに治療されていない病気だよ。だが、 そんなことは気にするな。いったい・せんたい、きみはここでなにを 。ぎみのメモを見つけてよかった。 していたんだね、アンドリュ 小さいお嬢さまは八十三歳の誕生日を迎えられたばかりでした ちょうど引きかえしてヘリコプターを雇おうとしていたとき、きみ が、体力も気力もいっこうに衰える気配はありませんでした。彼女 を見つけたんだ。なんでまた図書館へ行こうなんてことがきみの頭 にもぐり込んだんたね。いるというならどんな本でも持ってきてやはっえで身体を支えるより、それであれこれ指図する方が多かった のです。 ったのに」 彼女は義憤に燃えて話に耳を澄ましていました。「ジョージ、こ 。しいかけました。 「わたしは・ーー」アンドリューよ、 「自由なロポットなんだろう。わかった、わかった。それじゃ図書れは恐ろしいことですよ。その若いならず者はどこのだれだった の」 館でなにを捜すつもりだったんだ」 「知りませんね。わかったって仕方がないでしよう。かれらは結局 「わたしはもっと人間のことを知りたい、世界のことも、なにもか なにもしなかったんですから」 も。それにロポットのこともです、ジョージ。わたしはロポットた 「したかも知れませんよ。おまえは弁護士でしよう、ジョージ。そ ちについての歴史を書きたいのです、 ジ , ージは相手の肩にうでをまわしました。「そうか、家〈帰ろれにおまえが裕福に暮しているとしたら、それはみんなアンドリ ロポッ ーの才能のおかげなんだよ。かれの稼いでくれたお金があったれば うじゃないかたが、まずその服を拾えよ。アンドリュー、 ト工学の本は百万冊も出ているし、そのすべてにロポ ' ト工学の歴こそ、それを元手にあたしたちはいまのすべてを手に入れたんだ。 かれはこの一族に連続性を与えているのよ。かれをゼンマイ仕掛け 史は書いてある。世界はロポットで溢れようとしているばかりでな 3 3

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人口をかかえていたのです。そこで使われる人工臓器は重力が小さして扱われるだけではなく、法律的に人間であると認定してほしい いことを考慮に入れなくてはなりません。アンドリューは月の上でのです。わたしは法律上の人間になりたい」 五九年をついやし、その地の人工臓器学者とともに装置に必要な改「そうなると、別問題ですね」デロングはいいました。「そうなる 良を加えるため研究をつづけました。仕事のないときには、かれはと、われわれは人間の偏見にぶつかり、さらにまたあの疑いようも ロポットの多い地区を歩きまわりましたが、どのロポットもまるでない事実に、たとえどんなに人間に似ているとしても、きみが人間 人間に対するときのようなロポット的卑屈さでかれに接するのでしではないという事実に正面からぶつかることになります」 「どこが人間と違いますか」アンドリューはたすねました。「わた かれは地球にもどりました。そこは月に比べると変化に乏しい活しは人間の姿をし、人間のものと等しい器官をもっています。わた 気のない場所でした。そしてかれは、もどったことを知らせようとしの器官は、事実、補修をうけた人間の体内にある器官と同じもの です。わたしはこれまで美術的文学的科学的に人間の文化に貢献し 〈ファインゴールド & マーチン〉を訪れたのです。 当時の所長、サイモン・デロングはびつくりしました。「お帰りてきました。いま生きているどんな人間に比べても遜色ありませ かれは危うくマん。これ以上、なにを要求できるというんですか」 になるとは聞いていましたが、アンドリュ 1 」 ーチンさんと言ってしまうところでしたーーー「来週以降になると思「わたし自身はそれ以上のことを要求しようとは思いません。問題 は、きみを人間と認定するには世界議会の議決が必要だろうという っていましたよ」 「わたしもだんだんこらえ性がなくなります」とアンドリ = ーはそことです。率直にいって、そんなことが起るとはとても思えません つけなく言いました。かれは早く問題点に移りたかったのです。 「わたしは議会のだれに話せばいいでしよう」 「月ではサイモン、わたしは二十名の人間の科学者からなる研究チ 「たぶん、科学技術委員会の委員長でしよう」 ームの責任者だったのです。命令を与えていたが、だれ一人疑問に 思うものはなかった。月のロポットたちはまるで人間に対するとき「会えるように手配できますか」 のように、わたしに従いました。それなのに、どうしてわたしは人「いや、きみなら紹介者など必要ないですよ。きみほどの地位があ れば、きみが一人でーー」 間ではないのですか」 しいえ。あなたが手配するのです , まさか自分が人間に対してあ 油断のない表情がデロングの眼に浮かびました。「ねえアンドリ いまきみがはっきりと言ったように、きみはロポットからもからさまに命令するようになろうとは、アンドリューは考えたこと 人間からも人間として扱われているんですよ。だから、きみは人間もありませんでした。かれは月でこれほどまで命令に慣れていたの です。「このことに関しては、〈ファインゴールド & マーチン〉が ですよ、事実上の」 4 「事実上の人間というたけでは足りません。わたしはたんに人間と徹底的にわたしを援助する用意があるということを、相手に知らせ ュ