「日常の品物は、各室の気送シ、ートから、手に入ります。端末ュ ジュリは、黒檀のような黒い顔を歪めて、白い歯を見せた。その ニットに、音声入力していただけば、けっこうです」 表情には、不安が隠しきれない。 戦闘員が答えた。特にと断わったところをみると、通常必要なも「よく判らない。その協定なるものが、まだっかめていない。だ のーー食料など以外に、なにか要求するものがあるかどうか、訊い が、太古の地球の一部が、かれらの占領を受けているのは、まぎれ たつもりらしい もない事実た。われわれは、その敵の占領地に、ろくな装備もな く、なにも知らずに乗りこんでしまったわけだ」 「木材と大きな葉と葛草が欲しい。かれらには、家が必要た」 サエキが叫びながら、ドロマエオサウルスの群を指さした。かれ「酷い話だわ。わたしたちは、見殺しにされるはずだった。囮の役 らは、だたっ広いところに、脅えたようにうすくまっている。 ですらもなかった。ペレジノイは、まったくの大死にでしかなかっ 三十世紀人たちは、奇妙な要求におどろいて、引きあげていっ たのね ? 」 ジュリは、呟いた。彼女なりに、 ここでの情勢について、あれこ あとに残された人々は、なにから話しだしていいか判らすに、しれと考えていたにちがいない。 ばらく沈黙を保ったまま、顔を見あわせていた。 工ペレットは、ジュリの言葉を、サエキに聞かれずにすんで、よ 「ドロマエオサウルスの群を見てきます」 かったと思った。親友のゲォルギー・ペレジノイの死について、サ サエキが立ちかけた。この若者にとって、友人のハンターのことエキは、なんらかの意味付けを必要とするにちがいない。 が、気がかりなのたろう。たしかに、太古の自然のなかで生きてき さいわい、サエキは、群のリーダーであるハンターの兄貴分とし た恐竜に、 ここの文明が居心地がいいとは思えない。 て、群の世話にかかりきっていた。気送シュートからとりたした食 「気送シュートから、食料をとりだしてやるがよい」 物を、みすからロにしてみせ、仔竜たちにすすめている。アカメと 工べレットは、サエキにむかって、アド・ハイスした。 シロとコロが、サエキのまわりにまとわりつく。仔竜たちほど、人 「ええ、そのつもりです」 工の食物に、抵抗がないようである。ほかの恐竜たちも、しだ、 サキが、広間の恐竜の群のほうへ向かうのを追って、ソネ教授に、食事にとりかかった。 も立ちあがった。 どうやら、サエキは、不可解な事態を解明する努力を、放棄して あとには、二人のタイム。 ( トロール隊員だけが残された。ジュリしまったようである。古生物学の生態観察に没入することによっ は、しばらく考えてからロを開いた。 て、かろうじて心の平衡を保っていられるのかもしれない。 「白亜紀後期末のいわき市のあたりは、あの異星人に占領されてい その日は、それで暮れた。工ペレットも、思い患うのをやめた。 るのね ? しかも、そのことを、三十世紀の人々も、協定によってなにか新たな説明を与えられないかぎり、事態は進展しない。 認めているようだわ。どういうことなの ? 」 久しぶりのロにする文明は、四人の人類を落ちつかせた。なぜな つるくさ おとワ ロ 5
工べレットは、会議室で言えなかったことを、ここでロにした。 落に隣接した居間にひきとった。ドアに / ックの音を聞き、訪問者 タイニング協定侵犯の件でも、査察委員にむかって、この男は、公平に証言し を迎えたのは、夕食をはじめようとしたときであった。。 ・テープルには、気シ = ートからとりだした食事が、ならべられてくれた。生物としての起源は異なるが、その相違を越えて、信頼 たところであった。ジュリは、テー。フルに、料理を運んでいる。ゲできる相手だと思った。 「ヴィンス、そのことは、」 半っているつもりだ。南アフリカの基地 ストとして加わったユールは、ワインの栓を抜いている。 ドアに近いところにいたエベレットは立ちあがった。ノッ・フをまへ戻ったら、わたしは、できるかぎりの努力をする。わたしたち が、戦力の優位を知りながら、攻撃を手控えていたのは、戦いによ わすと、そこに、見覚えのある顔があった。ゲラッハである。 って太古の地球を破減させ、われわれの進化史を、大きく狂わせる 「ルルロ ? 」 ことを恐れていたからだ」 工べレットの口から、相手の異類にむかって、ひとりでにファー ゲラッハは一一 = ロった。 ストネームがでた。 「ヴィンス、入ってもかまわないか ? 」 「質問したいことがあります」身をのりだしたのは、三十世紀人の ゲラッハは、言った。工べレットは、大きくドアを開き、珍客をユ 1 ルだった。「古生物学者として見たところ、ドロマエオサウル 迎えいれた。 スは、この時代にすでに、骨角器文化の進化段階に達しています。 「ルルロ、 いらっしゃい」 このままでも、文明にあと一歩というところまで、到達しているよ うに見えます。あなたがたは、いかなる未来、いや、どれくらい後 ジュリが、ふりむいて、声をかけた。ごくふつうにふるまってい る。彼女は、それから、気送シ、ートに近より、いま一人分の夕食の未来から、来たのですか ? 」 ゲラッハが、しばらく沈黙しているあいだに、ジュリは料理をな を注文した。 サエキは、異類の隊長に椅子をすすめた。ゲラッ ( は、おちこむらべ、テープルについた。 「われわれは、七千万年後から来た。きみたちの進化史の速度から ように坐って、しばらくしてから、ロを開いた。 「きみたちに、お別れを言いに来た。わたしは、明日、南アフリカ比べると、われわれは足踏みをしていたことになる。ドロマエオサ てん の基地に戻らなければならない。今日の顛末を報告したところ、召ウルスは、部族抗争が激しく、個体数を増加させることができなか った。しかも、われわれの先祖のまわりには、進化した有力な恐竜 還されることになった。たぶん、降等されることになるだろう」 が、ひしめいていた」 「ルルロ、伝えてもらいたいことがある。われわれは、すくなくと ケラッハは、かれらの未来に至る進化史を説明した。 も白亜紀末までの地球史を共有している。この時点は、二つの異る サエキは、うなすいた。ドロマエオサウルスにとって、進化史の 4 未来への分岐点だ。もしここで、核ミサイルを射かけあって戦え 主役をひとりじめすることは、きわめて難しかったろう。なぜな ば、われわれ双方の未来が破減する」
ら、エベレット : 、 カ気送シュートから取りだしたのは、ワインやキ「昨日、あなたがたとの交渉にあたったユールと言います。古生物 ャビアをはじめ、食通の味覚を満足させるものばかりたったからで学者です」 ある。 その男は、見覚えのある顔をしている。着陸したとき、交渉相手 になった男である。戦闘服を着ているが、単なる戦闘員ではないら 2 しい。背は、エベレットくらいあり、日焼けした顔つきで、屈強な 2 体つきをしているが、知性にみちた優しい目をしている。 「わたしたちは、なにがなんだか、さつばり判らない」 翌朝、四人は、それそれに行動を起こした。工べレットとジュリ 工べレットは、 いま置かれている状態について、正直に告白し は、三十世紀人に対して、タイムパトロール隊員として、説明を求 めた。 「ごもっともです。そのことについては、のちほど、グールド司令 サエキとソネ博士は、論文の作製にとりかかった。もちろん、ド から、説明があるはすです。とりあえず、わたしからも、昨日のこ ロマエオサウルスの生態に関するものである。ここで体験したこと とを、お詫びしておきます」 いかなる古生物学者の経験より、はるかに貴重なことである。 ュールと名のった古生物学者は、はっきり感情のこもった声で言 二人とも、文明のもとに帰還して、学者としての使命に目ざめたの である。 工べレットとジュリが通されたのは、きのうの会議室ではなく、 大広間には、木材と葉が運びこまれていた。サエキの要求によっ て、支給されたものである。ドロマエオサウルスたちは、文明のなより小さな部屋であった。もちろん、きのうの傍聴人は参席してい かで味けない暮らしをしている。サエキは、そのかれらに、人工照 ラフなジャケットを着こんだ基地司令の姿は、二人に対して、き 明のもとで、本来の棲息環境に近いものを、再現してやろうと考え たのである。 のうと別の印象を与えた。 工べレットとジュリは、要求を容れられて、基地司令ショーン・ やや小肥りで、猪首であり、青銅色にちかい顔色をしている。昨 エレクトロルミニセンス グールドのもとに、出頭することになった。二人を迎えにきた護衛日、もやのような電子照明のもとで見た冷やかな感じはない。三 は、今度は一人だけだった。ようやく生還した四人を迎えた折の冷十世紀では人種の混血が進んでいるらしく、この男の容貌には、特 淡さは、かならすしも四人を警戒したためばかりではなかったらし定の人種の特徴は見られない。そのため、青銅の仮面をつけた非人 い。いまは、一人の護衛しかついていない。 間的な存在のように写ってしまったのかもしれない。 工べレットは、この男から、まえもって予備知識を得ておくべき だが、今みるグールドの表情には、明らかに心労の色があった。 かどうか迷った。すると、男のほうから話しかけてきた。 重大な責任を課された者のみが持つ、苦渋を示している。 ロ 6
ジュリは、腕のなかのアカメに、女らしい優しさを示した。 「ドロマエオサウルスばかりではない。すべての恐屯が死減する。 軟禁されたわけでないと判って、一行は、安心して食事をとるこ 種の絶減ではない。恐竜という綱そのものが、消減する。今どき、 誰たって、脳ミソの空つ。ほなトカゲが、大きな図体をもてあましてとができた。ハンターたちも、食事に加わった。かれらの食性は、 きわめて幅が広く、なんでも口にする。合成肉ーーポリペ。フチド結 亡んだなどという、ばかげた説明を信じるはずがない」 ソネ博士は、吐きすてるように言った。二人の専門家は、エベレ合によって巨大分子化された人工のアミノ酸を、ためらわずに呑み ットとジ、リがいないあいだ、さんざんに古生物学談義をしたあとこむことができた。食性を見るたけでも、種としての強靱さが判 る。なんにでも適応できるということは、それたけ進化の選択の幅 なのだろう。 を持っているということである。だが、サエキのいうように、かれ 「ドロマエオサウルスには、種としての退嬰現象は見られません。 無限の可能性をもって、進化史におどりでたというべきです。かれらの種には、未来はない。進化史の教えるところでは、まもなく絶 減する運命にある。 らが、まもなく亡びるなんて」 その日は、午後から忙しくなった。工ペレットとジュリは、グー サエキは、感傷的な口ぶりになった。この新しい仲間に未来がな ルドの私室で、事情聴取を受けた。もちろん、傍聴人はいない。手 いことを、認めたくないらしい づまりになっている現状を打開するため、三十世紀人たちが、情報 「可愛いわ。すっかり、わたしになついている」 全米を震撼させた問題巨篇 ! 売悪徳なんかこわくない匡国 ロバート・ < ・ハインライン / 矢野徹訳各四五 0 円 スミスは、 ~ 凶 死期の迫った大富豪ヨハン・セバスチャン・ ・ : なんとそれ の移植手術によって、あらたな肉体を手に入れたが : 界の巨人ハインラインが は、若く美しい女生の肉体だったー 異様な設定によってだいたんに愛と性と死とに肉薄する超話題作ー 0 パート A ツ、インライン ロバート応ハインライみをを 0 悪徳なんかこわくない悪徳なんがこない ハヤカワ文庫 SF ロ 9
「坐りたまえ、エベレットくん」 ついて、このゴビ砂漠の基地が、まったく関知しないことを、傍聴 グールドは、二人に椅子をすすめた。テー・フルをはさんで向かいする異星人に、釈明するためであった。 あう形になっこ。 生命賭けで、異星人と戦ってきた者にとっては、なんとも腑にお 「昨日は済まなかった。きみたちを、被告の立場に置くことになっちない成行である。 てしまったのだ」 「われわれは、かれらと協定を結んでいる。おたがいに戦端を開か 「被告の立場ですって ! 」 ないという協定だ。かれらは、北アメリカと南アフリカに、基地を ジュリが、声をあげた。確かに、昨日の扱いは酷かった。かれら持っている。もちろん、われわれの査察委員も、かれらの基地に出 は、立ったままで、訊問されるような形だった。 向している。したがって、かれらのほうからの査察委員も、受けい 「たが、問題はない。われわれの立場は、かれらにも通じた。ルルれている。ただ、それだけのことだ。この基地は、もう二年も、こ ロ・グラッ、 : ノカ証一言してくれた。あの男は、だしぬけに現われたきこにある。本来、この太古の世界に、あるべきでない構築物だ。だ みたちの手で、多くの部下を斃された。ふつうなら、ここで、協定が、われわれは、この基地を維持しなければならない。かれらとの 侵犯をもちだして、われわれを追及してくるところだ。だが、あのあいだで、平和裡に決着がつくまで、仕方のないことなのだ」 男は、証言の公正を保った。きみたちの行動が、この基地の指令に グールドは、また話しはじめた。 よるものでないと、はっきり証明してくれた。おかげで、かれらの 「しかし、な。せ、こんな要塞のような基地を : 査察委員も、納得してくれた」 「いすれ判る。戦端を開けば、地球の進化史を変えることになる。 グールドは、噛んでふくめるように話した。時折、太い猪首をまこの太古の世界を焦土にすれば、われわれ人類も、かれらも、消減 わすようにするのは、この男の癖らしい する。 だが、ここまでの話は、エベレットには、 っこうに通しなかっ グールドがそう言ったところで、エベレットは、黙りこんだ。 た。なにを言っているのかすらも判らない。まるで雲をつかむよう戦争という表現を、初めに使ったのは、ジュリであった。たしか な話である。 に、戦争になりかねない事態である。 「わたしたちは、生命賭けでここ (i 辿りついた。すんでのところ おそらく、三十世紀人は、この要塞を強化することによって、敵 で、見殺しにされるところだった。その理由を、きかせてくださとのカの均衡を保っているのであろう。もし引金を引けば、すべて が終りである。 工べレットは、語気を強めた。このまま引きさがるわけこよ、 ~ 冫し力「すると、わたしたちは、戦争の引金を引くところだったのですか よ、つこ。 「そういうことになる。われわれが、きみたちを救援するため、か 昨日、四人は、被告の立場に立たされた。それは、四人の行動に ロ 7
れらの領界に入れば、全面戦争になっていたにちがいない。気の毒まっています」 だが、見殺しにするしかなかった。ことは、地球人類の未来を左右 ュールは、古生物学者らしい関心を示した。 する。われわれから戦端をひらくことはできない。きみたちのした 三人は、メイン・ドームを出て、宇宙船のところに来た。基地の ことは、突発的な紛争として処理された」 作業員が、そこから、なにかを連びおろしているところだった。近 グールドは、猪首をひねりながら言った。責任者としては、にらづいてみると、船内での戦闘における犠牲者の遺体である。 みあいを続けるたけで、こちらから手をたすわけこよ ーいかないらし「実は、査察委員の目をかすめて、入口の一体を隠しました。のち ほど解剖する予定です」 工ペレットは、質問をつづける元気をなくしていた。 ュールは、言った。工ペレットは、びとつの事実に気づいた。こ ことは、あまりにも大きすぎる。地球の将来の運命が、かかっての要塞は、針ねずみのように武装している。しかし、こちらから、 いるのである。 敵とことをかまえるつもりよよ、。 ( オしつまり、まだ、標本を手に入れ てないのた。 基地司令との会見を終わり、エベレットとジュリは、退出した。 つきそってくれたユールは、二人に対して、あらためて、行動の自「サエキといっしょに、まえに、一体を解剖したことがあります」 由を許してくれた。 工ペレットは、そのときのことを話した。もちろん、門外漢のエ ペレットには、詳しくは判らない。しかも、ナイフ一本では、手に 「紛争の処理は、大筋では、合意に達しました。しかし、細かい問 題は残っています。あなたがたが奪った乗物の返還と、拉致してきあまる大手術たった。 たドロマエオサウルスを、原住地に戻すことなど、かれらからの要 ュールは、一行の冒険談を聞くことを約東し、エベレットと別れ 求が出ています」 ュールは、細かい事情を、説明してくれた。 与えられた居住区へ戻ってみると、奇妙な建設工事が、ほ・ほ終っ 「拉致してきたんじゃない。あのドロマエオサウルスたちは、かれていた。大広間には、支給された資材を用いて、ドロマエオサウル ら自身の希望で、われわれに同行したんです」 スの集落が、再現されていた。 工ペレットは、言った。この際、それほど重要なことではないか アカメとコロは、二人の姿を見て、駈けよってきた。ジュリは、 も知れない。しかし、ハンターとの友情を思えば、譲歩できること足もとのアカメを抱きあげ、新しい集落に近よった。 ではない。 サキとソネ博士にむかって、グールドとの会員の模様を報告す 「なるほど、よく判りました。あなたがたは、進化型のドロマエオると、二人のほうも、ここでのことを話した。 ドロマエオサウルスが、た サウルスと、友好関係をつくりあげているようです。われわれにも「ソネ博士と話していたんです。な・せ、 興味のあることです。進化型の棲息地は、かれらに押さえられてしかだか数十万年の後には、地球上から姿を消してしまうのか ? 」 こ。 ロ 8
かん グールドの思慮ぶかげなものの言い方が、 = べレットの癇にさわら一行を抹殺することをためら 0 た。その結果、われわれは、大き った。三十世紀人は、必要な情報を与えすに、 = べレットの仲間をな被害を受けた。そして、私自身は、捕虜になった。だが、すくな 見殺しにしたのである。 くとも、きみたちの命令でしたことではないと判った」 「そのかれらの一人が、ここにいます。われわれが捕虜にした先遣ゲラッ ( は、平然と話した。以前から、グールドを知っているら 隊長ゲラッハです」 = べレットは、捕虜の腕をつかんで、グールドのまえに突きだし「ルルロ、済まないことをした。二十三世紀の支部に対して、時空 た。ゲラッ ( は、臆した様子もなく、腕を組んだまま、傲然と立つの歪みについては、知らせておいた。そうすれば、捜索隊の出動を ていた。 ためらうにちがいないと考えたからだ。しかし、かれらは、タイム 「ルルロ・ゲラッハ マシンを出発させてしまった。進化型ドロマエオサウルスの棲息地 叫んだのは、グールドのほうだった。ちょっと顔色が変ってい が、協定によって、きみたちの領界と定められていることを知らす る。 にだ」 「ショーン」ゲラッハは、ファースト・ネームで、三十世紀人に呼グールドの口調が、弁解がましくなった。どうやら、ゲラッ、 びかけてから続けた。 種族と人類とのあいだには、なんらかの協定が結ばれているらし 「きみたちホモ・サビエンスが、協定違反を犯したのでないこと は、よく判った。この男は、はじめ、われわれと交渉に入る際に、 「どういうことなの ? 」 このゴビ砂漠基地の指令で、動いているかのようなことを口にし ジュリが、小声で訊いてきたので、エベレットは、黙って首を振 た。そのため、われわれは、地球の生態系を崩すことを恐れ、かれった。 , 彼自身にも、いったい、・ とういうことなのか判らない あふれるロマンとサスペンス / ハヤカワ・ノヴェルズ シドニイ・シェルドン / 大庭忠男訳一六〇〇円 見えない運命の糸に操られた二人の女の愛と憎悪と復讐の物語 早川書房 かぶり ロ 3
。フロジェクトそのものは、敵側に探知されることを避けるため、 ヴェゲナーの大陸漂移説によって予言され、後の。フレートテクト ニクス理論によって立証される各大陸の漂移分離が起こるのは、こ 隠密裡に行なわれねばならない。タイムマシンは、基地の奥深いと ソ . ゲア ころに、準備されていた。 の後のことである。一塊まりになった汎大陸だけが、ベルム紀当時、 ようらん 工べレットは、せかされるようにして、タイムマシンに乗りこん陸上生物の揺籃となる陸地であった。 だ。。フロジェクトそのものは、この腕ききのパトロール隊長を中心 タイムマシンは、七千万年前のゴビ砂漠から、さらに一億五千万 として行なわれる。腹心の部下のジュリのほか、十人の戦闘要員が年の時間的距離を遡行しはしめた。 与えられた。しかし、実際の任務を遂行するにあたっては、三人の 工べレットは、四次元震動波の作動をチェックしながら、この人 古生物学者のアド・ハイスが必要になってくる。 跡未踏の僻遠の過去へと、タイムマシンを操っていった。 目的の時点は、一億五千万年まえの古生代ベルム紀後期末。二十タイムマシンが停止した時点は、プログラムどおり、古生代ベル 三世紀から見ると、二億二千万年まえの太古の世界である。 ム紀後期末のゴンドワナランドのシ / ナータス帯であった。 目的の地点は、ゴンドワナランドのシノナータス帯ー , ー後の南ア 「みな武装しろ。探査用・ハギーを降ろせ」 フリカになる場所である。当時、汎大陸ゴンドワナは、また分離し エ・ヘレットは、緊張したおももちで、この地での最初の命令を発 ていなかった。巨大な陸塊として、原始の地球上に存在していた。 した。新たに指揮下に入った三十世紀の戦闘要員は、きびきびした 南極の方角に偏在する大陸塊から、のちのシベリアが半島のような動きを見せる。タイムマシンのなかに、活気がみなぎった。 形で突出し、南アメリカとアフリカとは一塊まりになっていた。後 降りたところは、白亜紀末とは、うってかわった世界であった。 にヨーロツ。 ( を形成するはすの陸地から、テーチス海をはさんだ東古生代末も、やはり大変革の時代である。植物相も一変する。あた 側に、小大陸として中国に相当する陸塊が浮かんでいた。 りの景色は、一行に既視感に近い感覚をもたらした。 石川喬司の U)LL & ミステリ・ガイドブック ・ミステリおもろ大百科第 平なんてというあなたと、ミステリを読まないキミに、斯界の名ガイ , ~ 孖ドが、軽妙洒脱な文章で楽しみ方、味わい方を教えてくれる絶妙な本 ! 価一〇〇〇円 デジャピュー ー 5 3
あくまで個人的な発言である。ゲラッ ( は、敵と味方という関係なからである。 ドロマエオサウルスの意志にまかせるという人類側の提案は、異 から、ここしばらくのあいだ、エベレットと行動を共にしている。 少くとも、人類というものを個人的に体験している。しかし、かれ類側にも受けいれられた。そして、ハンターの群が、会議室に引き いれられた。 の所属する未来は、哺乳類の全盛時代を、まったく経験していな ノカマキ。 ことの成行は、はじめから明らかであった。ハンターは、はじめ 異なる進路の地球史が帰着する涯にある。ゲラッ : : から、ゲラッハに対して、敵意をなきだしにしていた。アカメは、 ガと呼んだ哺乳類は、白亜紀に棲息したデルタテリジウム、モルガ ノコドンなど、鼠ほどの大きさしかない、しかも鼠ほどの知能もな例のごとく、サエキの腕のなかで、眠りこけてしまっていた。小さ なアカメには、昼寝の邪魔をされることは、迷惑たったにちがいな 、惨めな小動物にすぎない。 工べレットは、これまで行動をともにしてきた異類を、じっと見 ドロマエオサウルスの群にまじって現われたサエキとジュリは、 つめた。ゲラッハの立場に立ってみると、かならずしも判らないこ クを与えた。かれらの高貴なる先祖ー 面していたのであ異類の陣営にふたたびショッ とではない。かれは、はじめから、人類を過小評 { る。それも、無理もないと言える。白亜紀後期末の時点でみるかぎが、うす汚ないマキッガーー哺乳類の子孫と、これ見よがしに親し んでいる状態は、かれらの価値感を覆した。 り、高貴なドロマエオサウルスと、矮小なデルタテルジウムでは、 ケラッ、よ、、 ノンターにむかって、話しかけた。この男は、サ工 まったく比較の対象にもならない。 はじめて会ったとき、ゲラッ ( は、傲岸不遜とも思える態度をとキなど比べものにならないくらい、ドロマエオサウルスの言葉をう まく喋る。たカノ、 ・、、、ノターの心を、とらえることができない。やが った。明らかに人類を見下していたのである。 の声音が、まるで哀願するように変っ もし、未来の人類が、ゴキブリから進化したという知的生物と遭て、同行を求めるゲラッ ( 遇したとしたら、はたして対等の交渉相手とみなすであろうか ? ファースト・エンカウンター それに対して、ハンターは、白骨の剣を擬し、一声さけんだたけ ゲラッハの種族にとって、この最初の遭遇は、まさに、そういっ であった。 た性質のものだったのである。 「ルルロ、これは、難しい問題なのだ。われわれは、冷静にならな ければならない。なにしろ、われわれ双方が、少くとも、この時点すべては、それで決着がついた。ドロマエオサウルスは、自らの 意志で、サエキとともに留まるほうを選び、ゲラッ ハと同行するこ までの進化史を共有しているからだ」 工べレットは、言った。この異類にむかって、ファーストネームとを拒否したのである。 で呼びかけることに、あまり抵抗を感じなくなっていた。とりみた したゲラッハの態度に、これまでにない人間的な側面を、見出した忙しい一日が終り、エベレットたちは、ドロマ h オサウルスの集
を知りたがっていたからである。二人は、白亜紀にやってきてからにも判る単語の切れはしである。 経験したことを、記憶の絲をたどりながら、ひとつずつ話していっ それだけでは、エベレットには、なんのことか判らない。二人 9 は、隣接する居間に行き、気送シュートのそばにある映像装置にと ここへ来てから知らされたことと、思いくらべてみると、ひとっぴっいた。サエキが、なにをしようとしているのか、ふと不安に思 ひとつの出来事が、符合する。 ったからである。 かれらは、異星人の領界と知らすに、侵入したことになる。その現われた映像は、基地の司令室のものらしい。スクリーンの女 結果、協定侵犯とみなされ、攻撃された。その結果、身ひとつで逃が、サエキの居所を教えてくれた。 げまわったあげく、運よく生還の機会を捉えたのである。 工べレットとジュリは、居住区をとびたし、指示された通り走路 ショ】ン・グールドは、二人の物語に、いちいちうなずきながを利用し、それを降りてから地下区劃への階段を進んだ。迷路のよ ら、全てを聴きとった。ときおり猪首をまわすのは、話が山場にさうな区劃のなかは、必要品を備蓄する倉庫になっている。端末機の しかかるときであった。 データ・ファクスから地図を手に人れてこなければ、とうてい進む 「かれらが、ドロマエオサウルスを射つのをためらったと ? 」 こともできなかったにちがいない。 / カしカえした。 = = ロカ終ったとき、グーレド、、、、、 地図を頼りに迷路のような通路を辿り、二人は、ようやく、ひと 「ええ、もし、ためらわすに銃を発射されていたら、われわれに勝つのドアにたどりついた。 目はありませんでしたわ」 ドアを開くのももどかしく、勢いこんでとびこむと、凍てついた ジ = リが答えた。宇宙船を乗っとったとき、司令室でかれらと対ような光りのなかから、三人の男が振りむいた。 決したときのことを、思いだしていた。 倉庫らしい何もない空間の中央に、ひとつの台が置かれ、そこに 事情聴取から解放されて、二人は、居住区に戻った。大広間の集人の形をしたものが仰向けに寝かされている。三人の白衣の男は、 落には、サエキもソネ博士も見あたらなかった。残された恐竜の群二人の二十三世紀人とユールである。 は、せっせと働いていた。いったん作りあげた家を、組みかえてい 「ヴィンス、よく、ここが判りましたね」 るようだった。 サエキは、血まみれのメスを手にしたまま、話しかけてきた。 「ハンター、サエキは ? 」 工ペレットは、拍子抜けした思いであった。若者が、なにかをし 工べレットは、ハンターをつかまえて説いた。空気を裂くようなでかすのではないかと、不安を覚えながら、ここへやってきた。だ が、たしかに 、ハンターが言うとおりだった。ハンターは、サエキ 声で、ハンターは答えた。 キアッガ が出がけに言ったことを、正確にエベレットに伝えた。敵を切りき 「サエキ、行く。敵、切る」 ハンターは、白骨の剣をふるってみせ、問に答えた。工べレットざむ , ーーっまり、解剖するということである。