ゴロー - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1978年5月号
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1. SFマガジン 1978年5月号

だろうと想像しはじめた頃、女はうわごとのような意味のない声を店の牛乳冷蔵ポックスが転がっている。おれはその上にゴローを置 あげた。おれは最初、寝言かと思った。 : 、 カ皺だらけの顔に苦悶のき、ロッカーから這い出した。 表情を浮かべていた。分娩が始まっていたのだ。お産の前に死ぬた梅田地下センターの西端だった。 ろうとおれは予想していた。だが、膨らんだ腹は異様な動きを見広い通路は暗く、まともに点灯している螢光灯は少なくなってい せ、血まみれの間から胎児は出てきた。おれは、その胎児が自分でる。この一帯には老化の気配があるとおれは思った。 通りの東方をながめた。 這い出してきたような印象を受けた。 事実、そうだったのかもしれない。 人影はなく、円柱が等間隔に並んでいるだけだ。地下街に流れて おれはその子供の顔は狐に似ているたろうと予測していたが、そきた時、はじめて立ったのがあの支柱の横だった。一年後、こんな うではなかった。 姿で同じ場所を通るとは想像もできなかったことだ。 おれにも似ていなかった。それは幼児の体つきではなく、異常に 感慨に浸っている時間はなかった。腕の中でゴローが体をよし 頭が大きく、頭髪がまったくなく、五カ月目くらいの胎児がそのる。〈早く行こう〉おれはそう感じた。 まま大きくなったような体つきたったからだ。性は何とか判別でき通りを横切り、南側の商店街に入った。階段を数段降り、化粧品 た。男のように思えた。 と装飾品のコーナーを抜け、ベルトやアクセサリーがやたらに散乱 その子を抱え上げ、女の顔の前に差し出した。女はかすかに瞳孔するコーナーを右に曲ると、阪神デ。 ( ートの西側通路に出た。頭の を拡げたようだった。表情はほとんど変化しなかった。こんなもの中に予測した経路とゴローの体の動きと歩調が完全に一致して、も が腹の中にいたのかと気味悪がっているように思えた。女は目を閉はや行き止りや袋小路に迷い込むような気はまったくなかった。一 歩一歩に確信があった。画材店の前から北に進み、散髪屋の前に倒 じて、そのまま意識を失った。 ーガーのコーナーを通過すると、阪 れた縞の円筒をまたぎ、ハン・ハ 弛緩出血で子宮から血を流しつづけ、二日後に死んた。 神電車の乗り口へ降りる階段があった。 予想通り、シャッターは開いていた。 階段は地下鉄ほど荒れてはいない。中央部には塵芥もなく、最近 ゴローをひとつ前のポックスに両手で押し込み、体を芋虫のようも人が通行している様子だ「た。構内には人の気配がした。阪神側 にくねらせて、ロッカ 1 ひとっ分を前進し、また両手で子供を前にの食料搬入点が近いようだった。 コンコースに降りると構内は見渡せた。ここには二つのホームに やる。こうして、おれは地下鉄定期券売場の裏側通路のロッカー内 車輻が残されている。それがすみかに使われているらしい。 を南に進んだ。 二十個目のコインロッカ 1 が内側から叩くと開いた。目の前に売おれはホーム南側の通路を西へ進むつもりだった。念のため、背 4

2. SFマガジン 1978年5月号

「どうした」 下を見ゑ十数匹が一瞬後に数百匹になって通路を覆った。耳障 りな鳴き声が数千数万と重なって、地下道に充満した。 耳もとで青年の声が響いた。だが、答えようがないのだ。 どこにこれだけの数の鼠がいたのか。どこへ逃げようとしている また、あの音がした。西梅田の長いコンコースの彼方から、低く のか。な。せ逃げるのか : : : 。洪水のようにあふれる足もとの大群を 重いうなりが地下道に充満した。 見ながら、おれはな・せか一年前に地下に閉じ込められた時のことを 「何か、動いているそ」 男が叫んだ。おれは前方を注視した。確かに、何かが動く気配が思い出した。あの時、おれはこの鼠のように逃げまどったのだろう か。この鼠たちも迷路に閉じ込められてまうのだろうか : あった。 うなり声が聞えた。 大阪駅前ビルの地下につづく通路の入口が前方にあった。その一 角が異様に動いていた。通路いつばいに、おびただしい鼠の群れが横の改札ロの上にいる青年の腕でゴローがうなっている。おれは 駅前ビルの通路から走り出ていたのだ。 隣りに手をのばして、そいつを受け取った。 おれの両腕の中で何度か身をゆすり、体を安定させ、ゴローはま 7 たうなり声をあげた。怯えているとは思えない。鼠とは無関係なも のにうなり声を発しているようだった。 おれは信じ難い思いで、暗い褐色の奔流を見つめた。通路の三十その直後、思いもよらぬことが起こった。 メートルほど前に、突然横合いから鼠の大群が走り出してきたから金属の擦れ合う音が地下道に響きわたり、鼠たちの流れの向きが だ。鼠の流れ出てくるビルは、おれの記憶の中では、梅田地下街の急速に変りはじめたのだ。足もとで鼠は方向を反転した。そして、 まるで悪夢が終るように、鼠の大群はまたひとつの流れとなって、 最も新しく清潔な一帯だった。 鼠の群れは通路の出口で拡がり、二方向に分かれた。コンコース西の方へ急速に動き出した。 に渦まき、一方は堂島地下センター側へ走り、一方は北へ、おれた ( 西の方 : : : ) ちのいる北側へ動き出している。 おれは鼠のまばらになった通路に飛び降り、それらが走り去った 「ここへ登れ」 方を見た。 男が叫んだ。 おれはこの一年間で最も信じられぬものをそこで見た。桜橋西側 彼は自動改札ロの上に乗り、おれの方に両手を差し出していた。 の地下出口の防火戸が開き、牢のような太い鉄柵の扉が左右に開き おれは硬直したゴローを渡した。足もとにコツンコツンと足に何か切って、そこには地上への出口が開かれていたのだった。 が当った。早くも群れの先頭が足もとを走り抜けている。おれは、 おれは男の方を見て、彼の意外な顔つきを見てから、もう一度見 た。出口は開いていた。な・せだ、な・せこんなに簡単に出口が出現す 男のいる隣りの切符回収機の上に飛び乗った。

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て死の気配が濃くなるような気がした。銀行という、今や何の機能つれて、おれは中世の城の中を地下牢へ降りてゆくような気分にな った。片手で松明をかざせば感じが出るたろう。そして地下牢には も果さぬ区画が続いているからかもしれない。通路はやや下り坂に なって、前方はさらに暗い。たが、おれが決めたコースた。おれは願病患者が蠢いている : ゴローを抱え直し、歩き出した。 おれの連想は間違ってはいなかった。地下鉄梅田のホーム北端に 空気がやや冷たくなった。たが、出口が開いているからではな降りたおれは、そこで両側の線路上に積みあげられたように折り重 。風向きを頼りに出口を捜す方法は、初期から失敗をくり返してなっている、白骨死体の山を見たのたった。 六、七十体はありそうだった。すべて白骨化していて、腐臭はな いる。排風機の回転次第で地下道の風向きはどうにでも変るのたっ かった。・、、 カ夏場に立ちこめたであろう悪臭を想像するたけで胸が そんな簡単な方法で出口は発見できないそ。そう告げるか 悪くなった。ここまで運ばれてきてレールの上に投げ棄てられたこ のように気流は変化した。 とは歴然としていた。おそらく、中津側へのびたトンネル内に始末 おれは通路左側にあるスポーツ用品店に入った。散乱するスキー の板を片付けて、厚手のアノラックを見つけ出した。黒 ? ほいものしようとして頓座したのだろう。 にしたかったが、見当らす、クリ ーム色が比較的見立たぬように思初期の事故死や病死によるものではない。三つのグループ間に起 えた。ゴローを詰める袋カノ 、、、、ツグを入手しようと捜したが、頭の大こった暴動による死者にちがいなかった。 きすぎる体形は、抱く以外安全に運べそうになかった。 暴動は食料の欠乏から始まった。正確には飢餓への危機感が引き 登山ナイフは当然ながら一本も残されていない。ットかゴルフ クラブを武器がわりに持つかどうか一瞬迷い、やめた。片手は自由金になったといえる。地下街に残された食料が尽きる以前に事件は 起こったからた。 にしておいた方がいし おれは地下鉄梅田の北端で立ちどまった。また、分岐点た。南へ 阪神デパ トの地下には、堂島地下センター、駅前ビル方面から 平行に二本の通路がある。阪急百貨店北側まで一直線のコンコース移動してきた者が集まり、阪急テパート 地下には、三番街から南下 と改札口からさらに降りた地下鉄ホームだ。コースは二つしかなしてきた者が居ついた。食品売場の大きいこの二箇所に比べると、 。おれは地下鉄ホームを進むことにした。上のコンコースを進め富国生命ビル地下の名店街に残された食品は豊富とはいえなかっ の食料品売場を抜けるか、国鉄た。この売場に集まったグループは、デ。ハート地下売場を管理する は再び分岐点に出る。阪急デパート 側コンコースへ右折するか、地下ホームへ降りるか。三方向へ分れグループに、食品の公平な配分を要求したのだが、すでに長期の地 る場合は二つのゲートが開いているはすだ。幾つかの場合を想定し下幽閉は誰もが予感しはじめていたため、エゴイズムが優先した。 て、最初から地下鉄ホーム伝いに進むのが効率的と判断した。 外部からの要求が集団としての結束を固めることになった。 改札口を入ると天井は半円形になる。ホ 1 ムへの階段を降りるに 三つの集団が鮮明になった。 っ 4

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とがあっただろう。あの時点では、・ほくはそう信じていた。だが、す。左側へ進めば助かりません。早く出口へ急ぎなさい』 「駅前ビルの通路を進もう。危険でもわれわれの経路を進むんだ。 阪神の地トで生活をはじめてから、考えは変った。過密化した人間 の行動を実験材料にするなら、何も小人数だけを残す必要はなかっ失敗してもいい。試行錯誤こそ人間の特権なんだ」 たからだ。 ・ : 結局、地下街環境でしか生きられない人間に対する チカコンの挑戦だと、ばくは受けとめた。だが、いっか地下から、 おれは立ちすくんだままだった。 出口を発見する能力を持つ者が生まれるだろう。そう信じていた」 右側に桜橋の出口が開いており、左側に駅前第一ビルの入口がロ 「この子がそうだというのか」 を開けていた。 「そうだ。・ほくはもともと地下人種を軽侮していた人間だ。だが、 おれが結局生活できなかった地上の社会と、地下に蠢いている無 今はちがう。一年間地下に閉じ込められた人間だ。だから、この子力な人間たちが、奇妙に頭の中で重なった。おれは腕の中に小さな を地上に渡す訳にはいかない」 肉塊を抱えたまま、自分の置かれた奇妙な位置に戸惑った。 「この子が私の子といったのは、・ とういうことなんだ」 おれは駄目な男だった。何ひとつ自分で決断を下すことが出来な おれは男に訊ねた。 かった。だが今、おれはひとつの通路を選ばねばならなかった。 「地下を封鎖したのは、ラブラスの鬼を誕生させるために必要だっ 「よし」 たということだろう。つまり、地ド街は、地上の社会が必要として おれは断言した。 いるひとりの超能力者を生むための子宮だったことになる」 「おれが決める。この子が地下街という子宮から生れたのか、おれ 男は吐きすてるようにいった。 の子なのかは知らない。ただ、この子の意志を感じられるのはおれ 『その通りです。地上は待っているのです。早く、出口へ急いで下だけだ。だから、おれがこの子にく。おれは、この子の決断に従 って進路を決める」 声は地下道に響きわたった。 男は何も言わず、地下街は沈黙したままだった。 おれは両手でその子を抱えて、二つの通路の中間に立った。 「だまされるな」 青年はおれに叫んだ。 ( さあ、行こう ) おれはゴローに呼びかけた。 「おれたちは何のために地下街に生きのびてきたんだ。おれたちは 腕の中で確実に体が動いた。おれはその方向に歩き出した。 やっとおれたちを地下に閉じ込めた存在に勝とうとしているのだ。 信じろ。今開いた出口を出てはいけない。イメージに描いた通りの 経路を進むんだ」 『もう、その進路は通行不能です。噴流が地下二階まできていま 4

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れは親子だからかもしれない。しかし、体を動かして方向を指示し「わからない。だが、もしその子が出口を知っているのなら行って たとなれば : : : 」 みたい。いったい 、地下道の響きにどんな衝動を感したのか確かめ 4 「超能力か」 てみたい」 おれはいっこ。 男は熱つぼくいった。 プレコグニション 「予知能力とかいう : : : 」 そうた。おれはまだ旅の途中だったんだ。 「いや、極端ないい方をすれば、ラブラスの鬼とでもいえる。古典「行こう」 物理学の決定論で仮定された存在た。ある時点で世界の状態が与え おれはいった。 られると、それ以後の状態はすべて決まってしまう。ラ。フラスの鬼「頭の中にあるコースは西梅田から南へ向って、大阪駅前ビルの方 はそれが計算できる存在だという。 : ・ほくは逆の解釈をしたこと向へ進むことになっている」 がある。あらゆる試行錯誤に費すエネルギーをはしめから放棄すれ ば、行きつく結果は最初から見えてしまうのではないか、と。むろ おれたちは一年前のように肩を並べて進んだ。だが、今度は、月 ん逆説だ。だが、もし可能性をすべて放棄する能力という超能力がのように迷路を怯えながら進むのではなかった。確信を持って分岐 あれば、自分の運命はすべて予見できるのじゃないか」 が選択できるのだ。 「この子がそうだというのか」 阪神梅田の西出口を昇り、自動改札口を越え、地下鉄西梅田の北 「仮説だよ。 ・ : だが、この子の体形は暗示的だ。ひょっとした側を西へ抜け、阪神食堂街の手前で南へ曲り、地下へ一層降りて、 ら、新しい人類であるかもしれない」 地下鉄西梅田のコンコースの西側を南下していった。一度の選択ミ スもなかった。 青年はゴローの顔を覗き込むように観察した。 「幼形成熟というやつだ。進化のある過程で、個体発生が一定段階「一体あんたのイメージの中では」医大助手は興奮した口調でいっ でとまり、そのまま生殖巣が成熟して、生殖する場合がそうだ。そこ。 のひとつに″胎児化″というのがある。ヒトが類人猿の胎児に似て 「目的地には何が見えるんだ。出口か、地上か」 いるというのが有名た。類人猿の胎児は、体重に比べて脳が重く、 「それがわからないんだ」 顎の突出が小さくて、体毛が少ない。それに皮膚の色が薄いとい おれは正直にいった。ただ行ってみたいだけだ。しかも、いっさ う。まるで人間だ : : : 」 いの不安はないのた。 おれは黙って腕の中の″巨大な胎児″を見た。これが新人類なの その時、ふと頭の一角が曇った。鮮明であったはすの何かが翳っ おれはいった。 か・ : : ・奇形なのか : た。同時に、腕の中でゴロ】が体を硬直させた。 「この子がそうだとして、迷路を読めるのとどう関係あるのだ」 おれは立ち止まった。

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: ぼくが、この地下街の異変が何かの実験だといったのは、こ うとした跡のように思える。段上の改札ロ前が、三グループの衝突 のカルホ】ンの実験が頭にあったからなんたが : : : 」 した広場なのだ。 青年はしばらく考え込んだ。 荒廃は上に行くほどひどく、最上段を登り切ったところで、おれ 「しかし、あまりにも条件が作られすぎているとは思わないか。餌はしばらく立ちすくんだ。改札ロ前には、想像以上に大量のがらく の搬入もそうだし、その前の食料の奪い合いの時もそうだ。グルー たが積み上げられていて、天井との間にわすかな間隙を残すだけの 。フ間の闘争という、進化論的に機能を果さない闘争が起こると、直状態だった。 ちにグルー。フを引き離してしまった。 思い過ごしだろうか。地 おれが漠然と頭に描いていたコースでは、ここから阪神電車の乗 〈ファンタジーの 下街の地図に、ねぐらや摂食場所、水飲場、排泄の場所、通路、障り場に降り、ホーム沿いに西へ進む予定だった。 害物などを書き込んでみれば、哺乳類のなわばり図に似た。 ( ターン広場〉から出発して以来、はじめて予想外の障害に遭遇したことに が出来るのではないだろうカ なる。 : ・ほくが地下街を使って人間の行動学 を研究するなら、多分、そうするだろう。そして、通路や仕切りを ( しかし、ここまで一度も迷路に人り込ますに到着しただけでも奇 色々変えてみて、行動の。 ( ターンを調べる : : : 」 跡的ではないか : : : ) 「だが、実験とすれば、一体誰が : : : 」 おれはそう思った。 おれたちは黙った。周辺にはおびただしい感知機器類が取りつけ頭に浮かぶ予感のみに忠実にコースを取っただけのことだ。朝、 られているはすだ。データが送られるラインが張りめぐらされ、そあの地下道を通り抜けたうなりと同時に、不思議な昻揚状態が襲っ れらの信号が奔流となって流れゆく先に、黒く巨大な、外観すら明てきた。あの状態がまだ持続している。そんな風におれは感じてい 確にはつかめぬ、意識を持った存在がうすくまって地下街を観察し ている。そんなイメージが一瞬浮かび、〈 T 一 KACON 〉という文字 そして、やはりここは行き止まりの経路たったのか。それと が頭をかすめた。 も、ここはシャッターの開閉によって作られる分岐点ではないか ら、自分で障害を取り除いて進まなければならないのだろうかー 5 ゴローが腕の中で動いた。腕の中で、青白く頭髪のない頭を左へ 地下鉄梅田駅のホーム南端は、地下街の中でも最も荒廃がひどい突き出して、しきりにもがき始めたのだった。 一角だろう。階段の半分以上は毀れていて、ぐらっきやすく、一段作り物のように飛び出した眼が、何かを見つけたかのように一方 ごとに確かめながら体重をかけないと危険だった。途中には砂礫が向を向いている。おれはそちらに歩いていった。 ぶちまけられていて、バリケードを築くために線路面を毀して運ぼ ハリケードが足の踏み場もなく積まれ崩れかけている、その東端 3

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ウルフ・アタッカーの高速戦闘艇 ( ウルフ・クロー ) 全長 20 m 重量 100 トン最大速度光速ー エレクトロンロケットエンジン一基 エレクトロンガン方式 武器イオンレーサー砲 2 門 ートロンミサイル発射ロ 2 門 ーヴァージノレ スターウルフシリーズく 3 〉 ミノ / ト・一一一一新田思安訳 工ドモン スターウルフ・ンサー 、 : はてのス名 : くスターウルフ〉シリーズ・全 3 巻 ( ハヤカワ文庫 S F ) 3 反、ジ下、朝らをツ、 ルュ 次号からは再び「私を SF に狂わせた画描きたち」 をお送りします。乞う御期待 ! ・フィンレイ ( その 2 )

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なかった。何かで脚を打ちつけて、おれの方がたびたびうめき声を「いや」おれは男を見上げた。「急に出て行きたくなった。なぜか あげた。 自分でもわからないんだ」 ふと気がつくと、目の前に人影が立ちはたかっていた。通路をふ 「珍しいことだな。女が死んだからか , さぐような大男のシルエットが前にあった。とっさのことで判断に 「留っている理由はなくなった。だが、南へ行けば出られそうな気 迷った。右腕に子供を抱えていた状態たったので、左手を背中の庖になってきたからなんた , おれは断言した。「例の音が聞えたとた 丁に回そうとしたのだが、うまく把めなかった。 んに、急にそんな気がしてきた。 : 聞こえなかったか」 「なんだ、あんたか」 「例の音 : : : 地下道の共鳴か」男は怪訝そうに説き返した。「時々 庖丁に手が届く前に、前方から声があった。おれは目を凝らし聞えることはある。季節の変り目は多いかもしれないな。水道管の 中に気泡が混ったり、気温が変化しやすいからな。あの音に恐がる た。見覚えのある男だった。 〈トレビの広場〉に住みついたグルー プのリーダー格の男だ。ガードマンだったとか聞いた。食料品を貰女もいる。地下から出ようとあがいて死んだ連中の亡霊が合唱して いに行く時だけ姿を見たことがあるが、決してグルー。フに人れとは いるように聞えるそうだ。何の意味もないんだが」 いわなかった。屈強な印象だが、決して暴力的なふるまいはしない 「おれもそう思う。ただ、こいつが変な反応をするーおれは腕の中 男だった。彼は毛皮のコート を数枚、肩に担いでいた。 のものを、よく見えるように、照明が当るまで持ち上げた。「あの 「冬支度さ」男よ、つこ。 : しナ「まだこんないいものがあった・せ 音が聞えたとたんに急に武者震いを始めた」 そういえば、もうすぐ冬が来る。二度目の冬だ。地下街にも季節「それがあんたの子か : : : 」男は異形の子を気味悪がっている様子 はある。冷暖房が切れる時間、気温は地 -1-2 の温度に近づいていく はなかった。「名前はつけたのか し、水温は季節によって確実に変化する。それに、地下設備が部分「ゴローた」おれはとっさの思いっきを口にした。「おれの子かど 的に傷みはじめている傾向もあるのだ。男はそうした季節を予感しうかは分らない。父親の候補は五人いるからな」 て、早くも動き出している。地下に残された人間には珍しい生命力「そうか、南へ行きたがっているのは、その子が本当の父親に会い が感じられた。 たがっているからかもしれないな」 「あんたも何か捜しているのか」男はおれと腕の中の子供を交互に 男は冗談ともっかぬ口調でいった。同情も心配もしてくれないと 見ていった。 ころが、おれにはありがたかった。近くの通路の状態について情報 「いや、三番街を出て行くことにしたんた , 交換し、食料のことを話し、狭い通路ですれ違って、その男とは別 男がどんな表情をしたのかは見えなかった。しばらく沈黙があつれた。男は三番街の地下にどうにか確立できた″生態系″を何とか て、男はいっこ。 維持して扉の開く時を待とうとしているようだった。それはひとっ 「追い出されたのか」 の方法には違、よ しオい。たったひとつの出口を求めて発作的に移動す 8 っ△

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の死角に、やっと一人が通れる程度の通路がある。阪急テ。ハート 入り、ガラスの砕ける音や厚い冷蔵庫が乱暴に閉められる音が聞え ロの階段を降りた左側だ。おれは思い出した。地下鉄定期券売場のた・数人のグルー・フが食料か、おそらく酒を捜して近づいている気 裏側が幅一メ】トルほどのロッカール】ムになっていて、そのコー 配だった。 ナーは梅田地下センター側へ抜けられるのだ。おれは通路を覗い おれたちは黙って顔を見合わせた・この一角まで侵入してくる者 た。そこにもがらくたがい つばいに積み上げられ、通れる隙間はな があるとすれば、曾根崎方向から流れてくる凶暴なグルー。フと考え っこ 0 、刀ュ / てよかった。 が、ゴローは意外な反応を示した。壁一面のロッカーの一つを睨 ( 逃けた方がいい ) み、例の奇妙なうなり声をあげたのだ。おれはそのロッカーの扉に おれは息を殺して、目で合図した。助手の男は黙ってうなずい 手をかけて、ためらわずに開けた。 た。手が自然にのび、おれはハムの塊りを把み、彼は残った一本の 腰の高さあたりのロッカーの中には、何もなかった。ただ、横側ワインを取った。コ】ナー入口の扉は濃いグリーンのガラスだ。扉 に、薄い鋼板を切り取って、ほ・ほいつばいに穴が開けられていた。 の裏に隠れてもシルエットが見えるだろう。かれらがこの店に着く おれは瞬間的にその意味を悟った。人間ひとり、どうにかくぐれる前に通路に出て、手前の店に入った隙を見て、その前を逃げるしか 横穴は、壁に沿ってロッカー内部を通路の奥まで続いているにちが ない。この奥は行き止まりだし、逃げ道は〈花の広場〉へ通じる通 路だけだ。 それは巧妙に隠された秘密通路だったのだ。 靴音は確実に四人と聞き分けられた。靴音は二軒向うの契茶店を おれは内部を覗き、次の瞬間、頭をかすめた疑問に体が一瞬強ば物色しはじめたようだった。 ( 今だ ) な・せだ。 おれは目で合図し、通路に忍び足で出た。契茶店前まで六メート な・せこの子はこの通路を知っているのだ・ ルほどある。そこを通過しないことには逃げ道は開かれない。後ろ あの、医大の助手なら答えてくれるかもしれない、とおれはを助手の青年がついてくる気配だけがあった。 思った。が、彼とは阪急ファイ・フの地下から逃げ出した時以来、別 あと一メートルで赤い樹脂製の扉の前を通過する。そしたら走り れたままだ。地下街のどこかにいるだろうとは信していたが。 出せばよい 不意に音もなく扉が開いた。三十センチ前に男の顔があった。正 おれたちの会話はワイン二本目の半ばで跡絶えることになった・面から視線が合った。細くつり上がった目の狐を連想させる顔だっ ハン・ハーグコーナ 1 の向うで足音がしたからだ。 た。ちらっとおれはその男の手を見た。右手に刺身庖丁が握られて いるのだ。 四、五人の硬い靴音が入り混しって遠くから響いてきた。時お

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は開かなかった。ビルの地下にあるエレベーターも同様だった。ゴ る方法は、ほとんど成功の見込みがない。経験的に誰もが知ってい ることだった。たが、誰にもそれを止める資格はない。それもまたンドラは吊り上げられ、地階へは降りてこなかった。 経験的に学ばざるを得なかった不文律だ。 単に出入口の扉を管理システムが閉じただけではなく、地上側か おれは靴屋のショウウインドウの脇を抜けたところで、再び階段ら大掛りな封鎖作業が進められている気配があった。 を下りた。正面に蕎麦屋と寿司屋が並んでいる。三番街の南端だ。 その作業が想像以上に大規模であることがわかったのは、地下タ 通路の西端に従業員通路と標された扉がある。必すあのドアは開 ミナルの様相を見た時だった。地下鉄と阪神電車の駅への通路が く、とおれは思った。ドアは開いた。地下荷捌場へ抜ける通路は密開けられたのは数日後だったが、その時には電車はむろん一本も動 閉されている。おれは階段を登り、地下一階の従業員通路の扉を内 いておらす、線路沿いに地下を進んだ者は、すべて、二百メートル 側から開けた。 も行かないうちに、トンネルか土嚢で隙なく埋められているのを発 広い通路の向うに銀行の石板が見えた。三番街は抜けた。最初の見した。地下鉄御堂筋線、谷町線、四ッ橋線、阪神電鉄、すべての 目的地、地下鉄梅田駅に通じる出口に到着したのだ。 地下路線が完全に工事済みだった。 「ゴロー、おれの勘は冴えているそ」 外部の大量の作業員と機械の動員がなければ出来ぬ作業だった。 おれはつぶやいた。左腕の中から、低いうなり声が返ってきた。 それに、梅田を経由する電車がすべて運転不能となると、地上の蒙 る被害は想像もっかないものになる。 「地下街ジャックだ」 今でこそ地画別に″生態系″が出来上がりつつある。が、現状に 落ち着くまでには、さまざまな試行錯誤と闘争を経なければならな誰からともなく、そんな声が出た。 、力学ー ラジオには妻じい妨害 電話は一切不通。テレビも受像できない。 医大助手の青年が立てた仮説は、結果としては正しかった。防火電波が入っていた。 シャッターの開閉によって、閉ざされた地下空間にさまざまな迷路「地下街に閉じ込めた人間の命と引き替えに、自動開閉が不可能な が作られる。 それは長い混乱の後に訪れた世界だった。 出入口をすべて地上から封鎖させたにちがいない」 防火シャッターの密室から出たおれたちが最初に行なったのは、 それは唯一、地下側から見た状況を説明し得る意見だった。 当然、地上への出口の模索だった。はじめは一団となって、やがて事実、地下の人間をチカコンを使って殺すことは可能だった。た は何組かのグルー。フとなって、地上への非常出口、非常階段をすべ いていの人は、直接間接に、防火シャッターを破ろうと企てた人間 て当っていった。調査の範囲を拡げれば拡げるほど、地下街の閉鎖が失敗したことを知っている。 あるビルの保安員は電気ド 状態は完璧なものだとわかりはじめた。手で開閉できるはすの非常を手に入れ、防火戸を破ろうとした。が、直ちにドリルへの送電は 出口の扉は、確かに開いた。が、地上の扉はどう扱っても内側からストップされ、彼の周囲のシャッターがすべて降りた。内部の照明 0 3