主人だった。手綱の指示に即座に応じなかったとか、主人の前で一思い出した。 言でも口をきいたとか、些細な不注意でも、てひどくアランを打ち 星の明りよ輝く星よ 据えるのだった。アランの背は、たちまち拍車の痕で覆われ、顔を 鞭打たれたせいで、片目が半分しか開かないのも、よくある事だっ 黄金の光を放っ星よ 願いが叶うものならば 思いあまって、アランは、男達の草原に移されてからよく顔を合 夜空に輝く星に行きたい わせる、旧友のロ・フに相談してみた。 アランの背後からは男達の声が、女達の声より間近く、大きく、 「何とも手の打ちょうがないな」とロプは言った。「俺はウイルン を乗せてるし、ウイルンがくたばる頃には、俺はスナク用には年を聞こえてきた。 とり過ぎてる。こいつは、ただもう〈金の星〉に感謝するしかない 人よ見たまえ小さなザー な。それにしても、いっかはスナクが俺達全部の主人になるわけ 羽根が。ヒカビカ輝いて で、その日が恐ろしいな」 夜はザードを追ってはならぬ 「俺達の中の誰かが、スナクを木に衝突させて殺すわけこよ、 悲しい事が増すばかり いかな」とアランは尋ねた。自分で手を下す事も考えていたのだ。 「そんな事は考えるものじゃない」とあわててロ・フが制した。「そ んな事でも起きたら、乗用の人間は片端から撲り殺されて、肉にさ子供達は違う歌い方をした。それに、あの夢もあったし : 「人間よ、私に従って自由を得よ」とザードが言った。 れちまう。ウイルン一族は金があるから、その気になれば、フォー アランは、それまでにも夜ーーー・ザードは夜しか姿を現わさないの クリンから新しく乗用の人間を買いつける事もできるし、反抗する 人間を許すハッサ】など、いやしないよ」 だがーーーザードを見たり呼びかけを聞いた事があった。人間の言葉 で言うのは、たたこれだけだった。「人間よ、私に従って自由を得 その夜アランは、女子供用の草地に一番近い柵の傍で、つけられよ」 サードというの たばかりの生傷を癒しながら、過去の思い出に身を任せていた。子以前と同しように、不思議に思う事があった。・ 供の頃の幸せな日々と、・フリクの優しい主人振りが無性に懐しかつは、翼が鱗状になった夜の生物にすぎない。それが、どうして人の 言葉を話すのたろう。どこから現われ、昼間はどこへ行っているの だろう。生まれて初めて、アランはザ 間に挾まれた草地を越えて徴かに、女達の密やかに歌う声が聞こ ードに尋ねてみた。 えてきた。言葉までは聞き分けられなかったが、節回しから、歌を「自由とは何で、どこにあるんたい、・ サード」とアランは尋ねた。 に 4
羽根がビカビカ光ります らし出した。嘴を開くと、耳障りな声で話しかけた。 ある晩ザードを追いかけて 「人間よ、私に従って自由を得よ」とザードが言った。「人間よ、 とても悲しくなりました 私に従って自由を得よー そいつが言うのはそればかりで、この御招待も、少なくとも五、 子供達が歌う時と、最後の歌詞だけが違っていた。楽天的な子供 六回聞かされると、そのうちアランの神経に障り始めた。子供達の 達は、こう歌い終えるのだ。「好きな所に行きました」 トの呼びかけに耳を貸せば、人間は悲惨な 歌う歌詞とは逆に、ザー 眠り込んで夢を見たのか、それとも、耳についた遠い歌声に急に 目に会うばかりだと、アランは知っていた。 眼覚めたのかもしれない。理由はともあれ、彼がそのまま横になっ 「行っちまえ、ザード」と叱りつけると、ザードは柵を飛び越えて ていると、ザードが一羽、高い柵を飛び越えて、すぐ傍の草の上に 暗闇の中に消えて行った。 舞い降りたのだ。光を放っザードの鱗が暗闇の中で脈打ち、アラン 溜息をついたアランは、もう一度寝直して、〈星の塔〉の夢を見 のまわりで身を寄せ合って眠「ている子供達の顔を、・ほんやりと照る事にした。
「人間よ、私に従って自由を得よ」とザードは繰り返した。はばた たって飛び、柵を越えるつど、とまって待つのたった。小声に歌う いて、柵から数インチ浮き上がったが、また降りてとまった。 女達のそばを、溜息を押し殺しながら忍び過ぎ、アッコという穀物 5 「それしか言えないのか、ザード」苛立ってアランが言った。「俺の実りかけた畑を抜け、腰の高さまで伸びたセントの木々を過ぎ は飛べないのに、どうやってお前に従うんだ」 た。そして、とうとう最後の柵を登り越えた。 「人間よ、私に従って自由を得よ」とザードが言った。 ウイルンの領地の外だった。フォークリンへ通じる道の塵を踏み 朝になれば、またスナクの残忍さを耐え忍ばなければならない、 しめているのだ。 という陰欝な思いに、駆り立てられたように、アランの胸に急に向 これからどうしよう。フォークリンへ行けば、捕えられてウイル こう見ずな考えが浮かんだ。柵を見る。 ン城に返されてしまう。逆の方向へ行ってみたところで、同じ事に それまでは、ろくに注意を払って柵を見た事もなかった。人間は なってしまうだろう。さ迷い出た人間は目につきやすい。今の内に 柵に囲われた土地から脱け出そうとしない。脱け出そうとする子供戻った方がいいだろうか。もう一度柵を越えて男用の草地に戻るの がいると親は、さ迷い出た人間が必ずまた捕えられ、撲り殺されては、たやすい事だし。ーーこれからは、女達の草地に好きなように行 肉にされると話して聞かせるからだ。 ける夜が、いくらでもある。 それにしても、スナクの事を考えねばならない。 寄妙な偶然だった。ずっと昔のあの夜、・フリクと一緒にフォーク リンへ行って、初めて〈星の塔〉を見た日のあの夜の事を思い出し 男達の草地を脱け出してから初めて、ザ 1 ドが口を開いた。 た。あの歌が夜空に消えるか消えないかの内に、ザードの光が近づ 「人間よ、私に従って自由を得よ」と言う。 いて来るのを目にしたのだ。柵の上にとまり、彼を見下ろして鳴き ザードはフォークリンに背を向けて道沿いに飛び、待ち受けるよ 叫んだのだ。 うに道の上に降りたった。暫くためらってから、アランは後に従っ 柵には隙間がなさそうだったが、指先と爪先を懸ける事ができた。 ウイルン城の灯が左手の、 た。試しに力を入れてみる。盛り上がる興奮に我を忘れ、彼は登り トトルノットの並木越しに浮かび上が 始めた。 った。それが背後に回り、やがて丘に隠れて消えた。ザードは、彼 馬鹿馬鹿しいほど、簡単な事だった。もう隣の草地にいるのだ。 のゆるやかな鉋足に速度を合わせて飛んでいる。 アランの決心が鈍り始めた。 他にももちろん、柵があるが、登って登れない事はない。女達のい る草地に行く事もできる。金髪の娘の事を考えると、鼓動が高まっ その時、薄暗がりの中で、彼の脇に人影が浮かび上がった。彼の た。それとも、 いっそ柵を越えてフォ 1 クリンへの公道へ出る事だ腕に人の手が触れ、女の声が、こう言った。 ってできる。 「ウイルン城からは、もう誰も誘い出せないんじゃないかと思った 考えた末、道の方を選んだ。草地を横切るたびに、ザードは先にわ。あなた、もう少し早く歩いてよ。夜明けまで、長い道のりなん
さげすむように問いかけた。食人習慣などという言葉をアランは聞 、あなたを取って食いはしない。自由に いた事がなかった。 してあげるのよ。あなたの名前は」 「アラン」と震え声で答え、先へ先へと引かれるままについて行っ ザードが巨大な螢のように道を先導する後を、二人は一晩中急ぎた。「ザードが言ってた、あの自由って、何なの」 「でもあのザードにはわかってい 足で進んだ。東の空が白んでくる頃には、二人はフォークリンの西「すぐにわかるわ」と請け合い ない。ザードは、飛ぶ動物ってだけなの。あの一節だけを言って、 方の山岳部にはいり、 登っていた。 この夜の案内人の姿の細かい所が見分けられるようになった時、奴隷を連れて来るように馴らしたのよ . 「な。せ自分達で草地の中にはいって来ないのさ」とアランが詮索す サーの アランは初め一瞬、彼女が巨大なハッサーだと思った。ハッ 寬やかな前あきの上衣をつけ、だぶだぶのズボンを穿いていたのるように尋ねた。恐怖心は、消え始めていた。「柵は簡単に登れる だ。しかし、尻尾がなかったし、尖った耳もなかった。彼と同年輩ぜ」 の少女だった。 「やってみた事があるの。物知らすの奴隷は、他所者を見つけると ッサーに捕まったわ」 アランが初めて見る、全身に衣服をまとった人間だった。彼女の大騒ぎするのよ。それで仲間が何人か、ハ 姿は、なんだか珍妙だなと思う一方、それと同時にギクリとした。 二つの太陽が、初めに青い太陽、ほんの数分後に白い太陽、と昇 冒漬行為を見せられたかのようだった。 って来た。周囲の山々は、光を浴びて目覚めた。夜明けのうち、ア 二人は狭い山道を抜け、深い谷間にはいり込むと、足をゆるめランはマラの髪が黒いと思っていたが、真珠色の朝の光を受ける た。ウイルン城の近くから出発して以来初めて、短く途切れ途切れと、茶がかった金髪たった。彼女の瞳は濃い茶色で、トトルノット の言葉でなく、まともな話ができるようになった。 の木の実のような色だった。 「君は何者で、俺をどこへ連れて行くつもりなんだ」とアランが尋大岩の狭間から奔り出る清水のほとりで二人は立ち止まり、マラ ねた。夜明けの冷たい光の中で、城を衝動的に脱け出してしまった が、この機をとらえてアランのほっそりと引き締まった体格を、値 事が良かったかどうか、疑わしく思えてきたのだ。 踏みするように眺めわたした。 「私の名はマラ」と娘が答えた。「〈野性人〉の、聞いた事ある「あなたなら大丈夫よ」とマラが言った。「仲間にはいって来る人 が、みんなあなたのように健康ならいいのにねえ」 でしよ。私もその一人で、この山の中に住んでいるの」 アランの背筋の毛が逆立った。進めかけた足を止め、逃げ出そう と向きを変えようとした時、マラが腕を把んた。 三週間たっと、アランも他の〈野性人〉と見分けがっかないよう 「どうして奴隷はみんな、食人習慣たなんておとぎ話を信じるの」 になったーー少なくとも外見だけは。衣服を着ける事にも慣れかけ だから」
界中の何十万人という人間を奴隷の身分から救い出すためには、何しば上るものの、一度も会ったことのない人が現れた。 とかして ( ッサーに、人間は獣ではなく、自分達と対等の存在なん〈亡命者〉は髪髭ともにしらが混じりで、顔には年輪が刻まれてい だと認めさせなくちゃいけないの」 ーフィンの新生活でも、大部分の事は、それ以前の生活と大差「君が、ウイルン城を出て我々に加わったアランだね」と老人が言 なかった。谷の中央を流れる細い川の端にしがみつくような、小さった。 な畑で、割り当てられた作業をしなくてはならない。肉を取るため「左様でございます、殿」アランは恭しく答えた。 の獣を狩るのに、手を貸さなくてはならない。 ( ッサーが使うよう「『殿』などと呼ばないでほしい。そんなのは奴隷の言葉た。私は な道具を作るのにも手を貸さなくてはならない。時には、自分の権〈亡命者〉ロアンドだよ」 「はい、わかりました」 利を守るために、拳を使って闘わなくてはならない。 しかし、この、〈野性人〉達が「自由」と呼ぶものは、奇妙な代「この後、私の所から出て行くと、君も ( ーフィンという共同体の 1 フィンは、世界でただ一つの、自由な人間の 一員となる訳だ。ハ 物で、人間達のする事なす事すべてに関わっていた。アランの知り 得たところでは、この言葉の意味は、〈野生人〉は ( ッサーに隷属共同体なんだ」とロアンドが言った。「君もその一員としての権利 するのではなく、自分自身こそ主人なのだ。命令が出されたら、通を得る事になる。誰も君から女性を、その女性の同意なしに、奪う 常、命令に従わなくてはならない。しかし、命令を出すのは人間で事はできない。誰も君から、君が捕獲または収穫した食糧を、君の あって、 同意なしに、奪う事はできない。誰も住んでいない洞穴に、君が最 ッサーではない、 という事だった。 初に住んだなら、君が許可しない限り、誰も移って来る事ができな 他にも、違いがあった。秩序正しい家族関係というものがない。 それが自由というものだ。 何世代もの間、家畜以外の何物でもなかった人々には、社会的な慣 習が失われていたからだ。また一方、押しつけられた厳格な交配期しかし、おそらくずっと前に聞いているとは思うが、全人類を解 という、圧迫感や損失感もなく、年老いた男女の中には恒久的に連き放っために、君なりの最上の考え方を聞かせてほしい」 「では , ーー」とアランが口を開いた。 れ添っている者もいた。 「君の考え方を聞く前に」とロアンドが口を挾んだ。「私から助け 「自由」というのは、人間をハッサーと対等にする尊厳の事なの 舟を出しておこう。洞穴にはいってくれたまえ」 だ、とアランは結論を下した。 アランは後について中にはいった。松明の光でロアンドが見せて くれたのは、地面に棒きれを使って描くのと同様にして、一方の壁 アランがザードの後を追った、あの夜から丸一年経った。朝早く に軟石を使って描かれた一連の図形だった。 マラに導かれて、谷間のはすれにやって来た。マラが、アランを小 さな洞穴の入口に残して立ち去ると、間もなく中から、噂にはしば「これは地図という物だよ、アラン」とロアンドが言い、少年に、 9