思う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1978年7月号
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1. SFマガジン 1978年7月号

「永遠の生命がどうしたとか、最高のら、その否定であり、神に拝跪する者たちすらなくなった。しかし無限の連鎖の最初 生命型態がどうだとか、そんなことじ への憂噴であった。何にもまして、彼は宇 の環に立って、真に超越にいたる道はいっ ゃねえ。永遠の生命に生きがいを預け宙の全体性を神の発意で語ったりはできなたいどこにあるのか、と問う阿修羅王が画 るなんそ、なんで夢なものかよ」 いのである。それでは彼は一体どこへわれ然として悟るのは「どこにあっても変転の われを導くのか。 相は一つしかない」という確信めいた予感 『火星人の道』 である。 阿修羅王の認識の旅に同伴して、われわ 物語の結尾をなす二つの句は、矛盾し意 アイロニーと書いたが、この作品の設定 れもまた解答を与えられない。超越的存在味をもたない不可知論的詠嘆のように見え そのものが大いなる皮肉に満ちている。こ の足許にたどりつくまでの、長く激しかっ ながら、その実、われわれをしていかなる れはいわば最後の審判に遅刻した神々が、 た闘いの道程が行き当ったのは、その超越意志も存在も決して超えることのない、一 誰も居なくなった世界で裁かれている話だ からた。自らの存在の意義に空しく呻吟す者すら大いなる変転の相に包含する、終わ元的に貫通する物質の変転の相に支配され りなき存在と認識の葛藤の一里塚であっ た無量の物質世界の広漠さに引き戻す。そ る彼らの振る舞いは「神聖喜劇」のようで た。現代科学の到達した物理的空間の壁の こでは宗教や哲学の与える整合された世界 すらある。光瀬龍はまるで遅れてきたダン の「解釈」や、こけおどしの大伽藍の神の テのようではないか。すべてを直観的に了彼方に居る最終的存在と思われた「シ」で 解しながら、なに喰わぬ顔で、やがて消去すら、失敗した実験モデルをはさんで愚か座もなく、至福や安堵はあらかじめ拒絶さ さるべきこの仮説たちを右往左往させるのしげな会話を交わしあう、本質的にはわれれたまま、われわれは茫乎とした時空の広 だから、たくまざる皮肉というべきだろわれと何ら変わるところのない生命体であ がりの中に突き放されるのである。 る。真の超越を求めてここまで来た阿修羅 それ故に、「超越とは」という問いかけ 光瀬龍にとって超越者とは次々にひつば王をとらえるのは、「この世界の変転は実は、ただ否定されるだけでなく、観念と物 りだしておいて、その神性、絶対性を片っ はさらに大いなる変転の一部にすぎないの質の巨大な円環の中に論理を渉猟させてか であり、それすらさらに広大なるものの変ら、われわれを再び物質世界の入り口に立 端から否定してみせるための道具でしかな たせるのである。といっても、前提として 神が道化なら宗教は眩惑の舞踏であ転を形成する微細な転回の一つにしかすぎ の仮説が否定されている以上、この円環が り、繰り拡げられているのは破減の宴であないというのか」という無限に連らなって いく世界の気の遠くなるような果てしなさ る。 閉じる筈もなく、したがって、阿修羅王は だから、彼がこの作品で神々の大風呂敷への隔絶感である。超越の根源に立つのは何処に回帰することもできず、終わること として示したのは、宗教の衣を借りなが弥勒でも転輪王でもなく、すでに「シ」でを知らぬこの物語そのままに閉鎖空間をは

2. SFマガジン 1978年7月号

娘に抱きすくめられ、 ( スケルは気まずい気持だった。銃は指先受けた、ぼんやりしたシルエットだ。嬉しさのあまり、手を振ろう にぶら下がっている。押し着けられた娘の肢体は暖かく、髪は優しと腕を上げたとたん、目が覚めた。 く頬をくすぐった。ほんのひととき、これが本物のシャロンだと思 シャロン・スチアートと名乗った娘が、横で伸びをして、身を えそうな気がした。シャロンは幾千の宇宙冒険のヒロイン。シャロ起こした。「一緒に外に出ましようよ。マル、地球がどんな所か案 ンは、一語あたり四分の一セントで書き続ける、長い長い時間に創内して」 り上げた理想の女性。ほんのひととき、きっと僕はまだ眠っている彼は、なめらかに白い娘の腿を見詰め、指先で撫でた。もう怒り に違いない、と思った。が、しかし手にした銃の重みで、はっきり は消えていた。やり場のない憤りが変化して、このゲームを黙って 眼覚めているのを思い出した。 楽しんでやろうという気持になっていた。「ちょっと原始的に見え 「何が望みなんだい : ・ : 」と詰問したが、声は優しい。相手はロ許るかもしれないよ」と答える。 近くなのだ。 娘は服をまとい始め、「審美的な意味からかしら。自然保護地み 「私のマルさえいれば、あとは何もーー」と娘は囁き、それから彼たいなもの・ : : ・」 のロに唇をおし付けてきた。 「いや、そうでもない」服を身に着ける前に、切手を貼った封筒に 娘との接吻に、目まいを覚えた。ずいぶん長い間、女性を抱き締原稿を入れ、封をする。そこで、またペッドにころがったままの銃 に気付き、簟笥の二番目の引き出しの中、靴下の山の下にしまい込 めたことがない。だから、この甘やかな触れあいを断ち切るなど、 自分からはできなかった。結局、娘が身を引いたが、それもほんのむ。 一、二インチばかり。 外へ出ると、風の強い秋の日だった。灰や、たんぼぼの種や、新 「そのキス、憶えてるわ」と娘がつぶやいた。 聞紙が、二人の歩く足許で渦を巻く。道路の反対側では、子供達が その肢体を引き寄せる時、銃が肩に触れても、娘は気付かない風叫びかわしながら、傾きかけたユダヤ教会堂の階段で遊んでいた。 だった。二人がペッドに身を沈めた時、初めて銃は彼の手を離れ、 「ちょっと趣きに欠ける土地ね」と娘が顔を向けたのは、左手のみ グラス 枕の脇にころがった。そしてそのまま、二人の素早く静かな睦み合す・ほらしく骨組みだけの建物や、草にガラスが混じってキラキラと いを見守っていた。 モザイクになった芝地や、穴だらけの街路やひしやげた歩道。「こ れはスラムなの : : : 」 やがて、娘に抱き締められてまどろみながら、 ( スケルは昔なが らの夢を見た。夢の中で彼はさまよいながら、助けを求めている。 「なりかけさ」と彼はつぶやき、「これよりマシな所もあるよ」 遠くから女の声で返事があったが、どう早く歩いてみてもーー時に 「住民は地上車しか使えないのね」と街路の両側に並んた車を指 は歩く代わりに飛んでいるようでもあったがーー女の所にはたどりす。 着けない。とうとうその姿が見えてきた。三つの三日月の光を背に 「自動車って呼ぶんだ」とハスケルが教え、「内燃エンジンで動 8

3. SFマガジン 1978年7月号

次にこの場を訪れ、そして去っていくだろう。前進を続ける間に見ばん自然な帰結ではなかったかと私たちは思う。 た他のくさぐさの事どもと同じく、この場にも何の意味をも見出さそしてすべてが同一の存在である百人の〈影〉たちは、時間の前 4 ないまま、再び前進を続けていくことだろう。 後はあってもそれそれ異なる場所において、これと同じ情景の中で 〈影〉は黒馬の背に身を委ねたまま、たた前方を見据えていた。 次々に姿を消していったのではあるまいか。私たちは、そのように 夢想するのだ : ・ そしていっか百人の〈影〉たちは、自分の在る場所を見失ってい った。そこに光があり闇があり、物のかたちがあるのが見えても、 * 宇宙館・ 3 彼らの眼はその風景を正確に映し出す鏡に過ぎず、その鏡の背後に はもう何もなかったのだ。常に前方ばかりを見続けているうちに、 そしてすべてが終わった後に、最初の曙光がガラス壁の一角に淡 彼らはその視線の起点であるおのれの眼の存在を忘れ去った。彼らく反射した時、そこには九千九百九十八の屍体があった。 は自分が風景を見ている眼の存在であることを忘れ、その眼に映る 宇宙館最上階に立っ〈私〉の足元を見おろすと、幾重にも連鎖し 風景の中にいっか自分を見失っていったのだ あるいは彼らた板ガラスの床に累々と屍体の群が折り重なり、はるかな深みまで は、自分ではそれと気づかないうちに、壁を越えて前進し続けてい続いていくのが見とおせた。九千九百九十九人のこの世の末裔たち たのかもしれなかったのだが。 のうち、〈私〉を除く九千九百九十八人の屍体。彼らはそれぞれ一一 私たちは、次のような情景を夢想する。すなわちある日の白昼、人ずつ愛しあうかたちで絡みあい、行為の最中にこときれたままの あるいは深夜に、ひとりの〈影〉が黒馬を駆ってある風景の中を前姿で、今、朝の陽光に晒されているのだった。 この光を曙光と 進している。その風景の中には自然の陽光かまたは人工の照明、あ呼んでいいのかどうか、〈私〉には分らない。時は昨夜を最後に終 るいは星月夜の仄明りがあり、同時にそのいずれかの光によって生焉を迎えたのだから。今のこの光はあるいは昨日の落日が時を折り じた物の影がある。私たちが夢想するのは、そのような風景の一点返して残光を投げかけてきたものかもしれなかったし、また太陽で をひとりの〈影〉が蟻のように小さく前進していく鳥瞰図である。 はなく他の何者かの光なのかもしれなかったが、それも〈私〉には 一直線に動いていく〈影〉の前方に、びとつの物影がある。分らない。〈私〉はただそこに立って、一枚のガラス面が輝きを増 〈影〉は進路を変えることなくそのまま影の領域に踏みこんでいし、その白光が対面に反射してみるみる増幅していきながら溢れだ き、そして私たちの夢想する視界から姿を消す。〈影〉はそのままし、氾濫し、屍体の群を包みこんでいくのを見守っていた。まばゅ 出てこない。後には光と翳に隈どられた風景が残るのみだ。眼に映い白光に浸蝕され、喰い荒らされていく彼らの躰は、今こそ建物と る風景の中から自分の姿を見分けられなくなった〈影〉がこのよう同化してガラス状に内臓の輪郭を透かせていくのではないかとさえ にして風景の中に呑みこまれていく情景は、考えられる限りでいち見えた。

4. SFマガジン 1978年7月号

チュン・ダ・ハダラードは、姿勢を崩さずに呼びかけて来た。 ・ : それはつつしみ深くおもてには出さなかった。 「どうそ」 が、ランのほうは、もっと率直だっこ。 と、チュン・ラ・トレンザ。 「待っていて下さったのね。うれしいわ」 と、ランは声をあげた。「でも : : : チュン・ダ・ハダラードさん「失礼します」 マセとランは靴をぬいであがり、ふたりの先住者もそれにつづい は ? どこかへ出掛けてらっしやるの ? 」 「チュン・ダ・ハダラードは、奥におります。ーーーどうそ」 チュン・ダ・ヤスをハが答え、また中に入るように、身ぶりで示 はほんのわずかな間静止し、すぐに床に腰かけるかたち をとった。おそらく、 01* に伺いをたて、 t-n は << の先 マセは相手方に、系ロポットはここに残すが、を例にならってそうするようにとの指示を出したのに違いなかった。 この前には、マセとランは三人のチュンに相対して着座したのだ ともなって入ることの了解を求めた。むろんにと が、今回はそうではなかった。チュン・ダ・ハダラードとマセたち 同等の働ぎを望むのは無理であるが、とて、れつきとした 系上級ロポットである。それ相応の仕事はやってのけるであはむかいあっていたものの、あとのふたりの先住者はマセたちの右 ろう。けれども彼がそうしたのは、の能力を頼りにしたと手に、控えめな態度ですわったのた。 いうよりは、むしろ、彼がまだ、ロポットの帯同なしでの行動を許「せつかくおいでになったのに、出迎えもしないで失礼しました。 このところ、運動をするのがつらくなっているものですから」 されていなかったためなのである。 チュン・ダ・ハダラードが詫びた。 ふたりの先住者は、万事承知という風に、彼の申し出をこころよ く了承した。 そういえば、チュン・ダ・ハダラードは少し痩せているように見 マセたちは、ふたりの先住者について、太い柱にはさまれた薄暗える。のみならず、こうしてむかい合っていて、ときどきその上 い石組みの廊下を歩いて行った。 半身が揺れるのが分った。どこか、平衡感覚を失ったような感じな のである。 チュン・ダ・ヤスル・ハが、突き当りの引ぎ戸をあける。 高くなった床のむこう、格子を背後にして、ひとりの先住者がす「ご病気なの ? 」 ランがたすねた。 わっていた。格子の外のこの前には固定された壁と見えた部分は可 動式たったらしく、なかば開かれて、そこから日光が射し込み、そ チュン・ダ・ハダラードは微笑した。 の先住者の横顔や肩を浮びあがらせている。 「あなたがたのおっしやる病気とは、ちょっと違うかも知れませ ん」 チュン・ダ・ハダラードだった。 チュン・ダ・ハダラードは、つこ。 「これは、私たちチュンが長 「どうそおあがり下さい、マセ司政官。それにランさんも」 222

5. SFマガジン 1978年7月号

娘は再びこちらに足を進め、 ( スゲルが銃を胸の高さに構えるんな意味があるんだい」 と、やっと足を止めた。「あなたが精神消去を受けたとは思えない 「インチキ : ・・ : 」 のよ。その眼がーーあなたの眼がちゃんとしてるもの」 「ああ、インチキだよ。まさか、あんただって、僕の創り上げた登 「僕の眼がどうしたって : : : 」と尋ねる。 場人物が作者に敬意を表しに来るなんて、信じてもらえるとは思っ 「まだ青いままでしよ。精神消去した上に、色素移動を防ぐ方法なちゃいないだろ。シャロン・スチアートは僕が創ったんだ。だ、 んて、宇宙を隅から隅まで探したってないわ」 ら、彼女が現実にいっこないのは、誰よりも僕が知ってるよ」 これを聞いて彼は思わず = ャリと笑いそうになった。「どうやら「私はちゃんと現実にいるわよ、マル。現実なのよ」 「マル : 僕の作品を読んだことがあるみたいだね」 : 」その名を聞いて、ハスケルは眉を上げた。「いい加減 「作品 : にしてくれよ、僕が、あの宇宙を股にかけた豪胆無双の冒険児マル 「精神消去なら、たぶん五、六回は使ったことがある。あれでも、 コム・サンダスンたなんて」 ね」とタイ。フライターの横の原稿を顎で指し、「僕が寝てる間に、 「だって : : : 他の誰だって言うの : : : 」 あれを読んだのかい。盗みをはたらくんじゃなくて」 「僕はサム・ハスケル。パルプ・フィクション作家だよ」 「私は盗つ人じゃないわ」 ゆっくりと娘の視線が下がって、ハスケルの顔から、握りしめた 「じゃ、何様だってんだ」 銃へと移った。娘は両手を握りしめて拳にした。「一体あなたにこ 「私はシャロン・スチ = アート一等少佐。元、女王陛下の第五特攻んなことをしたのは誰なの : : : 」その声は低く、「何の恨みで、私 旅団に所属、ズイロン戦争の終了とともに職を免じられ、現在アラ達二人が一緒に暮らした想い出を、あなたから消したの : : : 」そこ リオン卿の下に傭兵として勤めているわ」 で娘は眼を上げた。苦悩が表れている。「ああ、あなたーー」 ハスケルは、一瞬、唇を引き締め、それからロを開いた。「で、 「やめときなよ。あんたは相当な演技派だけど、僕の作品を映画に どうやって僕の部屋にはいったんだ」 しようなんてやつよ、、 。しそうにないからな」 「私はアラリオン卿の宮廷にいて、ちょうど退出しようとしてた 「ああ、マル、マル、こんなの狂ってる」娘は、これが初めてとい の。そしたら、あなたの呼ぶ声が遠くから聞こえてきたので、振りうように、部屋を見回した。手早くドアと窓とを眼に留める。「私 返って、声のする方に一歩踏み出したの。その後、完全な転位感が達、閉じ込められてるの : : : 」 あったわ。宇宙のひすみを抜けてたのね。抜けてこっち側に着いた「内側からなら、な」 ら、あなたがいたわ。眠ってらしたから、眼が覚めるまで待っこと「ここはどこ」 にしたの」 彼は憤慨のため息をついて、「この安つぼくてみすぼらしい僕の 9 ハスケルは悲しそうに首を振り、「そんなインチキを言って、どアパートはハイド・。、 ′ークにある。つまりシカゴ市の南側のあた

6. SFマガジン 1978年7月号

星うん。 星だから、山の手のああいう家に住んでいると、もつばら読書の それから航空母艦の描写がすばらしくて、なんであんなことが世界に入るんだな。だから空想愛好癖を育てるんじゃなかろう と思ったが : : : ああ、これをいっとかないといかんな、ぼくも本カ北杜夫なんかも、そういうところがあらあな。 ところがそういう世界では、社会との協調性というのがなくな 郷とは妙な因縁があってね。両親が大正時代本郷に住んでいて、 本郷で・ほくはお袋のおなかに入ったらしいんだな。 るはずなのに、あなたはちゃんと人と仲良くつきあえるわなあ、 星ああそう。 喧嘩もせずに。ふしぎだなあ、それは理性でやってるわけ ? それで本郷にいたときに関東大震災がおこり、もうすぐ生まれ星はん ? そうなころだから、それで四国の松山に帰って、十月五日にぼく 例えばね、半村さんの場合にはとにかく、ほんとに下町で、幼 が生まれたんだ : ・ ・ : だからひょっとすると、あなたの近くに住ん稚園の子供から十八ぐらいの男の子までいっしょになって遊ぶん でいたのかもしれんな。 だってね。 星だけど本郷はあまり焼けなかったな。まあ、あそこは屋敷町星うーん。 で、庭なんかが広かったからな。 ・ほくの場合にもそんなことはなかったけれど、あなたほどでは うん。そうすると、あなたの妄想というのは、その幼時体験か なかったと思うんだなあ。そうすると、近所の子供どうしいつも ら : : : 要するにさんとかさんとかは出てくるが、熊さん八つ手をつないで遊ぶということがないから : あんは出てこんわな。 星いや、だけどそのかわり、その場が、学校に移っているってこ 星出てこんわな。 とじゃないかな 樋口一葉みたいに露地を通るところもぜんぜんないし、隣りの そうか。 人とのつきあいは出てこないし、 星それもいわゆる区立ではなくて、まあみんな特殊な、ぼくの場 星だから、こういうことをいうとびつくりする世代の人がいるけ合はお茶の水の付属小学校から旧東京高等師範学校 ( 教育大学 ) れど、ぼくらは紙芝居というものを見たことがないんだな。あの付属中学校、それから東京高校 : ころの東京にいながら。 そうするとあれだなあ、 ′学校、中学校、高校、大学と、それ あらまあ ( 笑 ) 、残念でしたな。 が非常に大切なのは、山の手の連中なんだなあ。 星そらまあ紙芝居なんてのは、屋敷町には来ませんよ、ああいう 星うんそうだ。だからぼくは中学時代がいちばん人生に於てすば もんは。 らしい時代だったという感じがするな。 子供が出てこないわなあ、だいたい。やつばり、感覚と意識に ・ほくも、英語を習った先生で、いまもっきあいが残ってるの ずいぶんすれが出てくるだろうなあ。 は、中学のときの英語の先生。

7. SFマガジン 1978年7月号

そのすべてを見届けた〈私〉の足は、いつのまにか自然に螺旋階ることなく行く手に視線を戻した。 段を下っていき始めていた。昨夜何の前触れもなくその時が訪れた 時、ふいに私たちは互いに腕を差しのペあい、手と手が触れあうと : ・そして光と影の中を前進し続けるうちに、いっか〈私〉は行 同時にその場で互いの躰を喰いあう激しさで愛の行為に移った。行く手に小さな黄金の輝きを認めることがあるかもしれない。馬を降 為の相手を選ぶ余裕はなく、その時が訪れた時点での一人一人が占りてそれを拾いあげた〈私〉は、手の中に一個の黄金の鍵を見出す めていた偶然の位置がすべてを決定した。九千九百九十九という数だろう。と同時に〈私〉は眼の前にある継ぎ目のない半球型の黒硝 が奇数であった故に、ただ一人が取り残された。その時たまたま一子の物体に気づくだろう。肩ほどの高さを持っその物体の表面をま さぐるうちに、〈私〉の手は半球の先端近くにある罅割れた小さな 人だけ孤立した位置に立っていた〈私〉が、その一人だったのだ。 その時の訪れと共に何故彼らが死ぬことになったのか、その理由穴に触れるだろう。 それに気づいた時、〈私〉はそのまま黒馬の背に戻り物体のめぐ を〈私〉は知らない。何故一人だけが生き残ることになったのか、 りを迂回して再び前進を続けていくかもしれない。しかし、もしそ その理由を〈私〉は知らない。私たちの人数を九千九百九十九とい う奇数に定めた何者かの意志を思いやってみれば、このすべてがあの小さな覗き穴の磁力に捕えられてしまったならば そして〈私〉は思うのだ。両手を黒硝子の表面に当ててひとたび らかじめ予定され仕組まれたことだったようにも思われるが、今と 覗き穴に片眼を寄せてしまったら なってはその解答を得ることは不可能である。〈私〉が誰なのか、 それは問題ではない。〈私〉の性別も名も個体の記憶も意味を持た そこには蟻よりも微細な〈私〉の後ろ姿が、やはり半球型の黒硝 ない。九千九百九十九人の中の任意の一人、それが〈私〉である。子の覗き穴に眼を当てているのが見えるだろう。と同時に〈私〉の 背後の彼方からやはりひとつの視線が〈私〉の背を刺し貫くだろ そして〈私〉は宇宙館を出て外に立っていた。その場はあるい う。その時あらゆる空間は〈私〉の視線で充ち、〈私〉は呪縛され は未だに出水のひかない大洪水の水中世界だったのかもしれない たようにその姿勢のまま永劫に動けなくなり、そして無数の〈私〉 し、または地上を遠く離れた宇宙の虚空たったのかもしれないが、 〈私〉にはその区別をすることさえできない。〈私〉の前には、ひは無数の空間に視線のこだまを増殖させ続けていくのではあるまい とつの姿があった。それは生物で、かって馬と呼ばれていたもののか。 姿を持っており、色は黒だった。〈私〉を背に乗せると、馬は急ぐ 様子もなくひとつの方向にむかって走りだした。同時に後を追って黄金の鍵の光芒を行く手に見出すその時を、〈私〉ははたして待 いくつかの気配が動き始めた。見るとそれも黒い馬で、その群は当ち望んでいるのか否か、それはその時が訪れるまで分らないことな 然のことのように音もなく先頭の馬に従ってくる。数えてみればあのだが るいは群の数は百頭だったかもしれないが、〈私〉は指をあげてみ 7 4

8. SFマガジン 1978年7月号

この年たって、大した年じゃない。 星ないけどね。 矢野徹インタビュウ〈一六頁より続く〉 星さんはまあ、世間から見ると、家がよくて、出身校がよく て、頭がいいと、三拍子そろっているわけだ。やつばり、学校の いずれにしても、星さんにつきあってもらうようになって、ほ 勉強というのは大切だと思いますか ? マガジンの読者とい ぼ二十三年。 うのは学生が多いだろうから、そういう人のために、やはり諸 星そういうことですな。 君、勉強しておいたほうがいいよ、うん、なんて、あなたいう ? 長いあいだどうも有難うございました。 星うーん、そうまあ、勉強はするにこしたことはないなあ。特に 星いやいやこちらこそ。 ばくはまあ、理科系を、旧制高校・大学と理科系をやって : : : 理 お世話になりつばなしで。これからも死ぬまでお世話になりま すから、よろしく ( 笑 ) 。先に、知 0 ていることをぜんぶい 0 て科系 0 てのは文科系と違 0 て、あまり遊ばないのよねえ。実験だ しまうと、作家クラブができたのが昭和三十八年で十五年とかなんとかがあって。 うん。 前。 星それで、科学とはなんであるかということが、ある程度体験的 星そんなになるかなあ。 にわかったわ。だからいまは、よくはわからんけれど、しかし、 これまで作家で賞をもらった人はぜんぶ、その第一回会合 にいたわけで。もちろん、若い山田さんは別にしてだけど・ : : ・半科学とは何であるかということはまあ。 科学とは何 ? 村さんの直木賞。推理作家協会賞の : ・ 星理屈じゃなしに : 星小松さん。 過程と結果だというの ? 小松さんも星さんも。それからこんどの石川喬司さん。まこと 星うん、だからまあ、つまらん実験のつみ重ねが必要であると にもっておめでたい。さて、何からおうかがいいたしましよう ? 、カ 星どうもなあ、この年になると、いままでにエッセイでだいたい うん、うん。すると、いま、原稿のもとを小さな文字で書いて 書いちゃってるからなあ。なんか新しいこととなると : でも、桜は毎年咲くが、見るほうは、年々歳々人同じからずおられたのがあ 0 たが、あれがつみ重ねの部分 ? 星まあ、そういうところがどこかで生きてきているようなところ で。 星うん、しかしこちらもだんだんねえ : ・ : ・人間、若いうちなら大があるな。 変化ということもあるけどもさあ。まあ : : : この年になるとな 星まあ、話が飛んじゃうけども、われわれのころはまあ、大学へ あ。 協 5

9. SFマガジン 1978年7月号

ジローは呻き声をあげた。 シャオチュウ 丑は、思いがけない怪力の持ち主だったのだ。 「男と寝るのはおきらいですか」 丑はささやくように言った。 「それは、とんでもない心得ちがいというものですよ : : : 男のほう が清潔で、しかもずっと愛情がこまやかだ。女など、男の愛のまえ では問題にもならない シャオチュウ 丑ははじかれたようにジローの軅からは それだけを言うと、小 なれた。そして、甲高い笑い声をあげる。 「お部屋までご案内しましよう」 シャオチュウ 丑はなおも笑いながら、そう言った。 ジローは呆然としている。 シャオチュウ ジロ 1 は 丑の言葉が、いたくジローの胸に響いたのだ。 いとこと寝るという禁忌にふれようとしている男ではないか。それ が、どうして男と寝ることにためらいを示すのか。 禁忌とは何なのか。いや、それより人々をさまざまな形で灼きっ 冫しっさいの情熱をそそぐほどの価値があるものだろうか くす愛こ、、 「どうしました ? 」 丑がからかうように一一 = ロった。 「今夜はもう何もしないから、安心してついていらっしゃい」 だが、ジローはその場を動くことができないでいた。 今、始めてジローは、自分のランに対する愛情に疑問を抱いたの ( 以下次号 ) である。 シャオチュウ シャオチュウ 註 3 宦官とは去勢された男性のことである。宦官は中国ばかり でなく、ギリシア時代、ローマ時代のヨーロッパにも存在した 9 と伝えられている。中国の場合、宦官は陽根、陰嚢ともに切り おとされ、完全に男性としての機能を失わなければならなかっ た。宦官は宮廷において、君主につかえ、巨大な権力を持つに いたる者も少なくなかったようである。 註 4 打鬼は、中国において、いわば日本の節分に相当する行事 である。漢の時代、十二月八日に打鬼の行事がとり行なわれて いた。先頭の″方相氏″が四つの眼を持つのは、悪魔の発見に こ・こし、この時 は優れた眼力が必要とされたからである。 カオチャオ 代の打鬼は漢時代のものと大きく異なっている。高脚や、手に 竹筒を持つ小丑の存在など明らかに秧歌戯 ( 道化芝居 ) の影 響があるからだ。それに、県圃を侵そうとしている鬼はどうや ら実在しているようなのである。 註 5 ″山海経″によると、視肉とは次のようなものである。 ー山水景勝の地、古代帝王の墓所ちかくには必ずこの視肉が存 在する。牛の肝に似た形で眼が二つ、その肉はおよそ人間が想 像しうるかぎりの、最高の美味とされている。 シャオチュウ ケン

10. SFマガジン 1978年7月号

の仕事だ。おれ達の料理を喜んで味わってくれても、おれ達は表にす」 出るべきものじゃない。大統領がおれ達の前へ現われるなんてどう そこで、自分の言葉の効果を計るように周囲を見回して後を続け 考えても辻褄が合わない。 ジ = タンポ大統領はおれ達に向って片手をあげ、会釈した。それ人類の運命だって ? からおれ達一人一人に握手を求め始めたのだ。 「先日の出現のニュースを御存知の方も多いと思います。 恐れ多くも ( 脱帽 ! ) ジ、タンポ大統領閣下は ( 気ヲッケ ! ) お市上空に現れたのテレビ中継も行なわれましたからね」 れの手を握られ、たどたどしい日本語で言った。 ーの時間 ああ、そう言えばそんなことをテレビのモーニングショ 「コノ、・フロジェクトノ成功ハ、アナタガタ / 双肩ニカカッティマ に紹介してたつけ。ファクシミリの朝刊にも写真が載っていたけ ス ど、の記事はあれつきりだなあ。 おれの体中を一瞬震えが走り、不謹慎にもおしつこをちびりそう おれはそんなことを考えていたが、草野という男は、お構いなし になってしまった。 に話をどんどん進めていく。 何てことだ。何てことだ。夢の中の特急列車だ。一体何が始まる「実は、あの報道後に、 DßO は原因不明の事故で墜落し、搭乗員 というのだ。おれの頭は混貮し始めた。大統領なんてのは本来、地は我々の機関で保護しているのです。つまり、あの O は地球外 球の裏っ側で世界の平和とか、人類の幸福とかのために難しい仕事からやって来て、搭乗員というのは我々の概念でいう人類ではない に取組んでいる人なのだ。それに、おれは本来なら、下町の小さなもの : : : そう、いわゆる宇宙人 : : : だったからです。 店でしこしこと包丁とかフライバンを使って、お客さんの相手をし人類以外の、文明を持った異質の生命との遭遇は、地球の歴史始 ているはずなのだ。ひょとしたら、世の中、一本捻子が外れたかなまって以来でしよう。余りにもドラスチックな事件であるため、社 んかしたのかな。どちらにしろおれのテイラノザウルスなみのちっ 会へ与える波及効果を考えて報道管制が布かれています。ですか ばけな脳味噌じや理解出来ない事態が起こり始めている。 ら、このプロジェクト要員も秘密裡に召集されているのです。 今回のプロジェクトの目的は、この異星からの客人との接触で ジュタンポ大統領が一通り巡回した後、着席すると、一人の男が 壇上に上った。 す。当然この接触は非公式なものでありますが、皆さんの職務はこ t' ンダクト の接触に欠かせないものです。というのは、この宇宙生物学の中林 「ようこそ。今日からのプロジェクトに参加頂いて本当に有難う。 私はこのプロジェクトのチーフを務める草野と申します。このプロ君によると : : : 」 ジェクトの主旨はまだ皆さんには説明してありませんが、皆さんの隣に立っていた度の厚い黒縁の眼鏡をかけた神経質そうな男が中 任務は非常に大事なものなのです。この。フロジェクト自身、地球、林さんというのだろう。草野さんに紹介されて、。へコンと頭を下げ いや人類の運命を左右するかもしれない可能性を含んでいるのでた。 5