会見 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1978年7月号
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1. SFマガジン 1978年7月号

〈種の障壁〉を越えて、その意味を理解した。かれはフルリア人に たのであります。あれ以来、わたしは満足にものが食べられず、眠 飛びかかろうとしたが、まさに空中を飛んでいるとき、モウブ人のることもできない。実際、残念ではありますが、わたしはどうして 9 ひとりに捕えられてしまった。モウ・フ人は苦もなく上腕二頭筋をしも解任をーー」 めつけ、かれを動けなくした。 「始めた仕事を終えるまでは、いかん」長官はきつばり言った。 霊長類はわめいた。 をしったい、このわしが、あのイメージをーー・死肉食いのイ ハゲタカ 「やめろ、こいつ。ここに坐って、待ってるがいいぜー メージを楽しんでいるとでも思っておるのか・ーーもっとデータを集 ハゲタカー めたまえ、データを ! 」 ハゲタカ ! 」 幾日か過ぎるまで、デビ日エンはもう一ど野生霊長類に会ってみ デビ日エンはとうとううなずいた。もちろん、かれは理解したの ようという気にはなれなかった。かれは、長官が心理構造の完全なである。政務長官はすべてのフルリア人と同じように、なにも核戦 分析にはまだデータが足りないと主張したとき、ほとんど非礼な態争を起こしたがってはいないのだ。かれは決断の瞬間を、できるだ け先に延ばそうとしているのであった。 度をとってしまったほどだった。 デビ日エンは無遠慮にいった。 デビエンは、気をとり直し、もう一ど野生霊長類と会見した。 これはまことに耐えがたい、そして最後の会見となった。 「確かに、我々の問題に立派な解答を与えるに充分であります」 長官の鼻はふるえ、ビンク色の舌が即座にペロリと鼻をなめた。 その動物は、まるでつい今しがたまで、モウブ人に反抗していた 「たぶん、きみはある種の解答と言いたかったんだろう。わしに といった具合に、頬べたに打撲傷を負っていた。いや、事実、かれ は、この解答は信用できん。我々は、きわめて異例な種族に直面しは反抗していたに違いなかった。まえから何度となく反抗をくり返 ておるのだそ。すでに、それは明らかだ。ここで誤りを犯すことはし、モウ・フ人たちは、危害を与えないようきわめて熱心に努力した にもかかわらず、時として打撲傷を与えざるを得なかったのであ できんのだーーー少なくとも、一つ問題がある。我々はたまたま、 常に知能の高いやつを捕まえてしまった。かりに かりに、あれる。なんとか傷つけずにとり静めようと、モウ・フ人たちがどれほど がこの種族の平均でないとすればだが」 熱心に努めているか、この霊長類にだって少しはわかってもよさそ 長官はその考えに動転しているように見えた。デビエンはいつうなものだった。だが、こいっと来たら安全な拘東にかえって拍車 をかけられるように、反抗をくり返すのであった。 「あの動物は恐ろしい心像を持ちだしたのでありますーーあの、鳥 ( 大型霊長類というのは根性が曲がっているのだ、ひねくれ者なの だ、とデビ日エンは暗い気持で考えた ) ですが : : : あのーーー」 「ハゲタカ」と長官。 一時間あまり、会員は無意味な、つまらないおしゃべりに終始し 「あいつは、我々の使命全体に、あのように歪んだ光を当ててみせていたが、霊長類はいきなり好戦性をむき出しにして、いった。

2. SFマガジン 1978年7月号

「よし、スビード・アップだ。今日、一日でポキャ・フラリイを出来「暇そうだね。私も指示が終わって手が空いている。第一回の料理 るだけ増やしておかなければならないからな」 搬入が終わったところだけど、会見を見学しないか。今から始まる 5 ( 地球が。フレイン・ヨーグルトか ) おれは苦笑いした。 ところだ」 この予定でいけば〈味覚検索〉今日一日でかなり進むかもしれな おれは「ええ」と二つ返事で岸田さんの部屋を通って会見室へ入 った。部屋の隅で、会見の邪魔にならないように岸田さんと椅子に 腰かけた。 明日はてんてこ舞いになるに違いない。 「どうだい、麓君。何故、あの宇宙人が地球へやってきたか賭けな いか」 にやりと笑って岸田さんが言う。部屋の中ではコンビューターの スケジ = ールの二日目は本格的な会見だった。前日の〈概念該当低い振動音だけが青蠅の羽音のように室内を満たしている。 味覚検索〉で収集した基本的な一『〔語形態と単語を参考に、他の料理「いいですよ。何を賭けますか。タ・ ( コ一箱でいきますか」 人達はせっせと指示された料理作りに精を出している。おれの守備おれも膝をのりだした。 範囲の仕事は今のところないので、目玉焼と高菜漬をおかすに、ゆ「そうたな。想像で、今の状況で考えつく可能性をアトランダムに あげてみようか。最初に、地球への親善訪問だな。それから、地球 つくり朝食をとっていた。考えてみりや奇妙な生物がいるものだ。 料理を舐めさせて会話をするとはね。そうた。。フロジェクトが終了侵略の偵察に来て故障を起こしちまったという可能性。地球文明の : 他に何がある したら、店を閉めて、宇宙語教室の塾かなんか開こうかしらん。お調査かな。あるいは観光に来たのかもしれない。 れが教師になってね。今日は道で宇宙人と出会った時の会話をお勉かなあ」 強しましようね。ます″ゃあ、こんにちは″これを、宇宙語になお「あります。あります。宇宙人が発狂して道を間違えて飛んできた しますと、″ゃあ″が、カスタードプリンです。少々カルメラに苦とか : : : そんなのはないでしようね。そういえば、宗教的恩寵を与 味を効かしてくださいませ。パ。フリカを一振りしておきますと知えに来たという話もありますね。トイレに寄ったという co もあり 的な話し方になりますですよ。なんだね。 : しかし、道で宇宙人ましたつけ」 と出会ってその料理をどこから用意してくりやいいんだろう。その そこでおれ達は腹を抱えてげらげら笑った。 うちインスタントの携帯用会話料理でも売られるだろうかな。と、 草野さんの声が響いた。 そんな馬鹿なことを考えながら朝食をばくついていたわけだ。 「会見を開始するそ。麓君、それから岸田君も、見学よ、 岸田さんがひょいと指示ルームの窓口からおれの部屋へ顔を出し種の知性体の厳粛な接触だ。雑談を よまどほどにしておいてくれ。岸 田君、早速、微調整の準備にかかってくれ」 、 0 0

3. SFマガジン 1978年7月号

埋め、そして再びあげた。 を浮べたまま失神していた。 「極楽じゃ。極楽じゃあ」 おれと日野上さんは呆然とこの動を見守り続けた。他になす術 おれにはわかっていた。日野上さんもわかっていた。今、熊根老もなかったのである。 人の酔い痴れている味覚こそは、老人が一生をかけて味の求道に努中林さんだけがテー・フルの上で盛鳥のような声で笑い続けてい めたその結論たったのだろう。そしてそれは、とりもなおさず宇宙た。 人が放つ人類への呪いの言葉なのだ。最愛の同胞の死を隠されたう老人は依然として、宇宙人に貪りついていたのだ。 「珍味じゃ。至上の快楽じゃ。今そ極めたり。これそ絶対の味覚な え、常識を外れた不躾な言動を行なう二本足の化物達に、怨嗟をこ めた言葉を吐きつけているのだ。宇宙人は今、人類を、地球人を軽蔑のじゃあ」 おれと、顔を上げた熊根老人の白い視線が偶然にびたりと会った。 し、罵倒している。そう、この宇宙人自身、生を受けて以来一度も 口にしたことのない筈の最高級の罵詈雑言から発せられる″怨″の老人はおれに、見えないはずの眼でにやりと笑って見せた。それ 味覚なのだろう。地球の破滅を願い、人類の堕地獄を祈る : : : とては、恐しい笑いだった。 も一口で言い表すことの不可能な、同胞を殺された知性生命の、呪 詛と怨念の言語に違いないと思った。 ェビロ 1 グ しかし、熊根老人は明らかに楽しんでいた。きっと宇宙人の呪詛 の言語は老人の味蕾のうえを波打ち、舌側縁を駈けめぐっているの だろう。咽喉の奥深くまで、精緻な峻烈さを持った″完全味覚″が あれから何カ月経ったのだろう。プロジェクトが中止された後、 押し寄せ、引いていく様子が目に浮ぶようだった。その味は総てのおれは下町にある「創作料理のあばれぐい」へ戻り、例によって、 基本味覚を備えているのだろうか。しかし、味の極致であるからお客さん相手にしこしこと包丁をふるっている。平凡な日常のリズ には、総ての味覚に該当しない絶妙さなのかもしれなかった。いずムの中へ復帰したわけだが、あの三月ウサギと帽子屋達の気違い。、 れにせよ、その絶対味覚を感じていることは老人が周期を持って四 1 ティのような例の会見も、念を押されるまでもなくいちはやく意 肢を痙攣させている状態からもわかった。 識の壁に塗りこめてしまい、思い出す事は殆どない。ただ、時々ふ っと閃光のように熊根老人や、発狂した中林さんや、人の好い岸田さ 老人がこれ程に耽溺したのは、会見を開始して以来初めてではな ん、日野上さん、吉牟田さんの顔が脳裡にうかんでは消えていっ かっただろうか。 部屋中料理だらけになり、吉牟田さんや小男の工作員やガードマ ン達は転げ、滑り、まろびつ、果しなく殴り合いを演じていた。そ或る日、おれは偶然に岸田さんに再会した。彼も以前のインべリ乃 の横には、全身トマトケチャツ。フまみれの草野さんが絶望的な表情アルホテルのシ = フに復帰している筈だった。人の好さそうな表情

4. SFマガジン 1978年7月号

いう食通同好会の会長を務めておられます。非常に広い味覚体験をもいえる完璧な厨房なのだ。おれも使いなれた包丁を数種類持って お持ちで『悪食の鬼』『奇味礼讃』等のエッセイ集を著しておられ来てはいたのだが、和食用洋食用と数十種類の包丁が揃えられてい る。オーヴンやロースター等はもちろんだが、鍋や釜や料理器具類 る方です」 老人はゆっくりと立上った。まるで生きたミイラだった。筋肉をのカタログがあり、その中の自動販売機みたいな機械についている 一切持たず、骨と太い血管のうえに皮膚がまとわりついているだけ該当器具ナン ' ( ーを押すと、減菌された希望の品が飛び出す装置に だ。長寿斑がうっ向き加減の顔中にふりまかれていた。会釈をするは恐れ入ってしまった。 一度使用した器具、廃棄物は総てディスポーザーに廃棄していし ように片手をあげた老人は、ちょっとよろめいたように見えた。と たんにジ = タンポ大統領が、反射的に老人の身体を支えた。驚くじことになっている。同様に材料を供給する装置には、初めて聞くよ ゃなしか。 ( 気ヲッケ ! ) 大統領に対して ( 休メ ! ) 熊根老人は顎うな薬味、香辛料の類いまで納められている。おれの創作料理が、 で礼をしただけだった。いくら世界連邦大統領が歳下だといったつどうも買いかぶられているような気がして仕方がないのだ。なんだ てもう少し礼儀ってものがあるはずだ。ところが、大統領は、老人かやる気を失くしてレンジに頬杖をついて・ほけっとしていると、グ ラン・シェフの岸田さんが部屋へ入ってきた。 に対して恐れ入ったように頭を下げたのだ。 、りこ「準備はできたのかい」 一体、この小柄な枯れ枝のような老人は何者なのだろう。カ冫 も料理のプロの端くれであるおれでさえ名前を耳にしたことのなか おれは仕方なく、岸田さんにこの厨房が余りに機能的すぎて勝手 った、最高の食通というこの老人は : が違うことを説明した。 「いいんたよ。料理がフランス料理とかスペイン料理とか伝統のあ るものだったら調理法がある程度型にはまったものになるから準備 が必要になるのは仕方がないけれど、麓君の場合は、非常に幅のあ 会見室の隣室がグラン・シ = フの岸田さんの調理指示用の部屋る料理、型にとらわれない味の料理を頼むことになるはずなのだか で、会見室とは小窓で連絡できるようになっていた。もちろんシ = ら、麓君の仕事がやりやすい状態でありさえすれば問題はない」 フの部屋も厨房を兼ねている。シェフの部屋から放射状に六つの部と岸田さんはやさしく言ってくれたが、気に掛かることが一つ残 屋が隣接している。料理人達が、会見言語用の料理を準備するためっていた。先刻の熊根老人だ。草野さんにしろジュタンポ大統領に の部屋だ。その中の一つがおれのための部屋兼厨房なのた。会見がしろ熊根老人に対する敬意の払いようはただごとではない。それと なくおれは岸田さんに熊根老人についての情報を探ってみた。 始まるまでいつでも厨房を利用できる状態に点検しておかなくては よ . りよ、 0 「宇宙人との会談で接触役の熊根老人という方は、あんな役に抜擢 部屋へ入って驚いた。一流ホテルでも揃えられない機能美の極とされる程ですから、かなり広い味覚体験を持った人なのでしよう

5. SFマガジン 1978年7月号

おれは今、地球を食べている。 時計をもう一度見て、おれは会見室へ入った。 地球を食べている。 ジュタンポ大統領から、一同へ激励の電報が入っていた。 食べている。 地球を。 地球人今日も、我々の質問から会見を再開していきたい。了承を おれは地球を食べてしまった。 お願いする。 次の瞬間、おれは夢から放り出されて眼を醒ました。 宇宙人了承。 おれは四年ぶりに夢精していた。 地球人感謝。まず、あなた方のエネルギー概念は我々のものと全 おれは、部屋の中を見まわし、やはり夢だ 0 たことを確認した。然違 0 ているようだ。その = ネルギー源としてどんな物質を使用す 会見まで、二十分程度の間があ 0 た。おれは考えごとをしながら着るのか再びお尋ねする。 換えした。 宇宙人昨日話した通り、※※※※ ( 手のひらの肉のステーキ ) を おれの頭から、熊根老人の姿がなかなか消え去らなかった。 利用するのだ。 昨日の老人の部屋へ呼ばれて聞かされた話の内容からも、おれに地球人それは鉱物か。 はあの老人の偏執的な一面を見たことは認めても、偉大さや巨大さ宇宙人その概念は否定的。 は感じられなかった。老人の権力は確かに絶大なものかもしれな地球人動物か。 。しかし、彼の権力と彼自身の人格とは全然別個のものだろう。 宇宙人その概念は否定的。 人生の大半を陽のあたらない部分の権力を掌握することにのみ奔走地球人具体的に話して欲しい したという、余命少ない「隠田の行者」にとって、エネルギー問題宇宙人申し訳ない。※※※※ ( 手のひらの肉のステーキ ) は※※ など、どうでも良いはずだ。そうだ。それかも知れよ オい、とおれ※※ ( 手のひらの肉のステーキ ) なのだ。今回の事故も※※※※ は思った。彼が欲しいのは英雄としての自己の存在の確立だったん ( 手のひらの肉のステーキ ) が欠乏したのが直接の原因となったの じゃあないのだろうか。今の老人は単なる黒幕、日陰の帝王だ。実だ。 際上は、世界的な権力を握っていても、表面的にはあくまでその実 績はジ = タンポ大統領のものなのだ。ところがもしも、会談が成功皆は諦めたようだ 0 た。全くこれでは、どうどう巡りというやっ して、人類に必要な情報を得た時はどうだろう。人類の危機を救っ だ。質問の角度を変えてみようということになったらしい た宇宙言語判読者、熊根老人。超国家的神的存在として讃えられ崇 められるだろう。熊根の救世主願望の自己実現、それが彼の人生の地球人我々は、あなた方が何故地球へやってきたか、その目的を まさに理想図ではないのだろうか。そう考えたのだ。 まだ伺っていなかった。お聞かせ願いたい。 8 6

6. SFマガジン 1978年7月号

事″という日課が残るだけだ。そうなると、人間の味覚も退化しは にやにや笑いの小男は、ジュラルミン製のケースにつながれた腕 じめるのではないだろうか。おれの商売も、材料が手に入らなくっ から手錠を外すと、ケースダイヤルを回し始めた。ダイヤルを数 て廃業しなくっちゃならないかもしれない。 、クリとケースはロを開いた。 回、左右に回すと あるいはおれ達が食文化の快楽を知る最後の世代になるかもしれ中からタッパー容器に詰められたはまぐりの佃煮が取り出され ないのだ。そうだとすると、きっとこれが、味覚で会話する知性体た。 と接触出来る最初で最後の機会だったかもしれない。しかし、皮肉「速かったな。連邦工作員も予算喰いの間抜けばかりではないよう な話だ。これまで、味覚は人類の文化の速度に比例して進歩してきだ。こんな時くらい役に立たんとな」 老人が声高に言うと、にやにや笑いの小男は証明書を差し出し た。味覚が退化するというのは、人類の文化がこれ以上進歩しない ということの象徴なんじゃないだろうか。 た。 「熊根さんが、この会見役にもってこいの人物であることは何だか 「元祖、佃煮の平島屋。八代目平島紘三郎製造証明書です」 わかるような気がします。熊根さんが居られなければ、この会見も費用明細にサインを求められて草野さんは。ヘンを握ったまま眼を 成立しなかったかもしれません」 剥いた。法外な値段なんだろう。草野さんは思わず叫んでいた。 おれはお世辞の中に一沫の真実を加えて言った。老人は満足そう「お、おれの三年分の俸給額よりまだ多い」 に笑ったが声をあげなかった。 小男はにたにた笑っている。 インターホーンのベルが鳴り、草野さんの声が部屋中に響いた。 「はまぐりが : : : それも汚染されてないやつを採取できたってのが 「連邦工作員が到着しました」 奇跡なんですぜ。おまけに、この品を作らせるのに、ちょっと手荒 「はやかったな。すぐ行こう」 な方法も使ってる。ここへ届けるまでに、最終的には人死にを三人 老人は答えて、ゆっくり立上った。 も出しちまってるんだ。″緊急最優先″に指定されたんでね」 「ま、まさか平島屋を殺しはしなかったろうな」 会見室に、連邦工作員らしい黒服の貧相な小男が、にやにや笑い を浮かべて立っていた。 「平島屋は大丈夫ですよ。もっとも薬品で二、三日は廃人でしよう 連邦工作員とは、世界連邦に統合された後、その非公開活動の面がね。素直に作れば問題なかったのに。妙に、依怙地に職人気質を 出しやがるものでね」 で活躍している、以前の各国のスパイ、諜報員達のことだそうで、 俗には、秘密重宝員などと呼ばれて重宝がられているそうである。 サインを受取った小男は、部屋いつばいに、 こた笑いを残し これは、後で吉牟田さんが教えてくれたのだ。たって、何と吉牟田て出ていった。 さんも工作員の一人だったのだから。 「確かに、元祖平島屋の味だ。間違いない」 「はまぐりの佃煮を、お届けにあがりました」 岸田さんに佃煮を口に含ませてもらって、老人は溜息と共に呟い 、 0 、ツ 5 6

7. SFマガジン 1978年7月号

出てきた時は痴呆状態で総白髪になっていた : : とか、かなり毒舌 シェフはおれを見つめて、彼のことを知らなかったのかというよという話ではあるがね。若き日の熊根と行動を共にしていた秘書の 5 うな顔をした。おれはうなずいた。 一人が熊根の行動のあまりの突飛さのために自律神経失調症にかか 「熊根老人ってのは、ありや、化物だよ。私自身も、彼のために数 、真直ぐ歩けなくなってしまったとか。ある筋の人々には、あの 度料理を手掛けたことがあるが、味付けに関する注文の付け方が異老人は今でも悪魔呼ばわりされているんだよ。世界でも彼ぐらいの 常なんだ。確かに、味覚体験は広いだろうさ。彼の趣味、道楽の類ものだろう。総ての人間に対し、白を黒であると信じさせる才能を いといえば味覚を楽しむぐらいのものなのだし、彼の地位と資力を持っているのは」 持ってすれば唯一の道楽を充実させるのは、容易なものであったの大変な人物であるのは間違いないようだ。だが、そういうエ。ヒソ だろうな。それは老人の著書からもわかる」 ードと枯れ枝のような老人がどうしてもおれにはイメージとして結 「彼の地位と資力ですって。あの老人の」 びつかなかった。 部屋の遠くでざわめきが聞こえた。 岸田はためらいながらおれに小声で言った。 「公然の秘密だと思っていたのだがな。実はあの老人は権力の総て「宇宙人が到着したらしいそ」 を持っている。彼が一代で築きあげた《カ》さ。あのジタンポ世「コンテナーの中だ」 界大統領でさえ彼の操り人形に過ぎない。それ程の《カ》をあの老おれはシェフの岸田さんと顔を見合せた。会見が開始されるま 人は持っているんだ。世界の経済動向、軍事力、エネルギー事情、で、おれ達は手が空いている。今から〈概念該当味覚検索〉が行な その総てが老人個人にとってはプラスの方向へ展開しているはずわれるはすだ。 だ。超政治力とでもいうのかな。浮世の流れの総てが老人の匙加減「見学に行ってみましようか」 一つで決定される。″歴史は夜作られる〃という成句があるけれ〈概念該当味覚検索〉は会見室で行なわれる。おれ達は厨房室を出 ど、熊根老人こそ真に″夜″の存在なんだろうな」あの干物老人のて、会見室へ入った。 底に秘められた権力の一部を先程の出来事で垣間見たことになるの 既にガードマン達はコンテナーの搬入を終えて部屋から出ていく だな、とおれは納得した。 ところだった。 「あの老人は、一代で彼の地位を築きあげた。謀略と搾取と天性の部屋の中央に置かれた巨大な箱の中には、宇宙人がいるに違いな 話術でね。現在でこそ表だった工作は行なわないが、彼の若い頃の いのだけれど、箱からはそんな気配は全然感じとる事が出来ない。 話では、その権力と行動の異常さを示す色んな伝説があるらしい 箱の周囲に取りつけられた計器類を神経質の親玉みたいな中林さん 後に熊根の腹心になった敵の一人が、熊根が一人で泊っているホテが点検して回っていた。 ルへ談判に行き、何を言われたかはわからんが、数分後に部屋から「・ハイオトロン・コンテナー異状なし」

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た。やはりわかんねえものはわかんねえ。 ・ : 中林君によると、この異星人を宇宙生物学的見地より言えば 「じゃあ、普通、宇宙人同士で話す時はどんなふうなんです。おれ それから後がチンプンカンプンでよくわからない。料理人に学術達にわかるよう話してもらえませんか」 ひだ でコーショーな事を言ってもわかるはずないじゃよ、 「宇宙人の触手を、相手の宇宙人の身体の中央にある襞にたがいに オしか。釈迦に 法 : : : じゃなかった。馬の耳に念仏だ。宇宙人が、炭素化合物で接触させるのです。襞から分泌する″言葉″を触手で感じる事によ ってお互いに意志を通じ合わせるわけなのです。触手は何本もあり を溶剤とする蛋白質生物であるとか、音声による通信機能を持た いとか、味覚神経系によって意志の伝達を行なうとか、そんなこますので、複数との会話も可能のようです」 J をエライさんの使うみたいな言葉でならべるもので、おれは心配「じゃ、地球人と会談する際、相手の宇宙人はどういうふうに味覚 を地球人に伝えさせるんですか」 一なってきた。こりや、確実に国際連邦レ・ヘルの超プロジェクト 「地球人が宇宙人の分泌液を舐めて判断するしかないようですね。 おれみたいなひょっこがこのまま、このプロジェクトでやって ) けるんだろうか。試しに隣の岸田さんに尋ねてみた。しかし、し他に方法がありますか」 その宇宙人は美人ですか : : : とか不謹慎なことを叫ぶ奴がいた。 りに説明にうなすいていた岸田さんも、実をいうと、全然、わか どういうつもりだ。 ソんのだよと言ってくれたので幾分ほっとしたのだ。 ヒューマ / イドタイ・フ 「人間型の身体つきとはかなりかけ離れています」 でも、概略は何となく断片的につなぎ合わせてみて納得できた。 という答だ。おれの頭の中を、タコの化けものや、昆虫眼玉の怪 」にかく、その宇宙人は《味覚》としか呼びようのないものによる 物の姿が駆けめぐった。 一ミュニケーションを行なうらしいのだ。 「一体、誰がその会見役の任務を遂行するんですか」 ・ : というわけで、あなた方には、宇宙からの訪問者との会談の 一瞬、草野さんはロごもったように見えた。おれが草野さんの視 ~ 球側の発言用の料理を作成して頂きたいのです」 会談のまえに、今日中に行なわれる作業は大体次のようなものら線を追っていくと、それは大統領の横に坐っているサングラスをか ) い。まず、会見に必要な要素を持った絵 ( 静止画像とかいうそうけた一人の老人で止まった。ためらっている草野さんに老人が自分 ~ ) をコンビーターに接続し、その絵に反応した宇宙人の言葉から声を掛けた。 「紹介するんじゃ。草野くん。わしのことを」 ( 分泌液みたいなもの ) の味覚を判断分類して、それをコン。ヒュー ーに記憶させる。その味覚を明日からの会見の翻訳資料とする。 慌てて草野さんはハンカチで額の汗を拭きながらかすれ声をあげ ~ キャプラリイを増やすわけだ。〈概念該当味覚検索〉とか何とか ~ しいことを言ってたつけ。 「御紹介致します。熊根兵衛さんです。今回の会談の、宇宙から 料理人の一人が立上って、おれと同じような疑問をぶつつけてい の客人との直接の接触を行なわれます。氏は現在《食道楽連盟》と

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それだったら意味が通じると口に出しただけのこと。日野上さん地球人それは何処か。地球からどの位の距離になるのか。 宇宙人※※※ ( 意味不明ーーやはり固有名詞と思われる。らっき 一も多分そうだという風にうなずいていた。 よ漬の味 ) の近く。遠距離。地球からとっても離れてる。あなた達 それから、同様にして、延々と会見が続いた。 変った出来事といえば質問事項の中で、宇宙人のパートナ】に関の概念、理解を超えている。 ・ : かなりの長旅 する何かを示す″肉桂味の強いフレンチパ = ラアイスクリーム″の地球人あなた方の科学力には本当に敬服する。 だったのだな。 味をおれが厨房で簡単に合成してきたことだ。その味はよく出来た 宇宙人そうだ。地球時間で六時間程かかった。 らしく、熊根老人は絶讃してくれた。 ううん。じゃあその会見の経過を、順を追って書きだしてみよ地球人あなた方の航宙法は光の速度を超えることが出来るのか。 宇宙人光を超えることは出来ない。空間の歪みを探すことは可能 である。 地球人地球について、どの程度、知識を持っておられるか。 地球人あなた方の地球来訪を我々は心より歓迎する。 宇宙人感謝。不慮の事故を起した我々を許して欲しい。地球に被宇宙人知性体の存在はわかっていた。しかし地球については殆ど ところで、脱出の際に私と一緒たったもう一人 が未知だった : ・ 害を与えなかっただろうか。 地球人少々はあったが、気にされる程のものではないし、この事はどうしている。蘇生したか。 : まだ、蘇生していない。病院に安置してある。 故は偶発的なものであるから、今後、地球人類とあなたがたとの友地球人 宇宙人外傷あったか。 好関係をいささかも傷つけるものではないと確信する。 宇宙人ありがとう。我々の地球への突然の訪問をお許し願いた地球人なかった。 宇宙人外傷さえなければ必ず蘇生するのだ。一応安心。納得。感 地球人歓迎。 謝。 : ・ : ・あれは※※※ ( 肉桂味の強いフレンチバニラアイスクリー ム。もちろん意味不明 ) なのだ。だから大事な人なのた。恥かしい 学宙人感謝。 のだ。 地球人地球へは初めてか。 宇宙人そうだ。 おれは宇宙人は一人だけだと思っていたのだ。もう一人来ていた 地球人どこから来られたか。 とはなあ。吉牟田さんは首を振るだけで答えてくれなかった。 宇宙人※※※※ ( 意味不明ーー固有名詞だろう、味覚はプロヴァ 宇宙生物学の中林さんが妙に蒼い顔をしているんだ。 ンス地方の羊乳チーズ″カシャ〃からやや臭みを抜いたものとのこ 「どうしたんです。中林さん」 と ) から来た。 6

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は変っていなかったけれど、心なしかやや老けこんだなという印象なけりやよかったんだろうが、厭になってしまうよ」 だった。岸田さんは寂しそうな顔でにつこり笑いかけてきたのだ。 それ以上は岸田さんに聞くまでもなかった。多分、老人は宇宙人 7 最終電車を待っホームでのことたった。 を私邸の地下室にでも閉じこめ、毎日薄暗がりの中で宇宙人に罵 「久しぶりですね。シェフ」 られ、呪われ続けているのだ。地球の破減、文明の崩壊、人類の堕 先におれの方から声を掛けた。シェフと呼ばれて岸田さんは如何地獄を唱える宇宙人の呪詛を、とりもなおさず老人の唯一の快楽の にもうれしそうだった。 極致として堪能しているに違いない。老人の英雄願望の夢は消えた 「ありがとう。その後も元気かい。私は相変らずだが」 だろうが、老人のもう一つの願望、究極味覚の求道は、見事、実現 おれ達は、一瞬押し黙った。例の会見の後、あの事件の宇宙人にしたじゃないカ ついて、日刊ファクシミリは、一行たりとも触れていない。吉牟田 おれは、吐き気がしてきた。それじや報道するはずがない。報道 さんも、あれ以降、一切店に姿を見せない。その後、あの宇宙人はできるはすもない。 どうなったのだろうか。おれの心の中で、疑問があらためて膨みか しかし、宇宙人の呪詛が実現するのも、そう遠いことではないの けていた。 かもしれない。ふっとそんな考えが頭にうかんだ。 「その後、あの宇宙人はどうなったのでしよう。全然報道もされま「麓くんは確か、独身だったね。結婚を考えてもおかしくない年齢 じゃよ、 せんが」 岸田さんがうなずき、腕組みしたまま考えこむのを見て、おれは岸田さんは想い出したように話題を変えた。 やはり口にすべきではなかったのかなと後悔した。 「さあ。これから合成食品ばかりになってしまったら、料理のうま 「実は今、おれは熊根老人宅から帰る途中なのだ。こんなこと話しい女性と結婚したいという願いも意味がなくなってしまうようです 。例の騒ぎの最中に熊根老人は宇宙人の味に歓し : てしいカどうか・ 。もっともそうなると、我々も失業ですけれど」 おれ達は顔を見合わせニャリと笑った。 声をあげていただろう」 「ええ」 「ああ、一度、君の店 : : : 《あばれぐい》だったかな。寄せてもら 「熊根老人は、あの会談が中止になった後も、宇宙人のあの絶対味わなくてはいけないな」 覚とやらが忘れられず、遂にあの宇宙人を老人の私物として引き取「さあ。岸田さんの舌に応えられるかどうか。しかし、おいでにな ったのだよ。持ち前の彼の権力とやらでね。余程、素晴しい味だつるなら、何時でも歓迎ですよ」 たのだろう。会見中止後、おれは三度程、老人宅へ料理を作りに呼岸田さんは小さくうなずいた。 おれが、ふと小さな溜息をついた時、電車が音もなくホームへ入 ばれている。宇宙人との会話中の料理をね。今日も遅くなってしま った。作らされる料理が卑猥な語意の料理ばかりでね。意味を知らってきた。