由夫 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1978年8月号
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1. SFマガジン 1978年8月号

ロ。整形ってことがわかったせいか。それともまっ白い麻のスーツ その夜、アパートへかえるとノブは赤い表紙のマンガ本を上下二がすてきだったので、それにみとれてたのか。 冊、十数回めかの読了をした。そして結論。ひとりごと。 七月六日。ホテルに午後四時までいる。追加料金もわたしがだ す。喫茶店へ寄って、つぎに食事。六時半ごろ名出さんとわかれる 「あたしって、やつばり天使なんだわ : : : 」 うっとりと。 これだ ! 三年まえの七月五日。名出由夫は七月の八日か、もし 不意におもいたっと、過去の日記帳をさがしはじめた。ここ半年 ほど、久夫が彼女に冷淡になってからはつけていない。だが高校、かしたら七日の夜おそくまりこに出あったはず。彼女の面影を、彼 大学を通じて、簡単なメモのようなものはつけつづけてきた。そのの胸に焼きつけてはいけない。知りあってからだと、まりこの想い 変も。 出に哀しむはずだ。それに彼女はひとりぐらし。『いつもドアにか ぎかけないで寝るの。だってかぎなくしちゃったし、スペアつくる 三年まえの日記。 「七月十日。午後二時半。名出由夫から電話あり。一昨日知りあつのめんどうなんだもの』といっていたつけ。その後由夫とまりこは た女の子ときよう婚姻届をたしたとのこと。あそびにきたら ? と二回ばかりひっこしたが、彼がころがりこんだ彼女のアパートの場 よ、つこ 0 し・カ十 ~ 、カ子ー 所は、はっきりお・ほえている。 七月十二日。まりこのア。 ( ートにいく。彼女、化粧がはで。身長だけど、もう一度、打診してみなければ : ハスト八十八 ( 八十五@ カツ。フ ) 、ウエスト六十一、ヒ 百六十三、 「どうして、あの女といっしょにいるのよ。まりこのほうがきれい ップ八十六だそうで、これみよがしにからだの線をだすアール・デ コ調ドレスをきていた。いやらしい女め。十二時到着、夜六時退 のち 出。原宿で買い物の後、六本木の会員制・ハー〈森の木〉へ寄る。帰 ノ・フはアパートへたすねてきた由夫にきいた。 宅午前三時四十分」 「顔形の問題しゃない」 もうちょっとまえの日記「じゃあ、なんで ? ナンデさん」 時刻が正確にかいてあってよかったー 「ダジャレをいうな、・ハ をみてみよう。 「七月五日。三時ごろ父の研究所へいき、当面の生活費として三十「な・せかって、きいてるのよ」 「きみのスタイルって、アスパラガスみたいね。でこ・ほこがなくて 万円もらう。父は『カネづかいが荒い』と文句をいう。自分のほ ッとしてて。タイトスカートは似あわないな。・ほく、タイト うが、くだらない研究にカネつぎこんでるくせに。夕方六時名出さスラー がすきなんだ」 んとあう。『森の木』でのむ。一時半『ホテル・ドクアザミ』へい 「じゃあ、からだがいいわけ ? 彼女二十八でいいかげん・ハアさん 。帳場のおばさん、なんだか知らないけど、わたしの顔をジロジ 0 、、 8

2. SFマガジン 1978年8月号

まりこの部屋をあけると、彼女は台所にたおれて死んでいた。ち 『わるかったよ』とはいわなかった。だが由夫はせっせとゆりこのようどうまい時刻に到着したものだ。い くらあたしだって、おなじ 7 手あてをしている。下僕のように。東海道四谷怪談のようにな 0 て人間をもういちど殺すのはくたびれる。しばらく室内にいる。死体 しまった顔は、無表情た。も 0 とも、これでは痛みのあまりわら「とい「しょでは、あまりいい気分ではないが、しかたがない。 たり顔をしかめたりはできないだろうが。 ふたごの習性は似ているのだろうか。だとしたら、ゆりこもドア 「痛いか ? 」 にカギをかけすにねむるのだろうか。そういえば、ゆりこをはじめ 由夫が下からゆりこをみあげる。 てみてびつくりしたあのあと、由夫は電話をかけてきてこういった : ええ」 ものだ。「おれたちが知りあうまえ、ゆりこは原因不明のメランコ 彼女は、ふくれあがったロで、か・ほそくこたえた。 リーで、つまり神経症にかかっていてさ、睡眠薬ずいぶんのんでた ノ・フはみているだけだ。これで、あたしがいなくなったら『ごめらしい。それからねえさんが殺されて、よけいに量がふえたってい んね』ぐらいはいうだろう。まりこがいっか電話でそういってたもうけど」 の。「由夫はあなたのまえだと虚勢をはって、決してあやまったり ートの玄関がひらく音がした。ゆりこがかえってきたのだろ なんかしないけど、ふたりだけだと平伏するんだから」 う。耳をすますと、鍵穴にキイをさしこむ音がする。それでは、こ 両手をついてあやまる ? 冗談じゃない。あの由夫がそんなことうや 0 ても「てきたガラス切りをつか 0 て、アルミサ ' シの一枚窓 するはずはない。な・せなら、あたしにそんなふうに謝罪したことから侵入するか。まるでスパイ大作戦だ。 は、いちどだってないんだから。もっとも、彼はノ・フに手をあげた あたしとまりことゆりこ。まるでタイトル・マッチ。紙かなんか ことは一度もなか 0 たが。あれはまりこのウソだ。ウソにきま 0 てにかいてあるタイトルなら「ツチで火をつければ燃えてしまう。だ る。この夫婦 ( ノ・フは、まりことゆうこをゴ〉チャにしてかんがえが、まりこは火にならない。そのかわりとして、生きうっしのそ 0 ていたが、とにかく夫婦ということにするとこの夫婦は ) いつも憎くりのゆりこを由夫に進呈したではないか。 みあっていたはずたし、現にこうしてけんかしたじゃよ、 ゆりこは内鍵をかけたようだ。さあ、どうしようへ 。・ツドに腰か こが消えてなくなればいいのだ。ゆりこさえいなければ、由夫はあけて、ノ・フはかんがえる。とにかく室内にはいれれば、あとは楽 たしのほうをみてくれる。 だ。台所で水をのむ気配がする。睡眠薬をのんでいるのたろう。あ ノ・フは由夫の部屋を出た。 と一時間もすれば、ゆりこはねむる。ぐっすりねむるだろう。それ アリ・ ( イはやはり〈ホテル・ドクアザミ〉すなわち、まりこを殺に、こんなふうに物音がきこえるのは、ゆりこがかなりの量のアル したあの夜、あの場所にもどって、ゆりこを殺してやろう。 コールか睡眠薬のたぐいでものんでいるせいたろう。動作が乱暴に なっているのた。

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、ってのは、ちょっとちがうんだ。たとえば、神経にいさ 「あたし、いますきなひといるの」 「頭がいし ないでよしお これは作戦である。名出由夫の顔色をうかがいながら、ノブはクさか異常をきたしてる人間の気持をくみとってやれること。状況に 丿ーム。ハフェにスプーンをつつこんだ。 感情移入するってことじゃないぜ。理解するってのともちがう。理 屈で解釈するんなら、頭の切れるやつだったら、だれだってできる 「それはよかったね」 さ。そうじゃなくって、相手のなかに自然にはいりこんで、しかも 由夫は関心なさそう。それとも無関心をよそおっているのか。 ゆるすことのできる人間のことさ。へんないいかたたけど、それは 知りたいでしょ 「名前知りたい ? ほんとのイミで人間なのさ」 ノ・フは、いきおいこんで身をのりだした。由夫はガラスの外を・ほ 「天使じゃないの ? 」 んやりながめている。昼さがりの公然たる密会。原宿シャンゼリゼ トーマ・ヴェルナーのことをおもいうかべながら、ノ・フはたずね の舗道では、男の子や女の子のひらひらだぶだぶした服が、ういた りしずんだり。ま・ほろしのように。 「オスカ 1 ・ライザーっていうの。はじめの二週間ぐらいは黒い髪「ちがうね。『人間』は相手を徹底的に憎むことたって必要なんた のユリスモール・・、 ′イハンがすきだったけど、いまじゃだん・せんオから」 スカーね ! ちょっと軟派でさ、年のわりにはおとなつぼくて、頭「あなたって、いつもガッコの先生みたいなこというのね」 がよくて、もうすてきなんだから ! 」 ノ・フは、一瞬カッとなった。だいたい、呼びだしをかけたのは由 どうだ。ライ・ハル意識がでてきただろう。あたしや、 いい女なん夫のほうじゃないか。彼はまた妻のまりことけんかしたにちがいな だからね。ひく手あまたなんだから。 そういうときは、かならずノ・フに電話してくる。 「じゃ、あたしは『人間』じゃないのね。あなたのこと、すこしう 、ってのと、頭が切れるってのはちがうぜ」 「頭がいし 由夫はジーンズのポケットから、精神安定剤をだす。緑と黒のカらんでるけど、どうしても憎みきれないから」 「かもね。そのようよ」 プセル十個を全部手のひらにあけた。 こと、事業に成功する才能があ「じゃあ、あんたの奥さんは『人間』だっていうの ? 」 「切れるってのは、学業成績がいい 「まりこはそれにちかいな。あと一歩ってとこだ。だけど、おれは ること、他人の反応をすばやくよみとって相手をうまくコントロー ルすること、頭の回転がはやいこと、思考にスビードがあること、すきじゃない」 由夫はポケットから今度は乗りもの酔いのクスリ ( 吐き気どめ ) なんかだな」 となにやら白いちいさな五角形をだした。精神病院でもらってきた そんな講義ききたくもない。だが、ノ・フはいつものように、つい 耳をかたむけてしまう。いつだって、そうなのだ。由夫のペースにものだろう。おそらくは強力な睡眠薬か、鎮痛剤といったところ。 まきこまれてしまう。彼は・ハランスを、コ 1 ヒ 1 でのみくだした。 こんどはコップの水で、またしてもそれをのみくだす。いまにいい

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つくしていた。 「七月十日 ? 」 「なにしてるんだい。棒みたいにつったって。はいっておいでよ」 「あれ、あたった。きみの健忘症って、ずいぶんおかしいね」 / プは入り口ちかくに、べたんとすわった。くすれおちたという ふたごたったら、性質は多くの部分で類似してるたろう。 ほうがただしい。ショルダー / ・、ツグはひじのところまで落ち、台本「ゆりこ、コーヒーでもいれてやれ」 をいれた紙袋は入口におとしたまま。まりこはその台本をもって、 由夫が命令すると、彼女はわざと荒らつ。ほくしたくをはじめた。 部屋のなかまではこんだ。 ひとりごとのように「ええい、チキショウ ! 」とちいさく叫び、そ 「どうしたんだい ? ひき殺されたカエルみたいにひらべったくなのとたんにカップをおとして割った。その破片をゆりこは、むんす とっかんで始末している。指のあいだから血がしたたりはじめた。 「あいつ、 いつもああなんだ。スタンド・。フレイだよ、ありや。 由夫が声をかけた。 「だって、あなた、奥さん : : : 」 ゃな女た」 「え ? なんだって ? 」 由夫はつぶやく。 「 : : : 奥さん、いないはずでしよ」 ゆりこがふりむいてわめいた。「スタンド・プレイしてるのは、 「そんなことまでわすれちゃったのかい。相当重症だな。三年まえどこのどなたよ ! 」 「なんだとオー に結婚したの、きみだって知ってるはずじゃないか」 この野郎 ! 」 「だって、まりこちゃんは死んた : : : 」 「野郎じゃないわよ」 「そうだよ。かわいそうにな。おれたちがあう三日ばかりまえに殺「もう一度、いってみろ ! きさまのその首、ねじ折ってやる ! 」 されたんだよ。彼女のふたごのねえさんよ。、、 いうよりはやく、由夫は台所へひととびして、左ストレートをか 。しし子だったらしい 気の毒に。新宿のパーで泣いてる彼女をみて、わけをたずねて、そませた。ゆりこは抵抗する余裕もない。彼はゆりこの頭をがっしり れで知りあったんだよ。ゆりことは」 とっかみ、台所の床におそろしいカで何度もうちつけた。 「やめて ! 」 ゆりこっていうのか。三十分ぐらいでかえってくるといっていた ノ・フはおもわず叫んた。ゆりこの首。ほそい首。あの殺人。由夫 となりの部屋の住人とは、ゆりこのことだったのか。 はゆりこを殺す ? 「ねえさんのほうが、感情がはげしくて神経質なひとたったそう 「気絶したな。ふん、まねごとだろう」 だ。それなのに、ひとりぐらしなのに、ドアにカギもかけすにね。 ゆりこはしばらく、神経がおかしくなっちゃっててね。それで、お だが、彼のことばの後半には、心配しているようなようすもみら れがずるずるとゆりこの部屋にいって、つぎのつぎの日に結婚したれる。洗面器に水をためると、ゆりこの顔にぶつかけた。 んだ」 ゆりこは、しずかにゆっくりと目をあけた。 ロ 5

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, 、ツ・ハをおつばじめるだしはわかってくれるよ」 かげんキモチよくなって、例のごとくラリノ 「だって、あなただってーーー」 「 : : : そんなことないよ : : : そんなことは」 「きみねえ、それより、そのライザ 1 氏といっしょになったら ? 」 なんという心がわり。まえはそうじゃなかった。由夫とのつきあ彼はらくだの絵がついたタ・ハコをだすと、一本くわえた。ノ・フは ライターをさっとだすと、火をつけてやる。これは彼の妻のまねで いは彼の結婚前からだから、もう五年になる。はじめ十一回寝た。 ノブのような妄想的パラノイア的女は、こういうことはよくお・ほえある。まりこはロにくわえて火をつけてやってから、由夫にわたす のだ。そしてしゃあしゃあと ( というようにノ・フには感じられるの ているものなのだ。それからしばらく彼からの音さたはなかった。 彼女は一カ月入院して、大々的な顔の整形手術をしていたせいもあだが ) こんなふうに表明するのだ。『わたし、男につくすのって、 由夫が無理やり要求するから、こんなふうにしてや 大つきらい ってるのよ。わたし、なまけ者だから奉仕されるほうが全然い 由夫は劇団をつくってはつぶし、三、四カ月ホロホロしていたか とおもうと、またあたらしい仲間をあつめて芝居をはじめる。彼はわ。だれかいない ? ・ほくはあなたのドレイですっていう男』 演出ならびにその劇団のポスで ( 暴走族的あるいは不良グルー。フ的まりこめー 「それに、オスカーは永遠に十五歳なのよ」 いいまわしをつかえば、つねにアタマで ) 他人には妙に親切なくせ : かわいそうに : 「死んしまったのか : に、勝手気ままなことをしている。 「わかってないひとね ! あたしがすきなのは、ほんとにすきなの 三年まえ、彼は突如結婚した。彼の知人たちはナイデとよばない でナンデと呼称することが多いが、とにかく彼らはこういったものは。ーー」 いま、・ほくは失業中なもんで 「ねえ、きみ、おカネすこしない ? 『なんで、あのナンデが結婚なんかしたんだ。相手はたれだ。 ね」 わが青春のマリアンヌか。日曜日のシベ 1 ルか。・ハ ェイトのリズ・テイラーか。・フーべの恋人か。亭主を軽蔑する・フリ 反射的に / ・フは財布をたした。 ・、レト 1 ー ・ノット・ 「いくらぐらい ? 」 か。栗原小巻か。山口百恵か ! 』 「五千円。これからひとと会うんでね」 ノ・フは陰湿なまなざしで、由夫をみている。 ロのなかで ( 彼にきこえないことをねがいつつ ) ちいさく舌うち 「ああ、きみ、ことばの問題 ? だったら、—»-2 0 > O すると、ノ・フは四千円わたした。彼はそれを無雑作に、ジーンズの って紙にかいてわたせばいいさ。あとは抱きつくんたね。うまくい 前ポケットにつつこむ。それから立ちあがった。ノブもあわてて伝 くよ」 票をつかんで、椅子をけった。となりのテープルの女が「ギャア」 「うちあけられない事情があるの。片想いなのよ。それも完全な」 「へ 1 え。完全な片想いなんてあるの ? けんめいにやれば、すことさけんた。 6

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「それが理想なんだがーーーー過去にいってもどってくることはできる 「試作品だ。 / ーベル賞ものだそ」 ラドックスというⅢ んだよ。未来はまたダメだ。それにタイム・パ 父親は超特大冷蔵庫のようにみえるマシーンのまえで、満足そう題がある。過去にいって、自分を生むまえの両親を殺してきたら、 に腕をくんだ。 どうするね ? むずかしいよ、じつに」 「まさか」 ノ・フはあくびをして、キャメイをとりだした。由夫がすっている ノ・フはキャン・ ( ス張りの椅子に片脚をおりまげて、その足首をもタ・ハコ。彼女は『男に似せる女』の典型なのだ。 「そんなものに興味ないわ。おとうさん、のよみすぎじゃない う一方のひざのうえにのせている。これもまりこのまね。まりこは 十八歳のころから、下品、アパズレ、キンキラキンを習得すべく修の ? 」 行してきたそうで、いまではまるで街角ガール。そのくせ世帯くさ「わたしは十六のときから六十年もこの研究に心血をそそいでいる さがまるでないから、映画のなかのコール・ガールのイメ 1 ジだ。 んだそ」 口調だけはおだやかに、父親は宣言した。 本物の売春婦やストリッパーは世帯くさいぜ、といっか由夫がいっ ていた。 ノブの頭のなかで、ちいさななにかが破裂した。頭のうしろに組 んでいた腕を、ひざのうえにもどす。ついでに両脚ともキチンと床 「いや、これで完全なはずだ」 にそろえた。 父親は、マシーンをこぶしでかるくたたいた。ここは、彼個人の 「ごめんなさい」 研究所である。数人の助手には口止め料をだしている。つまり彼は いちおう、しおらしく。 たいへんな大金持ちなのだ。 いいんだよ。わかってくれれば」 『そのわりこよ、 、とこのお嬢さんってふうにはみえないのね、 父親は笑顔にもどった。 あのひと』とまりこがノ・フをさしていい 、そのことばを由夫がった 「ほんとにそうなら、あたし知りたいわ。いろんなこと、使いかた えてくれたおかげで、彼女は髪を逆立てた。 『あんたも、そうおもうの ? ナンデさん』 とか : : : 機械のしくみとか」 『そうね : : : ま、いい・ しゃないか。こんなことは。たいした問題じ「使用方法はじつに簡単だよ。ただし、場所移動ができない。ま ゃない』 あ、この研究所は三十年まえから建ってるし、このマシーンのため おもいだすたびに腹がたつ。内密の寝物語をもらした由夫にではの場所は完成を予測して、ひろくあけてあったから、だいじようぶ なく、最初にそういったまりこに。 だが。わたしには自信があったんだ。きようのこの日を予測できた 「じゃ、おとうさん、この機械にのると、過去にも未来にもいけるんだよ」 わけ ? 」 「おしえて ! 」 7

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まりこのほそい首。ほそすぎるくらいほそい首。まりこは俗にい やった。とうとう、やったのだ。これで、あたしの念願はかなっ こんなにうれしいことはない。最高だ。最高 うグラマーだが、首と腕だけは、アン・ハランスにほっそりしてい たのだ。うれしい の気分た。ロ笛でもふきたくなる。 る。人形みたいに。名出由夫はいっていた。『まりこの手脚って、 「このへんですか ? 」 なんかふしぎなんだよな。女の脚ってふつう腿が太くてたんだんほ そくなって、ひざのちょっとうえが太くて、ひざは骨がでててそれ運転手が、遠慮がちにはなしかけてきた。 「ええ、そこの角をまがってね、二十メートルぐらい。白い大きな からまた太くなって足首でキュッとしまるだろ ? 女高生が白いハ イソックスはいたふくらはぎをうしろからみると、ポーリングのビ建物あるでしよう ? あそこでとめてちょうだい」 ンみたいだろ ? それが、まりこは全然そうじゃないんだ。もちろ「おや、お客さん、気分がよくなったようですね」 ん腿のほうが太いけど、ふつうの女ほど太くなくて、ふくらはぎも「ええ、そうよ。さっきはごめんなさい。ただね : : : たた、気分が そうで、足首がしまってないんだよ。腕もおんなじだよ。まるで人しずんでいただけなの。なんでもないの」 「それはよかった。ここですね ? 」 形みたい。首もそうだしな。そのくせ胴体は出るとこは出てて、ひ クルマはとまった。 っこむべきとこはひっこんでて、じゅうぶん成熟してるんだ。ふつ ノ・フはおりぎわに、チップを千数百円、わたした。 うの女以上に」 「おつりはいいの。この千円もとっといて。お子さんになにか買っ 彼はそういうまりこの肉体を愛していたのか ? またしても憎悪 てあげてねー がこみあげてくる。 さ「それはどうも」 首。あのほっそりした首。ストッキングでしめあげてやった。・ ーツと叫びだしたく スペア・キイで研究所の内部にはいると、ワ まあみろ。二度と、いやもう決して一度だって由夫にふれられるこ とはないあのほそい首。これで、あたしの由夫は、あのいやったらなった。ノブは両腕をあけ、二、三歩ダンスのステップをふみ、ロ しい憎たらしいまりこの肌にさわることはないし、見ることすらな笛を吹いた。 いのだ。 勝った。とうとう勝ったのだ。あたしはあの憎たらしいまりこ を、やっとうちまかしたのた。 よかった。これでよかったのだ。 タイム・マシンにのりこむ。作動させながら、彼女は、かって克 あの女が由夫をたらしこんで、彼をダメにしてしまうまえに、あ 美しげるがうたっていたマ】チを口ずさんでいた。『史上最大の作 たしがついていてあげられる。 ノブは、みごとに客観性を欠いたこのような結論をたした。とい戦のマーチ』だ 0 け ? ザ・ロンゲスト・ディ。まさにそうた。今 夜はいちばんながい日だった。しかし「あすゥーをしんじて = 1 」 うより、主観客観以前の思考とはいえない思考の結果を。 彼女は満足して、微笑をもらした。

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ぎたてておいたほうがいいだろうか。しかしーー・そうだ、さっきま 「あの、名出由夫さんて、ご存知ですか」 りこは『となりの住人が三十分ほどしたらかえってくる』といって 7 まりこが知っているわけがない。もっとも七日か八日には、偶然 し / いくらアリ。ハイがあっても、顔をみられたら、やはります にーで知りあうはすだが。予想どおりまりこは頭をふった。 「となりを待ってるの ? あと三十分もしたら、かえってくるはす ノ・フはすぐに部屋をでることにした。手袋をしていてよかった。 ・ハッグひとつだけた。スト 指紋はのこらないだろう。遺留品は ? まりこの声など、耳にはいらない。どうやって殺してやろうか、 ッキングをしまい、しずかにドアをあけて廊下にでた。 とあらかじめかんがえておいた。いくつかの場合にそなえて。だ ートのちかくは顔をふせてあるく。 が、実際その場になってみると、どんなふうにしたらいいのか、わ 二分ほどで、水道道路にでた。タクシーを待つあいだのイライラ からない。 と昻奮。運よくタクシーは、三十秒ほどでつかまえられた。 「紅茶でものむ ? 」 「原宿」 まりこは立ちあがった。台所に立っているそのうしろすがた : ひとことだけ。ものをしゃべる気にはならない。すこしもおそろ ストッキングでいきなり首をしめようか。まりこはからだがよわ く、力もよわい。それにくらべて、ノ・フはやせているが骨太で、手しくはない。だが、ひざが、がくがくふるえる。 などゴッゴッしていて久夫とおなじくらい大きい。力だったら、自原宿 : : : しまった、あそこはあたしのアパートだ。父親の研究所 へかえらないと。タイム・マシンにのらないと。タクシ】は、代々 信がある。 ナイフでは叫び声をあげられてしまうだろ木上原の駅を背に、坂をくだっていく。 それともナイフ ? う。父親がビストルでも持っていてくれたらよかったのに。電子銃「あっ、田園調布」 「お客さん、どっちですか」 でも製造してくれていたらよかったのに。 ノ・フは・ ( ッグからストッキングをだし、台所へ走った。まりこが運転手のいらたったような声。 「田園調布よ。まちがえたの」 ふりむこうとした瞬間、それは彼女の首にまきついた。 「 : : : アウッ : 」というような声がでた。かまわす、しめあげふしぎに声はしずかだ。というより、まるで感情がこもっていな る。憎悪がこもっているために、おそろしいほどの力がはいったら しい。まりこはうしろななめにたおれた。力をゆるめす、さらにし「まあ、まちがえるのも、しかたないやね。こんなにクソ暑いとね めあげた。まりこのうえに馬乗りになって。まりこは気絶した。さえ。ひでえ暑さた。夜中だっていうのに。もっともクルマはクーラ 1 がきいてるから、おれっちはたいしたことないけど、お客さんた らにつづける。 ノ・フは手をはなした。これで絶命しただろう。心臓にナイフをつちは神経とんがってるひともけっこう多いよ。ドアをあけてのりこ

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ゆりこはペッドにはいったらしい。あと三十分。いや慎重を期し それから確認するために、 / プはつけくわえた。「あなた、ひと て、四十分待とうか。しかし、どうやって部屋にはいろう。 りでしょ ? 」 ナイト・テー・フルをみると、キイがおいてあった。これはまりこ 「ひとりだよ」 のものだろうか。それとも : ふたごの異常な仲のよさは、他人由夫は簡単にこたえた。 には理解できないものたという。 あいもかわらず、殺風景な部屋だ。まりこもゆりこも、女らしく ノ・フはキイをこの部屋の鍵穴にさしこんでみた。合わない。 これ部屋をかざるという趣味がまったくなかった。しかし、すこし女の においがする。 は、おそらくゆりこの部屋のものだろう。ふとふりかえると、まり こが大きく目をひらいて死んでいる。 「そのきれいなカーテンは ? 」 「ぼくの妹がくれたの。そっちの化粧品も、妹がおいていったもん 二度めの殺人は、ごく事務的なものだった。なれというものはおで : : : 」 そろしい。そして、ひとは ( 特にノブのような女は ) すぐに、なれ彼は、それでは独身なのだ。・ ( ンザイ。 のみにいかない ? 」 てしまうのだ。ひざがふるえたりはしなかった。 ありったけのやさしさと笑顔で、ノ・フはさそってみた。 だが、かすかな勝利感、あるいは仕事をおえたという感覚があっ 「ちょっと待っててよ。いま、ものを買いにやらせたんだ」 たことはたしかだ。これでおしまい。おしまい。やっとおわったの 買い物って、劇団のひと ? それとも、まりこ、ゆりこにつぐ三 だ。まりことゆりこはふたご。三つ児なんてことはありえない。こ 代目か ? たずねるのはおそろしい れはたしかだ。 ドアがひらいた。 「ただいまあ。あ 1 、つかれちゃった。あなた、晩のオカズなんだ 新聞をしらべると、おなじ夜アパートのとなりどうしに住んでい とおもう ? 舌ビラメの、、ハター焼きよ」 たふたごの姉妹が殺された、と記述してあった。 まりこでもない。ゆりこでもない。顔や姿にややちがうが、まぎ 満足感はゆっくりとやってきた。とうとうおわった。由夫の妻は れもない彼の妻がそこに立っていた。 この地上からきえてしまったのだ。ノブはダイヤルをまわした。 ノ・フは、ガバ ッと立ちあがると、自分でも気がっかないうちに、 「名出さん ? 」 あらまあ、あいもかわらず例のアパートに住んでるなんて。偶然どなっていた。 「あんた ! いったい、何回やったら、いなくなるの ! 」 も偶然、気持ちわるい 「これから、そっちへいっていいかしら。ううん、べつに用事はな いんだけど : : : 」

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ノ・フは笑みをうかべてへ 、・ツドに寝ころんでいた。 彼の声はいつもどおり。物事をたのむときの、あまえて当然とい あれから、日比谷図書館へいき、むかしの新聞をしらべた。まり う調子。 こはたしかに殺されていた。動機なき殺人。当時のまりこには男関「こっちって、あの : : : 渋谷区東二の六の九のアパートだっけ ? 」 係がまるでなかった、とアパートの管理人が証一言していた。となり やや不安になって、そんなことを口走ってしまう。なぜなら、ま の部屋にいた彼女の妹も ( 妹がいたのか ! そうだ。そんなはなしりこと会うことのなかった彼の人生は、かわっているはずだから。 を小耳にはさんだことがある ) 『ねえさんはひとにうらみをかうよ「そうだよ。きみ、ちょっとおかしいよ。健忘症にでもかかったの うなひとじゃない』といっている。もっとも肉親というものは、た 「ええ、そうみたいなの」 いていそんなふうに述べるものたが。 乱暴された ( これは新聞用語で、訳せば性的暴行、すなわち強姦「このまえあったのは、六日まえだよ。急にそうなっちゃったの か。病院いってる ? 」 をイミしているが ) 強引に犯された形跡もない。 「いってるわ」 あたりまえだ。あたしは女だよ。 一部分だけ記憶喪失ということにしておこう。それが、いちばん 室内は荒らされていないし、物盗りの犯行ではない。では殺人だ っ」うがしし けを目的とした精神異常者の犯行か ? 「まあ、声の感じでは、だいじようぶでしよう。何時にきてくれる 七月六日の夕刊と七日の朝刊をみただけで、ノ・フは満足した。だ いたい、あたしがいまこの部屋にいて、刑務所か拘置所にいないと いうこと自体、犯行が・ハレなかった証拠ではないか。 「あと一時間」 あのタイム・マシンはじつに精密につくられている ! おとうさ電話をきると、彼女は伸びをした。じつに爽快だ。新まりこはい ん、ありがとう。ノゾはうまれてはしめて、本気で父親に感謝しない。もういない。あの子は死んだ。もう死んだ。 気がつくと、そんなふうにうたっていた。念入りな化粧と洋服え らび。表参道へでたときは、タップダンスみたいなステッ。フをふん 電話がなった。 でいた。 うきうきと受話器をとりあげる。由夫からたった。 「ハロー」と彼女はいう。 由夫のアパート。 「おや、きようは・ハ力にごきげんがいいね。こないだまで、シンネ階段をかるくあがり、ドアをノックする。 リムツツリしてたのに。ところでお願いがあるんたけど、・ほく、そ「 / プ ? はいってこいよ。おい、あけてやれよ」 まりこー こに芝居の台本、置いてったでしよ。二十冊ぐらい。それ持って、 心臓一時停止。ドアをあけてくれたのは、まりこた。ノブは立ち こっちへきてくれない ? 」 4