その巨大なテント全体が、気球の浮力によっていまにもひンめく丈な中年の男にくいついた。 ほしのはて れそうになった。 「それとも〈星涯〉星系軍ですか ? われわれはすぐその筋に抗議 どうしたことか、皮肉にも気球はまた浮力がついたらしく、またします」 もや上昇しようとしていて、ロープはビンと一杯に張り、今にもテ「政府や星系軍には一切関係がない」男は無表情に答えた。 ント全体を吊りあげてしまいそう : 「では、民間企業ですな ? 」和尚が言った。 そのときだった。 「ますます面白い。どこですかな」 地上の一角から、あきらかに超小型ミサイルとお・ほしき発射煙が「その件については申しあげられん」男は拒絶した。 ばッと起ったかと思うと白い射線が空へ伸び、ケ・ ( ケ・ ( しく塗りた「申しあげられんだと ? なんじゃ、その言い草は ? 君はここで くった巨大な気球の表面にポッ ! と煙があがった。 なにをやっとる ? あの建物は一体何だ ? 」 ぷッしューツ ! プううー 和尚は、数百メートル先に見える灰色の建物を指さした。側面も 途方もない間の抜けた音がしたかと思うと気球はたちまちしぼみぐるりとテントが張られていて内部はまったく見ることができな はじめ、それと共にロ 1 プがゆるんで屋根の端のフックが外れ、み るみる横風に流された気球はその屋根からかなり離れた荒れ地の只 「われわれは連邦軍のものだ」 ( インケルがきめつけた。「曲馬団 中にぐンにやりー と、着地した。 の形で極秘の作戦を星系軍と共同で展開中だ」 はずみでゴンドラのドアが開いた。と、なにやら大きな大ほども相手はひやりとした顔をした。 ある動物がどッと次から次に百頭ほどもとび出し、山の方へ向かっ 「超小型ミサイルで気球を撃墜しおって : : : 」 て一斉に走り出した。 「屋根の崩壊する危険があったからた。補償はする」 駈けつける男達はぎよっとそこに立ちすくんだ。 「補償はいすれ連邦軍の方から公式に請求する」 うおー 「それは , ーーこ 凄まじい咆哮が峠まで伝わってきた。 「なにが、それは た ? それよりも気球の墜落によって、作戦 用の危険な〈ホネシャ・フリ狼〉が百匹ほど野放しになった。どうし 「ひでエもンだ、ミサイルなど射ちかけやがって ! 」 てくれる ? 」 又八がわめきたてた。 「心配ない。われわれで捕獲する」 「一体どういうことですかな、これは ? この建造物の管理者は星「ホッホウ ! 」和尚がけたたましい声を放った。「素人のあんたが のはて 涯市ですか、星系政府ですか ? 」 たが、〈ホネシャ・フリ狼〉を一匹でも生捕りにできたら、わしは首 べしゃンこになった気球の傍で、 ( インケルは責任者と称する頑を進ぜよう」
しまうなと、甚七老人にもきつく言われている。 やらなきや舌をやけどするってもンじゃありませんぜ、え、〈プロ それにしても メテ・ワイン〉じゃねエンだ。〈プロメテ・ワイン〉じゃ : : : 」 そのモクとかいう爺いさんは、本当にまだこの区劃内にひそんで親父は、しげしげと又八の表情をさぐるように見つめた。 「まア、 いるのだろうか ? なんとかこのまま、捜索をやりすごして欲しい しいしゃないのさ、きみイ」なだめるように言いながら、 ものだ。このあたりの住民は、どうせ機動警察隊なんかに好感をも又八の右手が伸びて、親父の手に幾許かのクレジットし ; 本カ渡った。 ってるわけはないから、封鎖が解ければ、なんとか連絡のつけよう「 : ・ もあるだろうし : そして又八はわざと押し殺した低い声で言った。 さっきから、テー・フルの上のサービス・ダクトの標示板は、次の 「しばらくねばらせて貰う・せ、おやじ」そしてとっさに思いついて 料理が待っているというスタイ ( イ・ラン。フを点減させッばなしで付け加えた。「こっちは特捜た。なにか不服があるか ? 」 ある : 。スー。フ一皿で小一時間ねばった寸法だ : ・ 。あとどれ位「ト、特捜」 ねばることになるのやら : 親父はわざとらしく表情を変えた。 それにしても、あんまりスタン・ ( ィさせッばなしもおかしいし、 「金は払ってるんだ」又八はきめつけた。「妨害すると・フチ込むそ そろそろ、メイン・ディッシ = にとりかかろうかと、又八が指示ポ ムマにもガクリー タンを押そうとした時である。 と膝をつくんではあるまいかと思うような足取 「お客さん ! 」 りでそそくさと行ってしまう親父を見送り、又八がテー・フルの方へ 向き直ろうとしたとき、だしぬけにイヤホンへ声がとび込んでき ひどく突ッ張らかった声がして、彼は思わず振りかえった。 店の親父らしい五十がらみの、いやな目付きをした男が彼を見下た ろしている。 ″小隊から指揮官 ! 容疑者をへンシ = ル宅の床下で逮捕しまし 「ン ? 」とっさに又八は得意のポーズをとった。 「なアに ? 」 親父ははずされてちょっとあわてたが、それでもあらン限りの渋しまった ! やられたー 面をつくって言った。 そこに別の声がとび込んできた。 「ビスク一杯で一時間もねばられちゃ困るんですよ」 】よくや「たそ ! すぐ、本部〈連行しろ , しびれを切らして料理場から上ってきたらしい わかりました。 3 号艇で連行します ! 「いやア、失敬、失敬」にツこりと笑いながら又八は答えた。「ビ 3 号艇 : スクがあんまりおいしいもンでねエ・ : 景色もいいし : : : 」 すぐ眼の下にいるパトロール艇の側面に大きな 3 の文字が見え 5 「ビスクってなア、〈プロメテ・ワイン〉じゃね = ンだ。ちびちびる。あれだ ! 間違いない。艇首の片は小隊を示しているに違い
「ええツ」。ヒーターが息を呑んだ。 「それにビーターも一緒に行け。あとの編成はまかせる。この娘に 「ほれ見ろ、言わんこっちゃない」とロケ松。 はそれが必要だ。わかるだろう ? 」 「これは子供だましのおもちゃだの」まるで枯木みたいな老人は、 。ヒーターもうなすいた。 「ありがとうございます」バムがムックの顔を見上げ、涙をポロポ鶴のような細い首をふりながら言った。「気の毒だが、お嬢ちゃん ロこ・ほしながら言った。そして、例の耐爆容器を前にさし出した。 「ごめんなさい」 「これ、お金に替えて使ってください」 いきなりバムが言った。 ムックはじっと考えこんだ。そして、かなり経ってから言った。 「それじゃないんです。それは、悪い奴につかまった時のために、 「これはきみが持っていなさい。お父さんの形見た。きみの将来の わざわざ、あたいが入れといたんです。本当は : : : 」言いながら彼 ことを考えてお父さんが残したものだろう」 「とつつあんは、この一件女は、耐爆容器の蓋の裏側を回しはじめた。二重ネジになっている 「そうだよな」とビーターが言った。 らしい。やがて娘はその裏側の小さな隠し蓋をとりはすすと、指先 が、その、モクとか言う爺イの仕組んだイカサマだって言うけど、 でなにか小さなものをとり出した。彼女の指先が。ヒカリと光った。 もしそうなら、そんな宝石をくれたりする訳がね工じゃないかよ、 「おッ ! 」居合わせたみんなが思わす声を洩らした。 なあ」 それ程、その光は異様な輝きに満ちていたのである・ 「甚七の御隠居を呼んできな」ロケ松がそれを無視して言った。 「貸してみなせこみんなを押し包んだ驚きを破るように甚七老人 「どっちにしても、どの位の値打ちのものか、はっきりさせておい : 一一一口った。 た方がいい」 バムは、黙ってその宝石をさし出した。 ムックもうなすいた。 それは、水でつくった完全な立方体 : 昔、古道具屋をや 0 たことでもあるのか、甚七老人は宝石や貴金とい 0 て、氷ーーというわけではない。 属に眼が利く。。ケ松に言わせれば、あの爺イ奴、どこかで故買屋氷など比較にならぬほど透き通 0 た、まさに、なにもないように でもや 0 てたに違いないということになるのだが、とにかく彼の鑑さえ思える、親指の先ほどの立方体である。 と眼を刺すような鋭い光 それが灯火を反射するのか、キラリー 識眼はみんなに一目おかれていた。 耐爆容器からとり出された宝石の前に小型の線屈折計や電子ルを放つのである : 「わしゃあ、このとしまで、こんな石は見たことがね工 : ーべを並べて、老人はスコープ面をしばらくのそきこんでいたが、 ープをのぞき込んだまま、老人はつぶやいた。 やがて顔をあけるとにべもなく言った。 「なんにも見えねエ・ 「これは、硝子細工たわ。値打ちなんざあるもんじゃない : : : 」 5 5
今すぐ射つよ、ほれ、あたい、気まぐれなんだから」 十五分後ーー ポシュッー 真ッ裸の大男は、もう、やぶの中を押したり引いたり、体中ひっ ビームが大男の頭をかすめた。 かき傷だらけになって、やっとのことで地表艇を道に戻した。 「ヨ、よせ ! ア、危ないー メ、命中したら・・・・ : 」 「ごくろうさん、わるか 0 たわね、おじさん」少女は相変らず熱線「命中したら真ッ黒けさ、このゴリラ野郎が ! 〈ンな邪魔たてし ビストルを向けたまま言った。「帰っていいわよ。地表艇は貸してやがって ! 」少女は語尾を強めた。 ね」 ポシュッー 「お、おめさ、まさか : ・・ : 」 「ギエーツ ! 」真ッ裸の大男は、蹴飛ばされたような勢いで走りだ 「なにさ ? 町へ帰んな って言ってるのよ」 「マ、まさか、この格好でおめさ、歩いて帰れったって : : : 」 「ばかア ! 」娘は眼を輝かせて叫んだ。「お尻に一発噛ましてやる 「それしや、今ここで死ぬ ? 」ケロリとした顔で、娘は銃口をさしぞオ ! 」 上げながら言った。 かン高い笑い声を立てながら、娘はトリガーを引きまくった。 「うッ ! グッ ! 」男は身をちちめた。ゴリラみたいなごッつい体ポシ、ツ ! プラスダ も、熱線。ヒストルともろの向かい合いではからきし格好がっかな ポシュッー ころがるように素ッ裸で逃げていく大男の周囲には、まばゆい閃 しい ? 」と少女は言った。「あたい、五分後にあ 0 ちへ向けてト光がたてつづけに起こ「た。男は自分の体に命中したと勘違いした リガー引くわよ」彼女は、ふもとの方を銃ロで示した。 のか、なさけない悲鳴とともにし 、つべんでんぐり返りを打ち、その 「あんた、これ連邦軍の将校用じゃない ? これでビーム絞って射まま、あっという間に姿をくらませてしまった。 ったら、百メートル先でも命中したらやけどじやすまないわよ。あ「ばか ! 」しばらく見送っていた少女は吐き出すように言い捨てる たい、五分後に眼をつぶってぶッ放すからね。めっちゃくちゃに振と、地表艇の方へ戻ろうとした。 り回すわよ : そして せんに、酔ッ払った星系軍の中佐が、型は古いけどラインメタル はっと顔をこわばらせた。 ボ・ハ・ヴィ の旧マークをぶッ放したの見たことあるけど、百メートル先の憲地表艇のすぐ傍に、若い男がひとりつッ立っていて、面白そうな 兵の頭がハジけたんだから : : : 」 笑いを浮かべているのである : 男は寒々と首をすくめた。 「エネルギーは倹約しとくもんだぜ、お嬢ちゃン」少年のようなそ プラスタ 「さあ ! 」娘は熱線。ヒストルを構えなおした。「ぐずぐずしてるとの若い男はのんびりと言った。「あの最中にエネルギーなくなった 4
こ 2 ハリャーの影響圏外へ逃れ出てくれれば、わしもわしの持てる いて走るようにしてそこを立ち去ろうとするのを見送り、あとを追 ありとある力をこの蛙の巫女めにむけることができる。 うにも立ちはだかるイエライシャにさまたげられて追うこともでき 5 4 さあ、グイン これについてゆくのだ。道はおのすとひらけるぬーーーそう、知覚した刹那に、タミャのようすがかわった。 もはやその顔は悩ましいとも、つややかとも見えぬ。その歯はむ イ = ライシャは虚空から何かをつかみとるなりパッと高く投げあきたされ、目は憎悪と口惜しさに白い炎と化し、その黒くぬめぬめ げた。その何かは空中で青い鬼火に変じて、チカチカとあやしくまと輝く全身からほとばしるむざんなまでの邪悪、凶猛、暗黒、の瘴 たたいたと思うとたちまちに、ついて来いといわぬばかりに進みは気は、彼女を一匹の羅刹とも、黒い 】。ヒーともーーーなんとも形容 じめる。 しがたいおそましい化物の本性をすべてさらけ出させていた。 「さあ、行け ! この売女をかたづけしだい、わしも追ってゆく。 タミャの結いあげた髪がスルスルとほどけ、その黒いつややかな おぬしらが次元の扉〈までゆきつくころあいにはまちがいなく追い長い髪はみているうちにうねうねとうごめきはじめた。見ればそれ つくことができよう。とにかく会のさなかにここにいてはいかん。 はことごとく、牙から毒液をしたたらせてぶきみに舌をチロチロさ 急げ ! 」 せるおそましい毒蛇と化していたのである。タミャは首をうつむ 「お待ち、グイン ! 」 け、と見た刹那、それらの蛇どもはシャーツと牙をむいてイ = ライ タミャは狂ったようになって手をのばし、グインをひきとめよう シャにおそいかカナ と呪文を呼ばわる。しかし、 イ = ライシャはあわてず手をさしのべ、するとその手のさきにぼ 「ムダだ。魔女よ、おまえのことが破れたのにまだ気づかぬか ! 」 かりと光り輝く杖がうかび出た。イエライシャはその杖をふるって イエライシャの大声がひびきわたった。 ビシリ。ヒシリとあやまたず毒蛇どもを払いのける。 「お前は仕損したのた。もはやグインはお前の呪縛にしばられるこ その杖にさえぎられてどうしても毒ある矛がとどかぬ、とみて、 とはないし、ヴァルーサの王を思う気持が強力なパリャーにな「て「大頭蛇よーーアムルゴスよ、ゴネリルよ ! 」 王を守っている。それに魔女よ、お前ではどのみち、これなるヤン タミヤが呼ばわる。 ダル・ゾッグの結界を破ってぬけ出す力はもちあわせぬそー 空中から生まれ出て炎の舌をひらめかせながらイ = ライシャにお さあ、ランダーギアのタミャ、《ドールに追われる男》イ = ライそいかか 0 た使い魔は、それまでにタミャの呼び出したそれらのた シャが相手だ ! 」 しかに数倍はあるほどの化け物だった。が、 「老い・ほれめ , ・ーー・・お前だって、入ったはよいが出られるとは決まっ 「ムダなまねはよすがいい」 たものか」 イ = ライシャは冷やかにあざ笑って、両手をマントからっきのば グインがヴァルーサとアルスをひ「たて、その鬼火のあとにつづしてさしのべ、その指さきからふいに白熱したいなづまがほとばし
で、あわてた・ハ。 ( ャガがその杖を投げつけた。 うになり、あるいはすたすたにちぎれて、毛皮と血漿とをまきちら = イラ ( は杖を払いのけたが払いきれす、肩を一撃されて、吹きしたが、ややもするとその残骸は黒すんでゆき、それから砂が風に 9 出る血をおさえようとしながらうしろざまにころがったのである。 くすれ去るようにくすれ去って消えてしまうのである。 「 2 の無限乗が無限に近づき、 3 の無限乗が無限に近づくほどに、 タミャはいよいよたけりたって両手をふりあげ、怒りの形相もす お前たちの目にはそれらはひとしなみに『無限』大としてうつるにさまじく、黒い肌の ( 。ヒイのようにイグ日ソッグにつかみかかっ すぎなくなるだろう。だがそれらを正確な概念として把握しうる目 には、それらが無限に大きくなってゆくほどにそれらのあいたの差イグ日ソッグはひらりと身をかわし、カッと口をひらくと、その もまた無限に大きくひらいてゆくことが明らかに見てとられるの口からひとすじの炎が吐き出されて魔女におそいかかる。 た。わかるかな」 魔女のからだがその炎につつまれて燃えあがった と見えた刹 「そーーーそれとこれと、どんなかかわりがあるんですか ? 」 那、タミャの両手が奇妙なかたちに組みあわされ、とたんに水をあ アルスは目を丸くしてきいたが、イ = ライシャはそれ以上説明をびせかけられたように火勢が弱まる。 加えようとはせす、見るようにと促した。 タミャの手がさらに動くと、いきなりその炎は逆流してイグⅡソ 「エイラハがやられるそ ! 」 ッグ自身におそいかかってきた。 そのとおり、手傷をおった矮人は大きくよろめき、必死に身を立 イグ日ソッグがたじろぐ。得たりとタミヤがいよいよ炎をあおり て直そうとしたが、・ハ。ハヤガの手をはなれた杖はここそとばかりに たてるように手をふりあげたとたんに、突然かれらのまんなかを割 宙に舞いあがっては再びェイラハにおそいかかる。 るように一条の光線がほとばしった。 レーレくであるー ェイラハは力をふりし。ほり、ロをあくなりカッと何筋もの糸を吐 き出した。糸はするするとのびてあやういところで。ヒシリと杖にま タミャ、それにイグⅡソッグははっと不意をつかれてよろめく。 きついてそれをからめとる。と見て、 ・ハヤガはふりむき、何やらそこへ、 ハランスを失ったエイラハのからだが上からおちてきてタ 投げつけるようなしぐさをすると、その枯れ枝のような手のさきか ミャにぶつかった。 ら出た白っぽい球は宙に舞いあがってパッと割れ、その中から毒煙体勢のくすれた折からであっただけに、タミャはあわてて身を入 が雲のようにもやもやとたなびいて、糸の先に杖をとらえたままのれかえようとしたが間にあわなかった。 ェイラハにおそいかカった 「アアアーツ その間にひづめあるイグ日ソッグはタミャの呼び出した三匹の大絶叫とともに、タミャはランスをくずして、まともにルールく 頭蛇をすべてかたづけていた。その怪物どもはあるいは首をひきちの目からやたらと四方へ放射される光線を顔面にあびてしまったの ぎられ、あるいはイグ日ソッグのひづめにかけられてぼろぎれのよ
ついには、どこからが夜闇であり、どこからがモノリスと見わけよう ! 」 るすべもないくらいに、それらはびったりととけあってしまったの はじめのうち、アラクネーの踊り子は、アルスがいくらゆさぶつ である。 てもいっこうに意識をとりもどすきざしをみせなかった。 それでいながら、それは、どこへであれ去ったのではなく、むし アルスはいよいよやっきになり、ヴァルーサのほおを二度、三度 ろ見えなくなった分、いよいよたしかにそこに存在していることと叩き、その首を左右に動かし、なおも気づかぬとみて、どこかに 気つけぐすり、せめて水か酒のつ・ほはないものかとあたりを見まわ 力いっそうはっきりと感じられるのである。 その中にのみこまれていったグイン、そして五人の魔道師たちがす。 いったいどうなってしまったのかを知らせるよすがとなるものはそあろうはずもなかったーーあたりはもはや栄光あるケイロニアの こには何ひとっとしてなく、しかも、それはたしかに存在してい首都というよりは、たんなる廃墟の悲惨さで、ただいちめんのがれ こ 0 きとこわれた家々、折れた柱、がつづいている。 アルスは、しばらくのあいだ、あまりにもあいつぎすぎた異変に 「どうしよう、早くしないとーーーヴァルーサ、よう ! 」 もはやおどろきも恐怖も通りこしてしまった虚脱状態で、・ほんやり アルスがうろうろと両手をもみしぼったとき、ふいにヴァルーサ とそのまっ黒な空を見上げて石畳にすわっていた。 の胸が二、三回大きく上下したかと思うと、彼女は・ほんやりと目を 彼の周囲におちているがれきの山にも、どこかからきこえる負傷ひらいた。 、刀 者の微かなうめき声にも、何の注意も払うようでもない。 彼女のもうろうとした記憶にのこっているさいごの場面がいきな 突然、何かの呼び声でもきこえてきて我に返った、とでもいうよう それは、 り、彼女の心にうかびあがってきたのにちがいない にはねあがった。 ・ハヤガの魔術で空中高くつりあげられ、おとされかかりーーー・そこ 「おおーー大変だ ! 」 へ、イグ日ソッグのカギヅメがふいに虚空からあらわれ出てがっし りと彼女の胴をつかんだ、恐しい情景たった。彼女は上体をおこ ふいにまわりをきよろきよろと見まわして、叫び声をあげる。 彼の仇名の由来であるところの、穴ネズミそっくりの細い鼻と丸し、甲高い悲鳴をあげた。 い目とは、死人のように青ざめた顔の中で激しくまばたいたりふる が、すぐに、こんどこそはっきりと周囲に気づいた目で見まわし えたりし、そして彼は石と石のあいだのく・ほみにぐったりとよこたて、いつのまにかあたりのようすがまるでかわってしまっているの わったなり、傷ひとつおわすにいたヴァルーサの重いからだをひきに気がついた。 ずり出すなり、それをゆさぶりはじめた。 その目がアルスの上におちて、またロをあいて金切り声をあげよ 5 「ヴァルーサーーヴァルーサ ! 大変た、王さまがやつらと一緒にうとしたが、それをすぐにアルスであると気づいて、何やらいぶか 2 連れていかれちまった ! ヴァルーサ、起きてくれよ、ヴァルーサしげな、腑におちぬ表情でまじない小路の冒険を共にした小盗賊を
な ? それとも黒き魔女よ、お前は、闇よりも光、夜よりも朝、ド そのとき、剣の柄に手をかけたなり、この怪物どもの集会をじっ ールよりもャススの長子なる太陽神ルアーに心をよせるというのかと見守っていたグインがするどい唸り声をあげ、嫌悪に首のうしろ の毛をさかだててとびのいた。何の気配もなかった彼の足元に、ふ 「そりゃあそうだがーーー」 いに化け物グモのようなおそましい生きものが、忽然と出現し、彼 タミャはまだ納得したとも見えなかった。 の足首をぐいとっかもうとしたのである。 だがそのとき、ふいにかれらのすぐ鼻さきの空気がゆらゆらとよ「エイラハ りあつまってきたかと思うと、そこらの闇たけが他の箇所よりも数見ているものか、そうでないのかまるきりわからない石の目をむ 段濃く、重くなりまさり けてルーレ・、・、叱咜した。 「よけいなことをするでない、そうでなくてもここでこれたけの同 そして、それが凝りかたまったとき、そこにひとりの長身の男の すがたが生まれ出ていた。 業に会うとは予測せざる偶然、それだけでももう充分、貴重な時間 二メートルに近い、非常な長身である。しかし横はタミャよりも がついやされているのだからな」 痩せているその男は、黒いフードつきの長いマントをすつぼりとか ェイラハはいやらしいケッケッという、小馬鹿にしたような笑い むり、そのマントの裾も、フードの蔭の顔も、どこからがまことの声をたてた。彼は通称を矮人のエイラ ( というのたが、な。せそのよ 闇でありどこからが影であるのかを見きわめがたいほどに暗く不吉うに云われているのかは、顔たけでなく、彼の全身をじっさいに目 な妖気の内にとざされていた。 のあたりにしたとたんに、誰の目にも明らかになるのだった。 音もなく、・ハ・ハヤガ、イグⅡソッグ、それにタミャの前にあらわ なぜなら彼は人間というよりはもっとよく、巨大なクモか、地虫 れ出たその新来の魔道師はやせほそった手をマントの中からあらわか、それとも蛙の類に似ていてーー - ーその背中にもりあがっている固 してフードをすらし、するとそこにあらわれたのは、うすいくちび い肉瘤を勘定に入れてさえ、彼は地面から正確に一メートルに足ら ると貴族的な鼻、。ほっかりと盲いた目と額にうつろにひらいているぬくらいしかたけがなかった。 そのつぶれたような顔のついている頭は、ひどい猪首のために両 石の一つ目ーーまぎれもなく、ついさきまでかれらの頭上に、その 数百倍もの巨大さでひろがっていたその同し顔にちがいなかった。肩よりもふかくめりこんでおり、その矮小な手足はひねこびて曲が キタイ生まれの魔道師、グワウスの弟子、石の目なるルー化ハでっていて、彼はまるで踏みつぶされた人間の残骸、とでもいったよ ある。 うすに見えた。 「あんなところから人を見下して楽しもうなんて、お前さんもまだ しかし、そうした彼の不具、みにくさ、おそろしさ、のすべてで さえ、実のところは、ものの数ではなかったのだ。ーー、・矮人工イラ まだ甘ちゃんだねえ、え、ルール・ハ」 懸念も忘れたようにタミヤが云ってそちらへむきなおった。 ハが、彼を見るものに、女や子どもならずとも思わず悲鳴をあげさ 4 に
子の国を訪れた身の程知らすはわれか、きさまか、よい加減に思い ふいに、ルール : は ( ッとしたようにそのロをとざし、それから 知られようものだ ! 」 やにわに憤慨して叫びたてた。 「ホオ ! よく云った ! 」 ェイラハは叫んだ。その叫び声には、どうやら、何か勝ち誇った「えい この不埓者め、いかさま呪術師め、けしからぬ根性曲がり ようなひびきさえもが感じられた。 の空巣狙いめ ! ひとをたぶらかし、うまうまと喋らせて、労せす 「するときさまはわしの星図をぬすみ読みしたというわけだ。ホー してわれの手から《。ハワー》をかっ掠おうとたくらんだな ! ェイ タンの盗賊よ ! その会について知るほどのものは、世に魔道師多ラ ( 、きさまのしやっ面がそのようにひんまがっているからといっ しといえども決して両手の指にあまるほどはおらぬはずーーーなぜなて、きさまの性根までがそこまでねじくれているとは思わなかった かなくそ ら、その七星の会は、通常の星図には決してあらわれぬ、もっと高そ、このドールの鉄滓め、闇の馬の垂れ流したまっ黒な糞めが ! 」 度な動きを記録することにより、はじめて知られるものだからた。 「なにをいうか、きさまだ、きさまがわしの星図をぬすみ読んだの 巨大な暗黒星雲が、いまや獅子の宮めざしてつどおうとしている 七星と、地上の目とのあいだにひろがり、視野をさまたげている。 空の顔、ルールバとエイラ ( は互いにあいてを自らのプランを盗 それゆえ、たいていの星占師、魔道師どもはそれなる暗黒星雲にんだものとして、しばらく、ロ汚なく罵りあい、呪詛と攻撃のこと 目をふさがれ、そのうしろで行われようとしている会を見るあたわばを投げつけあった。 ざる筈なのだ」 地上の人びとはただ茫然として、そのかれらの頭上での奇怪ない 「たいていのやつばらはな ! 」 さかいを見守るばかりであり、しばらくは暴徒も手にした棒や得物 石の目のルールバは、非常な悪意と嘲弄をこめて叫んだ。 をふりあげるのを忘れ、怯えていた子どたちも泣きわめくのをや 「だがわれはそのへんの大半の星占師、魔道師の類とはちがう。わめ、護民兵たちさえも、矢を射かけることさえ思いっかずに、ただ 二人の首だけの魔道師を見 れは《闇の司祭》グラチウスの愛弟子にしてその唯一の正しき継承その矮人工イラハと石の目のルール。ハ、 者なれば、暗黒星雲もわれにはもはや暗黒ではなく、星々のどのよ上げていた。それは地上の平和な民なるかれらの手も理解もとうて うな動きの意味するところもわれにとってはたなごころを指すがご い及ばぬ、奇々怪々な世界であり、それらがたとえかれら自身の連 とくなのだ。 命を、あたかもそれらこそがヤーンの『運命のサイ』であるかのよ さればわれは、たちまちにして気づいた。この六百年にひとたびうに勝手に決めようとしていることがわかったところで、かれらに はどうするすべもなかった。 という星々の異変の、意味するところのものを 3 それは、星々のもっ力がいまここに集まり、そしてその力を象徴その、地上のサイロン市民たちの呆然たる困惑を知ってか知らず か、しばらくのあいだロ汚なくののしりあったあとで、二人の魔道 するあるひとりの存在を見出すことによりそのものがその力をー
娘のように魅力のない、個性のない存在にみえはじめてしまった。 だがわるびれたようすもなく、すっかり裸ではあったが、絹のドレ 長い髪のほかにはそのひきしまったからだに何ひとつつけていなスにでも身をつつんでいるかのように頭をもたげて椅子にすわって っ 0 い彼女よりも、いろいろとかざりものをまとい、うすぎぬのスカー トもつけたタミャのほうがもっとはだかに見えるのである。彼女の 「そのアラクネーもどうやら死んじまい、こんどこそ自分が何人も タミヤを見つめる目には、ひそかな敵意がこもっていた。 のお得意さんを送りこんだドールの地獄のご厄介になってるよ ! 」 タミャはそれに気づいたのかどうか、腰に手をあて、円錘形の黒 タミヤがしやがれ声で笑った。この豊満な黒人女に、ただひとっ い乳房をいっそうつきだしたまま、 似つかわしくない、何万年を経た妖婆のような声である。 「まあとにかくあんたたちは今夜のタミャのお客 0 てわけだ。まあ「もともとたいした魔女でも呪術師でもないくせに、闇の生きもの お座り いま、のみものとたべものが、ここへやってくるところなんそ呼び出して、 いいように使ってるのをみて、あたしらは、、 だよ。座って、そしてとにかくあんたらの自己紹介をしとくれ まにあんなことになると云ってたものさ。ホッホッホ・ーー・クモ使い 黒き魔女のタミャの家では、名まえのないものは、藤編みのあたしのアラクネーも、首だけにな 0 ちま 0 ちゃあお終いた。おや、飲み の椅子にすわれないんだよ。 物が来た」 あ、いや・ーー」 タミャは掌のぼってりと白い、黒人女の手をあげて奇妙なしぐさ 白い歯があらわれ、ニッと笑った。 をした。 「あんたはいいんだよ、豹頭のグイン。あんたはこの世にただひと 三人の客は目をむいた。タミャの両手が、テー・フルの上をさしし りしかいない男、あんたを見まちがえたりしようはずもない。 めすと、何もなかった空間に、突然銀杯と、銀の柄つきのつ・ほ、そ そっちのちびさん、あんただよ ! 」 して奇怪なかたちの果実を満載したかごがあらわれ出て、いかにも 「あっしは、アルス 穴ネズミのアルスってんでさ」 はじめからそこにあったかのような大きな顔をしてテープルの上を アルスはタミャの胸にみとれながらぼんやりといった。 しめたからである。 「あたしはヴァルーサ。アラクネーの踊り子だわ」 タミヤが指をばちりと鳴らすと、銀のつぼはとびあがり、その中 いくぶん怒ったように娘がいう。他の三人の沈黙には、何かしら身をうやうやしく三つの銀杯に注いでまわり、再びもとの位置にお 意味深長なものがあったし、タミャの醜くて、しかも異様に美しい さまった。つづいて銀杯が、満たされた赤い色の酒をこ・ほさぬよ 顔には、も 0 とは 0 きりした嘲弄の色があ 0 た。まじない小路で踊う、慎重に、しかしなれなれしい、早くと 0 て飲んでくれといいた り子というのは、どんなことか、かれらはいずれもよくわきまえてげなそぶりで三人のそれそれの手もとにすりよ 0 てきた。 いたのである。 「ウワッ」 ヴァルーサはその沈黙に気づいて、浅黒い頬に血をの・ほらせた。 この怪異を目のあたりにして、アルスがもうおどろく力も失せで