( ウラジミル : : : カラ : : : あなたたちが望んだ結末は、実はこれだ カラは顔中をくしやくしやに歪めて、駆け出す。 ったんじゃないのか : : : ) ヴィダルは心の中で、そうつぶやいた。 ウラジミルも半信半疑ながら、その後に続いた。 ( : : : ただの、まったく復讐だけが、望みだったんじゃないのかい 「ああ : : : 誰なの ? ヴィダル ? それともラーガなの ? 」カラ は、ようやく立ち上ったその巨驅にしがみつく。 ヴィダルは静かに、空に浮かぶ地球から目をそらした。 「ああ : : : ああ : : : よく、もどって来てくれたわ : : : もう、わたし たち、完全にあなたたちのことをあきらめていたんですもの ! あ あ : : : でも、やはり、ひとりなのね ? どちらか一人は倒れたの 8 帰還 ね ? あなたは、ヴィダル ? それともラーガ ? 」 カラはその黒い筋肉のどこかに特徴を見つけ出そうとするかのよ 破減を逃れた天界船で、しかも地球への不時着に成功したもの うに、全身をなでさすった。 は、数えるほどしかなかった。 と、彼女は急に、小さな悲鳴を上げてとびすさった。 月は、太古からの姿へと還り、醜い死相をさらしたまま、地球の 「そ、その胸は一体どうしたの ? だ、大丈夫なの ? あなたは、 夜を巡った。 そして、その呪いによって、地球もまた色濃い死の気配におおわ一体 : : : 」 黒い影が、かすかに口を開いた。 れていった。 居留地が、ひとつ、またひとつ、と息絶えていった。 それにしたがって、荒野の略奪兵団もいっしか活動力を失ってい そして、人類に最後の終末が訪れた。 そんなある日、見棄てられた《月の神殿》の。フラットホームに、 灼けただれた天界船が一隻、よろめくように降下してきた。 天界船はすでにエネルギーの大半を使い果たしていたらしく、つ いに降下速度を下げ切れずにプラットホームに激突し、大破した。 驚き慌てて天文台から飛び出したウラジミルとカラは、天界船の 残骸から、まっ黒なひとつの影が不屈の怪力をふるって這い出して くるのを見た。 「おお ! 何てことでしよう、ウラジミル。息子たちたわ ! 息子 たちが帰ってきたんだわ ! 」 幻 0
( 素晴らしい感触だ : : : 無敵の感触だ ! ) 頭の中で、彼は叫び続け 感激の余り、カラはもうロをきくこともできない様子た。 ウラジミルも顔を真赤に紅潮させている。 「ああ、こんなことなら、手術前にもっと酒を飲んでおくんだっ ようやく新しい身体に馴染みはじめたヴィダルが、笑いながら言 「そうか ! 俺たちはもう、食事ができない身体になったのか : : 」はじめてその事に気づいたらしいラーガが、急に寂しそうな声 を出す。 そして、二人が再び目を開いた時、二人は自分たちがそろ「て超「いやいや、それは違うよ」ウラジミルがラーガに近づき、その背 人として生まれ変わっているのを全身で納得した。 中を軽く小突いた。二メートル近い巨嶇となった二人と並ぶとまる 「さあ、立 0 てごらんなさい。ヴィダル、それにラーガ ! 」カラがでウラジミルは小人のように見えた。 大きく手をのべた。 「カラが教えなかったかね ? 二人の人工舌は立派に味覚を知覚で 二人はゆ 0 くりと強靱すぎる筋肉をながめながら、・〈 ' ドから半きるようにな「ているんだ。たたし常時ではないがね。頭で命令す センサー 身を起こす。 れば、すぐにそのための神経回路が開く。戦闘中には味覚も重要な 見なれた手術室の光景も、フル・。、 , ワーの電子眼によ 0 て見えす機能を果たすからね。例えば爆発物の種類を見分けるのには、舌を ぎるほど、は 0 きりと見える。例え灯りを全て消したとしても、そ使うのが一番なんだ。もちろん匂いも、分るはずだ」 の視界には何も変化も起きない。 「そいつは有難い いや、もう言うことはない ! 」ラーガが歓声 「 : : : ヴィダル : : : 俺には、俺には : : : 」 を上げた。 自分の身体をおちこちなで回しながら、ラーガが発声した。それ「じあ、さ「そく、それを試して見ようじ、、 オしカどうだろ は古い彼の肉体が発していた声に似せてある。 う、カラ。四人で乾杯しよう。もっとも、ヴィダルとラーガはいく 「信じられん、と言いたいんだろう、ラーガ」ヴィダルがかわりに ら飲んでも酔えないのが可哀相たが : : : 」 言葉にしてやる。「それは、俺も同じさ ! 」 ウラジミルがそう提案した。 ヴィダルは一歩、二歩と前に進む。 カラも大きくうなすく。そして、酒を用意するために駆け出して 試験をはじめていた。 「カラ、こっちはもう準備できた。この被膜を二人にかぶせれば完る。 センサー・ネット 成た。神経網を確認してくれ。それが終ったら、いよいよこいっ を被せる」 ウラジミルの声も興奮気味だ。 センサー 「いいわ、なにもかも完璧よ。神経の反応もチ = ックしたわ ! 」 カラが叫び返す。 ヴィダルとラーガの脳は、今はない心臓が高鳴っているような錯 覚反応に浸りながら、静かに目を閉じた。 2
ヴィダルとラーガの生ける屍が、二人の科学者の手でここまで改 造されるのに、すでに一カ月以上の時間が費されていた。 5 超戦士の誕生 改造というのは、余り適切な言い方ではない。なにしろ、二人の 生体で残されたのは、その大脳だけだったのだ。 ヴィダルとラーガが、そろってすっくと立ち上った。 戦闘ロポットをベースに、そこに二人の脳を移植するサイボーグ その筋肉の東は、まるで重い鞭のようにしなやかに見えた。 手術といった言い方が、最も正しい。しかし、ウラジミルとカラは ヴィダルがゆっくりと五本の指を試す。 ラーガはこぶしを握っては、それで自分の腹部を打 0 て、強い弾決してそうは言わなかった。 肉体の強化手術と二人は、そのオペを呼んでいた。 力を楽しんでいる。 どちらにしろ、・ほろ・ほろの肉体を脱ぎ去ることに、ヴィダルもラ 「見事だ ! 」ウラジミルが感極まって叫んだ。 1 ガも反対する理由はなかった。 二人とも、まだ最後の仕上げは済んでいないのよ。あまり 片手、片足だったラーガ、片腕と下半身のなかったヴィダル : 身体を乱暴に動かさないでね。せつかく貼りつけた筋肉が剥離して そのままの姿で生きのびること以上につらいことなど、ありようが は、最初からやり直さなくちゃならないんだから : : : 」 なかったのだ。 慌てて二人に駆け寄るカラの声も、しかし若い女のように弾んで 二人は、ウラジミルとカラの申し出に何の躊躇もなく同意した。 聞こえる。 「素晴らし い ! まるで本物の自分の身体みたいだ。いや、それよそして古い傷まみれの肉体を棄てて、二人は新しい人工の強力な肉 体に、その精神を託したのだった。 り数十倍、素晴らしい ! 」 「 : : : 分るでしよう ? 無意識の内に、まだあなたたちの脳は呼吸 ラーガが大音声をはりあげた。 「ひとっ注意しておきますよ、ヴィダルにラーガ」二人の人造筋肉を求めているわ。でも、それは全く必要のない欲求なの。すぐに馴 このカ筒が、あなたた を一本一本確認しながら、カラが言う。「あなたたちの本物の脳れるわ。また、馴れようとしてちょうだい。 ちの唯一のエネルギー波よ。これさえあれば、あなたたちは文字通 は、今は人間の身体で言う心臓の位置に入っているのですよ。そ カ筒八番 : : : 月世界でエネルギ 1 ・チュ り不死の存在・ : う、そこの胸のふくらみが、今のあなたたちの頭なの。これまでの 1 ・フを交換する時も、まちがえすに八番を選ぶのよ」 頭部ーを こよ、戦闘指揮コンビュータが埋めこまれてあるわ。だから万 カラが、この新しい肉体の使用法を、繰り返し、繰り返し二人に が一の時は、頭部よりもなしろ胸部をかばうように。そこが破壊さ れれば、もはやその身体はあなた方のものでは無くなって、ただの教え込んでいた。 ヴィダルとラーガは硬い手術べッドの上で、それを復唱する。 戦闘ロポットになってしまうのよ」 ウラジミルはそのそばで最後の仕上げ、全身を掩う超弾性被膜の カラは、また二人をベッドに横たえた。
の象徴として考えた。 彼等の恐るべき筋力に操られると、ただのナイフが電撃銃以上の ( 俺は、息を吸う必要もないほどに強力なのだ ! ) ヴィダルは身体凶々しい武器となった。 一日ごとに、二人の戦闘能力は爆発的に向上していった。 中の黒光りする筋肉の束を波打たせた。 余りのことに怖れおののいたウラジミルが、カラに訓練の中止を そして、振り返った。見つめ返すラーガと目があった。 進言したほどた。 そして二人の視線がからみ合う中央に、カラが立った。 「我が復讐の息子たちよ」カラは何ものかに憑かれたように目を光ともかく、そうこうする内に、決行の日は来た。 らせた。「ウラジミルとわたしの復讐の誓いが生み落とした怪物の体内のエネルギー・チュー・フを新品に替え、予備のチュープを・ハ 体嶇 : : : そしてそこに宿ったヴィダルとラーガの炎のような復讐のツク ・パックに収めて負った。 ライフルや電撃銃、ナイフもひとつひとっ確認しながら身につけ 心 : : : さあ、復讐の戦士たち ! 行きなさい ! 」 カラが声をつまらせながら、叫んだ。 カラが、二人に簡単な注意を与えた。ウラジミルは、もう何も口 に出さない 6 迷宮突破 ヴィダルとラーガは、軽くその巨驅をかがめると、《月の神殿》 キャンプ・レンドに出る前の五日間、ヴィダルとラーガは《月のから、まっしぐらにふもとのキャンプ・レンド目がけて駆け降りは じめたのだった。 神殿》の周囲で徹底的な軍事訓練を行った。 人工の巨躯と戦闘コンビュータ、それに生身の脳髄の間にあるギ ャップをぎりぎりまでとり除こうというのだ。 カラの予測通り、その日、天界船は居留地にやってきた。 戦場にあっては、例え目に見えぬほどの反応の遅れも、時として チュープ 致命的だ。 前日から居留地の倉庫に忍びこみ、空のカ筒を収めたコンテナの ヴィダルとラーガは、その強靱な筋肉の全てを思うがままに操れ中に身を隠していたヴィダルとラーガも、外の気配でそれを知る。 キャンプ・レンドは、近くの鉱山から美しい赤い貴石を産するた ると確信できるまで、幾度も幾度もべーシックな作動トレーニング を繰り返したのだった。 めに、天帝に認められている居留地た。 ムーン・エンジェル 身につける武器は歩兵用のカ線銃、それにハンドガン・タイプ居留地はそれを天使に差し出し、かわりに新しいカ筒を受け チュープ の電撃銃だ。それらの予備カ筒は腰の弾倉帯に収め、さらに小型の取る。それが終ると、今度は古いカ筒の積み込みが始まった。 ハンド・ミサイル十発もそこに吊る。刃わたり二十センチの野戦ナ コンテナのなかで、ヴィダルとラーガは思わず身を硬くする。す円 イフも装備した。 さましいほどの筋肉の束が、音を立てて脈打った。 ハワー・ライフル チュープ る。 チュープ
行った。 ありません。壁をぶち破りながら、まっすぐ王宮を目指しますよ」 ラーガが黒光りする全身の筋肉を波打たせて言い切った。 《月の神殿》の観測室で、宴は長い時間続けられた。 「でも、上陸した最初は、できるたけ事を起こさないようにね。女 空には皓々と満月が渡ってゆく。 たちを奪い返し、そして—ÄZ 素子の見本を手に入れたら、もうそれ それを大望遠鏡がゆっくりと追っていた。 以上の破壊は無用よ。後はすぐに船を奪い、まっすぐ、ここへ帰っ 今、月をのそいているのはヴィダルだ。 て来てちょうだい。 ・ : そう、あの素子の秘密さえ分れば、地球は 、あの中央の輝いて見える所 : : : あそこが天帝の第一の王宮三十年以内に蘇生できるんです。そして、天帝や天使たち、月人の よ。そして、その周囲に複雑な模様が見えるでしよう : : : あれが天支配をくつがえせるんだわ : : : 」 帝の迷宮と呼ばれるラビリンスなのよ : : : 」 カラが夢見る者の表情で言った。 月面をすっかり諳んじているカラが、そのそばで説明を加えてい 「大丈夫 ! まかせてくたさい、し 、ざとなったら、月全体をぶち壊 してでも、»-ä Z 素子は奪い取ってきますよ。どうせ俺たちは、一度 も、二度も死んた人間た。怖れるものは何もないんます。それに、 「分ります。地図で見たが、怖ろしく錯綜したラビリンスでした : ・ : 」ヴィダルが神妙に答える。 この身体 ! 地球上でも無敵なら、重力が六分の一の月面ではもっ 「いえ、地図だけでは分らないわ。あの迷宮はどうやら三次元、つと威力をふるえるはずだ ! 」 まり立体の迷宮らしいのよ。望違鏡だけでは、どう頑張ってもその望遠鏡から目をはずして、ヴィダルが言った。 正体がはっきりしない ・でも、ただの平面的な迷宮でないこと「それに、その頭につまっている戦闘コンビ = ータもひかえとる は、確かよ。ウラジミルも、何度もあの迷宮のもつれを解こうとしそ、ヴィダル、ラーガ。儂の苦心の作だ、忘れんでもらいたい。君 て頑張ったわ。でも、今だにわたしたちには分らない : たち二人の知らない、あらゆる武器の操作法、そしてあらゆる局面 カラがくやしそうに唇を噛んだ。 での戦術的対処を、その回路のかたまりがたちどころに教えてくれ 「ヴィダル、それにラーガ : : : 月面への密航に成功したとして、二るたろう ! 」 人がます探そうとするのは女たちの行方だと思う。その時の、最大ウラジミルが再び杯を上げた。 の難関が、あの迷官だろう。あそこに本当に迷いこんだら、ます脱「そうよ、あなたたち二人は、わたしとカラの息子のようなもの 出は不可能た。かと言って、あのラビリンスを突破しないかぎり、 よ。文字通りの意味でね。だからあたしたちも二人を信頼します。 天帝の都へは入り込めんのた : : : 」 二人もわたしたちを信頼してくれていいのよ」 ウラジミルの声も苦い カラの顔が何かの感情を押し殺して歪んだ。その表情から、ラー 「大丈夫ですよ、俺たちは迷路に沿って進む気などこれつぼっちもガとヴィダルはそれそれの母親を思い出していた。 3
そして、儂等はこの天文台に連絡艇を着陸させた。大重力によろたちは月から追放されたのよ。彼等はその罪ほろ・ほしの心算で、こ めきながら、艇を出た : : : その途端、我々は数人の男たちに取り押の天文台を《月の神殿》などと名づけたんだわ。あたかもここが、 えられてしまったのだ。 月の楽園の・フランチでもあるかのようにね」 なんと、そこにいたのは首相や大臣の一行、十三名ほどだった。 カラが大柄な身体をゆすって後をつづける。 人数が多いのは、彼等が家族を同行させていたからだ。彼等は全員「しかし、いくら物資や = ネルギーを優先的にここへ回してこよう で月へ脱出を予定していたのだ。 と、そんなことでわたしたちの怒りは収まらない。いっかきっと、 儂とカラは定員外として、天文台に置き去りにされた。儂等二人彼等を地球にひきずり下ろし、そして、この大重力下で泣きわめか の怒りはすさまじかった。死ぬほどっらい大重力下に、訓練もなしせてやりたい : ・ : 」カラの灰色の瞳が一瞬燃え上った。 に放り出されたのだ。 思いもかけぬ二人の話に、ヴィダルはただただ聞き入るばかり 首相たちはきっと後で迎えをよこす、と言いおいて、そそくさとた。 月へ脱出していった。しかし儂等は、それが嘘だということをはっ 「そうよ、そして、あなたたちがこの神殿、復讐の神殿へとやって きり知っていた。当時、ロケット燃料は大変な貴重品になってい来たんだわ : た。首相クラスが動く場合でもなければ、決して配給にはならなか今までも、千人を越える旅人が、この神殿の導を伝え聞いては、 ったのだ : さまざまな居留地からやってきた : : : 逆に荒野の兵団は、月の報復 そして、儂等はあの狂気の大戦末期を、この地獄のような地球でを怖れて、ここへは近づかないのだけれど : 生きのびた。 ともかく、今までここを訪れた人間は皆、ただただ月を本物の神 やがて月面基地では革命的な素子の実用化が成功した。月はのようにあがめたてまつるような奴等ばかりだった。もっとカ筒を 楽園として生まれ変わりはじめたのだ。あり余る = ネルギーを彼等下しおかれるよう天帝にとりついで欲しいとか、上納すべき農作物 は手にした。そして、それによる推進機関も開発され、月人たちはの量を減らして欲しい、などと頼みにくる愚かなリーダーも後を絶 たたなかった : 自由に地球と月の間を往復できるようになった。 しかし、それでも約東の迎えはついに来なかった。奴等は儂やカ しかし、わたしたちが待っていたのは、そんな奴隷たちじゃなか ったのよ。 ラの事を忘れようとしていた。裏切った儂等の復讐を怖れたのだ。 そのかわり奴等はあり余る食料や資材を毎年ここへ届けて来る。そ そう、わたしとウラジミルは、復讐の戦士を待っていたんだわ れで怒りを静めて欲しい、というつもりなんだろう : ・ : こ ウラジミルは言葉を切った。 カラは、ついに興奮して、こふしを天に向けて突き上げた。 「そうなのよ、あの卑劣な政治家たち、その家族によって、わたし チュープ 円 0
「ま、待って。嘘よ、あなたがラーガだなんて嘘よ ! 」セルマは悲そのひと呼吸をおいて、すさまじい爆発が起った。そばに居たヴ 鳴を洩らし続けている。 イダルも爆風を食らって吹きと・はされる。身体のどこかで回路がシ 確かに、現在の異形から、かってのラーガの長身痩驅を思い出す ヨートしたのか、一瞬目の前が暗くなる。しかし、すぐ予備回路に ことは出来ないに違いない。しかし、声だけは、かなり昔のまま切りかわったヴィダルの視力は再び回復した。 「ラーガー 「セルマ : : : おまえのために俺は右腕を失った。そしてさらに片足あたりに立ちこめた爆発煙をすかして、ヴィダルはラーガの姿を も : : : だから俺は、こうして新しい肉体に宿り、おまえにひと目会探す。 うためにやって来たのだ」ラーガが言う。 その時、煙の背後から、恐龍もかくやと思われるような咆吼が轟 「そんな、そんなことってないわ ! 嘘よ、嘘にきまってるわ」セきわたった。 ルマが叫んだ。 ヴォオオすーーーツー 「嘘だとリ」 そして、また一回。 「そうよ。わたしの夫ラーガは、わたしの事を少くとも愛してくれ煙が晴れてきた。ヴィダルは巻き上げられた土・ほこりのヴ = ール ていたわ。その愛する妻の幸福を、こんな風にしてぶち壊しに来る ごしに、その咆吼の主をうかがう。 怪物が、ラーガのはすはないわ ! 」 ( ラーガた ! やられたんだ ! ) 「こ、幸福 : : : それをぶち壊しにだと ! 」 そこに両腕を高々と差し上げて立ち上ったのはラーガだ。た : 、 今度はラーガが叫ぶ番だった。 彼の左胸が、醜くつぶれているのにヴィダルは気がついた。 「きまってるじゃない。 ロでは何と言おうと、誰たってこの月が、 セルマの投げつけた爆弾が、彼の胸に命中し、爆発したのだ。 比べるもののない無上の楽園たと知っているわ。その一員にわたし ヴィダルとラーガが、《月の神殿》のウラジミル / カコの作品だ は選ばれたのよ ! それを、その幸福を、夫がめちやめちゃにしよと悟った月人たちは、そのことから、彼等の弱点をいち早く見抜い うとするはずがないわ ! 」 たのであろう。 「う、うう : : : 」ラーガが全身を激しく震わせはじめた。 「う、う押しつぶされた左胸の内部で、唯一本物のラーガであった部分、 彼の脳髄が破壊されたであろうことは容易に想像できた。 ラーガは、死んだのだ。 その一瞬のスキをついて、なんとセルマが女豹のように動いた。 背後に隠し持っていた小さいかたまりを、ラーガめがけて投げつけもはや、そこに居るのはラーガではなかった。 たのだ。そして自分は身をひるがえし、背後の密林に消える。 狂気の破壊機械、強力無比の戦闘ロポットが後に残されたのだ。 「おうつー ラーガが叫んだ。 それが、再び吼えた。
るように、ヴィダルとラーガに話しかける。 〈いや、これは失礼 : : : しばらく、待ってくれ : : : 〉声が慌てて答 〈 : : : 君たちは、あの《月の神殿》からやって来たんだな ? そうえた。 だろう、ようやく分ったんだ。思い出したよ、ウラジミルとカラ それきり、沈黙の時が流れた。ヴィダルとラーガは背中合わせに だ。あの二人以外に、こんな怪物を創り出せる人司よ、よ、 仁王立ちになり、油断なくあたりをうかがう。 や、失礼。さあ、お願いだから、この庭園だけはこのまま残して欲その時だ。庭園の奥から、軽い、優雅な足音が響いてきた。 しい。もう、君たちのすさまじい戦闘力は、嫌と言うほど思い知っ 「誰た ! 」 . ラーガが叫ぶ。 た。決して、これ以上、君たちに手出しはしない。それに、要求に と、緑の小道から、花々を分けて二人の女が姿を現した。 は何でも応じるつもりだ。さあ、言ってくれ、君たちの望みを : 「セルマ ! 」ラーガが全身を硬直させる。 ・ラミラ・ : 」ヴィダルも小さくつぶやいた。 ヴィダルとラーガは顔を見合わせた。 女たちは光り輝いていた。キャンプ・カコで暮らしていた同じ彼 女たちとは、すぐに思えないほどの変貌ぶりた。ともに、薄い絹の ヴィダルが軽くうなすく。 ロ 1 プに包まれて、そこで立ちすくんだ。 「よし、俺たちの要求を言おう」ラーガが切り出した。 「 : : : まず、数カ月前、この月の都へ連れてこられた二人の女に用「だ、誰なの ? 許して、あたしたちは何も知らないわ」悲鳴のよ がある。キャン。フ・カコのセルマとそれにラミラだ。すぐに、連れうにつぶやいたのは、ラーガの妻だった女、セルマだ。 「俺た、セルマ。おまえの夫、ラーガだ」 てくるんだ。妙な小細工をしたら、その時は許さんそ」 セルマは絶句した。両の瞳が恐怖の余 「そして、もうひとっ要求がある。»--ÄZ 素子だ ! 素子の見本、そ「な、なんですって り、極限まで見開かれている。 れにエネルギー変換のためのマニュアルも、こちらに渡すんだ。そ れと、俺たちが地球へ無事に帰るための船も用意してもらおう。二 「それに、俺はヴィダルだよ、ラミラ」ヴィダルがそう言って一歩 台だ ! 俺たちは一人すっ地球へ帰還する。宇宙空間で二人いっし踏み出した。 ょに吹き飛ばされてはたまらんからな。もし裏切ったら、残った方悲鳴を上げて、ラミラはとびすさった。下草に足をとられて尻も が徹底的に復讐してやる ! 」 ちをつく。まぶしいほどの下半身がむき出しになった。 ヴィダルが後を続けた。 しかし、ヴィダルは、もう彼女たちの本心を見抜いていた。彼女 : セルマ : : : と、ラミラだな : : うむ、すぐに探し出す。しか たちの目の奥には、ただ恐怖しかなかった。恐怖と、闖入者に対す し、その女は君たちの何だね ? それほどまでして、こたわるとい・る憎悪しかなかったのた。ヴィダルはもうそれ以上、ラミラを追お うのは : : : 〉 うとしなかった。 「セルマ : 「やかましい ! 」ラーガが″声″を怒鳴りつけた。 ・ : 」今度はラーガが一歩出た。 204
いつの間にか、四人の間に沈黙が下りた。 ( あのどこか冫 こ、ラミラが、そしてセルマがいる : : : ) ヴィダルは 馴れない酒に酔ったウラジミルは、。 ころりと観測室のソフアに転そのことを考えてみた。しかし、何故か、それはかってのような切 9 がった。と、すぐに寝息をたてはじめる。 ない感興をヴィダルにもたらしはしなくなっていた。 ( キリ ・ : ) 微かに歯車を軋ませて、天界を渡る満月を追 ( 俺の、女を愛するための資格が、すでに失われたためだろうか : ・ い続ける大望遠鏡が回っていた。 ・ : ) とヴィダルは思った。それはひとつ、確かなことだ。生まれ変 夜はさらに、すさまじいほどの静寂となって《月の神殿》をとりわったヴィダルは、もはや性を持たぬ、いや持っ必要のない戦闘マ 囲んだ。 シーンと化していたのた。 ( そうだ・ : ) とヴィダルは思いつい その沈黙の圧力に耐えきれす、またカラが繰り言のように計画をた。 ( 俺は : : : 俺は、女を愛するには余りにも強大すぎる力を持っ 反復しはじめた。 てしまったのだ : : : ) 「いいわね、二人とも。天使の天界船が、この山の東側のふもその考えは、どこかヴィダルの気持ちにしつくりとは馴染みたが とのキャン。フ・レンドに巡回してくるのが、多分一週間後 : : : それらないようだった。 までは近くに潛んでチャンスを待つのよ。そして、カ筒の積み下ろ しかし、ヴィダルはそこで物思いを打ち切った。 チュープ しが始ったら、古いカ筒をつめたコンテナにもぐり込んで、荷物ご ( どうでも良いことた : : : 俺はともかく、月へ行く。行かねばなら と船倉にもぐりこむのよ : ・・ : 」 ぬ。そして復讐するのだ。それが、俺の目的だ。それしか俺に目的 自分に言いきかせるように、カラは喋り続ける : : : 「カ筒を収容はない ! ) する船倉は全くコンディショングされていないの : : : だからもし生ヴィダルは月の美しい緑の山野と、そこに点在するさまざまな 身の密航者がそこに隠れても、大気圏を出るまでも生きてはいられ都、宮殿、庭園の姿を飽かずに眺め続けた。 ないわ : : : だから、奴等も全くそこを警戒していないはずよ。あな ことに天帝が住むという第一王宮と、その周囲に不気味に拡がる たたちだけに、それは可能なのよ : : : 空気も熱も、全ても奪われてクモの巣のように迷宮に目をこらした。 も、あなたたちなら平気なはず : : : そして月の都に天界船が降りる ( ぶつ壊してやる ! ) ヴィダルはその月の都を睨みつけながら、自 まで、あなたたちはそこに隠れて、れま、 し。しし : : : そして、そして : ・分に誓った。 ( 今に見ていろ ! ) ヴィダルは、生身であった頃の無意識な反応で、大きく息を吸い カラの声を背後に聞きながら、ヴィダルは再び大望遠鏡の接眼レ込もうとした。そして、それが出来ない自分を発見して少しくとま どった。 ンズに、そのパワ】・アップされた電子アイをあてがった。 緑色の霞を通して、真円に輝く月の表面がはっきりと細部まで見しかし、もはやヴィダルにとって、そうであることは悲しみの感 てとれた。 情とは結びつかなかった。ヴィダルは、それを自分の強力さ、無敵 ムーン・エンジェルカ
しかし何事も起こらず、二人の潜むコンテナは天界船に運びこま ヴィダルとラーガの戦闘コンビュータは、天界船が・ ( リアーを通 れた。 過する直前、すでに全ての回路にエネルギーの奔流を流し込んでい 9 二人はエネルギーを節約するために、全身の八割の活動を停止さた。 せ、仮死に似た休止に入る。 宇宙空間の真空中で凍てついた筋肉が、たちまち弾力をとりもど す。 やがて、天界船が震動し、上昇を開始したことが分る。 「ラーガー 月の都への長い旅が始ったのだ。 コンテナを出て隠れ場所を探すんた ! 」 いち早くコンテナから脱出したヴィダルが短く叫んだ。 急激に周囲の温度が下降してゆく。天界船の船倉がコンディショ ニングされていない、という情報も正しかった訳だ。空気が音をた着陸地点へのアプローチに入った天界船は、月の小さな重力に楽 てたちまち稀薄になってゆく。 楽と船体を浮かべ、ほとんど振れもせずに降下してゆく。 周囲は真の闇だ。もちろん二人には、全くそれは苦にならない。 その間に、船倉の床に立ったヴィダルとラーガは次々と装備を点 明るい時同様、全てがはっきりと見える。しかし、今の二人の視界検した。 にあるものと言えば、空のカ筒の連なりだけだ。 カラとウラジミルが、《月の神殿》の大望遠鏡で観測して作製し 二人は、目もとじる。 た、詳細な月地図をもう一度確認する。 無音の世界だった。音を伝えるべき気体がすでに完全に船倉から天界船の着陸地点は、月の表側に三カ所ある。外へ飛び出したな ら、ますこの空港がその内のどこを確定しなくてはならない。そし 抜け去っていた。 て、まず、天帝の第一王宮、天帝の迷宮を目指すのた。 だが、そのことが、二人に月への確実な旅程と接近を思わせた。 そして床をかすかに伝ってくる鈍い船内機関の震動が、二人に時間 と、ズン、と軽い衝撃があって天界船の動きが停止した。 「ヴィダル、こっちだー の経過を教えていた。 ここにとりあえす隠れよう ! 」 旅は順調に、しかし単調この上もない推移で続いているらしかっ そう言ってラーガは、船倉の入口近くにある壁のパネルに手をの ばした。そのまま、すさまじいカでそれをひきはがす。 そして、ついに、船倉内の環境が激変する時がきた。 そして内部を走る配管などを押しつぶしながら、自分の身体を無 すべての物音が、一挙に、劇的に蘇ったのだ。と同時に、船倉内理矢理そこに突っ込んた。 のランプが一斉に点灯する。 ヴィダルもそれに続く。そしてめくれ上ったパネルを内側からひ 天界船が、月の人工的な大気圏、即ち緑色の靄のような輝きを帯つばって、元の位置にもどす。 びている・ハリアーの内部に突入したのだ。 二人は、壁の中に、その巨驅を隠し終えた。 ( 到着だ ! ついに、俺たちはやって来たそ ! ) と、待つまでもなく、船倉の扉が開いた。すると、そこから思い チューツ