私と梨湖は、その時本当に心の底から笑いました。 「何とも言えないな」 私が初めて見せて貰ったのが、梨湖と進の幼稚園時代の写真でし答えたのは″フ = ッセンデン″でした。もちろん、進の声でで た。私のよく知っている二人が縮小相似形で並んでいたのです。園す。″フ = ッセンデン″はこの観測所の総ての場所に存在し、そし 児服を身につけた二人は、何が楽しいのかわかりませんがこちらをて、この観測所そのものなのかもしれません。 指さして口を大きくあけながら笑っているのでした。 進の声をした機械が言いました。 初めて " フ = ッセンデン。がこのアルバムに関して話題を持ちだ「私の使命は、この観測所の主人に満足を与えることだ。現在の主 しました。 人は、私が進であることに満足しているようだ。私がもっと進とい 「その写真で、・ほくと梨湖が笑ってるのは、何故だと思う」 う男性の。ハーソナリティを備えれば、より、主人は満足してくれる 非人間的なテレビカメラが頭上から、このアル・ ( ムを覗きこんではずだ。あなたは、さきほど、主人から進に関する思い出や性格を いたのです。 私に教えるよう依頼された。私にそれを教えて欲しい。あなたの眠 「いいや、知らない」 からみて進とはどんな人だったのですか」 私は正直に答えました。 機械的な思考の論理で″フェッセンデンは私に頼みました。 「確か、カメラマンが近所の写真屋のおじいさんで、・ほく達の気嫌「そうだなあー を損わないようにと、いろんな物真似をやってくれたうえで写した 私はペッドの上にひっくり返ってひとりごとのように呟きまし やつなんだ。その時はオランウータンの真似をやりながらじゃなか ったかな」 「いいやつだったなあ」 「その通りよ。進さん」 梨湖が満足そうに言いました。 私はお構いなしに続けました。 窓外を覆う夜の闇の中を一瞬、光が走りました。 「ああ、何よりもます、奈瀬は梨湖を真剣に愛していた」 「ほら、夜の塩嵐よ。もう、お疲れでしよう。部屋でお休みにな「愛していた ? 」 ったら、私も自室で休みますから」 「そうだ」 あてがわれた部屋から、夜の光景は眺めることができました。防「 : ・ : 具体的なデーターが欲しい。事例から共通する概念を紡 音効果のため、音こそありませんが、その気候の激しさは闇の中を いでいく。まず、 いやつであった例から話してくれないか」 光条が走るたびに静止画としてとらえることができたのです。 私は大声で笑い出してしまいました。やはり機械なんだなあと思 いながら。 私は独りごちました。 「そうせかさないでくれ。夜はまだ長いようだから、・ほち・ほち話し 「奈瀬は、梨湖のこんな状態に満足しているんだろうか」 / ルトストーム
私は、他人の人生を駒落としの映画のように眺める生活に馴れき梨湖と奈瀬進、それに私は同期生でした。しかし、梨湖はまさし ってしまったような気がします。無理もありません。亜光速で星々く少女そのものたったのです。窓際に腰を下ろし、小首をまげて私 を飛びまわり、数年ごとという間隔で旧友や知己に会いまみえるのたちの話を聞いている仕草。そう、その頃の彼女はまだ世の中の見 ですから。 てはいけない部分、成人になればいやでも正視しなければならない : にまた触れたことのない幼な児のような瞳を持って ウラシマ効果というのでしようか、外見上の私は殆んど変化しな汚れたもの : いのですが、知人たちは再会するたびごとに、その間の出来事を彼いました。 等の頭髪の色の変化や瞳の周囲の小皺といった、一つの印として刻 この人は天使た : : : 私の直観的なイメージでした。 みこんでいるのです。そして、その一人一人が昔日の思い出や、愚梨湖を最初に私にひきあわせたのも奈瀬でした。宙専大学に入学 痴、異常な体験、喜びを交えて自分の人生の足跡を語ってくれまして、一週間も経ったころでしたでしようか、無重力生理学の講義 す。 で知りあった奈瀬の下宿を訪問した時、突然彼女を紹介されたので そういう時、ふと私は彼等と同じ時間のレールを走ることのできす。奈瀬と一時間も彼の部屋で馬鹿話を続けていた時、偶然にも梨 ない自分自身に、疎外感を感じてしまうことであるのです。これ湖が遊びにやってきたわけです。突然の異性の訪問に奈瀬はあたふ なりわい は、私自身が選んた、航宙士という生業にふさわしい宿命なのかもたと慌てまくり、柄にもなく「粗茶でも : : : 」と部屋中をあっとい う間に片付け終え、お湯を沸かし始めました。もちろん、奈瀬が湯 しれません。 たた、これだけは確実に言えると思います。人とは違う時間線を飲みなそ気のきいたものを持っているはずがなく、梨湖に差出され 生きる私にとって、他人の人生の傍観者ではあっても、そこへ介入たお茶はカップ・ヌードルの容器に注がれたものたったのですが。 奈瀬は耳もとまで紅潮させながら梨湖を紹介しました。たたのガ する資格はないということです。 ール・フレンドなのだと、必要以上に伏線を張る奈瀬が滑稽に見え これから語ろうとする梨湖という女性についてのエビソードも、 その他人の人生の一つの在り方にすぎないと言いきってしまえば簡たほどです。 単なのでしよう。ですが、私と梨湖、それにもう一人、これから語「彼女を子供の頃から知ってるんだ。梨湖も今年から我々の同期生 るうえで欠かせない人物奈瀬進は宙専大学に在籍していた頃からのというわけで : : : 」 友人同士だったのです。酒があれば集まり、なければないで借り住「いつも進さんに幼稚園に連れていってもらってたんです。ガキ大 まいの私の部屋で将来の夢を時の経つのも忘れて披露しあったもの将にいじめられようとするとすぐ進さんが駈けつけて助けてくれま でした。私と奈瀬は現体制を無責任に批判し、宇宙の彼方の楽園のした」 帝王となった自分を得意気に語りました。それを梨湖は涼し気な微奈瀬の頬の紅潮は仲々ひこうとしませんでした。 笑を浮べて黙って聞いていたのです。 その時の、梨湖の奈瀬に向けた視線の熱さは、鈍感な私にも十分 8
トレスに耐える方法をみつけなきゃな。寝るとしようか」立ちあが ギャラガーは数時間、集中的に考えたが、いい考えがうかばな ると、ギャラガーはいじわるく明りを消した。 い。ロポットをこちらの意志どおりに動かす方法を、ひとつも思い 5 「かまいませんよ。わたしは暗闇でも見えるんです」ロポットが言 つかなかったのだ。せめて、いったいなんのためにジョーを作った のかさえ思い出せれば : : だが、だめだ。しかし・ ギャラガーはうしろ手にドアを・ハタンと閉めた。静けさの中で、 正午に、ギャラガーは実験室に人った。 ジョーは自分だけに聞こえる超音波でうたいはしめた。 「おい、まぬけ、いっしょに法廷に行くんた。さあ」 「いやです」 「そうかい」ギャラガ 1 はドアを開け、担架をかついだオー ギャラガーの台所の壁のうち、一面は完全に冷蔵庫が占領してい ール姿のがっしりした男ふたりを招じ人れた。 る。中味はほとんど酒だ。どんちゃんぎのロあけに飲む輸人罐ビ 「きみたち、こいつを頼む」 ールも入っている。次の朝、まぶたをはらし、わびしさをかみしめ そう言いながらも、ギャラガーは内心びくびくしている。なにせ つつ、ギャラガーはトマト・ジュースを求め、しかめつつらでひと くちすすると、大急ぎでライ麦パンとともに流しこんだ。もう一週ジョーの力量が、かいもくわからないし、その潜在能力も未知数だ いつも、飲酒量のからだ。だが、ジョーはそれほど度胸のあるロポットではなかっ 間も酔いつばなしなので、ビールはいらない た。必死でもがき、半狂乱で金切り声をあげながらも、ジョーはあ サービスがテー 程度に応して、追加の判断をくだすのだ。フード・ プルの上に、。ほんと密封した朝食を置いた。ギャラガーは、ふきげつさりと担架に積まれ、拘束衣を着せられてしまった。 んに血のしたたるステーキをもてあそんだ。 「やめろ ! こんなことはできないはすだ ! 放してくれ、聞こえ さてと。 ないのか ? 放せったら ! 」 唯一の頼りは法廷た、とギャラガーは決心した。ロポット心理学「外へ」ギャラガーは言った。 ーの才能に感銘を受けるたろ なんか知らないが、判事はきっとジョ はなばなしく抵抗しながらも、ジョーは外に運び出され、エア・ う。ロポットの証言は合法的には認められない。とは言え、ジョー 。ハンに積み込まれてしまった。いったんそうなると、ジョーは静か が催眠可能な機械として認められれば、ソナトネの契約書は反故とになり、・ほんやりと宙をみつめている。ギャラガーは屈服したロポ なり、無効と宣言されよう。 ットの側のべンチにすわった。ェア ・・ハンが離陸する。 リソン 「どうだ ? 」 ギャラガーは受像機を始動させた。今のところまだ、ハ ・フロックは人を魅きつける政治的手腕を持っている。その日は審問 「ご勝手に。すっかり気が転倒してしまった。そうでなきや、あん 会が開かれる予定だった。だが、いったいどうなることやら、神と たに催眠術をかけてやったのに。ちゃんとできたんだ。大みたいに吠 弖ホットのみそ知る。 えながら、そこいらじゅう駆けまわらせることだってできたのに」
よ。プロック、まるつきりなだです」 「きみは、今、酔ってるよ」・フロックは請けあった。 「だんだんいい気持になってますよ。ねえ、目がさめてみると、な「なんたとーーこ ギャラガーがけだるいため息をついた。「あ 2 ( 力のことを忘れ んだかわけのわからない理由で作ったロポットがある、しかも、そ フロックさん、ジョーです。ジョー、プロックさんだ、ッ てた。。 いつには、人間さまの付属物だという意識が、これつぼっちもない クス・ビューのー ときてる。あんたなら、どんな気になりますかね ? 」 ジョーはふりむいた。透明な体の中で、ギアが動いている。「お 「そうさね : : : 」 「と、ぼくはそんなふうには思わないんたな」ギャラガーはつぶや目にかかれて光栄です、プロックさん。わたしの美しい声を耳にす 「・フロックさん、あんた、きっと、人生をたいそうに考えする幸運を得られるとは、おめでとうを言わせてもらいます」 「うう . 大富豪はロもきけないありさまた。「やあ」 ぎるんですよ。ワインはあざけり、強い酒は激怒と。失礼。ぼく いっさいは空である」ギャラガーは小声でつぶやいた。 「空の空、 激怒します」 「ジョーはなんたな、クジャクだ。どっちにしても、ジョーとやり ギャラガーはさらにマーティニを飲んだ。 ・フロックは、得体の知れない妙な品物が雑然と置いてある実験室あってもむだなこった」 の中を、うろうろと歩きはじめた。「きみが科学者なら、神よ、科ロポットは科学者のこと、はなど無視している。「ですが、むだで すよ、。フロックさん」さらにきいきい声で話しつづける。「わたし 学をお救いあれ」 アドラーですよ。アドラー「てのは音楽家は金銭に興味はありません。わたしがあなたの映画に出演する気に 「ほくは科学のラリー・ なれば、みんなが喜ぶでしようが、わたしにとっては、名声なんか でね、何百年か前の人だと思うな。・ほくはこの人に似てましてね。 一度も人に教わ 0 たことがないんです。。ほくの潜在意識のやっ、悪無意味ですからね。なんにもなりやしない。美しいとわか「てさえ いたら、十分です」 ふざけが好きだときてるから、どうしようもない」 プロックはくちびるをかみしめた。そして荒々しくどなった。 「きみは、わたしが誰たか知っとるのかね ? 」・フロックが詰問し 「なんだと ! わたしはおまえに映画出演の交渉に来たわけしゃな いそ。わかったか。おまえに契約してくれたって ? なんてすうす 「はっきり言えば、知りません。知ってなきゃいけませんか ? 」 : ふん ! このキチガイめ」 うしい・ 「たとえ一週間前のこ プロックの ~ 尸に苦々しい響きがまじった。 「あなたの魂胆はお見通しですよ」ロポットは冷静に言った。「わ とたとしても、おぼえておくたけの礼儀をわきまえておくべきだ ( リスン・・フロ ' ク。わたしのことだ。ポ〉クス・ビ、ー映画か 0 ていますとも。あなたはわたしの美しさと、すばらしい素質の あるきれいな声とに、すっかり魅了されてるんですよ。安く手に人 会社を持っている」 「ためです」いきなり 0 ポ〉トが口を出した。「それはむたですれたいがために、わたしなんかほしくないと、そんなフリをする必 ー 32
ちいさな子供が笑いながら、群集のまえにとびだしてきた。そし 自分じゃそう信じてきたんだ。それが : : : 」 チャクラはロごもった。あごのさきからボタボタと汗が地面にして、右腕をグルグルと回し、石を投げた。石は女乞食の後頭部に命 8 中した。すこしはなれたところに立っているザルアーの耳にも、そ たたり落ちている。 のゴッンというにぶいひびきがきこえてきた。女乞食は悲鳴ととも ザルアーは考えている。考え、そして口をひらこうとしたそのとにたおれ、やった、やった、というように、子供は嬉しそうに跳ね きーーー大勢の人が口々にわめきたてている声が、とおくの方からきた。 こえてきた。 地獄だった。いまザルアーが眼にしている光景は、まさしく地獄 ザルアーは顔をあげ、おどろきのあまり、思わず立ちあがってい以外のなにものでもなかった。 「よせつ、かかずりあいにならないほうがいい」 チャクラの悲鳴のような声がきこえてきたときには、すでに遅か ダフリンの町人たちがおよそ三〇人ほどーーーそのなかには老人、 女子供までが混じっていたがーーー道にひろがり、口々に喚声をあった。ザルアーはほとんどそうと意識しないまま地を蹴り、女乞食 げ、笑いながら、たったひとりの人間に向かって石を投げているののもとに駆けよると、その体のうえに身を伏せたのだ。 だ。標的にされているのは、ザルアーにほどこしを乞うた、あの女肩と、背に、それそれ一発ずつ、石が当たるのを感じたが、ザル アーは歯をくいしばってその苦痛に耐えた。ザルアーの体の下にな 乞食だった。 しばらくは、ザルアーは自分の眼が信じられなかった。乳飲み子って、もう女乞食は。ヒクリとも動こうとしなかった。 を抱き、たたほどこしを乞うて歩いているだけの、だれにも害を与ザルアーは息をつめて、全身をこわばらせて、次なる打撃にそな えないはすの女ではないか。その女にどうして、なんのために石をえた。しかし、いくら待っても、いっこうに石が投げられてくる気 配はなかった。ようやく顔をあげた。 ぶつけ、なぶり殺しにするような刑を与えなければならないのか。 女乞食はほとんど意識をうしなっているようだった。たた、頭と人々はザルアーの出現にとまどっているようだった。たがいに顔 いわず、腹といわす、容赦なくぶつけられる礫から逃がれたいとい をみあわせ、なんだかとほうにくれたみたいに、てんでに小声でし う一念で、よろばいながら、かろうじて足を動かしているようにみやべっていた。そうしていると、それ以上もなく凶暴に思えた町の ころも えた。そのくろい衣のいたるところに血がにじんでいた。 人たちが、一変しておとなしい、ふつうの人たちにみえた。 女乞食は泣きさけんでいた。赤ん坊をしつかりと両手でかばいな群集をかきわけるようにして、ひとりの老人が前に進みでてき がら、命乞いをしているのか、それとも″神〃を呪っているのか、 た。みるからに聡明そうな、威厳をそなえた老人たった。 なにごとかさけびながら、一歩、また一歩と足を運んでいく。その「旅のお方 , 、ーー」 老人はタウライ語でいった。「これはこの町のならわしでな。ひ 赤ん坊をかばっている両腕にしてからが、すでにまっかたった まちびと
5400 万キロの距離から撮った木星。南半球にみえる大赤斑は、地球が 3 個も入る大きさで、 300 年以上も前から観測されているい S 通信 ) 2
まず「さまよえるユダヤ人」 'SThe 「 ander ・ ごは、のろわれたユダヤ人が十字軍の ing Jew 時代や、中世のイタリアなどを生き、スペインの 宗教裁判で死ぬというもの。 「チ、ウ・チン・チョウ」 "Chu Chin Chow" は、グダッドが舞台で、盗賊の首領のもとを逃 げだした少女が主人公。 「望みなき男」 : The Man without Desire" は、一七二三年のべ = スで、医者が喪服の恋人の 生命を停止させる。そして彼は二百年後に復活す るというもの。 この他に「猿の手」の再映画化や、「フー ンチー」の初映画化などもある。 ッさらに他の国では、フランスから「破壊された , リが不思議な ス光線で破壊される話。 「残忍な男」 "L' lnhumaine" は、シット深い カ君主に毒を飲まされた歌手が、技術者の危険な実る ス験によって助けられるというもの。 「眠れる。 ( リ」 "Paris qui dort" は、発明家が 時間を止める光線を作り出す。 もう一本、ドイツからの「明日の奇跡」 "The こは、電気制御のロポ Of 、「 ットの登場する話だ。 次回は一九二四年から。 明日の奇跡い 923 ) ( つづく ) アルゴルい 92 の - “艸川
まれていき、やがてすっかりみえなくなってしまった。それでもな そのダフリンの道に、ヒタヒタと湿った足音がきこえてきた。闇 お、ザルアーは男が走り去った方角に眼を向けていた。そして、なのなかにポンヤリと影が浮かびあがり、やがてそれがはっきりと人 の形をとった。 んの脈絡もなく、こう考えた、あの男は甲虫の戦士にちがいない。 フェーン・フェーノ グラハだった。 あれが″空なる螺旋〃に足をふみいれたという男にちがいない。 「大丈夫か」 グラハは憂いにしすんだ顔をし、その眼にはなにか追いつめられ たような色が浮かんでいた。なんとなく、彼がその糞を売って生 背後からチャクラの気づかわしげな声がきこえてきた。 をたてている、カンガルーネズミの姿を連想させないでもなかっ 「あなたの頼みをきいてあげるわ」 ザルアーがなんだか夢みているような声でいった。 グラハはふいに足をとめると、首をのばして、前方の闇をうかが 「グラハに会って、すべてをきぎだしてあげるわ。すべてのことをつた。そして、しやがれた声できいた。 「そこにいるのはだれだ」 「わたし : : : 」 ザルアーのあまりにこの場にそぐわない言葉に、チャクラは唖然そう返事がかえってきて、闇のなかに浮かびあがった人影が、ゆ とし、つづく言葉をうしなってしまったようだった。 つくりとこちらに近づいてきた。「わたしよ」 ザルアーだった。 ザルアーは、しかしチャクラをふりかえろうともしなかった。そ 「あんたか」 の眼に、なにか決意と諦念がないまぜになったような色が、しだい しだいに浮かんできた。 グラハは肩をおとし、ホッと安堵のため息をもらした。たった一 日で、グラハの顔は憔悴しきって、ひどく面がわりしてみえた。 「どこかに行くの ? 」 ザルアーがきいた。なんだか歌っているような口調だった。 沙漠には虫の鳴く声もきこえない。恋人たちがかわす、あまいさ さやきもきこえてこない。ただ、くらく、冷たい、壁のような闇に 「あ、ああ : : : 」 とざされているだけだ。 グラハはうなずき、・フルンと掌で顔をこすり、もういちどうなす 夜のダフリンはいっそうみす・ほらしく、きたなくみえた。灯火の いた。「この町がいやになった。いや、もともといやな町じゃった 明かりもみえず、もちろん歩きまわっている人もなく、だまりこく が、これ以上、一日でも居ることに耐えられなくなった : : : 」 って、不機嫌に、沙漠のうえにうずくまっていた。 「あなたの甲虫の戦士はおいていくの ? ジローにきいたんだけ 9 沙漠にできたかさぶたのようだった。 ど、あなたはビンという名前の人と、ずっとこれまでいっしょにや 三一口
に酔っているようなところがある。ャング女 トリッキイなオ 「二〇〇一年全国統一スト」 、、ステリー的発想が過多で、 小熊健之 ( 新宿区 ) 性むきの小説誌に紹介したいような気がす チをつけようと、あせっている。この人の長 二篇のうち、こちらを取りあげる。二十一る。十五、六歳の女の子にしか、共感を呼ばな 所は、そこにはない。涙ぐましい夫婦愛、実 よ : いという作品は、やはり採るのは難しい。選 、というストーリイにし・ほって、書き世紀にする必要はない。経営者にだけ打攣を こむべきだ。改稿三十枚可。特にマントヒヒ与え、利用者に迷惑をかけないストの方法者は、この欄を引きうけてから、「雪女」テー マだけでも、数十編の投稿原稿を読んでいる。 の心臓は、幻滅。この良いムードが、長く書を、あの手この手で羅列してみせるべきで、 「インナースペースインペーダー」 きこめなければ、限界とあきらめるしかない これはシリアスに書いてはいけない。 忠哲也 ( 船橋市 ) 「茶柱」 が。新規の応募をやめても、これまでのもの 加藤正美 ( 板橋区 ) を改稿するほうがいい。売込先も、考慮中。 ムードで書くには、文章力、構成力が必要選者も、スペースインペーダーをやるの 「僕の五時台」 熊倉覚 ( 伊丹市 ) である。煮えたぎった湯のなかで、肉の剥離で、気持はよく判る。誰でも考えっきそうな ほほえましく読んだ。好感がもてる。しかしかけた孫の体が : : : といった、思いきり悽アイデアだ。べつだん、宇宙空間へ行く必要 はない。ゲームショップの機械が、無人戦闘 し、一日が二十三時間になってしまった異和惨な描写で終るのも、方法ではないか。 。もう一 「宇宙人接待術」 感が、巧く書けていない。 永井健二 ( 渋谷区 ) 艇とオンラインになっていてもいし 「願い」 永谷祐治郎 ( 福岡市 ) ( ンドマニ、アルという体裁だけが取柄。考、特に気違いオチは、平凡すぎる。初めて 証言と日記による構成というのは難しい。特もっと凝ってもらわないと困る。小出しのアの作品にしては、まとまっている。 深川岳志 ( 伊丹市 ) に、自殺した本人の日記だけがオチになってイデアが乏しいようだが、文章はしつかりし「美意識」 ムード派とアイデア派を兼ねた才能がある いて、他の証言に伏線がない点が、いちばんている。期待する。 弱い 「故障続きの惑星」 北野晶夫 ( 板橋区 ) 人だ。残念ながら、今回は、ふたつの長所 が、まったくの裏目にでた。単に美意識のた 宇宙人の地球管理テ 1 マというのも、かな 「空腹」 斎藤奈津子 ( 市川市 ) 女の子の応募作には、こちらが女でないせり多い。誘引物質 ( フ = ロモン ) というのはめというだけでは、読むほうは、この結末を こういうときは、とびきりのア 納得しない。 いか、感性だけに頼っていて、通じにくい作新鮮なのだが、疑似科学的な論理が巧く運ば 品が多い。よほど巧く書かないと、共感できないと、失敗する。そこを書きこむと八枚でイデアを投入する必要がある。 この欄も、長くつづいているので、選者と なくなる。この作品なども、気味が悪いとい は無理。人口過密地域は、その濃度が高いと う形容を使わずに、しかも、もっと気味が悪するなら、これは人類史にまつわる大長篇のしても、傾向と対策が判ってきた。 まず、基本的な注意。怠けずに辞書をひく ・ハックになる哲学的命題だろう。 く書けていなければいけないのだ。 こと。。封筒に人れるまえに、原稿を読みなお 西山美佐子 ( 佐世保市 ) 「娘の死を悲しむ男」大葉弘 ( 船橋市 ) 「愚痴」 この手の話が、いちばん批評に苦しむ。べすこと。 やはり女性の作品だが、こっちは、ぐっと つだん欠点もなく、そっなくまとまっている辞書を引いているうちに、書くムードがそ 判りやすい。それだけに平板になってしまっ がれるというのは、。フロのヤリフ。だが、そ ている。植物人間の夢が、びとつの世界をつというだけでは採れない。タイトルは、やは う思ったら、あけておいて、読みかえすとき くってしまう話。あのほうが傑作だった。あり失敗だろう。 のときは、けなしてしまったが、今になって 「雪女」 安彦麻耶 ( 世田谷区 ) 漢字を埋めてもよい。原稿の読みなおしは、 誤字脱字を発見する機会でもある。 悪くはない。だが、ひとりよがりのムード みると惜しい
手段で手に人れたのだと告げた。 真実は、つねに一つしかな卿の館に近いウッドフォート駅に着くまで、たつぶり半日の会話が けんかい ある。狷介な両教授たちの相手をしているよりは、読書の世界に閉 二人の間のどちらが、真実を告げているのたろう ? じこもる方が得策だと考えたのである。 2 だが・ほくは、懐中時計を取り出しては睨むのに忙しくなってい た。今は九時五分前。つまり、列車が出るまでに五分しかない。そ 二日後の土曜日の朝、・ほくはパディントン駅発パーミンガム行きれなのに、両教授とも、まだ姿を現わそうとしないのだ。 ートメントの一隅に坐っていた。 の列車の、一等車のコンパ ・ほくは溜息をつくと、堅いシートによりかかって、目を閉じた。 エスメラルダ・デ・ルイスの、あの誇り高い美貌が瞼の裏に浮 チェルトナムのロクストン卿の館へ向かうためである。この週末 に、彼の館で、南米旅行に関する二度目の会合を行なうことは、先かんだ。それはあの夜以来、目を閉じるたびに・ほくの前に現われて 来る幻だった。 回の会合が終わった際の取り決めとなった。 がんりき ・ほくは新聞記者という職業柄、人間を見抜く眼力を多少はそなえ っさいは ロンドンは、いささか雑音が多すぎる。それに、し ているつもりである。その点に照らしても、およそ彼女は人をあざ 秘密を要することだ。 むく女とは思われなかった。スペイン貴族の、はげしい、誇り高い ・ほくたちを眺め渡しながら、ロクストン卿はいったのだった。 週末に、チ = ルトナムのわが家までご足労願えませんか。皆気性をも受けついでいるように思われる。従って、彼女のロクスト さんのお忙しさは存じているが、たまには息抜きをかねた小旅行もン卿に対する非難は、まったくこしらえごととも思われない。 しかし一方、ぼくはロクストン卿の人柄もよく知っている。卿は 、いでしよう。わが領地には誇るものはべつだんないが、新鮮な空 イギリス貴族にして田園紳士の典型のような人物だ。やはり誇 気と緑たけはたっぷりあります。 ゆっくりと寛ぎながら、探険のスケジ = ールを練ることにしましりと高邁な人格とをよりどころにして生きている人物なのだ。 よ ・ほくはどちらを信じるべきか、今だに悩み続けていた。その結 。ほくは承知した。気むすかしい両教授も、あっさりと承諾した。果、すべてを自分の胸に畳んでおくことに決めたのだ。二人の教授 おそらく口クストン卿のおどろくべき物語が、まだ頭の中で大鐘のにロクストン卿への疑いを打ち明ければ、いたずらな困難を招くだ とき 時間が、いずれは真実を明らかにしてくれる。偽善 ように鳴りひびいていたのた。なかば夢見心地で、頷いていたのかけだろう。 は、いっかはその正体が明かされるものである。自然にその時が満 も知れない。 そして今は、出発の日が来たわけである。・ほくはツィードの旅行ちるまで、待とうと心に決めたのだった。 これはマローン君、お待たせしたな」 服に、小さな旅行かばん一つという身軽ないでたちで、インカ王国「 コンパ】トメントのドアが滑る音がして、しわがれた声が降って について書かれた文献を二、三冊、そのかばんに詰め込んでいた。 やかた カントリージェ / トルマン 7 5