グイン - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年6月号
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1. SFマガジン 1979年6月号

「ほらー 壁をひっかくみたいに、カリカリ、カリカリって ! 」どという話はきいたこともない」 「おお」 「グイン」 とたけ、グインは云った。いまは彼の耳にも、その音ははっきり レムスがささやいた。 きこえていた。 「隣の牢の囚人たろうか」 「な、何だろう」 「ああ」 「穴ネズミだろう」 グインはそれ以上云わなかった。云う必要がなかったのだ。その 「でも : : : 」 とき、とんとんと向うから叩かれていた、壁の一部が突然にせりあ り、小さい石のひとつがにろりとはずれてかれらの室へころげお グインは、同し《。 ( ロの二粒の真珠》とは云っても、姉娘と弟のが 少年とで、その魂の色合いにはかなりの相違があることに、すでにちた。 気づきはじめていた。パ ロの世継であるところのこの少年は、長 グインが手をのばしてその石を床におちる前にすくいとったの 年、弟としてリンダにリーダー・シッ。フをゆだねてきたせいかもしで、ドアの向うに立っている張り番に、室内の異変を気づかれずに れないが、明らかに姉よりも数段内気で、繊細で、感受性がつよくすんだ。その、石がはずれて、につかりとあいた、十センチ四方く あえて云うならばまだ幾分その羽根には白いそれが混っているらいの小さな穴から、押し殺した笑い声がきこえてきた。 ようだった。 「やれやれ」 「あんなネズミなど : : : 」 まだ若い、しかしどこか不敵でユ 1 モラスなひびきをひそめた張 グインは唸るように云いかけたが、ふと言葉を切ると、そちらのりのある声がつづけてささやいた。 壁を見つめた。彼の丸い頭がけげんそうに傾いた。 「やっとこれで、通話用の窓ができたそ」 カリカリ・ : カリカリ、という、石の壁をするどい歯がひっかい レムスが目を丸くして何か云おうとする。グインはその肩をおさ ているような音がやみ、かわりに、とんとん、とんとん、と壁を音 えてひきとめ、壁の横にはりつくようにして、気配を窺った。彼は を忍ばせて叩く音がはじまったのだ。 まだ、これが癩伯爵ヴァーノンの手ではないか、という懸念を忘れ グインは目を光らせてそちらを見つづけ、不安そうなレムスの手てはいなかったのだ。 が腕にしがみついてくるのも無視した。 隣から返事がないので、壁の向こうの声は、ほのかな疑惑をはら 「トルクではない」 んだ。 彼はほとんど他の者にはききとれぬような唸り声で呟いた。 「辺境の大ネズミが格別に悪魔の知恵をもっているなら別たが 性急な声が云った。 トルクが石壁をかじるたけでなく、それを叩いて隣人に通信するな「誰も隣の牢におらんのか。そんなわけはないだろう。おれは、う 2 出

2. SFマガジン 1979年6月号

急に声が鋭く、いとわしげなひびきを帯びた。 の連命を信じている。おれはいまのところまだ、一介の若い傭兵に すぎぬし、おれはいずれ天下をとるのだ。とすれば、天下をとって「双面神ャメスの老人の知恵の顔と青年の生命の顔にかけて ! お おらぬおれがここで傭兵のまま、いやな化物なんかに血を吸い殺されが壁ごしに喋っていたのは何という化物なんだ ? 」 れるわけはないからな。 グインは話に熱中したあまり自らの異形を忘れ去って、向こうか というわけで、どうせおれは今夜かあすの夜明けには牢を破ろうら見える位置に豹頭をあらわしてしまったことに気づいた。イシ、 トヴァーンのロ汚い罵声がきこえて、 と思っていた。だが、お前たちはーー・」 「われわれにも、どうやら、ここで死ぬわけにいかぬ理由がありそ「運命の神ャーンの三巻き半の尻尾にかけて ! お前はいったい何 なんだ、半獣神シレ / スか、それとも生まれもっかぬ辺境の妖魅ど うだ」 考え深げにグインが云い、 声がよくきこえるよう石壁の穴に身をもか ? おれはあわや魔物を道連れに背負いこんじまうところだっ たのか ? おれはあのいとわしい《不具者の都》キャナリスにも傭 よせた。 兵として行ったが、そこでたっておまえのようなしろものを見たた 「イシュトヴァ 1 ン、あんたは世界じゅうを巡ってきたといった。 めしはないぞ」 それならーー《アウラ》という名前 か人ーーーに心当たりはない 「俺はーー・」 だがそのと グインは事情を説明しようと口をひらきかけた レムスは下唇をかみしめてグインを見やり、それが、グイン、と いう彼自らの名前以外、すべてを忘れ去ってレムスとリンダの前にき、ふいにイシ、トヴァーンはひどくあわてた低声で、 突然あらわれたこの異形の戦士の、記憶に残っている唯一の手がか「おい、兵どもが上ってくる。きっと晩飯の焼肉を窓から投げこん りであったことを思い出した。同時に、いまさらのように、グインでくれようというのだ。お前の正体のせんさくはあとにしてやるか との出会いかたがどんなに不思議な、謎めいたものであったのかをら、早くさっきの石をひろって元通りにおしこめ。おれの折角たて た計画が水の泡になる」 思ってみずにはいられなかった。かれもリンダも、もうすっと長い 「わかった」 ことこうしてグインと旅をつづけていたような気持になりかけてい たからた。 グインは云って、石をさがし、元通り壁の穴にはめこんだ。それ な・せなら、彼がそれをし終え 「アウラーーー・アウラと。国の名でなし、町の名でなし、女の名前みは真にきわどいところだったのた て長椅子の上に腰をおろすかおろさぬうちに、階段を上ってきた一 たいだな」 陽気な傭兵は考え考え答えたが、ふいにはっと息をのむ音がし隊の重々しい足音が二つにわかれ、一方は奥、すなわち傭兵の室の 3 て、 前で止まって、扉の上部についている窓をあけて「食事だ」と呷ん盟 で投げ人れる気配がしーーーそれと同時に錠を外す金属的な音がかれ 「ヤススの老人の顔にかけて ! 」

3. SFマガジン 1979年6月号

たちは槍で彼を小突こうとした。グインはひょいと逞しい肩をすく もしグインが記憶を失っておらず、ガプールの火色猿がどのよう なものであるかを知っていたとしたら、そのおぞましい牙をむいためると、どうでもよさそうに身体をゆすりながら、小突く槍の先を ロや、どんな人間でもたやすく引き裂くに足る盛りあがった上腕のさけて、おちついて進み出ると階段をおりた。 筋肉、悪魔そのものが巣くってでもいるように赤くいとわしい光を 伯爵はグインがおりきったとみてまた壁のボタンをおした。する うかべている小さな目、を見るまでもなく、そのひとことですべてと石段はタンとひっくり返り、上るすべもない壁になってしまっ の希望を失ってしまったかもしれない。ガゾールの灰色猿は、すべ た。伯爵がまた別の石を押すと、さっきひらいた壁が下から上って マン・イーター ての悪魔の創った生物がそうであるように、人喰いで、その上生ききて、ちょうど地下室を上から見下されるコロセウムのように伯爵 た獲物をゆっくりとひきさき、なぶることに無上の嗜好を有してい のいるところからへだててしまった。 るのだ。 「いいか、あと五つ数えたらその猿めの檻をあけるぞー だが、グインにはそれは巨大で物騒な大猿ーーー凶暴で手ごわいだ重々しく癲伯爵は宣告し、おもむろにマントのひだから砂時計を ろうが、要するに下司で不潔な獣とうつるたけたった。仮にそうでとりだして仕切りの上においた。 なかったとしてさえ、グインの頭をおおっている豹頭は、彼のどの 「この砂時計が三つおちるあいだそやつを相手に素手でもちこたえ ような内心の感情をも、その表情の変化からおしはからせるという たら短刀を投げてやろう。それから史に二つのあいだもちこたえた ことがないのだ。騎士たちはそっとヤススの印を切ったが、中にはら大剣を投げてやる。お前がよい戦士であるほど、生きのびるチャ グインのその超然と立っている、動揺のないようすをみて、その豪ンスは大きくなるわけた。わしは公平な男だし、よい戦士は貴重た ゲレイ・エイ・フ 胆にひそかな称賛の表情を示すものも、憎々しげに唾を吐くものもからな。その灰色猿と戦って素手でしとめたなら、お前と同じ重さ あった。 の純銀を褒美にくれてやるそ。 癩伯爵のほうは、悪夢の中から出てきたようなその汚らわしい獣さあ ! わしにお前の戦いぶりをみせてくれ、豹の男 ! 」 を見て、彼の虜囚の示したその豪胆な反応に、どうやら満足したら癩伯爵ヴァーノンがゆっくりと、さいごのボタンをおすと、ギギ しく見えた。 ギ : : : と軋みながら、鉄の格子が上りはじめた ! ガプールの大猿は突然与えられた自由に戸惑って、すさまじい吠 「そこへおりろ、奴隷ー 横柄に彼は命じ、ゆっくりと、檻の前の広い石敷にいたる階段をえ声をあげたが、たちまちその赤い、汚らわしい悪意にもえている さし示した。 目が豹頭の戦士をとらえた ! グインはゆっくりと左右を見まわした。どうすべきか、ここで二 おもむろに、荒い息を吐きながら大猿はそちらへ向き直った。グ 十人の騎士をあいてに暴れるか、伯爵のいまわしい意図に従うかをインにはいまや戦い以外の道はまったく残されていないのたった。 ( 以下次号 ) はかっているようなしぐさだった。癩人は焦れて足ずりをし、騎士

4. SFマガジン 1979年6月号

遠慮なく評した。もっとも、それにも長いことかまってはいず、 とうとしていたところへ、塔に上ってくる大勢の足音、剣とよろい 「とにかくここはろくでもないところたし、そこを治める奴はとい のふれあうひびき、扉が開き、しまり、そして錠のおろされる音で えば膿けにまみれた腐肉だが、それだけならまだ我慢はできるとい とびおきたのたからな。おい、答えろ、そっちの牢の新しい住人は うものだ。おれは十二のときから傭兵となってあらゆる城と戦場を 何者だ ? 」 わたり歩き、もっとひどい豚小屋にたっていくらも暮らしてきたか グインとレムスは顔を見あわせた。グインはまだ疑いをすててい ナたがここはーーおい、おれも名乗ったんだ。そっちも名乗っ なかったが、気短からしいその若々しい声には、その苛立った調子らよ。こ と、何とはない横柄なひびきにもかかわらす、人に不快を与えないて、なぜここにぶちこまれる羽目になったのだか云えよ」 なにかがあった。 「俺の名はグイン」 グインははっきりと発音しようと努力しながら云った。 「おい、きこえないのか ? それとも用心して名乗らないのか、あ るいはあの厭らしい生きぐされの化物にお得意の拷問にかけられた「ルードの森で黒騎士隊に捕われたのだが、癩伯爵はどうやら俺を トーラスの大闘技会に出して闘わせるつもりらしい」 ばかりで、答える力もないのか ? それたったら、呻いてでもみせ ) つ、力しし それとも、まずこちらから名乗ってみせろというのな「なるほどな」 ら、 イシ , トヴァーンの声がいくぶん親しみを帯びて、 しいとも、礼儀作法は守るさ。どのみちおれがあのいやな癩男 「あのいまわしい膿袋は、たえ亠。・賭けでひと財産つくれそうな格闘 にたてついて、面とむかって膿だらけの腐肉と罵ってやったため に、その場で鎧と剣をはぎとられてここに叩きこまれたことは、す士奴隷を探しているからな。なら、傭兵のおれとは仲間みたいのも こ、モンゴールのヴラド大公に剣を捧げたというわけでは のた。別冫 でに砦しゅうに知れわたっているはすだからなーーおれはイシュト ヴァーン、ヴァラキアのイシュトヴァーンで、 トーラスで傭兵としないんだろう」 てモンゴール軍に投じたばかりにこのいやな墓場に送りつけられ「俺の剣はいまのところ俺以外の誰のためのものでもない」 し℃か、おれは間もなくこのとんでもな ることになったのだ。おい、お前が何者なのかは知らないが、聞け「なら、教えてやるが い呪われた城をおさらばするつもりだが、そのときにはお前も何が よ、このスタフォロス城、こいつは、とんでもないところたそ」 あろうとも脱走することだそ。でないと、いいか、この呪われた城 「どういうことだ ? 」 グインはつりこまれてきいた。なるべくは「きりと口をあいて発の石ひとつひとつが頭の上に崩れおちてくることになるそ」 「どういうことた ? 」 音したのだが、壁のむこうの声はけげんなひびきにかわり、 またグインはきき、なだめるようにレムスの肩を叩くと自分の隣 「お前は北方のタル 1 マンの頭の足りねえ巨人族か、それともノス ? まるでロの中に生肉にすわらせて、自分も壁の穴の横に椅子をひきよせてあぐらをかい フェラスの悪魔みたいな蛮族ラゴンなのか を頬ばっているみたいな喋り方じゃないか」 2 円

5. SFマガジン 1979年6月号

「蛮族の神の名たよ、グイン また語りはしめた。 レムスがささやいた。 「もしかしたら , ー・ー」 「ノスフェラスの荒野に住むセム族の神の名がアルフェットウとい イシュトヴァーンは怒鳴られたことなど意に介さずに、 うんだよ」 「その女の子というのを別にしたのは、その例の用途に使おうとい 「草原の神モスに誓って ! 」 う肚なのかも知れんそ」 イシュトヴァーンがわめいた。 「そんな 「そこにはもう一人いるのか ? それを早く云え ! 」 レムスは震えながら、 「リンダを、癩の薬にするために生血を絞ったりさせないよ ! 」 グインは舌打ちして、 グインは震えている少年の肩を叩いて慰めた。隣からはそんな少 「訳は云えんが、俺は子供を一人連れているし、もう一人の子供ー年の動揺などいっこうにかまわぬように声がつづいた。 ー女の子だがーーをこの牢の入口で引きはなされてしまったのだ。 「ならなおのこと急がね、はならんというわけだ、そうだろう。実は イシュトヴァーン、あんたが脱走するのよ、 。しいが、俺はどうやらまおれ自身も少々焦っている。それで遠からずセム族がかれらの同胞 すその女の子を助け出さんとならぬようた」 を取り返しにか、復讐にか、いすれにしてもこの砦を大挙して襲っ 「おお、グイン ! 」 て来るだろうと踏んだのでな、おれは癩の化物に喧嘩をふつかけ、 レムスはグインの手を握りしめた。壁のむこうからはややあっ怒らせて、 トーラスの都へ送り返されようともくろんだのだーーお て、 れは類伯爵の領地からの徴兵でなくて、モンゴール軍の傭兵なのだ 「女の子がいてーー一人だけ、引きはなされた ? 」 から、おれを罰するのはトーラスのグドウ将軍の筈だからな。とこ 「ああ。どこやら別の小部屋にとじこめるといって連れていかれろがほんの少しおれはやりすぎてしまった、あるいははじめから化 物には軍律に従う気持がなかった。都へ、次の連絡隊と共に送り返 そいつは、危険だそ」 すかわりに彼奴は、ただちにおれの処刑を宣告しここにぶちこみや 「どうして」 がったのだ。おそらく奴は処刑にことよせておれの血を絞ろうと思 レムスが夢中で叫んた。 ってるのかもしれん。 「どうして危険なの ? 」 なろん、おれは、そんなことぐらいでは参りはしなかったが いきなり石の扉が、槍の先か何かで激しく叩かれ、 ね。おれは《魔戦士》イシ、トヴァーン、生まれてきたとき、掌に 「うるさいそ ! 」 玉石を握っていたので、土地の老予言者は、この子はいずれ掌の上 と張り番の怒鳴る声がした。かれらは沈黙し、やがて声を低めてに王国をのせて支配することになろうと予言したのだ。おれは自分 2 2 2

6. SFマガジン 1979年6月号

グインは仏頂面でーーといっても豹頭はいつでもそうとしか見え かっとなってリンダが叫んだ。レムスははらはらして姉の腕に手ないのだがーーー云い返した。 をかけた。しかし、そのとき、ゆっくりと双児の肩に両手をのせ「つまらぬことを気にするな。俺はどのみちこ奴らの仲間をあやめ て、豹人が進み出たのだ。 た。こ奴らにしてみれば仇だ、お前たちとかかわりがなくてもとら えただろうさ。 「わかった」 ことさらにゆっくりと、 グインは、騎士にもききとれるように、 それより・ーーー」 一語一語区切って云った。 左右をはさんでいる、黙りこんだ騎士たちにチラリと目をやっ 「剣はすてよう。お前たちと共に砦へゅこう。だから、この子どもて、 たちをまともに扱ってやれ」 「教えてくれ。俺は昔知っていたのかもしれないが、いまは何もか そして彼は、ふしぎに高貴なしぐさで腰のベルトから大剣を鞘ごも知識が俺を逃げ出してしまった。ゴーラとは何で、どのような国 お前たちの とひきぬき、灰の上に投げ出した。 ど ? それはどこにあり、大きいのカ弱小なのか ? 隊長が鋭い声で命じると、数人の騎士たちがウマからとびおりて国はこ奴らの国に、なぜ攻め減ぼされたのだ ? 」 かけよった。いずれもびくびくもので、しきりに指を交叉させてさ「ゴーラは豊かで開かれた中原地方の南半分を統べる強国よ」 しだすゴーラふうのまじないをやりながらかれらに近づき、手早く リンダは低い声で教えた。 武器をあらためる。それからかれらはウマに乗せられ、それそれの 「もともとは辺境に位置して、苦しくてつらい開拓で国土をひろげ 右手首を丈夫な皮ひもで鞍にしつかり結びつけられた。リンダとレてゆかねばならなかったのだけれど、俗にいう中原の三大国のなか ムスが一頭のウマ、グインは別のウマに乗せられたのである。そので、ただひとっその国境がほとんど、蛮族と妖魅の跳梁する辺境に 上に、グインのウマだけが、両脇を屈強な騎士二人のウマにはさま接していることが、ゴーラの兵を勇敢にし、その名を中原に高から れ、皮ひもでつなぎあわされた。 しめたの。ゴーラは連合王国で、それは、大公ォル・カンの治める 「グイン」 ュラニア、タリオ公の領地であるクム、そしてヴラド大公の統治す ールの三大公領からなっているわ。これらの三大公は互い 三人のとりこをおしつつむようにして、騎士隊が馬首をひるがえるモンゴ し、天をけたてて砦へと動き出したとき、リンダは低くささやい に牽制しあい、勢力を競いあいながら、三つどもえの死闘ですべて を失ったりせぬよう、合議によって国をおさめているの。公けに 「わたしたちのためにまきそえにしてしまったわ。わたしたち、どは、ゴーラの古い血筋のさいごの生きのこりであるサウルが皇帝と 5 して擁立されているけれども、それが大公たちの傀儡にすぎぬこと 0 うやってお詫びすればいいの」 は三つの子どもでも知っているわ。 「詫びなどいらん」

7. SFマガジン 1979年6月号

日と共に砦を出た。大火の原因はさたかでないまま、われわれは森ないひと、だから連れ戻るのはわたしたちだけにして ! 」 のなかばあたりで盟友の骨と焼死体を見出し、いままたパロの二粒隊長は鞍をたたき、面頬をはねあげて目をほそめた。リンダは年 8 っ 4 の真珠を見出したが、しかし のわりに長身だったけれども、ウマの上から見おろされて、いかに しかしさすがのおれも、灰と化したルード の森の廃墟で、こんなもほっそりとたよりなげに見えた。 シレノスのような怪物に出くわすことは予期してなかった。 しかし、そのすんなりとした全身には、なんという凛烈な誇りー きさまーー一体全体、何物なのだ ? 」 ー貴い王家の正統な世継たけのもっことができる、激しくて力強い 云いながら隊長は飾りのついたムチをあげて、グインをさし、奇誇りがみなぎっていたことだろう。隊長は思案にくれた。だが、も 妙なしぐさをしたが、 リンダたちにはそれが暗黒のゴーラの、悪魔ういちど鞍っ・ほをたたいてグインに目をうっしたとき、その顔に よけのまじないであることがわかった。 は、暗い狡猾な笑みがの・ほっていた。 「子供たちよ」 「わがモンゴールに減ぼされたパロの王女よ」 グインが黄色く物騒に光る目で騎士たちをにらみまわしながら、 彼は目をほそめながら、つよい辺境訛りで云った。 ききなれぬ耳には獣の吠え声としかきこえぬ重苦しい声でささやい 「お前と世継の王子をとらえたのはおれの功績で、おかげでおれは 黒獅子章をうけることができるだろう。だがその男ーーその化け物 いしゆみ 「こ奴らは昨夜の一隊の仲間だな。弩と弓矢がちと厄介たが何とかを連れ帰れば、おれの主君はなおのことお喜びだろう。こんな戦士 なるだろう。俺が三つ数えたら右左に別れてとびだせ。俺はまず隊のことをおれはいちども、どんな噂にもきいたことがなかったがー 長を盾にとる」 ーなんという筋肉をしているのだ ? もしそれが見かけの半分もっ 「まあツ、だめよそんな、グイン ! 」 よかったら、その男はその筋肉とその化け物の外見とで、おれの主 リンダはおどろいて叫び、グインの腕を両手でひきとめた。 君の宝物になるはずだーーまたそうではなくてその男が、何か悪魔 「あの弩が三十挺全部、すぐにでも放てるようこっちを狙っているドールの手先ででもあるのなら、それはそれで主君が処理なさるだ のがわからないの ? これだけの敵をあいてに戦いようがないわ」ろう。たたし、その身につけているものが、たしかにスタフォロス 「何といったのだ、その化物は ? 」 砦の守護兵のお仕着せであるところからみて、その男が、われわれ いぶかしげに、訛のつよいことばで隊長がとがめた。リンダはグの盟友の運命を知っていることも、疑いはないと思うが。 インをおさえておくよう、弟に目くばせし、勇敢に進み出た。 いずれにしても、お前たち三人を無傷で砦に連れもどることがわ 「ゴーラの大よ、 ハロの双児は逃げ隠れはしない。だから、《ふたれわれの任務だ。剣をすて、ウマの前に乗せられてゆくか、それと つぶの真珠》をスタフォロスの城主のもとへ連れて戻り、手柄を誇も革ひもでつながれてウマにひきずられて来るか、決めるがいい」 るがいい。でも、この人は この戦士は行きずりの、かかわりの 「パロの双児をいやしい奴隷のようにウマのうしろにつなぐっもり

8. SFマガジン 1979年6月号

の目に入ったのは、しかし、見わたすかぎり暗色につづいている辺 「たが一夜ここで明かしゃあ泣いて憐れみを乞うでな」 きこえよがしの嘲りの声と笑声、階段をおりる足音がとおざかっ境の森と、そのもっと彼方にひろがる荒野、それらの背景をなして いる紫色の山々と、それらすべてを真二つに区切ってよどんでいる てゆく。リンダは両手で胸を抱き、ゆっくりと目を開いた。 そして、音をたてて息をのんだ。急速に、身体中の血がひいてゆ暗黒のケス河、という、はなはだ心を和ませない荒涼たる風景でし かなかった。森の一箇所でばかに明るくみえている部分があるの くのがわかる。 暗がりに、何かがうずくまり、彼女を見上げていた。その双つのは、昨夜かれらが焼き払ったルードの森だろう。 目は蛇か何かのように床上のすぐ上で、暗く凶々しい、緑色の燐光「わからん」 グインは素気ない答えをして、外を見ることをあきらめた。 を放ってちろちろと燃えていたのである。 「たって : : : 」 レムスは少年らしい不安にかられて連れを見つめ、ほっそりした 両手をねじりあわせた。 「くよくよしても、しかたのないことには、くよくよせんことだ」 室の中はうすぐらく、そして冷んやりとしていた。高いところに 豹頭の戦士は吠えるような独特の喋りかたで云った。 切ってある、小さなあかりとりの窓だけが、唯一の照明源たったか 「お前の姉は気丈者た。たいがいの危険は自分で何とかできる」 《り・こ 0 しだいに目が慣れてくると、室内に無造作におかれた、さまざま「でもあの気味のわるい癩伯爵ーー」 レムスは云いかけたが、ふいにぎよっとした顔でロをつぐんだ。 な調度、毛皮を投げかけてある長椅子、低い卓子の上の水さし、な どが目に入ってきた。少なくともかれらは虜囚を、それほど不自由「どうした」 「なーー何か音が」 な思いをさせる気はないのだ。 「外に見張りの兵が歩きまわっているんだろう」 「グイン : 「違う ! 」 扉に外から厳重にカギをおろし、兵士たちの足音が遠ざかってい レムスは不安そうに首をかしげて、左の壁を指さした。 ってしまったのをたしかめてから、レムスは心細い声でささやい 「そっちだよ。ほら、またきこえた ! 」 はじめは何も少年の グインはレムスの示すほうへ目をやったが、 「ねえ、どうして彼らは、リンダだけを別の室にしたのかしら ? いうような異常は感じとれなかった。いぶかしげに彼がふりかえっ リンダは無事でいると思う ? 」 グインはその並外れた長身をさいわいに、あかりとりの窓から外たので、少年は草ウナギを思わせるかわいらしい目を丸くしなが のようすをさぐろうとしきりにのびあが「ているところだ 0 た。彼ら、一生懸命にな 0 て彼を納得させようとした。 2 ー 7

9. SFマガジン 1979年6月号

見えるのだった。 で、やがて地下の広間とお・ほしい一室に入った。そこは同じような 騎士たちのほうもとりたててその任務を楽しんでいたとは云えぬ円柱で支えられている他には何もない、石づくりの室だったが、た 3 っ 4 ようだ。コウモリがサ・ハサと羽音をたてるたびに、ヤススを唱え だ、その奥のほうにはちょっとばかり人目をひくに足る豪勢な調度 る声や、クモの巣にぶつかった呪いの声がぶつぶっときこえ、隊長がそなえてあった。 もあえて制しようとはしなかった。 もっとも、心和むとは云いがたいものばかりーーーすなわち、車裂 いつ。ほうグインの方はというと、まるで無感覚なようすで、周囲きの台、巨大な石の炉、水責めの水槽、さかづりのためのろくろ、鞭 の荒涼たる情景になど何の注意も払わず、大股に歩きつづけてい打ち台、鉄製の、針責め人形、などといった拷問のための道具なのだ。 た。その一行の中でいちばん平然としているのは当の虜囚であるく それらの前には、鎖でつながれた奴隷が二、三人いて、のろのろ らいだった。 と、もう希望も絶望も感しなくなっているかのようなしぐさで命令 隊長はそれをいまわしげに見やり、ヤススの印をきったが、そのにそなえていた。 とき、前ぶれもなしに通路がおわったと思うと、再び道は上りにな 癩伯爵はそちらには目もくれず、その気味悪いコレクションのわ った。そしてかれらが石にその鉄の長靴の音をひびかせながらいくきをぬけていった。騎士隊もつづいた。グインは無感動にそれらの らもゆかぬうちに、ふいに柱の蔭から、さまよい歩く亡霊のような 傍を通りぬけ、鼻についた生血の匂いにもそしらぬ顔でいたが、内 黒マントの男があらわれたので、さすが気丈なゴーラの黒騎士たちむは 、別にこれらの道具の性能を自分のからだで試してみなくて もあわや悲鳴をあげるところだった。 も、残念なことはないな、などと考えているのだった。 「ご苦労」 たが少なくとも、当面の彼の目的はその室ではなかった。癩伯爵 癩伯爵のヴァーノンは例のきき苦しい、幽鬼しみた声で云った。 は例のぎくしやくした動きで、奥の壁までゆくと、その石の一箇処 を押した。 彼は鎧をとりはすし、かわりに深い頭巾とマントをつけていた。 その下で、頭も顔も手も、うすい鉄の板でギ・フスをはめられたよう それはかくし扉の仕掛けになっており、石の壁がゆっくりと左右 に包みかくされているのをグインはみてとった。何のことはない鉄にひらくと、その向うにある、広い殺風景な室があらわれた。 製の巨大な人形のように、癩伯爵はぎくしやくとかれらを手招いた そこには拷問台も処刑台もありはしなかったが、かわりに考えよ が、部下たちの恐怖と嫌悪をかきたてることを恐れてだろう、ずつうによっては、もっといまわしい おそましい生き物が、奥の檻 と距離をおいたまま近寄ろうとしないので、なおのことその姿は亡にとじこめられて、鉄格子につかまったまま、目を赤く燃やし、唸 り声をあげていたのだ。 霊らしく見えた。 グレイ・エイ・フ 「用意はさせておいた。こちらにその豹人を連れて来るがよい」 「ガ・フールの大猿ーー灰色猿だ」 その手招きする亡霊にみちびかれ、一隊はさらに廊ドをすすん隊長が低くつぶやき、ヤヌスの印を切るのをグインは横目で見た。

10. SFマガジン 1979年6月号

ら自身の室の扉にひびいて、ゆっくりと石の扉が開いたからであ壊と暴力へ、嵐のような爆発と闘争から無為なときには筋肉ひとっ る。 動かそうとせぬ、一見従順とまがうばかりの無抵抗と無感動へと、 牢獄の入口に立っている黒騎士たちは、皆手に松明をかざしてい 一瞬にして移行することができるのであるらしかった。 た。その光でおぼろげに照らし出されて、はじめて虜囚たちは、そ その彼が黙ったまま連れ出されると、もと通りに石の扉がとざさ ろそろ日没が迫りかけていることに気がついた。室内がもともとうれ、錠がかけられ、レムスは一人きりで残された。騎士たちは壁の す暗い上に、あかりとりの窓からのそける空は濃いスミレ色の、 灯明入れに松明を一本残していってくれたが、それはかえって室全 辺境特有の暗い色調をしていたので、気づかなかったのた。松明の体にゆらゆらした魔物めいた影を投げかけてぶきみだった。 光が石壁に虜囚たちと騎士たちのゆらゆらする影をおとし、室内に グインがつれてゆかれ、リンダともひきはなされて、。ハロの王子 は、逢魔が刻の心もとなさが漂いはじめていた。 はぼんやりと長椅子の上にうずくまり、卓子の上の食物にも手をの ばす気になれずにいた。だが、兵士たちがたしかに行ってしまい 隊長ーーー面頬をおろしているので、さきの隊長と同一人であるか塔が静かになった、とみるや、またあの音ーー石のまわりのつめも どうかは外見からははかりがたい が手短かに云った。 のをそっと注意深くひっかき、向こうがわへ押し出そうとする音が はじまった。 「我らが主君が、お前の力と技をお試しになる」 「そっちからも引っぱってくれ」 同時に二人の騎士が前に進み出て、グインの両脇につきそった。 「グイン ! 」 傭兵の声がした。レムスはあわてて手をのばし、石をひつばった レムスは叫び、立ち上ろうとしたが、隊長がそれを制し、うしろが、あやうく石のぬけた勢いでうしろに倒れるところだった。 から進み出た牢番が、卓子の上に焼肉と粉にひいた穀物をかためた もとのとおりにのそき窓があくと、松明のあかりに照らされて、 もの、それにモンゴールの果実酒のつ・ほ、という一人分の食物をお黒いきらきらする目がのそきこみーーーそれから若々しい、しかし引 きしまった顔全体が壁にかこまれて見えた。 「どうした、小僧」 「豹人だけだ」 隊長はかんたんに告げると、彼を引ったてるよう合図した。グイ傭兵はささやいて、唇のまわりについた焼き肉の脂を手の甲でぬ ンはそれが彼の主たる特質をなしている、ふしぎな無感動な態度でぐった。 立ち上り、両脇を騎士たちにかためられたまま促されるままに室を「彼らはあの豹の男をつれて行っちまったのか」 出た。どうやら、彼にとって、静と動とは極度に背中あわせの二面「ええ」 をなしているものでーーー彼はその頭に冠せられている野獣そのもの レムスは泣き出しそうな声で云った。 と同様に、きわめて忍耐強い長時間の沈黙と待機からすさまじい破「癩伯爵が、グインの力と技を試すのだそうです」 224