アキコ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年7月号
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1. SFマガジン 1979年7月号

けでなく、髪をかきあげる仕草や、耳の後ろにあったホクロのこと それ以上は言えないのだ。アキコとは呼べない。かといって・ハケ まで思い出して辛くなった。ホクロにキスをすると、アキコはすごナメと呼ぶのもちょっと抵抗がある。向こうから返事は返ってこな 5 くくすぐったがった : 。声を出す器官がないのだから。かわりに優しさが波になってぼ ハケナメはいつの間にか・ほくのすぐ下にまでやって来て、見上げくを満たす。 るような格好をしていた。よく見ると、首にあたる部分の皮膚の表 へマをして圧力鍋からカップへ移す時、コーヒ 1 をこぼしたりす 面が細かく振動し、少しへこんでいるようた。 ることがある。そんな時、・ほくはすぐには・ハケナメの方を向かない ハケナメ・ で、とがめるような顔付のアキコを思い出し、それから顔を上げ ・ほくは初めてこの星に住む生物にまともに声をかけた。 る。すると・ほくの失敗に気付いた顔のアキコがいる。だけど、こん 「おまえは・ほくが好きか ? 」 な手続きはすぐに不要になった。ほとんど無意識のうちに・ほくが期 ハケナメは優しい想いを送ってきた。 待する表情をスケナメが感じとって、反応してくれるようになった 「・ほくはおまえが嫌いた。おまえは不格好で不作法な生き物た。ぼ からた。 くの一番好きだった人の格好をして、・ほくを責めたてたりする。お ハケナメがアキコの姿をしていられる時間は限られていた。最初 まえは何の権利もないのに・ほくの心の中を覗きこんで、忘れてしまは二時間もアキコになっているのがやっとだった。横に坐っている いたいことをつきつけてくる。おまえは失礼で、残酷な生き物だ。 アキコの身体がいつの間にか象牙色の丸太に変わってゆくのだ。崩 どうしておまえは、アキコの : : : そんな : : : 」 れてゆくアキコの姿を見ることは耐えられなかった。そんな時、ぼ ・ほくは顔をそむけて歯をくいしばった。涙が後から後からこ。ほれ くは顔をそむけて黙りこむ。・ハケナメの想いが不安なさざ波となっ てくる。涙ににじんだ視野の隅っこで、バケナメが完全なアキコのて引いてゆくのがわかる。何度かそんなことを繰り返すと、・ハケナ 姿になってゆくのが見えた。 メはもとの姿になる前に姿を消すようになった。そしてその日はも う現われす、次の日、アキコとなってやってくるのた。少しずつぼ 朝、ぼくが簡単な食事の用意をしていると、銀色のジャン。フ・スくとアキコの居る時間は長くなっていった。 ーツという宇宙船の中での制服を着たアキコに変身したバケナメが 冫ナしつもより ある日ぼくは怠け心を克服して遠出することこしこ。、 布・ハケツに水を汲んで来てくれる。・ほくは、大概はさわやかな笑顔早く、気持ちのいい目覚めをした時にそう決めたのだ。 のアキコを、たまには寝不足で不気嫌な顔のアキコを想像して迎え 前夜、ハッチの脇に出しておいた布・ハケツを艇の中に蹴りこんで る。するとその通りの顔で・ハケナメのアキコはやって来るのた。 おいて戸閉まりをし、艇を後にした。空はいつものように真っ青に 水を受け取る時、・ほくは声に出してあいさっする。 澄みきっていて、レモン色をした 5 型のお日さまが急ぎ足で昇 「おはよう・ : ・ : 」 ろうとしている。全く馬鹿みたいに良い天気ばかり続く。雲といっ

2. SFマガジン 1979年7月号

らないのだ。その時々で、・ハケナメのアキコはうなずいたり首を横にもどっていった。象牙色の、不透明な、。フョ。フョとした、丸太の に振ったりする。でも、どちらでもいいのだ。肯定しようと否定しような、もとのナメクジに似た姿に : ようと、・ほくの言いたいことは・ハケナメには伝わっている。それで驚いたことに大きさは・ほくが最初見た時よりかなり小さくなって いいのだ。だけど、今夜のバケナメの態度は今までと違う。 いた。クラゲのカサのような部分のビーズ玉のような縁飾りはほと 「あまり遅くまでいると、こっちが心配になるよ。もういいから帰 んど無くなっていた。 りな : : : それともずっとここに居るのか ? 」 情無い格好で横たわるバケナメの死体を見下ろしているうちに、 うなずくアキコ。笑顔。 ・ほくは・ハケナメのことを何も知らないことに気付いた。いったし ・ほくは奥の手を出すことにした。今まで・ハケナメはアキコのこと こいつはどうしてぼくに近付いて来たのだろう。何でいつもあんな を持ち出すと、必す・ほくの言う通りにしたものだ。 に優しい想いを・ほくに送り続けていたのだろう。・ほくときたら、 「アキコだったら、こんな時にはさっさと自分の : : : おい、パ ケナケナメがアキコの格好をすることをいいことに、アキコとの関係を 再現し、アキコの演技を押しつけ、自分のわがままを通してきたの うなずくアキコ。笑顔。 こいつのことは何ひとっ知ろうともしなかったのだ : うなすくアキコ : ・し守ー こいつにそれほど好かれるような存在だったのだろうか : : こいつに何をしたん ハケナメはゆっくりと同じ動作を繰り返し続けた。笑顔は凍りつ い・ほくは、こいつに何をしてやっただろう : いたまま、すでに何の感情も表わしてはいない。 ・こ、・まくは : : : 何を・ 「おい、どうしたんだ ! 」 ・ほくは・ハケナメの死体にすがって泣いた。自分がどんなに残酷な 腕を擱んだ。柔らかい筈の腕が、固く硬直している。・ほくは慌て仕打ちをしてしまったのかを思って泣いた。 て立ち上がり、両手で・ハケナメの身体を探った。全身が硬直してお 島流しの後、仲間は。ほくが大人になったという。『パルサー』と り、ガラスの人形のようになっている。頭の動きも止まった。 「バケナメーツ ! しつかりしろよ : : : おい、冗談だろ ? 冗談は呼ぶやつも段々少なくなっている。真面目な顔で、島流しに懲りた んだろう、などと言う奴もいる。どうかね、と・ほくは笑って答え 止めろよ、バケナメ ! 」 冗談ではなかった。こすっても、つねっても、アキコの格好をしる。だけど心の中では違う答えを見つけている。あの後・ほくは、自 とれだけ他人を傷つけてきたのか気付 たバケナメは固く凍りついたままだった。ウイスキーを霧にして吹分がどんなに冷酷な人間で、・ いたのだ。そう、それたけのことた。 きかけたり、水で濡らしたりしてみたが効果はなかった。・ハケナメ は死んだのだ。アキコの姿でいることの無理がたたって。 やがて足の先から徐々に硬直は解けてゆき、 ' ハケナメの本来の姿 8

3. SFマガジン 1979年7月号

クジ ! ・フタ ! 」 信仰的な生活に入っていった。難しい悟りを拓こうとしたのじゃな 「 ( カモノメ」と言い残して死んたアキコとの日々を何度も反人騒がせな化け物は、・ ( シャ・ハシャと水音をたてて川下へ消え 芻したのた。 瞑想はしばしば中断させられた。あの気掛かりな存在が盛んに周 ・ほくは艇へ走って帰り、お日さまが真上に来るまで泣き続けた。 囲に出没するからた。 それから、レーザー・ガンを手に、お化けナメクジの姿を追った。 お化けナメクジは一種の思念波を放出しているらしかった。複雜しかし、日が沈んでもあいつは現われなかった。 なメッセージを伝えるのではなく、大雑把な感情のようなものを投 げかけてくるのた。ぼくが・ほんやりとしていると、いつの間にか優死んだ恋人の幻が現われた時、人はそれを歓迎するだろうか ? しい気持で満たされていることがある。そういう時は必すあいつが本人が甦るのでない限り、・ほくはそれを許さないだろう。自分はそ すぐそばまで来ているのだ。 ういう人間だと思ってきた。事実、あのナメクジのお化けがぼくの 「アナタニアエテウレシイ」 記憶を探って、アキコの顔を真似た時、本気であいつを殺してやろ そういっているみたいだった。 うと思った。しかし、その夜一睡もできずに、増々大きくなる悲し ・ほくはお化けナメクジを追い払うことをやめた。目障りではあるみに苦しんだ・ほくは後悔すべきことをたくさん思い出した。最後の が、害になる存在ではないことがわかったからた。それに、見てい時たってにくがアキコを悩ませたりせずに、励ましてやっていたら れば気も紛れる。 アキコにもう一度 彼女は死なずにすんだんじゃないだろうか : 、つ。よ、あった。だから次の日、ナメク 何度目かの朝。布。ハケツをぶら下げて水を汲みに行った。草の中会えたら、謝りたいことがし。℃ には通り道ができている。いつもの岸で身をかがめた時、・ほくは息ジがアキコの顔をしてやって来てもぼくは銃口を向けたりしなかっ の中にアキコの顔があるのだ。 をのんだ。川 た。ちゃんとしたアキコの姿になってもらって、・ほくの懺悔を聞い 最初、ぼくは波のいたすらかと思った。しかし顔は流れとは関係てもらおうと思ったのだ。 無く、そこにあった。 ( ケナメ ( ″お化けナメクジ″を略してこう呼ぶことにした ) は 次にぼくは自分の頭がおかしくなったと思った。血がスーツと引何事もなかったかのように草の上に頭を突き出していた。クラゲの いてゆき、目の前が暗くなった。手に持っていた布・ ( ケツを思いきカサのような部分を髪の毛に仕立て、その下にアキコの目鼻立ちを 川面に叩きつけた。水面が急に盛り上がり、お化けナメクジが立浮かび上がらせている。顔の輪郭はなそられてなく、首も肩もなか ち上がった。肝をつぶしたぼくは一瞬目をむき、事態を呑みこむった。細長い円筒に顔だけ描いたようなものだ。 と、わめき始めた。 ・ほくは救命艇の屋根に腰を降ろし、なるべくバケナメの方を見な国 「消えろおツー いっちまえー このクソ馬鹿野郎 ! お化けナメ いで、アキコの頬の線や顎の形を思い浮かべた。顔の形そのものだ

4. SFマガジン 1979年7月号

ほぐしたのだろうか、ちょっぴり感傷的な気分だ。 ために寝袋へもぐり込んだ。そして、ワインの酔いがまわっていた 艇に着いて何の気なしにふりむくと、・ハケナメが居た。 のか、すぐに眠ってしまった。 目が覚めたのは夕暮れだった。まだ酔いが残っていて、いい気分「どうしたんだ ! また、ついてきたのか ? 」 うなずくアキコ。 だ。横になっていた網棚を降りようとして、下に・ハケナメが坐って 「大丈夫か ? もうお前がその格好でいられる時間は過ぎてるんだ いるのに気付いた。いつもならもう川へ帰っている時間た。 ろう ? 」 「なんだ、まだいたのか ? [ うなすくアキコ。 うなすくアキコ。 「なんだよ、しようがないなあ : : : 」 ・ほくは横に降り立っと、その背中を軽く押した。 ぼくはもう一度川への道を歩きだした。しかし・ハケナメはついて 「もう帰らなきゃいけないだろ。送って行ってやるよ」 こなかった。・ほくは引き返し、相変わらず気嫌よさそうに笑ったア ハケナメは立ち上がり、後をついてきた。 救命艇の外に出た時、一瞬ぼくは目まいがするように感じた。艇キコの顔を見てため息をついた。 まだ川へ帰りたくないというのか ? 」 「どうしたんだ : ・ のまわりは青い光に満たされ、海の底に降りてきたようだ。草原に うなずくアキコ。 生えた植物がいっせいに花を咲かせているのだ。地上二メートルま 「いいよ、いいよ、勝手にしろよ。しばらく一緒に居て名残りを惜 で伸びた枝々の先ごとに小さな青い花がいつばいに群らがりつき、 しもうぜ」 ほんのりと螢光を放っている。 ・ほく達は救命艇の上に並んで腰を降ろした。 しばらくの間、・ほくたちは艇の上に立って突然出現した青い海の やがて、四つの衛星が空に昇り、勝負のいつも決まっているレー 光のゆらめきをながめていた。それから、その光の中を歩き始めた。 スを繰り広げだすと、花の青い光は強さを増した。それに誘われる ・ほくは自分が遠い夢の国へ旅をしているのではないかと思った。 ように、一群の白いかげろうに似た昆虫が飛んで来て花から花へと 川岸へ着いた。・ほくはアキコの姿をしたバケナメに向き直り、別 蜜を求めた。 れを告げた。 ・ほくは論すような調子で・ハケナメに話した。 「じゃあな、・ハケナメ。お前のおかげで随分ぼくは助かったよ、ど うもありがとう。もう明日は出て来ない方がいいよ。もし誰かがお「無理をするなよ。今回はこれでお別れだけど、じきに・ほくはこの 前に興味を持って連れてゆくなんて言い出さないとも限らないから星へ帰ってくるよ。その時はたぶん、調査団の団長としてね。だか な。ぼくはお前を研究材料にしたくないんたよ」 ら元気でいられればまた会えるんだよ。な、わかるだろう ? 」 笑ってうなずくアキコの顔。 うなずくアキコ。でも本当にわかっているのだろうか ? この頃 5 ・ほくはぶらぶらと救命艇の方へ歩いて帰った。アルコールが心をでは・ほくは・ ( ケナメにどんな反応を期待しているのか自分でもわか

5. SFマガジン 1979年7月号

たら、ずっと高層の方にかかるらしいレンズのような形のやつを何鹿、もうちょっと他にやりようは : 回か見たぐらいで、雨を降らしそうなのを見たことがない。こんな ここまで考えかけて、・ほくは立ち上がった。川の中を彼女 0 ( ケ に植物が育っているのだから、雨が降らない筈はないのだが。まナメってのは性はあるのだろうか ? ) がやってきたからだ。水の中 あ、あちこちを流れている小川の水はいっこうに減る様子もないかを歩いてくるアキコの姿を見て、ぼくはまた自分の考えがかなりね ら、植物は別に構わないのだろうけど。 じ曲がっていたのに気付いた。いつもあなたは自分に都合のいいよ 植物といえば、菜の花に似たこの草はもうぼくの背丈を超すぐらうに考えている、とよくアキコに非難されたものだった。 いに成長している。どこまで大きくなって、どんな花を咲かせるの 「おはよう」 だろう。それとも花なんかつけないのたろうか ? そばまでやってきた彼女にあいさっする。彼女は笑顔で応えて、 水汲み場まで草の中を行って、そこから川に沿って流れを下る。すぐに不思議そうな表情をする。 少し歩くと、丈の低い、細い葉の草が生え茂っている広い場所に出「どうしてぼくがこんな所に来てるのかわかるかい ? 」 る。ところどころに銀杏に似た木が立っている。木の表皮は柔らか彼女、小きざみに顎を震わせて否定。 くて、爪で削り取ると肉桂のような良い匂いがする。 「気分がいいから遠出をしたくなったんだ。日が沈む方向にある森 その草原を通り抜けると川は大きな流れに合流する。広くて浅いまで行ってみたいんだけど、案内してくれるかい ? 」 川・こ。日底は小指の先ほどの白い砂利に覆われている。 心もち頭をふり上げておいて、ゆっくり降ろす得意のうなずき ・ほくは川辺りに腰を降ろした。ぶケナメはこの川の中に住んでい方。笑顔。でも、これでバケナメが受け合ってくれたわけにはなら るのた。あいつはまた水の中から出てきていなかった。アキコの姿よい。反応はぼくの思った通りにするのだから、うなずいたからっ になった時は、・ほくがやってきたルートを通って来るから、行き違て当てにはできないのだ。 いになる筈はない。 でも彼女は自分から先に立って歩き始めた。どうやら大丈夫だ な、と・ほくは思った。 ぼくはキラキラ光る水の流れを見ながら考えた。魂なんてものが あるとは思えないけれど、ひょっとしたら・ハケナメが化けるのは、 森までの道の途中、彼女がたびたび立ち止まるのにぼくは気付い アキコの魂が・ほくを慰めに来ているんじゃないだろうか。確かにあた。よく見ていると、そういう時は決まって、近くの石の上や、草 いつのおかげでぼくの島流し生活には随分張りができた。そりゃあの葉のかげに灰色のトカゲに似た動物がいるのだ。バケナメは身体 本物のアキコと居るようこよ 冫 ( いかない。第一、二人で一緒にやる一をこわばらせて、動物の方へ飛びかかるのをじっと我慢しているよ ハケナメのアキコはただに まくのまわりをうに見えた。ははあ、あれはきっと・ハケナメの好物なんだな、と・ほ 番楽しいことはできない ウロチョロしているたけで、こっちが話しかけたりした時に、身振くは悟った。アキコの格好をして、しかも・ほくがいるところでは、 冫。しかないと思っているのだろう。 りで反応するたけた。それもぼくが思った通りのやり方で。あの馬飛びかかって食うわけこよ、

6. SFマガジン 1979年7月号

きてからもう六時間はたっている。・ハケナメがアキコの姿でいられる葉を一本一本抜いていった。快い・ハケナメの想いが一本抜くごと る時間は、延びたといっても、五時間までだし、それを過ぎるとい に高まってゆくように感じられた。 つも消えてしまうのだ。おまけにこの森の中はあいつにとって居心隣りに坐って顔を覗きこむと、・ ( ケナメは顔を伏せた。その時・ほ 地の良い場所じゃないときている。まだ居るだろうか ? 不安にな くは彼女の瞳が濡れて光ったように思った。錯覚だろうか。それと も人間のように泣くことを覚えたのだろうか。 「おおい ハケナメーツ・ ・ほくは黙ってバケナメの横に坐っていた。バケナメが送ってくる 大声で呼んでみた。森の中はひ 0 そりとしている。今までもずつ優しい想いはぼくの心をすっかり和ませた。しばらくぼくは自分が とこんなに静かだったろうか ? どんな境遇に置かれているのか忘れてしまったほどだ。 「おおい ハケナメさあん ! アキコオッ ! 」 川の水は静かな音をたてて流れている。向こう岸の深い緑色をし やがて遠くの方でカサコソと落葉を踏む音がした。・ほくはそちら た草原のところどころには平たい花崗岩が顔をみせている。空は・ハ に向かって駆け出した。木の間にチラッとアキコの姿が見える。そラ色の壮大なタ焼けを展開し、・ほくらの背後からは藍色の夜が透明 こまで走るともう・ ( ケナメはいなかった。立ち止まって耳を澄ますな息吹きを吹きかけてきていた。 と、先の方で音がする。そちらへ歩く。どうやらバケナメは音だけ ・ほくは両手でアキコの顔を持ち上げ、幾分血の気の失せた感じの で・ほくを先導しようとしているらしい。もうアキコの姿を持続させ唇を合わせた。その接吻は泉の湧き水のように冷たかった。 ることができないので、・ほくの前に出たくないのだろう。ぼくは目 印に木の幹をレ 1 ザー・ガンで傷付けながら音のする方へ歩いてい ほとんど毎日のように・ほくは森へ出かけて〈エメラルド格子〉を 調べた。残った時間は川岸で、日光浴を兼ねながら、調査結果をま 次の日、・ほくは一人で森の中へ行って測定をした。バケナメは姿とめたり、資料を調べたりした。作業に飽きると、そのまま川の中 を現さなかった。朝、例の川辺で待っていたが、出てこなかったの へ飛び込んで、水泳を楽しんだ。 ' ハケナメはもともと水の中を棲家 だ。理由はその次の日になって分った。森からの帰り道、川のほと にしているたけに泳ぎは非常に巧みだった。水の中で彼女は人間の りに坐っているアキコの姿を見たからだ。やつれぎっていた。胸や格好をしたままカワウソのような泳ぎをした。 背中のところどころに、すみれ色の鋭い葉がまだ突き刺さってい 泳ぎ疲れると・ほく達は岸で休息をとったが、・ ひしょ濡れのぼくの 横にまるで濡れていないアキコが横になっているのはちょっとおか ・ほくは近寄って行き、肩を軽く叩いた。 しな眺めだったかもしれない。 ハケナメは水からあがってすぐでも 「ひどい目に会わせてしまったね」 全く水に濡れているようには見えないのだ。髪の毛一本まで乾きき ハケナメは首を横に振った。・ほくは身体をかがめて、刺さってい っている風だった。 24

7. SFマガジン 1979年7月号

女は一番嫌 0 ていた。も 0 とも、嫌がることを知 0 ていたからぼく奴もいるぐらいで、しよっちゅういろんな人とやり合 0 てきたけ も口に出したんだけど。とにかく彼女は、その言葉を聞くなり、握れど、あれほどの大爆発を起こしたことはない。あの時のぼくの脳 4 「ていた通風管を押し放して自分の船室へ飛んで帰「てしま「た。波をとれば、き 0 と太陽フレアーのように強力な放射線が観測され どうせ枕がぐしょぐしょになるまで泣くんたろうな。そう思うと・ほ たんじゃないだろうか。二丁のレーザー・ガンを持ってサルト 1 ナ くは、早くも後悔の嵐の中〈投げ出されるのだ 0 た。何度もくり返の納められている標本庫〈なぐりこみ、アキ = を噛みつぶした一メ されてきた・ほくとアキコの喧嘩。でも、これが最後の暄嘩になると ートル半もある醜いアゴをはじめ、さも重傷であるかのように見せ 。思いもしなかった。 かけていた神経剥き出しの後肢、ステンレス・スチールほどの固さ 六時間後、勤務を終えて自分の船室に帰ると、ドアの前でアキ「のある翅など、目につくすべての部分を焦がし、切断して、八メー が待っていた。・ほくも彼女もさっきの喧嘩のことはひと言も言わな トルはあった・ハッタのお化けをいつでも肉屋の店先へ並べられるぐ い。これが・ほくらの流儀なのた。 らいに切り刻んだ。ついでに今回の採集旅行の獲物のほとんどを殺 「中に人らないか ? 」と言うと、アキコは」目を振るというよりは、 し、標本庫の内装も、一部は外壁に達するくらいに、破壊した。そ アゴの先を小さく震わすといった感じで否定の身振りをした。 れから船首にある船長室へ飛び込んでいって、キャ。フテンを半殺し 「そう : : : 」とぼく。 にしてやろうと殴りかかったところを取り押さえられた。 アキコは一度大きく背筋を伸ばすと、胸の前で腕組みをし、それ ミ / ムシのように縛りあげられて閉じ込められた倉庫の中で、ぼ から、ゆ「くりと・ほくの目を見すえた。生意気たけど、優しさに溢くは船長や教授を呪 0 た。あの年寄り共が自分の手柄のことばかり れた眼差し。 を考えてアキコを殺したのだ。奴らには人間の命と標本の命のどち ・ほくは小さく壁を蹴るとアキコの前に票、、 ほぼ直角の角度を保らが大切なのか、まるでわか「ちゃいないのだ。ああい 0 た手合い ったままキスをした。 , 彼女は組んでいた腕をほどいて・ほくの背中に のためにこれまでどれたけの犠牲者が出てきたろう ? 他の犠牲者 まわし、・ほく達は平行になっこ。 のことはともかく、アキコを殺したことたけは許さない。 唇を離すと彼女は小さな声で「 ( カモノメ」と言い、彼女の頭をため ? へつ、学問なんか全部まとめて・フラック・ホールへ投げこ 押さえていたぼくの手を振りほどいた。そして、軽く・ほくの肩を押んでしまえ。銀河系の歴史を知る ? 銀河系なんかかきまぜてミル して身体の向きを変えると研究室の方〈飛んで行「た。ぼくはドアク・セーキにしちまえばいいんだ。人類の進歩のため ? 人一人の のノブにま「て、遠去か「てゆく彼女のひ 0 つめ編みにした頭を命を救うこともできないのに何が進歩た。シリウスでもホー「ル ( 見ていた。 ウトでも、突然超新星になってみんなぶっ飛んでしまえばいい。ほ くは本当にそう思った。 もともとそうおとなしい方しゃない。 毒づき疲れて眠っていた・ほくは、三人の仲間達に引き連れられて 『パルサ ー・シン』と呼ぶ

8. SFマガジン 1979年7月号

音が鳴っているのに気付いた。すぐにはそれが何の音だかわからなめておいて ( 空振りだったが ) 、・ハケナメに抱きついた・ かった。音の意味するものを思い出すと、ぼくは通信機にとびつい 怪訝そうなアキコの顔。 「帰れるそ、地球へ帰れる。迎えが来たんだ ! 」 た。かなりあせり気味に、受信準備完了の信号を送り、スビーカー ・ほくは叫んた。 のスイッチを入れる。 聞き覚えのある声が飛び込んできた。 「明日の朝には船が着く。ここの〈エメラルド格子〉発見の知らせ 「おい、シン、生きているか ! そんな所で何してるんだ ? 」 を持ち帰ったら、・ほくは一躍大科学者だ ! 」 大学の研究室の仲間、エレベーターを絶対使わないやつの声だ。 アキコの冷たい顔にキスの雨を降らせ、肩を両手で掴んで身体を 「もうくたばりかけてるそ。そちらこそこんな所へ何しに来たんたゆすぶる。笑うアキコ。 サンチェス ! 」 もう資料の整理なんかしていられる気分じゃなかった。草の上に 「相変わらずだな。実は俺も何でこんな所まで出かけて来たのか良広げたメモや「イクロ・フィルム、イクロ・リーダーを救命艇へ くわからん、といいたいところだが、ちょっとした情報があって投げこみ、かわりに目ぼしい食料とワインを川岸へ運んだ。この星 な。ここらへんで人間の形をしたパルサーが悪さをしていると聞い で二度目のビクニックだ。でも最初の時と比べると、ぼくの気分は たんで、地球への帰りにちょっと寄り道をしてみる気になったとい 何と変わっていることたろう。今度は本物のビクニックだ。 うわけだ」 「今日一日でこの星ともお別れだ。さあバケナメ、日が暮れて夜が 「へえー、それはそれはお世話様。ところでこちらでも豪勢なおみ明けるまで騒ごうぜ ! 」 やげがお前さんを待ってるそ。見て腰を抜かすなよ。ここへはいっ ・ほくは赤ワインを飲み、仔牛のソイ・ソース漬けをくちゃくちゃ 着くんだ ? 」 と噛み、干ブドウを飲みこんた。赤ワインが無くなると、川の水で ちょっとした間。何時間かかるのか説いているのだろう。 冷やした白ワインに移り、冷凍果実をもどしてかしった。・ハケナメ 「十四時間と三十分でそちらへ到着できるそうだ。くたばらんよう はぼくの隣りに陣どって、ストトン、スコ、スコとコンガを鳴らし に待ってろよ」 続けた。しかし宴は朝までは続かなかった。雨が降ってきたのだ。 「どうも心配をかけてすまんな。あいにくだが明日の朝もビン。ヒン いったん降りたすと、雨足は速かった。あっという間に視界が閉 してお前さんを迎えることになると思うぜ」 ざされ、ゴルフポールほどの大きさの雨粒が・ハシャ・ハシャと頭や肩 「おう、盛大な出迎えを期待してるそ。じゃあ」 を撃った。まるでこれまで晴天ばかり続いたことにかたきをうつよ 「じゃあな」 うな降り方だった。ぼく達は慌てて救命艇へ逃け帰った。例によっ ぼくは救命艇をとび出ると、全速力で川まで走った。・ハケナメはて・ほくはすぶ濡れ、バケナメは、雨なんかどこで降ってたんた、と ストストストトンとコンガを叩いていた。ぼくは跳び蹴りを一発決でもいいたげな様子で乾いていた。・ほくは身体を乾かすと、暖まる 6

9. SFマガジン 1979年7月号

「アキコはトカゲなんか食ったりしないよな」 ら十億年前と散らばりすぎているし、同じ層に文明を示唆する他の そう・ほくが言うと、・ハケナメは名残り惜しそうにその場を離れる出土品が無いのも不自然だからだ。ぼくは〈エメラルド格子〉を他 のだった。 の銀河系からの訪問者が残したモニュメントだと考えている。今の 森の木はモミの木に似た裸子植物だった。すみれ色の鋭い葉が枝所人類には百万光年もの空間を超えて旅する手段は無いが、他の宇 にびっしりと付いている。葉は腐りにくい性質らしく、森の中は落宙から・ほく達の銀河系へやってこれないと考える根拠は無いのた。 葉が降り積もって一面のクッションになっている。プーツをはいて ・ほくの発見した〈エメラルド格子〉はこれまでにない完全なもの いる・ほくは苦もなく歩いて行けたが、皮膚の柔らかい・ハケナメは、 だった。頂上部分はかなり破損しているが、大体において立体の格 足に葉が刺さるらしく、ぼくより遅れた。強い樹脂の香りのする幹子系を維持している。規模もこれまで最大のもので、地上に出てい にもたれて待っていると、・ ( ケナメはひと足ごとに、上げた足を振る部分で直径二十メートルのほぼ円形に広がっており、樹々は格子 りながらやってきた。 の間を縫うようにして成長していた。 「アキコがそんな歩き方をするとは思わなかったなあ」 ・ほくはこの〈エメラルド格子〉の成立年代を古くて一万年前と見 皮肉を言うと、二、三歩は普通に歩こうと努力したが、すぐもと積もった。もしその通りなら、〈エメラルド格子〉は人類以前の文 の歩き方にもどった。 明のものとする説への有力な反証となるし、この完全な形の格子が ・ほくは笑いながら言った。 有している意味がわかれば、星間考古学発足以来の大発見となるた ろう。 「じゃ、もういいからここら辺で待ってろよ」 ハケナメはうなずいた。でも、・ほくはこの答えを期待したつけ ? ・ほくは夢中になって〈エメラルド格子〉の周囲を走りまわり、積 ・ほくはひとりで森の奥へ入って行った。そして〈エメラルド格子〉もった葉をかき分け、壊れたかけらを拾い集めた。群青色の透明な エメラルドは・ほくにとって宝物以上の物なのだ。 を見つけた。 しばらくたって、ぼくはびどく空腹なのに気が付いた。木もれ日 〈エメラルド格子〉は、エメラルドでできた複雑なジャングル・ジ ムのようなもの、といえ・よ 。いいだろうか。ごく最近になって銀河系はもう斜めに射しこんでいる。あまり興奮して時間がたつのを忘れ ていたのだ。 の数カ所で発見されている。そのどれもが古い地層の中に埋れてい とりあえず今日は引き返そう、と思って森の中を歩き始めたが方 て、砕けたり、押しつぶされたりしていて原形をとどめたものはな 。しかし、どう見ても自然にできるものではないし、数万光年を角がわからなくなっていた。来る時に通った場所のようでもある 隔てた星の上で同じ物が見つけられたので、これを人類よりはるかし、そうでないようにも思える。地面は落葉でいつばいだから足跡 昔、汎銀河系文明を打ち立てた知的生命の遺産だとする学者も いもない。これはまずい。・ほくは〈エメラルド格子〉の場所まで戻っ 5 る。しかし・ほくはその見方には賛成しない。出土層の年代が四億かた。こうなったら頼れるのは・ハケナメしかいない。しかし、朝出て

10. SFマガジン 1979年7月号

乗せられるなんて、君らしくもない」 「頼むからやめてくれよ」 ・ほくは人目をはばか 0 て橋に通じる廊下〈アキ「を引 0 ば 0 て「他人に言われたからやるのじゃないわ。私が一番適任だと思うか らやりたいのよ。そのことをキャ。フテン達たって認めてくれたんじ 行って、何度目かの説得にかかった。 ゃないの」 イ . リ . ッ - ノ 「本当に死にかけているかどうかわかりやしないんだろ。もし君が ・ほくは腹立ちまぎれに壁を思い「きり蹴ると艦橋入口のドアまで そばに居る時、急にあいつが暴れだしでもしたら、いったい君はど 飛んでゆき、キック・ターンで元の位置に戻って通風管にとまっ うなる ? 」 アキコは送風管を右手で擱んで身体を安定させておいて、左手でた。 耳の上の髪を神経質そうに何度もかき上げた。悩んでいる時の癖「君はサ ~ トーナを救うのに命をかけようというんだね」 「ええそうよ」 だ。悩んでいるのは、もちろん、・ほくに説得されている為たが、・ほ アキ「は一度頭をそらしておいてゆっくりふりおろす得意のうな くが喋っている内容よりも、どうやって喋るのを止めさせようかと すき方をした。普段はかわいいその仕草も、こんな時にやられると いうことに違いなかった。構わすにぼくは喋り続けた。 「そりあ、あい 0 を手に入れるのには苦労をしたさ。殺したくな腹が立 0 ばかりだ。何だ 0 て・ほくはこんな高慢な女を好きにな「て いという皆の気持ちもよくわかる。だけど、もし死んでしま 0 たとしま「たんだろう ? 「君は・ほくよりもあの頭で 0 かちのパッタのお化けの方が好きなん してもまた獲りに行けないわけじゃない。山羊座のアルフア系には まだあいつの仲間はうじゃうじゃいるんた」 「うじゃうじや「てほどはいないわ。それにサルトーナの性質を考「違うわよ ! 」 えたら、今度私達があれを生け獲りにするのは、これまで以上に難それまで横を向いていた彼女が急に・ほくの方に向き直 0 た。唇を 白くなるほど噛みしめ、大きく開いた目の内側にある涙腺からは大 儀するのは目に見えているじゃない」 っこ。・ほくも文字通り目 立の涙が湧き出してまっ毛の先にひっかかナ アキコはゆっくりと、まるで小学校の生徒に説明するように言っ * た。腹をたてているのた。どうせ説得できないことはわか 0 ている一杯、目を見開いてアキ = の顔を見返してや 0 た。 のだから、・ほくもそのくらいでやめておけば良か 0 た。だけど飛び「わからすやの甘えん・ほ ! 」 立「た宇宙船はそう簡単には止まらないのだ。昔こんな言葉が地球彼女は泣きながら唇の端をゆがめてそうい 0 た。せいい 0 ばい皮 肉な笑い顔を作ったつもりだったんたろうけど、まるつきり成功し にあったつけ ? ていなかった。負けじと・ほくも言いかえす。 「何度も言うけど、・ほくは君のことが心配だから止めようとしてい るんだ。君はこの採集隊の責任者でもなんでもないんだから、こん「さそかし立派な獣医になることでしようよ」 これがマズかった。宇宙生物解剖学を獣医学と言われることを彼 な危険なことはしなくてもいいんたよ。キャ。フテンや教授のロ車に ー 43