まって、チョコレートヌガーへの絶ち難い関心が、彼女をファッシ思った。酷いものだが、蓼食う虫も好きずきだ。ラフィットが好み ョン・カメラの前からさらってきて、このデスクのうしろへ坐らせに従ってビルを建てるのは、全く道理にかなっている。ダンロップ 自身の趣味はもう少しモダンがかっているが、その気になれば、向 るようになる以前の、あの硬い″ヴォ 1 グ″調の線に戻った。 「出ていって ! 」彼女はいった。「ちっともおかしくありませんよ かい側に、百五十二階建てのビルを建てても、文句をいわれる筋合 いはないだろう。ラフィットは何でも好きなようにする資格がある その丸。ほちゃの男は陽気にいった。「忘れないでよ、ダンロツ。フ ヘクター・ダンロツ。フと喜んで手を組んでいるかぎりは。ラフ の名を。そして住所は十九番通り西四四九番地。下宿屋たよ」そう ィットはきっとそうする。それも、たぶん、この日のうちに。 いって、立ち去った。彼女がこのメッセージをだれにも伝えないこ ラフィットは気前よくしないはずはない、とダンロップは浮き浮 とはわかっていた。だが、それで一向かまわないことも、これまたきして考えながら、五番街をぶらぶら歩いていった。ものすごい暑 ちゃんとわかっていた。彼女のデスクの隅に、金メッキの小さなマさだったが、感じなかった。時間はたっぷりあった。何かが起るに は、もう少し時間がかかるだろう。 イクがあることに気付いていたのだ。それにつながっているラフィ オート・セック ット自動秘書が、かならずそれを記憶し、分析し、一言残らす伝え かれは気長に考えた。もちろん、今日中は何にも起らない、 ート・セック るだろう。 うこともありうる。自動秘書の伝えた人間が忘れるということもあ 「こんな りうる。どんなことにも、行き違いはあるものだ。とにかく、まだ 「ほほう」ダンロツ。フはエレベ 1 ター・・ホーイにいった。 ( しい。そして、その後、必要 気候の中で、この会社はきみたちをこき使っているんだねえ。ェア時間はある。だめならもう一度やれま、 なら何度でも。遅かれ早かれ、あのマジック・ワードはラフィット コンを入れるように、・ほくが取り計らってやろう」 エレベーター・・ホーイは、げじげじでも見るような目つきで、ダに届くはずだ。この瞬間のために八年間も準備をしてきたのたか ンロップを見た。だが、かれは気にしなかった。気にする必要があら、あと一日や二日よけいにかかっても、問題ではない。 ろうか ? たしかに、おれはげじげじだ。だが、間もなく凄い金持ダンロツ。フははっとした。 になるんだ。 若い娘が、釘のようにとがった靴のかかとを、カッカッと鳴らし ヘクター・ダンロップは五番街の酷暑の中に、小走りに出てきながら歩いてきた。それに熱風が吹きつけて、スカートがびったり ぜんそく ・ダンロツ。フが自ら占め た。持病の喘息のために、息がぜいぜい鳴ったが、自分では満足だと脚に貼り付いている。彼女は、ヘクター っこ 0 ていると思っている相当なヴォリュームの空間を、何気なくちらり かれは角を曲るところまできて、ラフィットビルを見上げた。ラと見て、完全に無視した。ダンロップは例によって唸った。かれが フィット好みの時代がかった建物で、全体が銅とガラスの帯模様に立っているのに、そこに何も見てくれないホルモン・ポンプのよう田 なっている。好きなようにするがいいさ、とダンロップは気前よく な女の子は、彼女だけではなかった。だが、かれは平静を取り戻し オ たで
ダンロップはにつこりした。 あの文書を見つけるだろう。ラフィットが持っているような種類の ラフィットは気を悪くしなかった。「わかった。文書にしておこ組織はきっと、最近、法律書記をやめて、今は新米の弁護士をして 9 う。うちの弁護士に何か書類を作らせよう。かれらと連絡の取れる いる男の、事務所の金庫などに、妨げられるようなことはないだろ 弁護士を、きみもお持ちだと思うが ? 」かれは指を鳴らした。死がう。 銀のシャープを、そして、クロロフィルが便箋を持って「進み出 ダンロツ。フは弁護士の費用を出し惜しみしなければよかったと思 って、またすすり泣いた。だが、実は、・ とちらにしても相違はなか 「よ、よ、よろしい」ダンロツ。フは夢中で、いった。「おれの弁護った。ラフィットは文書のありかを知り、それを手に入れるだろ 士は・ジョージ・メッガー。住所はエンパイアステート・ビル、 う。あとは、その情報のコ。ヒーの最後の一つを拭い去ればよいのだ 四十一階ーー」 つまり、ヘクター ・ダンロップの頭の中のコ。ヒーを。 「ばーか ! 」火星人が恐ろしい歓喜の声をあげた。ラフィットは手クロロフィルはその紙きれをポケットにつつこんで、出ていっ 速く書きとめると、その紙をきれいに四角に折り畳んで、クロロフ た。死は腕の下のふくらみを、ばん。ほんと叩いて、ラフィットを見 イル・チューインガムの匂いのする男に渡した。 「ここでよ、 ーカん」ラフィット : 、 、刀しー ダンロップは必死にいった。「そ、それは、あれと同じべ、べ、 弁護士じゃないそ」 ダンロツ。フは大きく息をした。 ラフィットは上品に待った。「何と同じ弁護士ではない、と ? 」 「さ、さ、さようなら、火星人」かれは悲しげにいし 「あのぶ、ぶ、文書を預けたのは、・、。、」 へへの弁護士だ」 向いた。そのうしろで憎々しいだみ声が笑った。 ラフィットは首を振り、につこり笑った。 「なかなか思い切りが良いな」ラフィットが驚いていった。 ダンロップはしくしく泣いた。仕方がなかったのだ。目の前で一 ダンロップは肩をすくめ、脇に寄って、ラフィットに先に戸口を くぐらせた。 億ドルが消え失せ、生命保険も無効になってしまった。かれらはメ ッガーの名を知ってしまった。八年間の汗の結晶が人っている、あ「ほ、ほ、ほかにどうしようもないじゃないか ? 」かれはいった。 のふくらんだマニラ紙の封筒を、どこで探せばよいか、かれらは知「そちらの思いのままだ。ただーーこ死の匂いのする男はドアから ってしまった。 外に出ており、ラフィットも同様で、上品に半ば振返って、ダンロ クロロフィルか死か、または、ラフィットの何百人もの腹心の部ップの話に耳を傾けていた。ダンロップはドアの縁をつかみ、ため 下のだれかが、メッガーのオフィスにいき、たぶん偽の裁判所の令らい、につこり笑い、そして、跳びすさって、びしやりとドアを閉 状を示すか、または、顔をハンカチで隠して手にビストルを持つめ、錠を見つけて回した。「ただ、そ、そ、その前に、おれを捕え て、力すくで押し入るか、するたろう。そして、何とかかんとか、 なくてはな ! 」かれはドア越しに怒鳴った。 ドアの方を
ダンロツ。フは背が低くて、太っていた。まっ毛は・フロンドで、頭応接室には本物の東洋のウールの絨緞が敷かれていたーーー・そこら ははげていた。ちょうど、ビッグ・ゲームのスタジアムのすーっとのべらべらのナイロンなんかじゃないし、ラフィトンでさえもな 3 隅っこに坐り、手にはホットドッグとペナントを握りしめ、隣りに そして、いたるところに、ラフィットの権力と天才の象徴 女房を坐らせ、その女房に試合の一つ一つの動きを解説させられてがおかれていた。片隅には、投光器の光を浴びて、ラフィット式太 いる、といったタイプの男だった。おまけに、どもりであった。 陽エネルギー変換器のアクリルモデルが、透明にきらめいていた。 ラフィット・ エンタープライズ社の受付嬢は、青い目の元モデル中央の真紅の台の上には、ラフィット式イオン交換自動水蒸溜器の だった。彼女はダンロツ。フを品定めしていた。そして、ゆっくりと小型モデル、つまり、毎秒四十ガロンモデルが乗っていた。 ( 大型 のモデルが二台あれば、テムズ川の不潔な臭い泥水から、ロンドン 目を上げて、冷たくいった。「はい ? 」 「ラフィット氏にお、お、おーーー」ダンロップはいった。言葉を切の全市民に水晶のような清水を供給できる ) り、咳払いして、「ラフィット氏にお目にかかりたい。 ダンロツ。フはしわがれ声でいった。「ちょっと待って。あの人は ぼくの名前を知らない。しかし、共通の友人があると伝えて下さ 元モデルはびつくりして目を白黒させた。ラフィット氏にお目に かかれる人なんていやしないのにー ジョン・・六世ぐらいならい」 ともかく。プロッケンハイマー大統領たって、まず電話をしてか 元モテルはこの新事実の出現にとまどい、考えた。こうなると事 ら、お立寄りになるというのに。ほかの人じゃ、とても、とても。情が違ってくる。ラフィットさんだって、靴の汚れた小柄なプロン のみす・ほらしい男とたまたま知り合いになった友人が、いるかも ラフィット氏は、アメリカの最もすばらしい機械の大部分を発明ド し、それらをアメリカの最もすばらしいお金のいくらかで売った偉しれない。ありそうもない事だが、絶対にないとはいえない。特 大な人だ。ひょっこりやってきた訪問者が会ってもらえるようなおに、ラフィットさん自身がかなり貧しい家の出身であり、むかし一 方ではないのだ。特に、つるしの背広をそのまま着てきたような、時、大学で教えていたことがある、という事実を考え合わせると。 取るに足らない人では。 「はいわかりました」彼女はすっと優しくいった。「お友達のお名 しかし、この元モデルは同情心のある娘だった・・ーーそれは、母親前は ? 」 と、雇い主と、その同情心を次々に破った十四人の男たちたけが知「な、な、名前は知らない」 っていることだった。彼女はダンロップが気の毒になった。そし「まあ ! 」 て、この間の抜けたおじさんに、あまり屈辱感を与えないで、お引「しかし、ラフィット氏は、だ、だ、だれのことをいっているか き取り願うことにしこ。 「どなた様がお見えだと伝えましようか ? わかるはすだ。では、こういって。その友人は、か、カ、かーーー火 DunIop と、 ダンロツ。フ様 ? O のほうの ( ) ? ちょ「とお待ちを」星人たと」 DunIa p がある それから彼女は受話器を取り上げて、微笑もうとした。 柔和な青い目が冷たくなった。そして、顔の線がきゅっと引き締
っている。ダンロップはつばを飲み、見つめた。フォーテスクの写かれはラフィットのことを、物語によく出てくるゆすりのかもに なるような人物だと、想像していた。一睨みし、一言ささやき、そ 真に写っている火星人は、細、、ねばねばする醜い生物で、痩せ細 ったいそぎんちゃくに似ていて、人間ぐらいの身長で、頭がなかっして、あの文書があれば、たちまち何百万ドルでも吐き出し始める た。ところが、今かれに向かって雷鳴のような声で吠えている、鎖と。だが、ラフィットが自分のやったことを心底から誇りにしてい につながれた生物は、あの写真の火星人と較べると、おたまじゃくるとは、思「てもみなか「た。今、それを知って、ダンロツ。フはも いドームのような頭があっとよい戦術を思いついた ( いや、思いついたと思った ) 。 しと蛙ほどの違いがあった。こいつには丸 り、じーっと見つめる目があり、ばくばく動く口があり、四角い大かれはすぐにいった。「大したものた ? と、と、とんでもな ラフィット。それどころじゃないよ。お宅がそれを、そう、 きな歯が生えていた。 く、く、くる病にかからせすに育てたとは、ただもう驚くばかりだ 「ヴルルルーム , それは吠えた。それからダンロツ。フはもっと注意 して耳を傾けた。それは言葉のないライオンの咆哮ではなくて、英よ。少年非行にも走らせすにさ。正しい注意が欠けていたら、火星 どんな異常にも陥らせすに」 語だ「た ! その生物はかれに話しかけていたのだ。地球の濃い大人が陥ったかもしれない、 ラフィットは嬉しそうな顔をした。「では、事務的な話をしょ 気のために、胴間声になっているにすぎなかった。「おまえはだれ エンター。フライズ社の共同経営者になりた だ ? 」そいつはヘべれけに酔っ払ったシャリアピンのようなだみ声う。きみはラフィット・ 。それが望みなんだね ? 」 で、いった。 ダンロツ。フは肩をすくめた。答えるまでもなかった。その点は幸 ダンロツ。フはかすかにいった。「お、おったまげたなあ」あの恐 ろしい頭蓋骨の中に、太陽 = ネルギー変換器、イオン交換自動水蒸いだ 0 た。このくらい緊張する場面になると、かれは言葉が全然出 なくなってしまうのだ。 式負イン。ヒーダンス変換器、その他の大発明を、 溜器、ラフィット一 「いいとも。一人占めする必要は ラフィットは機嫌よくいった。 ラフィットに代って産み出した頭脳が入っているのだ。ダンロップ が見ているのは火星人ではなく、かれに無限の富を与えてくれる魔ない。それに会社に新しい血が入れば、活気が出るかもしれない」 かれはかわいくてたまらないといった目で、火星人を見つめた。火 法のランプだった。たが、それは夢のように醜悪たった。 星人はしょん・ほりした様子をした。「このわれわれの友人は、最 「それで」ラフィットがいった。「御感想は、ダンロップくん ? 近、無気力になってねえ。よろしい、きみに働いてもらうことにし 大したものだと思わないかね ? 蒸溜器や変換器はわたしのではな くて、かれの発明品かもしれないが、わたしはかれを発明したのたよう。だが、取り分は半分だよ」 「あ、あ、ありがーー」 よ」 「う、うん」かれは大きくうなずき「どういたしまして、ダンロップ。どうしようか ? 言葉だけでは 3 ダンロツ。フは気持を鎮めた。 信用してもらえないかなーー」 ながら、いっこ。
としたのだ。殺してから、警察を呼び、暗殺未遂者の死体を引き渡ラ、ラフィットとかいう男」 す。残念でした、お巡りさん。こいつは本当にわれわれを狙ったん ラフィットはかすかにうなずいた。まだ徴笑しながら。あれは油 ですよ ! ほら、あそこに弾丸の跡があるでしよう。馬鹿者の手断のならない目だ、とダンロップは判断した。あれは成功に慣れ切 に、ほんのかすり傷を与えてやろうと思ったんですが、こんなこと った男の目だ。あのような目から、多くを読み取ることはできな : といって、肩をすくめて見せればいいのだ。 い。これは気をつけなければいけない。 ダンロップはつばを飲んだ。「お気の毒さま」かれは割れた声で それでも、切札は全部こちらにある、とかれは自分を安心させ いった。「だが、おれだって、当然、予防措置を講じてあるから た。「それで、おれはその論文をさ、さ、探したが、み、み、見つ ね。ところで、一杯、御馳走になろうか ? 」 からなかった。だが、お宅は知っているたろう ! 」見つからなかっ ラフィット氏はトレイを指さした。そして、落ち着き払って、辛こ ? そうだ。書庫の中にも、学部長のファイルの中にも、記録保 抱強く、ほとんど関心を示さずに、じっと待っていた。かれは背の管所にさえも。ダンロップがしつこい男たったのは非常に幸いだっ 高い老人で、ひどく頭が禿けていた。だが、その気になれば敏捷に た。その論文を刷った印刷屋を、ます見つけ出したのだ。そして、 動けるやつだ、とダンロツ。フは睨んだ。おかしい。ラフィットがは そこにあった。古い、埃つぼい請求書がまだくつついたままのやっ げ頭だとは、予想していなかった。 しかし、それ以外は、厳密に、計画通りに進んでいるー 「まだ、文章を覚えているそ」ダンロツ。フはそういって、結論を暗 かれは二十年もののパ 1 ポンの強烈なやつを、手酌で一杯あおっ誦した。全然どもらずに。 た。それも、スチュ ーベンの極上の手彫りのクリスタルグラスで。 「″それ故、火星の疑似霊長類は、かっては、わが惑星の最も発達 かれはいった。「さあっかまえたそ、ラフィットー わかってるした社会状況に比肩しうる、成熟した文化を所有していたものと、 な、どうだ ? 」 推論される。工芸品および建造物の遺品は、別の種族によって創造 このことはたぶん、いわゆるシュテルンヴァ されたものではない。 ラフィットは暖かな、しかたがないという目で、かれを見た。 「うん、そうこなくちゃ」ダンロツ。フは勢いづいた。「往生ぎわをイザー異変と相互関係があるだろう。この時に、惑星均衡が爆発的 よくしろよ。おれはお宅の財産がどこからきたか、突き止めたんだに破れ、その結果、火星の水の供給が涸渇したものと推測される。」 「シュテルンヴァイザーかー ラフィットが口を出した。 ーポンをもう一杯、手速くあおった。焼けるような から」かれは ' ハ 刺激が五臓六腑に浸み渡った。「さてと、ます最初、八年前、おれあ、その名前を忘れていたよ。久し振りだなあ。しかし、シ = テル はお宅が教えていた大学の学生だった。そして、たまたまある論文ンヴァイザ 1 の論文は、火星が水を失ったのは、われわれの歴史時 への言及にゆきあたった。「火星の疑似霊長類の個体発生について代のことらしいと、暗示していたーーそうなれば、あとは簡単たっ 3 たよ ! 」 の考察というやっさ。筆者は、理学士クインシー・・・ラ、
ビストル 「黙れ」クロロフィル臭いやつが、楽しそうにいった。ダンロップスクに歩み寄り、それを開けて、何かを取り出した はおとなしく従った。どうでもよいことた。今起っているほかのすそして、手袋をはめた手でそれを持ち上げて、壁に向けて発射し 3 。小さな、そっけない音だったが、大きな漆喰のかけ べての事と同様に。間もなく、おれはラフィットに会い、それから らが飛んだ。 「お、お、押すな ! 」二人に押されて、よろよろと車から降りなが「おい ! 」ダンロップはまたいった。 ラフィット氏は上品な関心を示して、かれを眺めた。クロロフィ ら、かれはいらいらして、いった。 男たちは両方からかれの肘をつかんで、歩き出した。ドライヴウルがっかっかと歩み寄った。そして、死がだしぬけに手をーー・手を 伸ばして ェイの突きあたりの鉄の門をクロロフィルがあけ、死がかれを中に クロロフィルは今発射したビストルをダンロップに渡した。ダン 押し入れた。眼鏡が片方の耳からはずれたので、ダンロツ。フはあわ ロップは本能的にそれをつかんた。一方、死はもう一丁の、もっと てておさえた。 ( ドソン河を渡って、市内からかなり遠くにきているらしい。こ大きくて、もっと危険な格好のやつを、取り出した。 ダンロツ。フは跳び上り、ビストルを取り落した。事情がわかり始 の八年間、ダンロップはもっと利益のある研究に専念していたの で、ひどく貧弱な地理感覚しか持ち合わせていなかったが、ここはめたのだ。「待ってくれ ! 」かれは急にあわて出して、叫んだ。 「おれはぜ、ぜーー」かれはつばを飲み、ひざますいた。「射たな キングストンの裏山のどこからしいと、見当をつけた。かれらは一 いでくれ ! おれはぜ、・せ、全部書いてべ、べ 軒の大きな石造りの家に人っていった。人の姿はまったくなかっ ラフィットは静かにいった。「ちょっと待て、おまえたち、 た。まるでフランケンシュタインの家みたいたった。しかし、ダン ロップには、それがとても嬉しかった。ラフィットが秘密を隠すな クロロフィルはそのまま、その場に立ち止まった。死はダンロッ らこんな家が必要だと、想像していた通りの家だったので。 プに完全に狙いをつけたまま、待った。 暖炉のある大きな かれらはダンロップを小突いてドアをくぐり、 ダンロツ。フはどもりながら、かろうじて言葉を続けた。「弁護士 部屋に入った。 ( 暑い日なのに ) 火の前のレザー張りの椅子に、一 に預けてある。全部き、き、記録してあるんた。おれに、もしもの 人の男が坐っていた。これがクインシー・ ラフィットにちがいな事があれ、は、弁護士がよ、よ、読むことになっている」 ラフィットは溜息をついた。「なるほど」穏やかにいった。「危 いところたった。よし、おまえたち、席をはすしてくれ」クロロフ 「ハロー」ダンロップはその男にむかって、落ち着いて、どもりな がら、いった。「わ、わ、わかっているだろうが、なぜおれが イルと死は、それそれの匂いと脅威を、ドアの外に運び去った。 ダンロップは息を弾ませていた。危機一髪で死ぬところだとわか な、な、何をする ? 」 った。一人がかれに。ヒストルを渡し、もう一人がかれを射殺しよう クロロフィルが片手に天色の手袋をはめていた。かれは一つのデ
えてみたまえ。仮りに、きみのお母さんがきみを棄てたとしよう。 も、ソーラー・アーゴシー号の墜落で六人死んでいるし、こういう 濡れたおしめをして、足をばたばたやっているきみをた。そう、木種類の事件では、出訴期限法はないからねえ」 星にでも。そして、きみのお母さんが木に似ているのと同程度に、 かれはダンロップの腕に、上品に触った。「きたまえ。この家に きみのお母さんに似ている奇妙な形態の生物が、きみの養育を引き火星人がいると、きみは考えているだろう ? その通りだ。見せて 受けるとしよう」 あげよう」 かれは厳かに首を振った。「スポック博士の育児書なんて、役に絨緞を敷いた長い廊下をずっと歩いていく時、かすかなかちりと いう音や、衣ずれのような音が、ずっとダンロップの耳についてい は立たないよ。躾の問題 ! トイレの訓練 ! それに、わたしが扱 っていたのは、いわば裸の魂だった。成熟した火星人の魂は偉大だた。それらは壁から聞こえてくるように思われた。「あ、あ、あれ が、創造力が生じるには、まず知識を満たしてやらなければならなはボディーガード かね、ラフィット ? 妙なまねはするなよ ! 」 ラフィットは肩をすくめた。「出てこい、おまえたち」かれは声 い。それだけで、ダンロップくん、六年よけいにかかってしまった を上げずにいった。すると、数フィート 先の羽目板が開いて、死と クロロフィルが出てきた。 かれは立ち上った。「さて」そしていった。「何が望みだね ? 」 ノ、カ . しー ダンロツ。フは不意をつかれて、ひどくどもった。「り、り、利益「さっきは悪かったな、ダンロップさん」クロロフィレ・、、 「き、き、気にしてないよ」とダンロップ。 の、は、はーーー」 「利益の半分をよこせ ? 」 ラフィットは錠前の二つついたドアの前で止まった。かれが錠の 「そ、そ、そーー・ー」 金具を回すと、ドアが開いて、暗い湿った部屋があらわれた。 「わかった。わたしの秘密を守るために、あの火星人の発明品から「ヴルルルーム、ヴルルルーム」部屋の中から、大きい低い唸り声 が聞こえた。 上る利益の半分を、きみに与えよ、と。もし断わったら ? 」 、も ダンロツ。フは突然ひどくあわてた。「そんなはずはない ダンロツ。フの瞳孔がゆっくりと拡がって、光を余計に取り入れ、 し、おれがひ、ひ、秘密をばらしたら、だれでも同じことができる物の形がわかり始めた。 部屋の中には、鉄棒の柵のようなものがあった。そのむこう側の ラフィットは理性的にいった。「しかし、わたしはすでに金をも杭に、鎖でつながれているのは うけてしまっているのだよ、ダンロップくん。いや、これでは説得火星人ー 肖 ( 力が足りない : : しかし」かれはしばらく考えていった。「こんな ことをいっても、きみは黙っていてくれそうもないな。わたしは、 そう鎖でつながれ、足かせをはめられている。その鍵らしいもの この問題を本当に秘密にしておきたいと思っている。なんといってが、火星人からいつも見えるが、決して手の届かないところに掛か しつけ ロ 8
ダンロップは最後まで暗誦を続けた。 そして、その他の手がかりはすべて、図書館のミス・リーディの 「″これに関連して、これらの諸要素は不可避的に一つのパターン部屋、スミソニアンの宇宙探険館、自然博物館の外地球動物形態 3 を暗示する。火星の疑似霊長類は、地球上の多くの無脊椎動物と同室、それと全国の無数の埃つぼい研究室、と渡り歩いて、こっこっ 様に、幼虫から成体に成長するには、水棲期を必要とする。しと苦労して集めてきたものだった。 かし、シ = テルンヴァイザー爆発説の時代以米、火星の表面には遊ラフィットは溜息をついた。「それで、全部知っている、という 離した水が充分になくなった。それ故、次のように考えられる。すわけだね、ダンロツ。フくん。長い道程をすーっと歩いてきて」 インヘイラー なわち、現在生き残っているサン。フルは単に性機能を持った幼虫に かれは大きな吸入器に、上品にプランデーをほんの一たらし注い すぎず、成熟した火星疑似霊長類は生存していないと。しかし、こで、それを息で暖めた。それから、物想いにふけりながら、いっ れが歴史的に実在したことは、かれらの製作物の相当数の残存例に た。「きみも大変な苦労をしたが、もちろん、わたしももっとずつ よって、証明されるのである″」 と苦労したよ。たとえば、自分で火星まで出掛けていかなければな ここにあるものを、 「それから」ダンロツ。フは言い終えた。 らなかった」 お宅は理解し、は、は、始めたのさ。そして、ろ、ろ、論文のコビ 「ソ、ソ、ソーラー・アーゴシー号だな」ダンロップはすかさず補 ーを全部破棄した。全部といっても、ひ、ひ、一つだけ残っていたった。 がね」 ラフィットは眉を上げた。「そこまで調べがついているのか ? では、ソーラー・アーゴシー号の墜落は事故ではなかったことも、 うまくいっている ! すべて、予想通りに進んでいるー たぶん知っているのだろうな。若い火星人を一人、地球に連れ帰っ ラフィットは勇気があれば、とっくにかれを放り出していたろているという事実を、隠さねばならなかったのだ。容易ではなかっ う。しかし、放り出さなかった。ダンロツ。フが、あの長い、曲りく たよ。そして、たとえそうやって、ここに連れてきても、闘いはま ねった証拠の跡を最後までたどってきたことを、かれは知ったのだ半ばだった。外来生命形態を地球上で育てるのは、実に困難だっ、 た」 らふいっとノ名ノ付イタスペテノ発明品ハ、火星人ノ心力ラ生マ かれは・フランデーを一口なめて、熱心に身を乗り出した。「わた レタモノダ。 しは火星人を発育させなければならなかった。それは、水棲環境を あの論文が隠されたという事実が、最初の手がかりだった。な・せ与えてやることた。シュテルンヴァイザー異変以前の火星の状態を 隠されたのか ? あの論文に付けられた名前が、第二のーーといっ想定し、それに、できるだけ厳密に近づけてやるのだ。すべて、当 ても、あの取るにたりない理学士と、ラフィット・エンタープライてすっ・ほでね、ダンロツ。フくん ! 運が良かったとしか、いいよう がないね。いや、それにしてもーーーーちょっと、自分が赤ん坊だと考 ズ社の社長とを結びつけるには、想像力を働かせる必要があった。 グラブ アクエアス・フェイズ
った。かれはそこを出て、家に帰るためにススに乗った。 男たちがさっと近づくと、ダンロツ。フは大声で笑って、彼女に手 ラフィットのオフィスを出てから、二時間足らずしか経っていなを振って見せた。その二人の男は背が高く、特長のない顔をしてい た。どっしりした方はクロロフィル入りのチューインガムの匂いが まだ早すぎた。い くら偉大なラフィットの組織でも、あのメッセし、痩せた方は死の匂いがした。 ダンロツ。フはにつこり笑って、かれらと腕を組み、女主人に背を ージに対して、またきっと行動は起していないだろう。ダンロツ。フ は下宿で時間をつぶしながら待つのが、急にいやになった。そこ向けた。「お、お、おまえたち、おばさんに何ていったんだ ? 税 こっ務署 ? p-« ? で、一軒の安レストランの前に足を止め、ちょっと考えたが、冫 しゅろ こり笑って、道を横切り、窓に棕梠の鉢の置いてある、小さくて居かれらは答えなかったが、そんなことはどうでもよかった。おば 心地のよい、高級な店に入っていった。ちょうど手元に残っているさんには好きなように思わせておけばよい。もう彼女に会うことは 現金が、そっくりなくなるくらいの値段だった。だから、どうだと決して、決してないだろうから。安物のスーツケースの中の少しば かりの見す・ほらしい私物は、彼女に進呈しよう。もうすぐ、ヘクタ いうんだ ? ・ダンロツ。フは最高級品しか身につけなくなるのだ。 ダンロップはゆっくりと時間をかけて、この十年間で最も豪華な 昼食を食べた。そして、ある化学的メッセージがもそもそと頭に届「おまえたち、・ホスの秘密を知らないだろう、え ? 」ダンロップは いて、充分に時間が経ったことを告げると、かれはその・フロックを車で連れられていきながら、男たちを小突いた。「おれは知ってい るんだそ。探り出すのに八年かかったがね。少しは丁寧に扱ってく 歩いて下宿屋に戻った。男たちがすでにきていた。 れないと、く、く、首にさせるかもしれんよ」 下宿屋の女主人が怯えた顔で、窓のカーテンの陰から覗いた。 太古世界に起る異変 ! 」作 ノサウルス作戦 一〇〇〇円 豊田有恒 評 子失踪した調査隊の謎を究明すべく、恐童時代に向かったタイム・パト 女ロ】ル隊員の前に現われた恐るべき真相とは ? ヴェテランの意欲作 、を企む : 冬物 四六判上製 早川書房 ー 33
た。 ( 本当だった。火星人は本当に腐 0 た魚の匂いがした。 ) 「そ、 そのうしろで火星人が、傷ついた鯨のように笑った。 ラフィットはお そ、それにしても、おまえは強いにちがいないー 「うまくやった」その葬いの鐘のようなだみ声が褒めた。 、んちきな まえの父親代りになっていた。だが、なんて、い、しし 「な、なーに、ちょっとしたし、じ、自衛手段さ」とダンロップ。 ことはないよ、火星 廊下に物音が聞こえた、まだ時間はあ「た。「さ、さあ、火星父親だ「たんだろう ! 恩なんか感じるこ、 人 ! ラ , → , トから逃げよう。お、おまえも一緒にくるんだ。ま人。や「は、おまえをど、ど、奴隷にしていたんだ。たとえ、お前 お、おまえの立派な頭ををけ、け、健康に、しよ、しよ、正気に育てたとしても」 さか、おまえをう、う、射ちはしまい 「いや、実は」かれ そのうしろで、ラフィットが咳払いをした。 使えば、き、きっと、二人で逃げる方法が見つかる」 は認めた。「正気には育てられなかったんだ」 火星人はうっとうしいだみ声でいった。「もう、やってみた」 「そうだ」間のびした火星人のだみ声がとどろいた。「そう、 「し、しかし、おれが手伝う ! あれはか、か、鍵じゃないか ? 」 かれは壁から輝く金属片をひ 0 たく 0 た。鉄棒の柵のドアには錠なかったんだ」 がついていたが、その鍵で開いた。火星人は。ー。フのような腕を振腐 0 た魚の匂いのする。ー。フがダン 0 , 。フに巻きついた。いとお しむように、命をねだるように。 りながら、そのすぐ内側にいた 広告 「ヴルルルーム」そいつは唸り、蛇のような目がダンロップを見つ めた。 世界推理作家色紙展開催中 ! 「もっと、は、はっきり喋れ」ダンロツ。フは鍵を回して錠から抜き ながら、いらいらしていった。 「ぼくはきみを待っ ノグリイ、ウ エラリイ・クイーン、デズモンド・ 「こういった」間のびしただみ声が繰返した。 ィリアム・・マッギヴァーン、スタンリイ・エ ていたー リン、・ノョン・ーレ、エドワード・・十ック 「そうだろう。な、な、何てひどい暮らしをしているんた ! 」 ほか、超一流の海外ミステリ作家の色紙大展示 ! うしろのドアがガシャンと鳴った。ダンロップはそちらを見る勇 気がなかった。この鍵は妙に錠にくつつきたがる ! だが、かれは それを引き離して、火星人のそばにすっ跳んでいったーー少なくと も、ここにいれば、やつらも射ちはしないたろう。収入源を台無し にしたくはないだろうからー ここから脱け出せる」ダンロップは息を弾 「おまえなら、こ、 ませた。そして、げえげえいいながら、火星人の足かせの錠を探っ くじら ・日時 / 昭和五四年五月二一日 ~ 五月三一日 ・場所 / 紀伊國屋書店福岡店 ( 福岡市中央区天神一丁目 コアビル / 〇九二ー七二一ー七七五五 )