地球人 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年7月号
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1. SFマガジン 1979年7月号

「そして、人類は宇宙に進出することを禁じられた」 は、急速に回帰志向をつよめていった。宇宙進出という未来の神話 ジローがいいよどんでいた事実を、スフィンクスは残酷なほどのを失った人類は、ふたたび民族単位に逆行し、それそれの民族が個 冷静さをもって、ロにした。「人類は地球という檻のなかにとじこ 別にそなえていた神話に耽溺していった。知性体として未熟な人類 められ、そこから一歩として出ることを、許されないようになった は、自分たちが地球に幽閉されている身だという現実を直視するこ とに耐えられす、神を、神話を復活させることで、精神的なパラン 「そうだ : : : 」 スを保とうとしたのだ」 スフィンクスがいった。 ビンが遠くをみるような眼つきになりながら、いった。「ある 「未来を閉ざされたから、過去へ逃避するというのでは、あまりに 日、突然、奴らの編隊が地球に、月に、太陽系内のすべてのコロニ ーに、押し寄せてきたのだ : : : まるで、大人と子供の喧嘩だった。安易にすぎはしないか、という声も一部にはあったが、この傾向を 人類は一時間もしないうちに敗北を宣言するはめになり、武装解除地球人を再教育するよき機会として利用すべきだ、という声が大勢 を占めた : : : 地球人にかぎらず、すべての知性体がなんらかの形で させられるはめとなった : : : 」 それは、人類にとってあまりにも屈辱的な記憶だった。奴らとは神話を持っている。神話こそ、その知性体の本性を写しだす鏡とい 恒星間航行の段階に達し、文明を頂点まで発展させることに成功しえるのだ : : : われわれは地球人を再教育するために、神話の世界と た知性体の連合機構だった。奴らは、人類をいうならば大人の眼で現実の世界を融合させ、その神話現実世界をしだいに変質させてい くことによって、地球人の本性をも矯正していこうと考えたのた」 観察しつづけてきたのだ。そして、外宇宙へ進出し、大人の仲間入 りをするには、地球人はあまりに精神的に未熟で、暴力的にすぎる「われわれ : : : 」 と判断したのだったーーー要するに、地球人は不良少年の烙印を押さ ダフームがめずらしくうめき声をあげた。 れたのである。宇宙に害毒を流す存在と決めつけられ、地球という「すると : : : すると : : : あんたは : : : 」 少年院に押しこめられることになったのだ。 「われわれは遺伝子操作をほどこし、地球人の無意識共同体をコン もちろん、ジローたちが直接に体験したことではない。数百年、 トロールした。生体コンビューター素子に運動性を持たせ、彼らを あるいは数千年もの昔に起こったことなのた。彼ら″甲虫の戦士″ 地球上に充満させることによって、一種の汎神論的世界を生みだす たちは、いかなる遺伝子工学の成果によるものか、その記憶を代々ことに成功した : いや、われわれがいかにして神話現実世界を構 受けつぎ、必要に応じてーーたとえば、いまジローたちが直面して築したかは、いまのおまえたちにはもちろん、恒星間航行にのりだ いるような場合においてだがーーその記憶を自動的によみがえらすそうとしていたころの地球人の科学知識をもってしても、とうてい ことができるようなのだ。 理解できるものではないだろう : : ・なんなら、われわれは神で、傲 「外への希望を断ち切られ、あらゆる科学技術を奪われた地球人慢な人類に罰をくだすために、塔をくずい、洪水を起こして、その

2. SFマガジン 1979年7月号

ばった笑顔を、左右に振ってささやいた。「少将、これは、我々の火星人が担うべきである。我々はその義務を遂行する。諸君、火星 問題じゃありません。火星人どうしの問題です。彼等にまかせるべ人によって支配される生物としてこの土地にとどまるか、あるい きです」 は、地球人としてその故郷へ帰還するか、諸君はそのどちらの途も マルク・ゴゼイは荒い息を吐いて、。ハットの目をのそきこんだ。選ぶことができる。たたし、我々はこの火星において、火星人以外 「分ったよ 、パット。言う通りだ : : : 」ゴゼイは肩を大きく落としの知的生物と共存する意志は持っていない。ひとつの惑星は、ひと て立ちつくした。 つの種によって支配されるべきだと我々は地球人によって教えられ た。我々は、だから、この惑星を支配する。我々は火星人であり、 再び、ホ】ルの扉が二度鳴った。 我々はこの土地以外に住むことはない」 「お入りなさい」 マルク・ゴゼイは、一歩前に出た。彼には全てがようやく理解で ゴゼイはその時、はじめて確固たる市長の声を聞いた。それは凛 として、ホールの空気を貫いた。 きたのだ。彼はうなすくと、火星人に呼びかけた。 「わたしは地球人の一代表として、今後とも末永く、火星人との友 扉が左右に大きく開かれた。 好的な親善、外交関係を望むものである。地球人と火星人は一致協 そこには、六人の火星人が立っていた。 力して、この宇宙に : : : 」 彼等は皆、丸腰だった。野兎の毛皮を貼り合わせて作ったらしい 粗末なロー・フを身にまとっている。 ハン、とひときわ高く、火星人の尾が鳴らされた。 彼等が踏み出すたびに、その身体から細かい砂が流れ落ちた。そ「我々はいかなる交流も望まない。火星は火星人だけの土地た。こ れは、赤茶けた火星の荒野の砂塵だった。 の土地にいるかぎり、火星人以外の生物は、すべて家畜だ。我々は 火星人以外の生物と、友誼を結ばない」 中央のひとりが、その太い尾で、・ハンと床を打った。 「我々は、地球人の家畜たった。地球人の食料だった」ぶつきらぼ 火星人はくるりと一同に背を向け、誇らし気に太い尾をひと振り うに、火星人はそう切り出した。 すると、ぎごちない二本の足で、未来へと向けて歩み出した。 「何故なら、地球は地球人の支配する惑星であり、その植民地もま た地球人のものだったからだ」 太い尾が、また振り下ろされた。 マルク・ゴゼイはびくり、と背を震わせた。しかし、他の要人た ちは魅入られたように、身じろぎひとっせす、その言葉に聞き入っ ている。 「だが、いまや、火星は、火星人の惑星となった。火星の運命は、 4

3. SFマガジン 1979年7月号

あなたたちの星だ。あなたたち火星人の土地だ。あなたたちは、自棄てるほどいるじゃないか、諸君 ! 」ゴゼイが叫んた。 分たちの星の運命を自分たちで切り拓く権利と義務があるはずだ」 だが、腕をつかまれたままの市長は、たた怖いものを見る目でマ ルク・ゴゼイを見返すばかりだ。 「さあ、市長 ! 何があるんです、この火星で一体何が起っている「我々には分っていたんだ、ノリス。我々こそが、火星人となるべ んですか ? それを話しなさい、すべてをわたしに隠さずに教えるく運命づけられた種族たということが : : : 」 んです ! 」 ガラは、まるで幼児に言いきかせる大人のように、ゆっくりひと 思わす知らす、マルク・ゴゼイは市長を乱暴にゆさぶっていた。 言、ひと言を発音した。 副官が慌ててとめに入らなければ、いつまでもその拷問に似た演説「あの都市に住む地球人は、いつまでた 0 ても、何世代が交代しょ を続けていたに違いなかった。 うと、地球人にしか過ぎないことを、我々は見抜いていたんだ : その時である。 会食場に息を切らした制服姿の男が転がるように駆け込んでき やや、おさまりかけたとは言え、嵐の轟音はまだあたりを満たし ていた。 「市長ーっー ゴルジアにいる総督から、ケー・フル通信です ! 最しかし、夜明けが近づいているのたろうか、テントの外には、か 優先電信です ! 」 すかながら薄明がたゆたって見える。 市長の身体が、前にもまして硬直したように見えた。 「地球人には地球がある。だが、我々には我々のための土地がな その電文に手をのばす勇気すら失せてしまっているらしい 。人間は地球に帰ることができるけれど、我々にはその理由がな マルク・ゴゼイはたまりかねて、手をのばし、制服の男からひっ たくるように公用紙を取り上げた。 細い旧式の銃口を喉元に突きつけられたまま、 / ヴ・ノリスは身 小さく声に出して、それを読む。 動きひとつできすにいる。 「 : : : 本日、地球時間の十二月四日、午前三時、オーストラリア、 「そして、今日、我々は全ての意味において火星人となった。我々 シド = ー動物園において、地球最後の一匹と思われている牡のカンは、いっか、この象徴的な日がや 0 てくることを、予見していた。 ガルーが死亡。地球からカンガルーという種は消滅した : : : 」 そして、その日を待っていた : : : 」 「たが・ 読み終えて、マルク・ゴゼイは顔を上げ、会場を見回した。 ・ししカカラ・ : この火星のこの環境をつくりだしたの 水を打ったような静寂が、そこにあった。 は人間たそ。そして、おまえたちをこの惑星へ連れてきたのも、皆 「いったい、これが何だというんだ。カンガルーなら、この火星に人間のやったことた。それを忘れるつもりか ! 」こわばった両腕で 8 3

4. SFマガジン 1979年7月号

「地球人は知らないだろうが、我々はこの日の来ることを、ずっと ガラは、自分に言いきかせるように、幾度もうなずいた。ノヴ・ 以前からはっきりと見つめていた。我々は幾度も代表を送り、総督ノリスは、ガラの銃を奪い、逆襲に転する機会を何度か見つけなが や各主要都市の市長に我々の確信を告げた。だが、彼等は一切の話ら、ついに、その身体を動かそうとはしなかった。何故なら、彼は し合いを拒絶した。彼等とて馬鹿ではない。 この火星で、人間と我地球人であり、ここは、彼にとって、どうしようもなく遠い異邦だ 我のどちらが真に支記的な種族なのかを彼等は見抜いたのた。そし 0 たからた。そして、今、ここに生起している問題は、その異邦の て怖れ、脅え、その事実を認めまいとした。そこで我々は、ある小見知らぬ種族たちの問題なのだ、とノヴ・ノリスは悟ったのだ 0 都市に対して警告を与えた。すると、彼等はすぐさま、母星、地球た。彼には、そこに介入するどんな資格もなかったのだ。 に泣きついた。そして、君たちがやってきた」 日がすでに顔を出したのであろう。 ノヴ・ノリスは我が耳を疑った。 テントの外で荒れ狂う砂が、血のように赤い複雑な模様を、ガラ 「何だってリじゃあ、おまえは、俺が何者かを知っていたと言うと / リスの顔に躍らせていた。 のかっ・ 「その通りだ。わたしがここで足止めを食わしている間に、我々の 8 部隊はコプラテス・ヨークに向った」 「なんてことた : : : 」ノリスは頭をかきむしった。 庁舎を囲んでいっせいに湧き起った激しい銃声は、しかし、それ 「我々は、我々の星を我が物としている。無用な混乱を招くことな ほど長くは続かなかった。 しに、すべてを実行したかっただけだ」 マルク・ゴゼイの部下たちは、砂嵐の中で戦闘どころではなく、 「実行 ? それは何たー この火星で、人間を皆殺しにするつもり訳も分らぬまま、次々に武装解除されてしまったからた。 なのか ! 」ノヴ・ノリスは耐まらす震えたす全身にかまわす、ガラ憤懣やる方なく、顔面を朱に染めているマルク・ゴゼイ少将を除 に食い下が「た。「一体、その部隊とやらは、何を実行するつもりけば、そこに集まっている市や政庁の要人たちは、不思議なほど冷 なんだ ! 」 静さをとりもどしつつあった。 「我々は殺戮を好まない。だから、できれば地球の軍隊に乗り込ん誰もが、全てが終ったことを暗黙の内に了解し合っていたから で欲しくなかった。しかし、その兵士もほとんどがコ。フラテス・ヨ ークにいる。しかも地球人は、この砂嵐のなかを出歩けない。大丈長い沈黙が続いた。 夫だ。我々は、火星人だ。火星は、真の火星人によって支配される やがて、ホールの扉が正確に二度、 / ックされた。 べきなのだ。我々はただ、この事実を伝えて行くだけだ。たたそれ そっと腰のホルスターに手をのばそうとしたマルク・ゴゼイは、 だけだ」 強いカでそれを押しとどめられた。。 一呈官のパットだった。彼はこわ 9

5. SFマガジン 1979年7月号

まうんだぞ。そのことを考えたことはあるのか、ガルーたちは ? 」 身体を支えたなり、ノリスは精一杯の反撃を試みた。 ガラはゆっくりとうなずいた。 「ほんとうに、そうかね ? 我々がそれを望み、我々が人間にそれ 「もし、今、この瞬間にシステムが破壊されたとしても、火星は死 を命じたとは考えられないかね」面白がる者の表情が、ガラの顔に はあった。 なない」 「それだけじゃない。有袋類の下等な生き物だったおまえたちの遺「どうして、そんなことが分る ? 」 伝子を操作して、ちょっとはましなアタマに仕上げてやったのは、 「我々はそのくらいのことは直感で分る。火星の本当の自然を知ろ 一体、誰だ ? 人間しゃないか ! 」 ・ : すでに、火星の植物がっ うとしない地球人には分らないだろう : ノヴ・ノリスは、すでに死を覚悟していた。その瞬間から、彼のくりだす酸素は、均衡点に達している。だからシステムがあろうが ロは、思いきった言葉を次々に吐きだすことができるようになってなかろうが、もはや火星の環境は過去へと逆もどりすることはな 。火星は、我々の火星は、すでに完成されているのだ。我々火星 「ノリス : : : それもこれも、我々の運命の神が、人間にそう命じた人は、それを知っている。この日を、我々は待っていたのだ。そし て今日、我々は、我々の星の本当の主人が誰なのかを、人間たちに 結果ではないのかね ? 」 ガラは、ノリスの挑発に少しものってくる様子がなかった。それ教えるのだ」 / ヴ・ノリスは、がくりと全身の力を抜いた。彼には、この事件 どころか、内からあふれ出る自信に、その表情はますます豊かさを の全体像がはっきりとは理解できなかったけれども、兵士の直感 増してくるようにさえ、ノリスには見えた。 「ノリス・ : : ・聞きなさい。この火星には何十万人もの人間が住んでが、勝敗の行方を敏感に悟っていたのだ。 いる。だが、彼等の思いは、ただひたすら、地球と同じ生活が送り「で、俺を一体どうするつもりだ」っぷやくように、ノリスは問い かけた。 たい、この火星を一年でも早く地球と同じにしたい、ただ、それだ けだ。だが、我々は違う。我々は一日一日、一刻一刻、この火星そ「何も、地球人は地球へ帰ればよかろう」素気なく、ガラは答え : ・分るか、 のものに馴染んでゆく。火星人そのものに育ってゆく : ノリス。勝負はついている」 「他の、この火星に住みついている人間たちはどうなるんだ」 / リ スはうめいた。火星に散らばる大小さまざまな植民都市で今一体何 ノヴ・ノリスは、次第にガラの目を見返す力を失ってゆく自分に が起こっているのか、ノリスには想像できるような気がした。 気づいていた。 そしてこの時はじめて、ノリスは自分に与えられた偵察任務の目 「だが、今はいいさ。もし人間がこの火星から撤退するようなこと になって、あの惑星改造システムが停止したとしたら、質量の小さ的が理解できた。遅すぎた。ノリスの理解が遅かったのではなく、 なこの星は、何十年と経たない内に、もとの死の世界にもどってしその命令が遅すぎたのだ。 9- 3

6. SFマガジン 1979年7月号

「いったい、皆さんは、どうなすったんです ? 植民者としての誇ありながら、もはや地球人とは違う存在に到達した宇宙民族、火星 ーいや、新時代の人類、火星人としての気慨はどこへ行ってし人なのですそ。そのことを、もう一度よく考えていただきたい」 まったんですか ! 」 そう言って、マルク・ゴゼイは立ち上った。 マルク・ゴゼイは″火星人″という言葉に力をこめた。そうなの 「少将、聞いてくたさい、我々は火星人にはなれない : : : 」 だ、彼等は火星人なのだ。最早や、地球の大重力下では生きられな「また、一時間後に話し合いましよう、諸君」 い、別種の人類なのだ、とマルク・ゴゼイは自分の胸で繰り返し発言しようとするひとりにかまわず、マルク・ゴゼイはファイル をとり上げて入口に向かい歩きだした。 この市長達は、おそらく火星で生まれた最初の世代だろう。そし「わたし自身、整理してみたい問題もありましてね。実は独自に情 て、若い次官クラスはすでに第三世代かも知れない。 報収集の手段も講じている。その報告がそろそろ届く頃なんです 地球人に比べて、すでに身体的特徴も顕著になりはじめている。 ぬけるように青白い肌、そしてどことなくひ弱な印象の残る長副官をしたがえて、マルク・ゴゼイは、火星の軽い重力に思わず 身 : ・ 躍るような足どりになるのを気にしながら、ホールの扉に近づいた。 「少将、独自の情報収集と申されますと ? 空中偵察は二日前に打 「確かに、確かに、少将が言われることも当然だと思います。我々 ち切られたのでは ? 」市長が腰を浮かして、マルク・ゴゼイの背中 が、ガルー達を野放しにしたのは、確かによくなかった。しかし、 にいかけた。 それだけでは収まらない問題だと申し上げたい。彼等ガルーは、も はや昔のガルーではなくなりつつあるのです」 立ち去ろうとするゴゼイはその質問に立ちどまり、「それは、後 程のお楽しみというところですな」と振り返りもせずに答えると、 総督代理を名のる美しい銀髪の男が、かん高い声で発言した。 「シカゴの事件は、ほんの前兆です。わたしたち、火星で生活して廊下の奥へ消えた。 ホールは一瞬静まり返り、すぐに、し 、っそう不安気なざわめきに いる者にはそれが分るんです」男は小さなこぶしを震わせながら、 満たされていった。 ほとんど叫ぶように言い放った。 「ともかく、ちょっとしばらく休憩をいただきたい」マルク・ゴゼ イは手元のファイルを大きな音をたてて閉じた。 「地球からの長い旅の疲れが、どうも抜けきらんのですよ、諸君。 それと、この薄い大気 : しいですか、皆さんにぜひ心していただ きたいことがある。ここは、地球ではない。火星です。そしてあな たたちはこの惑星を支配する種族、唯一最高の霊長類、同じ人類で 3 まるで赤いフィルターをかけたように、空が見る見る変色してゆ ノヴ・ノリスは、太陽車の防塵カヴァ 1 を点検し直し、そこから 4 2

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あとに新たな世界を築きあげた、と受けとめたほうが理解しやすいの特性を持つ者は、″甲虫の戦士″の伝説を与えることによって、 かもしれない」 同族意識を持たせ、つねに遺伝子強化をはかった。人の場合には、 おどろくべきことに、ジローは生体コンビ、ーター素子という概冷凍精液と冷凍卵子の知識を与え、これも惑星開発要員の特性がう 念をお・ほろげながら理解していた。そして、マンド 1 ルの地をつねすれることのないようにつとめた : : : 」 にとびかっていた、おびただしい数のホタルのことを想いたしてい ジロ 1 は自分が以前にも増して、強い無力感にとらわれるのをお た。もしかしたら、あれがそうたったのかもしれない。 ・ほえた。自分たちが、あらかじめさだめられた連命の下に動いてい 「″甲虫の戦士″と狂人のことを話してくれないかしら」 るだけだ、ということが、いま、疑問の余地のない事実として、眼 それまでかたくなに沈黙をたもっていたザルアーが、はじめてロのまえにつきつけられたのである。 をきいた。ザルアーは″甲虫の戦士″でも、狂人でもなく、当然の 「″月〃はどうしたんだ ? 」 ことながら、先祖から受けついだ記憶共同体の恩恵にはあずかって ビンが奇妙にけだるい声でいった。「かって地球には″月″とい いないのだが、女呪術師の能力をもってして、彼女は彼女なりにスう名の衛星があったことを、いま、俺は想いだしている。″月〃は フィンクスの話を理解しているようだった。 どうなっちまったんだ ? どこへ行っちまったんだ ? 」 「もし、人類を地球に幽閉することが目的だとしたら、どうして 「″月″はわれわれが破壊した : : : 」 ″甲虫の戦士″や狂人などという人間が存在するのを許したのかし スフィンクスがしずかにいった。 ら。おかしいじゃない ? 彼らは宇宙パイロットであり、惑星開発「その必要があって、われわれが破壊してしまったんだよ」 要因だったわけでしよう」 ( 以下次号 ) 「誤解しないでもらいたい」 註Ⅱロッキ ード・ミサイル宇宙会社の科学者たちが、月基地と スフィンクスがいった。 して、これと同じような建物を考察している。円筒形のユニッ 「われわれの目的は、あくまでも地球人を矯正することにあったん トを・ハラ・ハラに月に輸送し、それをつぎに接合することによっ だ。宇宙進出の芽を完全につみとってしまい、ひとつの種を袋小路 て、基地を拡張していくというのが、その基本設計をなしてい に追いつめることが目的だったわけではない : : : その存在を許すど るーーまた、岩石から水をとりだし、その水蒸気によって作動 する″水車″も、月の輸送手段として開発されたものである。 ころか、われわれは″甲虫の戦士″や狂人が存続するように、むし このふたつの事実から、どうやら″空なる螺旋は月と密接な ろ努力してきたんだ。なにしろ、宇宙へあえて進出しようとする人 関係にあるらしいことが想像される。 間は、地球人のあいだでもごくかぎられた存在だったからな。神話 現実世界がつづいたあまりに、彼らの特性が希薄化することのない ようにさまざまの措をこうじる必要があった : : : 宇宙パイロット

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ガラは自分が背負っていた、・ほろのように見える雑嚢を示し、目 なにかをふり返るようなまなざしで、ガラは語りはじめた。 を上げた。 「たが、植民地が次第に安定し、それと、これも重要なことだが、 「ああ、 いいとも。こ 0 ちの水タンクはまた十分だ。好きなだけ飲我々も食料としなくとも、も 0 と味のいい兎たちが大量に繁殖しは んでくれ。もっとも風呂をつかわれるのは困るが、ははは」意味もじめてからというもの、人間は、我々がだんだん目ざわりに思えて なくノヴ・ノリスは笑った。 きたらしい」 「風呂というのを、わたしは、知っている」ガラが・ほっんとそう言 「目ざわりに ? 」 った。「わたしも以前、人間の下で、働いていた」 ビールを口にふくみながら、ノリスはガラの意外な饒舌に驚きは 「ん ? 」ノヴ・ / リスはパックを開く手をとめて、ガラの顔を見返じめていた。 ( こいつは、ただのカンガルーじゃないー じゃあ一 体、こいつは、何た ! ) 「で、そこから逃けてきたというわけかい、ガラ。いや、いや、そ「そういうことた。人間たちは、地球を遠く離れ、しかも新しい世 んなこと俺には何の関係もないことた。火星には火星の流儀があ代に変 0 ても、やはり地球人だ 0 た。同じように手が使え、片言を るさ。地球人の俺には関係ない」慌ててノヴ・ノリスは首をふ 0 喋る、しかも体格的に優るような相手と、同じ場所で暮らすこと に、耐えられなくなってきたのだ」 ガラの雑嚢からはみ出ている銃身らしきものが、またノリスの目「そういうものかい : : 」ノヴ・ノリスはっとめて無関心を装いな にとまったからだ。 がら、ガラの話に耳を傾けていた。 「そうじゃない、わたしは、逃げてきたんじゃないよ、ノリス」案「そうだ、。 カラ。こいつを知ってるかい ? 」ノリスは、。、ツクの中 に相違して、ガラは柔らかに答えた。 から、罐に人ったビールをもう一本とりだして、ガラに差し出し 「わたしは、追い出された。もう、何年も前のことた。この荒野にた。 は、すでに大勢の仲間が、暮らしている、が、逃げてきた仲間な 「ビールだ。飲むと気分が良くなる、まあ、旨い飲み物だ」 / ヴ・ ど、余りいないね。みんな、追い出されて、やってきたのさ」 ノリスは、しきりにうなずきながら、自分の片手に握っている罐か 「どういうことなんだ、その追い出されるというのは ? 」 ら、ぐいとひとロ、呑み干してみせた。 食料。 ( ' クのなかから冷えたビールをとり出して開けながら、ノ「知 0 ているとも、ノリス。わたしも好きだ。ただ、我々がビール ヴ・ノリスが聞く。 を手に入れるチャンスは、非常に少ない」 「我々の、ずっと祖先は、確かに人間にとって有用たったんだろ ガラは気軽な様子で、ビールを受けとった。 。人間のやりたくない仕事やカ仕事を、我々がす・〈て肩がわりし「そうだ、こんな肴はどうだろう」今度はガラがそう言「て、雑嚢 ていた時代が、あったのだ」 をかきまわしはじめた。 8 2

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素を少しずつ増やしてゆき、植物も持ちこんだ。この火星は脱出速 度が地球の三分の一しかない。だから、大気はどんどん宇宙に逃げ 5 てゆく。それを、改造システムが全開でおぎなっているわけだ。分 「我々の成長は地球人より早い。世代もそれだけ早く交代してゆるか、ガラ。それをや 0 たのは、みんな人間だ。そして、そこに街 を作った。火星で生まれ、育った世代がもう人口の大半だ。彼等は く」 カラは急速に気持ちをなごませているようだっ立派な火星人じゃないかね ? 」 少量のビールで、・ 訳の分らない焦りに追いかけられて、ノヴ・ノリスは一気に喋っ 「そうなんだよ、ノリス。我々はそうやって、新しい世代が生まれた。そして、大きく息をついた。 るたびに、どんどんこの火星に適応してゆくんだ。それが、どんな「我々は地球でカンガルーと呼ばれていた生物の子孫だ」まるで、 気持ちか分るかい ? 歓喜だよー ノリス、とてつもない、歓喜な夢見るような視線を宙にさまよわせながら、再びガラが話しはじめ 、独特のイン んた ! 」ガラの声が、これまで以上に聞きとりにくい トネ 1 ションを帯びはじめていた。 「我々の故郷は、もともと旱魃の多い、干からびた土地だったと言 いや、それだけではない。確かに、ガラの喋る言葉は地球人の言う。だが、我々の先祖はそれを苦にすることなく生き続けていた。 語なのたが、個々の単語のニュアンスが微妙にかけ離れているよう なぜだ、それは我々がそうした土地で生きることに長けていたから だ。そうした土地の主人となるべく運命づけられていたからだ」 な印象をノヴ・ / リスは受けた。彼等はすでに自分たちたけの言語 を持ちはしめている、とノリスは感じたのた。 カラ。確かに、おまえたちガルーは、この火 「何が言いたいんた、・ 「たが、。 カラ。適応と言えば、この火星に植民した人間たって同じ星の苛酷な荒野で、信じられないほど巧みに生きている。言葉も上 たろう。この火星で生まれた火星人と俺たちを比べれば、もう明ら手だ。肉食の習慣も身につけた。狩りもするだろう。だが、望んで かに姿かたちが違ってきているぜ。そうだろう、ガラ」 そうしたわけではないだろう ? 人間が、あるいは酷いことを、お まえたちに強いた結果にすぎないじゃないか」 一瞬、ガラの目が冷えた。 ガラはまだ視線をさまよわせたまま、何かに耳をすましてでもい 「火星人だ ? あの人間どもが、火星人だと言うのか ! 」ガラはむ るように、時々首をめぐらしている。 しろ驚いたように聞き返してきた。 「ん ? 」ノリスはとまどって、手のなかのビールの罐をゆっくり握「ガラ、悪いが、俺は少し眠るよ。もう旅も三日目た。身体が痛く この火てたまらん」 カラ。あの人間どももクソもない りつぶした。「何だい、。 星には、もともと何の生き物も住んじゃいなか 0 たんた。そこへ人ノヴ・ノリスは、突然の深い疲労を覚えて、ごろりと腕枕で横に 3 間が乗り込んできて、惑星改造の。フロジ = クトをはじめた。水と酸なった。

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また歌うような調子にもどって、ガラが言った。 激しく吹きすさぶ砂嵐に、ランプは幾度もチラチラと明減を繰り 「何を馬鹿なことを言ってる : : : ガラ、酔っ払ったんじゃないだろ 3 返す。テントの外は、すでに、まったくの闇にとざされていた。 うな」 「 / リス : だが、ノヴ・ノリスの言葉を全く意に介さず、ガラは歌うように 目を閉じた / リスに、ガラが歌うような調子で呼びかけてきた。 続けるのだった。 「そう、ついさっきのことだ。地球で、最後のカンガルーが死ん 「ん ? 何だい」目を開くのが / リスには億劫だった。そのままの ・ : そして、その子孫は皆、 だ。もう、地球にカンガルーはいよ、 姿勢で、彼は声だけをガラに返した。 「地球で最後のカンガルーが死んだ日を知っているか : : : 」ガラの残らず、この星、火星にいる : : : カンガルーの子孫は、ひとり残ら 声は、あくまで歌うようだ。 ず、火星にいる : : : 」 「知らんよ。それにカンガルーなら、オーストラリアにも、世界中「分った、分った。ガラ、水なら、そっちのタンクだ」ノヴ・ノリ スは、寝返りを打って、次第に早い口調で喋り続けるガラの声を遠 の動物園にも、いくらでもいるだろう : : : 」 だが、それは嘘だった。ノヴ・ノリスは、以前何かのニュース去けた。 で、地球上に残る本物のカンガルーが、ほんの数つがいにまで減少「 : : : もう、我々は、カンガルーの子供ではない : : : 我々は我々だ していることを聞いたお・ほえがあったのだ。 : ・我々は運命の土地をここに見つけた : : : 運命の土地は我々の土 いまや最後のカンガルーは死んだ : : : 地球はもはや、我々 地だ : ・ 「ちがうね、ノリス。地球には、もうカンガルーは一匹も残ってい ・ : 地球は地球人のための土地だ : : : そして火星 ない。我々は皆それを知っている。さあ、ノリス、地球から最後のの土地じゃない : は、火星人のための土地だ : : : 今や火星は、我々火星人のための土 カンガルーが姿を消したのはいつのことか、言ってくれ」 妙にしつこいガラの追求に、ノヴ・ノリスは少し腹を立てた。 際限なく、まるで呪文のようにガラのひとり言は続いていた。眠 「知らんと言ってるだろう ? 本物のカンガルーの数が減少してい るとは聞いたことがあるが、全減した話など、俺は知らん。少し黙りに入ろうとする / ヴ・ノリスの頭に、その断片が、いくつか鋭く 突きささって聞こえた。 って俺を眠らせてくれ、なあ、ガラ」 「 / リス、知らないのも無理はないな」ガラが忍び笑いに似たおか ( : : : 地球はもはや、我々の土地じゃない : : : 今や火星は、我々火 星人のための土地だ : : : ) しな声をたてた。 心のなかで警戒信号が鳴り響いた。 「知らんよ、俺は : : : 」あくびまじりでノヴ・ノリスがつぶやく 「教えようか、ノリス。それは、ついさっきのことだ。地球で、最ノヴ・ノリスは無我夢中で、のしかかろうとする影を突きとばし 後のカンガル 1 が死んだ」