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検索対象: SFマガジン 1979年8月号
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1. SFマガジン 1979年8月号

いや、・ほくには光子帆船が、ずっと昔地球のほんとの海を往き来それなら、あの娘はあの罐詰肉の一人と結婚したも同然だわい していた快速帆船によく似ているかどうかわからない。あるいはそ ! 」そして、こう言いながら、ウルワイドじいさんはその説教によ り、自分の肌の白さを思い出してしかめ面をしたことだろう。・ほく れが、うねり続ける潮の上に颯爽と立っ力強い大型帆船の船体や、 四角い帆を縫って塩を含んだ大気の中へ高くのびていくマストなどは彼を抱きかかえる。彼はぼくの顔を両手ではさみ、まるで黒さを を、持っているのかどうかも知らない。たぶん、船長のヌルンデア少しでも彼のメラニンの抜けた細胞に吸い込めはしないかというよ なら、こうした事について何か教えてくれるだろう。彼は歴史や法うにぼくの頬をこする。そして、ため息をついて、こうつぶやくの だ。「もうすぐ、わしは・フンプラーマといっしょになる。そして、 律、慣習などに通じているから。それとも、もっといい方法は しおまえはミラレジとともに帆船を操り、あの娘はおまえにアランダ いや、これは駄目だ。少しわれを忘れてしまった。ウルワイドじ、 さんは、もう何も答えてくれないんだ。 の血すじを伝え、おまえの後を継いで帆船を操るようになる美しい ウルワイドは行ってしまった。・ほくたちの現代風の考えからすれ息子や娘を生んでくれることじやろう」 ば、彼はたんに死んだと記されるだけだろう。ずっと昔の宗教ならそう、ウルワイドは・ほくを羨んでいた。ぼくたちは太陽の風に乗 ・ほくたちアランダ族とクナビ族は。・ほくたち数 天国のことを、あるいは再生のことをもぐもぐと告げることだろる船乗りだった う。だが、船長のヌルンデアなら : : : 彼なら、ウルワイドの運命に千人はひとつの世界を持っていて、そこコラコシには年老いて″漂 ついてまた別に何か言うべきことを持っているかもしれなしを 、。・まく白″された人々が住みつき、宇宙に向うにはまだ小さい子供たちの たちの民族の慣わしでは、ウルワイドは夢幻時界へ還ったと言うに世話をしていた。一方、他の連中、宇宙のはげしい放射線を防いで きまっているからだ。 くれるメラニンを豊富に肌に持つぼくらは、全人類から選ばれた存 ・ほくは古くからの言い伝えを尊重はしている。どんな天国や、業在となるのだ。 の車輪の作用よりも、夢幻時界のほうが信じられるといっておこ ・ほくたちほんの数千人だけが、甲板やマストで星々にほとんど無 「ジリッ」ウル う。でも、現実に信仰するつもりはほとんどない。 防備になりながら動き回り、光子帆船を操ることができた。だれも ワイドじいさんはよく言ったものだ。「おまえは、自分の祖先や民がこの能力を羨んでいた。星から星へと鉄の箱に閉じこめられて運 族の伝統というものへの敬意がまったく欠けとるな。ほんとに、おばれ、不体裁できしみそうな宇宙服を身に着けたときしか外へは出 まえとおまえのクナ。ヒ族の分身デュアはどうなることやら考えもつられない人々 : : : ・ほくたちならセーターにズボンというスタイルで かんわ、 、つこ、プン・フラーマとわしが何のためにこの綺麗なミ 出られる。片脚に止められた片手ほどの大きさの空気嚢発生器のお ラレジを育てあげたと思うんじゃーーーアランダ族のことに何の注意かげで、宇宙の深淵でもこのように生きながらえる知りうる限り唯 一の生きもの、それが・ほくたちだった。 も払わず、マレインを単なる装飾としか考えず、チュルンガもろく 母なる惑星地球の時代、・ほくたちの祖先は地理的な偶然で隔てら に読めない、怠けものの現代人に嫁がせるためか ? ームイム カルマ 3

2. SFマガジン 1979年8月号

がか ? 」男の声には非常な驚きがこめられていた。「ーの船の乗組「オーストラリアーーー」 員はみんな黒ん坊か ? 」 やがてヌルンデアが、簡潔かっていねいにスカイ・ヒーローや惑 話し声のとぎれる間があった。足をひきずる音と、宇宙服を運ぶ星ュラコシ、および・ほくたちの地球の祖先の背景を乗客たちに説明 音が続く。男がつづけた。「おい、あんた ! 」 する声が聞えてきた。 男の動作は見えなかったけれども、彼は船長の分身に語りかけた ほどなく船員たちは船客槽から引き揚げはじめた。ウルワイドは にちがいなかった。というのは、ウルワイドの声が無線にのって届罐詰肉のリーダーであるハム・タムジという男と打ち合わせていた いたからである。「わしは船長の分身だよ」老人は答えた。「あん とんな旅に が、そのあと彼を給食長にひきあわせていた。これは、。 ・ほくたちはできる限り罐詰肉 たがたにいろいろ義務を果たさにゃならんが、まずその要求を聞かもある、注文という種類のものだ せてもらわなくちゃな」 の好みにまかすようにしている。しかし、連中が料理などでさらに 「わかった、わかった、じいさん」異人は言った。「あんた、黒ん特別なサービスを望み、代価を喜んで支払うというなら、それに応 坊にや見えんな。いったい、ここしやどうなってるんだ ? 」 じることもできた。 「黒ん坊って ? 」ウルワイドは言った。「何のことだね ? 」 まもなく、ヌルンデア船長、ウルワイドじいさん、・ハイアミ、ク またもや足を動かす音と、乗客のなかからいくつかの囁き声が起チャラなどはエアロックに入った。無線を通して、船客槽の扉のし った。それから、彼らのリーダーが再びしゃべりはじめた。「あんまる音が聞えてきた。ついで、エアロックが開き、ジャンガウル号 たは要するに」ーー・彼のアクセントは消え入り、再びこう始まったの甲板に四人の船員が次々と現われるのが、ミラレジやビルジウラ ようだった。 「この船は全部 : : : つまり、あの黒ん坊が本当にといっしょにいるこの帆桁の高い位置から見えた。まずヌルンデア この船のキャ。フテンてことか ? 」 船長がウール帽を頭にひっかけて出てきた。彼はしばらく上の方を この乗客の言葉に深く傷ついたように、ウルワイドは喉の奥で音向いたので、一部がもう完全に漂白されているその顔がのそけた。 をたてた。「あんたが思ってるほどわしも漂白されちまったとは残その次は、ウルワイドじいさんだが、その肌はほとんどまっ白だっ た。そこまで彼の漂白は進んでいたのだ。それから、二人の若い船 念だ。わしの分身のヌルンデアの方がずっと黒いだけ幸わせなんだ 員、。ハイアミとクチャラが続いた。 がね」 もういい」 「チッ、何て罰当たりな」異人の声。「まあ 彼らは各々の部署に散った。・ほくはジャンガウル号が出港準備の ため、ウバトイ港の管制センターと無線交信網を開くのを聞いた。 それから、罐詰肉が何人か同時にしゃべりだしたので、混乱した 話し声となった。男や女の声がたがいの言葉の上を転がっている。その時点でどの船員も交信網からの無線連絡を耳にしたにちがいな 。というのは、船長や他のオフィサーから何の命令も発せられな 9 「いや、本当の黒ん坊 文章の切れつばしゃ単語だけしか聞えない。 いのに、スカイ・ヒーローたちの姿がマストの上下で動き回り、船 じゃない」ひとりが言っているかと思うと、べつの言葉がとびこむ。

3. SFマガジン 1979年8月号

( ム・タムジはジャケットの内側に手をのばし、小さな旧式の火武器が火を噴き、その咆哮は船客槽の湾曲した屋根にこだまして 薬型拳銃をひきだした。それをヌルンデアに向けている。 い「た。ウルワイドじいさんは長い食卓をおおう白いリネンの上に 8 2 「よし、わかった」タムジは唾をとばしてしやべった。 「くそったつつ伏した。ウルワイドがタムジの銃にとびついた瞬間、・ほくもま れなおまえら黒ん坊があくまでそのケチな秘密を教えないんなら、 た彼の方へととび出していた。 わしら白人様が目にものみせてやるぞ ! 」彼はまっすぐヌルンデア ハム・タムジは立ちつくし、自らの無分別な行動の結果に明らか に狙いをつけた。 にショックを受けていた。すぐに・ほくは彼の拳銃をつかみ、その手 慄然とする瞬間だった。ぼくの心は今そこで起っている現実をと からねじりとった。それを使う意志のないことを示すため銃ロは乗 ても受け入れられないほどだった。この罐詰肉は いったい何客にではなく、床の方を向けておいた。 だ ? ジャンガウル号のコントロール権を奪おうとするとは ! で ヌルンデア船長はタムジも・ほくも無視した。 , を 彼よ分身のウルワイ も、な・せ ? ぼくたちは彼らを目的地へ運んでいるだけだ。ある意ドにかがみこみ、彼をひっくり返してその顔が食卓の上であお向け 味で彼らの雇われ人にすぎぬといってもよい。いったい何がほしい になるようこしこ。・こ ; 、 冫ナナカウルワイドが死んでしまったか、いまに んだ ? も死にかけているのは、一目瞭然だった。彼は大きな旧式の弾丸を 彼らは存在もしないものを本気で欲している。秘密ーーー秘密とはまとに胸に受けたのである。血が傷口から流れだし、その顔から 宇宙服なしに宇宙の深淵で生き残れる方法だ。真空だけならは生気がどんどん失われていった。いつもの灰色がかった白さが、 だれだって生き残れるーー・空気嚢発生器の発明以来それは可能とな いまは死人の白さになっている。数秒とたたないうちに荒い息づか だが、強烈な放射線はユラコシ人の所有物がなければ、ど いは止んだ。 んな人間にも致命的なのだ。秘密などないーー・簡単な事実、現実の食卓の両端では小型の戦争のようなことが起 0 ていた。乗客たち 一部なのだーー だが、この人々はその秘密を分けあえと要求してい は晩餐会に武装して来ていたのだ。乗組員は例外なく武装などして る。銃をつきつけて。 いないーーー光子帆船は商業船で軍用船ではないし、ユラコシはこれ 「いますぐしゃべるか、それとも黒ん坊の死骸になりたいか ? 」 まで歴史上いかなる同盟協定も戦争もしたことがないのだ。 ム・タムジはロごもりながらヌルンデアに言った。船長はいま一度ほんの数分で騒々しい射撃の音は止んだ。スカイ・ヒーローたち 語るようなものはないということを、動作に力点をおきながら説明は船客槽の床に死んで横たわっている。旧式の拳銃で武装した罐詰 しはじめた。 ( ム・タムジは銃をさらに高く構える。・ほくは傍らの肉は生き残りの船員たちを追いたてていた。その中にはヌルンデア ウルワイドの白い顔に、激情がつぎつぎと浮んでは消えるのを見船長も含まれてした。に 、 - まくは一瞬、タムジの銃を使って戦闘を続け た。 ( ム・タムジが引き金をしぼると同時に、ウルワイドじいさんようかとも考えたが、結局射たなかったーーもちろん乗客に対する は両腕を銃にのばしたまま、このニュジャジャ人にとびかかった。 スカイ・ヒーローの神聖な使命のこともあるが、こんなに多くの武

4. SFマガジン 1979年8月号

は分身は同い年が望ましいとする・ほくたちの考えからは未知のことがアランダ族であることはどうしようもなかった。まあ、物事は結 だった。ミラレジの両親、ウルワイドとプンプラーマが彼女を宇宙局そういうものなのだ。 へと連れだしたとき、ビルジウラはユラコシのカイチョウガで後に ーーーミラレジ、ビルジウラ、それに・ほくの三人は、再び ・ほくたち 残された。五年間分身は離ればなれとなった。このことでも、・ほく帆桁に腰をおろした。いまでは三人とも無線のスイッチをひねった たちは驚いた。 ので、下の船客槽で何が起っているのかを、見ることはできずとも しかし、いまビルジウラはジャンガウル号の船上にいる。分身は聞くことは可能になった。 再び結び合わされたのだ。・ほくはこの小さなビルジウラの存在をと まず、罐詰肉を中に入れようとエアロック装置を動かすウルワイ きとしてわずらわしく思うこともあったが、それ以上に楽しく思う トの声が聞こえる。ヌルンデア船長ももちろんいっしょだ。みん 場合のほうが多かった。 な、これがウルワイドの最後の航海になることを知っていた ・ほくはミラレジと一緒にすわっていた場所からたち上り、片足をが、彼は・ハラストのように扱われる気は毛頭なかった。この航海で はずして踝を帆桁に固定した。そして無線のスイッチを入れ、彼女あらゆることを行なうつもりなのだ。船長のメルンデアのほうは、 もちろん義務として罐詰肉を船に出迎え、彼らをもてなさねばなら に強く短い信号を送ってやった。 それから体重を前にかけ、下方のジャンガウル号の船客槽へと倒ないことになっていた。 スルンデアとウルワイドは、船客槽の中でなら直接声を伝えるこ れこんだ ( 下方のニュジャジャへと言ってもよい ) 。踝によって、 ・ほくは帆桁のまわりを回る。一方、ビルジウラは手がかりを押しとができるのに、無線のスイッチを入れたままにしていた。確かに て、両手を伸ばしとび上った。 それを使うと、乗客たちがヘルメットを脱ぐまえにも、彼らに声を ぼくたちの手が絡む。ビルジウラの質量がぼくの回転運動に加わ届かせることができるーーそしてまた、この二人の高級船員、クナ った。再び上昇していくさい、を ・まくは踝に力を入れると同時に彼女ビ族のヌルンデアと彼の分身でアランダ族のウルワイドは、これが の片腕を放したーー彼女はぼくの頭のまっすぐ上にいて、その足はジャンガウル号の全乗組員にも同じくそこで起ることをすべて伝え 最高点に達しているーー・そして、自由になったほうの手でマストをることができる方法だと知っていたのだ。・ほくたちのオフィサー つかんだ。 は、もちろんそれなりの長所と経験をもつ者がなるのだが、それは ビルジウラはぼくの手をしつかりと握っていたが、握りあった手単に船員の一職務というにすぎない。帆の索具係や給食長、あるい 首を支点として回転し、・ほくの横の帆桁に着地した。彼女は両腕をは他の職務と何らちがうものではないのだ。それらは他の船員の階 ・ほくの腰に回してよりかかり、くすくす笑うと大きく息をついた。級と同じであり、特別な優待とか他の船員と秘密をべつにするとい 一瞬、子供つぼいロマンチックな感情を彼女が・ほくに抱いているよった権利などないものだった。 うな気がしたが、もちろん彼女はクナビ族であり、ぼくとミラレジ帆桁の遙か上には宇宙の漆黒の闇が拡がり、下には惑星ニュジャ オフィサ

5. SFマガジン 1979年8月号

た。ウルワイドはよく船客の世話はぼくたちの請け負う神聖な義務ウルワイドは、娘が言った通り、下の船客槽で罐詰肉の到着を待 だと言っていた。このぼくたちより不運な連中を小さな泥だらけのっていた。だれもが知っているように、罐詰肉が例によって重い宇 9 世界からべつの泥だらけの世界へと安全に運ぶのは、グレート・マ宙服を着てウバトイ港の通廊やエアロックを大きな足音をたてて通 ザーからアランダ族とクナビ族に委託された仕事だという。・ほくた り抜け、このジャンガウル号の船客槽へェアロックから入ってくる ちたけが宇宙で生きる喜びを知ることができる 小さな這いずりことを彼も承知していた。そして、普通これは、形式上の審査、書 回る連中には安全を与え、戦争はまかせよう。 類の捺印など停止と遅延のゆっくりとしたプロセスを踏むものなの 「ほら ! 」ミラレジはそう叫ぶと、手を・ほくの耳にのばして音を伝に、今回だけは異っていた。 えた。「ほら、連絡艇よ ! 」 一行は多くの惑星の外交官、全権大使、そのスタッフ、使用人な ・ほくたちの足もとに三角形の乗り物が出現した。 = = ジャジャのどを含む集団だった。彼らは、つぎの停泊地ニ = アラで同類の多く 大気をそれがどのくらいの時間をかけて昇ってきたのかということと開くある種の戦争会議に出席しようとしていたのだ。 などはどうでもよ い。とにかく、もうそれは大気の殻をつき破り、 ・ほくたちにはほとんど関係のないことだ。地面にへばりついてい 献道飛行に入り、ウバトイ港にドッキングしようと接近していた。 る連中には、勝手に口論させ戦わせておけばよい 厚い胴体部、入念なカーブを描く両端、翼のデザインなどすべて ミラレジが肩をたたいて、・ほくたちの登ってきたマストの下方を は、そのスマ 1 トでない種々の使用目的を語っていた。惑星の大気指さした。ミラレジのクナピ族の分身であり、いちばん親しい友で を抜けて上昇し、戦道飛行に移り、乗客や交易品を港へと運ぶ : あるビルジウラが、と・ほしい手がかりを頼りによじの・ほってくる。 そして、離れ、大気圏へとまた降下し、惑星の球状大気の頂上付近この娘は初めての航海だ「た。・ほくたちの間では二人の分身の歳が を飛びながら、コンスタントに速度を落とし、完全に大気へと再突あまり開くのは普通でない ミラレジはもう結婚の近い成熟した 入して滑降着陸する。 女性だし、ビルジウラは彼女より五つ以上も若いやせた小さな少女 完全な飛行機でもなく宇宙船でもない。連絡艇はその双方に従事だ だが、ミラレジは子供のころ、カイチョウガの町でクナビ族 して、スマートさには欠けるが、その任務を遂行していた。 から分身を選ぶのを嫌がって、家族や友人を驚かせたことがあっ そしていま、ミラレジのすらりとした黒い指がさす方向に、ニュ ジャジャからの連絡艇がウバトイ港に接近する姿が見えた。その後そして、ミラレジは五歳のとき ( もう読み書きを覚えてからは長 ろには推進燃料のかすかな尾が小さく吐きだされているーーこうし く、そのときは学校で簡単な算術を習っていたが ) 、生まれたての た小飛行には拮抗物質は使用されない そして、ときどき小さなクナ。ヒ族のビルジウラを見て言った。「あの子がわたしの分身よ」 航路修正を行うために、副エンジンがさらにかすかに噴射するのがそして、それが問題の解決となったのだ。 見えた。 彼女は、この小さな分身が成長するのをいつも助けてきた。それ

6. SFマガジン 1979年8月号

える色をしていた。髪は長くつややかで、作業や遊ぶときのじゃま発生器の嚢が重なりあい、・ほくたちの間に通常の音波交換、すなわ にならぬよう編みわけている。身体は厚手のセーターとびったりとちしゃべることが可能になる。 したズボンにつつまれており、その優美な線をみると、・ほくは彼女・ほくは脚に留めた発生器のダイヤルをチ = ックした。小型のデジ への愛とやがてくる結婚や子供たちの誕生を待ちきれない気持ちでタル・クロック型の計器は充分な空気の供給力をさし示していた。 いつばいになるのだった。 ミラレジはぼくが彼女の留め具の安全確認と発生器の表面の計数表 もし、・ほくたちがスカイ・ヒーローでなかったなら、他のスペー 示を見るためかがみこもうとしたときほほ笑んだ。彼女にも充分な スマンと同様に重苦しい防御用宇宙服を着なければならなかっただ空気の余裕があった。 ろう。でも、・ほくたちュラコシの人間は、変異したメラニンにより 彼女は頬をわたしの横顔に寄せ、ロをわたしの耳に近づけて言っ 放射線から庇護され、また空気嚢発生器があるので呼吸と圧力の面た。 「ジリッ、ちゃんと見てくれなきや駄目よ。あなたがいない でも大丈夫だった。人類のなかでぼくたちだけが、まるで宇宙の深と、空気のことをきっと忘れてしまうから」その声にはからかい半 淵が自然の棲息地である生きもののような顔をして、そのままの姿分なところがあったが、甘い暖かみも同時に含まれていた。それか で出ていけるのだ。 ら彼女は背をそらして笑ったので、ぼくの耳に密閉効果で届いてい このメラニンが続く限り、・ほくたちは虚無の最も深い奥までも突た声は、気嚢が離れたことによりかき消されてしまった。 ぎ進める , ーーもし望むなら裸でもだ。もっとも、それは。ほくたちの ・ほくはしばらく彼女の腕をつかんでいた。笑いの尾が戻ってく 習慣にはない。ずっとすっと昔の時代、古代オーストラリアの砂漠る。それは音波が彼女の気嚢からぼくのへと伝ってくるからで、ま 「いつも気 でならぼくたちの祖先は裸だったけれど。だが、いちど地球でも舟ず二人の重なった手から、ついで・ほくの耳へと届いた。 乗りになってからは、いまこの宇宙の水夫として着ている衣類を身をつけてるさ」ぼくは自分の声がまず腕の空気を伝って下り、つい につけはじめたのだ。 で相手の腕をの・ほって伝わることから、彼女の耳に届くころにはほ ・ほくは手で愛するミラレジの顔に触れ、彼女の幼時に描かれたマんの微かなものになることを知りながら言った。「もし何か事故で レインの跡を指先でなそった。その渦とシンポリックな模様は、彼もあれば、ウルワイドじいさんの復讐を怖れなくちゃならないし」 女にだけ通しる秘かな意味を持ち、他のだれのものとも異ってい まるで愛する彼女よりも父親の好意の方が重要だといわん。はかりの た。・ほくたちが結婚すると、彼女はその意味を語ってくれるだろ口調。これは二人の間でのいつものジョークだった。 「ウルワイド父さんのことは知ってるでしよう ? 」ミラレジは再び う。その時は、ばくの方も彼女に告げねばならない ぼくたちは二人とも無線を切っていた ジャンガウル号の他のくつついた。「義務と伝統にがんじがらめなのよ。アランダ族より 乗組員との接触や、それまでにウバトイ港と船の間につながったと罐詰肉の方が大事みたい」 思われる交信網などの範囲外にいたのだ。たがいに寄り添うことで「知ってるさ」・ほくは言った・ーーその中にはある程度の真実があっ

7. SFマガジン 1979年8月号

ている老人たちゃ、人生の幼い時期をその星で過し、やがて光子帆マストは船客槽から輪状に、まるでこしきから散る輻のようにの 船を驤る日のために貴重なメラ = ンを貯めている子供たちのためびていた。そして、各々のマストからは帆桁がっき出し、その帆桁 8 に星々の風を受け、太陽の間をぬって帆走できる薄膜の帆が張られ ・ほくたちの船はニュジャジャの衛星であるウバトイ港と軌道上でるのだった。 ドッキングするため速度をおとした。衛星港の労働者はもちろん肉そして、・ほくたちがその船員だ。船員であり、ぼくたちの伝説の たちだ。彼らはその人工の小さな月の壁の庇護の中でできるだけのスカイ・ヒーローでもある。まだぼくたちは、肌に傷をつけるマレ 仕事を行なうが、そうした壁の外の真空と宇宙線の中へは必要とさインの風習を好んでいた。ばくたちの祖先が宇宙にとびだしたアー れるとき以外出てこない。その時だって、もちろん罐詰肉がいつもネムランド。その大砂漠に伝わる聖なる紋様のことだ。しかも、・ほ ぶざま 宇宙で身につける不様な宇宙服を着ている。 くたちはまた古い地球の船員の身なりをもしていたーーーこれはつま ジャンガウル号の船員たちは、宇宙の美の極致であるこの船のマらぬ気どりと受けとる人もいるだろう。でも、ウルワイドはこれに ストや帆桁をあちこちと動きまわっていた。当然、帆は巻きあげてひどく執着していたし、ぼくが喜んでウール帽や・ ( ルキー・セータ あったーー拮抗物質が・フレーキ・パワーに使われているときは、軌 、それに伝統の白いズックのズボンをはいたときなど、とても嬉 道をとび出したり恒星間飛行をはじめるときと同様、帆の必要がなしそうだったのを覚えている。 いからだ。 そのウルワイドもミラレジもともに夢幻時界へと行ってしまっ それに、ドッキングやそれ以外の動作のさい、とても翻したまた。まだばくは船乗りでいるべきなのだろうか ? まにしておけないほど帆が繊細だという理由ももちろんあった。 ニ、ジャジャのウバトイ港に着いたとき、・ほくは非番だった。だ だから、旅がいちど進行しはしめたら、その時に物質転換器のスから、高いマストにのぼり、帆桁のひとつに腰かけていた。巻きあ ィッチが切られーーいずれにせよ転換器の役目は補助以外の何ものげられた帆は保護ケースに収められていたが、それでも充分気をつ でもない , ーー帆が広がるのだ。 けていた・ーー帆はもろくて、とても高価だったからだ。わが愛する ミラレンよ、・ほくのそ・よこ を冫いた。彼女もぼくと同じく非番だったの 高く、細く、マストは船客槽からのびていた。この船の胴体から ずっと彼方へとそびえているのだ。これこそ、好古家にぼくたちのだ。 船が、地球の海を駆け巡っていたころの快速帆船に似ていると指摘 いまでも、そのときのままに彼女の顔をはっきりと思い出せるー される点なのだろう。だが、昔の船がそうした液体の頂上でマスト ーニュジャジャの昼側の反射光が彼女の顔に降りそそいでいた。惑 を上にだけしかのばせなかったのに比べれば、・ほくたちの船は宇宙星の植林地帯が赤い地表に緑の斑点となり、青い大洋も見えゑミ 空間に浸りきり、あらゆる方向へとマストをのばせるたけずっと自ラレジはそこ船客槽の上数百メートルの帆桁にすわっていた。彼女 由だ・ の顔は、若さの徴しである強力なメラニンでいつばいの漆黒ともい ひるがえ

8. SFマガジン 1979年8月号

により変わるが、長さは百八十メートルと一様で、断面図は三角形乗りとして残りの人生をすごすだろう。 をかたちづくる。そして、その周囲を放射線防護シールドのシリン決して罐詰肉のように旅はしない。 ダーが船体の長さだけ走っていた。これが船客槽をつくっているの もし、ウルワイドの妻・フン・フラーマがそのときまで生きていた だ。三つの巨大な船艙。床は平らで、その床は互いに三〇〇度の角ら、・ほくはき 0 と訪ねていくだろう。そのときまで生きているとし 度で隣りあっている。そして、三つの床は同じ円を描く天井を分ちたら、彼女はかなりの歳にちがいない。 ~ まくはそのそばにすわり あっているのだ。 自分の漂白された手で彼女の同じく漂白された手をとり、彼女の夫 そこに、旅のあいだ罐詰肉はおさまっていた。でも、もし望むなウルワイドと死んだ美しい娘ミラレジのことを語り、い っしょに泣 ら連中は船荷を検分するため甲板にでてくることもできたーー荷主 くことだろう。たぶん、そのとき・ほくのクナ。ヒ族の分身デュアもそ のなかには、荷といっしょに乗り込んで、旅のあいだ定期的に検査こにいるはすだ。プン・フラーマは・ほくを抱きしめて言う。「ああ、 することを主張するものもいたのだ だけど、それがなんになろジリツ。もうわたしたちしかいないのよ。これからだれを愛したら 通常宇宙船の修理員のように大きなわずらわしい宇宙服を着 た彼らは、いつも・ほくたち船乗りをその中から驚きと羨望をまじえ子供がないということは、・ほくたちの間では普通でない。アラン た眼でみつめるーー・・ほくたちはその視線を、哀れみと軽蔑の表情をダ族とクナビ族の間には、お互いにもっと数を増やしたいという競 浮べて見返すーーそうすると、彼らは不器用にのろのろとエアロッ 争意識があった。とは言っても、そのことで種族間に本気で敵意を クを抜けて客槽へともどっていくのだ。 抱くものはいなかった。ただ、・ほくたちが必要とされていたのは確 ・ほくが漂白されたときはーーーもし漂白されたならと言うべきだろ かだ。人類で光子帆船を操れるものは他にいない。ぼくたちがいな う。・ほくはそんなに長く生きるかどうか、そんなに長く生きることければ、人々の動かせるのは馬鹿でかくて不格好な密閉型の宇宙船 を選ぶかどうか全く確信が持てないでいるからーーー・ほくが漂白されだけになるだろう。人々は星々の間を旅するのに、まるで野犬の肉 たときは、その最後のメラニンを注意深く使うつもりだ。ュラコシの罐詰のようなすべて密閉されシールド化された槽を持っ宇宙船を へは一人の人間としてーーー決して罐詰肉の一員としてではなく 作らねばならない。 帆走して戻れるよう確めておくのだ。そして、・フラルク港で下船し ブンプラーマは、まだ自分が独り・ほっちになったことを知らな たとき、まだ船員の服装のままふり返り、その光子帆船が何であろ 、。彼女は主人と娘がユラコシからニュジャジャへと乗客をひろう うと、船上のクナ。ヒ族とアランダ族に手を振って別れを告げるの ため、まっしぐらにジャンガウル号を進めていると思っている。そ だ。ぼくは小さな連絡艇に乗り、ユラコシの地表へともどる。そしこからは三重太陽系で大きくジグザグ進行するためイルカラ経由を て、たぶんスネーク湾か・フルーマッド湾に小さな家を見つけ、帆っとり、ニュアラで罐詰肉の負担から解放され、そして古えの地球を きカヌーを建造して、もはや宇宙帆船員ではないけれども本当の舟経由してユラコシへと帰還すると思っているにちがいない。 6

9. SFマガジン 1979年8月号

わけでもない。 ・ほくはーー・まだ肌にメラニンの満ちているぼくは、漂白された偏 一方、 ( ム・タムジの死体は彼の仲間に届けるため除いておかれ屈者や黒い顔の子供たちでいつばいの地表人になるのか ? た。ニ = ミサンの地表人が残る乗客のリーダ 1 となり、彼らはヌル それよりは、ジャンガウル号で最高のマストへと登り、空気嚢発 ンデア船長の逮捕下で船室に閉じこめられていた。 生器を甲板へと投げすてて、自らをカの及ぶ限り深い宇宙空間へと そして、生きのびた・ほくたちはイルカラでの激しいジグザグ走行投げ出すほうを選びたい。 に備えはじめた。この旅での最も困難で危険な場所、三重変光星近理論的には、非常に筋力の強い船員なら、船の重力の鎖をうち破 辺だ。手不足で、ヌルンデアは利用できるあらゆる人員を使った。 り、宇宙へ跳び出せることが可能だという。もっとも、これまでそ ・ほくの裁判は旅の終りまで持ちこされた。その間は、任務を果たさんなことをしたものはだれもいない。スカイ・ヒーローなら、そん ねばならない。・ほくは船隊で最高の索具係の一人なのだー なきちがいじみた行為はしないだろう。 そして、その後は、その後は : だが・ほくは、自分の傷ついた脚をたんねんに治療している。大し ぼく、アランダ族のジリツは、乗客を殺してしまったのだ。それた傷ではないが、いつも清潔にし、当番のときにはつねにその筋肉 も、この両手を使って。 の状態がよいかどうか試している。・フラルク港に着くまでには、こ 相手は殺人者であり、武器を持ち、もしぼくから逃れたら、もつの傷は完全に癒っていることだろう。 とスカイ・ヒーローを殺していただろう、などという点もここでは まだこんなに若いのに地表人になるって ? 乗客を殺したスカイ 考慮されない。 ・ヒーローだって ? もう最愛の女が夢幻時界へと去ってしまった きっと刑罰を受けることはないと思う。だが同時にきっと、二度男だって ? とスカイ・ヒーローとしての航海はさせてもらえないだろう。 ジャンガウル号で最高のマストの頂上の帆桁に立っと、足もとに 罐詰肉たちは恥入りながら目的地へと運ばれていく。ぼくたちは星風をはらむ光の帆が感じられる。頭上には漆黒の闇と無数の輝点 ・アラバマを巡るコーレイ港で彼らを降し、その処遇につい が拡がり、他の光子帆船が宇宙のどこかへ囁くように静かに滑り出 ては不面目なまま立ち去らざるを得ないだろう。そこの地表人たちして行くのが見える。果して・ほくはマストを降り、港へ戻り、連絡 が彼らの処遇については決めるからだ。 艇に乗って、ユラコシの地表へと還るべきなのだろうか ? そして、ユラコシに着いたら ? ぼくは陸に上げられるだろう。 非常に力の強い船乗りは、船の重力を断ち切って、宇宙の深淵へ ・フラルク港〈送られ、 = ラ = シの地表〈と連絡艇で降される。そこと永遠に族だっことができるという。そのとき、き 0 と彼は夢幻時 で、かわいそうなプン・フラーマを見つけ出して、彼女にウルワイド界へと還るにちがいないのだ。 とミラレジの最期を告げねばならない。 で、それから ? 208

10. SFマガジン 1979年8月号

その部屋にいる乗組員のうち、いちばん年輩なのは・ほくだと判断 装した敵を相手に数発射ってみたところで得るところはないと悟っ した。スカイ・ヒーローたちは平等主義の集まりだ。階級や地位に たのだ。 ほとんど注意を払わないことは、すでにこれまででもお気づきのこ ハム・タムジはぼくのまえに進み出て銃をとり返すとそれで・ほく とだろう。だが、こうした場合にあっては、引率すべきだれかが、 の顔をなぐった。頬がさけた。彼の顔は軽蔑にゆがんでいる。 少なくとも力を結びつけるだれかが必要となる。 「腰ぬけの黒ん坊め ! 」こんなことなら、まだチャンスがあったう ・ほくは二人の男を扉の見張り番に指名し、部屋の遠くの隅で打ち ちに彼を射てばよかったのだろうか ? どんなことになったろう ? 乗客を殺す ? しかし、こんな行為は明らかに客としての権利を失合わせるためにグループの残りを集めた。大部分はかなりのシ = , わせるものにちがいないし、ひょ 0 としたら罰せられないかも知れクを受けており、議論にもそう大して期待できなか 0 たが、分身の だが、今も言「たように、その時には戦闘はもう終ってしデアと機関士のワティルンはよく役割を果してくれた。 「これまで 「じっくりと考えることがいちばんだ」・ほくは言った。 まっているように思えた。彼を殺していても、何の役にも立たなか のことから状況をよく判断して、どう対処するか決めようじゃない ったことだろう。 か」こうしたしゃべり方は少し大げさなようにも思えたが、デュア とにかく、数分のうちに捕虜になった船員は全員、男と女という ように二分されて、二つの船室に放りこまれた。無線と空気嚢発生とワティルンはまじめに受けとってくれた。 「ジリッ、・ほくたちは無傷なようだ。どうやらあの場で殺されなか 器は罐詰肉にとりあげられた。連中はぼくたちに、武装した番人が 「たぶんこれ 閉じこめた船室の扉の外に待機していると告げ、扉を。ヒシャンとしったものは被害を受けていないな」デ = アが言った。 は女たちについても同じだと思う。いま、ぼくたちはこの二つのグ めて出ていった。 ルー。フとヌルンデアにわけられている。ハム・タムジは船長と交渉 ・ほくは船室を見まわして、だれがいるのか見定めようとした ぼくの分身のデ = アを含めて十人以上がいた。ヌルンデアとウルワしたか 0 たにちがいない。だからこそ、彼はこの船室からも出され ているんだ」 イドはいない。そうだ、ウルワイドはもうこの世界にいないのだ。 ワティルンが加わった。「戦闘が始まるまえに、おれたちと罐詰 彼はいまごろ夢幻時界にいることだろう。ヌルンデアの方は、・ほく 肉の何人かが食卓を去っている。彼らはまだ天然フロアで仲よくや が最後に見たときまだ傷つけられていなかった。他の連中に話しか ってるかもしれないぜ」 けてみる。「だれかヌルンデアがどうなったか知らないか ? 」 クナビ族の機関士でぼくのまだよく知らないワティルンという男「もし彼らがある目的でおびき出されていない限りだがね」デ、ア 「ここへ連れて来られるときに、あの肉野郎のタムジとがつけ加える。 が答えた・ 「そうは思わないな」・ほくは言った。「罐詰肉は確かに武器を持っ 0 並んでいるのが見えた。べつに痛めつけられてはいなかったみたい ていたけれど、あそこで起ったような戦いになると予想していたか だが」