花 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年8月号
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1. SFマガジン 1979年8月号

色した火焔があらわれ、あたりは、銀河の中心に似た密度の明るさ「彼はふたたび裁きをうけました。結果はーー・許されたのか、刑が となった。 いっそう苛酷になったのか、だれも判らない」 オージ、ールは手も足もでないまでに魅せられて、この異世界 ( 花刑法廷 : : : ちがう世界の、ちがう法 ) の、なにか恐しく荘厳な儀式を、凝視めつづけた。 オージュールは、花の心に訊いた。〈君たちーーー花も、その次元 そこは、花園だった。宝石のように美しい花が咲きほこる、違うから来たのかい ? ローエングリンと同じ世界から来たのなら、彼 宇宙の花園だ「た。花のひとつひとつが、燃える炭火の魂をもっての刑が絶 0 た今、なぜ君たちは呼びもどされないんだ ? 〉 いた。突如、 / 彼らは一斉に、花園の中心で燃えさかる存在を讃美す「花の中の花、花の王たる王 ( 神と称んでもいいです ) は、〈彼〉 るコーラスを叫んだ。心を聾し、理性を盲らせるほども熱い、魂のを裁き、その魂を流刑しました。花狩人口ーエングリンの肉体は、 叫喚だった。 〈彼〉の仮象です。この世界の実在であるよりは、むしろ〈彼〉の ローエングリンの肉体は燃えっきて、ギラギラする心だけになっ影にすぎないのです。 : : : 私たち〈花〉は、ローエングリンが受け た。その時、花園の中心で燃えさかる存在が、ローエングリンを呼た罰を具体化する刑務官であり、同時に彼がうけた刑の、不幸な対 びよせた。コーラスは嵐のように高まった。 象でもあったわけです。私たちは誰の影でもなく、この世界の初め 今や花園は光子炉より灼熱した、火と光の海だった。ローエングからの実在であり、〈彼〉の刑期が終了しても、〈彼〉の世界、花 リンも、中心の存在も、花々も、渾然と融合して燃えたけった。 の王たる王が統べる世界に召奐されることはないのです」 そして一切が突然、消えた。スウィッチを切ったように、おそろ オージ = ールは夜と向き合って、長く黙っていた。やがて顔を起 しく唐突に暗転し、何もかもが消えてしまった。 こすと、不意に頭に閃めいた詩句を、そのまま口ずさんだ。 いけにえ 眼も心も灼きつくさんばかりの熾烈な光に眩んで、しばらくの ・ : 我は犠牲にして刑吏 間、周囲は余色の闇に沈んだ。目がなれてから、オージュールは天 傷口にして刃 を仰いだ。第六衛星は、変哲もない、もとの大きさにもどり、夜空 我は平手打ちにして頬 の定められた軌道を運行している。 そして己が心臓の吸血鬼・ : 「それは ? ー花が訊いた。 オージ = ールは、自分のものではないような不確かな足取りで、 ローエングリンが最後に立っていた辺りに近づいた。深紅の薔薇の〈古い : : : うたさ〉昇ージ = 1 ルは星空に眠をやって、呟いた。 一輪でも咲いていれば、どれほど安心したろう。しかし何もなかっ 「とても、古い た。ローエングリンが存在したという証拠は、どこにもなかった。 「今のは、なんだったんた ? 」彼は花を振り返って訊いた。 BACK TO MET 工 USELAH 〈花刑法廷テス〉花は応え、そして言葉で補った。

2. SFマガジン 1979年8月号

止していた。真中の脹れた部分は直径三百メートル位あったが、そた : : : 」 オ 1 ジュールはダリオがなぜ、花に肩入れしたか、その理由をや の中心は黒ずんで、時折りその頭脳部に、陰惨な知性を示すように っと理解したのである。 電子光が点減する。それは、プレスレット型音声器に反応していた。 〈今では : : : 奴の気持ちがわかる。君たちは、素晴しい生命 : : : 存 花は、金しばりにあったように硬直した。 オージ = ールは遠方からその巨大な機械をみとめ、自分のプレス在だ〉 レットを操作した。照準して、構えた。彼は、その機械が屠殺兵器 星のささやきが、天上の音楽となって交響した。 であることを知っていた。 ローエングリンは時が満ちたのを知り、宇宙を越える旅に備えた。 人間は減んでも、人間が造った物は生きていますから。 被告は起ちなさい。 彼は怒鳴ろうとしたが、その時、逆風であることに気がついた。 もだ 花の中の花、花の王たる王よ。汝きたりて黙したまわじ。 声がとどかない。彼は強勢形の信号に変えたテレバシーで呼ばわっ まわり はやて こ 0 火、その御前に物を焼きつくし。暴風、その四周に吹きあれん。 汝麗しきの極みなる花園より光を放ちたまえり。 〈伏セロ、花ビラ ! 俺ノ火線ニ立ツナ ! 〉 花狩人口ーエングリンに対する花刑法廷を再開する。 新星の輝き。方向の異なる二つの颱風の旋回が重なり合い、莫大天体の調和音が法廷を祝福し、その判断を称えた。ローエングリ なエネルギーとともに内側に崩潰した。二キロ射程で撃った最大出ンはゆっくりと振り向いて、運命と顔を合わせた。 力の〈渦動〉は、放散することなく一点に収束した。インプロージ 第六衛星テオレマは、今や、天球の半ばを占める厖大な光のかた ョンがおさまった時、あの巨大な紡錘体は消えていた。 間一髪伏せた花は、熱波には襲われすに、〈渦動〉が屠殺兵器をまりだった。その表面はガラスのように透きとおって、中から夢幻 分解した際の衝撃だけに、はじきとばされていた。花はよろよろと的な光がトロトロとこぼれている。草原は脱色され、白い、輝く霧 につつまれて、もう天と地の境の見分けがっかない。 起ちあがった。そして、オージュールに心の声で礼をいった。 オージュールは声を失って、光芒の中に立っローエングリンを凝 〈アリガトウ。市民・ ( ラジュデーラ。アナタハ花ノ生命プ救ワレ 視めた。ロ 1 エングリンのからだまでが、ガラスのように透明にな : アナタハ全テノ花ト、蜜ト花粉デ結・ハレル〉 オージ 1 ルは沈黙の中にたちつくした。心の中に滲みいるようってゆく。その中心に、炭火が燃える色をした、ギラギラする裸の に拡がる、広大な花の内宇宙。彼は今、ダリウスが知ったのと同じ心を、彼は感じていた。暗黒のヴェールを脱ぎさった、それがロー エングリンの真の魂だった。 世界に立っているのだ。 「不思議だな。同調しない一一人のテレバスが、危急の際に交流できやがて、衛星テオレマの中に、もうひとつの、更に巨大な炭火の 5

3. SFマガジン 1979年8月号

水底の情景のように青く、音のないこの残虐行為を、オージュー ルはたまって眺めていた。もう、この草原に漂う美しい者たちに、 FLOWER HUNTER いかなる逃げ路もなかった。青い陽光に、大鎌の刃が弧をえがい 紫空に、蛇がおどるような形の巻雲が流れていく。しかし地上はて、きらめく。そのたびに、花人はその頭部である花弁を切り落さ ひたと風が落ちて、草の海は不気味に凪いでいた。汽車の機関音だれ、おびただしい緑色の液体を流して噎れた。静かで、なんの悲鳴 も聴こえなかった。しかしオージュールの、いは、阿鼻叫喚する花た けが耳に聞える物音だった。 ちの思念を、針のように感じていた。 だしぬけに、花たちが群れをなして一方向へ走りだした。 その怯えた思念をオージュールが感じとるまでもなく、彼らが何ゼーレンは、はるかに陰惨な風景からも、目の前のオージ、ール からも視線をそらして、話しだした。 ものかから逃れようとしているのは明らかだった。 「開花期の花の子房からは、良質の麻薬が採れる : : : 。銀河鉄道社 「なぜ、逃げるんです ? 」と、彼はゼーレンに訊いた。 はその精錬と販売で巨利を得ています」 男は眼をほそめて、地平をすかし見ていた。硬い表情はなにも答 遠い虐殺をみつめながら、オージ、ールは説いた。 えない。オージュールはスコープをかけ直し、それをとらえた。 それは、花の逃げ行く先に、待ち伏せしていた。息を殺し、気配「あれは、殺人にはならないのですか ? 」 を断ち、草の中にひそんでいたのだ。〈勢子〉に追われた花が、ゆ「なりませんな」ゼーレンの声は重い。「銀河連邦の知性査定で、 るやかな丘に囲まれた谷地へはいりこんだ途端、彼らは、行動を開花たちはレヴ = ル 5 です。ご承知のようにレヴ = ル 7 がイルカ、レ ヴェレ 0 : ノ 1 カ人類。 8 以下の知性レヴェルは連邦法の保護をうけな 始した。 突然、地から湧いたように十数騎の騎馬が出現し、判断を失ってい」 立ちすくむ花たちに、どっと攻めよせた。馬上の人間は、全員、革ゼーレンは顔をあげて、つけ加えた。「いずれにせよ、連邦も銀 の迷彩服を着装し、手に手に長い柄のついた大鎌を携えていた。の河鉄道社も、花たちの犠牲の上で栄えるわけですよ」 ろのろと反対の方角に逃れようとする花たちに、彼らは、死神さな オージュールはうなずいた。花の麻薬ーーーシオナイト 5 0 0 。そ がらに追いすがった。 の効果の恐しさはオージュールがいちばんよく知っていた。それが 先頭をきる騎馬が、ほとんど静止している花のそばを走りぬけ銀河辺境のどこかの星で生産されるという話は、彼も耳にしたこと がある。しかしこんな方法で〈生産〉されるとは一度も聞かなかっ た。同時に黒いものが空を裂き、何かが光った。次の瞬間、花の胴 体はコマのようにくるくると回って、草の波の上を泳いだ。そした。 て、その花弁は長い兇器に截断されて、緑いろの、ねばい霧状の血 スコー。フが、また新しい形をとらえた。それは熾天使と見まごう しぶきの中で、ゆっくりと宙に舞っていた。 美貌の若い狩人で、彼だけが迷彩服の腕に赤い記章をつけていた。 2

4. SFマガジン 1979年8月号

オージ = ールには信じられなかった。あってはならない事であっ惑星みどり上 ( 人間をのそくと ) 一番の高等生命〈草人〉は、花 月には〈花人〉となる。草人は、銀河標準成人男性とほ・ほ等身大 2 ある事情で、永遠に母星メシ、ーゼラへ帰れない身の上のオージで、頭のあるべきところに芽をふき花を咲かせ実を結ぶ。なぜ彼ら ひとがた ュールは、彼と同じ運命をともにするダリウスの一生を、何ひとつが人形をしているのかは、また解明されていない。しかし五百年 不自由や不幸のないように送らせようと、特にこの平安な星を選ん前、植民が行なわれる以前から、草人がこの惑星上に長い進化を経 て、存在してきたことは、様々の痕跡が証言している。彼らはカル で彼を住まわせたのだ。それなのに、このろくでもない暗く冷たい 宇宙の中で唯一最愛の肉親が、自分よりも先に死んでしまったとあシウム質の骨格こそもたないが、硬化した繊維管がその代用をつと って、オージュールの気落ちはひと通りではなかった。 め、その化石が出土して確かめられたのた。 空に映えた色がなくなり、大気は透きとおって、朝が完成した。 花月。夜になると、七つの月の光の下で、雌雄の花たちが交合す なにを読みとったか、ゼーレンもお喋りを中断して、窓枠に截られる姿がみられる。夜露にぬれて輝く花たちは、互いに抱きあい、花 た緑いろの地平を眺めいった。しばらくすると、ゼーレンは彼に眼弁を合わせ、新しい生命を創造する。 鏡状のサイトスコープをわたした。 「昆虫の媒介がない花人たちの愛は、抱擁によって結晶するので 「ごらんなさい。あちらです」男は厚い手をふって、窓外をさしす。と、ゼーレンはいった。宇宙のあちこちで見聞の広いオージュ ールも、ひたすら感じ入った。 「美しい話ですね。まるで、夢か、お伽噺のようだ . スコープをかけたオージュールに、五十倍率ほどの景観がおそい しかし、ゼーレンはそう聞くと、少し顔を曇らせた。「本当に、 かかった。目がなれると、ゆるやかに波打っ草の海に浮んで、鮮や そう思いますか ? ただ、美しいだけだとーーー」 かな色彩が彼の注意をひいた。 「花だ」彼は思わず呟いた。 今度はオージ、 1 ルがわからない顔になった。しかも、相手の思 「さよう。今は花月 ( 開花期 ) ですからな」ゼーレンはうれしそう念波が急にとだえたように、ゼーレンの心が読めなくなった。暗い に説明した。 意想の波が脈のように、搏っている。オージュールは、突然、自分 「あの花は動いているように見える」オージ = ールはいった。「草の能力に自信をなくすような、妙に落ちこんた気分にとらわれた。 の波でそう見えるのかな」 押しだまるように葉巻をふかしていたゼーレンが、再びゆっくり そうではなかった。花は実際に動いていた。オージュールはス・コ と手をのばして、窓外をさした。 ー。フをずらすと、ゼ ] レンの方を見た。 「では、あれを見てみなさい ! 」 「あの花は人の形をしている」

5. SFマガジン 1979年8月号

と称ばれていい知性をもった花たちが、そうした劣位にある存在だは、人間の目にはナイーヴなものだ。そしてその罰は、神の目から と思いたいところでしよう。 ・ : しかし実際は、花が刑場の罪人な見れば、またナイーヴなものかも知れない。 いっ果てるとも知れない呪い。私は花の のではない。罰せられているのは、この私なのです。私、ローエン「花の刑、花の牢獄。 美しさを知っている。だのに私は、花を狩りつづけなければならな グリンが、流刑囚なのです」 いのです」 月光は煌々と湖面に映え、森は、夜と沈黙の底にしすんだ。オー ジュールは目の前の美貌の花狩人を凝視め、今や自分が伝説と神話「なぜ、拒まないのです」 の領地に足をふみ入れたことを、完全に理解した。 「な・せ、あなたは拒まないのです。市民・ハラジュデ 1 ラ ? 」 「あなたたちが生と、そして死ぬのとは異なる次元 : : : 別の宇宙「 : ・ で、私は、かって名づけえぬ罪を犯し、そして名づけえぬ刑を宣告「市民。あなたは、この星に顕れた不思議な暗号に気づきませんで ひとがた されました」 ・ : まず、花です。何故に人形をしているのか、花を咲 したか ? とうしてこんなにもなだらかなのか。 オージュールは訊いた。「どんな、犯罪です。どこの世界です」かせるのか。そして大地は、・ 「この世界の言葉では表現できない罪です。この世界の万象が、そ地上には植林した都市を除いて、高い樹林がないのはな・せなのか。 この星は、市民・ハラジュデーラ、私ひとりのために、統制をう の世界の投影でしかないような、あなたたちには決して触れえない 宇宙の出来事です。私が犯した罪は、この私 ( 彼は自分の胸と唇にけているのですよ。惑星の表面を変じ、遣伝子を自在にコントロー ・ : もちろん、人間のカで ルし、動植物相を支配する力によって。 指をあてた ) が犯したのではない。その世界で刑をうけた〈私〉と はない」 いう存在の投影が、この私なのです」 ローエングリンは、足下の水面を見た。オージュールが目をやる「神、ですか ? 」 「どう称・ほうと自由です。この宇宙に属する存在でないことだけは と、そこに四阿と彼らの倒立像が映っていた。 おわかりでしよう」 「市民パラジュデーラ。理想の社会で最も重い罪は何ですか ? 」 「それを罪と知らないで犯したものです , 「この星はつまり、あなたの流刑地とするために、造りかえられた ローエングリンはたたみかけるように、「では、最も重い罰は ? 」というのですか。必要な環境を整え、花の進化を決定するだけで も、億という歳月がかかる : : : 」 「私の受刑期間は〈永遠〉なのですよ、市民・ ( ラジュデーラ。終る 「それを罪と知って、なお、その罪を犯さなければならないのが、 ことは、ないのです」 最も重い罰です」 ロ 1 エングリンは天井の彫刻を仰いだ。ーー神の秘密を告げたシ ジッフ。神に恋をしたイグジョーン。伝説の英雄たちが犯した罪「終った : : : 」ダリウスは呟いた。そして首を振った。 3 5

6. SFマガジン 1979年8月号

変化が激しかった。転覆したら、この風の中で船体を立て直すのは オージュールは、何かの声、あるいは心の叫びを聞いたように感 至難の業だ。ダリウスは死に物狂いで、風と格闘した。 じて、顔を上げた。 「あの声は ? 」 マントは機敏性を殺ぐので、ゼーレンの部屋に捨ててきていた。 〈遺品〉の中には冬着がなく、ホテルを出た時から軽装の彼は、た「夜鳥でしよう」ローエングリンはカクテルビヤノで酒を調合しな だでさえ寒気がこたえていたが、烈風は地下水道でぬれた身体からがら答えた。 容赦なく体温を奪っていった。綱傷が痛み、震えを抑える事ができ アシュラが遺したものを継いだローエングリンの手際はうまかっ なくなり、視界がフッと昏んだ。ライフラインに引っかけたフック たが、これからのことを考えるとオージュ 1 ルはなかなか酔えな のおかげで、横転した船体から放り出されるのだけは免れている。 。ロの中に涼しくびろがる味だけ楽しんで、方策を頭の中にめぐ やがて方向感覚も判らなくなった。空だか大地だか不明の黒いものらして、それでも杯を重ねるうちに気分のしこりは溶けていった。 がぐるぐる回っている。 夜のいちばん静かな部分、そこに、気配があった・オージュール ( やるだけのことはやったな ) と思いつつ、ダリウスは意識を失っはハッとして立ち上がり、柱を回って、庭園のその方角を見た。 一人の花が、歩いて彼らの方に来るところだった。黒い森を背景 しかし、漂流したヨットはすでに制限区域を抜けていたのだ。 に、深紅の一輪が、ゆれながら近づく。花は、月の光をたたえた湖 しばらくすると、草の波をすべるように大勢の花がヨットにむらをへだてて、彼らと向きあった。 がった。夜目にも鮮やかな帆を下して、アンカ 1 を投げる。ぐった「市民・ハラジ = デーラと市民ロ 1 エングリンですね ? 」よく徹る声 りしたダリウスのからだを四、五人の花が担ぐと、彼らは草の波間で、発声器官のないはずの花がいった。 オ 1 ジュールはすばやく観察して、その花の右腕にブレスレット に消えた。思念が八方に飛び、全惑星を掩う花の通信網は、白熱の 活動をみせはじめた。 をみとめた。 デ = ジャルダンの廃園は、もとの王立花園だが、革命時にここを ( 精神感応式の音声器だ ) 訪れていた王様の親衛兵と革命軍間の戦闘で荒廃していた。その廃「すべての花に代って、お二人に伝えることがあります。しばらく 墟が、花とダリウスたちのアジトだった。 後に、この森は死が充満します。ただちに森からはなれた方が賢明 ダリウスは半壊した石の花壇に寝かされ、数人の花が彼をかこんです」 だ。彼はその一人に手を触れ、指令のありったけを接触感応で送り 何らかの信号が発せられたにちがいない。その瞬間、森の中のあ んだ。彼が長くないことは全員に明白だった。その場の空気は、悲らゆる生き物が脱出をはじめた。夜鳥がギアギアと啼き叫びながら 愴と、これからの行動への発揚との間で微妙にゆれうごいた。 羽撃き、虫や獣が樹林をすり抜けて走る、切迫した騒音が爆発し

7. SFマガジン 1979年8月号

志で苦難の途を選んたのです」 それは銃殺森林を見下す、あの丘陵だった。眼下に、もえあがる : ・ほくの時間は、もう残り少ない。でも、今、この瞬間に、・ほ く、ダリウス ( ラジ、デーラは、永遠の何であるかを知ってい森をにらみつけていたオージ = 】ルは、花の言葉に首を振った。 ( ちがう : : : ! ) る。 : さようなら、オ】ジュ。さようなら、市民ロ】エングリ メシューゼランならば精神波によって、肉体の回復がはかれるは ン。さようなら、花よーーー」 ずだ。しかし、ダリウス自身がそれを妨げたとしたら 最後の信号が花たちによって与えられると、十二都市内にある全 ( 奴は無意識に死を求めていたのだ ) ての植物は、メタモルフォーズを開始した。予定されたサインが新「許せんな : : : 」オージ、ールは呟いて、花を振り返った。「死体 は、どこにある ? 」 たに彼らの遺伝子の上に署名され、すべての有機的メカニズムが、 「どうするのです ? 」花は説きかえした。 ある志向をもって推進した。 夜光樹はその光源体を変容し、致死量の放射線を発した。一斉に「蘇生させる」 開花した古代クルミは哺乳動物の呼吸中枢を犯す、毒性の花粉を放「彼は希んでいないでしよう」 出した。 燃える森の光を背景に、オージュールの表情が兇暴にかげつた。 十二の都市と宇宙港は沈黙した。惑星みどりは瞬時にして死の星彼は、左腕をあげると、撃った。 と化したのである。 〈渦動〉は地面にクレーターを穿った。融解した鉱物の蒸気が青く 立ち昇った。クレーターの縁すれすれに、花の足がかかっていた。 森が燃えていた。 「おい。よく聞け、この、ろくでもない花びら野郎」オ 1 ジュール 夜光樹の光と花粉の色とで、まるで森は炎上しているように見えは感情を欠いた声でいった。「俺はおまえの感想なそ、聞いていな い。俺は銀河連邦捜査官で、あいつは俺の弟で、それがジュノサイ トの張本人で、しかも殺したのはこの俺だ。さあ、言え。奴の死体 ( あの時と同じだ ) ローエングリンは思った。 あの時ーーー。それはいつの事だったろう。彼は失われた記憶の断はどこにある ? 」 : デュジャルダンの廃園です」花は答え、かがんで、〈渦動〉 片をつかんだ。燃える森 : : : 。それが贖罪の鍵言葉なのか。別の世「・ : 界で自分が犯した罪とは、なんだったのか。狂おしい思いが大鎌との熱で焼かれた草の葉を両手につつんだ。草は蘇生できない。 なって、胸を裂いた。 花は立ちあがると、オージュールを向いた。 「市民パラジュデ】ラ」花がいった。「同志ダリウスの死は、あな「行く先を告げれば、あなたの乗り物が案内してくれるでしよう。 たに責任はありません。彼は、あなたの心理攻撃の後で、自分の意人間は減んでも、人間が造ったものは生きていますから」 7 5

8. SFマガジン 1979年8月号

長い黒髪を無造作にたばねてビンで止めていた。はだけた胸をみな花狩りのいまわしい光景を忘れられるのがうれしそうな様子だ。 ければ女性と間違えただろう。彼は陽光の下の殺戮がほとんど終了進行方向とは逆にすわっていたオ】ジュールは、首をのばして窓 2 した谷間を見下ろす丘に馬をとめ、あれこれと配下に指図をあたえからのそいた。行く手にこんもりとした広大な森が見える。銀河鉄 ていた。 道の線路は、やや傾いた陽ざしを浴び、かがやく水銀の流れとなっ オージ = ールは精神を集中させ、この花狩人の長の思念をさぐって真直ぐにその森へと走っていた。目的地フロレアル・シティ 森と泉にかこまれた花の都市、である。 彼は悠然と馬からおりると、緑の修羅場に足をふみいれた。拍車市をとりまく防風林は、高い樹木のないこの星の産ではむろんな のついた長靴が、一体の花人の死骸のそばに止まる。優雅な身のこく、草原をわたる強い季節風をさえぎるために、他星から値樹した なしで花の〈血〉をさけながら、彼は土の上に放りだされた首級ーものだ、とはゼーレンの解説であった。 ー花弁のひとつを取りあげた。暗赤色の薔薇に似た花たった。高等〈中央〉の生活になれたオージ = ールには、自然をなるべく改変せ 進化生命である花人は、首を失えば、もう生きられない。あとは枯ずにおく、この星の暮し方がどうにも判らない。惑星みどりの気象 コントロ 1 ルは、せい・せい暴風雨を鎮める程度の活動しか行なって れて、腐るだけである。 花狩人は空いた方の手で額をぬぐい、髪をとめていたビンをはずおらず、市民は雨にぬれたり風に吹かれたりする生活を、結構たの すと、頭を軽くふった。重い黒髪が肩まで流れおちる。ふと、彼しんでいるらしいのだ。 オージュールに理解できないのはそればかりではなかった。あの は、遠いオージュールの視線に気づいたように、一瞬ふり返って、 はるか地平を行く汽車の方を見た。 花狩人の長ーーー名前はローエングリン。あれほどの邪悪な思念が、 片腕をまっすぐのばして、緑いろの血の滴る大輪の花の首をもしかも平静な中に判読不能のまま、たもたれていた事が、彼には不 ち、微風に汗ばんた肌がかわく心地よさで眼はうるんでいる。暗い思議だった。ローエングリンという男のもつ高い知性と、あの蛮 行為の余情に頬は上気したまま、唇は突くと血がふきだしそうに熟行。そして、もっとも激しい殺戮のさなかにも鏡のように落着いて いたその精神とが、まったく結びつかないのである。 して笑っていた。まるで、それは、伝説中の残虐な公主のように見 えた。 それに、この男ゼーレン。底抜けに明るい表層の思念とはうらは らに、時折みせる表情のかげりのような暗い思念は一体どういうわ けだろう。しかし、オージュールはその時、そのことを深く考えよ FLOREAL CITY うとはしなかった。 「やあ、つきましたよ ! 」ゼーレンが朗らかな声でいった。「フロ汽笛一声、カルロス・ルドヴィクス号は長い制動をかけながら、 レアル市です」 鬱蒼たる樹林の中にはいっていった。重い機関音をすべて吸いこむ

9. SFマガジン 1979年8月号

二人の男と一人の花だけが、その騒ぎの真空地帯にあって立ちっ ( 彼らは俺たちを信頼しているのだ ) くしていた。オージュールは語るべぎ言葉をなくして、花をみつめ それなのに、彼がしてやれる事はなにもない。信任に応える手立 5 た。自分がしてやられた事がまだ完全に理解できず、花の内面に膜てが何もないのだ。 のようにひろがる悲哀の思念は何を意味するのだろう、などと・ほん ( なんてことだ ) やり考えていた。 バザンコールは、その時はつぎりと、〈終末の予感〉を感じた。 「それから」花がつけ加えた。「私たちの同志、そして市民の肉親理由も説明もなかったが、彼は間違えようのない自分の死、市民の 死、そして惑星みどりの死を確信した。 ダリウスが、さきほど亡くなりました」ーー止めの一撃だった。 「 : : : な・せだ」 。ハザンコールは狂乱していた。 オージュールは、自分の声がそういうのを聞いた。手か足がもが 防衛センターに急派した保安要員は、すでにシールドを破って、 内部の惨状を伝えていた。長官を含めて全員が殺害され、記録は抹れたような、息苦しい無力感が彼の意識を分離させていた。 「もとメンである惑星防衛相ゼーレンと単独で闘い、カつきて倒 消されているという。つづいて、十一都市と宇宙港との連絡がすべ て絶えた。全回線の死ーー・・恐しい孤立をようやく悟り、この原因不れたのです」 この説明を、オージュールは心の深い部分で分析し、ゼーレイの 明の事態にどう立ち向うか必死に考えている時に、〈ェクソダス〉 意識やその部下であるバザンコールの意識の一部が解読できなかっ が始まったのだ。 た事と、それに自分が疑いをもっことを回避していた理由を知っ 町の大通りは、飼主の家から逃げだしたペットや公園に棲んでい た小動物の暴走でうまり、空を黒ずませて鳥と虫の群れが飛び立った。だからといって、今さらどうでもいい知識ではあったが : た。人間以外の動物がこのように魔に憑かれているのに、人間が全「両市民に、彼からの遺言があります」花は機械の声でいった。 「これは、死に際に録されたものです くパニックに陥っていないのが、かえって不気味だった。市民は、 アポロン、テオレマ、メディア、ソドム。四つの月が・ほくを 彼らの支持してきたエージェントを、最後まで支持しようというの だ。 照らす。しかし、ぼくの眼路は、もう、暗い。ぼくは今、すべてに バザンコールは一般回路のスクリーンをみた。明減する星の数訣れをつげる。 は、市民が緊急時に情報の混乱をふせぐために選んだ広報代表者だ : ・ほくは、生ぎることを期待されていなかった。だけどオージ けが、当局に連絡していることを告げている。彼は、ゼ 1 レンからユ兄さん。あなたがぼくを助けた。ぼくは孤独を病んでいた。花 学んだあらゆる手段を思い出しながら、心を鎮めようと躍起になつよ。それを君たちがいやしてくれた。ぼくは生きる理由をもたなか った。しかし、市民ローエングリン。あなたがそれを教えてくれ

10. SFマガジン 1979年8月号

使節で、そしてあなたもた。五銀河分まとう。答えを出して下さ「ええ」 「ダリウス君はそして、花と出会った ? 」 「ええ、その通りです。 : : : 花たちは精神感応能力がある。ダリウ 署長室では、。 ( ザンコールが惑星非常線からの報告をうけていスはたぶん、ここで初めての心の交流を、完全なそれを学んだので ダリオ、みどりがお す。母星をはなれる時、私は彼にいった。 「対象の乗機がポイントで停止。誘導装置オン。班は可誘まえの第二の故地になるのだ、と。正しくそうなったのだ」 導圏を展開して踏査。命班は現在位置で待機中」 「それで ? 」 「よし」彼はスウィッチを切った。部下を通話器で呼びだす。 オージュールは鏡から目をそらして、俯いた。「花は高い精神を 「ゼーレン長官とは、まだ連絡がっかないのか ? 」 もっている。そして、市民ローエングリン。あなたは実に暗い魂を 「防衛センターの全回線が死んでいます。プラックアウトではないお持ちだ」 でしようか」 「私の魂の明暗が」ローエングリンは背を向けたまま、 「ばかな。 非常事態だ。最深層まで暗号照会ずみの保安要員を「ダリウス君の精神とどんな関係があるのです」 至急全員、センターにおくれ。何かあったのかも知れん」 オージュールの心の中の戦争は終局が迫っていた。彼は、からだ が慄えるのを感じたが、声はあくまでも平静たった。 複数の月がの・ほって、・ハルコニーから明るく大広間を照らしてい 「市民。私は駈け引きをしに、あなたを訪ねたのではありません。 客としては、いささか礼を失しているかもわからない。しかし、私 ローエングリンは、つい、と立って、月あかりの中を歩き、。ハル が話した言葉の外に真実はないのです。判っていただけませんか。 コニーと部屋の境に佇んだ。緩くまとった、花を意匠したローブ ・ : 私にはあなたの心が読めない。あえて、それを覗きこむだけ は、角度のちがう月光を浴びて、微妙な陰影にぬれた。三筋の影の勇気が私にないからかもしれない。あなたの精神の深みには、そ が、寄木細工の床にながれ、窓ぎわに斜めに置かれた大鏡が、彼のれほど恐しい何かがある。しかしダリオはそこに到達したのです。 端整な横顔を映した。 その深淵を降りたのだ。彼の : : : 暗い、破壊への衝動。秩序宇宙的 カオス メシュ オージュールは、ローエングリンが影をもっていることに驚いなものへの不可解な憎悪。渾沌とアナーキイの志向。 フロレアルの学園で教えたことで た。別に何の理由もないのだが、なぜか、この不思議な存在は、鏡ゼラで彼が学んだものではない。 に姿をうっさないような気がしていたのだ。 もあるまい。また、花たちの心から知ったのでもない。あなただ、 「ダリウス君はそして、みどりに来た ? 」ローエングリンは、まる市民ローエングリン。あなたからダリオは得たのだ。ローエングリ 7 で独り言をいうような調子で彼に話しかけた。 ン。あなたは一体、何者です ! 」