たちがソーンに向かって泳いでくる。 もの〉 「たすけてくれ」 いいんだ。それではきみに迷惑がかかるだろう。ただひと 5 2 水際でソーンが泣き叫ぶ。ポイドは動かなかった。 つ、頼みがある」 「なぜだ。なぜおれを見捨てるんだ。クライン、イルカは敵だそ。 〈なんだい、ポイド〉 ライフルをとって射て」 ポイドは網を投げ捨てて、かたわらのアリスを抱きよせた。 「父親に助けてもらうがいい」ポイドはつぶやいた。「おれはあん 「この娘をつれていっていいか」 たの父親にはなれん」 〈それは、その娘しだいさ。しあわせにね、ポイド〉 ソーンはゼリー羊に包まれたまま、湖にひきずりこまれた。水面 ポイドは微笑んだ。「きみもな。フィアンセによろしく」 が泡だった。 ポイドは湖の岸に近づいて、水面から顔をのそかせているイルカ 「ましてや、母親には」 の鼻づらをなでた。そして湖をあとにした。パロが、ポイドと初め 怒りくるったイルカたちが水面を波立たせた。そのままソーンはて出会ったときと同じように湖面に上半身をもたげて泳ぎ、ポイド 二度と浮かびあがってこなかった。 : ホイドは震えているアリスを抱を見送った。ゼリー羊はついてこなかった。 きしめた。 アリスはなんの不安も見せずにポイドに従った。森に入って立ち 止まり、ポイドはポケットからアンの彫像を出し、ていねいになで てしばらく見つめたが、やがて足元におとすと、さよなら、とつぶ 〈危険たってことになったんだよ、ポイド〉 翌日ポイドはパロにそう言われた。ポイドは草原で網を修繕するやいた。 手を休めて、ゼリー羊・パロを見た。 網を編むったを切って輪にまとめる。ポイドはそれをかついだ。 「危険 ? そうか。きみたちは、このおれに森を出ていけと言うんアリスのおきにいりの枕がひとつ。荷はそれだけだ。 だな」 ーを探 発火樹林をアリスの手を引いて駈け抜け、ポイドはビー した。ビ 〈・ほくは反対したんだ。でもさーー〉 ー・ハーは右翼を少しへこませて、砂漠の太陽の下に輝いて 「わかってるよ。友だちだものな、パロ。ありがとう。で、いつ出いた。ビー ーの機体をなでる。白い機体にいたずら書きがあった。 ていけばいい」 「人生は記憶である、か。そうかな」ポイドは笑う。「だれが書い 〈隠れていればわからないと思うんだけどな。ビ ーバーの燃料は入たんだ ? こんなもの、もう忘れちまったよ。なあ、アリス」ポイ れておいたけど。ィリアへ行ったら、海の方から食糧を持っていっ ドはビ ーに乗りこみ、アリスに手をかした。「さあ行こう。人 てあげるよ。でもどうしても出ていくことはないよ、ポイド。みん生は夢なら、いい夢を見なくては損というものた」 なと同し格好をすれば、ぼくの仲間にはヒトの区別なんかできない 言葉がわかったかのようにアリスが笑った。
ポイドは自分の寝言にとびおきる。汗まみれだった。殺すつもり ポイドは眉をひそめてソーンのほうをうかがった じゃなかった、とポイドはつぶやいた。わきに眠っている妻をポイ こで王様になった気でいるのだとポイドはソーンにあわれみを感し 5 2 ドは抱きしめた。細い身体。アンではなかった。ほのかな発光樹の た。立っているポイドに、ゼリー羊が寄ってきた。 光のなかで、アリスの裸身が大理石の女神像のように白く美しかっ〈気に入らない男だ。きみの仲間のようだね〉 「そうだ」 湖がざわっいている。パロとその仲間たちがソーンを監視してい るのだった。 やがてビー ーのことも忘れてしまうだろうとポイドは感じた。 ーの燃 焦りはなかった。もうもどれないことをポイドは無感動に受け入れ〈不穏な空気だ。この場をうまくおさめてくれたら、ビー ーを操縦できるうちに、もう一度だけでも、空へ料をつごうしてあげるよ〉 あがりたかった。三度ほど、 : ホイドはアリスをつれて、森のすぐ外「そうか」 に降ろしたビー ーのところへ行き、アリスに自分の生きてきた過ポイドはうなずいて、ソーンに近づいた。アリスが気配をさっし 去を話してきかせた。アリスは幼さから脱皮してすっかり女らしくて、不安そうにポイドのあとに従った。ポイドはアリスを背後にか ばって、ソーンと向かいあった。 なった。アリスは深刻な顔つきのポイドをけげんな表情で見つめ、 「これはこれは、案内人君。久しぶりだな」 それに気づいたポイドが話しをやめ、微笑すると、安心したように 「ここでなにをしている」 笑顔をかえした。 ポイドは。 ( ロと会うために毎日のように中央湖へ行った。言葉を「この馬鹿どもに狩猟を教えているのさ」 「ここではおまえの考えは通用しない。おまえのような人間がいる つかうのがだんだんおっくうになり、ゼリー羊には「燃料をくれ」 からこうなったんだ。おれたちはイルカに飼われている身分なんだ としか言わないことが多くなっていった。・ハロはポイドを観察しな ぞ。狩猟だ ? そのライフルで何人殺した、ソーン」 がら、燃料のことはさけていた。ポイドは腹もたたなくなった。 その日もポイドは湖に行った。日課になっていた。手製の網は使「わたしは自分の身を守っただけさ。イルカに飼われている、だ と ? 狂ってるのか、クライン。フム、女をみつけたようだな。う っていた。かなり痛んでいたが、新しく作りなおすことはしなかっ た。草原においてある網をとって、ポイドは湖に近づいた。いつもまくやってるらしいじゃないか」 と少し様子がちがっているのにポイドは気づき、網をおく。 「額の傷は治ったか ? もう一度包帯を巻いてやってもいいんだ 湖の岸の少し離れたところに、ヒトの集団がたむろしていた。 ・せ。顔に傷をつけられないうちに失せろ」 人のリーダー格の男が二、三十人の前で演説していた。言葉をつか「何様のつもりだ、クライン」 って。手にはライフル。ソーンどっこ。 ポイドは反射的にナイフをかまえて中腰になった。ポイドはライ
「そうか。それで、おれになにをしてもらいた、 とをやめてイルカを食おう、とかさ」 〈別に。退屈しているだろうと思ってさ〉 パロはもう一度、ジャン。フした℃〈ぶっそうなことを言わないで 4 2 「結婚式はすませたか、パ くれよ、ポイド〉 パロは湖面をはねた。〈まだだよ。ねえ、ポイド、ぼくはきみが魚が焼けてくる。ポイドは妻の顔を彫った木をポケットから出し 心配なんだ。記憶は大丈夫かい〉 ポイドは、アリスが差し出した魚を枝に差し、枯れ草をあつめて 「もどりたいよ。おれはーーーアンを忘れるのがこわい」 オイルの少なくなったライターで火をつけ、あぶる。生魚はロにあ〈でも考えようによっては、しあわせだと思うな。ヒトは決してノ わない。アリスが生のまま食べようとするのをとって、これも焼イローゼにはならない。死の恐怖もないよ。ヒト同士のいざこざや く。アリスは黙ってポイドのわきに腰をおろした。グルー。フのほか喧嘩はあるだろうけど、それを根にもったりはしない。ぼくらの目 の連中は、ポイドとアリスに干渉せず、ポイドとアリスはグルー。フ から見れば理想郷さ。犯罪はあとをたたないし、神経症はふえて医 から分かれて行動することが多くなっていた。 者は忙しいし。儀式はわずらわしいし。サカマタ族は主権をよこせ 「どうも、あやしくなってきたようだ」ポイドはパロの言葉を冷静と攻撃的になっているしさ。それに比べたら、ヒトは自然に包まれ に受けとめて、こたえた。「このごろは昔のことをよく思い出す。て自然の一部になって自然に生きている。それが生命本来の生き方 しかし : : : 忘れたくない。アンのことは」 じゃないかな〉 ホイド。ウィ 〈ということは、外部からの力が働いているんだな、 : 「な。せ人間を保護するんだ。森など破壊して見捨てろよ。それが自 ルスかなにか、脳に侵入して記憶のメカニズムを変化させているん然だろう」 だ。でなければ、きみまでおかしくなるはずがないもの〉 〈そんなことはできないよ〉 「治せるか ? 」 「あすは我が身とならないよう、ヒトを研究しているわけだ」 〈原因がはっきりすればね〉 ・ハロはこたえなかった。 「記憶が失われるという感じじゃないんだ。たしかに残ってはいる「燃料はいつくれる」 〈もう少し待ってくれなカ 、、。ぼくの一存では決められないよ。で のだが、それをうまく思いうかべて論理的に処理することが困難な んだ。本能的な、生きることに関するデータの処理はできるけど、 も、飛んで、どうするのさ。またもどってくるんだろうね。でなけ 抽象的な概念を推進して考えを飛躍させることができなくなりつつれば、生きていられないよ〉 ある」 「イリアだ。あそこへ行って暮らす。おれはアンを裏切りたくはな 〈たとえば ? 〉 〈その娘をつれてかい ? 子供ができたら、その子にポールで遊ば 「たとえば、そうだな、イルカなどの世話にならす、魚など食うこ
ホイドは っしょにいた。 : めるのだった。サルよりわるいとポイドはため息をついた。このグを集めてふかふかの枕をつくるときも、 ループは家族なのか。だとしたら、血のつながりというわけだ。そ食べやすく切った。 ( ンをアリスに分けてやり、できあがった枕を欲 しそうにしているのを知るとーーアリスはポイドの枕をとったりは れだけは忘れないのか。 いわねえというように触れるだけだったーーーア いっしょに暮らすうちに、彼らが簡単な意志伝達の音声を発してしなくて、これ、 リス用にもうひとっ作ってやった。アリスはうれしそうに笑って、 いることにポイドは気づいた。行くそ、とか、待て、とか。あるい それを抱きしめて眠った。ポイドは父親のことを思い出した。 はそれをくれとか、あげるとか。動作に関するものだった。きれい だとかうまいとかいう形容語はなかった。食用樹を示す言葉や、私 ( いろんなことを教えてくれた。牛の皮のはぎ方、皮を裂いてロー や君という指示語はあるようだったが、名前はなかった。それでけブを作ること、皮の袋を作ること。干肉の作り方。天候の見方、砂 っこううまくやっていた。不便がないから、複雑な抽象語は生まれ漠で水の匂いをかぐこと。雨がくるそ、と親父がいうと、必ずその ないのだろう。ポイドはグルー。フの六人にごく自然に名をつけて呼とおりになった。ナイフの使い方。馬の機嫌のとり方。牛をうまく 追う方法。学校では教えないが、生きるためにはそういう知恵が不 び、評 ロりかけた。 可欠だ。おれはそんなものは必要ないと思っていた。田舎で一生を ″長老″は、その名以外に自慢できるものをもっていなかった。い いまになって、どうしてだ、あそこが つもグループのあとにつき、おこ・ほれをもらっていた。グループのおえるつもりはなかった : みんなは老人をうとんじてはいなかったが、とりたてて世話をするむしようになっかしい : : : 初恋の相手はアリス。いまはあの家の近 : ほんと くで、農場のかみさんになって、働いているのだろうな : 風でもなかった。 ″ゴリラ″はたくましい男だった。力で枝を折り、高いところの実に、このロをきかない少女はアリスによく似ているーーだがもちろ 〃はそのん別人だーー・・人生はやりなおしがきかない。アンと出会ったのは田 をとった。それだけが取り得のようだった。″チャーリー 舎を捨ててからだ。どこだったろう ) 反対に、高い果実に手がとどかなければ、あれはすつばいにちがい アンのことならなんでも知っているはずだった。ポイドは、妻の ないという顔をしてあきらめるタイ・フだった。三人の女は年齢にひ らきがあった。いちばん年上の″ふくろう″は頭のいい、初老の女ことを忘れかけている自分に気づいて愕然とした。枝を切りとる と、ポイドはアンの顔を刻みはじめた : 主人といったところだった。このグループの主人と思われた。″レ ディ″はつんとすました冷たい感じの女だった。金ふちの眼鏡が似久しぶりにゼリー羊と出会った。パロだった。湖で網を投げてい るとパロが水面から顔をのそかせた。 合うな、とポイドは思った。 そしてグループのなかでいちばん若い″アリス″は好奇心の宿る〈燃料をあげてもいいよ〉 ポイドは網を引き寄せる。二匹の銀の魚がはねる。アリスが楽し 4 黒い物でポイドをいつも見ていた。ポイドのわきで、ポイドのやる ことを黙って見つめた。パンの実をナイフで裂くときも、その繊細そうにそれをつかまえた。
われる筋合いはない」 フルをゆっくりとポイドに向けて、ふくみ笑いをもらした。 「役立たずの案内人のくせに、わたしにたてつく気か。わたしは負ソーンはライフルを再びポイドに向けた。ナイフは無力だと第イ ポイ ドは悟った。ソーンの引金にかかる指に力がこもるのを見つめなが けたことはない。 いつもだ。イルカなど、けちらせばいし わたしとうまくやっていくことを考えたほうが利ロだ。二人でら、ポイドはポケットをおさえた。 やればうまくいく。この森の人間を教育しようじゃないか。やりが ( アン : : : どうもおれはきみのもとへは帰れそうにない。どこでお れの人生は狂ったろう。よくわからない。しかしこの最期はおれに いのある仕事だと思うがな」 「イルカたちが黙っていないだろう。銃を捨てろ、ソーン。そんなふさわしい。心残りは、アン、きみのこととアイダのことだ。貧乏 くじを引かせちまったな : : : 二人目の子は男だったろうか、それと ものはここでは必要ない」 ポイドはナイフを油断なくかまえて、足をふみ出した。ライフル も女の子 ? アイダが生まれたときもそばについていてやれなかっ どんな仕事だったろう、きみをひ ーで飛んでいた の銃口がポイドの胸を狙った。射たれるかもしれないとポイドは思 た。が、ソーンに負けるという気はしなかった。 とりにしておいてまでやらなくてはならなかった仕事とは。思い出 「やめろ、クライン。わたしたちの敵はイルカなんだろう。ならせない : : : 丈夫な子を生んでほしい。きみなら立派に育てていける だろうーーきみは子供たちに父親のことをどう言うだろう : : : きみ ば」ソーンはライフルをすっと湖に向けた。「あれをーー」 の人生を狂わせたこのおれを ) 「やめろ」 ポイドはポケットのアンの彫刻を握りしめた。ライフルが火を噴 ポイドは絶叫する。ソーンは湖に姿を見せていた一頭のイルカを いた。ポイドは倒れる。アリスが悲鳴をあげてポイドにしがみつく。 射った。銃声がとどろいた。森の住人たちは、わっと散った。アリ 「アリス 」ポイドはアリスをかかえる。「大丈夫だ」ポイドは スだけが残り、ポイドの背にしがみついた。 湖面に水しぶきがたった。ざわっく。湖の一部の色が変わる。血胸をおさえる。「なにがおこったんだ」息が苦しかった。息をつめ ていたからだ。射たれてはいない。 ポイドは、ソーンが五、六匹のゼリ 1 羊におし倒されているのを 「どうだ、クライン。イルカに飼われているだと ? おまえのよう な厭世者は虫がすかない。射たれたくなかったらナイフを捨てろ。見た。必死にもがいている。ポイドは立って草くずをはらう。恐怖 そしてわたしに忠誠を誓え。ならば許してやろう」 に大きく見開かれたソーンの目と目があった。 「戦争ごっこのつもりか、ソーン。おまえは大将にはなれないぞ。 「たすけてくれ」 どんな世界でもだ。ライフルの弾がなくなったらどうするつもり ソーンはライフルを手にしたまま、首から下をゼリー羊たちにね っとりと包まれ、どうすることもできず、たすけてくれとポイドに 5 だ。無条件でおまえを許してくれる母親はここにはいないんだ」 「だまれ」ソーンは赤い顔でどなった。おまえにそんなことを言叫んだ。ゼリー羊たちはソーンをじりじりと湖におしやる。イルカ
いた。守ってやらないと危なかった。生命の危険はさほどでなかっ せるの ? だめだよポイド ( 記億がなくなったら、生きていけない たが、生活を守るにはそれなりの努力が必要だった。森には多くの よ。ビー ーの操縦方法も忘れて、ここに帰ってくることもできな 人間が住んでいて、それそれ繩張をもっていた。ときおり他のグル ープが入りこんで食用樹を荒し、アイダをつれていこうとした。ポ 「いいから、燃料をくれ : : : ・ホールだって ? 」 ( ポール。小さな白いポール。ゴルフポールだ。アイダがそれで遊イドはそれを追いはらった。あるときポイドは、あのおとなしい ″チャーリー ″が、他のグループに入りこんで、一人の母親の腕か んでいた。おかしいな、おれはゴルフはやらない。どうしてゴルフ ら赤ん坊をかっさらい、その子を木にうちつけて殺したのを目撃し ポールがあるんだろう ) た。母親はサルのように歯をむき出して反撃した。チャーリーは逃 ポイドは焼けた魚をゆっくりと食べた。どうしても思い出せな 。ゴルフポールがどうしてアイダの手に入ったのか。たぶんアイげ出したのだが、子を殺された母親は、死んだ子を助けあげ、それ ダはどこかで拾ったのだろう。そうではないとポイドにはわかってが死んでいると知ると、もう興味をしめさずにおきざりにして森の いたが、ほかに理由を考えつけなかったので、そう思いこむことに奥へ消えていった。 どうしてこんな森にいるのかと、ポイドはふと思い、頭をし・ほら した。アリスが笑いながらポイドの真似をして魚をほおばり、熱さ にキャッと悲鳴をあげた。アリスが投げ出した魚をポイドは拾ってないと思い出せないようになった。記億が薄れてゆく。薄れるとい やり、かわりに自分のを差し出した。 うより、説明がっかなくなってゆくのだった。ポイドは、アンとの 〈じゃあね、ポイド。ばくもいろいろ忙しいんだ。燃料のことはな結婚式、牧師の顔、花嫁姿のアンの美しさい交換したリング、それ んとかしてあげるよ。友だちだものね〉 らを鮮やかに目の前にうかべることができた。だがその視覚像は自 ・ハは水中へ消えた。友だち、か。ポイドは水面を見つめた。イ分とは無縁の映画の一場面のように、いまの自分の一部だと納得す ルカたちは人間の脳をもとにもどす治療法を知っているのかもしれるには他の場面を思い出してそれらをつなぎ合わさなくてはならな ないとポイドは思った。おそらくそうにちがいない。しかしイルカ 力ー たちは決して人間をもとにもどそうとはしないだろう。陸上を減・ほ 。おれの左薬指には ( どんどんアンとアイダが遠くなってゆく : ・ しさった力をよみがえらす必要がどこにあるというのだ。海の生命まっているリングは、たしかにおれが買ったものだ。シカゴで。安 体にとっても脅威となった人間だ。 くはなかった : : : 店員が足もとを見たような態度をとったのを覚え もしかしたら、とポイドは根った。人間をこのようにしたのは、 ている。なぜシカゴなんだろう。シカゴだったかな。くそ、思い出 イルカたちなのかもしれない。ありそうなことた。 せない。おれはしだいに別人になってゆくようだ : : : ポイド・クラ インはたしかにいた : : : しかしーーーおれの人生のようでない ) ポイドは森の生活にすっかりとけこんだ。アリスはいつもわきに 「・ハック。おれじゃない」 249
社の人っていそうなビルなどひとつもその付近には見当たらなかっ よりも、騙されたことのほうが悔しいらしくて、しきりに憤慨して いったいこれはどういうことなのだろう。念の為交番でも尋ねて 「でも、不思議な話だなあ」 みたが、そういう会社は管轄内にはないという返事だった。 そう言ってから僕ははっとした。 白川女史と僕は頭の中をクエスチョン・マークだらけにしてスタ 「ねえ、″アリスのレストランに例のレコード持ってって調べて ジオにむかった。 もらいなよ」 着くとすぐに彼女はレコード協会やら著作権協会やら電話局の番白川女史も僕が何を言いたいのかすぐに察したようだった。 号案内やら登記所やらに電話をかけまくって女探偵していたらしい 輸入レコード店″アリスのレストラン″の店長でレコード博士と が、その間僕はスタジオにこもっていたので、調査の具合は知らな いうニックネームのある井田君はどんなマイナーなレーベルにも精 いが、とにかくスタジオから出てくると、彼女は、 通しているから、彼に尋けばたいていのことはわかるはずだ。 「インチキよ、これ」 翌日、彼女からもたらされた報告は、ある程度予想していたとは と目をつりあげていた。 いえ、僕をびつくりさせた。 「なんていうレコード会社、ないのよ」 「一体どうなってるのかしら。あのレコード、クラッシ、・レーベ 「はあ ? 」 ルって書いてあるんだけど、ないのよ、そんなレーベル。海賊盤や じゃああの高橋っていう男は何者なんだ。 自主制作に、さもレコード会社ふうのクレジットをつけてるだけみ 架空のレコード 会社の名刺や袋をわざわざ刷って、おまけに原稿たいよ。井田君、それにしては録音もカッティングもいいし、ジャ の依頼までしているのだ。 ケットにも金かけてるし、聴いてみたいっていうから店内で流して 何のためにそんなことをしたのだろう ? みたんだけど、すごく気に入って、もったいないなあ、これの海賊 ェイ。フリル・フールのジョークにしたってちょっと手が込みすぎ盤作って売っちゃおうかなあなんて言ってたわ」 ている。 これでますますあの高橋という男が何の意図であんなことをした こちらも発表のあてのない原稿を用意してしまったとはいえ、別のかわからなくなった。今度会ったら絶対問いつめてやろうと決心 したが、よくよく考えてみるともう一度会うことなど果たしてある に金を騙し取られたわけでもなし、実害といえるような実害はなか のだろうか。 詐欺と一 = ロえなくもないが、むこうは一銭の得にもなっていないの これまでにもいつの間にか縁遠くなり、今何しているのかなあな だ。だから、単なるいたずらとしか解釈のしようがない。 どとたまに思い出すのも二、三年、すっかりお互いに会う機会のな いまま忘れてしまっているスタッフやミュージシャンは決して少な 実際に原稿を書かされた白川女史は、この妙な一件に頭をひねる っこ 0 こ 0