しいってことになったんだよ」 いらで解放してやっても、 した。僕は、しおらしく首を横に振った。 「そうかい、そうかい」 僕は百を横に振った。いやだ。 陽気さを失わずに、ビ・ロック人は掌をゆすった。乾いた掌の上「まあ、しまいまで聞け。そりや、三十一級体がろくでもない体だ でごろごろころがるのは、大変な苦痛だった。僕は、自分の合図の ってのはわかってるが、おまえさんにとっちゃ、使いなれた体た。 意味が正確に彼に伝わったのだろうかと不安な思いにかられた。ペ何とか辛棒できるんじゃないかと思ってな」 ンザはそこまで教えていてくれたろうか。 僕は、体全体で疑問符を形づくった。 「ちっとはマシだろう、え ? 」 「とにかく、あの体は引きうけ手がいないんたよ。このまま無人に 一体何がマシだと言うのだ。これ以上マシでない状態など、一晩してくさらせるのももったいない気はするんだけどな。今までにな 中かかって一つか二つしか思いつけないくらいだ。 かった体たから、そのうちに面白い使いみちが見つかるかも知れん 「おまえさんに質問があるんだがーーー」 っ : っ・・つ .. 掌に顔を近づけたらしく、直立イノシシの強烈な口は、体側に 並んでいる臭線を刺激した。僕は、失礼にあたらないよう、おとな「わかってる、わかってる。第六器官もついてないし、一日三度 しく小首をかしげて、拝聴の姿勢をとった。 は、えらく複雑な栄養分を補給しなくちゃならん。おまけに、消化 「刑期を短縮してもらいたくないか ? 」 しきれなかったものを捨てるという、あのおそましい作業がある。 あんまり激しくうなずいたので、僕は掌からころげ落ちそうにな空も飛べんし、全体の効率が悪くて、不必要なまでに重い割に、信 じられないほどきやしゃなっくりになっている。保安官もいまし や、あの体を召し上げたことを後悔しているんだよ。面白半分にあ 「もっとも、ただ短縮する訳しゃない」 僕はうなずくのをやめた。どうせこんなことだろうと思った。世れを使用した奴が二人まで、神経衰弱にかかったくらいだ。ミた スのからこそ、刑期が短縮になるんじゃないか の中、そんなにうまい話がころがっている筈はない。・ 僕の頭脳ーーーあるいは、霊魂ーーーは、全速力で回転していた。こ 身の上にとってはなおさらだ。 いつは何をべらべらしゃべってるんだ。三十一級体 ? 空も飛べな 「三十一級体が新設されるんだがーー」 悪効率 ? 召し上げた ? そりや一体ーーー僕の体のことしゃ 、、ズらしくもないことだが、儺は身をふるわせた。三十一級 体 ! その言葉のひびきには、おそろしく不吉なものがあった。こないか , の ズの身さえ三十級体だってのに、三十一級体 ? どんなとん「よし、一月半だ。それくらいなら我慢できるだろう。そのかわ でもない体なんだ。 、あとで六級体か、五級体を配給してやるからーーー」 「そいつに引っ越す気があるなら、おまえさんをあとふた月かそこ失礼な。僕はその体で、三十年も我慢して来たんたそ。 3
カメのように見えるのか、それとも、あの / ッペラボウのひじかけとしてる。大体おまえの管理ふゆきとどきだ。避けられた筈なの 椅子そっくりのやつだろうか。 「こんにちは」 とがった顔をした紫色のパッタが腹にすえかねる様子で反論した オウナー と、僕は言った。この場にふさわしいあいさっとは思えないけれ ( 何代か前の″持主″に違いない ) が、ペンザⅡビ・ロック人に鋭 い声で制されて、黙った。 ど、どんな言い方が適切なのか、見当もっかない。 ・ヘンザ日ビ・ロック人が、足許に注意しながら進み出た。下手に 「あのうーー」 足を下ろしたら、同族を数人まとめて殺しかねないからだろう。 僕はおそるおそる、たった今でっちあげた提案をきり出した。 「この地へようこそ、と言いたいところだがーー・」 「こちらの不注意で、貴重な体をひとっこわしてしまい、大変申し 厳粛な声で、彼はしゃべり出した。英語だ。 訳なく思っております。代わりと言ってはなんですが、何か別の動 「大変なことをしてくれたな」 物の体を受けとっていただいて 「親切にしてやったのに」 「あんたの体か ? 」 と、オレンジイ / シシがつけ加える。 馬鹿にしたように、ペンザビ・ロック人が口をはさむ。ハエの 工 耳許で、ハ 日ペンザが旋回した。彼も、親切にされたおぼえは体のほうがお好みらしい ないらしい 「と、とんでもない。わたくしの母星には、いろいろな動物がおり 「大切な、″体″がひとっ減ってしまった。それも、最高級の体、ます。ちょっと行ってそいつをつかまえて来ますからーーー」 第一級体だ」 「魅力的な提案だが、そりや黙目だ。あんたを乗せたら、ここに戻 。ヘンザ日ビ・ロック人は続けた。 って来やしないだろう」 「おれの体だ ! 」 「そ、それではーーー」 とキイキイ声で叫んだのはヘリコウモリだ。 飛行生物の大部分が、いつの間にか地上やキノコの上に降りてお 「あなたの体ですって ? 」 り、ペンザの羽音がやけに耳についた。 下手に出て、僕は訊いた。 「この自治区の法律では、第一級体破壊の罪は、第三十級体への禁 「そうさ。あと七時間は、割り当てが残ってたのに。今じゃこんな錮二年だ」 ポロを使わされるハメになってーーー」 「第三十級体 ? 」 してみると、僕につぶされたあと、うまいこと転生に成功したら「ひでえ体だぜ」 しい。少しホッとした。 小気味よさそうに、ヘリコウモリが解説した。 「ポロとは何だ。手入れは悪くない筈だそ。第六器官だってちゃん「食い物は悪いし、泥の中を這い回らなければならん。受刑者にだ 0 9
トをつたわってけば、なんとかに出られるはずよ」 ノー ! するとすべては 認識は稲妻のように来た。「それかー 立ちあがったおれは、左手をこぶしに握って痛みをこらえた。 画策されたことだったのか ! 故障は計画のひとつ。プログラムさ 7 「よしきた、行く ! 」 れてたんだ ! 」 そのとたんである、シャフトから熱風の波があふれ出たのは。周おれは女を突きはなした。腕に痛みがはしり、女はクッションの あいだに倒れた。 囲でまぶしい光が爆発した システムがおのれを修理したのだ。 機械に特有のこれが当然という風情で、ふたたび機能しはじめたの 「そうよ」と、女はすばやく起きなおった。「認めるわ。でも、ほ である。 かにあんたを納得させる手があって ? システムはもうぼろ・ほろ 「生きてるわ、わたしたち」女はささやいて、おれの胸にもたれよ。古びて、いっこわれるかわからない。本当よ。ね、あんたが必 た。「生きのびたのよ、今度のところは」 要なの。わたしにはただの遊びーーそう思ってるの ? わたしたち その意味をおれは理解した。これまでシステムは一度も故障した竜にはあんたが必要 : : : あんたって、そこまでシステムペったりな ことはないが、いったん故障してしまうと、 いくどくり返されるかの ? 処理されちゃってるの ? わからないの : わからない。空気はみるみる澄み、裂けた天井と踏みあらされたク もううんざりだった。女にも、竜にも。「気ちがいだよ、きみら ッションだけがいまの事件を偲ばせるものだった。 は ! 狂人だ。偏執狂、・ハラノイア、アモキスト ! 」昔の人間につ いての知識が、命令に応じるかのように、心にうかんできた。「閉 おれはまばたきし、習慣どおり、人間が出逢う場合にノーマルと される距離をとったーーー三メートルを。が、女はまたすりよってき所恐怖症なのさ ! きみらはシステムのなかにいるのがたまらなく た。これだけの昻奮があったのだから、もう一夜をともにしたい気なったんだ。せますぎて。システムの力が理解できず、いつも人間 になったのか ? おれのうけた教育は女をしかるべき距離だけおしのなかにいなくちゃならない。できるならしよっちゅう誰かにさわ もどすよう命じているのだが、それができなかった。女があまりそっていたい : ・ : 」そう考えただけでめまいがした。「きみだって、 ばにいるので、おれは不快だったーーー女と何をすればいいのか ? おれと個人的つながりをもちたかったんだろ ? 」問うまでもなかっ しかし、同時に快感をもお・ほえた。女というものを感じとって た。女の顔を見れば答えはわかった。逃げるんだーーーおれは考え いたから。 た。ここからー 女はじっとおれの眼をのぞきこんで、「まだチャンスがあるわ。 通廊にのがれた。いいかげんな方角に走る。おれの思考の大浪に 急がなきや。誰にもわからないもの、システムが次の発作をのりきぶつかる。個人的つながり ! これが昔の社会をとんでもなく複雑 れるかどうか。ね、協力してくれる ? わたしたち、竜が独立できなものにしたてあげ、制御不能にしてしまったのだ。人間に不幸を るように・ わたしたちには迷路専門家が要るの。わたしだっ運んだとはいわずとも、たいていはその安らぎを奪ってしまったの て、もうひとりはいや」 。おれは走った。命がけで。原子化された社会でなければ、
〈でもこんなものが残っているなんて、よほどいい保存状態だった「ばかな。おれは妻の笑顔をお・ほえている。いつもとおなじよう んたな。この付近を掘れば、きみの言う町がそっくりあらわれるか に、家を送り出してくれた。娘は・コルフポールで遊んでいた。おれ 2 もしれない〉 はゴルフはやらない。以前ビー / 1 に乗せた客が、飛行場に迎えに きていたアイダにくれたんだ : : : まだ五つだ。どうして死ななけれ ポイドはふらりと立ち、足を家の方へ向ける。雲の上を歩いてい ばいけないんだ ? 」 るように足元がたよりなかった。 ( 一」のへんにアンの小学校があった。アンは子供たちに慕われてい ゼリー羊は困ったように、ビュルルと言った。」〈家族を愛してい たんだね〉 た。子供たちをつれてイチゴつみにでかけたりしたものだ。そのと 「愛していた ? なぜ過去形で言う。ここだ。この下だ」 なりに教会。丘があって、その中腹に建つ小さな家。暖かかった。 ポイドは砂を掘った。すぐ下に、家族が生き理めにされているの あれはどこへいってしまったんだ。二階建ての家。いや : : : それは おれの生家だ。アンとおれが買ったのは平屋の白いーーー ) ポイドは だという思いに憑かれて。身体は砂と埃にまみれ、腕はしびれ、動 ふと考えを中断した : ・ ( ここはイリアだ ) ポイドはあたりを見けなくなった。ポイドは掘った穴にうずくまり、声をおしころして まわす。 ( この砂はなんだ ? ) 膝をつき、手で砂をすくった。 ( 家泣いた。 C ハックを殺したむくいだ。おれが殺したんだ。あのとき・ハックは を買った。住み心地がよさそうだとアンははしゃいでいた。二重の 窓、大きなストー・フ、小さいが働きやすい台所に、寝室が二つ。外麻薬に酔っていた。うまくやれば事故にみせかけることができると 壁は白くて いや、白だったろうか ? そうだ、おれがペンキをおれは計算した。そして、そのとおりになった。もともとおれの銃 塗ったんだ。おれの仕事だったーーー子供のころだーーーまてよ、おれは調子がわるかったんだ。パックがおれの銃を引いたとき、おれは はアンと自分の家を塗ったろうか ? ) 引金から指を離さなかった ) ポイドは、はっと顔をあげる。 ( 嘘 〈ポイド〉ゼリー羊が寄ってきた。〈もどろう。ここにいてもしか だ。おれはなんてことを考えているんだろう。あれは事故だった。 たがないよ〉 アンもわかってくれた。そうでなければ、アンはおれを許すことな 「待ってくれ・ : ・ : おれは : : : 」 く、もちろんおれと結婚するはずもない。アンが証拠だ。おれの虹 〈砂嵐がきたら危ないよ。この辺は天候が不安定なんだ〉 実を証明する、唯一の証人 ) 「森にもどってどうしろというんだ。おれにはここ以外に帰るとこ〈美人だったんだろうな〉 ろはない」 「美人 ? イルカになにがわかる。そうとも、小柄だが芯の強い女 ゼリー羊はビーという音を出した。ため息のようだった。 だ。アンがいなければおれは生きてはいられなかったろう」 〈気持はわかるけどさ、ポイド、きみの世界は消えちゃったんた〈髪はやつばり金色だった ? 〉 「髪 ? そうさ : ・ よ。奥さんも娘さんも、ずっと昔に死んでるんだ〉 いや、茶色だった : : と思う」
け割り当てられる体だ」 は腐敗質の上た。大体の生活方法は、体が覚えている。つつつき鳥 ごくりと唾をのみこんで、僕は逃げ道を探した。このままコント に注意することた。幸運を祈る」 ロール・ルームに駆け込んで″ャーマス″を発進させればーーー。駄冗談しゃない、 と言おうとしたが、この体には声帯がなかった。 目だ。発進準備に三十分はかかる。おまけに、ビ・ロック人は気が ズの本能が目覚めて、僕はとにかく、もっと湿ったところへ行 短いようだった。 こうと、草の上を這いはじめた。エデンの園には、 ズはいたん だろうかと思いながら。 「それじゃ、気の毒だが早速刑の執行といくかな」 「無茶な。裁判もしないんですか , 「これが裁判だ , ズに変身 ( 引っ越し ) してからのことは、あまり話したくな ペンザ日ビ・ロック人はけげんそうな顔をした。 ミミズとして生活したことのない人にはわからないだろうが 、、ズを見た時には、どうかや 「さもなきや、何のためにおれたちがガン首そろえてると思ったん楽なくらしとは言いかねる。今度、 さしくしてやって欲しい。地を這うのはなかなかどうして重労働だ だ ? みんな、こいつは自分のやったことを認めた。有罪だな」 し、エサときた日には 何十もの同意の声が、数オクターヴにわたっておこった。僕は、 だから、 ビ・ロック人の英語習得の速さから、この星の文明の程度を、少し 、、ズになって何日目だったか、何週間目だったか、ひ 高く見積りすぎていたことに気づいた。 よっとして何時間目だったかに、オレンジイノシシが、僕の住処で あるどろどろぬめぬめした場所へやって来た時は、この体から抜け 「早くはじめれば早く終わる。ではーーー」 出すためなら、何をやっても、 しいという気分になっていた。 ペンザⅡビ・ロック人は右手を伸ばして水平にふった。 「出て来い」 「や、やめーーー」 逃げる努力をする余裕もなく、僕は一瞬のうちに、盲目にされて野太いオレンジイノシシの声が、体表に散らばった聴覚器官をふ いた。いや、僕の魂が、第三十級体にぶちこまれたのだ。変化は突るわせると、僕は必死になって泥の褥から這い出し、うすい水の層 然で、何の前触れもなかった。こうなっては、強制輪廻とやらを信の上に首をつき出した。ビ・ロック人がどんな提案を持って来たに せよ、今より事態が悪くなるとは考えられなかった。例えつつつき じない訳にはしカオし 鳥の餌になるようなことであってもだ。 はるかな高みから、妙にくぐもったペンザⅡビ・ロック人の声が 降って来た。 ビ・ロック人は、ざらざらした二本の指で僕の首っ玉をつまみ、 「一応、・フリーフィングをしておいてあげよう。今度のあんたの体掌の上にのせた。 は、十五センチくらいの長さの、そう、ミミ ズみたいなものだ。視「どうだい、調子は ? 覚器官はないが、第六器官の幼稚なやつならくつついている。主食 、ともほがらかに、オレンジイノシシは ~ 長れなドロミミ ズに下問 2 9
しかし、僕は情熱をこめてうなすいた。 口にされることには慣れていないのた。 「そんなことより、 「よかった ! 」 いい話がある。おまえさんの船で、素敵な体が 9 シェリフ イノシシが嬉しそうな声を上げたとたん、感覚の奔流がを襲っ見つかったんた。郡保安官は、一級体に匹敵すると言ってる。頑丈 た。例によって、前ぶれのない引っ越しだ。フィルターをとりはずだし、大きさも手ごろだ。空も飛べる。勿論、第六器官として使え されたように流れ込んで来た、はっきりした音、音、音。音はやはるものもついているそうだ。なかなかけっこうな体らしいぜ。今増 り、耳で聴くのが一番だ。そして、なっかしや目もくらむ光。正常産の準備にはいっている。ただしーーー」 な触感、よく理解できる信号に変調された匂い。ロの中のかすかな毛深いビ・ロック人は、親身らしく僕の ペンザのーーー顔に、 鼻面を近づけた。卒倒しそうな匂いだ。 ビ・ロック人は手回しよく、三十一級体を小さな沼地のそばに横「所有権は主張しないほうがいいぞ。シ = リフは気が立ってる。刑 たえておいてくれたのだ。僕はもどって来た五感の洪水に身をまか期短縮も取り消されかねんからな」 せた。第六器官なぞくそくらえ。どんなに大事な器官か知らない そんなけっこうな″体″を、千光年もの彼方から運んで来た覚え が、どうせ僕には使いこなせないのだ。ふくらんだ膀胱の感覚に歓はないので、僕は不思議に思いながら、ビ・ロック人のあとについ 声を上げ、そばにイノシシがいるのも忘れて、久しぶりの放尿を楽て着陸地点へ向かった。 ズの体からは抜け出せたものの、なや しもうとした時、僕ははしめて異常を感した。 みのタネは沢山ある。この体もその一つだ。いっかはペンザに返さ なければならないだろうが、その時、この僕はどうなるのか。手頃 この指は、この腕は、この足は この体は、違う。僕の体じゃな体を手に入れたとしても、ビ・ロック人たちが、この星から出し てくれるかどうかーーー何しろ、体はどんな体でも、ここでは貴重品 「これ、これは、ペンザの体だ . なのだ。三十級体に住みこんで母星にもどるのは、どうもそっとし ビ・ロック人は、空き家になった三十級体を、黄緑色の泥の中にないし 横たえているところだった。ここしばらくの魂の住処を外側からな あれこれ思い悩みながらの道中は、短かった。もっとも、往路は がめるのは初めてたったが、今はそれどころではない。 ミミズと化して草の間を這って来たのたから、帰り道が短いのも当 「僕の体は、どうしたんだ ? 」 然だろう。 「おまえさんの ? ああ、小さいほうのやっか。あれなら、三代目僕たちはすぐに、ワイン・レッドの草原に出た。五、六人のビ・ に使った奴が崖からおっことした。・ ( ランスをくずしたんだな。無ロック人 ( たと思う ) が、僕の船の周囲に群がって、地面の上の何 理もない。あんな反応のにぶい体じゃあ」 かを観察している。オレンジイノシシが大声をはり上げると、その 僕は声も出なかった。自分の体を、中古の乗り物か何かのように うちの三人が、手と、羽と、まきひげと触角を振ってあいさつを返
ペンザは、僕の掌が鳴った瞬間、両眼を見開いて硬直し、ひえっ つくりとこちらへ向きなおったペンザは、奇妙に無表情な口調 というふうに聴こえる声をあげた。そして、こちらが話を再開しょ で答えた。 うと口を開くと、さっと身を翻して僕をつきとばし、脱兎のごとく 「比較的ね」 いささかかっとなって、僕はペンザをにらみつけた。こっちは奴部屋から駆け出して行ってしまったのだ。 のために、はるばる千光年もすっ飛んで来たのだ。比較的、という「こ、こらーー」 運よくジェリー ドの上に軟着陸した僕は、首をねじ曲げて 言い草はないだろう。 「この体のせいだ」 遠慮がちに叫んだ。ペンザの褐色の腕が、ドアの端から消えるとこ ペンザは両手を広げて、顔をしかめた。 ろだった。ペッドにひっくり返ったまま、僕はそれを見送った。ペ ンザの意外なふるまいに圧倒されて、追いかける気力も起こらな 「病気か ? 」 僕は急に心配になった。こんなところまで来て、伝染病をうっさ 「だってんだ」 れてはたまらない。 半開きのスライド・ドアに向かって、僕はひとりごちた。 「まあ、それほどひどくはない」 再び、怒りの発作がよみがえった。 「何だってんだ」 くり返して、僕は立ち上った。 「だったら、何だって定時報告を忘れたりしたんだ ? ライス次長 が、つまらないことで大騒ぎするたちなのは知ってる筈だ。五回も呆然としてあたりを見回した視線に、端末器の多層液晶ディスプ 報告を抜かしたら、どういうことになるか、おまえだってーーー」 レイがとまる。 僕はわめくのをやめた。 「ビ・ロック 8 には、知的生物が存在するがーーー」 ペンザには、真面目に話を聞く気はないようだった。彼の目は、 タイミングよく、ブーンという低い羽音が、耳にとびこんで来 ちょうど廊下のほうからとびこんで来た、 ( 工に似た小型昆虫の飛た。例の小型の ( 工みたいな生物が、もう一匹室内にいるらしい 行を追って、落ちつきなく動いていた。 突然、霊感にうたれて、僕の下腹がうつろになった。おそるおそ 「こっちを向け ! 」 る両手を開いて、目の前にもって来る。 僕は目の前に飛んで来たその虫を両手でパンとたたきつぶし、大まさか。 声を上げた。 つぶれた虫の死体は、掌には見あたらなかった。右手の拇指のつ 「話を聞くんだ ! 」 、、色のしみが残っ け根に、よほど目を近づけなければわからなしを 整一いたことに、 この動作は、ペンザに必要以上のショックを与えているたけだ。 たようだった。 まさか 5 8
ゾチアルストハスティクの法則は適用されないのだ。竜ーーーこの竜 たちは、システムをゆるがそうとしている。カタストロフィありと すれば、それはたちによってであろう。疲れはてておれは足をと めた。 眼の前のア・ハートがあいている。そこへはいった。汚いものでも つかむみたいにあのベルトを腕からとり、シャワーをあびる。ひら いた傷口に汗がすごくしみた。自動医療器がすぐそこに細かい粉末 をふきかけ、痛みはたちどころに和らいだが、おれはそれにもろく に気づかなかった。まだそれだけ昻奮していたのだ。連中はおれを スパイしていたのに違いない。おれこそ連中に必要な迷路専門家と 思い、おれの反応も計算ずみだったのだろう。どっこい、それは計 算違いというもの。連中が考えたよりおれは利ロだった。連中の心 底をおれは見ぬいた。竜たちょ、ひっかからないぜ、おれはー 徐々に落ちついてきて、凝縮ロ糧をかみ、横になる。お気に入り の舞台装置を念じた。木星が巨大な光球となって眼のまえにあらわ れた。大赤点の輝き。南温帯、南熱帯じよう乱のグリーンのしまに かこまれて。眼下はガニメデの岩の表層。 ガニメデⅡ現実におれがそこへ行きつくことはないだろう、も しも : そのことさえ連中は探りだしたのだ。ガニメデ。 いつも はるかなものを夢みるだけということ。なんと的確にやつらはおれ の反応を知っていたことか はたしておれは本当に相手を見ぬい たのか ? 見ぬくようにしむけられたのではなかろうか ? おれが 自由意志で決断できるように、と ? 狂人の集団 ! これからどん な意外事が待ちかまえているか , ー・ーそれを思うたけでふるえが来 た。システムからの脱出ーーーそれはなんとかなる。しかし、それに つづく宇宙飛行。つねに同じ顔をながめる。毎日、毎時間℃ ょに食事をし、話し、話し、話し : 。人間たちの汗の匂い : : : 安 らぎはもはやない。 システムの論理的冷静さというものはない。大 きすぎるジャンプではないのか。おれには耐えきれるまい。しか し、木星とガニメデと : : どういうことだ ! 夢は現実の助けにな らぬ。 ひょっとすると、ひょっとすると、システムもこの冒険をおれの ためにアレンジしてくれたのかもしれない。変化を求めてわめいた のはおれなのだから : ・ 薬が効きはじめ、おれは眠りにおちた。システムのやわらかな、 どこででも聞こえる音につつまれて。 フェニックスアロイ アイデア募集・結果発表 「形状記憶合金をどう使う ? 」 これに応えて、 多数の読者からアイデアが寄せられましたが、この 中から選考の結果、福岡市の吉良義文さんほか五名 の方に、株タカラから世界最初の形状記憶合金玩具 「フェニックスアロイ」が送られました。 9 7
い ? ヒトじゃないな ? 〉 ってたさ。イルカ同士では音声で意志伝達してるたろうっていうの 雑音が混った聞きとりにくい声だったが、意味は通した。 は、ホ。ヒ、ラー科学雑誌で読んだことがあるけどーーー分子ロポットた 3 2 「おどろきだ、だって ? おどろいてるのはこっちのほうた。なんって ? 古代ヒト語だ ? なにを言ってるんた。おれは自分の精神 でしゃべれるんだ」 を疑いたくなってきたよ」 〈びつくりしてるのはこっちさ。どこからきたんだい。・ほくのほう 〈・ほくもさ。動物が話しをするなんて、びつくりだ〉 へおいでよ〉 「すると、おれは動物か。サルと同じだっていうのか」 「・ほくのほう ? 」 〈ちがうみたいだね。ヒトじゃなさそうだ〉 〈こっちだよ〉ゼリー羊は触角で湖を指した。〈・ほくは。 ( ロ。ヒト 「ここは : ・ : とんでもない森のようだな : ・・ : 帰りたいよ。おれには の世話係なんた〉 妻と娘がいるんだ。心配しているたろうーーー連絡はとれないだろう か」 ポイドは目を細めて湖を見やった。一頭のイルカがはしゃぐよう に上半身を水上にあげて立ち泳ぎしていた。 そうポイドは言いながら、自分の言葉をばかげていると思った。 「どういうことなんた。あれはイルカじゃないか」 夢のなかのイルカがどうして現実世界と連絡がとれるものか。 〈あれ ? そうだよ、・ほくはイルカ族だよ。そうか、きみは高分子〈うん、 いいよ。でも、どこなの ? きみは水生ではないみたいだ ロポットを・ほくと勘ちがいしてるんだ。おいでよ、近くで話そう〉けど : : : 陸には高等知性体はいないはずたけどな。ずっと昔に、ヒ ゼリー羊は草原をもこもこと動いて湖に近づいた。イルカが大きト が陸上生命体を減。ほしたって、学校で習った〉 くジャン。フしてポイドを迎えた。浅瀬に寄ってきて息を吐く。ちょ 「ばかな。昔たって ? おれは昨日、ここに来たんだ」そしてポイ こんと水面から顔をのぞかせて、きれいな歯の並ぶロの奥から、笑ドは、おそるおそる、訊いた。 「いまは この世界は何年た」 い声のようなかん高い音を出した。 〈三一の二一五六年だよ〉 「フム。それがイルカ語なんだな」 「おれの知ってる世界とはちがうようだ」 〈そうだよ〉ポイドのかたわらでゼリー羊が言った。〈きみは古代ポイドは草むらに腰をおろした。ゼリー羊が寄ってきて、いろい ヒト語のひとつを話すんだな。どこで習ったんだい。どこから来たろきはじめた。ポイドは生返事をしながら、心が冷えていくのを の ? 森のヒト族じゃないね。わあ、ほんとにびつくりだよ。学者感じた。 は・ほくを信じないだろうな。陸上動物のなかに言葉がっかえる者が 〈フラッシュ ックかもしれないな〉ゼリー羊・パロが言った。 いるなんて〉 〈昔、ヒトは高エネルギーの源を手に入れていたらしいよ。そいっ 「ちょっと待てよ , ーーわからないな。おれはひどい夢を見てるようで時空が歪んたんだ。そのふきかえしが、きみをここにつれてきた だーーーイルカが話しをするなんてな 利ロな動物たってことは知んだ。で読んたことがあるよ〉
なんてものは一度体験してしまえ ' はあとにはほとんど何も残らな 「大丈夫だよ。わたしが面倒をみる。あいつには、もう何年も追い 。着陸するまで、死にたくなるほど退屈だったよ」 かけられているんだ」 〈追跡者〉はけものだったが、身にまとわる雰囲気から、単なるけ 「大丈夫だっていうんなら : : : 」 らまちがいない、大丈夫だ。あいつは、ほしがっているものがひともの以上のものだということがわかった。見たところは熊と猿のあ つあるんだが、やれないんだ」 いのこだが、人間を思わせるところもある。毛におおわれていて、 ートは台所を通って行ってドアをあけた。〈追跡者〉がは着ているものは衣類というよりは馬具だし、においについては冗談 ートには目もくれずかすめ通って居間にとびこのひとつぐらい出てもおかしくない。 ってくる。ラン・、 むと、フィルのまん前で急停止した。 「簡単な質問をひとつだけしようと思って」と、ほえるような声を 出した。「もう何年も追いかけてきました。役に立っ答えがもらえ 「やっとのことで、あなたの部屋まで来て追いっきましたね」と、 〈追跡者〉が叫んだ。「もう逃がしません。あなたに投げつけられれば、充分なお礼をする用意もあります。それなのにいつも、つか た侮辱の数々といったらーーー話を交わすためにあなたの減茶苦茶なまえたと思えばすりぬけられてしまった。じっさい、かすんで、消 言語を習い、びったりあとを追いつづけて、それなのにずっとっかえてしまうんです。なんでそんなことをしたんですか。、どうして待 ってくれないのか。なぜ話をしてくれないんですか。言い訳も立た まえられす、あなたへの執着心を見た知人たちには完全に狂ってい ると言って大笑いされたものです。それなのにあなたはいつも、目ず、待ち伏せする破目にまでなってしまったのもあなたのせいで の前で逃げ去りました。必要もないのにわたしのことをこわがっす。恥ずかしいことですが、きたない手をつかい、金もっかって、 て。わたしののそみはただ、あなたと話すことだけなんです」 あなたの惑星の位置と家のありかをつきとめ、ここまで来てあなた 「なんでこわがらの家でつかまえようと待ち伏せしました。あなたのような人でも家 「こわがったわけじゃない」とフィルは言った。 にもどらないはすがないと思ったのです。待つあいだに奥深い森林 なければいけないんだ。かすることさえできなかったくせに」 「宇宙船の内部の逃げ道をこちらがふさいだときには、船の外にヘ地帯をうろっき、このへんの住民たちを、意図的にではなくたまた ばりついたりまでしたじゃないですか。わたしから逃げるためにはまみつかったときだけですがこわがらせてしまいました。家を見張 宇宙の孤独な極寒すらしのいだ。あの寒さと宇宙空間に耐えるなんって待ちつづけ、このもうひとりのあなたを見て、これがあなただ とんな生命体なんですか」 てーーーあなたはいったい、・ とも思ったのですが、ちゃんと観察するとちがうことがわかりまし た。そうしてやっと : : : 」 「そんなことをしたのは一度だけだし、それも、きみから逃げるた 「もうしし めじゃない。どんな感じかためしてみたかったんだ。星間宇宙の空 「ちょっと待ってくれ」どフ . イル。 、、。わざわざ説明して くれないでいいよ」 間に触れて、それがどんなものかを知りたかった。けれど知るほど のものは何もない。かくすつもりもないが、宇宙空間の驚異や恐怖「けれど、そちらからは説明してもらわなければなりません。だっ 8 4