「あなたには興味をそそられますな」と〈投資者〉は言った。彼らま私たちが当面しているような、困難な独占的状況は避けられます からね。あなたとの交渉のような」 にしてみればたいへんな熱狂ぶりと言える。スパイダー・ローズは ほほえんだ。少尉はつづけた。「珍らしい鉱産物ですね、価値の算「どんなものだろうと力なんて欲しくないね。地位なんて私にや無 意味なんだよ。何か新しいものを見せておくれ」 定はむずかしい。二十五万ギガワットさしあげましよう」 お仲間はどう思うでしよう ? 」 ス・ ( イダー・ローズは答えた。「ステ 1 ションの維持と自衛に必「地位がなくていし 要なエネルギーなら持っているよ。ありがたいけれどね、そんなに「私はひとりでやっているもの」 〈投資者〉は瞬膜をかぶせて目を隠した。「集団本能を殺したので たくさんは貯蔵できないから」 「貯蔵用に安定プラズマ格子もさしあげますよ」この予期せぬ途方すか ? 不吉な進歩だ。では、新しい手を使いましようか。兵器を もない気前のよさには、彼女も圧倒されるはずだった。プラズマ格考慮に入れてごらんになりませんか ? 使用に関して種々の条件に 子の製作というのは人類の科学技術のはるかに及ばないことであ同意していただけるなら、あなたたけに強力な武器をさしあげまし よう」 り、それを手に入れれば十年間は語り草となるはずなのだ。彼女が 夢にも望んでいなかったものである。「興味はないわ」とスパイダ「いまでも何とかやっているさ」 ・ローズは答えた。 「私たちの政治技術をご利用にもなれますよ。主要〈生体工作者〉 グループに強力に働きかけて、条約によってあなたを保護してさし 〈投資者〉はえり毛をたてた。「銀河交易の基本通貨に興味がない あげてもいい。十年か二十年かかるかもしれませんが、可能なこと ですと ? 」 です」 「私がそれを使える相手はあんたたちたけだものね」 ローズは答え 「私を恐いというのは連中の勝手」とス・ハイダー 「若い種族との交易というやつは報われないものだ」と〈投資者〉 た。「逆じゃないさ」 は洩らした。「ではあなたは情報を求めておられるのですな。あな 「なら、新しい居住区だ」〈投資者〉はねばりづよかった。「純金 たたち若い種族はいつもテクノロジーで商売したがるものです。 〈生体工作者〉のあいだで取引きされる〈生体工作〉技術も持ってに囲まれてだって暮らせますよ」 「このままが好きなんでね」 いますよーー・興味はおありですか ? 」 ・ローズは言った。 「産業スパイというわけ ? 」とスパイダー 「八「あなたがおもしろいと思う製品があるかもしれない」と〈投資 十年前なら話はべつだけど。だめだね、あんたたち〈投資者〉のこ者〉は言った。「データを送りますから用意してくたさい」 とは知りすぎているもの。あんたたちはカの均衡を保っため、連中 ス。ハイター ・ローズは八時間かけてさまざまな商品を調べた。急 に〈機械主義者〉の技術を売るだけだろう」 ぐことはない。せつかちになるにも彼女は齢をとりすぎていたし、 「競争力をもっ市場が好きなのです」と〈投資者〉も認めた。「い 〈投資者〉は商売をするために生きているのた。 6 8
はある。ス・ハイダー・ローズはそれを正常なこととしてうけとめ 無ーーーいや、無に近いものというべきか。それがスパイダー・ロ 1 ズのうちにあるすべてだった。多少の感情が存在したときもあた。 る。二百年の時代を経た情緒のもつれあうかたまり。彼女はそれを たしかに正常なことだった。人間にとってはちがうかもしれない 脳への注射により溶かしさっていた。いま残っているものといえが、二百歳にもなり、天王星の軌道上をめぐって自転するクモの巣 ば、金づちでたたきつぶしたゴキ・フリの残りかすと変わりなかつ状の居住区に暮らすものにとってみれば正常なことだ。身体には若 、ホルモンがたぎり、叡智を秘めていつも変わらず若々しい顔は石 スパイダー・ローズはゴキ・フリならよく知っていた。軌道上にあ膏型からぬきとられたばかりの新品同様だったし、長い白髪は波う メカ - 一スト る〈機械主義者〉のコロ = ーに存在する事実上唯一の動物生命形態ち、光学繊維の人工植毛を誇示していて、その斜めにカットされた はじめ だったから。草創期から宇宙船に巣くっていたし、じようぶで繁殖先端には目に見えないくらい細かな宝石のように光の粒が浮かんで カそのことは考えずにいた。そして 力があり、適応性に富んでいるので殺せなかったのだ。〈機械主義いる : : : 彼女は老人だった。・、、 者〉がライヴァルである〈生体工作者〉から盗んだ遺伝学の技術を孤独だった。が、そうした感情は薬物を使って溶かしさっていた。 用い、ゴキ・フリをいろどりも鮮かなペットに変えたのは、当然のなそれに彼女は、〈投資者〉が欲しがっているもの、あの爬虫類型異 アイファング りゆきだった。スパイダー・ローズのお気に入りは、体長三〇セン星貿易種族がおのれの眼矛とひきかえにでも手に入れようとする ものを持っていた。 チ、黒光りするキチン質の上に赤や黄の色素の落書模様がいつばい に広がっているゴキプリだ。いまそれは彼女の頭にしがみついてい ポリカーポンのクモの巣、つまり彼女の名前のもととなった広く ・ハスぐらいの大きさの宝石 る。ゴキ・フリは彼女のみごとな額から汗を吸っていたが、彼女は気はりめぐらされた貨物ネットのなかに、 づかなかった。心はよそにあって、来訪者に目を光らせていたのをつなぎとめてあるのだ。 だから彼女は見張る。脳を計器に接続し、疲れを知らず、べつに 彼女は八台の望遠鏡で見張っていた。八つの像はコンビュータで興味をひかれているわけではないにせよ、退屈しているわけでもな クリスタル 合成され、頭骨基部の神経・結晶質接合部をとおして脳に送られてく。退屈は危険だ。落着きを失うことになり、落着きのなさは宇宙 シンル くる。彼女にはいま眼が八つあった。彼女が象徴とするクモと同じの居住区では致命的なものにもなる。ここでは悪意、いやたんなる だ。耳は一定の弱いレーダーパルスで、必死に不気味なひずみはな不注意でさえ生命を奪うものとなるのだ。正しい生存行動とは いかとそばだてられている。そのひずみこそ〈投資者〉の宇宙船の精神的なクモの巣のまん中に身をひそめ、理性の澄みきったユーク 存在を示してくれるものなのだ。 リッド的クモの糸を全方向にはりめぐらし、そこに足をかけて感覚 ローズは賢明だった。本来なら気が狂っておかしくないが、化学の不穏な乱れを伝えるごくささいな振動も見逃さないこと。そして 的に正気の基盤をつくり、それを維持するモニター技術が、彼女にその感覚が糸にからまるのが感じられれば、とんでいってその大き こ 0
宇宙のクモの巣に宝石を留め、投資者を待つ彼女はニ百歳の若々しい老女・・・ ス / イダ・ローズ プル = ス・スタリング 小川隆訳 イラストレ→ョジ天野嘉孝 SPIDER ROSE 82
賢い〈投資者〉が石ころのような二足生物や、高重力惑星に棲む富した。「で、その宝石とやらはどこにあるんです ? 」 ローズは一一「ロっ と水素でふくれあがったおひとよしの風船生物をだましているとこ 「データを送るから用意しておくれ」とスパイダー ろ。宝石をどっしりとまとった〈投資者〉族の女王たちは、崇拝すてキーポードに触れた。見守るスクリ】ンの上に、練りに練った売 るハーレムの男たちにかこまれ、高さ数マイルにわたって刻まれた り口上がひとりでに表示されてゆく。通信ビームは敵の傍受を避け 象形文字の物語の上に、そのけばけばしい洗練をひけらかしてい るよう慎重に遮閉されている。 る。象形文字は、半ば歌うようなその言語の正しいビッチと抑揚を 一生に一度あるかどうかという掘出しものたった。それは原始惑 示すため、格子状楽譜の上に位置づけられている。 星天王星の氷河状になった氷衛星の一部として生まれ、太古のいっ 目の前のスクリーンに静電気の・ ( ーストがおこり、ひとりの〈投尽きるともしれぬかしやくない隕石攻撃のつづくなかで、砕け、溶 資者〉の顔が現れた。スパイダー ・ローズは首のプラグをひきぬい けだしては再結品をくりかえした。少なくとも四度にわたって割 た。その顔を仔細にながめてみる。大きなガラス状の眼は瞬膜の下れ、そのつど流れでる鉱物はものすごい圧力で亀裂部分に封じこめ に半ば隠れ、針であけたぐらいの大きさの耳のうしろに虹色のえりられた。炭素や、マンガンケイ酸や、べリリウムや、酸化アルミニ 毛があり、膚はこぶだらけ、留め釘大の歯をみせて爬虫類式の笑みウムだ。ついに月が砕け、有名な〈環〉状複合体となると、巨大な を浮かべている。それが音を発した。「この宇宙船の少尉です」と氷塊はいっ果てるともなく漂いだし、強烈な放射線の衝撃波を浴び 彼女のコン。ヒュータは翻訳した。「リディア・マルティネスさんながら電荷を蓄えては失い、〈環〉構造に特有の奇怪な電磁フリッ カー現象をくりかえした。 「そうだよ」とスパイダー ・ローズは答えた。わざわざ名前の変わ そして数百万年前のある決定的瞬間、それは巨大な爆発のゼロ地 ったことを説明する手間をかけたりはしなかった。彼女にはたくさ点となった。何十年にもわたって蓄えられてきた電荷エネルギー ん名前があったのだ。 が、音もなく目にも見えない稲妻となって放出されたのだ。氷塊外 「過去にあなたのご主人とは実りある取引きをさせてもらいまし層部の大半が一瞬にプラズマとなって蒸発した。残りは : : : 変質し た」と〈投資者〉は興味を示した。「近頃ご主人はいかがです ? 」た。吸蔵鉱物はいまでは緑柱石の鉱脈を形成し、あちこちで〈投資 「三十年前に死んじまったよ」とス・ ( イダー・ローズは言った。悲者〉の頭ほどの大きさのエメラルド原石の塊へとつづき、網の目の がーネット しみは薬で溶かしさっていたのだ。「〈生体工作者〉の殺し屋に殺ように広がる赤い鋼玉や紫のざくろ石と交又している。溶成ダイア されたのさ」 モンドの塊もごろごろしていた。この不気味な色に輝くダイアモン 〈投資者〉の士官はえり毛を震わせた。気まずい思いをしているわ ドは、金属炭素の奇妙な量子状態からしか生まれないものだ。氷そ 5 けではない。気まずさといった感情は〈投資者〉に生来備わってはのものもみごとな独特のものに変わっていたので、定義上からみて 8 いないのた。「商売にはあいにくのことですな」と彼は考えを口にも貴重なものになっていた。
レモンが例えばそうだが、彼の被りおおせた仮面はせいぜい世間を 全体を揺すってレモンをさそった。可愛らしくもある。一 「なんです、これは」 欺くくらいでしかない。彼のような人間の額には燃える指によって 「改良種のネペンテス・リグレャ】ナよ。徴弱な向精神性植物だかすでに烙印が記されているので、見るべぎ視力のある者にはすぐに ら、思念で命じたくらいは動いてくれるわ」 洞察できるのだった。そして男色者が同じ禁じられた街に生きる嗜 レモンは袋ーー捕食筒に腰を下ろし、上昇を念じた。次の瞬間 好の徒を見出して顔を背け合うように、レモンとセラヴィは同じ視 彼はローズ・セラヴィと相対して宙空にあった。 線の中に互いの正体を見破り、微笑のかげの中に自らの識別をそら その高さには天使の眷族が何人かいた。サロンの女神から特に許し合った。 ーにちがいない。思い思いの様子で袋にすわり、アル されたメン・ハ レモンには、セラヴィが自分を手配されたテロリストであると知 カロイドを吸引したり詩を口遊んでいる。 ったのが判った。そしてレモンが彼女の素性を見抜いたことを、セ レモンはあらためて彼らの崇拝せる至高者を観察した。そして口 ラヴィは知っていた。 ーズ・セラヴィも彼を観察した。たがいに、相手のよそゆきの仮面 ローズ・セラヴィこそ〈眼狩団〉の首領であり、秩序の敵たっ を透徹するナイフの眼差しで ほんの十分ほどこの緑の人工楽園にいただけなのに、もう何カ月 もの間、出口のない熱帯雨林のまん中に日を過しているような、 「この集まりが気にいってもらえたかしら ? 」 つ。ほい気怠い気分にレモンも、とらわれている。じっとりと湿った なにくわぬ顔で彼らは社交をつづけた。 シャツが猫の舌みたいな馴れなれしさで皮膚をねぶる。のばせたよ「楽しい集いですね」 うに耳が遠いところにいってしまう。夢の中の出来事に似て、風景「あなたには楽しくはなくて、マーシャル」 はある一部分だけひどく明瞭でりんかくが判っきりしているが、他「サンキストとお呼び下さい、マダム。私は夏には夏の光りを、冬 の部分は緑ににごった曖昧さに溶けきってしまっている。 には冬の温度を求める人間なので。しかし芸術を追究する人々には ローズ・セラヴィは明確なディティールをもって迫真的だった。 あたりまえの美はもう美ではないのでしようね。夏の夜を偽りの冬 熟した果肉の皮膚。流れる蜜の髪。鳶いろの大きな、吸いこまれで凍らせた地所に、さらに封じこめた熱帯を享受するという苛烈な そうに深い眸。朱唇に咲きこぼれる磁器のつやした歯。しなやかな倒錯は、私の趣味にはないものでしたから」 「面白い方ね、サンキスト。たしかに私たちにはありきたりの楽し 腕に、汗ばんだ窪みにまつわる白いドレー。フが落した翳。 みでは足りなくなっているの。常に新しい刺激や毒を欲求している レモンは熱気の中心にいて、一瞬、氷の戦慄を知った。 アディクト 依存者のように」 最初の一瞥のなかに見ぬいてしまう真実というものがあるのだ。 「私もその刺激のひとつですか」 こ 0 メがリス 243
℃やすいからた。 に関することた。べたべたした、例えば「大」や「猫」の依存状態 鉤型の脚をした産業ロポットたちがポリカーポン繊維の上をすば がゴキブリの経済性・効率性に劣るものではないという考えを嘲笑 クラン・フ やく走って、締め具と磁気触鬚を使い、マスコットの力。フセルをつ ったのを、彼女は思い出した。自尊心をもつ人間ならどうして、ま かんた。ス。ハイダー ・ローズみずから先頭のロボットを動かし、そとわりついてくる明らかに自分より劣る生命形態などに愛情をもて のグリツ。フとカメラを通じて感触を得たりながめたりした。ロポッ るというのか ? そうした対象への正しい反応というのは、相手が トたちは貨物機をェアロックに押しこみ、中味をあけると、小型装自力でやっていけるよう、手術ないし遺伝的方法で相手を変えてや いかなる存在でもーーー這いつくばら 着ロケットをとりつけて〈投資者〉の母船に送り返した。小型ロケることた。何らかの存在を トが戻り、〈投資者〉の船が去ったあと、ロポットたちはそろそせ、たえす感謝させておくというのは、病的行為た。昆虫が相手な ろと涙滴型の格納庫にもどって、みずから作動を切り、網に次の震ら、そうした感情的結びつきはない。 動がくるのを待ちうけた。 〈投資者〉のマスコットは落着きをとり戻し、藻の絨緞の上に膝を ス。ハイタ 1 ー ・ローズは自分の接続をはずして、〒アロックをあけまげてうずくまると、ひとりごとをさえすった。その竜のミニチュ た。マスコット ; カ室内にとびこんできた。〈投資者〉の少尉と並んアのような顔にいたすらつぼい笑みのようなものが浮かんだ。半ば でいるときはとても小さく見えたが、〈投資者〉がどれだけ大きい 糸のように細められた眼は油断なく、マッチ棒のような肋骨は呼吸 ー・ロース ものかつい忘れがちである。マスコットの背は彼女の膝ぐらいまでのたびに上下した。瞳は大きく見開かれ、ふとス。 ( イダ あり、体重も二十ポンド近くありそうだった。それはなじみのない は、この生きものにここの照明はとても暗いにちがいないというこ 空気を吸ってヒューヒ】と音楽的に息をたてながら、室内をあちとに思いあたった。〈投資者〉の船内照明は目もくらむ青のア 1 ーク こちお・ほっかなげに忙しく飛びまわった。 灯で、たっぷり紫外線がまじっているのだ。 壁から一匹のゴキプリがばたばたと大きな羽音をたてて飛びだし「おまえに新しい名前をつけてあげないとね」とス。 ( イダー・ロ た朝マスコットはキーキーと恐怖の声をあげて甲板にぶつかると、 ズは言った。彼女はよく。ヘットに話しかけた。ひとり暮らしで心が そこにじっとしたまま、怪我はなかったかとひょろ長い手足をコミ鈍ってしまうのを防ぐ助けになるから。「〈投資者〉語は喋れない カルな動きでまさぐった。ざらざらしたまぶたは半ば閉じている。 から、彼らのつけた名前は使えないんだよ」 〈投資者〉の赤ちゃんの眼みたいだわ、という考えがだしぬけにス マスコットは親しげなまなざしで彼女をみすえ、半透明の小さな ハイタ ・ローズの頭に浮かんだ。といって彼女は〈投資者〉の幼たれぶたを針穴状の耳の上にたてた・ほんものの〈投資者〉にはこ 児をみたことなどなかったし、見た人間がいるとも思えなかった・ のようなたれぶたはなく、彼女はこの標準からのさらなる逸脱に魅 だいぶ前に聞いた何とかいう説のことが、・ほんやりと思いだされる了された。じっさい、羽をべつにすれば、それはあまりにも〈投資 9 ペットと赤ん坊、その大きな頭、大きな眼、柔かさ、依存状態者〉に似かよいすぎていた。おかげでぞっとするような感じがして
それはもう出来てしまったことなのよ。なぜ、否定しようとした 一応、犠牲者の名前やアドレスを聞いただけで、レモンは署にも り、うたぐったりするの」 どった。 レモンとリシャールは苦笑しあった。 いずれの前例と同じく、今回もまた何一つ現場に手がかりも証言 「たしかにね、オランジこ彼はいった。「でも僕は警察署長だかもなかった。そんな所を歩き回ってもしようがない。警察署では機 ら、君の支配人が僕の記憶を盗んでしまったのが気にいらないの械たちが彼の示した式に従って、事件全体を解く″なにか″を求め さ」 て検索を行なっているはずだ。 「見忘れた夢は」リシャールが翳のある冷気をわずかに消していっ なぜ眠を狩るのか ? こ 0 「ハターのようなものです。溶けても、やがていっかは固まる この問いは、たとえローズ・セラヴィが一味の首魁と直観された でしよう。サンキスト。署長、私どもは別にあなたの記憶を泥棒しにせよ、その下部組織が〈夢塔劇場〉にあると推量されたにせよ、 たわけではありませんよ」 なお解きがたい謎の中核をしめていた。 「あなた方は眼を狩るような一味ではないというわけですね」レモ警察署長サンキストとしては、動機や事由を解明する必要はな ンは相手の、黒いグラスの向う側にあって動かぬ眼をみつめていっ きル く、むしろそんな点に拘わらず、ローズ・セラヴィたちの罪体を 定し状況証拠をかため訴追条件を整えるべきであろう。 リシャール・ポーはまた陰気な表情にもどってそっと微笑んだ。 しかし休職中のテロリスト、レモンにとっては″犯罪″の構成要 「そう、その通りですよ。サンキスト署長。われわれは忘却を振舞件などはどうでもよかった。彼にはただ″事件″の実体がいかなる った。なにも掠めてはいません」 ものであるかだけが問題なのである。 しかもこのユマジュニート市で〈眼狩団〉はレモンが関わった状 夜の大通りに出たとたんに、赤い回転ライトを明減させながら暗況の一環であった。その状況とは、敵権力に通脈する人物に自分の い色の大型ホパーが道路を静かにすべってゆくのがみえた。 正体を暴かれ、さらにその意に仕えるという破格なものである。な レモンは後部の形状だけでそれが警察の検東護送車だと判った。 んとしてでも打ち砕かねばならないこの桎梏の、セラヴィたちは一 無人のホ・ハーが夜を走る。自動操縦でしかも護送すべき何者も乗せ部でもあった。単に探偵的意味をこえて、レモンには謎の解明が切 ずに走る。 実に要求されていたのだ。 レモンは携帯用のスキャナーを仕込んだプレスレットで公共情報 体にアクセスした。 その夜、署は無人なはずだった。だがそこにサンキストをではな メガリス く、レモンを待つ一人の男がいた。 〈眼狩団〉が今宵、またその黒い活動を再開したのだ : 「しばらくだね、レモン・ e 」 こ 0 250
輝きにつつまれる。 モンは少女の肩に回した左の手に、痛みに似た冷熱を感じた。 遠く南の空には青い睛れ間がのそいている。レモンは足を止め 9 そっと目をやると、オランジュがたばねた薄紅いター・ハンから一 2 房の血の色をした髪がこ・ほれて彼の腕にまで垂れているのだった。 て、あわい虹の架橋をながめた。街に、そして彼の心にーー、洪水の イデア それは髪の毛ではなかった。赤い、なにか別の生き物だった。そ観念は沈静していった。 少女と別れてオフィスにもどると、ローズ・セラヴィなる女性か れはレモンの腕に透く青い静脈のみおにそって揺れうごき、這い 愛撫した。その都度、レモンの皮膚の表在知覚は、まるで性的な愉ら今夜、彼女が主宰するタベの集いにサンキスト署長を招待すると 楽の中で試される淫らな接触のように打ちふるえ、錯誤した信号を いうメッセージが届いていた。 視床に送った。 エリスリーナの花よりも紅いその髪 , 乱、私の妺 レモンの首すじにある戦慄が走った。彼の無意識に眠る祖型の恐 怖にその記憶は通じていた。 やさしい雨の滴がレモンの黄金の髪をぬらし、街は明るく、世界ホテル・ス。フレンディッドは極北の夜と零度の渾沌の中に建って はいつものように煩雑な約東にせかれて動いていた。しかし、その いる。客は亡命の詩人や芸術家たちである。 瞬間、レモンは自分がひとり違う次元への扉口に立っているのを知彼らはユマジュニート の夏を遮った人工の「冬」を享楽し、蒼ざ めた陽の光りの下でアイススケートに興じた。 鋼の意志をもち自身の肉体をよく制御しえたはずのレモンだった マダム・セラヴィはその酒場「アルプ」にカスタリエン・ビア / が、感覚と皮膚の官能は見事に彼を裏切ってくれた。彼は思わず自を運びこんだ。毎晩、盲目の天才ビアニストが彼女のために即興の 分の指がオランジから逃れようとするのを覚え、反射的に彼女の曲を弾き、詩人のだれかが彼女の美しさを歌うのだった。 肩を強く抱きしめた。 ローズ・セラヴィは美神に捧げられた社交の女王であった。 錯綜する乱脈な感情の果てに彼がもったのはおよそ生理的な反発 とは逆の情熱だった。 レモンが「アル。フ」に着いたのはメッセージに記された時刻ぎつ レモンは知っていた。 かりだった。彼は、非合法活動の必要と習性から時間に正確な人間 である。 その少女、オランジュは禁断の存在ーーーシャンプロオであると。 しかし出迎える者はだれもなく、酒場はがらんとして虚ろだっ 雨は輝いている。扉が鳴る音がして、みると、熱月広場にとびだ した少年が腕をふり回して遊んでいる。街のあらゆる鐘の音がその寂しい表情をした。ハーテンが一人、グラスを磨いているだけだ。 こ 0 サロン
撃ってみろ、ばい菌だらけの病気もちめ ! 「じゃあ撃つがいし 1 すべすべしてきれいな役者の顔だ。「ジェイド・・フライムだ 撃ってみろ ! 」 わ」と彼女は言った。 イ・ラム 「ジェイド・・フライム学術大佐さ」と、〈生体工作者〉は黒い軍服「彼じゃないね ! 」不意に彼女は叫んだ。「あんたは初代のジェイ 「いまでもまだ『スドじゃない ! おやおや ! 彼は死んたんだ」 の襟にとめた金色の階級章をいじってみせた。 パイター ・ローズ』と名のってるのかね、リディア ? それともべ クローンの顔が怒りに歪んだ。レーザーが炎を吐き、彼女の居住 つの人間になってるのかな ? 」 区が三つ溶けて金属の溶けかすと。フラズマ雲になった。耐えられな いほどまばゆい最後の灼熱のパルスが、溶けてゆく三基の望遠鏡を 「なぜ死骸にならずに兵隊をやってるんたい、ブライム ? 」 「時代は変わるものさ、スパイダー。若々しい明るい輝きも、あん通じて彼女の頭のなかに炸裂した。 たのむかしなじみの手で消されてしまい、長期の計画を秘めている彼女は磁気加速した鉄の銃弾をやつぎばやに発射した。銃弾は秒 ものだけが残ってむかしの借りを返しにくるのだ。むかしの借りは速四百マイルで一隻目を穴だらけにし、船は氷結する水のばさばさ おほえているだろう、スパイター ? それともそのおつむから消しした雲と空気を噴出した。 去ってしまったかね ? 」 二隻の船が砲撃してきた。使われたのはこれまで見たこともない 兵器で、それは巨人の両のこぶしのように二つの居住区を叩きつぶ 「生きて帰れるつもりでいるんたね、。フライム ? 」 衝撃をうけて網は大きく揺れ、・ハランスは失われてしまっ 顔の筋肉が、おし殺す暇もなく恐ろしい憎しみに浮きあがってくるした。 , のをお・ほえた。「自分のクローンをのせた船が三隻も。 いったいあた。即座にどの方式の兵器が残っているかを知った彼女は、金属外 の岩のなかで、リンゴのなかのウジみたいに、どれだけ閉じこもっ被をかけたアンモニア氷片を発射して反撃にでた。それは二隻目の ていたんだい ? クローンづくりをせっせと重ねてさ。最後に女の〈生体工作者〉船の半有機的側壁を貫通した。小さな穴はあっとい 肌に触わらせてもらったのはいつのことたね ? 」 うまにふさがったが、乗員はおしまいだった。アンモニアがなかで 絶えることのない相手の笑みもいまや歪んで、にらみつけるよう蒸気となり、即効性の神経毒を放ったのである。 な顔になり、真っ白な歯がのそいた。「むだなことだ、ス。 ( イダ最後の船が彼女の司令センターを破壊できる確率は三分の一だっ あんたはもう三十七人の私を殺しているが、私はいつもまたやこ。 : 、 テカスパイタ ー・ローズの二百年にわたるツキはもう残ってい ってくるだけなのだからな。ばかな女め、いったいウジとはそもそなかった ) キーポードからの静電気が彼女の指をびりびりと痛めつ もどんなものかね ? あんたの肩にのっているそのミュータントみけた。居住区の灯はことごとく消え、コン・ヒュータは全メモリを失 たいなやっか ? 」 って完全 , ー こ崩壊した。彼女は金切り声をあげ、死を待ちうけた朝 死は訪れなかった。 彼女はペットがきていることには気づいてもいなかったので、急。 に怖れがこみあげてきた。「近づきすぎてるよ、あんた ! 」 ロのなかいつばいにむかむかと胆汁がこみあげる。闇のなかでひ 6 9
さを測り、手ぎわよく包んで巧みにじわじわと、クモの牙にあたる 注射器を刺すのだ : ・ いたわ。・彼女の八つの眼は二十五万マイル宇宙の先をみつめ、 〈投資者〉の宇宙船が描く、さざ波に似た星空のひずみを探りあて た。〈投資者〉の船には通常のエンジンがなく、検出可能なエネル ギー放射は行なっていない。その超光速航法の秘密はかたく守られ ている。〈投資者〉の航法のことで諸分派 ( 他にいい表現がないた め、いまだにばくぜんと〈人類〉と呼ばれているもの ) にはっきり わかっていることといえば、それが船尾から長い放物線状のひずみ の尾をひき、背景をなす星空にさざ波効果をひきおこすということ だけだった。 スパイター ・ローズは静止観察態勢を一部解除し、また自分の身 体を感しる状態にもどった。コンビュータ信号はいまは弱められ、 窓からおもてをのそくときガラス面に映る自分の顔のように、正常 な視界の背後にダ・フっている。彼女はキーポードをいじり、通信レ ーザーの照準を正確に〈投資者〉の宇宙船にあわせ、びと。ハルスの データを送った。取引きの申し出た。 ( 無線電波は危険すぎた。 これまで 〈生体改造〉した海賊を招きよせてしまうかもしれない。 にそのての連中をもう三人も殺すはめになっていたのだ ) 通信がとどき、理解してもらえたのがわかった。〈投資者〉の船 が停止し、急角度で加速するという軌道力学で知られているあらゆ ロ る法則を破るはなれわざを演じるのが見えたのた。ス。ハイダー ーズは〈投資者〉語翻訳プログラムを用意して待った。五十年前の ものだったが、〈投資者〉は根気がいい。保守的というより、変化 というものに興味がない連中なのだ。 〈投資者〉の船は超光速航行に移れない距離まで彼女のステーショ プルース・スターリング iru S 、ミ 本誌には二度目の登場となるプルース・スターリング。前作「巣」 ( 体年四月号 ) を覚えておいでだろうか。〈機械主義者〉と〈生体 工午者〉の二大勢力が対立する未来の太陽系社会。両派の膠着状態 をやぶる方策を求めて、〈生体工作者〉側の学術大尉アフリールは イングス′ー 異星種族〈投資者〉の船に乗りこみ、ペテルギウスの小惑星帯にあ エキゾチックな設定とハード る奇怪な生物コロニーを訪れる : ・ な描写が渾然一体となったこのカ作は、本国でもたいへん好評を博 し、例年夏の楽しみの一つである年間傑作選レースでは、なん カー編の両方に収められ とドナルド・ウォルハイム編とテリー・ さて、ここに紹介する「ス。ハイダー・ローズ」は、同じ宇宙を舞 台にしたシリーズものの第二作である。ただし今度は〈機械主義者 側〉に立った内容で、雰囲気も前作のゴシック的なものからガラリ と変っている。たとえるなら級ウエスタン調というところか。と いっても、それは作者がこの小説に組みこんでいる多彩な趣向のほ オし / ーラン・エリスンによれば、一九五四年生 んの一つにすぎよ、。、 まれのスターリングは「いささかいじらしく見えるほどへのナ ィープな理想に燃える」若い作家だそうで、その″理想″がどのあ たりにあるかは、本篇からも端的にうかがい知ることができる。 ( 伊藤典夫 ) ソラーセール ンに近づくと、シュッとガスを放出して模様入りの太陽帆をひらい た。帆は小さな月ひとつを。フレゼントにくるんでしまえるほど大き く、二百年の時を経た記憶以上に薄いものだった。が、信じがたい ほど薄いその表面上には、分子大の厚さで絵が描きこまれていた。 〈投資者〉商船隊がくりひろげるさまざまな情景の大画面ーーずる こ 0 人と作ロ明 4 8