デニス - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1983年3月号
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1. SFマガジン 1983年3月号

ーマだ ! 」とスミザースはいった。「おお、イエスさま、 なものも何度も見ているので、これも格別変わったものとは思えな マリアさま、ヨセフさま」 いのだろう。ひとりふたり拍をとる者がいて、ひとりが「いよう 0 突然、霧の中に何かが現われた。ゆるやかな渦にちらちらと見え ! 」と声をあげた。そして群れは彼らに襲いかかった。 隠れするもの。それは生きものの群れだった。高さ一フィ トの棒群れは腐った板材の上に死んで横たわった彼らを残し、家になだ 人形の大集団だ。歯をもっ爬虫類のされこうべのような頭、歯をむれこんで、また出てきた。そして灰色の土のうえで激しく荒れ狂っ いたロは大きく開かれて声のない憎悪の叫びを発していた。黒い針た。動きがはじめより見てそれとわかる程度には遅くなっていて、 金のような四肢を振りまわした軍団は、すさましい勢いで焚火をめ個体のひとつひとつが見わけられた。かたく細い四肢、小さく恐ろ ざしている。 しげな頭部、かっとひらいて声のない叫びを発する小さく残忍な 彼らはまず、太鼓を膝に凍りついているデニスのところに到達しロ。スミザースは冷たい夜気のなかで震えながらぐっしより汗をか た。イナゴの群れさながらに彼に襲いかかると、カミソリのような いていた。彼は笛を口にあて、もういちど吹いた。 歯で狂ったように噛み裂き、小さな黒い鉤爪で引きちぎった。そし スミザースが吹くにつれて動きはさらにのろくなった。そしてわ てたちまち離れていった。・ テニスは完全に息絶えて地面にころがつずかずつ群れは密集してひとかたまりとなり、おぞましい小さな生 た。体には傷ひとつついていなかった。 きものの毛布となって、ヒラヒラと形を変えながら死んだ土壌の数 スミザースの操る怪物たちは今にも焚火に達するところだった。 ャード四方を覆いつくした。スミザースは踵をかえし森の中へ人っ 機械的なその歩みは、かれらを動きださせた笛の力による以外、止て行った。群れがあとにしたがった。 めることも曲げることもできなかった。群れは湧きかえり渦を巻い てそちらへ押し寄せ、怪物たちの体を這いの・ほり、二匹ともデニス スミザースがヘレナの家のベルを鳴らしたのは、また明け方のこ 同様につつみこんでしまった。ふたつの巨体は歩きつづけた。無数とだった。彼はいった。「しゃべるな、シグニー ウイスキーを持 の歯と鉤爪が猛烈に情容赦なくかれらを引き裂いた。歩調は変わらってきて、それからへレナを呼んでくれ」彼をひと目見るなり、シ なかった。群れがはなれた。怪物どもは死んでいた。だがそれでもグ = ーは黙って言われたとおりにした。 なお体は数歩前へ進み、それからやっと倒れた。デニスと同じで、 ヘレナが部屋に入ってきたときには、スミザースは椅子にぐった あれほど烈しく掻きむしられても傷ひとつついていなかった。 りすわってウイスキーを飲んでいた。「やれやれ、終わったよ。ゴ すべては二分とかからなかった。スミザースは筋肉ひとっ動かさ ードンは片づいた。デニスもヒッ。ヒーどもも。危いところで僕も ずにいた。、 しまや麻痺状態から身をふりほどき、彼は「逃げろ ! 」だ」その顔には、あまりに長いこと戦火にさらされた兵士の面影が とポーチの一団にむかって怒鳴った。「逃げろ、逃げるんだ ! 」 あった。 彼らは聞こうともしなかった。薬による催眠状態でもっと不思議「シグ = ーが朝食をつくっているわ。なにか食べて、話はそれから

2. SFマガジン 1983年3月号

おお神さま、こっちを見てるそ、おお、神さら、「効くんだ。おれはやったそ。本当に効きめがあるんだ」そう って逃げたらいい ? いって笑いだした。デニスも加わって、はじめはおずおずと、やが 二匹の怪物にとって、大はほんの前菜にすぎなかった。男ふたて負けずに手放しで笑いだした。恐怖から解放されて安心のあまり りが、格別うまいとはいえぬまでも腹のふくらむ食事になってくれヒステリーの発作にみまわれたふたりが自制心を取り戻すには、し ばらくかかった。やがてクスクス笑いもだんだんおさまると、ふた るはずなのだ。鼻をふんふんさせて怪物たちはふたりに近づいた。 りは動かなくなった怪物どもをみつめ、募る恐ろしさにあらためて 「ゴードン、何とかしてくれ ! 」デニスが叫ぶ。「頼むから何とか 目を見張った。やっとテニスがいった。「もうちょっとで殺される してくれよう ! 」こわさのあまり、笛のように高くかぼそい声にな って、「はやく、はやく何とかしてくれ」かれはズボンをぬらしてとこだった」 「食われちまうとこだった」とゴードン。「レックスの奴もかわい 「ええい、くそっ」ゴードン がいった。「そうとも、何とかしなくそうに」 ちゃ。なんとか 「なんてこった」とデニス。ふたりとも真青な顔だった。 なんとかーー」 ゴードンがいった。「問題はこれからどうするかだ。こいつらを 「呪文だよ、ゴードン ! 呪文 ! 」 「そうだ、呪文だ。わかったーーー呪文だ ! 」 どうする ? 」 「そんなことは先に考えとくべきだよ。「ためしてみよう、ためし ゴードンは恐怖の麻痺状態からいくぶん脱け出したようだった。 彼はテー・フルの上から二個の色を塗ったヒョウタンをひつつかんてみよう」とあんたが言うから、やってみたらこのざまだ。ちえ だ。それはがらがらだった。ゴードンは奇妙なリズムにあわせてそっ、見てくれ、こいつらを」 ふたりは不安と嫌悪の目で昏睡状態の怪物を見やった。ゴードン れを振りながら、短調のふしで呪文を唱えはじめた。 怪物たちは前進をやめた。ふんふんという音もやんだ。じっと立は立ちあがると恐る恐るそちらへにじり寄っていった。生き返る気 ったまま動かない。・ コードンはがらがらを振り続け、その声はしだ配でもあればすぐに逃げ出す構えだった。二匹とも完全に生気がな いに高く自信をおびてきた。怪物たちは不意にぶるっと身をふるわかった。目は閉じ、残忍な口はだらりと開いて、おそましい歯には せ、石のように硬直した。それからゆっくりと、ほとんど荘重な感犬の肉片がまだこびりついている。ゴードンは手を伸ばすと、何回 かためらってひっこめたあげく、人差し指の先で怪物の片方にさわ じで傾いていき、・ハタンと床にひっくりかえると、そのまま倒れた ってみた。反応はなかった。 偶像さながらに横たわった。 男たちは椅子にくずおれ、しばらくわなわなと震えつづけた。よ「大丈夫、のびてるぜ。もとの仮死状態か何だかにもどったんだ。 うやくゴードンがいった。「おい、効いたそ。おれはこいつらを呼呪文はちゃんと効いてるぞ」ゴードンはそう言って、しばしそのこ 9 び出して、それから眠らせたんだ」しばしそれについて考えてかとを思案した。「どっちの呪文も効くんだ。万事計画どおり運んで

3. SFマガジン 1983年3月号

るそ、だろう ? 」 道はなさそうだな。ポカテワに助けてもらわなきゃなるまい」 デニスも用心しいしい彼の横に来ていたが、「″計画どおり″か 「それこそまったく計画外だぜ。今だって奴はもう知りすぎてる。 と馬鹿にしたようこ 冫いった。「″計画どおり″ね。よくいうよ、あんばれたら、警察につかまっちゃうよ。きっとっかまっちゃう」 た。計画ってのは、あんたの叔母さんを殺してくれるやつを呼び出「まだ法律を破ったわけじゃない。それに、おれたちが何か企んで このー すことだったんだぜ。いったいどうやってやらせる気だい、 いることぐらい奴はもう知ってるんた。とにかくだ、ほかに助けに , ー化けものどもに こいつらに命令できると思うのか ? 」 なりそうな奴がいるか」ゴ ードンは電話に近づき、ダイヤルを回し 「おれはこいつらを操れるんだ、見ただろう」弁解がましくゴード た。ややあって、「出ない」 受話器を置いたとたん、呼び鈴が鳴った。ふたりはぎよっとして 「操れるだって ? こいつらを呼び起こして、また眠らせる、それ顔を見あわせた。「なんだ ? 」とゴードン。「だれだ だけじゃよ、 オしか。その中間は、あんたもレックスと同しで手も足も「ちえつ。もうだめだ ! 」とデニス。 出なかったのに」 「窓だ。出窓から玄関が見える。誰だかのそいて見ろ」 ゴードンはたじたじとなった。「まあ、そうだ。多分そのとおり デニスはカーテンの隙間から覗いてみて、ほっとした顔で振り向 だろうよ。何か考えなきゃなるまいな。だが、さしあたってどうす いた。「奴だ。インディアンだ、スミザースだよ」 る ? こいつらをここに置いてはおけまい」 「アメリカ原住民だ」ゴードンが機械的に訂正した。「それから奴 「隠さなくちゃだめだよ」とデニスはいった。 「こいつらは地下室の白人名は使うな、ポカテワといえ」 から上がってきた。どこか地下に埋まってたんだ。穴を見つけてそ「何とでも」とデ = スはいって部屋から出て行った。ドアが開き、 こに戻さなきや」 閉まる音がした。戻って来たときには連れがいた。ずんぐりした男 「いったいどうやってそうするつもりなんだ ? この大きさを見で、時に″フル・クリーヴランド″と呼ばれる装いをしていた ろ。おまけにこの堅さときたら材木なみだそ。一匹だけでも百ポン えび茶のポリエステルのズボンに同素材のグリーンのプレザー、黒 ドはある。地下室にしろどこにしろ、これを運ぶなんてできっこな いシャツにネクタイは締めず、靴とベルトは白のエナメル革。男は いね」 片手を手のひらを外にして肩の高さに挙げると、皮肉な様子は見せ 「それしや、 しいさ、ここに置いたらどうだい。装飾に使えば。市 ずに、「ハウ」といっこ。 りつけの仕上げにちょうどいいや。ホースで泥を洗い流せば色もび よく来 「スミザース ! 」ゴードンがいた。「いや、ポカテワ , ったりだしさ」なるほどその部屋のインテリアは、白に近い色の徴てくれた ! ちょうど電話しようとしてたんだ」 妙な濃淡で統一されていた。 「はて、はて、はて、何だね、この連中は」スミザースの目は怪物 「ちつ、黙らんか、デニス」とゴードンよ、つこ。 : しナ「どうやら逃げどもを見て一瞬大きく見ひらかれたが、 ほかには驚き慌てたそぶり 0 9

4. SFマガジン 1983年3月号

たを。ハラすしかないという結論にいたって、フェスタマティスのこあんたに死んでもらうと決めこんでいる。フェスタマティスを呼び 出そうとしたのは、仕事を安くあげるための最後のあがきだったん 9 とを思い出し、もう一度やってみようと決めたわけだ。 今朝の二時頃、僕はふっと目がさめた。どこかそう遠くない所でだ ( フェスタマティスにはデニスを報酬としてくれてやるつもりだ たったいま呪文が成功したのを感じたんだ。ゴードンのしわざに違ったのさ ) 。しくじればその時は。フロと契約してあんたを狙わせる いないこともわかっていた。正直言って、少しばかりこわかった。気だったが、それには莫大な金がいる。金を工面するために家を売 フェスタマティスなるものが実在してゴードンがそいつを呼び出しらなくちゃならない。それだけはどうあってもしたくなかったの たとなると、狙いは僕かもしれないと思ったんだ。長年の取引きのさ。 あいだには多少仲違いもしたからね。念のため僕はがらがらを用意そこでゴードンは絨毯の上の化け物にあんたを片づけさせる方法 した。 はないかと考えた。何より手近にあるのが好都合だし、フェスタマ 二時間後、自分は安全だと結論が出たところで、調べてみたほうティスよりも安上がりで、デニスをくれてやらなくてもすむと考え たからね。・その怪物をあんたにけしかける方法をひねり出してくれ がよかろうと考えた。そこで着替えをしてゴードンのところに出か けた。案の定ゴードンは何やら呼び出していたんだが、フェスタマとゴードンは言った。いったん金が彼のものになれば素敵な取引き ティスじゃなかった。奴が呼び出したのはこれまでお目にかかったが僕のところにたんと転がりこむことになるんだと、さかんに匂わ こともないような醜い怪物が二匹で、おまけにとんでもなく危険なせていたよ。 やつらだった。だが超自然の生きものではないと思う。恐らく死に僕は、何とか方法を考えるから、それまで居間の眠り姫どもには 絶えて今はそいつらだけになってしまった種の最後の生き残りだ絶対手を出すな、絶対に誰も家に入れるなと言っておいた。どうす な。いつごろからか一種の仮死状態にあった。そいつをゴードンがればいいか今日のうちに教えてやる、とね。その足で、ただちに金 出来損いの呪文で起こしちまったんだが、これがまたとんでもない を渡すようあんたに忠告するためにここへ来たわけなんだ。ところ 幸運中の幸運さ、まじない消しの呪文が奴らを眠りに戻したんだ。 があんたは、それはできないという」 僕が行ってみるとゴードンとお友達は縮みあがっておろおろしてた彼が話しているあいだ、ヘレナは静かにすわっていた。やがて彼 ディー。ほんとのほ つけ , ーー化けものどもはゴードンの犬をプレツツェルよろしく食っ女はいった。「ずいぶん不思議な話なのね、 ちまったんだーーそしてゴードンが後生大事にしている白い絨毯んとに、真実なの ? 」 に、コチコチになって伸びていたよ。 スミザースは真顔で彼女を見た。「真実だ」 ゴードンと僕はしばらく楽しいおしゃべりをした。ゴードンは僕「そう」へレナはいった。「そう、それだったら、何でもあなたの に力を貸せといった。そこで僕はデニスがジーンズを替えに行った言うとおりにするわ。どうでしよう、かわいそうなデニスをそのフ 隙にゴードンに洗いざらいしゃべらせた。ゴードンはどうあってもエスティス何とかに引き渡そうなんて。破廉恥なこと。それで、あ

5. SFマガジン 1983年3月号

待った。ややあって、「ドン」そして吹いた。怪物どもはズシノズ 一九二五年に、そんな楽天的な事業家のひとりがこの区画に家をシンと繁みから踏みだし、ゴードンの焚火めがけて重たげに進んで 8 一軒建てた。その変哲もない木造農家は、やがて見捨てられたの行った。 ゴアズ・サヴェイに霧がかかった。呪文が始まるまではなかった ち、時折やってくる流れ者のすみかになった。目下の住人は麻薬と 暴力の時代の落とし子たち、時勢のあらしの中で年老いつつある漂霧だ。霧は地表づたいにゆるゆると渦を巻き、呪文が進むにつれて 流者たちだった。彼らは過去に生き、そして今なお、薬で頭をそこ少しずつ濃くなっていったが、人の腰より高くなることはなかっ ないむさ苦しい生活をすることが、彼らの横を知らん顔で通り過ぎた。死んだ土地の境界線で霧はふつつり切れていた。スミザースは スを口もとに構えたまま。 ていった世間に対する復讐になるという、漠然とした信念をもちっ不安げにそれを見つめた。フリー づけていた。生計のみなもとは謎の財源から定期的に送られてくる ゴードンの呪文は断ち切れたような短調の低音と念入りに打ち振 現金で、それは荒れ狂う過去が残していったひとりの逃亡者をかくられるがらがらの音で終わった。完全な静寂の一瞬があった。つづ まう謝礼として彼らに支払われているものだった。その逃亡者とい いて地中から何かが現われた。 うのは、かって大学の史学科の書庫に爆弾をしかけ、初老の夜警を乾いた灰色の土が動き、もりあがり、割れた。裂目から人影が立 ちあがった。鹿皮をまとったインディアンの戦士だった。ふたつに 本ともども吹っ飛ばすことに成功した過激派の男だ。 スミザースのいう目撃者とはこんな連中だった。信頼度が高いと体を折った姿勢から身を起こし、ゆっくりと全身を伸ばそうとして はいえないが、肝心なときに肝心な場所にいたわけである。スミザ いるようだ。そのあいだにも、時折まっかに燃え上がる焚火の明り ースと彼の奇怪な操り人形たちが森のはずれにさしかかったとき、 で、男の腕がかたく両脇にくくりつけられているのが見てとれた。 彼らは家の前の朽ちかけたポーチに集合していた。戦さ踊りがまん顔には言うに言われぬ苦痛、どんな悪夢のような苦悶もおよばぬ苦 まと注目を惹いたのだ。デニスの打ち鳴らす一組のポンゴの気まぐ 悶の表情があった。男はしばし、首をのけぞらせ、真黒な空を仰ぐ 力やがて、炎のまたたきとつぎのまたた れなリズムにあわせて、ゴードンが燃えさかる焚火の周囲を跳ねまかのように立っていた。・ : わるさまを、一同、とろんとした好意のまなざしで見守っていた。 きの間に、男の顔が変わった。声にならない叫びをあげて開いてい スミザースはひと吹き、雁の鳴くような音を鳴らして二匹の怪物た真黒な穴は消え、苦しげにひきつった顔の筋肉が弛み、やわらい をあつい繁みの陰に凍りつかせると、もっとよく見るために用心深だ。古い苦悩は終わったのだ。そのしるしは拭い去られた。解放の く影をぬって近づいた。ゴードンがデニスに話しかけていた。デニその瞬間、男の顔には穏やかなやすらぎの表情があった。 スはポンゴを打つのをやめた。ゴードンががらがらを取る。呪文を が、その一瞬だけのことだった。すぐに顔は消え、戦士も消えて 唱えはじめた。 いた。こまかい塵だけがしばし静かにただよいうねって、霧の渦に 「定刻きっかりだな」スミザースはいった。「者ども、用意」彼はさらわれていった。 っこ 0

6. SFマガジン 1983年3月号

スミザースがその家を出たのは日が昇りかけた頃だった。彼は幅 は見せなかった。「するとあんたがこいつらを呼び出したんだね」 の広い石段を降りて臆面もないガソリン食いの大型車に乗りこみ、 「おれが呼び出したんだ」ゴードンは答えた。「だが出そうと思っ こいつらを ? 邸内の長い車道を走りだした。道の両側の土地はいまは不動産の投 たのはこれじゃないんだ。いったいどうしたらいい そもそも何物なんだ ? おれの犬を殺しやがった」 機家連中のものだ。かってのアルフレッド・エヴァンズ屋敷で残っ ているのは、スミザースがたったいま後にしたばかりの家と二エー 「食っちまったんだよ」とデニス。 スミースは歯と鉤爪を調べていたが、「ふむ、これはネーダケカーの土地、それにハイウェイからの道路の通行権だけだった。 ひどく大きくまたひどく醜いその家は、世紀の変わり目にある金 ーネーケヴィスというやつらしい。少なくとも祖父さまが話してく 持ちが自分の財産を誇示するために建てたものだった。エヴァンズ れたやつにわりと似ているな。もちろん祖父さまも、言い伝えで知 っているだけたったがね。それにしてもこの大きさ、底意地の悪そ兄弟のアルフレッドとフランクは、坑道から身をおこし十年足らす うなやつじゃないか」 で富を築いた石炭王だったが、出世の道筋には失敗した事業や破産 ゴードンは身ぶるいした。「ああ、まったくだ、まったくだ。だした人々をボタ山のように残し、その名は慈悲を知らぬ欲望の代名 がいったい何なんだ ? 」 詞にまでなったのだった。百万長者となってのちもふたりは長いこ 「名前の意味は、″魂の去った者たちを食らうもの″というのだ。 と薄ぎたない生家で質素な独身生活をつづけたが、ついに炭鉱から 死肉を食う鬼の基本的なものだな。僕らの民族は昔からこの連中をは適度に離れた広大な地所にそれそれ、けばけばしいよく似た造り よく思っていない。・ とこから現われたんだね ? 」 の屋敷を建てたのである。アルフレッドのほうは結婚しなかった 「地下室からあがって来たんだ」 が、フランクには息子があり、やがて孫息子と孫娘が、そして最後 「なるほど、辻褄はあう。聞くところによると、その昔まじない師に曾孫ができた。それがゴードンたった。ゴードンは跡継ぎがなく たちはこの地域への立人りを禁していたそうだ。この辺に住むなん明らかに家系の最後のひとりとなる運命にあった。成年に達してア ルフレッド・ て白人どもは大馬鹿たと思われたもんだよ。あんたに起こされたも エヴァンズ屋敷を相続して以来、彼は土地を細切れに のだから、連中、穴掘りを始めてあんたの地下室に出て来てしまっ売り払っては食いつないできたが、とうとう残るは家ばかりとなっ たわけだな」 てしまったのだ。 もう一軒のフランク・エヴァンズ屋敷は、いまはゴードンの叔母 「とにかく、ここには置いとけないんだ , とゴードンがいナ で故フランクの孫娘、ヘレナ・スレイドの所有物だった。この家の 「どうやって始末したらいい ? 」 前でスミザースは車を停めると、ついさっき降りてきたのとそっく 「ゴードン」とスミザースはいった。「健らは少し話し合ったほう りの石段を登った。彼は呼び鈴を鳴らした。長いこと待たされたす がよさそうだ。飲みものを出してくれる気はないかねー え、ドアがわずかに開いた。スミザースは元気よく声をかけた。 9

7. SFマガジン 1983年3月号

e 県の山奥にあり、他の大学の実験グル 1 。フは、彼らと入れ違いにれなければならない。そして世界中の実験室で、同じ実験がくり返 山を降りた。 されることだろう。 最初の一日は、測定装置の搬入とすえつけのために費された。翌彼は、小さな観察窓ごしに。フラットホールを見つめながら、しみ 日からすぐにテストが開始され、一週間後に、ようやく本格的な実じみとした口調でいった。 験がはじまった。 「長かった : : : 長い間待ち続けた瞬間だ」 内藤は、二人から少し離れて、レーザー干渉計のディス。フレイを ・シンクロトロンで何十時間も加速された電子は、ほと んど光速に近い速度で、直径十二キロの加速リングをかけめぐる。 眺めていた。目の前にある水滴のようなものは、まだ。フラットホー こうした精密な実験では、すべてコンピュータ制御されているのルと決まったわけではない、まるでそう いいたげな様子で、彼はデ で、いったん。フログラムされてしまえば、まったく人間の関与する イス。フレイを見下ろしていた。ディスプレイには、きれいなレ 1 ザ 1 の波形が出ていた。 余地はなかった。彼らは、装置の目盛を読むことによって、実験の 推移を追っていかなければならなかった。 それが、一時的に消えた。 十分に加速された電子は、多重巻きコイル十億ガウスの超強磁場実験は、すでに次の段階に入っていた。 中に打ちこまれ、過渡的な電子。フラットホールをつくった。同時ブラットホールの位置に合わせて、干渉計全体がスライドして移 に、逆方向から陽電子が打ちこまれ、陽電子プラットホールをつく動した。 る。この寿命の短かい二つの。フラットホールは、誕生するやいなや まず、。フラットホールの直径が測定された。約五ミリと出た。小 衝突して、安定な中性。フラットホールを形成した。 数点以下八けたまでの数字が表示された。 それは、雨つぶほどの大きさの。フラットホールであり、肉眼で観内藤がスイッチを切り換えると、再びレーザー干渉計が作動し 察することができた。水とは逆の屈折率を持っているので、凹レン ズのように見えた。 神田博士と平山が、内藤の横にならんだ。 「どうやら成功したようだな」 ディス。フレイに赤と青の二つの正弦波が出た。コンビュータ処理 神田博士がまだ懐疑的な口調でつぶやいた。 された画像である。本来は干渉している一本の波を、二つに分解し 「成功したんですよ ! 」 たのだ。赤が、。フラットホールを横切ったレーザーの波形だった。 平山が大声を出して、手を叩いた。彼は子供のように無邪気に喜二つの波形は、明らかにずれており、。フラットホールがまさに。フラ んだ。 ットホールであることを証明していた。 神田博士の胸中にも、じわしわと喜びがこみ上げてきた。やはり「これでよし ! これでいいんだ ! 」 彼の理論は正しかったのだ。世界中の科学者が、この事実を受け入神田博士の口からも、おもわず大声が出た。 こ 0

8. SFマガジン 1983年3月号

どころめざして二匹は動きだした。食堂をぬけ廊下をたどり、家の 中央の居間にはいると、そこにまさしく餌があった。 ードのかたちをしてい それはふたりの男と一匹のドイツ・シェ。ハ た。大は大きく獰猛で、相手が気づくずっとまえから侵入者の存在 に気づいていた。高度の知性をそなえ、しかも見事に訓練された動 物なので、命じられたとおりにじっと動かず、声もたてない。けれ 『窓』 ( 八一一年一一月号 ) 『悪魔の負債』 ( 八一一年四月号 ) につづい ども己れをおさえる緊張のあまり、張りつめた針金のようにびりび て、これでもう三回目の登場。本国のアメリカでもそれほど知られ りわななき、極度の憎しみのこもったひくい、声にならぬうなりに ていない作家をしつこく紹介するのは、ちょっと気がひけるのだ 胸をふるわせている。怒りと嫌悪とに逆上した強力な破壊器機とな が、作品本位で選ぶと、ついこうなってしまう。これだけ読ませる って、いまにも跳びかかる構えだった。 作家は、そうざらにはいないのである。 怪物たちが部屋に入ったとたん、大は攻撃にでた。声が叫んだ。 今回の短篇は、インディアンの魔法を破ったモダン・ホラーだ 「待て ! 」だがもう抑えるすべはない。大は不意にひとつのぼうつ ここで一気に が、のつけから怪物が登場してくるあたりがニクい とかすんだ動きと化し、大きく凶暴な歯がきらりと線をえがいて先 物語にひきずりこまれ、あれよあれよという感じで幕切れ ( これも みごと ! ) まで持っていかれてしまう。 ( 浅倉久志 ) 頭の侵入者めがけてとびかかった。 生きものは姿勢も変えず、せいた動きひとつみせずに短く太い腕 をふるった。・、、 カ打撃のタイミングは正確このうえなく、しかもす大は絨毯に浸みこんでゆく血と宙にただよう恐ろしい悪臭たけをの さまじい力がこもっていた。胸郭がこなごなに砕け、心臓はぐしゃ こして、影も形もなくなった。 りと潰れて、大は空中で息たえた。床に墜落するひまもあたえず、 ふたりの男は部屋の奥に立っていた。「おお、神さま」ひとりが もう一匹が大の首筋に鉤爪をひっかけて引き寄せる。すでに最初の いった。「おお神さま、おお神さま、おお神さま」ふたりとも真青 一匹の爪が深ぶかとくいこんでいるので、大の体は引きにさからっ で、がたがた震えている。ふたりとも、細身の体に色もデザインも た。頭が胴体からはなれた。おびただしい量の血がどっと噴き出し派手な若向きの服を着ているが、服装が示すよりも二十歳は老けて いた。ひとりの髪はすっかり灰色だった。もうひとりは黄色く染め 執拗なまでに熱心な貪欲さで、二匹は大をずたずたに引き裂き、 ていた。どちらも細心の注意をはらって整髪してあった。 騒々しい音をたてて食らいはじめた。大きな塊を恐ろしげな口いっ 「ああ、おれの絨毯、おれの絨毯が ! 」白髪まじりのほうが叫ん ばいにつめこんでは、肉も、骨も、皮も、臓物も見さかいなくむさ だ。「デニス、見ろ、おれの絨毯が ! 」 ぼり、噛み砕き、鼻を鳴らし、よだれを流す。一分とたたぬまに、 「絨毯 ? ーー絨毯だって ! 見てくれよ、あの化けもの ! どうや こ 0 ポプ・レマン Bob Reman 解説 、、人と作品 8

9. SFマガジン 1983年3月号

て長くここに置いてはいかん」 いきなり連中が起き出して、こっちが不意をつかれるなんてのはご めんだそ。九時きっかりに芝居はお開きにして、ヒッ。ヒーどもにお 9 「だから今夜、やることにする。 しいかね ? 」 やすみを言って ( 忘れずに時間のことを言うんだそ ) できるだけ急 「今夜 ? そりやーーーそりや、 ℃しとも。ふむーー要する いでここへ戻ってこい。さてと、うちへ帰って少し寝て来るとしょ におれたちは何をやらかすんだ ? 」 う。あんたもそうするがいし 。あんたが出かけるころには見送りに 「あんたが呪文を唱えてこいつらを起こす。そうしたら僕が笛でこ来るよ」 いつらを操ってあんたの叔母さんの家まで連れて行く。仕事がすん だらまた笛を吹いてトンネルに連れ戻し、あんたに眠らせてもらう六時をすこしまわった頃、ゴードンとデ = スは出発した。デ = ス あと千年は眠ってもらいたいものだがね。重要なのはアリ・ハイ は不安そうにそわそわと、ゴードンは発作的に上機嫌になったり消 だ。仕事の前と後にたつぶり余裕をみて、少なくとも二時間はあん沈したりを繰り返していた。ステーション・ワゴンが車道に消えた たの居場所を証明できる人間が必要だ。ということは、呼び出しのあと、スミザースは居間へ入っていった。二匹の生きものは倒れた 呪文は証人の目の前でやってもらわなくちゃならん。そこで、こう時のまま横たわっている。絨毯の血は黒く変色し、死臭の名残りだ いうことにするんだ。ゴアズ・サヴ = イのヒッビー・キャン。フのそけがわずかに空気に残っていた。スミザースはキャンバス製のスポ ばまで出かけて行って、 ッ ハリウッド式に大がかりなインディアン ・・ハッグを持っていた。その中からゴードンにやったのとそっ ショ 1 をやりたまえ。戦さ化粧をしてな。焚火をたいてデニスに太 くりの一対のがらがらと、原始的な小型の管楽器を取り出した。二、 鼓を打たせる。あんたは踊り回って奇声をあげる。何してるんだと三度慎重に楽器を吹いてみて、雁の鳴くような哀調をおびた音を出 ヒッ。ヒーどもに訊かれたら、自然の神々を宥めるんだとか何とか答してから、ポケットにしまった。つぎにがらがらを手にとった。 えるがいし 。そうしておけば、呪文を唱えても全体の馬鹿騒ぎの一 「ようし、相棒、お昼寝はおわりだ。起きて働く時間だそ」 部にしか見えないからな。どんなもんだね」 彼は戸口に移動すると、くつきり伸びたひと続きの階段を背にし 「うまくいきそうだな。それに面白そうじゃないか。連中、のってて、がらがらを振り吟唱を始めた。ややあって怪物の一匹の脚がビ くるぜ。一緒になってやりだすかもしれん。あいつらの好きそうな クリと動き、もう一匹は頭を動かした。スミザースはがらがらを落 とし、ポケットのフリ ことだもんな」 ースを抜きとった。二匹がぎごちなく立ちあ 「そうだろうな。あとはタイミングだ。六時半には日が暮れ始めがると同時に、彼は吹きはじめた。 それは不快な音色だった。調子は単調、明確なリズムがないのが て、それから三十分で真暗になる。焚火を燃やしておいて、七時に はショーを始めるんだ。呪文は七時半。時間を間違えんように気を神経をいらだたせる。しばらくの間、怪物たちは無関心で、鼻をく つけろよ。僕は、このおやすみ中の友人たちと一緒にここにいる。 んくんさせたりうなりあったり、ぼんやりと戸惑いがちにあたりを

10. SFマガジン 1983年3月号

田村氏の立場はたぶん②なのたと思与えている。 舌足らずの説明たが、たぶん氏との 私も②の立場に立ったとしたら、氏と意見の差はたいへん少ないのだと思 同じ結論になり、意見の差異はないとい うことになるだろう。 氏はまた″心理学テーマのの少 しかし、現在の機械をこう改良したらなさ″をなげいておられる。 といったことではなく、人類のもっ広い意味では日本中にもかなり 科学技術的能力および科学技術それ自体あるように思うけれども、たしかにこ に内在しているポテンシャルを考えるとの分野は新人の挑戦を待っているのか き、 ( 『 g-q ポット学入門』に述べたよもしれない。 半 の うに ) 機械が人間と同水準の言語を持ち レ えない という証明がどうしてもでき 出来そで出来ない シ ないのである。 プラックホールの謎 ッ そして、そのような時間軸を超越した ア 立場から現実をふりかえってみるとき、 豊橋市の前川文彦氏は、他の大勢のヴ ュ 機械による侵略の前兆をいくらでも読み読者と同じくーー・そして私自身と同じ シ とることができるような気がするのであくーーーー例の四月号の″できそうででき る。 ないシュヴァルッシルトの障壁″の門 現在のコンビュータ言語はすでにあま題について夜もねられなくなった一人 りにも複雑になっていて、ディス。フレイである。 研に現れる文字の列と機械の内部での電子氏には一度個別にお答えはしたのだ が、同じ疑問をもたれる方がその後も のの動きとの関係はだれにもわからなくな 士っている。ニーモ = ックですら電子の動多いので、ここで簡単に述べてみた 原きとはかけはなれている。ましてべーシ 石 ックにおいておやい まず図 8 によって四月号の話の復習 3 若い人たちの文章をみていると、「ンをする。 ビュータのための文字や表現がさかんに のように重力崩壊しつつある高密 とり入れられていて、年輩者に違和感を度星があったとする。実線が星の表面 間翦一研、三 = 疇和毟嚀斗中 直前で凍りつく ? 落ちこむ ? 図 8 1982 年 4 月号の冉掲 ( の 9