フラット - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1983年3月号
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1. SFマガジン 1983年3月号

e 県の山奥にあり、他の大学の実験グル 1 。フは、彼らと入れ違いにれなければならない。そして世界中の実験室で、同じ実験がくり返 山を降りた。 されることだろう。 最初の一日は、測定装置の搬入とすえつけのために費された。翌彼は、小さな観察窓ごしに。フラットホールを見つめながら、しみ 日からすぐにテストが開始され、一週間後に、ようやく本格的な実じみとした口調でいった。 験がはじまった。 「長かった : : : 長い間待ち続けた瞬間だ」 内藤は、二人から少し離れて、レーザー干渉計のディス。フレイを ・シンクロトロンで何十時間も加速された電子は、ほと んど光速に近い速度で、直径十二キロの加速リングをかけめぐる。 眺めていた。目の前にある水滴のようなものは、まだ。フラットホー こうした精密な実験では、すべてコンピュータ制御されているのルと決まったわけではない、まるでそう いいたげな様子で、彼はデ で、いったん。フログラムされてしまえば、まったく人間の関与する イス。フレイを見下ろしていた。ディスプレイには、きれいなレ 1 ザ 1 の波形が出ていた。 余地はなかった。彼らは、装置の目盛を読むことによって、実験の 推移を追っていかなければならなかった。 それが、一時的に消えた。 十分に加速された電子は、多重巻きコイル十億ガウスの超強磁場実験は、すでに次の段階に入っていた。 中に打ちこまれ、過渡的な電子。フラットホールをつくった。同時ブラットホールの位置に合わせて、干渉計全体がスライドして移 に、逆方向から陽電子が打ちこまれ、陽電子プラットホールをつく動した。 る。この寿命の短かい二つの。フラットホールは、誕生するやいなや まず、。フラットホールの直径が測定された。約五ミリと出た。小 衝突して、安定な中性。フラットホールを形成した。 数点以下八けたまでの数字が表示された。 それは、雨つぶほどの大きさの。フラットホールであり、肉眼で観内藤がスイッチを切り換えると、再びレーザー干渉計が作動し 察することができた。水とは逆の屈折率を持っているので、凹レン ズのように見えた。 神田博士と平山が、内藤の横にならんだ。 「どうやら成功したようだな」 ディス。フレイに赤と青の二つの正弦波が出た。コンビュータ処理 神田博士がまだ懐疑的な口調でつぶやいた。 された画像である。本来は干渉している一本の波を、二つに分解し 「成功したんですよ ! 」 たのだ。赤が、。フラットホールを横切ったレーザーの波形だった。 平山が大声を出して、手を叩いた。彼は子供のように無邪気に喜二つの波形は、明らかにずれており、。フラットホールがまさに。フラ んだ。 ットホールであることを証明していた。 神田博士の胸中にも、じわしわと喜びがこみ上げてきた。やはり「これでよし ! これでいいんだ ! 」 彼の理論は正しかったのだ。世界中の科学者が、この事実を受け入神田博士の口からも、おもわず大声が出た。 こ 0

2. SFマガジン 1983年3月号

とが予想されます。これは、長さの尺度を一定とみた場合であつで、まれに冗談をいうこともあったが普段は寡黙で人づき合いは悪 、酒は一滴も飲めなかった。 て、時間進度を一定ととれば、長さの尺度ーーすなわちものさしの 一方、平山は、がっしりとした体格の、ほがらかで単純な男だっ 方が伸びることになるわけです。興味深いことには、いずれにしま しても、光がその小空間を横切る時間は、空間固有の定数となってた。頭は切れないが、いかにも好青年で、物事を忍耐強く最後まで なしとげる力を持っていた。 います。 彼らは神田理論を実証しようと考えた。理論が破天荒なものであ また、私が提出した方程式には、電磁場のブラックホールともい うべき解が存在します。これは、ある特殊な空間を示す解で、このる以上、実験もこれまでに例を見ない奇抜なものになることが十分 空間では重力的効果がまったく無視できることから、私はこの空間予想できた。 、くつかの困難な問題があった。「 を。フラットホ 1 ルと名づけました。。フラットホールは、巨大な光子実験には、し 一つは純粋に技術的な問題で、これは二十年前に比べればかなり のようなものと考えても差支えありません。プラットホール内部の の程度解消されつつあった。 フラックホールのそれとほとんど同じです。したがい 物理状態は、・ たとえば、。フラットホールをつくるためにどうしても必要な超強 まして、私の理論を実験的に検証する場合には、この。フラットホー 磁場であるが、これは数年前まで百万ガウスが限界であろうと考え ルを使うのが有効と考えられます」 。フラットホールこそは、神田理論を証明する唯一の武器であつられていた。 こ 0 というのは、コイルの中を流れる電流に対して、発生した磁場が 及ぼす力が、百万ガウス程度では一平方ミリあたり四百キロにもな 宇宙のどこかで・フラットホールを発見するか、実験室で・フラット ホールをつくることができれば、彼の理論の正統性が主張できるのるためで、スチールの限界強度が一平方ミリあたり百キロだから、 学こっこ 0 どうしてもコイルがこわれてしまう。したがって百万ガウスを超え 神田博士自身は、一兆ガウスもの超強磁場がある中性子星近傍る磁場は人工的につくり出すことはできない。 以前は、そう考えられていたのである。 で、将来プラットホールが発見されるのではないかと考えていたよ ところが最近、ある特殊な巻き方をしたコイルでは、理論的には 無限の磁場強度が得られることがわかったのである。 このように、技術的な問題は解決される兆しが見えていたのだっ 神田博士の講義を眠らずに聴いていた二人の学生、内藤と平山 は、七年後に神田博士の助手になった。 だが、もう一つの問題は、科学にとって少しも重要でないにも関 3 内藤は、数学的才能に恵まれた天才タイ。フの男だった。長身で、 やせており、青白い顔に銀・フチ眼鏡をかけていた。おとなしい性格わらず、現実的には、最も困難な問題になっていた。 スケール・ファクター

3. SFマガジン 1983年3月号

かでも外部空間より早ければ、その内部を通過する光の速度も早く 鳴空間になる。これが。フラットホールである。 内藤の計算によれば、磁場強度がネックになるものの、与えられなり、鏡に到達する時間にわずかな差が生じる。その結果、二つ た装置の能力で、直径が数ミリ程度の。フラットホールがつくれるこの光は波長のずれを生じ、干渉することになる。 とがわかった。 この精密な測定装置を設計し、製造するのに、わずか六カ月とい 実験開始日まで六カ月の余裕があった。 う時間はあまりにも短かった。メーカーとの打ち合わせだけで、う しかし、それは実験の規模に比して、あまりに短い期間だった。 んざりするほど手間がかかったし、できあがったものは完璧とはい 、。、こ、つこ 0 厳しい条件であったが、最後のチャンスにかける彼らの意気ごみ し、刀 / 、カ子ー はすごかった。夜を日についで彼らは働いこ。 「こんなに急がされたんじゃ : 準備は手際よく進められていった。 とメーカー側の責任者は、しぶい顔で弁解した。彼らはそれで満 最後の課題となった精密な測定装置は、レーザー干渉計を使うこ足する他なかった。 とで解決できた。 しかたがなかった。実験の日まで、たった一週間しか残されてい これは、。フラットホール内部の時間進度を測定するための装置なかったのだ。 で、構造は、マイケルソンーモーレーの干渉計に似ていた。 : こんな、あわただしい実験が、はたして成功するんだろう 光源から出た光を、まず半透明の鏡 << で二方向に分離し、一方は か ? 」 。フラットホール内部を通過するようにし、もう一方は何もない空間 レーザー干渉計の最後の調整が終わったある夏の夜、神田博士 を走るようにする。ブラットホールを通過した光は、鏡で反射さは、ふと弱気になったらしかった。 れ、再びプラットホールを通って鏡に達する。何もない空間を走人気の絶えた大学の研究棟は、湖底に沈んだ城のように静まり返 った光は、鏡 0 で反射され、再び何もない空間を通って鏡•< に達すっていた。 る。 ( ここで、間、間は、正確に同じ長さになるよう調整機械の調整にあたっていたのは、神田博士と平山の二人で、彼ら されている ) 鏡 << は半透明なので、ここに返ってきた二つの光は「 が一階の準備室から八階の研究室に戻ってきたとき、内藤はまだコ その一部が反射し、一部が透過することによって重ね合わされ、同ン。ヒ = 1 タの端末に向かって、。フログラムの確認作業をしていた。 じ方向に進む一本の光東になる。 神田博士は、部屋に入るなり枯枝のように細い体を、ためいきと もし。フラットホールが外部空間と同じ性質をもっ場ならば、二つ共にソフアに沈めた。 に分かれた光は、まったく同じ距離を進むことになるので、干渉は 「心配いりませんよ」 起こらない。しかし、もしプラットホール内部の時間進度が、わず平山は根拠もなく楽観していた。日本茶の好きな彼は、ガラスの

4. SFマガジン 1983年3月号

神田博士は、内藤の態度にいら立たしいものを感した。 、力ノ ーしかないんです ! 」 彼は、神田理論が崩壊した衝撃のために、混乱していた。自失し「そうよ、 冷静な内藤が、めずらしく大声を上げた。内藤は制御盤に両手を ていた。 内藤がまだ何か話し続けていたが、彼はふらふらと実験室を出るあずけ、神田博士に背中を向けたまま、再び冷静な口調に戻って、 話を続けた。 ッドに横になってしまった。 と、宿舎のべ 彼は、夢と現の間に自分を慰める言葉を探した。そして彼は見つ「すいません。つい大声を出してしまいました。しかし教授、この けた。たとえ彼の理論がまちがっていたとしても、彼の実験が画期。フラットホールは、一つの宇宙で、しかもものすごい速度で進化し つつある宇宙なのです。我々の尺度からすればわずか五ミリにすぎ 的であることは疑いなかった。 ないこの宇宙でも、宇宙には違いないのです。このちつぼけな宇宙 翌日、神田博士が起き出したとき、実験室にはすでに内藤が入っと我々の宇宙は、まったく同じものなのです。それでは、この宇宙 ていた。徹夜したらしい内藤の目はまっ赤だった。まるで一晩中泣が進化するために必要なエネルギーと物質は、どこにあるんでしょ うか ? それは、この宇宙の周囲にあるのです。このちつぼけな宇 きあかしたようだった。顔色は紙のように白く、額には油汗を浮か べていた。 宙は、我々の宇宙の空間歪エネルギーを食いつぶしているのです。 神田博士が窓を開けると、清澄な大気と共に、近くの森から小鳥その影響は、スケールファクターが大きくなる変化にあらわれま の声がきこえてきた。 す。つまり、宇宙膨張が止まり収縮がはじまるわけです。今朝のテ レビニュースで、キット。ヒーク天文台で何か大発見をしたといって 「これは、トロイの木馬だったのかもしれません」 内藤が、おはようもいわす、唐突に話しはじめた。 騒いでいました。我々の宇宙は収縮をはじめているのです。たぶ 「我々は、重要なことを忘れていたようです。。フラットホールをつん、あと五時間ほどで、我々の宇宙は、このちつぼけな宇宙に飲み くることばかりに気をとられて、消すことを忘れていたんです。我こまれてしまうでしよう。これは、トロイの木馬だったんです。我 我は、もうこのプラットホールを消すことができないんです。物質我は、トロイの木馬を城内に引き入れてしまったんです : : : 」 この。フラットホールも消減しないんです。。フ が消減しないように、 内藤は、小さく首を振って、実験装置の電源を切った。今まで無 ラットホールというのは、単なる小空間ではなくて、一つの宇宙の音だと思っていた室内からかすかなうなりさえ消えて、恐ろしい静 ことだったんです。磁場をなくしたところで、。フラットホールがど寂がおとずれた。トロイの木馬は、一瞬にして目の前から消え、お こかへ飛んで行ってしまうだけのことです」 そらくは良く晴れた空の一角にすいこまれていった 「消せなくてもかまわないじゃないか。たとえ宇宙だとしても、五 リ程度の宇宙なら、気に病むこともあるまい」 ー 47

5. SFマガジン 1983年3月号

「やりましたよ ! 」 「ぼくには予想できませんでした。ただ、時間の方程式の形が他の 平山がピョンピョン飛びはねながら、用意のシャン。 ( ンを取りに方程式と少し違っているようだったので、気になっていたんです」 4 走った。 「それで ? もちろん君は、方程式を書きかえてみたんだろうね 内藤は、なおも黙りこくったまま、吐き出されたデータに目を落 ? 」 とした。 「何か、ふにおちない点でもあるのか ? 」 「結果はどうだった ? 」 神田博士がきいた。 「実験事実に合っています。しかし」 「つまり、プラットホール内部の時間進度が、時間と共に変化する 内藤はしかし、この歴史的な瞬間に立ち会っても、ついにニコリということだな」 ともしなかった。 「時間はしだいにゆっくり進むようになり、外部の時間に近づいて いきます」 その後は、同じ実験の単調なくり返しだった。 「待て。それでは実験事実と正反対ではないか。実験では、レーザ だが実験結果は、二度目の実験以降、予想外の展開を見せてい ーの到着時間の差がしだいに広がってきているんだそ」 「それは時間変化の影響ではないらしいのです」 表示される数字が、しだいに大きくなってきたのだ。ということ「時間ではない ? 時間でないなら、スケールファクターか ? ス は、レーザーの到着時間の差がひろがってきたことを意味する。 ケールファクターが変化しているというのか ? 」 。フラットホールの大きさには、まったく変化がない。 「そうだと思います。。フラットホール内部の時間進度は、現時点で 神田理論によれば、空間の大きさによって、諸定数が一定の値には、外部空間とほとんど同じになっているはずです。今観測されて 決まるはずなので、それが変化することは説明できない。 いる大きな変化は、ほ・ほスケールファクターだけの変化と考えても 実験事実をそのまま受け入れれば、神田理論がまちがっていたと しいでしよう。スケールファクターが、ものすごい勢いで小さくな いうことになるのだ。 っているのです」 「内藤君。君は何か気がかりなことがあるといっていたが、それは「すると、こう考えてもいいんだな。あのゾラットホールは、膨張 このことたったのか ? 」 しているとーーー」 神田博士は落着きを失い、実験室は緊迫した空気に包まれた。 「そうです。おそらく、爆発しているといってもいいでしよう」 「あるいは、そうだったのかもしれません」 「爆発 ? 」 「あるいは ? 」 神田博士には、内藤がその言葉にこめた意味がうまく理解できな こ 0

6. SFマガジン 1983年3月号

すなわち、実験費用の捻出方法である。 基礎的研究だけに、企業とのタイアップは考えられなかった。国 は、過去の実績を重視するので話にならない。といって、個人では 逆立ちしても出せない金額だった。 まさしく八方ふさがりだった。 この苦境を打破したのは、助手の平山である。彼は、もちまえの 行動力と顔の広さを利用して、大学にある全国共同利用施設を、 夏休みの一カ月間だけ借りることに成功したのである。 その施設は、核融合実験用に開発された巨大な超電導電磁石と、 二十兆電子ポルトものエネルギーが取り出せる電子・陽電子衝突型 のシンクロトロンであった。世界でも最大級のこの粒子加速器は、 直径が十二キロもあり、千億電子ポルトの電子・陽電子蓄積リング も付属していた。多重巻きの超電導電磁石は、十億ガウスの超強磁 場を生み出すことができた。 「やったそ ! 」 神田博士が、おもわず手を打って飛び上がったのも無理はなかっ た。偶然とはいえ、神田理論を検証する装置として、これほど適し た組み合わせは二つとなかったからである。 理論的には、。フラットホールは簡単につくれるはずだった。 シンクロトロンで加速した電子を、制動放射が起こらないような 強い磁場で捕獲すると、運動エネルギーが直接空間歪エネルギーに 変換される。ここで発生する気泡のような小空間は、寿命が短か く、秒でガンマ線を放射して消減してしまう。ところが、陽電子 によって同じ変換をした小空間と、電子による小空間をある速度で 衝突させると、・フランク時間を周期とする摂動を起こし、安定な共 「それでも地球は動いている」と言ったのは、ガリレオ・ガリレ イ。なかなかの名セリフだが、 はたして本当に地球は動いているの 動いていないとする説は天動説で、言い出しつべはアリストテレ ス。。フトレマイオスが補強して、キリスト教会の教義にもなったか ら、長い間信じられることになる。 一方、地動説派の元祖はアリスタルコス。この人は紀元前三世紀 頃に精密な地動説モデルを作ったが、十六世紀に彼の説を復活させ たコペルニクスの方が何倍も有名になってしまった。コペルニクス は要領のいい人で、死ぬ間際まで自説を発表しなかったから、迫害 されることもなかった。 ま、それはいいとして、天動説と地動説、はたしてどちらが正し いかだが、これがなかなか難かしい。現代科学ではまだわからない というのが正解ではないだろうか。それとも、わからないのは僕だ けなんだろうか・ : くだらんことで悩んでいるうちに、あいさっするス。ヘースがなく なった。この問題について何かわかったらにしますから、続き はそちらで 作者あいさっ 中原涼 ー 40

7. SFマガジン 1983年3月号

の指ではないかという疑いさえ生じる。じつを言えば、それは人間を郵便物用のはかりにかけてみた。一オンスにほんの少し欠ける。 の指なのだ。しかし、いくら長いこと写真を見つめても、決して確ほぼ二十グラム、一カラット二百ミリグラムだから : : : つまりええ 3 かなところはわからない。 と馬鹿ななんと百カラットー 哀れ切り分けられた天下の名石ホ , ー フーリガンが再びディスクを突きつけ、にやにや笑いとウインク。フ・ダイヤの最盛時に、ほんのわずか及ばないだけだ。 をくり返し、かかとでひょこひょこ飛びはねた。キャパノーは好奇 かれは疑いの眼で、妖怪をじっと見つめた。こいつはどこかに落 心を抑えかねて、不機嫌な顔でそれを受けとり、ついいましがた相し穴があるに決まっているが、天地神明に誓って、どこにもそんな 手の見せてくれた小景をくり返した。 ものは見あたらなかった。模型はしよせん目的のための手段。仕事 「そうさ。こいつはおれが作ったのさ。それが、どうした ? 」 がすめば、たたの場所ふさぎなガラクタ。となると、 いったいかれ 「すそが、くそうった ! 」フーリガンの手が突如目まぐるしく動に、どんな損失が考えられるたろう ? き、つぎの瞬間、手のひらに大きな果実が、い・ほだらけの紫の洋ナ フーリガンがまんまるい眼で、じっとかれを見ていた。キャ %N' ノ シみたいなものが出現した。キャ・ハノーのいぶかしげな顔を見て、 1 はディスクを手にとり、回答をあたえた。一連の絵、模型を撮影 相手はそれをどこか元あったところにしまい込み、こんどは。ヒンクしているキャスノー フィルム処理をしているキャノー、それか 色の半透明なもつれた糸のかたまりを取りだしてきた。キャパノ】 らダイヤモンドを受けとり、うやうやしく模型を贈呈している儀 は腹をたてて顔をしかめた。「おいこらーーー」 式。 フーリガンがもう一度やり直した。こんどは、サクランポほどの フーリガンがまたしてもおじぎをくり返し、うれしそうに撥ねま 大きさの、まばゆくカ ' トされたきらきら白く光る石があらわれわり、しばらく逆立ちしてから、微笑をうかべてキャ。 ( ノーの袖を かるくたたいた。これを同意と理解して、キャパノーはもとの位置 フラッドライト キャパノーは自分の眼が飛びだすのを感じた。こいつがもし、ダ にハッセル・フラッドを据え直し、照明をつけ、さっき中断したと イヤモンドだとすると : ころから撮影を再開した。カラーを半ダースほど撮り、それから白 「くおい、ぶとう ! 」フーリガンが熱烈に叫んだ。そして、小石を黒につめ替えてさらに半ダースほど写した。 指さし、キャノーを指さし、それから自分とテー・フルの上の模型 フーリガンはふるえ出すほど注意を集中して、すべてを見守って を指さした。その意味は明々白々、かれは交易を望んでいるのだ。 いた。キャパノーのうしろから暗室にまで入りこみ、作業台のヘり で眼をぎよろっかせた。キャパノーは白黒フィルムを現像し、定着 それはやはりダイヤモンドだった。いやともかく、からつぼのビし、あらってかわかし、切りわけて焼きつけた。 ィリノト ール瓶のガラスに、きれいな線が引けた。しかも、純白にまばゆく フレームから最初の陽画が出てきたとたん、フ 1 リガンがまたし 輝き、キャ・ ( ノーの見るかぎり、一つも瑕はなかった。かれはそれても騒ぎだし、さっきの半分ほどのダイヤを差しだした。。フリント

8. SFマガジン 1983年3月号

O 燃料消費量が少なくてすむ。 機体の全長七十一メートル、幅三十 二メ 1 トルの大型機で、二百トンもの 貨物を乗せて、時速四百八十キロで飛 ぶ。 三角翼の航空機に似ているものの、 翼の中が貨物室になっている新しいタ イ。フのものもある。これは「スパンロ CO ーダー機」と呼んでいる。 翼内に貨物や燃料を積むため、翼を 下方に曲げるモーメントを生ずるが、 それは翼を上方へ持ち上げようとする CO 揚力と相殺されるので、機体の構造重 Z 量を大幅に減らすことができるとい う。貨物の積み降ろしは、両翼端から tO 行う。約四百トンもの貨物を積み込む ことができ、ジェット・エンジン六基 CO で六千五百キロメートル飛行が可能。 。フロペラの形が奇妙にねじれている O のが「。フロップファン機」である。 八枚から十枚のプロペラの羽根が、 CO ねじれながら後退している。これまで Z のジ = ット機なみのマッ ( 〇・七から 〇・八の速度が出せ、しかも燃料が少 CO なくてすむという省エネ機である。 航空宇宙局 (Z<T<<) の委託で研 O 究開発に取り組んでいるものだが、プ ロペラが高速回転をするとき騒音がひ O どく、この解決が課題となっている。 このほか、双胴機も検討されてい る。主翼の二カ所に翼の構造重量を分 散できるため、単胴型に比べて、主翼 つけ根部分における曲げモーメントが 少なくなる。貨物は胴体内ばかりでな 、主翼内にも積まれゑ単胴型に比 フラットべッド機 双胴機 べ直接連航費は十一 % ほど減らせそう だと試算されている。 コンテナトラックの航空機版も登場 する。コックビットのほかは胴体はな く、平らな荷台 ( フラットペッド ) が あるだけで、ここにコンテナや軍用車 機両などを乗せて運ぶ。乗客を輸送する ときは、座席のついた客室モジュール ア フを乗せる。用途が多様で、さまざまな プものが運べるため、経済性が向上す る。「フラットペッド機」と命名。 ロ プ機体の形はあまり変化はないが「原 子力機」も、飛行想像図の中に加わっ ている。離着陸時にはこれまでのよう にジェット燃料を使い、強力な一時的 。ハワーを出すが、巡航速度に移ってか らは原子力に切り替える。 巡航ミサイル発射用航空機のよう に、長時間の飛行が必要となる航空機 に、原子力推進は利用できそうだとい このようにさまざまな形状、性能を 持った「未来の航空機」が現実のもの となるのも、それほど遠い未来ではな 機さそうだ。必要は発明の母という。燃 カ料の高騰が研究開発を促進させ、さま ざまな航空機の = = ーフ = イスを登場 させることになりそうだ。リング・ウ イング機が飛ぶ日を想像するも、楽し くなってくる。 ◇

9. SFマガジン 1983年3月号

神田博士の相対空間理論は、たしかに画期的ではあったが、あま マッハ原理というのは、ニュートン的な絶対慣性系を否定して、 りにも破綻が多すぎたため、世に受けいれられることがなかった。局所慣性系は宇宙構造によって規定されるとすゑ一種の宇宙哲学 である。 一口でいって、気ちがいのたわごとだった。 理論物理学者がいかに暇をもてあましているとはいえ、たわごと たとえば、リンゴが地面に落ちるにしても、宇宙構造によって落 に耳を貸すほどではなかった。あまっさえ実験物理の超多忙人種ち方が違ってくる。糸の先におもりをつけて振りまわせば、遠心力 にいたっては、よほど確実に成果が期待できる実験でなければ見向が生じるが、逆に糸とおもりを静止させておいて全宇宙を回転させ きもしなかった。 ても同し現象が起きるだろう。そう考えるのが、マッハ原理であ る。 しかも彼の理論が発表された二十年前の技術水準では、とうてい 相対空間理論を検証することができなかった。途方もない高エネル神田博士は、これをさらに拡張したのだった 1 ギーと、極めて精密な測定技術が必要だったからである。 宇宙構造で規定されるのは、慣性質量だけではないとしたのであ こうして、あまりにも先見的すぎた彼の相対空間理論は歴史の中る。 に埋没することになり、神田博士は「紙一重で天才になりそこなつ重力定数、。フランク定数、長さ、時間。すべての基本的な定数 た科学者」と評されることになった。そして、すぐに忘れ去られてが、宇宙構造で決定されると考えた。 しまったのだった。 そして、その理論的帰結として、彼は〈。フラットホール〉の存在 を予言したのである。 ここで彼の理論について簡単に説明しておかなければならない。 相対空間理論は、アインシュタインの相対性理論とはほとんど関 係ない。というより、専門的には全然関係ない。一般的に何の関係神田博士は、睡眠中の一人を含むたった三人の学生を前にした彼 もないと断言しても過言ではないが、実は、アインシュタインの理の講義の中で、次のように述べた。 論がマッ ( 原理に立脚していたように、神田理論もまたマッ ( 原理「私の理論が、まさにその真価を発揮しますのは、かのアインシ一 をその内に含んでいるのである。はっきりといえることは、神田理タインですらさじを投げた困難な領域、・フラックホール内部の物理 論はアインシュタイン理論の直系の子孫ではないということであ状態を記述する場合なのであります。プラックホールは、事象の地 る。まわりくどくなってしまったが、要するに神田博士の相対空間平線によって外部空間と隔絶されているため、独立した小空間と考 理論と、アインシタインの相対性理論との間には、名称が似てい えることができます。したがって、・フラックホールの内側では、諸 る以上のつながりはないということである。 定数がその空間の大きさに見合った独立した値をもっているはずで さて、神田理論の基礎となったマッ ( 原理とはどんなものなのす。実際、プラックホール内部では、外部空間に比べて、時間進度 は早くなり、重力定数は大きくなり、。フランク定数は小さくなるこ 、刀

10. SFマガジン 1983年3月号

キャノーに気づくと、かれはあわてて銃をつきつけ、それから たりして : わずかに銃口をおろした。「おでえ ! 」かれは言った。キャパノ】 運ちゃんがしつこく広場のはずれで待っていた。キャ。 ( ノーは相 5 はそれをジャ = ジアンのいつもの挨拶″よう ! であると理解し手ににつと歯をむき出してから、向いのタ、、 ( コ屋へ入っていった。 こ 0 そして、足首までつもったネクタイやポケット・ブック、つぶれた 「こっちこそ、おでえだ」かれは言った。そして財布をとりだし、 キャンディ・。、 ーのなかから市内地図を引っぱりだし、またゆっく 小銭ポケットから残った一つのダイヤーー百カラット をつまみり通りをわたってキャプに乗りこんだ。 出し、相手に示した。 運転手がもの欲しそうにかれを見た。 ジャニジアンが厳粛にうなすいた。そして、散弾銃を慎重に片手「おまえの母ちゃん、でべそ」キャ、、 ( ノーは言った。 で持ち直して立ちあがり、もう一方の手で一度もしたを見ずに、木「しいくあ ? 」 箱のふたをひらいた。半ダースほど汚れたシャツを引っぱり出し、 「でべそが三つだ」キャノーは地図をひらき、クイーンズ日ロン さらに深く手をつつこみ、なにかを一つかみつかみ出した。 グアイランドのページを出し、苦労してフラッシング・べイを捜し キャ。ハノーにそれを見せた。 あて、ラガーディア空港でしかありえないところに x 印をーーこれ ダイヤモンド。 はすぐマル印にしたーーーっけた。 靴屋はじゃらりと木箱に石ころを放りこみ、その上にまたシャッ運ちゃんがそれを見てうなずきーーそれから、肉づきのいい手を を詰め、ふたをして上に坐りこんだ。「おでえ ! 」かれは言った。 さし出した。 こんどはそれは″あばよ ! みの意味だった。キャ・ハノーは外へ出 キャ。ハノーはつばを吐きかけたい衝動をようやくこらえた。激怒 こ 0 して、さっきくれてやったダイヤの絵をなぐり描き、その絵を指さ 頭痛が、四十二丁目あたりでいったん消えていた頭痛が、またすし、相手を指さし、それから地図を指さした。 きずきと始まった。ぶつくさ心のなかでつぶやきながら、キャ・ ( ノ運転手が肩をすくめ、出ろと親指で合図した。 ーは広場の西のはずれへ戻った。 キャ "( ノーは歯をくいしばり、ぎゅっと眼をつむって二十までか さて、どうしよう ? フーリガンを追いかけて、フィリ・ヒンだかそえた。挙句の果てに、なにか先のとんがったものを手にもっと自 スウェーデンだかメキシコだかへ、出かけて行く気だろうって ? 信が湧くと思いっき、万年筆をもってマンハッタンのページを捜 よは、そうしちゃ悪いかし ? し、五十丁目と二番街の角のところにマル印をつけた。そしてま おれがあいつを捕まえなきや、キャ、、 ( ノーは心のなかで言った。 た、ダイヤモンドの絵を描き、そのマル印に向かって矢印を引っぱ 一年したら、おれはきっと洞穴住いだ。へまな穴居人ができあがるった。 ぜ。空っ腹かかえて、また毎日あくせく力。フト虫の幼虫なんぞ捜し運ちゃんはじっくり絵と地図を観察した。そして、運転席からさ