を指さし、キャパノーの頭を指さし、それからまたディスクを指さル・テープルにかがみ込み、絵具で描かれた背景のまえに、 した。そして、それをキャパノーに突きつけ、一方に首をかしげた。けな人形をたくさん並べていた。 : こいつはまあ、最近の事実にかなり忠実だ。キャ。ハノーの仕 キャパノーは怖々とディスクを手にとった。鳥肌がほっほっと両 腕をかけあがっていった。「おれがカメラを作ったのかどうか、そ事はマンガ家だった。といっても、仕事への熱意は、とうの昔にな れが知りたいってわけかい ? 」かれは考えこみながら言った。「そかった。やることは機械的だし、じゃんじゃん金ばかり入ってくる し、そのために描き手としては完全に破減していた。絵を描いても うなんだな ? 」 「すざあなんだな」フーリガンが言った。そしてまた、無器用にお引っかいても色を塗っても、いまではぜんぜん楽しくなかった。そ テープルトツ・フ・フォトグラフィ とくに卓上静物写真と じぎし、二度うなずき、大きく目を見ひらいた。 こで写真のほうへ転向しかけていた キャノーはじっくり考えた。それからおもむろにディスクを見呼ばれる分野に。 つめ、駆動ベルトや可動部品がうんとこさくっ付き、それがみんなす粘土や紙粘土、針金ビーズ玉木片その他ありとあらゆる材料で、 ごい勢いでぐるぐる動いている巨大機械を空想した。そうさ、こうかれは模型をつくった。そして、塗ったり染めたり色をつけ、場面 でなくちゃ、ちょっと。ヒンポケだが、まあまあ悪くない。かれは機械を構成し、ライトをあてーーーそれから ( ッセルブラッドとえらく高 の片側にホッ。ハ ーをとり付け、さらに男がひとりそこに近づいて、価な特注の浅焦点レンズを用いて、それを撮影した。こうして一年 ハケッ一杯のクズ鉄を流しこむところを思い描き、それから機械のがたち、・ほっ・ほっ目ざましい成果があらわれ始めていたのだ。 いまテープルに置かれた模型は、だまし絵風に素朴なものだっ 反対側から列をなしてカメラが流れ出していく情景をつけたした。 ディスクの反対面を熱心にのそき込んでいたフーリガンが、かが た。背景及び中背には、半インチから一フィートくらいに縮められ めていた背中をまっすぐに伸し、もう一度おじぎをしてディスクをたモミの木とハナガサシャクナゲの森があった。前景では、消えかけ とり返した。そして、片方で鼻のさきをつまみ、もう一方の手で荒々 たキャンプファイヤを三人の人物がかこんでいた。それは人類では しいしぐさをしながら、ぐるぐるとものすごい早さで三度旋回した。 なかった。まったく毛のない、大きな柔和な目をした、やせ細った天 キャ ' ハノーは一歩後退し、火かき棒をつかみ直した。 色の生きものが、異様な裁断の ( イキング服を着こんで坐っていた。 フーリガンが素早くかれの脇のしたをすり抜け、目まぐるしくち 二人は崩れて半ば地面に埋まった大きな石造物からころがり出 よこまかと足を動かしてモデル・テープルに駆けより、テーブルのた、石材に背をつけて坐り、顔を寄せあって金属の円筒から巻きだ された紙をのそき込んでいた。第三の人物はもっとカメラに近い石 端にちょこんと顎をのせて、じいっとまん中の模型を見つめた。 「おい ! 」キャパノーが荒々しく叫び、妖怪に駆けよった。フーリ材に腰をおろし、片手で骨つき肉をつかんでいた。食べかけのその 骨と肉は、ぎよっとするほど見慣れた形をしていた。もっとよくな ガンがくるっと振りかえって、またディスクを突きつけた。そこに は、さっきとは別の絵が浮かんでいた。こんどはキャ、、 ( ノーはモデがめれば、食べている人物の手にほとんど隠れているものは、人間
爿ないのよ」 「なに、ゴードンの策略をちょいとひねって、あんたでなくやつが 「ああ。わかったそ。すると、スレイドにすっからかんにされちま被害者になるように仕向けてやれると思うんだ。まあ、とにかくや 9 ったんだな」へレナは若い頃に結婚したが、相手は魅力的な情知らってみるさ。きわどい仕事だがね。ゴードンは自分が何をおもちゃ ずのペテン師で、〈レナを捨ててリヴィエラに高跳びする前にエヴにしているかまるでわかっていない。正直言って僕にもわかっちゃ アンズ家の財産でたっぷりふところを肥やしていたことは、周知の いないんだが。ただ僕の方がゴ ードンよりはるかによく知 . ってい 事実だった。「それでずっとゴードンの金を使いこんでいたわける」 か。それにしても全部使い果たしちまったとはどういうわけなん「何なの、エディー、 あの子が何をしているというの ? 」 だ。百万ドルはあったはずだろう」 「インディアンのちょいとした遺物でね。魔法、とでもいうんだろ 「二百万ちかかったわ。スレイドがいくらか持って行ったのと、あうが、ただ、インディアンについてその言葉を使うのは聞いたこと 、カ - 子 / し たしが欠けた分を補おうとして下手な投機に手を出したのがいけな ゴードンは超自然の生きものを呼び出してあんたを殺させ かったの。きれいになくなったわ、エディ 一セント残らず。証ようとしていたんだ」 明できるものもひとつもないわ。あたし刑務所に行くことになるわ ヘレナは笑った。「そんな、まさか」 ね。でなけりやゴードンに殺されるか。いずれこうなるのはわかっ 「いや、僕は大まじめだ。事実彼はもうやってのけたよ、生きもの ていたのよ」 を呼び出すことの方だがね。無論、お目当てのものとはいささか違 「ヘレナ」とスミザースはいった。「僕があんたをそんな目にあわったんだが」 せると思うのかね。僕らは四十年来の友達だ。それに一時はただの ヘレナは笑うのをやめた。「じゃ、真剣な話なのね」 友達以上の仲だったことだってあるんだからね。心配することはな 「そうだとも。実を言うと、きっかけは僕にあるんだが」 僕が何とかするさ」 「どういう意味 ? 」 「何とかなるなんて思えないわ。お金がなくなっていると知ったら「ヘレナ、僕はサンギミー族のインディアンだ。言 唯でも知ってるこ ゴードンは訴訟を起こすでしようし、知らなければあたしを殺してとた。だが誰もそのことを改めて考えてみようとしない。皆が見て 信託を終わらせようとするわ。あの子はそれに頑固よ。あきらめさ いるのは根っからの遣り手の不動産業者で市会議員でロータリー せるなんて無理ね、あの子が生きてるかぎりはね」 クラゾの会員だからさ。僕自身忘れちまうこともある。それでも僕 「そのとおり ! 」スミザースは熱をこめていった。 はサンギミーだ。子供の頃、祖父さんにサンギミーの呪術を教えこ ヘレナは彼を見た。「そう」とヘレナよ、つこ。 ーしナ「ええ、そうまれた。ドンリー・ストリート の祖父さんの家を覚えているかい」 ね、それでいいのね、ゴードンが死ねば ? でもどうやってあたし「ええ」と〈レナ。 たち・・ーーーあなたはどうやるつもり ? 」 「あの頃は家の裏はまたぜんぶ林だった。僕が五歳の頃から、祖父
さんは僕を林のなかの秘密の場所に連れて行くようになった。そしエスタマティスの話をしてやった」 て術を伝授した。そういう仕組なのさーーまじない師はつねに自分「フェスタマティス ? 」 の息子ではなく孫に教えるんだ。よかれあしかれ、サンギミー族は「伝説によると、枯木に棲む悪霊のことた。適切な呪文を唱えれば 勝てないとわかった相手と他のどの部族より先に手を組み、二百五呼び出すことができ、代価を払えば汚ない仕事をかわりにやってく 十年の間、白人たちと隣人同様に暮らしてきた。だがその間もずつれるんだ。代価は人間ひとりの命ということになっている。ひどく とまじない師たちは、孫や、とくにその目的で孫養子にした子供たつめたく黒い霧のような奴で、犠牲者をつつみこみ、去ったあとに は石のように冷たい死骸が残る。だが、そいつが請負って殺した人 ちに術を伝え続けたんだ。これは単なる迷信じゃない。サンギミー 間の命では、報酬にはならない。もうひとり必要なんだ。話の結末 の呪術は多少とも現実の力をもっている。伝承には、おとぎ話じみ ちゃいるがまぎれもない確かな真実を述べたものがどっさり語られはたいていどうなるか想像がつくだろう。フェスタマティスを呼び ているのだよ、僕は知っている。 出した当人が代価替わりに殺されるのさ。無論、話によってはフェ スタマティスがだしぬかれることもある。 ここ十年ばかりの間、僕は土地を売却してやるためにしよっちゅ うゴ ードンはあのとおりの男だ。はやりの ードンに会っていた。ゴ ゴードンがあまりうるさくせがむので、僕はとうとうその呪文を ものには、とりわけ若い者の気まぐれには何でもとびつく。しばら教えてやった。害もなかろうと思ったんだ。僕自身何回か試してみ く熱をあげて、そのうち別のものに気を惹かれる。ディスコ、徴兵 たが、うまくいったためしがなかったからね。ああ、一度、宙を飛 制反対、コカイン、反核 ″ナウい″ものには何でもちょっぴりぶ目のないちつぼけな毛の玉をごっそり出したことがあった。薄気 狂ってみるのさ。たいていは僕に言わせりや我慢のならんものばか味悪いが無害なやつだった。この手の呪文はひどく複雑でね、単語 りだが、まあ、僕はプルジョワの旗振りだからね」 の発音ひとつ、声の高低ひとっ違えば、全部が台無しになるか、さ 「あの子、あたしをファシストだって言ってるわ」 もなければ全く別の呪文になってしまう。この僕に正しく言えない 「そうだろうとも。僕が被圧迫少数民族じゃなかったら、僕のこと としたら、まずゴ 1 ドンに言えるわけがない。そこで僕はゴードン もそう言うだろうよ。ゴードンは僕がやつの固定観念どおりに動か にがらがらを一組やって、呪文とまじない消しの呪文を教えてやっ ないのが気にいらないんだ。インディアンの人権問題が最先端の連た。ちょうど取引きのほうでもう一点あげたいところだったから、 中に受けたころには、彼ももちろんさっそく飛びこんださ。まだそゴードンを喜ばせてやろうと思ったのさ。 ゴードンは実際ためしてみたと言っていたよ。何も起こらなかっ れに夢中だった時に、礼はたっぷりするから彼のいわゆるアメリカ 原住民の部族風習というやつについて教えろと言ってきてね。僕が たが彼は驚きもしなかったーーー本気で信しちゃいなかったんだと思 うつかりまじない師の教育を受けたことをしゃべると、そこに照準うねーーーそれで、がらがらを引出しにしまいこんだきり忘れてしま 5 った。ところが最近になって、窮状を切り抜けるにはヘレナ、あん を合わせてきた。ひどく興味をそそられていたよ。僕はしまいにフ
妙な化学変化さね。もうそろそろ誰かが死体を見つけて保安官を呼らはあの土地が急速に胴枯れ病にやられるはずだからね」 ぶはずだ。検死の結果がどう出るかだな。死体にはなんの跡もな「わか「たわ、そうしましよう。そのお金があれば助かるし : : : あ 8 ″齧り屋〃といっても実際にかじるわけじゃないらしい。物理たしたちって血も涙もないのね、そう思わない ? 」 的な実体すらないのかもしれん。それでも奴らはちゃんと殺すん「起こってしまったことを有利に活用するのは悪いことじゃない だ。殺すんだよ」 さ。そりゃあ、ヒッビーどもにはいささか気の毒だったがね。天災 スミザースはウイスキーの残りをぐっとあおり、窓の外を見つめ だったと思うのがいちばんだ。避けようがなかったのだとね」 た。ヘレナがいった。「とっても不思議なお話ね、エディ それ「ええ」とヘレナはいった。「そう思うことにするわ」 にとっても恐いわ。ほんとのことを言えば、とても信じられないく らいだわ。みんな実際に起こったことなの ? 」 午後に、スミザースは彼の大型車で山を登り、廃道になった道の 「ああ、起こったのさ。ゴアズ・サヴ = イで見つかった死体の話は終点までやって来た。それより先へは進めなくなると、車を降り、 いまにたっぷり聞けるとも。麻薬中毒の一種ってことでけりがつく徒歩で林をぬけてとある空き地にでた。古いカーキ色のズボンに皮 のじゃないかと思うね : : : あの土地には税金が千五百ドルばかり滞ジャケットにモカシンといういでたちだった。彼は薪をあつめ小さ 納になっている。それプラス経費分であそこが手にはいるそ。今日い焚火を燃やした。火が燃え尽きて明るい燠となり、白煙のほそい のうちに手を打ったほうがいいな。これからは青々としてきて、 柱が静かな空に垂直に立ちのぼりはじめた時、スミザースはひくい まにいい土地になる。値がでるぞ」 声で呪文を唱えだした。上着のポケットからひと握り取り出した何 「どれくらい ? 」 かを、燠の上にふりかけた。 「わからんな。五十万ドル、というところかね」 もうっと濃い煙があがり、広がって、風もないのに激しく渦を巻 「もしそれが本当ならね。本当でなかったら税金の滞納分だけの値きはじめた。数分後には動きはおさまり、それは小さい雲となって 打ちもないわ。いままで何ひとっーー・何ひとっ育ったことがないんじっと燠のまわりに垂れこめた。いまや煙は薄れ、ぼんやりとなが ですもの」 ら視界がきくようになっていたが、スミザースから焚火を隔てた向 「これからは育っとも」とスミザースは自信ありげにいっこ。 うがわにただ一カ所、めだって濃い塊があった。その塊にスミザー 「そう、そうしたら、わたしたちふたりとも、ちょっとしたお金儲スは話しかけた。「お祖父さん、あなたの霊ですか」 けができるわね」 彼は答えを聞いた、あるいは聞いたように思った。そして続け た。「近況をお知らせしたかったのですよ、お祖父さん。僕が″齧 「僕はビジネスマンだ。チャンスが舞い込めばせいぜい利用する。 あんたもそうしたまえ。ゴードンの家もこれであんたのものだよ。 り屋″と戦って負かしたことを、お知らせしようと思いましてね」 できるだけ早々に売りに出したほうがいい。 僕の予想では、これか彼は言葉を切って耳をすました。それから、「手違いからテイハー
ぼくは、上の空で返事をした。すると、 五回、呼び出し音がしてから、彼女が出 しい、丁寧だが簡潔な書き方だ。一読し て、根岸に渡した。 根岸は皮肉つぼく笑ったようだった。 「やあ、・ほくだ」 「一身上の都合、か。便利な言葉だ」 「関川遙子をさがしてるのか」 彼は、それだけ言うと便箋をたたみ、封「あら : : : こんばんわ」 ぼくがうなずくと、彼は即座に言った。 どう切り出したものか、見当がっかなか 筒の中に元通りしまった。そして、しばら 「彼女は来ないよ」 った。うまい言葉なんか見つかるわけもな くそれを右手の人差し指と中指でつまんで 「な・せ判る ? 」 く、・ほくはありのままに一一一口うしかなかっ 根岸は、黙ってシャツのポケットから見ていたが、やがて机の上に放り出した。 こ 0 「別に俺は構わん。去る者は追わず、だ。 二つ折りにした封筒を出すと、ぼくにつき だがな・ : ・ : 」 つけるように渡してよこした。 「今日、一限に出なかったね。どうしたの 彼は、ぼくの方をじっと見てから、言っ 「さっき、掲示板の前でばったり会った。 こ 0 脱会届た」 「ちょっと用事があってーー」 「脱会届ーー ? 」 「さっきの関川は、どうも様子が変だった 「根岸が見せてくれたよ、君の脱会届。あ 思わず声が大きくなった。前の席の学生ぜ。思いつめているというか : : : 朗、お前 れはどうしてだい ? 」 が、眉をひそめて振り返った。 たち夏の間に何かあったのか ? 」 「あれは : : : 」 「それがさ、・ほくにも、わけが判らないん 彼女が電話の向こうで言葉につまるの 封筒の裏に、見憶えのある字で、小さく サインがあった。 が、目に見えるようだ。でも、・ほくは彼女 「やつばり知らなかったのか。 目第ー ぼくは思わずため息をついた。 を困らせたくて電話したわけじゃない。 会ったら、と思って封は切らないでおいた」 「言いにくければ、・ほくが言うよ。君は、 「帰ったら、電話するんだな」 ・ほくはあいまいにうなずくと、封筒の頭 ぼくを避けてるんだ。なぜだい ? 」 根岸はそれだけ言うと、教科書を開き / を指で破って、便箋を引っぱり出した。三 彼女は、何も言わなかった。 1 トをとり始めた。・ほくはというと、ウジ っ折りにしてあるのを広げると、表書きと 「急に、嫌いになったの ? 」 ウジと遙子のことを考えているうちに、一 同じ字が真っ直に並んでいる。 彼女は、何も言わなかった。思わず、・ほ 時間半が過ぎてしまった。教授は教科書を 勝手ながら、一身上の都合により本なそって早口にしゃべり、板書し、やがてくはカッとなった。 「遙子、君は卑怯だ。嫌いになったのな 日限り脱会いたします。貴会の今後の御発さっさと黒板を消して、教室を出て行っ でも、理山を言ってく幻 ら、それでもいい 展をお祈り申し上げます関川遙子 れないか」 文面は、たったこれだけだった。彼女ら - 」 0
ぼくは、そう言って彼女を誘った。 自分 「それは ・ほくには言えないような用た。言うべき言葉が見つからない をごまかすための、最も効果的な言葉が。 でも、それは嘘だった。本当は、彼女自身事 ? 」 耳の奥でツーと鳴っている音が、ひとっ に興味があったのだ。そして、話せば話す「そういうわけじゃないけど : : : 」 ほどに、ぼくは彼女のことをもっとよく知 彼女、電話を切りたがっている。すぐの事実を告げていた。今、ぼくはフラれつ りたいと思うようになっていった。 に、ビンときた。・ほくは、あわてて取り繕つあるってことを。 一体、な・せ ? あれから、一年余りになる。今、・ほくのうように言った。 ぼくは、最後に遙子と会った時のこ 前の席に遙子はいない。彼女は初めて、ぼ 「まあ、いいや。じゃ、今度の日曜、あい くとの約東を破ったのだ。 とを一通り思い出してみた。そう言えば、 てるかな。映画でも見ないか」 「ごめんなさい。今度の日曜は、ちょっとあの日の彼女は何だか元気がなかった。で も、普段からロ数の多いこではないから、 その晩、ぼくは電話をかけた。最初は六忙しいの」 ・ほくは気にもとめなかった。思えば、あの 時。結局、呼び出し音を十三回待って、受 「じゃ、その次のは ? 」 日から彼女は変だったのだ。 話器を置いた。八時にもう一度かけた時「日曜日は、当分駄目なの」 「ウィ 何か、彼女をひどく傷つけるようなこと ーク・デーは。ハイトだっけ」 は、十回待って諦めた。下宿にはいないの を、・ほくは言っただろうか。思い当たるこ だ。人をすつぼかしておいて、一体どこに 「そう : : : 疲れるから : : : 」 行ってしまったのだろう。 「そうかーーそうだね」 とは、何もなかった。受話器をカなく置く と、電話台を離れた。ずっとうまくいって ・ほくは、思わずため息をついた。 数日後、またぼくは電話をかけた。今度 「ごめんなさい」 いたのに、どうしてだろう。隠し事なんか は呼び出し音五回で出た。 「はい と、遙子はまた言った。何度も繰り返さ したことはなかったのだが : わけのわからなさから、・ほくは腹を立て 「あ : : : ・ほくだ。えと こないだ、来なれるその言葉は、わけもなく・ほくをイライ ラさせた。努めて平静を保ちながら、ぼく た。部屋に戻り、絨毯の上にドシンと腰を かったね。どうしたの」 はわざと明るい声で言った。」 キャビネ 降ろすと、自然に目はレコード・ 「ごめんなさい」 「いいんだ。仕方ないさ」 ットを見ていた。 彼女は、ただ謝った。理由を言わない。 「さようならーーーおやすみなさい」 こういう時は、何も考えずにお気に入り 声の調子も、いつもと違って、こわばった 感じだ。 「うん : : : おやすみ」 のレコードでも聴くのが一番し 「何か、急な用事だったの ? 」 電話は切れた。ぼくは、受話器を握りしは、あの青空のレコードを引っぱり出し 「ええ、まあね」 めたまま、しばらくそこに突っ立ってし こ 0 幻 7
「おれは、あの一帯の砂が、どうも消えちまうような気がして、不触かもしれないから、行きたいんだ。その鍵が、地球からこんな近 くの月の上に眠っていたなんて、夢みたいじゃないか。いや、馬鹿 安なんだ。いても立ってもいられない。止めても、やつばりおれは みたいだな」 降りるよ」 ロイは、もう機を降下させていた。スーツを着こみ、ヘルメット 「ロイ、さっき言ってたきみの精神への作用ってのが解明されてい ないそ。めまいがすると言ってたな。危険だ。もう少し上空から探を手にして、もう一度カメラの方を見た。 「おれの思うに、あの砂は、隕石かなんかといっしょにこの月面に 査を続けろ。フィルもどこかで昏倒しているのかもしれない」 ロイは、気まずそうに伏し目がちにカメラの方を向き、言「た。落下した、一種の私的なレコーダーじゃないかと思う。きっと何十 「悪かったな。実はそのことはいの一番に調べちまったんだ。どう億年もこの浅瀬で眠っていたんだ : : : 」 ロイは、結論まで言わなかった。彼は黙って、カメラに。ヒース・ いうメカニズムを介在してのことかわからないが、おれ自身のから だにセンサーをつけて調べてみたら、あの砂の振動に合わせて微妙サインを出すと、〈ルメットをかぶった。 に共鳴する部分があった。こいつはつまりーー。機械のドクターの仰機はもう着陸したらしく、彼はうしろの ( ッチを開けると、外に オピエ せだがーー脳内のアヘン様物質が、その結果として著しく活性化す消えていった。 自動的に機外カメラに画像が切り替わった。やがて、画面の下の るそうだ。だから、きみの言う通り、危険なことかもしれん。砂の 上で踊りながら麻薬中毒にな「ちまうかもしれないんだ。しかし、方からロイの〈ルメットが現われ、全身が映り出した。彼はカメラ ト算では、短時間なら拮抗薬が有効と出ている。今、処方をしてもに背を向けて、砂漠へと足を踏み出していった。 歩みは遅々として進まぬように、テレビでは見えた。ロイは、三 らってるところだよ」 どうして〇メートルほど歩いて立ち止まり、腰をかがめて足元の砂をひろっ アールは、ロの中がひからびてゆくのがわかった。 た。そして、ちょっとこちらを振り返り、砂を握った手を肩のあた 彼といっしょに行かなかったのだ、どうして もう今となっては、ロイを止めても無駄だということは、確実にりまで掲げてみせた。 ロイは、再び歩き出そうとして、がくりと膝を落とした。音は聞 わかった。彼はジャンキーになるかもしれないのではなくて、既に こえない。サーという弱いホワイト・ノイズが入ってくるだけだ。 なっているのだ。 「ロイ、お願いだ。慎重に行動してくれ。おれたちは、人類始まっ彼はゆっくりと砂の中に倒れた。 全身の脈動が始まった。からだをくの字に曲げて、頭を砂にめり て以来の異文化との接触をしてるのかもしれないんだ」 こませながら、両腕が次第にうしろの方へまわっていった。脚のつ アールは成功を期待しないで言った。ロイはそれを聞いて、テレ けねのあたりが、奇妙にふくれたりしぼんだりするのが、スーツの ビカメラの方を見て悲しそうに笑った。 「きみの言うことはわかるよ。でも、おれは人類初の異文化との接上からでも見てとれた。その直後に、ロイの上体は、背骨をへし折 7
たを。ハラすしかないという結論にいたって、フェスタマティスのこあんたに死んでもらうと決めこんでいる。フェスタマティスを呼び 出そうとしたのは、仕事を安くあげるための最後のあがきだったん 9 とを思い出し、もう一度やってみようと決めたわけだ。 今朝の二時頃、僕はふっと目がさめた。どこかそう遠くない所でだ ( フェスタマティスにはデニスを報酬としてくれてやるつもりだ たったいま呪文が成功したのを感じたんだ。ゴードンのしわざに違ったのさ ) 。しくじればその時は。フロと契約してあんたを狙わせる いないこともわかっていた。正直言って、少しばかりこわかった。気だったが、それには莫大な金がいる。金を工面するために家を売 フェスタマティスなるものが実在してゴードンがそいつを呼び出しらなくちゃならない。それだけはどうあってもしたくなかったの たとなると、狙いは僕かもしれないと思ったんだ。長年の取引きのさ。 あいだには多少仲違いもしたからね。念のため僕はがらがらを用意そこでゴードンは絨毯の上の化け物にあんたを片づけさせる方法 した。 はないかと考えた。何より手近にあるのが好都合だし、フェスタマ 二時間後、自分は安全だと結論が出たところで、調べてみたほうティスよりも安上がりで、デニスをくれてやらなくてもすむと考え たからね。・その怪物をあんたにけしかける方法をひねり出してくれ がよかろうと考えた。そこで着替えをしてゴードンのところに出か けた。案の定ゴードンは何やら呼び出していたんだが、フェスタマとゴードンは言った。いったん金が彼のものになれば素敵な取引き ティスじゃなかった。奴が呼び出したのはこれまでお目にかかったが僕のところにたんと転がりこむことになるんだと、さかんに匂わ こともないような醜い怪物が二匹で、おまけにとんでもなく危険なせていたよ。 やつらだった。だが超自然の生きものではないと思う。恐らく死に僕は、何とか方法を考えるから、それまで居間の眠り姫どもには 絶えて今はそいつらだけになってしまった種の最後の生き残りだ絶対手を出すな、絶対に誰も家に入れるなと言っておいた。どうす な。いつごろからか一種の仮死状態にあった。そいつをゴードンがればいいか今日のうちに教えてやる、とね。その足で、ただちに金 出来損いの呪文で起こしちまったんだが、これがまたとんでもない を渡すようあんたに忠告するためにここへ来たわけなんだ。ところ 幸運中の幸運さ、まじない消しの呪文が奴らを眠りに戻したんだ。 があんたは、それはできないという」 僕が行ってみるとゴードンとお友達は縮みあがっておろおろしてた彼が話しているあいだ、ヘレナは静かにすわっていた。やがて彼 ディー。ほんとのほ つけ , ーー化けものどもはゴードンの犬をプレツツェルよろしく食っ女はいった。「ずいぶん不思議な話なのね、 ちまったんだーーそしてゴードンが後生大事にしている白い絨毯んとに、真実なの ? 」 に、コチコチになって伸びていたよ。 スミザースは真顔で彼女を見た。「真実だ」 ゴードンと僕はしばらく楽しいおしゃべりをした。ゴードンは僕「そう」へレナはいった。「そう、それだったら、何でもあなたの に力を貸せといった。そこで僕はデニスがジーンズを替えに行った言うとおりにするわ。どうでしよう、かわいそうなデニスをそのフ 隙にゴードンに洗いざらいしゃべらせた。ゴードンはどうあってもエスティス何とかに引き渡そうなんて。破廉恥なこと。それで、あ
これは語末の子音からして、たぶん正確ではない。キャノーは クウェア ( 実際には四角ではなく三角形 ) 西のはすれ、砲弾色の将 首をふり、黒くぬりつぶした円を指さした。 軍像からほんの数ャードのところで、丁重にキャ・フのドアをあけ 「ぶこうど」と運ちゃん。 キャ・ハノーは指さきを白い円へ動かした。 キャ。ハノーは身ぶりで待つように伝え、幸せそうな微笑とこっく 「まあへ」 り一つを確認してから、歩道を走りだした。 「おうえへ、まあへ 「正解 ! 」とキャノー 」かれは第三の ジャニジアンの店のまえを、いったん気づかずに走りすぎたが、 絵を指さした。 これには立派な理由があった。だだっ広い仕事場兼売場には、どこ これは難問だった。運ちゃんには見当もっかなかった。「ぶなきを見ても靴とかサンダルは一つもなかった。 ゃう ? 」かれはあてずっぽうを言った。 ドアが半びらきになっていた。キャ・ハノーは店内に入り、からっ 音節が足りない。キャ。ハノーは首をふり、四番めの絵にうつつぼの棚と裏手の部屋につづくドアを、疑いの眼でじっと見つめた こ 0 この世のものとも思われないくらい大きく、重い南京錠とかけ金 「ぶぶじえちゅ」 で、そのドアはがっちりとふさがれていた。これはおかしい、とい キャ・ ( ノーはうなずき、かれらはまた最初から同じことをくり返うのは、⑧ジャニジアンは昔から錠前というものを一度も信用した した。 ことがなく、事実あのドアはまえにはかんぬきなど付いていなかっ 「おうえヘーーまあヘーーぶぶじえちゅ」理解の光が運ちゃんの顔たのだし、⑤ジャニジアンは絶対に外出しないーーー数年前、・ に広がった。「じかあぐる ! じかあぐる ! ぶぶじえちゅ ! 」 ・ホワイトの戯評で、いったん足をあげると、歩道の敷石がその足 「そうだ、そのとおり」キャ。ハノーが言った。「シェリダン・スクを迎えにあがってくると知って以来、完全にびびっているからだ。 ウェア。じかあぐる・ぶぶじえちゅ」 ( 訳注、絵は上から女の目、信号 キャパノーはドアににじり寄り、扉と側柱のあいだの細いすきま の赤、銅像、四角 Sheridan square*she red squave) に指の爪をさし入れ、そっと引いた 運転手はキャ・フへ歩きかけたが、すぐになにか思い出した様子で頭をちょん切った二本の木ネジで、側柱にとめてあっただけのか け金が、すうっと動いた。ドアがゆらりとひらいた。 立ちどまり、思わせぶりに手をさしだした。 なかにジャニジアンの姿があった。 キャ。ハノーは財布から札を抜き、相手の顔のまえにつきつけた。 小さな木箱の上に、あぐらをかいて坐りこんだ靴屋は、やや異常 運ちゃんは首をふった。「ぬぐうぶ、じようく」かれは悲しげにつ な目つきだった。ひざの上に錆ついた散弾銃を横抱きにし、目のま ぶやき、また塀のほうへ戻りかけた。 二十分後、キャパノーから三十カラットのダイヤを一つまきあげえの床には、刃わたり十インチの肉切り包丁が二本つきたててあっ 9 ると、運ちゃんは正直そうな顔に笑みをうかべて、シェリダン・スた。 こ 0 スクウェア
のそいた。今日は、長い髪を後ろで束ねてびれたままになっていたことを思い出し、 いて、額に汗が光っている。彼は、につこ彼に尋ねてみた。 彼は、手を休めてぼくを振り返ったが、 りと笑った。あの時と同じ表情だ。 それからどうなったかって ? 「やあ、あなたでしたか。レコ 1 ドを、返その表情はなんだかとっても淋しそうだっ ぼくと遙子は、また元のように逢い、語 こ 0 り合い、時には腕など組んで歩く。あの脱しに来てくれたんですね。そろそろだと思 「これはね : : : ・ほくが昔愛したひとの形見 っていましたよ」 会届は、破り捨てられた。 「どうも、ありがとう。これ、とっても役なんです。彼女が作曲して自分で弾いた、 彼女は、レコードのメロディを楽譜にと たった一枚きりのレコードなんですよ」 った。時々、大学の音楽室で、・ほくは彼女に立ちました」 悪いことを聞いちゃったかな : そう言ってレコードを差し出すと、彼は のビアノを聴く。ただし、それは音楽室に 「亡くなられたんですか ? ぼくを表の店の方に招き入れた。 ・ほくら二人っきりの時でなければ駄目だ。 青年は、首を横に振った。彼の表情に、 「そうですか : : : で、もう役目は果たした なぜなら、・ほくらはビアノごと空に飛んで すばやく元の明るさが戻った。 わけですね」 行ってしまうから。 、えーーーあのひとはね、鳥になったん 「ええ」 そんなわけで、レコード の方は必要じゃ ・ほくは、うなずきながら店の中を見回しです」 なくなった。・ほくは、あのヒッビー氏の言 た。木の棚はみな分解されて、板は板、棒「鳥に ? 」 ったことを思い出して、レコードを返しに 彼は微笑した。誰かを心から愛している は棒で、束ねられ、床の上に転がってい 行った。 す者だけが浮かべる、とても優しい笑み。 土曜日の午後だというのに、赤茶けた色る。レコードをつめたダンポール箱が、・ 「そう、鳥にね」 らりと並んでいた。 のシャッターが、店の入口を閉ざしてい ・ほくも、つられてほほえんだ。 こ。・ほくはいったん帰りかけたが、気を取「店じまいですか」 「そうですか : : : 」 青年はうなずいた。 り直して店の裏に回ってみた。 「そうなんです」 「また、よその街で店を開くんです。あな トタン張りの壁に、小さな木のドアがあ ぼくは、彼に改めて礼を言い、お別れを たのように、どうしてもあるレコードが必 って、半分開いていた。その奥にもドアが 言って、店を出た。 要な人のために、ね」 あり、それも開けつばなしだった。・ほく 表通りは、にぎやかだった。でも、この 「そうですか : : : 」 は、中に入って声をかけた。 ヒッビー氏は、せっせと荷作りを続けて前ここに来た時とは違って、もう何もかも 2 「あのー、こんにちは : : : 」 、る。・ほくは帰りかけたが、この前聞きそが秋の色をしていた。 すると、奥のドアのかげから、あの顔・か