「アレックス ! 」 「早く助けにいかなきや、サトルさん食い殺されちゃうわ ! 」 みのりは目を見開いて叫んだ。 「心配だね」 「あんた、そんなところで何やってるの ? 」 山下がうなずいた。 『がらすヲ修理シテオリマシタガ、何カ ? 』 「雪男が食あたりするかもしれない」 「のんきに冗談いってる場合じゃないってば。とりあえず中和装置みのりは笑い出した。 しいのよ。お願いだから、ちょっとの間、そのドアを閉 で、このめちやめちやを元に戻さなきや。それとパラライザーが必「ううん。 めないでおいてくれる ? さ、山下さん。早く早く」 要ね」 はじめにみのりが通って来た四次元通路を逆に渡って、二人はい 「だけどね、みのりさん。その前にもうひとつ、やらなきゃいけな とも簡単に、実験室に戻った。 いことがあるんですよー 「なんてこったい」 「どういう意味 ? 」 気がぬけたような表情で、山下が言った。 みのりが不思議そうな顔をした。山下は無表情に答えた。 「ほんとにね。でも、よくこのドアを開けてくれたわ、アレック 「もう一度、研究所へ戻らないといけないって事ですよ」 ス。さもなきや、もう一度最初からやり直さなきゃいけなかったん 「なんですって」 だもの。感謝 D 」 みのりは、あらためて周囲を見回した。 『何力アッタンデスカ ? 』 そこは猫又ジャーナルの編集室だった。 アレックスがのんびりと訊ねた。 「たすけてくれ— : つ」 いいから。それより中和装置よ」 「いいから、 洗面所から編集長がかけ出してきて、ロッカーの中に消えた。 ーサイは六頭に増えていた。 みのりは、実験室のあちこちに、乱雑に積みあげられているガラ 「どーしてこうなるのつつ ! 」 クタの底から、小さい銀色の卵みたいなものを引っぱり出してき みのりが泣き声を出した。 た。出ペソのようにくつついている黒いボタンを押して、みのりは その時、山下のデスクのそばの空間が、ガチャリと開いた。 それを床の上にほうり投げた。 『オ嬢サマ。ソロソロオ茶ノ時間デスケド、オ化粧直シハ、 「みんな伏せてつ」 マナインテスカ ? 』 とたんに、卵が爆発した。 ガラスが三たび、こつばみじんに砕け散った ( がらがっしゃ 5 中和装の作用フィ ールドが、爆風のように超平面下に広がって マダス 7 6
た。赤い電子アイをチラリと動かして、実験室の床から天井近くま でそびえている、シールリアリズムの化け物じみた、みのりの新 発明を一瞥する。 ・ハベルの塔よろしく積みあげられた回路ポックスと、複雑にから 「んしよ」 みのりは、顔を真「赤にして、スパナを握る手に力をこめた。こみ合ったコードやパイ。フ類。大小さまざまのメーターが、てんでに ハラ。ハラの方向をむいて取り付けられ、てつべん間近には、 れが最後のポルトを、しつかりと締めつける。 い何の役に立つのか、水道の蛇口までがっき出している。 完成だ。 館あたりに置いてあれば、前衛派の彫刻と言っても十分通用するた 「ばんざーい D 」 ろう。 メチャはしゃいた声で、みのりが両手をぶんと振りあげた。 その拍子に、右手のスパナがすつはぬけて、実験室の窓へ一直「どお ? 」 みのりは胸を張ってみせた。 線。ガラスが、にぎやかな音をたてて、割れ落ちる ( がらがっしゃ 『立派ナモンデスネ』 あっさりとうなずいて、アレックスは床のガラスを片づけ始めた。 「ありや , ンザイをしたままの格好で、後ろをふり返り、舌を「あっ。やつばりそう思う ? 」 みのりは、く と、うれしそうにみのり。 出した。 「そうよねえ。だって、材料集めだけで三ヶ月もかかったんだも 「またやっちゃった」 結局、全部 待つほどもなく、物音を聴きつけた助手口ポットのアレックスん。でもって、組み立てるのに、また三ヶ月でしょ ? で半年よオ、半年 ! すつごーい。半年がかりの大作なんだわ。う それに予備の替ガラス持参でやってきた。 が、ホウキとチリトリ、 わー、うわー。これはもう感動ね。そうよ、感動よ。感動しない ? 慣れたものである。 まっすぐ窓のところへ行こうとするアレックスを、みのりが呼び感動するでしょ ? 」 『ハイハイ』 とめた。 窓ガラスを取り替えながら、アレックスがてきとーに相づちを打 「ねえねえ、アレックス。ほら、見て見て。とうとう完成したの。 つ。 すごいでしよ」 「でしよお ? 当然よねー。なんたって半年よ。六ヶ月よ。百八十 ごきげんな顔つきで、そのシロモノを指さすみのり。 日よ。えーと、ひい、ふう : : : 四千三百二十時間よオー トーモォメデトウゴザイマス』 アレックスは、あまり興味のなさそうな声で、そっけなく応じ我ながらよくやったと思うわ。うん D 感動」 アシスダソト 5 7
くろうように一一 = ロった。 が天啓の如くひらめき、みのりは思わずとびあがった。 「そうだわ ! これが何なのか知るには、スイッチを入れてみれば「で、でもね。まあ、よかったじゃない。あれの正体がわかったん ようするにあれは、爆発するものだったのよ。ね ? 」 しいんじゃない。そうよ。ったまいー 。そうすれば、これが洗濯機だから。 なのかマゴの手なのか、それとももっと別の何かなのか、ハ。 赤い電子アイをふり向かせたアレックスに、みのりは愛想よく徴 するわ ! 」 笑んでみせた。 ニュースがあるわ。爆発してなくなっちゃ みのりは顔を輝やかせてそう言うと、装置にかけより、 OZ と書「それに、もひとついい いてある赤いボタンを押した。 ったんだもん、あたしたちはこれでもう金輪際、あれが何だったの あ 1 、せいせ しばらくは何も起こらなかった。 かって悩まなくてもすむわけよ ! 素敵じゃない ? やがて装置全体が、ガタガタと振動を始めた。 いする」 蛇口から大量の白い煙が噴き出した。 みのりは、うーんと伸びをした。まだ少し煙を出している残骸を そして、装置は爆発した。 チラリと横目で見て、肩をすくめる。 それから自分の姿を見おろして、もう一度ため息。ひどい有様 「さ、身づくろい身づくろい」 2 気をとり直したみのりは、・ハスルームに通しるドアを開けた。 なぜか、そこに山下がいた。 もううたる白煙がおさまると、実験室の惨状が姿をあらわし 「あら、山下さん ! 」 テー・フルの下から、すすだらけの顔をのそかせたみのりが、「あみのりは目をまん丸にして、素頓狂な声をはりあげた。 「なんで、うちのパスルームなんかにいるの ? 」 ーあ」と言った。 もっと驚いたのは山下の方だった。猫又ジャーナル編集部の自分 装置はきれいに吹きとんでいた。 「半年もかかったのにー」 のデスクで、校正の仕事をしていたら、いきなり何もない空間を開 棚のたぐいは全て落っこち、こわれた実験器具などが床に散乱しけて、みのりが現われたのである。 「みつ、みのりさん : ていた。そして、窓ガラスはアレックスが修理した部分も含めて、 ことごとく砕け散っていた。みのりの隣からごそごそとはい出して 山下は、ロをパク。ハクさせた。 「いったい、どこから入ってきたんです ? 」 きたアレックスが、どこか悲しそうにそれを見つめた。 「どこって、そこのドアから : : : 」 アレックスの視線の方向に目をやったみのりが、あわてて取りつ 」 0 7 7
みのりが言った。 みのりは無意識に背後をふり返ったが、ドアはすでに閉じたあと だった。雑然とした編集室の光景があるだけだ。もっとも、今はみ「同感ですね。まあ、これで鼻の頭についたススを拭いて下さいよ 7 んな取材に出払ってて、室内には山下ひとりだけだったが。 みのりはきよとんとしてあたりを見回した。 山下は自分のハンカチを取り出そうとして、上着のポケットに手 「ここ、どこ ? 」 をつつこんだ。指先が空をつかみ、右腕がひじのあたりまで、ずぶ ずぶとポケットに入ってしまう。山下は、勢いあまって、もう少し 「編集室ですよ。猫又ジャーナルの」 「おかしいわねえ。じゃあ、うちの ' ハスルームはどこ行っちゃったで自分のポケットの中に落っこちそうになった。 「ど、どうなってるんだ、こりゃあ ! 」 のかしら ? 」 「さあ。とにかくこのへんじや見かけませんでしたねえ。まあ、立あわてて右腕をひっこぬきながら、山下は叫んだ。上着のすそを ってないでかけたらどうです。それからゆっくり事情を聞きましょ めくってみる。別に穴があいているわけではない。 う」 「妙だな」 山下はもう一度ポケットを手さぐりしてみた。 「ええ。でもその前に、あの、お手洗いをお借りできないかしら」 「ああ、それなら、そこのドアを : : : 」 と、山下が指さしたドアが、突然、・ハタンと開いた。 手が何かに触れた。山下はさらに深く腕をつつこんだ。 「うひやあ ! 」 「助けてくれを ! 」 突然、山下が奇声を発した。 大声で叫びながら、編集長がとび出してきた。その後を追って、 「どうしたの ? 」 大きな黒サイが地響きもすさまじく現われる。 編集長は、自分の後頭部を蹴とばすような走り方で部屋を横切かたずをのんで見守っていたみのりが、いきごんで訊ねた。山下 り、掃除用具のロッカーの中にかけこんでいった。黒サイもそれに はみのりをふり返り、なんともいえぬ奇妙な表情を作った。ゆっく 続く。地響きが遠のき、聞こえなくなった。 りと腕を引き抜く。手首のあたりまでが水にぬれて、しずくがした 山下とみのりは、同じように口をあんぐりと開けて、その様子をたっていた。 見守っていた。ロッカーの扉が閉まる寸前に、二人はその内部に陽白々とした静寂が、編集室を覆った。 光あふれるアフリカの大サ・ハンナが広がっているのを、はっきりと 二人は、山下の指先につままれてビンビンはねていゑ一匹の赤 目にした。 い金魚を、声もなく見つめた。 山下とみのりは顔を見合わせた。 「まさかとは思うけど : : : 」 「どうも、お手洗いは諦めた方がよさそうね」 みのりがようやく口を開いた。
じ物を作ってらしたのを、見たことあるもの。あれだけの物が爆発「でも、ちょっとむつかしいと思うわよ」 して、ガラスが割れる程度の被害しか出ないのが、その証拠よ。次「むつかしいって何がです ? 」 元爆弾は空間のこっち側じゃなくて、裏側に向かって爆発するか 出口のところで山下が、ノブに手をかけながら訊ねた。 ら、そうなるわけ。爆発と同時に、超平面下に無数のマイクロ・ワ 「つまりね・ : : ・」 】ムホールをまき散らして、通常空間の四次元的連接をズタズタに みのりがロごもった。山下はそのままドアを開け、外へ足を踏み しちゃうのよ」 出そうとして : : : 、凝固した。 「つて言われても、さつばり理解できませんけどね。だけど最初は ドアの外には、暗黒の大宇宙がひろがっていた。 マゴの手だったんでしょ ? マゴの手がどうやったら、そんなぶつ 山下は機械仕掛けの人形みたいに、ぎこちなく首だけをまわし そうなシロモノになるわけですか」 て、みのりをふり返った。 「相乗効果じゃないかしら。色々つけ加えちゃったし」 「そういうことよ」 「助けてくれ 5 ! 」 みのりが、ゆっくりとうなずいてみせた。 編集長がロッカーから走り出てぎて、ドタ。ハタと洗面所にかけこ 3 んでいった。そのあとを、今度は二頭の黒サイが猛然と追いかけて いく。山下が言った。 「その結果が、あれってわけですか。やれやれ」 「まいったな」 星の海を前に、山下は腕組みをしてため息をついた。 みのりは、ほっぺたをふくらませた。山下は思わす吹き出した。 「困ったわね」 笑いながら、 みのりも腕を組みながら応える。 「ま、よろしいんじゃないですか、なっちまったものはしようがな無数の星々が、漆黒の闇を・ハックに、凍りつくような光をたたえ いし。それより問題はこれをどうするかですよ。どうなんです、みて輝き、二人の足元には、巨大な渦状星雲が、悠久の時を感じさせ のりさん。元に戻す方法はないんですか ? いつまでもポケットのるように横たわっていた。凄絶とさえ言える美しさだった。 中に金魚を入れとくわけには、いきませんからね」 「どうしますかね」 「研究所へ帰れば、おじいさまの作った中和装置が、まだ残ってる 山下が言った。一 と思うけど」 「他をあたってみるしかないでしようね。ロッカーとか、山下さん 「じゃ、すぐに出発しましよう。早い方がいい」 のポケットとか。どこかに必ず、出口があるはずよ」 山下が立ちあがった。そのあとに続きながら、みのりが呟いた。 「なるほどね」 0 8
茫然とつっ立っている二人の間を通り抜けて、サトルは編集室に と、山下はうなずいた。 漂い入ってきた。そのまま空中を横切り、反対側の壁にあたって床 「ところで、みのりさん」 に落っこちる。とたんに。 ( チッと目を開き、あたりをきよろきよろ 「なーに、山下さん」 見回して、 「ひょっとしたら、ばくの目の錯覚かもしれませんけどね : : : 」 「あれ みのりは山下の横顔を見つめた。山下は宇宙空間を指さしなが と、言った。そして、ドアのところで点目になってこちらをふり ら、言った。 「さ「きから、あそこで何かが動いてるように見えるんですが、あ返 0 ている二人に気づくと、うれしそうな顔で、手をふ 0 てみせ こ 0 れは一体なんだと思いますか ? 」 T ゃあ、先輩にみのりさんじゃないですか。なんかずいぶん久しぶ みのりは山下の指の方向に目をこらした。たしかに何かが、星々 の間を動いていた。どうやら、まっすぐこちらに近づいてきているりみたいな気がしますね ! 」 立ちあがりながら、編集室をもう一度見回して、首をひねる。 らしい。みのりは首をひねった。 「だけど、どうしてぼく、こんなところにいるんですか ? 」 「なにかしら ? 」 「なにも覚えてないの ? 」 「彗星か : : : 」 みのりが訊ねた。 「宇宙船か : : : 」 「覚えてって、いったい何をです ? 」 「それとも : : : ? 」 「あのねえ : ・ 豆粒ほどだったものが、次第に大きくなってくる。 説明しようとするみのりの肩を、山下がチョンチョンとつつつい 二人はごくんと唾を呑みこんだ。 そして、部屋からの光が、それを正面から照らし出した。星の海た。『え ? 』という顔でふり返るみのりに、山下は『無駄無駄』と いう風に、黙って首を振ってみせた。 の中に、結跏趺坐した男の姿が、くつきりと浮かびあがる。 「ねえ。・ほくがどうかしたんですか ? ねえ、先輩。みのりさん。 二人の顎が、同時にがくんと垂れさがった。 ねえ」 山下が、今にも卒倒しそうな声を出した。 サトルは世にもお気楽な表情で、二人を交互に見比べながら言っ 鳴呼 ! なんという運命のいたずらであろうくわっつつ凵それた。二人は、どっと疲れたような気になって、思わずため息をつい こそは前回において、無意識のうちに念力で地球を持ちあげんと試た。ついていけない脳天気さだった。山下が言った。」 み、逆に自分が持ちあがって宇宙の彼方へ消えたはずの、サトルそ「しあわせなやっちゃなー」 「なんです ? 」 の人の姿であったつつⅢ 8
まれていた。 た。指先に、あたたかい毛皮のようなものが触れた 1 」 サトルがマッチをすった。 「やだ。ここどこよ」 「ひどく寒いですね」 淡い灯りの中に、 ハニック一歩手前のような三人のと、もうひ もそもそと身動きしながら、サトルが言った。自分の体の下かとつ、毛なくじゃらでいかつい、異形のものの顔が、ぼうっと浮か ら、何か丸こいものを引っぱり出してくる。手触りと匂いから判断びあがった。絵やゴリラとはあきらかにちがうその生き物は、リン すると、 ゴをくちゃくちややりながら、黄色い乱杭歯を、につとむいてみせ 「こりゃあ、リンゴだ。こんなところにリンゴが落ちてましたよ」た。 「きや 「リンゴ ? 」 みのりを先頭に、三人は冷蔵庫の中から、大急ぎでとび出した。 「はい。もっとたくさんあるみたいですよ。それに、こっちにころ がってるのは、どうもコーラか何かの缶みたいだし : : : 」 背後に、ヒマラヤの雪男の咆哮を聞きながら、研究所の台所を二 秒フラットでかけぬける。 暗闇の中を手さぐりしながら、サトルが答える。 「ひょっとしたら、ここは : : : 」 夢中で実験室にころげこみ、勢いよくドアを閉めると、雪男の声 山下が呟いた。 がびたっと聞こえなくなった。 「ねえ。ちょっと。誰か何か食べてない ? 」 山下は、ドアに背中でよりかかったまま、荒い息を吐き続けた。 みのりのいぶかしげな声がした。そういえば、どこからかものを額にびっしよりと浮かんだ冷汗を、手の甲でぬぐう。 噛む時の阻嚼音が聞こえてくる。 「いつものことだけど : : : 」 「サトル。お前またつまみ食いしてんじゃないだろうな」 あたりを見回しながら、山下が言った。 「えつ。やだなー、先輩。ぼく何も食べてませんよ : : : あっ」 「サトルのやつは、どこへ行ったんだ ? 」 「どうしたの ? 」 床にべたんと坐りこんでいたみのりが、顔をあげて、山下を見 「いや。手に持ってたリンゴを、誰かが取っていっちゃったんで すよ」 「まさか、雪男につかまったんしゃ : 「おい、ちょっと待て。誰かって、おれたちの他に誰がいるって言 みのりが顔色を変えた。山下は首をふった。 うんだ ? 」 「そいつはわからんがね。とにかく、ここにいないってことは、ま 思わず腰を浮かしかける山下のすぐ後ろで、リンゴが噛みつぶさ だ台所にいるってことだろうな。あの化け物と、二人きりで」 れる音が、まるで銃声のように轟いた。三人は一瞬硬直した。 「たいへん ! 」 山下はごくりと唾を呑みこんで、そうっと手を後ろに回してみ みのりがとびあがって叫んだ。 6 8
ちょっと混線 みのりちゃんの新発明の恐しさはもはや常識。またまた悪魔の発明かそれとも ? 火浦功 74
「ひ、ひとんちに勝手に入ってきて。 放しの窓から、レースのカーテンごしに、研究所の屋根が遠く見え ている。 山下は耳がないような顔で、他の二人に言った。 「ねつ。聞いて聞いて。それからねー 「そろそろ行きましようか」 その時、彼女の頭上をふと影がよぎった。 壁のポスターの中から、ほこりだらけで頭にクモの巣をくつつけ「そうね」 の上に現われたのである。彼「ここまで来れば、あと一息ですよ」 た山下が、彼女の体をまたいで・ヘッド 女の手から、受話器がぼろりと落ちた。半開きの唇の間から、言葉足元で、ぎやーぎやーわめいている女子大生を完全に無視して、 にならない声が洩れる。 三人はうなずきあった。 「なんとか言ったらどうなの ! 」 「な、な、な : ・ : ・」 女子大生の声は、悲鳴に近かった。窓から出ていこうとする三人 「大丈夫ですか、みのりさん。そら、手を借しましよう」 の後ろ姿に向かって、なおも半狂乱でわめき続ける。 山下が、後ろをふり返って言った。 どっから入ってきた 「うわーっ、すごいほこり ! 」 「あんたたち一体だれなのよ ! の ! ちょっと待ちなさいよ。どこへ行くのよ。だれなのよ ! あ 髪の毛をパタバタはたきながら、みのりが現われる。 んたたちだれなの ? だれなの ? だれなの ? だれなの ? ーーーお 「な、な《な : 「いやあ、ダクトが狭いんで、もう、つつかえちゃって、ひどい目願いだから返事をして ! 」 すでに三人の姿はなかった。 にあいましたよ」 の上に、わっと泣き伏した。 と言いながらサトルが続く。サトルの体型だと、たしかにその通女子大生は、・ヘッド 表に出た山下たちが最後に聞いたのは、「訴えてやる りだろう。シャツのあちこちに、カギ裂きを作っていた。 いう、彼女のヒステリックな絶叫だった。 「まあ、なんにしても、脱出できてよかった」 「やれやれ」 「ほんと、一時はどうなることかと思ったわ」 山下は嘆息した。 「いや、まったくですね】」 の上に立ち止まって、口々に歓びあった。 三人は・ヘッド 「な、な、な・ : ・ : なによっ、あんたたちつつ ! 」 極度の驚愕による突発性言語障害から、ようやく立ち直った女子「たつだいまー D 」 大生が、金切り声をはりあげた。毛布を胸のあたりに引き寄せ、ペ みのりが元気よく玄関のドアを開けた。 トの上を後ずさりしながら、わめきちらす。 次の瞬間、三人はどこか暗くて寒い場所に、きゅうくつにつめこ ーし ~ し いったいどういうつもりな つ」と 5 8
ししところへってきドナノ・ ( ーをイノブットしこ。ビ、ボ、。、、。、 : 。 「いや、なんでもない。それよりちょうど、 ウ ィーンとぶ厚い扉が開く。 た」 とたんに山下は、顔中泡だらけにした下着姿の男と向かい合って 「帰ってきたって、・ほくどこかへ行ってたんですか ? 」 いた。その男は、右手に剃刀を構えた格好のまま、まばたぎひとっ 「気にするな。お前は、な、 ~ , 、んにも気にする必要にないんだ。そ せずに金庫の中でこちらを見つめ返している四よほど驚いたらし れより、ちょっと手伝ってくれ」 。今にも目玉が落っこちそうだった。 「いいですよ。なにするんです ? 」 おそらくは自宅の洗面所で鏡に向かい、今まさにひげを剃ろうと 「出口を探すんだ」 した時に、突然、その鏡が開いて、そこに山下の頼が現われたの だ。驚くなという方が無理だろう。 サトルが妙な顔をした。 「あ、こりやどうも」 「出口って、そこにあるじゃないですか : : : 」 と、ドアを指さし、そして初めてその奥に広がる宇宙の景観に気山下は愛想笑いを浮かべながら言った。 「ひげ、剃ってらしたんですか ? 」 がついた。丸顔の中で、目と口がさらにまん丸になる。 男はこくこくとうなずいた。 山下はドアを閉めながら言った。 「そうだと思いましたよ。あははは。ところで、つかぬことをうか 「これでわかったろう ? 」 がいますが、そこは猫ヶ丘三丁目の近くでしようか ? 」 男はぶるぶると首をふった。 「ちがう ? そうですか。それはどうも。失礼しました」 「ここもダメだわ」 山下は扉を閉めかけ、ふと気づいてもう一度開いた。男はびくっ 戸棚を閉めながら、みのりがため息まじりに言った。 と体を震わせた。 「どこに通じてました ? 」 「砂漠なの。しかも地球じゃないみたい。なんか変てこな植物が歩「もう邪魔しませんから、どうそ続けて下さい。早くしないと泡が 消えちゃいますよ。それじゃ」 いてたもの」 「うひやあ ! ゴミ箱の中じゃ・フリザードが吹き荒れてますよ、先と手を振って扉を閉める。 山下の耳に、男が調子つばずれの大声で、第ダ一ラッタラッタラ 輩、ーーあっ、ペンギンだ。可愛いなあ」 夕、うっさぎのダンス , ) ; と唄い始めたのが、かすかに響いてき 「えつ、ほんと ? どこどこ ? 」 こ 0 みのりがゴミ箱を夢中でのぞきこみ始める。 「気の毒なことをしてしまった」 山下は軽く肩をすくめて、耐火金庫に向き直り、電子キーのコー 2 8