巨人 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1983年5月号
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1. SFマガジン 1983年5月号

たしはこわかった。あの女の頭の中に入ったのはいいけどーーー・道に 「それから 「巨人たちがこの民のことに気づく。みんなしゃないが、仲間が大迷ったのよ ! 」ウ = ゼルの声はヒステリー気味だった。「迷ってし ぜい死ぬ。あんたは巨人たちと戦う。あんたは最後の巨人を殺すけまったのよ ! 狂ってる、むちゃくちゃ。あそこでは″これまでに れど、その巨人はこの世界を投げこんでー ! 、ああ、あんたに見せてあったことんが一つの場所だった。場所なのよ。それから″いま″ も、″これから起こること″も。そして、″終わり″も見たわ」 やれたら ! でも、言葉がないんだよ」 「なにを見たんだ ? 」 「何のことなんだ ! 」 「ものすごい光。中の世界の巨人の明りよりもっとまぶしい光。そ 「いや、あんたには、わからない。終わりが来るまで、あんたには けっしてわからないんだよ。でも、これだけは言える。この民は減れと熱。外の果ての洞穴やトンネルの床よりもっと暑い熱だ。みん びる運命さ。あんたもほかのだれも、みんなを救えない。でも、あなが喘ぎながら、死ぬわ。ものすごい光がわたしたちの世界に押し んたはみんなを殺したやつらを殺す。それでいいのだよ」 入ってきて、みんなを総なめにしてしまう : : : 」 もういちど毛なしは教えを乞うた。急に彼の懇願は脅迫に変っ 「で、巨人たちは ? 」 た。かっとなった彼は、自分を日頃みんなから恐れられている激怒「見えなかった。何がなんたかわかんなくなって、見えたのは″終 の発作に駆りたてていた。 : 、 カ三つ目は彼の存在など頭になかつわり″だけ」 た。外にある二つの目を固く閉じ、ふしぎな恐ろしい内側の眠であ毛なしは黙った。活発で回転の速い彼の頭は、死んだ予言者が開 るものを見つめていた。それは、洞穴の果ての、そのまた外側にあ いて見せた展望を、大急ぎでたどっていた。巨人殺し、巨人殺しー るもの、今ある物ごとの枠組みを超えたあるものだった。 ーこれまでのどんな壮大な夢にも、彼は自分をそんなふうに見たこ 喉の奥で、毛なしはうなり声をたてた。 とがなかった。なんという名だっけ ? シュリック ? 彼は、その 彼は権力の象徴である見事な槍を手にして、老女の体に、ふかぶ名を何度も心の中で言ってみたーーー巨人殺しのシリック。すばら かと突き刺した。内側の心眼は閉じられ、最後に外側の目が二つ、 しい響きではないか。もう一つの問題ーー″終わり″については、 ひきつるように開、こ。 もしそれまでに巨人たちを殺すことができれば、彼らがみんなに対 「わたしは終わりを見ないで済んだ : : : 」と彼女は言った。 して押しつけようとしている破減を、きっとくい止めることができ るたろう。巨人殺しの、シュリック : 狭い洞穴の外で、忠実な大耳が待っていた。 「三つ目は死んだそ ! 」主人の声だった。「欲しいものをとれ。残「毛なしなんかより、その呼び名のほうがよっぽどすてきよ」ウ = りはみんなにやるんだ」 ゼルが言った。「外の世界の王シリック、巨人殺しのシ , リック ちょっとの間、沈黙が続、こ。 「あの女を殺してくれて、よかったわ」とウェゼルは言った。「わ「その通りさ」シリックは、ゆっくりと言った。「だけど、″終 2 2 7

2. SFマガジン 1983年5月号

しいものに見えた。彼女はすばやく決断した。びかびか光る目あてが、彼女のぼんやりした頭には、いま見たことがまだビンとこなか の品を手に入れる。それを二人のお付きのところに運ぶ。前からやっこ。、 ナカなり時間が過ぎてから思い出せば、そのあまりの恐ろしさ 3 っ ~ りたいと思っていたことをやりに戻る : いや、それも怪しいもの に身がすくんでしまったかもしれない 欲しい一心で、彼女は、目あての品が、交差した細い金属棒の真だ。ともかく、彼女は攻撃を続けた。ゃぶれかぶれだが、本能的に 中にうかんでいるのに気づかなかったーー気づいたとしても気にも喉笛にとびかかっていた。ウェゼルは、巨人がひどく怖気づいたの とめなかった。彼女が両の手で目あての品をつかんだ。とたん、遠を感じとった。 : 、 カ少し争い合ったあと、巨人は、狂ったように叫 くないところで、かん高い音がした。音楽的でなくもない、小刻みびたてる小頭を片手でつかんだ。そして荒つぼく彼女を投げつけ な金属音だった。眠りを妨げられて、巨人は目をさました。ウェゼ た。小頭の体が、なにか固いものにぶつかって、ぐしやっと音を立 ルが枷だと思ったものが、巨人の体からすべり落ちた。やみくもなてた。と同時に、ウェゼルが小頭の心から受けとっていた印象が、 ばったりとだえた。 恐怖に駆られ、自分の国に戻ろうと、彼女は身を翻した。が、どう いうわけか、さらに多くの金属棒が降りてきていて、彼女はとりこ いちもくさんに逃げ出したい恐怖の中で、だが、ウェゼルは、巨 になっていた。 人がこの一方的な格闘をまったく無傷で切り抜けたわけでもないの 彼女は叫びだした。 を見てとった。片手のひっかき傷から、血がおびただしく出てい る。吐き気のするほど醜悪な、毛のない顔にも、深いひっかき傷が 驚いたことに、四本腕と小頭が助けにきた。その行動が女主人へある。とすると、巨人にも弱味はあるのだ。三つ目のうわごとにも の献身のためだと記録にとどめることができたら、どんなによかっ多少の真実はあるのかも知れない。 たろう。しかし、四本腕は、自分の命がどのみち奪われることを知やがて、ウェゼルは檻の格子を相手の空しいあがきを忘れてしま っていた。シュリックやウェゼルの不興を買ったものが、生きなが った。おぞましい恐怖の中で、彼女は巨人のしていることを見まも ら皮を剥がれるのを、何度も見てきたのだ。小頭は、四本腕のやるった。巨人は、ぐったりした四本腕の体を平らな表面の上に縛りつ ことにだまって従った。その理由を問うこともなく : けたのだ。どこからか、ぎらぎら光る道具が一式出してあった。そ 槍を揮って、彼女たちは巨人に立ち向っていった。巨人は笑ったの一つを手にした巨人は、喉から股までを一気に切り裂いた。鋭い 少なくともウ = ゼルは、巨人の喉の奥から響いてくる大きなと刃の両側で皮膚がめくれかえり、肉がむき出しになった。 どろきを、笑いと受けとった。巨人は、まず四本腕をつかまえた。 なによりも恐ろしいのは、それが憎しみや怒りでなされたのでは ぐいと捻った。それが 片手で胴体を、もう一つの手で頭をつかみ、 なく、また、不運の四本腕は食べられるために体を切り裂かれたの ではないということだった。このやりくち全体の中にうかがわれる 四本腕の最期だった。 このとき、すでに彼女は巨 小頭以外のものなら、だれでも背を向けて逃げ出しただろう。冷静さが、ウェゼルをむかっかせた

3. SFマガジン 1983年5月号

た。彼の墓となるべきトンネルが、大きく口を開けていた。そこへ いる。ゥ一一ゼルは時間の測り方を知らなかったが、彼女の手には、 入る前、彼はふり返って自分の主人を見た。シリックは、この友その重みがずっしりとかかっていた。 人の命を救うことはもはやできないし、彼と係わりをもてばまずは というわけで、彼女はふたりのお付きをつれ、境の壁のすぐ内がわ 確実に自分も命を失わねばならないと知りつつも、大耳を自分の近を走っているトンネルや通路を歩きまわった。覗き孔をつぎつぎと くに呼ばせた。 のぞき、彼女は、豊かで変化に富む中の世界の生活の中で、長く使わ ところが、ウェゼルが彼のそ・よこ、 れても古くならない、不思議なもののあれこれに、じっと見入った。 彼女が、投げ槍隊に身振りで合図すると、両手の指の数ほどの投ついに、彼女はお目当てのものを見つけた。巨人がひとりで眠っ げ槍がとんできて、病める大耳を刺しつらぬいた。 ている。部族の生活のなかで、彼女は、もっとも深い心の秘密が眠 「これが親切というものよ」彼女はうそぶいた。 っている心から、読みとることができるのを学んでいた。 どういうわけか、最も忠実な支持者であった大耳の、シュリック 一鼓動のあいだだけ、彼女はためらった。それからーー「四本腕 に向けた最後の限差しが、シュリックに尾なしのことを思い出させと小頭、おまえたちはここで待ってなさい。よく見張ってるのよ」 た。重い気持で、彼は部下にトンネルをふさぐよう命した。ふわふ 小頭は同意の声をもらしたが、四本腕は訝しげだった。 わした材料がたくさん集められて、トンネルのロに詰めこまれた。 「ウェゼル奥さま」と彼女は言った。「もし巨人が目をさました 閉じこめられたものたちのさけびは、したいに弱まっていった。やら、どうします ? もし : がて、沈黙が下りた。シリックは、瀕死の虜たちが逃げ出すおそ「もし、わたしをおいて外の世界の王のところへ帰ったら、どうな れのある場所に、すべて見張りを置くように命じた。そして、自分ると思う ? きっと、おまえは皮を剥がれてしまうよ。いま彼の着 しし力い。一一「ロったよ の洞穴にもどった。ウェゼルは、これが彼女のような才能のない女ている皮は古くなって、毛が抜けてるからね。 うにおし」 ならうるさくつきまとうところを、逆に夫をひとりにさせておい 境の壁には扉があった。めったに使わない扉だった。それを開け た。どのみち、夫はまたすぐ彼女に会いたがるだろう。 て、ウェゼルは身を滑りこませた。部族のみんなが中の世界へ頻繁 に冒険をするようになって身につけはじめた気楽さで、彼女は、眠 ウェゼルが長いこと信じてきたことがあった。機会があれば、仲 間の心に入り込めたように、巨人の心にも入り込めるだろうというっている巨人にそっと近づいた。ある種の枠の中で巨人は枷にはま ことだ。もし、それができたら , ー , ーどんな賞品が手に入ることだろっていた。この巨人は何かの罪で自分の仲間に捕まっているのか な、とウェゼルは思った。それは、まもなくわかるだろう。 う ? まだ彼女を近づけず、友の死を嘆いて過しているシュリック が、ウェゼルは自分で認める以上に恋しくてならなかった。最後の そのとき、光るものが目に入った。あの小さな熱い明りだった。 合戦の捕虜の生き残りは、もうずっと前に、凝った方法で殺されてその磨かれた金属のケースは、ウェゼルの羨望の目には、世界一美 235

4. SFマガジン 1983年5月号

いた。彼は眠った巨人にむかって跳び出した。彼の武器が一閃したは体をよじらせ、向き直りざま、巨大な毛むくじゃらの手首に、さ っと切りつけた。温かい血がほとばしり、巨人は大声をたてた。こ いままでに何度、頭の中でこの場面をくり返してきたことかー れでもか、これでもかと、シュリックは切りまくった。ついに、巨 やせつ・ほちにとっては、それが夢の終わりだった。 新鮮な血のにおいが、いつものように、彼を興奮させた。死んだ人の手は、どう見ても、二度と使えない状態になった。 いまや巨人は、四肢に関するかぎり無傷の相手と片手で立ち向わ 巨人をめった切りにしたい気持を抑えつけるには、意志力のすべて つまう、シュリックは、上体を動かすたび ねばならなかった。いを が必要だった。あとできっとそうできるときが来ると、自分に言い 聞かせた。そして、やせつぼちの体からひと跳びすると、大声がやに、刺すような痛みが、胸をつきぬけた。だが、彼は、動きまわ り、切りつけることができたーーそして殺すことも。 かましくいびきをたてているところへやって来た。 はげ頭は、出血のためにしだいに弱ってきた。顔や首への攻撃を 聞きなれたいびきが、急に止まったからか、はげ頭が目をさまし た。寝返りをうち、体を動かし、彼を寝る場所にしばりつけているかわすことは、もうできなくなった。それでも巨人はーー彼の種族 がいつも戦ってぎたようにーー息がたえるまで戦った。敵に情け容 ものを、両手でゆるめているのが見えた。巨人殺しのシュリック それだけは明白だった。だが、そ が、その胸の上に跳び乗って、足場を見つけようとしたときには、赦を期待することはできない もうはげ頭は用意ができていた。彼は大声で叫んでいた。ほんの何の気になれば、光の粒の場所にいるちび巨人のところへ、逃げ場を 求めることは、できただろう。 鼓動かでちび巨人が助けにやってくるだろう。 出っ腹は油断しているところを、やせつぼちと大声は眠っている死期が近づいたとき、はげ頭はまた大声でわめきはじめた。 ところをやられた。が、こんどは、 いかに巨人殺しでも、勝利はた彼が死ぬのと入れ代わりに、ちび巨人が洞穴にやってきた。 やすくない。 しばらくは、巨人の長のほうが勝ちそうに見えた。もう、はげ頭巨人殺しが、闖入者の手にかかってあっさり殺されるところを助 かったのは、ひとえにまぐれ当たりの幸運だった。もし、ちび巨人 は大声を出すのをやめ、むぎになって、黙々と必死に戦っていた。 いちど、大きな手がシリックをつかみ、骨がつぶれるほど、握りが、敵の兵力の貧弱さを知っていたなら、シ、リックもきっと苦戦 しめた。それで勝負はついたかと思われた。シ = リックの頭の中でしたことだろう。 は血がずきずきと脈打ち、両目は眼窩からとび出しそうだった。た子供たちを預けられてあとに残った指なしは、集まりの場所に退 のみの刃物を捨てて、巨人の手首を、無力な手で苦しまぎれに引っ屈してしまった。彼女は、シリックが中の世界の驚異について物 語るのを何度も聞いたことがある。今こそ、それを自分の目で見る 掻くような、ばかなまねはするまいと、ありったけの意志のカで、 チャンスだと思った。 もちこたえた。 何かが折れた。彼の肋骨だった。相手の握力がゆるんだ一瞬、彼預った子どもたちをつれて、耳なしは、境の壁のすぐ外側のトン おさ 249

5. SFマガジン 1983年5月号

そして、ついに、待ちのぞんだときがやってきた。彼は光の粒の警戒していた。 場所に身をおいて、ちび巨人が、得体の知れない仕事に夢中になっ いまをおいて、そのときはな、、 とシュリックは思った。巨人た 4 2 ているのを、観察していた。その仕事の意味を知ることができたらちをひとりでやつつけようとすれば、三つ目が予言したように、も ちび巨人に、自分のことばで、何をしているのかと聞けたらー のすごい熱い光がやってくるにちがいない。いまなら、運がよけれ ーと彼は願った。ウ = ゼルが死んだあと、精神的な交流をもてるもば、眠っている三人を始末できよう。そのあと、ちび巨人を待ち伏 のが、だれもいなかったからだ。彼はため息をついた。大きなためせするのだ。何も知らず、疑ってもいないから、出っ腹と同じよう 息だったから、巨人に聞こえたにちがいない。 に、たやすく片づくかも知れない。 だが、やはりーー・彼はそうしたくなかった。 巨人は、神経質そうにびくっとし、仕事を中断して頭をあげた。 シュリックは、急いで、トンネルの中にひきさがった。何鼓動もの それは恐飾からではなかった。例の名状し難い親近感ーー体つき 「、彼はそこにとどまり、ときどき外を覗いた。が、相手はなおものべら・ほうな違いにもかかわらず、巨人たちと彼の民とは一つたと ということを知 . っ いう認識からであった。シュリックはそれを知る由もないのだが、 警戒していた。どうやら、自分がひとりでない、 たにちがいなかった。そこで、巨人を激怒させるような危険をまた人間の歴史は、火を起こし、道具を使う動物の歴史に過ぎなかった からだ。 冒すのを避けて、結局シュリックは引きさがった。 気のむくままにひきかえしてきたシュリックは、めったにしか使そこで彼は、ウェゼルや大耳のこと、彼の部族のほとんどがやら わない出入口のところへやってきた。その向う側は大きな洞穴だつれた大虐殺のことを、強いて思小起こした。彼は三つ目の言葉を思 たが、そこには、本当に利益になるものや価値のあるものは、何も い出した。《 : : : でも、これだけは言える。この民は減びる運命 なかった。その中ではたいていひとりの巨人が眠っていて、ほかのさ。あんたも、ほかのだれも、みんなを救えない。でも、あんたは 巨人たちは、彼ら独自の、得体の知れないひまつぶしに余念がない みんなを殺したやつらを殺す。それでいいのだよ》 のだ。 だが、と彼は自分に言い聞かせた。もし、巨人がおれたちを殺す いまは、低い、重々しい話し声は、聞こえなかったし動いている ~ に、おれがやつらを殺せば、この世界、この世界ぜんぶが、みん ものは何もなかった。シュリックの鋭い耳は、三人の巨人の寝息のなのものになる : 違いを、聞き分けることができた。やせつばちがいた。彼の息は、 それでも彼はまだためらっていた。 体つきと同じように貧弱だった。大声は、いびきも大きかった。巨 人たちの長であるはげ頭は、穏やかな、貫禄のある息づかいだっ やせつ。ほちが、悪い夢にうなされているのか眠ったまま、ぶつぶ っ声をあげ身じろぎするのを待って、ようやくシュリックは戸口か みんなのうちでちび巨人だけが、小さな光の場所で目をさまし、 ら出た。出っ腹を殺したときの鋭利な刃物が、彼の両手に握られて

6. SFマガジン 1983年5月号

のぎらぎらした穂先と、歯をむき出した顔を見て、番兵はたじろい ことだ。スクリーヤや、中の世界を荒らしに行った男たちの話によ だ。そのすきに、ウィーナは、中の世界に入りこんだ。 ると、巨人は図体が大きくカ持ちなせいか不注意で、こちらがそれ この戸口のこちら側にいるかぎり、追手がやってこないことは知をわかるような動きをしない限り、気がっかないことが多いとい っていた。だが、そこは巨人の国だった。どうするか迷いながら、 彼女は、片手に槍をもち、もう一方の手でドアのヘりをしつかりと 巨人たちは、すぐ近くまでやってきた。 つかんでいた。すき間に顔が現われた。と、つぎの瞬間、血をふきゅっくりと、用心深く、彼女はふりむいた。 ながら、消えた。それが夫のスクリーヤであったのに彼女が気づい 彼らの姿が目に入った。二つのばかでかい図体が、のんびりと傲 たのは、あとになってからだった。 慢に、宙を漂ってくる。巨人たちは、彼女に気づいていなかった 彼女は強烈な光が自分のまわりを照らし出しているのを、洞穴やし、急に動いて彼らの注意をひかない限り、見つかりはしないとわ トンネルの隅っこに慣れた体が、いま広い開けた場所にさらされてかっていた。しかし、それでも戸口をくぐって集まりの場所に戻り いるのを、痛いほど意識した。槍はもっていても、まったくむき出たい、 という衝動に負けそうだった。怒り狂った部族の手にかかっ しで無防備だった。 て殺されることがわかっていてもだ。戸口のヘりをつかんでいる手 そのとき、彼女の恐れていたことが起こった。 をはなして、どこへでもよい、悲鳴をあげながら逃げ出してゆきた という思いをおさえるのは、もっと難しかった。が、しかし、 うしろから、ふたりの巨人が近づいてくるのが感じられた。やが彼女はがまんした。 て、巨人の息づかいと、彼らが互いに言葉を交わすときの、言いよ 巨人たちは、通り過ぎていった。鈍くごろごろひびく巨人の声が うもなく恐ろしい、重々しいとどろきが耳に入ってきた。巨人はま遠くに消え、聞いたことはあってもこれまで体験したことのなかっ だ彼女に気がついていない。 : 、 カ気がつくまでに時間はかからない た彼らの不快な刺激臭も、弱まった。ウィーナは、思いきって、も だろう。開いた扉の向うには確実な死が控えているが、それでも、 ういちど頭をあげた。 未知の恐怖に比べれば、はるかにましに思えた。自分の命だけの問 困惑と恐怖が混り合った彼女の頭のなかに、一つの考えが、こわ 題なら、彼女は戻っていって、長や夫や部族のもっともな怒りに、 いほど明確に、浮かび上ってきた。生き残れるのそみが僅かでもあ 身をさらしただろう。 るとすれば、それはただ一つ、巨人たちのあとについてゆくことだ やみくもな恐怖をおさえて、彼女はふだんの性格に似合わず、自けだ。まごまごしてはおれなかった。巨人たちが通り過ぎたのに気 分の考えをはっきりさせようと努めた。もし、本能に負けて、近づ づいて、洞穴の中のものたちがわめき声をあげはじめたのがもう彼 いて来る巨人の前からあわてて逃げだしたりすれば、きっと見つか女の耳にも届いていたからだ。彼女は、ドアの縁をつかんだ手をは ってしまう。助かる望みは、ただ、身じろぎもせずじっとしているなし、そろそろと浮き上がりはじめた。 2 ー 7

7. SFマガジン 1983年5月号

ネルを、あてどもなくさまよった。彼女は中の世界への入口のありのだ。彼らは、巨人を皆殺しにするために、洞穴やトンネルから繰 かを知らなかった。あちこちにある覗き孔を通してでは、見える範り出してきたのだーー・そして、いまや彼を殺すために、新たな援軍 5 が到着したのだ。 囲も限られていた。 やがて、彼女は中の世界への戸口にでくわした。シ、リックが眠ちび巨人は、背を向けて逃げ出した。 った巨人に攻撃をかけたとき、開けたままになっていたのである。 シュリックは、渾身の力をふるって、はげ頭の巨大な死体から跳 開いたすき間から、明るい光が射していた。それは、生をうけて日 カまだ体が宙にあるうちに、堅くてびかびか光る平たい の浅い指なしには、いままでに見たどんな光よりも、明るかった。躍した。・ : ものがとび出てきて、逃げてゆく巨人と彼の間をさえぎった。気が かがり火のように、それが彼女を惹きつけた。 戸口に来たとき、彼女はためらわなかった。親たちとちがって、 遠くなり、彼は何鼓動かのあいだ、それにつかまっていた。やが 彼女は、巨人を迷信がかった恐怖の目で見るような育ち方をしてい て、大きな扉が目の前で閉まったのだ、とわかった。 なかったのだ。彼女が知っているおとなといえば、シュリックだけ ちび巨人はただ隠れ場所を求めて逃げたのではない、と彼は考え だった。そのシュリックも巨人の話をすることがあるが、それは一 た。みんなの怒りからのがれられる場所が、どこにあるだろう ? いっ . かは 対一で巨人を切り殺したという自慢話だった。そのうえ、 たぶん彼は、何かの武器をとりに行ったのだ。でなければーーー思う 巨人たちを皆殺しにする、とまで言ったのだ。 だけで血の凍るーー三つ目の予言した終わりを解き放ちに行ったの まだ幼く、経験も乏しかったが、指なしはばかではなかった。い ・こ。いま、もくろみが狂いはじめて、彼は予言のすべてを思い出し かにも女らしく、すでにシュリックを値ぶみしていた。彼の話の多ていた。予言に気に入らない点があるからといって、それを無視す くは、たわいのない自慢話として、割引いて聞くことにした。しかるという思い上りは、もう許されなかった。 そのとき指なしが・ーー慣れないだだっ広い場所の中なので、ぎご し、大牙や、ステレットや、テッカや、出っ腹の死 , ーーそれに彼ら シュリックのわきにやって来 とともに減んだ無数の仲間についてのシュリックの物語は、嘘ときちなくへたな飛び方ではあったが こ 0 めつけるだけの理由もなさそうだった。 そんなわけで、無知からの恐いもの知らずで、彼女はさっさと戸「けがをしたの ? 」彼女は息をのんで言った。「あんなに大きいや 口をくぐりぬけた。そのうしろには、子どもたちが大はしゃぎで続っと、おじちゃんは戦ったのね」 いていた。かりに子どもたちの姿が、ちび巨人の目に入らなかった彼女が話しているとき、・フーンという低いうなりがあたり一帯に としても、かん高い騒ぎ声が耳に入らないはずはなかったろう。 ひびきわたった。シュリックは興奮している指なしにとり合わなか 疑いようもない事実を目の前にして、ちび巨人に考えつける説明った。その音の意味するものは、ただ一つだ。ちび巨人が光の粒の は一つしかなかった。彼らを窒息死させるという計画が、失敗した場所に戻って、とり返しのつかない完全な破減をみんなにもたら

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その所業のすべてに対する破壊の種を積みこんだまま、星々の中を離でさえ、そしてフィルターを通してさえ、その熱と力は一目で明 永久にさまようようなことは、決して起こらないはずだ。 らかだった。そして船尾では、モーターがなおも唸りを上げてい 5 2 この方法をとらないかぎり、いっかは自分が眠りに落ちるだろう た。飢えた主エンジンに最後の燃料がそそぎこまれるまで、それは ことを、彼は知っていた。眠ったらさいご、 、ユータントどもの手唸りつづけるだろう。 にかかって死ぬのは避けられない。そして、ミ、ータントが支配権シ = リックは死者の首根っこにしがみついて、きらきら光る計器 や、びかびか光るスイッチやレ・ハ 】に、最後のこがれるようなまな を握れば、どんなことも起こりかねない。 ざしを送った。それらの用途は彼には決して理解できないものだっ 彼の選んだ道が最善なのだ。 たし、急速にひいていく彼の体力では、とうていそれらを動かすの 巨人に気づかれずに、シュリックは、デッキの上を、じりじりと はむりだろう。行く手に燃えさかる破減の炎を見て、彼はこれが予 進んでいた。やっと、あいたほうの手をのばせば巨人の足に届くと 言されていたことだったのだと気づいた。 ころまで、やってきた。もう一方の手は、まだ例の刃物を握ってい もし、彼の言語に比喩というものがあったなら、彼は、自分も、 た。急に狂いだしたこの世界のなかで、それだけが、確実で頼りに 生き残りの数少ない仲間も、袋のねずみの立場だと思ったにちがい なるものだった。 やがて、彼は巨人の足を覆っている作りものの皮をつかんだ。体ない。 しかし、巨人たちでさえ、その言葉を比喩的な意味では使わなか を動かすたびに激痛が襲ったが、彼はよじのぼりはじめた。巨人が ったろう。 片手を口に近づけ、そこにもっていた小さな粒をのみこんだのは、 なぜなら、シュリックの種族はーー事実、袋のねすみだったから 彼には見えなかった。 彼がながいことかかって、巨人のすべすべして柔かい喉にたどり ついたとき、すでに巨人はこときれていた。 じつに、効き目の早い毒薬だった。 しばらく彼は、そこにしがみついていた。最後の敵の死に心のた かぶりを味わうことができるはずなのに だまされたような気が してならなかった。彼が知りたいことは山ほどあったし、それを教 えてくれそうなのは巨人たちだけだったのだ。それに、最後の勝利 をかちとるのは、彼の刃物であるはずだった。どこかでちび巨人が、 まだ彼を笑い続けているような気がした。 舷窓の青い遮蔽ガラスの向うに、太陽がぎらついていた。この距

9. SFマガジン 1983年5月号

き、やっと刃物が自由になった。とっぜん無意識に両足を伸ばした ! 」恐怖にうちひしがれた声で、彼女は叫んだ。「動けない ! 」 結果、シュリックの体はウェゼルから押しはなされた。巨人は飛び シュリックは、どこがいけないのか、考えた。彼は体の構造を少 出した彼をつかもうとして、大きな苦痛の叫びを上げた。シュリッ しは心得ていたーー彼の知識は、敵を殺す前にまず相手を動けなく クのふりまわした刃物で、指を一本切り落とされたのだ。 する戦士のそれだった。ウェゼルのうけた損傷は、巨人の鋭利な刃 彼はウェゼルの声をきいた。「やつばりあなたは、巨人殺しだわ物によるものだ、と彼は見てとった。残酷な怪物どもに対する怒り が、彼の心の中に煮えたぎった。それとともに、怒り以上もこみあ いまの彼は巨人の頭とおなじ高さにあった。彼は身を翻して、巨げてきた。それは彼の仲間にはめずらしい感情、不具にされた妻を 人の大きな体を覆っている作りものの皮のひだに、足をかけた。そ憐れむ激しい感情だった。 こにとりついて、両手で武器を振り回し、めった斬りにした。宙を「その刃物 : : : とてもよく切れるから : : : 苦しまなくてすむわ : 掻く大きな手で、シュリックは幾度かなぐりつけられた。しかし、 しかし、シュリックは、そうする気にはなれなかった。 巨人の手は一度も彼をつかめなかった。やがて、ものすごい勢いで 血が噴き出し、巨大な手足が荒々しくのたうった。それがやんで やがて、ふたりは、死んだ巨人の大きな体にそって浮き上がって も、ウェゼルに声をかけられるまで、シュリックの激しい殺戮欲は いった。片手でウェゼルの肩をつかみ、もう一方の手は、新しく手 おさまらなかった。 に入れたすばらしい武器を離さずーーー巨大な死体をけって、跳び出 彼はウェゼルのところにもどった。ウェゼルは、巨人たちの恐ろした。それから、ウェゼルを押して、境の壁の戸口をくぐらせた。 しい神々への生贄として、まだ血でぬるぬるした表面に縛りつけら住み慣れた世界にまた戻れて、彼女がほっとしたのが、感じられ れていた。しかし、彼女はシュリックにほほえみかけ、その瞳の中た。あとに続いて彼もくぐりぬけ、用心深く扉を閉めて、閂をかけ には畏怖に近い尊敬の念があった。 「けがはどうだ ? 」彼の声には強い懸念がこもっていた。 「少しだけ。でも四本腕は、ずたずたにされたわ : : : 。あなたがこ何鼓動かの間、ウェゼルは、ぐしょぐしょになった毛の手入れに なければ、わたしもそうなっていた。でも : : : 」彼女の声には賞讃余念がなかった。彼は、彼女が下半身に手をやらないようにしてい の念がこもっていた。「あんたは、巨人を殺したのよ ! 」 るのに気づいた。そこには、彼女の足の力を奪った、小さいながら くつかあるのだった。何か手当をしてやらねば 「予言のとおりだ。それに・ ・ : 」はじめて彼は正直なことをいっ致命的な傷が、い た。「巨人の武器がなかったら、やれなかったよ」 と、彼はぼんやり考えたが、それが、彼の力にあまることはわかっ 9 その武器の刃で、彼はウェゼルを縛っている紐を切った。彼女はていた。ふたたび、巨人に対する新たな怒りが こんどは無力な 生贄の祭壇から、ゆっくりと浮き上がった。と、「足が動かない怒りではなくーー息もつけない激しさでつきあげてきた。 こ 0

10. SFマガジン 1983年5月号

それを白い棒につけてから、自分の袋の中に戻そうとしたが、手が 8 「そのときがきたら、あんたは、あのドアのところをくぐって行く袋のロをまちがえたのだ。巨人は気がっかなかった。巨人は一心に 2 なにかをやっていた。目をこらし、想像力を働かせても、シュリッ のよ」 クには巨人が何をしているのか見当がっかなかった。そこには、び かびか光る妙な機械が並び、巨人はその機械を通して透明な境の壁 テッカの部族に対する作戦が始まった。 洞穴にもトンネルにも、おどろおどろしいシ = リックの軍勢が溢の向うに輝いているたくさんの光の粒を、じっとのそいているのだ れていた。いびつな体つきは、薄明りのなかでぼんやりとしか見えった。それとも、その光の粒は壁のこちら側にあるのだろうか ? なかったが、あるべきところに手足がなかったり、半ば忘れかけたわからない。そこでは生きていない生きものがカチカチと動いてい た。きめの細かい白い皮が何枚もあって、巨人はその上に先の尖っ 悪夢に出てきたような頭がついていたりした。 だれもが武装した。男という男、女という女が槍を持った。これた棒で黒いしるしをつけていた。 が、ほどなくシュリックは、こうした奇妙な儀式、理解できる当 だけでも軍事技術の革新だった。槍の先につける鋭利な金属は、入 てのない儀式に興味を失った。彼のすべての注意は、気まぐれな流 手がむずかしい。境の壁からとった材料を尖らすことはできるが、 大激戦ではあまり役に立たず、かえって負担になる。最初のひと突れの翼に乗って、ゆっくりと彼のほうに漂ってくる、あのびかびか きで、よく穂先が折れ、自前の歯や爪よりはるかに劣る武器が戦士の賞品に向けられていた。 シュリックがひそんでいる戸口へまっすぐに入ってくるにちがい の手に残るのだ。 彼らにとって、火は目新しいものだった。その火を持ちこんだのないと思えたとき、急にそれは横にそれた。プーン、カチカチと音 はシ = リックである。ながいこと彼は、光の粒の場所の巨人たちをを立てる偽の生き物がとても恐かったが、シュリックは戸口から出 のぞき見、巨人たちが毛皮の中の袋からびかびかした小さい仕掛けていった。巨人は、魔法に夢中になっていて、彼に気がっかない。 をとり出すのをながめた。巨人がその仕掛けについた突起を押すすばやい一跳びで、シュリックは宙に漂う賞品に近づいた。彼はそ と、むき出しの小さな明りがともるのだ。彼らがこの明りを奇妙なれを手にとり、しつかりと抱きしめた。それは、思っていたより大 きかった。前の持ち主とのとり合わせで、小さく見えただけのこと 白い棒の先に持ってゆくのも見えた。どうやら、棒をしゃぶってい るらしい。すると、棒の先が赤くなって外の果てでもうんと寒さのなのだ。とはいえ、境の壁の戸口を抜けられないほど大きくはなか った。シュリックは、それを持って、意気揚々と自分の洞穴に戻っ 厳しい洞穴に住んでいる連中が口から吐く、あの雲のようなものが 現われる。ただ、この雲のほうはいい匂いで、妙に気が安まるようてきた。 ・こっこ 0 真剣に、ときにはヘまもやりながら、シュリックは何度も実験を くり返した。しばらくのあいだ、彼もウェゼルも、ひどいやけどを ひとりの巨人が、小さな赤い明りをなくしたことがあった。彼は