司政官 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1983年6月号

らといって司政制度が廃止されたわけではない。司政の理念、司政への懸念から、のちには連邦の行きかたに対する非協力的態度をチ の原則が消減したのではないのだ。減少したとはいえ連邦の版図内ェックさせるための巡察官の派遣となり、担当世界でもしばしば原 には、まだまだ多数の司政庁が動き、担当司政官が存在している。住種族かでなければ植民者たち、ときには両者からの不信を買うこ その中にあって、往時にはそうであったという司政官らしい司政官とにもなったのであった。見方を変えれば司政官たちは、自分が連 は決してすくなくはないであろう。むしろ現役司政官であればほと邦経営機構の手先であるのを知りながら、そういうおのれを自己否 んどがその覚悟なのではあるまいか ? そして、自分もまたそのひ定しようとしていたのかもわからない。司政官とはそれ自体が表裏 とりのつもりなのだ、と、彼は思う。その彼にとって、これはにわ二面を持った、鬱屈の存在なのである。すくなくとも伝統的な司政 かには全面肯定しがたい話なのであった。 官のイメージには、いつもそんな感覚がっきまとっていたのであっ もちろん彼は、そう いいながらも、司政制度やその理念が内包した。 ている矛盾を知っていたし、司政の歴史の過程で司政官たちが時と だから、である。 共にことなる立場に置かれ、ことなる方針をとって来た : : : そうな だから : : : 情報官から聞いたそういう任務を果たすのは、キタに らざるを得なかったことも学んでいた。ひとつの植民世界の自然環とって、彼の心中の司政官像とはことなっていたのだ。連邦経営機 境と開発のかねあい、原住種族と植民者たちの関係において、司政構の意を体して、それを唯々諾々と遂行するのは : : : 司政官とは呼 官たちがつねに司政原則に忠実であろうとしたことは、疑う余地がべないような気がするのである。 ない。か : : : つまりはそれは、完遂不能の命題でもあった。そこの それとも、司政官とはすでに、過去の二面性のイメージを捨て 自然環境を護持しつつ開発に手を貸し、原住種族に味方しながら植た、連邦の方針をそのまま実行に移すだけの、そんなものになって いや : : : 昔から本質的にはそうだったと 民者たちを助けるということは、本来、成立しないのである。司政いるというのだろうか ? 官たちは、だから、調整者として機能するしかなかった。単なる調しても、いまや内心の葛藤と無縁の能吏でいいことになってしまっ 整者ではなく、せめて良心的な存在であろうとして、そのときどき たのだろうか ? の弱者の側に肩入れして来たのもたしかだけれども : : : 植民世界が キタが沈黙している間、メド情報官のほうも何もいわなかった。 変貌をつづける中では、歴史の歯車を元へ戻すすべもなく、おのれ彼が何かいうのを待っているようでもあ「た。 が赴任したときの状況を基準として、はじめるしかなかったのだ。 彼は顔を挙げてたすねた。 従「てそれは、結果として現実主義におちいらざるを得ず : : : 司政「あなたは、・ほくにそれが出来るとお思いですか ? 」 官たち本人の意志とはうらはらに、現状追認の様相を帯びることに それは彼の、彼自身の司政官としての能力を問いかけつつ、同時 なったともいえる。もちろん司政官たちはそれを意識し、たえず抵に、司政官というものにそんなことをさせるべきであろうかとの意 9 抗を試みたものの : : : 連邦経営機構からは、はじめは司政官の独裁味をこめたものであった。

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彼は頷き、私室を出る。 自分は行政専門家候補生となり待命司政官となって、あるいはい がこういう風に、日常的な用件のあとでの要請をつかはどこかの担当司政官になるだろう、と、願っていたが : 伝えたというのは、の用もまた日常的なものであり、そんなのタトラデンに着任することは、一度も考えたことがなかったの に他に優先させる必要がない、ということを意味している。緊急か だ。そんな事態は本来はあり得ないはずであり、考える余地のない つ重大な事柄なら 01 はに、そんなことをあとにして伝ことでもあった : : : そのはすであったから、思考の中に入って来た いうことはつまり 1 は、昨日の午後こともなかったのである。それが今こうして、このタトラデンの司 えさせるはずなのだ。と、 彼がタトラデンに到着し司政庁に入ってからずっとつづけているこ政庁のあるじとして来ているのは : : : やはり奇妙な感じであった。 の世界についての説明や現況報告を、再開したいわけなのであろ奇妙。 そうなのである。 う。この一年間司政官がいなかったタトラデン司政庁の 1 とし : どこか何かが 心躍るというようなものでもなく、感慨もない : ては、着任した司政官にあれもこれも報告しなければならないと焦 っているのかも知れない。い や、焦るという表現が人間的過ぎるな凍りついているような気分が、きのうの午後からすっとつづいてい ら、強い内圧を蓄積しているというところか : : : いずれにせよ、出るのだ。 来るだけ早くやってしまいたいと考えているようである。が : : : そ彼は、昨日の午後、タトラデンの司政島の宙港に降り立ってから れはあくまでも新任司政官への一般的伝達事項である以上、日常的以後のことを、想起した。 べースで処理されなければならないのであった。 彼をタトラデンまで運んで来たのは、連邦経営機構の不定期便の 私室を出ると、公務室までは 2 が先に立って案内する。 船である。乗客は彼だけではなかった。他にもいろんな連邦職員が 新任の、まだ司政庁内の勝手を知らないであろう司政官のために、 乗っていて : : : 船はいくつもの星系を次々と廻って行くのである。 rn 1 がそうさせているのだ。彼がもうその必要がないというまその船内で生理時間にして二十日近くを寝起きして : : : タトラデン で、この種のサービスはつづけられるに違いない。 もっとも、彼はで降ろしてもらったのだ。 それを見た瞬間にと判別出来るまでには至っていない。 その彼を待っていたのは、 Q をリ 1 ダーとするロポットの 気をつけて観察しなければかかわからないの一群であった。 TCRN<< とその配下、および司政官機と護衛車なの である。しかしそれも、司政庁内の様子があらましつかめた時分にだ。出迎えはそれだけであった。人間の姿はなかったのである。そ は、簡単に識別出来るようになるはすであった。 こが司政庁のある司政島であってみれば、それが当然たったのかも 司政庁内か 知れない。あたらしい司政官が到着するからといって、植民者たち と、キタは、 Q 2 について歩きながら思っ がわざわざ司政島に来着し出迎えることなど、なくて当り前であ タトラデンの司政庁。 る。司政島にある科学センターやその他の機関の人たちにしても、 5

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にこみあげて来るものがあれば無理にでも抑え切ろうと、そう心を 司政官を宙港で待ち旗を振るなどという立場ではないのだ。司政官 の着任は儀式ではなく、単なるビジネスに過ぎない。だからそれで決めていたのだ。そのために、乾いた心情を保持しつづけるように いのであろう。大体が司政官の着任そのものが、公的には着任後していたのである。 いざタトラデンの土を踏んでみても、抑えるべき何物 にタトラデンの主要な組織・団体に通知されるのであり、一般の人しかし : ・ 人がそれを知るのはさらにあとなのだ。彼自身、タトラデンにいたも湧いて来ないのであった。これはどういうことだと彼はむしろ不 ころあたらしい司政官が来たと聞くのは、着任後しばらく経ってか審を抱いたが : : : そうだったのだ。心が動かず、ただ任地にやって らであった。だからこれがふつうなのであろう。そうとわかってい来たのだという感覚しか生れて来ないのであった。 ながら、彼がふっと、往時の司政官たちはもっとはなばなしい歓迎 なせ ? を受けたのではあるまいか : : こういう着任のしかたもまた、司政彼は考えた。 官の権威の低下を象徴しているのではあるまいか、と考えたのも事自分は、ここの担当司政官に徹し切ろうとした。司政官としての 実だった。 その意識が、すべてを封殺してしまったのたろうか ? それとも : : : ここはそれほどなじみのなかった司政島だから : それはそれとして : : : 彼が自分でも不思議だったのは、タトラデ生れ育ったウイスボア市ではないから : : : こんな風に何も感じない ンに到着したというのに、何の感激もなかったということである。 のだろうか ? タトラデンは、彼の出身世界であった。 彼にはわからなかった。 故郷といってもおかしくはなかった。 それは、そのうち解明出来ることなのかも知れない。 そして、司政島の宙港も、宙港から司政庁への道のりも、彼は記 また、自分はいつの日かタトラデンのどこかで、突然感情の大波 億していた。 をかぶるのかもわからない。今はまだ気持ちが凍りついているだけ そこへ戻って来るとなれば、自分はやはり何らかの感情にゆさぶなのかも知れない。 られるのではあるまいか と、彼は覚悟をしていたのだ。タトラ わからぬままに、彼は、この問題を先送りすることにしたのであ デンに対してはどこか突き放した見方をしている、でなくてもそう る。 しようと努めているものの、現実にタトラデンに着き、タトラデン そういうタトラデンへの感慨や思い入れの欠落状態は、司政庁に の風景を目にすれば、懷しさとか感慨とか、でなくても何かの感情着き司政庁へ入るときにも変らなかった。たた、前に司政官に会い がどっと噴出して来るのではないか、と、おそれていたのである。 に来たときとくらべて、司政庁が小さく古く見えたのは本当である。 彼は、そんな心の動きでおのれを喪いたくはなかった。 寄妙といえば、もうひとつ。 だから、自分の心を殺すようにして、タトラデンに降り立ち、胸 公務室に入り、と交話し、機器を操作するのが意外なほど ・、 0 5

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政官は、タトラデンの人々にすくなくともある意味では仲間と認め られ、かっ、タトラデンの内情に通しているーーータトラデン出身の 人間がふさわしい、ということになるわけであった。 だが : : : それはあくまでも理屈であり、タトラデン出身でない人 間との比較の上での話に過ぎない。 キタは沈黙のまま、ゆっくりと息を吸い、吐き出した。 彼は、おのおにはたしてそれだけの条件が備わっているだろう たしかに、情報官のいう通りであろう。 か、と、疑わずにはいられなかった。それはむろん、司政官として そういう仕事は、全くの外来者にとっては、きわめてむつかしい に違いない。ひとつの世界 : : : いや、世界などといわずとも、どんの自己の能力についてではない。たしかに彼はまだ自分の司政官と な地域や集団や社会でも、 " よそもの。が自分たちに干渉し影響をしての力に確信を抱くところまでは至「ていないけれども、それは 与えようとすれば、それまでの内部抗争をやめて結束し、対抗しょはじめて担当世界を与えられた者なら、みな同じであろう。彼の不 うとするものなのだ。場合によってはそれが自分たちにとって損に安はそれではなかった。彼は、その世界に生れ育ったというだけ で、タトラデンの人々が自分に対し、仲間として扱ってくれるかど なるとわかっていても、自分や自分の仲間の行き方をつらぬき、 う小、何ともいえないのであり : : : 自分がそんな仕事が出来るほど 外力を排除しようとすることさえ、まれではない。それは人間の本 能というものかも知れなか 0 た。どこかから来た : : : たとえ司政官タトラデンの内情に通じているかどうか、危惧を抱かずにはいられ が強権を以て臨んでも、そうたやすくやり通せるものではないのでなかったのである。 しかし。 ある。しかも往時とくらべて司政官の権威が ( タトラデン司政庁の それは考えてみても、仕方のないことであろう。彼の知る限り がどう考えているにせよ ) あきらかに低下している現在 : ( そしてそのはずなのであるが ) タトラデンで生れ育った司政官は 植民者たちにとって司政官というものが、自分たちを助け協力して くれる保護者ではなくなってしまった現在 : : : そんなことは到底無彼ひとりなのだ。彼がタトラデンの植民者たちに全面的に受け入れ ・ : ・ : タトラデンについて充分には詳しくないとし この仕事は、目標を高く掲られないとしても 理なのであった。そればかりではない。 げて堂々と遂行するのではなく、むしろ、そういうことが行われてても : : : 彼以上の条件を備えた者はいないと思わなければならな いると気づかれぬように、。 こく自然になされなけれ、はならぬ性質の ものなのである。司政官がおのれの担当世界にわざわざ問題を惹起それは、わかっていた。 するなどということは、本来あってはならないのだ。だからこの任さらに、どれほど任務がやりづらいものであろうと、担当司政官 5 にあたる司政官は、おのれの意図するところを植民者に悟られてはとして赴任する以上、全力をつくすしかないことも、彼にはよくわ 4 ならないのである。と、考えて来ると : : : タトラデンへ赴任する司 かっていた。 1 ( 承前 )

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それが伝わったのかどうか : : : 情報官はさりげない口調で答えば、別の人間と交代させられる。それだけの話さ。なりゆぎしだい こ 0 では、司政官を通じてというやりかたではどうにもならないとなっ 9 4 「それは私にはわからない」 て、タトラデンの司政庁を今度は本当に閉じてしまうかも知れない が」 「私はあなたに情報を伝えるのが仕事だ。あなたの力量を判断する「 : 「そういうことだから、あなたはタトラデンへ行っても、自分の流 立場にはない」 。タトラデンの担当司政官として、通常の司政官業 情報官は淡々とい それからちらりと皮肉つぼい徴笑を見せ儀でやればいし 務を行いながら、あなたがもっともいいと信じる方法で、ことにあ た。「それどころか、あなたがこの任務を引き受ける気になるかど たればそれでいいのさ。何をどうするかを、いちいち報告する必要 うかについても、かかわりはないんだよ。もちろん私は、あなたが もない。その程度のことは、連邦経営機構には察知出来る。あなた 引き受けるように必要な情報を告げ、意見を述べることは許されて いるが : : : あなたが今度の任務をことわったって、仕方がないんのような専門家にこんなことをいうのは気がひけるけれども、この 任務は訓令として与えられるので、命令でも、まして号令でもない だ。今のあなたのロ吻には、これは司政官のなすべき仕事だろうか んだ」 といいたげなひびきがあったし、そう感じるのももっともだが : 「それは : : そうでしようね」 もう少し話をつづけてもいいかね ? 」 「それと、もうひとつ、 いっておかなければならないな」 「どうそ」 「あなたがこの仕事をうまくやりとげられなかったとしても、それ情報官は、キタをみつめた。「今もいった通り、あなたはこの担 当をことわることも出来る。その場合には本件に関しての情報の重 はそのときのことだ」 と、情報官。「もともと連邦経営機構としては、これほど重大な要部分は心理消去してもらうし、このあと、担当世界を持たされる ことは、まず望めないだろう。 が、まあ、こういう意地悪ない 事柄を、一司政官の手腕にすべてゆだねるつもりはない。司政官と いかたはやめたほうがいいかな。私がいわなければならないのは、 は別に、他のやりかたも使って第四五星区のプロック化を食いとめ ようとするたろう。タトラデンへ赴く司政官は、彼なりに計画を樹あなたがもしタトラデンへ赴かなかったとしても、連邦経営機構は て、彼なりにことを進めればいいんだ。い ってみれば数ある手段の別の司政官を送り込むだろうということだ。あなたほどタトラデン ひとっとして : : : ただそれは決して補助的手段ではなく、主要な手に詳しくない人間でもやむを得ない。司政官の立場でこの任務をや 段のひとつではあるが : : : 全責任を負うわけではない。・ とこまで実る者が必要ーーー効果がないと判断されるまでは必要なのだからな。 績があがるか、経営機構は注意深く見守りつつ、ある程度有効だとそのときには、その司政官が彼なりのやりかたで、作業を開始する 認めれ・は、そのままつづけさせるだろう。全く駄目だと判定されれことになる。それが、あなたがやっていたかも知れない方法と同じ

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で、ありながら、キタが返事をためらったのは : : : 胸に湧いて来 た違和感を、どうしても拭い去れなかったからである。 あまたの星々に君臨する連邦経営機構にあって、植民世界統治の 情報官の情勢の説明には、彼には何の抵抗もなかった。それは情 エキスパートとしていくたの栄光を浴びた司政官たち。しかし、植 民世界の多くは自立の道を辿る向にあり、相対的に司政制度の存 勢であり状況である。そこに推測なり予断なりが含まれているとし 在意義も失われていった。そして、担当世界を与えられない待命司 ても、情報官から伝えられるものであれば、聴いて頭に叩き込むし 政官の意識も変ってゆき、その地位に甘んじていようとする者も多・ かないのたしそしてそれにつづく ・フロック化の進行を何とか食 くあった。そのなかで、連邦機構都市バシ・ヨゼテンで待命司政官 いとめるべきだとの方針にも、異存はなかった。もちろんそれは彼 としての日々をおくるキタ・ 4 ・カノ日ビアは、自分の遊民 の、連邦職員としての感覚にもとすく判断であることは否めない。 的なありようにいらだちを覚えるのだった。そんな彼に連邦経営機 当の第四五星区軍やタトラデンをはじめとする植民世界の人々にと 構は担当世界を与えると通告してきたが : : : それは彼の出身惑星一 っては、まるで逆なのであろう。かれらの全部とはいわなくても、 〇〇三星系第三惑星タトラデンだった。彼は任地へ赴く前に、情報 官からの説明を聞くために一五星系第 - 一惑星テロイドンの司政情報 一部のーーたたし有力な連中には、プロック化こそが望ましい方向 局へ送られた。そして再訓練を受けるかたわら、情報官から任務の と映るはすである。だがそのプロック化が、連邦という体制の破綻 目的を聞かされるがそれもまた異例のものだった。タトラデンの属 につながり、戦乱と大勢力の対立を招来するかも知れぬとなると : する第四五星区が・フロック化して自立の道をめざし、しかもタトラ : すでに連邦職員となり切りその感覚を身につけている彼には、そ デンがその中心となっているというのだ。そして、キタに与えられ う簡単に容認はしかねるのであった。 た任務とは、タトラデン内部に争いを生じさせ、第四五星区プロッ そこまではいい ク化に指導的立場にあるタトラデンをその位置からひきずりおろす 。自分が連邦の人間として、一方的な見方をして というものだった。 いるのを承知で : : : そこまでは、首肯出来る。 けれども、プロック化を食いとめるためのその方法というのが、 タトラデンの植民者のエネルギーを内争に向けさせ、タトラデンが たしかに現代では、司政官による植民世界の統治というのは、過去 大きな問題に悩まされるように持 0 て行くことだとなると : : : そしのものになりつつある。多くの植民世界が自立し完全自治を指向し て、それがおそらくも「とも効果的な手段かも知れないと思いながている今、それらはもはや植民世界ではなくなりかけているのだ。 らも : : : 彼にはやはり、どこか違うという気がするのであった。 司政官を必要としない世界は増えるばかりなのである。その結果か 司政官が、みずからの担当世界に意図的にトラブルをおこし、そなりの数の司政庁が閉ざされ、司政官は引き揚げ : ・ : ・待命司政官た れを大きくして行く : ちも減多に担当世界を与えられることなく、たたの高級官僚予備軍 そんなことが、あっていいものだろうか ? 話は、逆ではないのの一員に過ぎなくなり : : かっての使命感に燃えた司政官像も、し だいに伝説と化しつつある。それは事実だった。事実だが : 496

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は貴官が引き受けるほうに高い確率を出していた」 ない。ま、それも貴官の心の持ちょうしだいで、どうころぶかわか 「私が ? 」 らないが」 「ああ。貴官の心理傾向分析にもとずいてね。貴官にはそれだけの「私は司政官です」 強い現役志向があったそうだ」 彼はいった。 そんな・ : : ・タトラデンの人々と結びつきタトラデン側の人間にな 「もっとも、そのことと、貴官がタトラデンの出身であるというこるなどとは : : : 彼には考えられなかった。連邦経営機構を何らかの と以外に、貴官が指名された理由もあるんだ」 かたちで出し抜いてみせようという心理と同様、いやそれ以上に、 情報官は、指をからみ合わせてテー・フルに置いた。「貴官に関す ( たしかに情報官は彼の意識の中にあるものを指摘したのだ ) タト るデータには、貴官の出身世界での境遇や状況も含まれている。 ラデン側の人間になるつもりはないのであった。そんなことをする ま、気を悪くしないで聞いてもらいたいが、貴官はタトラデンでは位なら、はじめからタトラデンを出て連邦の行政専門家候補生にな それほど恵まれた立場にはなかったようだね。従ってタトラデン世ったりはしない。 界に対しては全面的な愛情は抱いていないと推察される」 「多分ね。そうあって欲しいと願うよ」 「それはーーー」 情報官は頷き、身を伸ばした。「話はだんだん佳境に入って行く 「まあ、つづけさせてくれ」 ようだな。さて、そうとなれば私は、貴官への説明をもう少しつづ と、情報官。「これはなかなか大切なことなんだよ。出身世界にけなければなるまい」 きわめて強い愛着を持っている人間は、たとえ連邦職員となって いって、また資料をとりあげた情報官をみつめながら、キタは、 も、連邦より出身世界〈の帰属意識が強い。それゆえにご存じの通不意に、 いつの間にか相手が自分を貴官と呼び、自分のほうもぼく り、元は司政官の出身世界と担当世界の分離の原則が固く守られて から私へと変えているのを悟った。情報官のほうは、彼が任務を引 いたんだ。メ ・ : 最近はいろんな事情で : : : それらを詳しく述べる き受けると明言してからいいかたを変えたようだが : : : 彼もそれを つもりはないが、貴官のように出身世界へ赴任させられる司政官が受けて、そうなったのである。これは : ・ : ・自分が本物の担当司政官 出て来ており、その何人かは、本人ははじめはそんな意志はなかっ になる前の待命司政官という、ある意味では遊軍的、私的な存在か たとしても、結局その世界にのめり込んでしまって、巡察官に告発 ら、もはや逃げかくれ不能の現役司政官としての公的な存在になっ され、解任された。しかし貴官の場合、今いった理由で、そうなる てしまったことを示しているのかも知れない。彼は重いものが振り 危険性は低い。これは重大なことなのだ。貴官がタトラデンの・フロ かかって来る気分のうちに、相手の次の言葉を待った。 ック化勢力に丸めこまれ結託したら、情勢はかえって悪くなるか らね。その点が、貴官の担当指名にゾラスになったことは、間違い 502

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それに : では何なのだ ? 彼は、ふと微笑めいたものがロ辺に浮かびあがって来るのをおぼ 。フライドかも知れない・ えた。 これは、自分自身の。フライドの問題なのではないか ? そう。 この仕事はタトラデンの出身者がもっともうまくやるであろう、 やりようによってはこの任務を、連邦経営機構の思惑通りにでは と、連邦経営機構が判断したのなら : : : それをちゃんと実行しよう なく、自分のやりかたで遂行することだ 0 て可能かも知れない。要とすればするほどむつかしくなるのなら : : : 自分が引き受ける 3' き するに結果として第四五星区のプロック化、 タトラデンがその推進なのだ。それが出来るかどうか、自分自身を賭ければいいのであ 者となることを阻止さえすれば、それでいいのである。奇妙ないいる。 かたたが、連邦経営機構を出し抜くことも出来るかもわからないの やろうではないか。 そして、はしめ話を聞いたときに、これはただの連邦経営機構の タトラデンのために。 手先としての仕事だと考えた彼の気持ちは、情報官のその後の言葉 で、大幅に変化していた。これは : : : やりようでは司政官の自主 タトラデンのために ? 性、司政官の主体性を失うことなくやれることなのである。他人 が、おのれがやったであろうよりはまずいやりかたをするのを指を それだけだろうか ? いや、そのためだろうか ? 彼は自分がタトラデンに対して、どういう気持ちでいるのか、しくわえて眺めているよりは、自分自身でやるべきなのだ。 かとはいえないのである。もちろん出身世界だから、ある種の帰属多分、そういう行きかたは、さまざまな葛藤を生み出すであろ う。たがそれでしし 感はある。タトラデン上の少数の人々への懐しさもある。だが : 。というより、それこそ司政官の、伝統的な司 心底では、ついにおのれを容れようとしなかったタトラデンの社政官の宿命なのである。それはむしろ、彼の望むところであった。 やろう。 会、タトラデンの有力な組織や人間たちへの憎悪がとぐろを巻いて いるのも自覚していた。はっきりと自覚していた。だからこそ自分やるしかない。 自身の感情を殺さなければならないとおのれこ、 冫しい聞かせたのだ。 「どうかね ? 」 復讐のためにタトラデンへ行くのではない。そうあってはならな情報官が説いた。 い。司政官たるもの、そんな思考を担当世界へ持ち込んではならな キタは、静かに応じた。 い、と、自分を叱りつけたのであった。 「逃げるわけには行かないでしよう」 だから、これは、タトラデンへの愛情のためなどではない。すく「ーーそうか」 なくとも、それが主役ではない。 情報官は、少し笑った。「それは結構。それで決定だ。思考機関 」 0 8 5

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もりはなかった。第四五星区の・フロック化を阻止する方法を問うの は報告に耳を傾けるのがよさそうであった。 とはいっても、彼がそうしようと考えた理由は、それだけではな はむろんのこと、プロック化そのものについても、こちらから質問 0 5 を出したりはしないつもりであった。まだそのときではないという 彼は、ある程度はタトラデンのことがわかっているつもりであ気がするのである。その点、彼の意識の中にはメド情報官が告げた る。が、それはあくまでもこの世界の植民者としての生活の中で知タトラデンのの性格が、こびりついていたのだ。情報官のい ったものであった。しかもそれだけに、知識も限られている。それったようにが司政初期の、植民者たちにろくに力もなく司政 官を絶対権力者として仰いでいた時代の感覚を保持しているならば を司政機構側からの目で見直し、自分の知らなかった面をも学ぶこ ・ : そして自己の置かれた世界を最優先させる昔ながらの意識にこ とは、きわめて有効なはずである。 それに、彼が覚えているタトラデンは、十数年前のタトラデンであり固まっているとしたら : : : うかつにそんなことを相談しないほう った。その頃と現在とでは、随分いろんなことが変っているに違いがよさそうなのだ。いずれはにこのことを伝え、に協 力してもらうとしても : : : その思考の型や反応のタイ。フをある程度 大小さまざまな変貌をひっくるめて頭に入れて行くうちに、 具体的なテータとしては出ないかも知れないが、全体の変質がもし見極めるまでは、早まったことをしないほうがいいのではないかー ーと、彼は判断したのであった。どうせこの話は、しようとすれば もあれば、イメージとしてつかみ取れるかもわからないのだ。それが いつでも出来るのである。そして、いったん話してしまえば、 (f) Q 出来れば、そこから何かのヒントを得られる可能性もあるのだった。 1 はそれに反撥するか、あるいはこちらの意向を超えた強引な方法 そうなのだ。 でことを押し進めようとするか : : : 何とも予断出来ないのだ。 現在のタトラデンの植民者社会がどんな状況にあり、どういう組 織・団体、どういう個人が、どんな力を持 0 ているか : : : 原住種族 1 がどう反応するかの見込みが立つまでは、待つべきなのであ「た。 のゾ・ハオスとどんな関係になっているか : : : 。フバオヌは今どんなこ キタが公務室に踏み込み、自分の椅子に腰をおろすや否や、 とになっているか、トズトーはまだたくさん居るのか : : : さらには エス亜大陸の第四五星区軍の動向や第四五星区内の他の六つの植民 1 が声をかけて来た。 世界がどんな出方をしているのか : : : それらをひと通り把握するの「今、よろしいですか ? 」 「ああ」 が先決なのた。 そして実は、それからが本番なのであろう。それらすべてを分析彼は答えた。 し総合した上で、自分に与えられたあの任務を、どういうかたちで「昨日の報告のつづきをする前に、お知らせしなければならないこ 実行するか考え、着手しなければならないのである。 とがおこりました。司政官に面会したいという人間が、司政庁の前 ( 以下次号 ) 彼はまだここしばらくは、その任務についてと語り合うつに来ております」

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ろうが : : : タトラデンの人々には災厄なのだ。戦火にさらされない とは限るまい。彼には彼の考えかたがあるからねー としても、やりかたしだいではタトラデンに致命的なことになるか 「あなたがタトラデンに対して、どんな心情を抱いているか、私はもわからないのであった。 タトラデンの担当司政官は、だから、最善の、もっとも損害のす 知らない」 情報官はいう。「ただ、数ある司政官のうちで、タトラデンにつくない方策を模索し、実行しなければならない。 いてはあなたが一番良くわかっているとするならば : : : 一番良くわ それはおそらく困難な、努力を要する仕事であろう。ある意味で かっているあなたが、この仕事をするのが本当たと、私は思うよ。 は一種の綱渡りにも似た作業になるかも知れない。 何をどうすればどんなことになるか、それを見て取れる人物が行く そして、失敗すれば取り返しのつかないこの任務は、たとえ彼が べきなんだ。現在のままではタトラデンはプロック化の中心とな 引き受けなかったとしても、誰かがやることになるのである。そこ 、連邦の大軍団を相手にたたかうことになるが : ・ : だからといつで何がおこったところで、一度ことわってしまった彼には、手出し てそれを防ぐための工作で無茶をやっては、タトラデン世界そのもどころかロ出しさえ許されないのだ。黙って見ているしかないので のが破減に瀕することになるかも知れない。そのどちらにも至らなある。 最善の道をみつけるためにも、タトラデンの事情に通じてい 自分はそれに耐えられるだろうか ? る人間が、担当司政官として赴くべきなんだ。そうは思わないかね と、彼は思った。 とても耐えられないだろう となれば : 「ーー多分」 となれば : : : 自分をも含めて誰かが ( あまり使いたくない表現だ 彼は、返事をした。 けれども ) 手を汚さなければならないのなら : : : 自分でやるしかな それは、そうに違いないのである 9 いのではないか ? 自分がタトラデンに行かなければ、他の誰かが赴任する。 自分はすでに、司政官としてのコースを踏んで来ている。連邦職 そして、その誰かが、必ずしも望ましい結果を生み出すとはいえ員の道を、おのれの意志で選び、おのれの意志で歩いて来たのだ。 ないのだ。どういうやりかたをしようと自由なだけに、どういうこそれに相当した待遇も受けて来た。その自分がここで逃げるのは、 とになるか知れたものではないのである。かりに情報官が示唆した義務と責任の放棄といえるのではなかろうか。連邦経営機構の手先 ように、タトラデンの各州が独立国家化して争いエネルギーを費すとして、というより、タトラデンに対する義務と責任の放棄ではな ことによって、第四五星区のプロック化が避けられたとしても、戦 いだろうか ? 断言は出来ないけれども自分なら、タトラデンにと 争が泥沼の様相を呈し全タトラデンにひろがって世界が荒廃してしって、より影響ゃ損害のすくないやりかたをとり得るとしたら : まえばどうなる ? なるほど連邦経営機構にとってはそれでもよか ここで逃げるのは卑というものではないかフ 499