年 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1983年9月号

O 効果などの観点から検討を独自に進めている。実験、ライフサイ = ンス実験、天体や地球の観体の製造は一九八〇年に続いて二度目だが、鉛 自体の。フランもまだ固ま 0 ておら測、大型通信衛星の組み立てや保守など六分野・スズ・テルル単結品半導体を宇宙で作 0 たの は、世界で初めてという。 Lu ず、きびしい財政事情のもとで、この宇宙基地の利用に及んでいる。建造面が六十三テー「、 シリコン・砒素・テルルのアモルファス半導 計画が承認されるためには、今後、と利用面が百二十四テーマである。 Lu 米議会、大統領府との間で、議論が展開される恒久的宇宙基地内での「宇宙工場」で、地上体は、高速¯o 論理演算素子、光スイ〉チング ではできない新材料が製造される日が近づいて素子、太陽電池材料など広範囲の利用が期待さ のは必至だが、シャトル飛行の次のターゲット れる。また鉛・スズ・テルルの単結品半導体 きたといえよう。 として、米国内で大きな関心を集めてきてい その時に備え、新材料製造の基礎実験が、すは、固体レ 1 ザー発振素子として光通信システ る。 CO ムへの利用をはじめ、高性能の赤外線検出素子 は今年末ごろに宇宙基地基本構想をでにわが国で着々と進んでいる。 このほど宇宙開発事業団と理化学研究所が発としてリモ 1 トセンシングによる大気汚染観測 まとめ、一一年後には計画を決定。一九八六年ご O ろから建設に着手し、一九九一年ごろに完成さ表したところによると、種子島宇宙センターかや非接触での温度測定などに威力を発揮すると ら打ち上げた型肥号ロケットが弾みられる。 せたい意向だ。 こうした半導体は、ポスト・シリコンとして 財政難に悩むは、日本、カナダ、欧道飛行を行った六分間の無重量状態を利用、地 CO 州諸国に参加を呼びかけている。これを受けて上では製造が難しい鉛・スズ・テルルからなる新領域を開くものだ。構成する組成の比重が大 わが国は宇宙開発委員会内に宇宙基地計画特別単結晶半導体とシリ = ン・砒素・テルルの三元きく違うため、地上では重いものが下〈落ちて 0 部会 ( 部会長・久松敬弘東大名誉教授 ) を設素によるア ~ , , ( 非品質 ) 半導体を製造しまうし、熱対流が生ずるため、均一に混ざり け、わが国としてどう対応するか検討していたすることに成功した。 が、六月一一十一一日に「わが国としては参加を強シリ = ン・砒素・テルルのア・モルファス半導題にならないうえ、熱対流がないため、均一に まざるし、三成分の大型単結品を作ることがで 力に推し進めるべきだ」との中間報告をまと 日きる。 め、宇宙開発委に報告、了承された。 結まだ単結晶といっても、ロケット搭載の実験 O 科学技術庁の中津川宇宙国際課長らが六月一一 単装置が小さく、サンプルも少量のため、一、、 十七日に渡米して、わが国も参加するとの委員 ル角と小さいが、将来、宇宙基地での宇宙工場が 会決定を伝え、現在の検討状況を説明した。わ ル実現すれば、大型装置を積み込んで、地上では Z が国は、宇宙基地の居住区や実験室、近くを飛 ~ 、弋テ不可能な大型単結品の製造が可能となる。 行して支援するテレオペレーターなどを建造す ズ宇宙開発事業団では、八月に種子島宇宙セン O る初期の開発段階から加わるとともに、宇宙基 スターから打ち上げる型号ロケッ 地完成後に利用する両面での参加を考えてい トで、アルミニウム合金に気泡と炭素繊維を均 る。 一に混合する高剛性の超軽量金属複合材料や、 具体的な参加方法は、今後、自体の きアルミニウムとインジウムの合金、ダイヤモン 建造計画がにつまるのを眺めながら、わが国の でド粉末がガラスの中に均一に混合する超硬工具 経済力や技術力を考慮して検討を進めるが、ど 用複合材料の製造実験を行う。いずれも、これ のような参加が可能かを宇宙基地計画特別部会 状までに行 0 たことがなく、重力のある地上では CO の専門家二十三人に対しアンケート調査を行 0 煢均一に混合することがむずかしい新材料製造の Z たところ、百八十七件ものテーが寄せられ 重試みである。 こ 0 CO これは宇宙基地建造そのものと、基地を使っ て宇宙合金や半導体などの新材料製造や理工学

2. SFマガジン 1983年9月号

こういうコラムのあることは知っていたか て読んでない本がいつばいある」という感じ だ。間がぬけた話だが、じつはトルストイの ら、いっかこっちにも回ってくるんじゃない 『アンナ・カレーニナ』も未読である。読み かとひやひやしていたところ、はたして編集 なおしてみたいのも多い。こういうのもやは 部から電話。かんべんしてくれませんかとい き セ りとしかもしれぬ。 ちおうお願いしたが、編集者にとってはそれ や もうひとつある。精神の食欲とでもいえば を説得して書かせるのが商売のひとつだか 物 こ、うい、つことに いいか。昔、四半世紀も前、の好きな連 ら、所詮かなうはずがない。 よっこ 0 ピイこ黻、 つ中は始終飢えていた。食物があればがつがっ と食いっき、何を食ってもすこぶるうまかっ ・ほくの場合、しんどいなと思うのは、〈ペ の ズの『あとがきにか た。食物の絶対量が少ないから貪欲だった。 ローダン〉シリー レ - ス プ 。 : 食物には旬の味がした。調味料過剰というこ えて』というのを年に十点書かなくてはな とはあまりなかったのではないかと記億して らず、けっこうふうふういっているからであ 継 いる。それにひきかえ、いまはどうだろう。 る。もともとこの方面にはあまり器用なたち ではない。ま、とにかく「近況でけっこうで ヒ読むものを手に入れるのに苦労するなど、も はや考えられない。ちょこちょこつまみ食い すから」とのお一一 = ロ葉に甘んじて : : : ( しめし LL 、 するだけで、・ほくなどは腹いつばいになって め、これでそろそろ予定枚数の四分の一をこ しまう。メニューを一見して満腹感というと 年 ころだ。これだけは盛んになったのだ。 ・ほくの近況・ : ・ : それもに関してのとい 「、がんばれ ! 」と応援する必要もなく えば、をあまり読まなくなったことだ。 なった。もちろん、めでたいことに違いない この雑誌にこういうことを書くのは不謹慎 が、やはり原始的食欲をもってかぶりついた ( ! ) かもしれないけれども、根が正直だか あの時代のことをなっかしく思わぬわけにい 《 " ら事実に反することは書けない。しかし、な かない。これも時代そのものを云々するとい ・・せこうな「たのだろう ? としをと「たから うより、おのれの若きときをなっかしむので か ? それもたしかにあるが、すべてではな あれば、これまたとしのなせるところ。要す ( と考えたい ) 。少々穏当ならざる表現だ るに何をいっても人間はとしからはなれられ が、道楽は商売になると同時に道楽ではなく ないのかもしれない。当然といえば当然だ。 なる、といったところかもしれない。ここに もそのうちとしをとり、という旗印 は時間の問題もからむ。翻訳家としてに 第、を必要としなくなるのではないかと思う。人 ( ~ 接している時間が圧倒的に多いから、本能的 間は分類することが好きだけれども。 平衡感覚がそうさせるとも考えられる。とに かく、いまのところ「いかんな、読むべくし しゅん

3. SFマガジン 1983年9月号

ー第 S 要 0 び S NT 要び X; 狼たちの標的 -) ・ジョ。ハンニ & ・シュミット / 佐宗鈴夫訳 女優の証言 カダフィが指揮をとるリビ ー」九四五年八月十五日ー、 一、」ゞをアの国際テ。リ , ト基地を えりぬかれ 悲劇喜劇編集部編定価三〇〇円 庫 一さ・ジ一攻撃せよ , た傭兵九人の決死の襲撃作 一九四五年八月十五日 この日を、現在舞 戦を描く痛快アクションー 台で活躍している女優たちは、どこでどう感 定価四ニ〇円 し、どう受けとめたか。大陸の巡演先で、動 ワ 員された工場で、疎開先で、とまどい、驚き 喜んだ体験を率直に語る。二度と繰リ返して はならないと願う人による歴史の証一一口 / ヤコーマー昏睡ー ロビン・クック / 林克己訳 大病院に頻発する麻酔事故 ドイツ空軍、全機発進せよ / て植物人間と化す患者。邪 ジョン・キレン / 内藤一郎訳 ~ 悪な妨害の中、女子医学生 が見出した衝撃の真相とは た電撃進攻を支えたドイツ Z ・ : 戦慄の医学サスペンス け急降下爆撃隊。だが行手 定価五ニ〇円 一分にイキリ , 戦闘機隊が , 空 イ ~ 十み 4 定価六四〇円 北極基地 / 潜航作戦文 ワら愛する者の名において上・下 アリステア・マクリーン / 高橋泰邦訳 マルタン・グレイ / 長塚隆一一訳 大火災を起した英国の北極力 3 ナチス占領下のワル、ンヤ 気象観測基地。その救援の 任を帯びた原替に続発する / を月い」ワで一家を皆殺しにされ た著者がつづった魂の記 謎の殺人の目的は ? 王者、 会心の海洋冒険アクション / が映画化定価各三八〇円 定価四六〇円 愛する者の名において

4. SFマガジン 1983年9月号

ゴミカンの上でそれは一度二度羽ばたいた。雨がしぶきとなって 「ここは地球さ」 散り、少年の顔にとんだ。それはまばたかぬ紅い眠で少年を見つめ〈球だって ? 〉それはかん高い笑い声をあげる。〈ばかなことを、 4 た。この世のものではなかった。浮遊都市制御体がこんなものを創球なんかじゃない。丸くなんかない。そう見えるだけなんだ。おま るはずがないと少年は思った。なによりも、制御体が少年に対しえが上というところにはおれの世界があり、下にはおれたちが植民 て、こんなものを創って相手をしてくれるわけがなかった。少年はした世界がある。おれたちはこの翼で上から下へと舞いおりて、植 制御体からずっと無視されてきたのだった。おまえなど必要ない、 民世界から糧を得ているんだ。おまえの住んでいるこの世界は、そ というようこ。 生きている価値がない、おまえは存在しない、 の狭間にある。憎むべき、邪悪な、ただよう雲のような世界だ。神 少年は一歩あとずさった。それがはねとばした雨の雫をよけるたの法を無視するうじ虫が這いまわっている中間空間だ。おれはここ めに。恐怖はなかった。怖れを感ずることができないほど少年は無に落とされた。おれは堕ちた〉 邪気でも幼くもなかったのだが、理解できない現象や夜の闇や怪物「あなたは天使だと思う」 はこわかったのだが、それに対しては危険は感じなかった。それは 〈おまえよりは広い視野をもっているのはたしかだろうよ。しか いかにも弱弱しかった。 し、おれにはおまえこそ天使に見える。その瞳はこの世界を見るよ 〈わたしは悪魔さ〉 うにはできていない〉 「ちがうと思うな」 「・ほくには翼はないよ」 〈なんでもいいんだ。おまえの世界とは相入れぬところから来たん 〈形など無意味だ。重要なのは、おれたちがこうして話あえること だ。わたしはその世界を追われた。もう帰れない〉 だ。おれは何度もこの世界のやつらと話しあおうとしてきた。だが 「天国 ? 」 だめだった。やつらには、おれが見えないんだ〉 〈わたしの世界さ〉とそれはいって、ふたたびカンの上にうずくま「帰りたい ? 」 ると、翼のマントを身にまとった。〈おまえとは無縁の世界だ。少〈もちろんさ。だが無理だろう。ここに落とされて帰った仲間はい なくとも、おまえ以外の住人とは無縁のところだ。おまえ以外には ない。ここは大渦巻のようなところだ。すべてを吸い込む竜巻のよ 感しとれない世界だ。しかし、なぜ ? なぜ、おまえが ? これは うな力をもっている。おれたちはここをさけて上と下を行き来して 神の導きかもしれん〉 いる。ここの場の力に捕まったら自力では出られない。おれはもう 「あなたの世界に神さまがいるの ? 」 すぐ死ぬだろう。腹が減っている〉 〈いいや〉それは首を横にふった。〈そうじゃない。おれは神を信「どのくらい食べてないの ? 」 じたために追い出されたんだ。ひどいところに落とされたものだ。 〈おまえの時間で、そう、一万年というところだ〉 ここはリンボウだ。天国でも地獄でもない。中途半端な世界だ〉 「一万年も ? 」

5. SFマガジン 1983年9月号

か、その朝のいぶかしさ、異和感、何かの手がかりに近くいたようそれは剣崎トウルであった。 な奇妙な感しもまた、トウルの中で遠くなっていた。 「そうだ、ここだ。この道だった」 何かを自分に云いきかせるようにしてつぶやきながら上っていっ た彼が、ハッと足をとめた。 ( 御休処峠の茶屋 ) ( うどん釜めしひやしあめジュース ) 一人の男が山道を上ってゆく。 四十がらみ、大柄できつい顔立ちの男だ。そげたような頬とっき渋紙色に汚れ、すその方がわかめのように千切れてはためいてい さすような目つきとに、何か、きびしい修羅場をくぐりぬけてきたる幟。 ようなしたたかさが感じられる。あたりを見まわすようすは、誰か何分かのあいだ、まるで信じられぬものを見たようにして立ちっ に追われてでもいるのかと思わせた。 くしていたトウルは、やがて、自分をふるいおこすようにして、そ ( 変ってない ) こへ近づいてゆき、よしずの内へ声をかけた。 彼は一歩一歩、まるで思い出の中と照らしあわせるかのようにつ 「こんにちは。誰か、いますか」 ぶやいていた。 返事はなかった。 ( 何もかわってないーー木も草も。山も、岩も ) トウルは、少し待ってもう一度声をかけ、それからぐるりと茶店 このあたりは、なまじ都会に近くて、しかも十年ほどまえに、とのまわりにそって歩きだした。廃屋になってこのまま山奥にうちす なりの山をぶちぬいて、トンネルがつくられ、交通も便利になったてられているのだろうか だとしてもなんの不思議があろう。 ( あのときで、もう相当な年だったものな。二人とも、死んだか、 だけ、わざわざ山を切りくずすこともないと思われたものか。 スカイラインから一歩枝道へふみこむと、もうそのあたりは舗装代がわりがしたか : : : ) し 1 し、古びて、ほとんどくずれる寸前といったありさまのその してある道もなく、深山幽谷のおもむきで、木々と下生えの茂るに 茶屋の、裏手には、最近のものらしいコーラの箱がつみあげられ、 まかされていた。 そのスカイラインも、トンネルが開通してからというもの、わざ何となく、そのへんを掃除したり、草をむしって手入れをしたらし いあともあった。 わざ何倍もの時間をかけて通るものもいない。ほとんど、廃道と化 、といってたがーー俺のような物 して、もう長いこと、手入れもされてない道を、山肌をまいて上っ ( 代がかわったか。子供は、な、 好きも、他にもいるかもしれない ) てくる車のエンジン音もきこえない。 ゆっくりと歩き その路上に、切り通しの崖の肌にすりよせるようにして車をと それにしても記憶の中と何もかわっていない め、一歩一歩記憶をたしかめながら枝道へ入っていく男 まわりながら、彼がなっかしいとも胸迫るともっかぬ感情に浸って 236

6. SFマガジン 1983年9月号

「俺はーー知らん、どうして、俺にわかるはずがあるー 上にもどして云う。 トウルは肩で息をしながら云った。 「トウルさん」 「だからーーーこうやって戻ってきたんじゃないか。化物か、宇宙人 「そうだーーー俺だ」 か、神なのか、悪魔かーーー俺は知りたい。俺ははじめから、ふしぎ トウル 三月まえに、戦場の街へおもむくべく峠を下っていっ た男は荒々しく、わななくように云った。そのたくましい体は、すに思ってた・ーーうすうす気づいてた。だが、そんなことがいまのこ げつそりと憔悴しはて、目ばかりがおちの、二十一世紀の世に現実にあるものかと思ってた。だがいまはー でにもとの彼ではない ーいいか、俺はもう死ぬ。俺は放射能にやられてる。どうせ助から くぼんで異様な光を放っている。額にも、足や肩にも、うす汚れた だが、これだけは、どうしても、何をしてでも知りたい、 包帯が乱雑にまきつけられ、病んで、疲れはてて、立っているのが 知らずにいられない。はじめからおかしいと思ってたーーー・何度も何 やっととでも、いったようすだ。 度もそれまでこの峠をとおってたのに、これまでは、一回もこんな 「あんたーーー・怪我をしていなさるの。さあ、早く、お座んなさい。 それとも、床をとりましようかーー傷の手あてを ? 」 ところがあるのに気がっかなかった。このあたりにくわしい奴にき いても、やつばり知らんという。それはまだいいさ、見おとすこと 「放っといてくれ。もうーーーもう、欺されやしない」 だってあるし、ここは横道だからな。そう思って、自分をムリに納 銃口が激しく動いた。 得させてた。だが、おかしいのはわかっていたから、何回でも思い 「俺はーー、それをいうためだけに戻ってきたんだ。あんたは 出さずにいられなかったーーそして、二十年たって、まるでひきこ や、あんたたちは まれるようにして、ここへ俺は来ちまった , ーーそうしたらあんたら あんたたちは何だ。何者なんだ : : : 云え。云わないと、射っぜ。 は、少しもーーーそうだ、この二十年なんてものはまるでなかったみ 俺はーー本気なんだ。わかるか ? 」 たいに少しもかわらずここにいた」 トウルはカつきたように銃にすがり、よろよろとすわりこんだ。 小さな老婆も、西洋人の老人も そして、傷つき、惑乱し、銃をかまえて血の匂いと殺気をこのししかし、銃を放そうとはしなか「た。その目は狂おしい光をはなっ て燃えている。老婆が手あてしようと手をのばすのを、荒々しく釚 ずかな夜の中にまきちらしている男もまたーーしばらくのあいだ、 をうごかしてつきのけた。 口をひらくものも、うごくものもなかった。 「動くな。本気だーー俺は射つつもりだぜ。下で、ずいぶん大勢の それからゆっくりと老婆がいった。 「何でまた、そんなことを云いなさるんです ? 一体なぜ、私らを死ぬところを見たし、この手で殺しもしたんだ」 射つなどとおっしやるんです , ーー私たちが、何者だとトウルさんは「どうしてです ? 」 老婆はまたきっちりすわって、悲しそうにいっこ。一 云いなさるんです ? 」 249

7. SFマガジン 1983年9月号

何とかして、老人の貝のようにとじたロを、ひらかせてみたかっ った。彼には、それ以上に重大なことはなかったからである。 何か、えたいのしれぬ、鬱屈に似たものがしだいに静かな日々のた。トウルはしゃ・ヘりつづけた。 「二十年前、ガキだった俺がここへ迷いこんだときーー峠をこえ 中で胸につもり、大きくなってゆくようだった。 て、あそこへ帰るときに、何ともいえないふしぎな気分がしました よ。この峠をこえたらーー別の世界へいってしまうのだ、というよ 「お爺さん」 うな。むろん、俺はこの道をよく知ってるし、何度もとおったこと 老人が、ひとりでこちらに背をむけて、しやがみこんでいるすが もあるのだけれども、何となく、あのときに限ってこ一の峠がいつも たを見つけたのは、そんなタ方のひとつである。 の、俺の知っている峠ではなくて、ここよりいでて悲しみの門にい 老人は黙ってふりむいて、目もとで少しだけ笑ってみせた。邪魔 ではない、と示すためのしぐさのように見えた。しかし、別に何もたるーーそうとでもい 0 た、何だか、ー・ふしぎな感じがした。それ それが、かえ 0 て、ことばをかけづらい空気にさせで、二十年して、帰「てきてみたら = = = や 0 ばり、ここは少しもか 云わない。 わっていなかった」 た。トウルはしばらく黙って、老人のうしろに立っていたが、やが て耐えきれなくなった。 「お婆さんは、かわっていないと見るのは俺が見ないからだーー木 「何をしてたんですか」 そして、俺が自分をかわったと も草も、もとの木や草じゃない 「ーー何にも」 でもや のろのろとした、特有のアクセントのあるしゃ・ヘりかたーー自分思うのも、早ま 0 ているのだと、そう云いました 0 け。 つばり、俺は変ってしまった。それは、あなた方にくらべれば、ト の母国語でないことばで、しゃべっているもののしゃべり方であ 僧っ子みたいなもんかもしれないが、十九だった俺からみればいま る。 こんな話、きかされて の俺は、本当に別人になってしまった。 「何か、見てたんですか。ここからは、何が見えますか」 もしかたないですか ? 」 トウルは何故となく、老人と話をしたかった。老人のとなりにか いや、というように老人はゆっくりと白髪頭を振る。 がみこんで、老人と同じ高さになってその目のさきを追う。老人 「かわって、よかったと思うこともあるし、わるかったこともあり は、崖にむかってすわっている。崖の下、木々と山肌のずっと向こ ますよ。あのころに比べれば、自分というものの限界やカがわかっ うに、灰色の町並がひろがる。 いろいろなことを知ってもいる。その分、汚くもな 「町を見てたんですか。ーー・冴えない町だ。どうしても、好きになてきたし しつもそう り、卑怯未練にもなったろうと思う。同志の若い子に、、 れない。内側から、腐って、膿を出してる」 云われますからね。おじんはやり方が汚ねえってーー・そういうとこ 老人は何もいわない。じろりとトウルを見る。 ろは、かわってないつもりなんだが、やはりかわってしまったのか 「ふしぎだな」 244

8. SFマガジン 1983年9月号

SF レヒ三ウ 他 / 四六判上製 / 三八一一頁 / \ 一七〇〇 / 早に近い。だが、今は別段鎖国時代でもキリシ 川書房 ) タン弾圧時代でもない。むしろ、これ、だけ西 欧をみな胸一杯に吸い込みながら、未だかよ うな読み落としの生じる趨勢がこわいのだ。 ガ・フリエル・ガルシア日マルケス著 もちろん誤読こそ批評原理となる昨今であ るから、それも読みだと思わば開き直れ。だ が、全ての西欧文学が世俗化された聖書に等 族シ しいとする研究さえ登場し大方の承認を得て 『族長の秋』 いる今日、誤読は常に規範との格闘であらね ばならぬ。そして『族長の秋』とは、まさし く規範たる聖書神話を、コミカルに、そして 巽孝之 アイロニカルに裏切ってゆく、たくらまれた 誤読である点において、現代文学共通の課題や、脱腸帯や、スカ。フラリオなど」との関わ りにおいて、「みんな似たり寄ったり、ただ 現代という時代は、あまりにもすばやく神の一つを確実に全うしているのである。 の一人としか思えな」い「旧独裁者たち、失 話が形成され / 解体される。昨日の現実はす試しに証拠を挙げてみようか。 ぐにも今日の神話に成り上がり、このメカニ 主人公は百歳から二百三十歳の間といわれ脚した国父ら」との関わりにおいて、また情 クスの加速度はいまや留まるところを知らるカリ・フ海沿岸小国の大統領。彼は長年へル事の相手としての「おなじ制服を着た大勢の ぬ。とまれ、テクノロジーすら神話なのだか ニアを患う孤独な老人であり、しばしば牛に ( 誰が誰なのか、よく見分けがっかない ) 女 例えられる。この人物の一生が本書の根幹を学生」との関わりにおいてしか、自己を確認 そんな現代、概して神話的世界を持っと評成すのだが、実は今こそ小鳥売りに精を出すできない。これがそっくり、彼の百年、いや 二百年の孤独の構成要素であるわけだが、こ されるガルシアⅱマルケスの作品を私たちが とはいえかっては娼婦として嫁いでいたペン の構図が示しているのは、同時にまさしく 読むというのは、一体どういうことなのだろディシオン・アル・ハラードを母に持っという うか。日本人が、と言い換えてもよい 。とか複雑な過去があった。しかし、学校の教科書〈根源の不在〉 ( 日神の死 ) と〈反復の現 シミュラクラ くこの器用なだけに気の早い人種は、神話と にはこう記されている。「 ( 彼女は ) 奇跡的前〉 ( Ⅱ擬態の支配 ) から形づくられるポス 言えばとりあえずファッションの一形態程度に、男の助けを借りずに後の大統領を懐妊トモダンの状況そのものの映像だろう。つま ンミュラクラ に認識しておけば間違いないと捉えており、 し、そのメシアとしての運命のお告げを夢のり大統領とは、真実の隠匿、擬態の遍在、 たしかにそれでも一応罷り通ってしまうのが中で受けたのだという」 ( 第一一章 ) つまり、 ないし神話の大量製産が日常茶飯事化した現 私たちの時空間であろう。 性病患者 / 救世主、娼婦 / 聖母という二項対代において自己の死を実感せざるを得ず実際 けれども今般『族長の秋』出版に際した各立を敢えて解体してしまう暴力によってモダ 死に赴こうとする神自身 / 神の子自身の戯画 誌書評欄の扱いを渉猟するにつけ、とにかく ニズム以後の文学では普遍化した神話学上の に他ならない。 ガルシアⅡマルケスというラテンアメリカ人普遍原理、聖俗一致Ⅱ聖俗構造化を我がもの さらに現代文学者たるマルケスは、かよう にとって、スペイン語を語る人種にとって、 とするところから本書は始まる。 に適確に把握された主題を、形式面にまで徹 神話と言ったらまず他ならぬ聖書世界を、彼やがて私たちは彼がもはやアダムもイエス底させる。ジョージ・マクマレイも指摘する ら自身の皮膚感覚を指すのだ、という動かせも成り立たぬ世界の神であることを知らされように、、 ~ ノつの章は、全て族長の死から始ま ない事実を誰一人指摘していないのには驚いる。大統領は常に影武者との関わりにおい り、彼の生における主要な出来事でしめくく た。こわい、と思う。たしかに根本から一神て、自身の肖像が印刷された「さまざまな貨られる ( アンガー社刊『ガルシア日マルケ ス』一九七七年 ) 。たしかに、いずれも始ま 教の西欧に対し我が国は多神教嵩じて無神教幣の裏表や、郵便切手や、浄血剤のラベル 十リジン リビティッョン 田 8

9. SFマガジン 1983年9月号

レダ目ド 人間存在に鋭く迫る意欲大作 , る 畄日 栗本 工 心に残る。第 ~ ク イ 人びと 豪雪の国境を越え、三四年にわた るソ連生活を体聆した著者が、少 ン 女時代から現代まて舞台、映画と 岡田嘉子 忘れえぬ人辻の思い出をつつる , ( 四六判 / 単行本 ) 定価一五〇 0 円 完璧な理想社会とされている超管 理社に生きる少年イヴの魂の成 長をし、社と個人、そして人 間存在へと鋭く迫る意欲作 , ( 四六判 / 単行本 ) 定価一八〇〇円 小津次郎・金子雄司 / 訳 空前の情熱とエネルギーーに満ちていた その時代のるつは、の中から生まれた文豪の生 汁を、当時の重な図版を多数配して現代イキリス 文壇の第一人者が贈る愛蔵版ジェイクスビア伝

10. SFマガジン 1983年9月号

もしれない。しかし、誰も気づかなかった。 訪問者もチェスができた。 訪問者は、男が彼のこれまでに戦ったおそらく最良のゲームをや り直すのを見つめた。七年前に世界大会での予選で戦ったゲームで ロジャー・ゼラズ一一イ ある。そのあと、彼は緊張しすぎて失敗したのだーー自分がそこま 0 erZe ぶいさ で戦えたのがむしろ意外なほどーー・あれだけの。フレッシャーのもと で、あんなにうまく戦えたことはなかったのである。しかし、彼は ー「チェスと幻想小説との熱烈な いつもそのゲームだけを誇りに思い、それを追体験しているのだっ 出会いは、すくなくともルイス た。すべての感受性の強い生物が自分の一生の転回点をふたたび生 ・キャロルの昔にさかの・ほるこ 、とができ、その交流はいまもな きるように。おそらく、二十分ばかりのあいだ、誰も彼を邪魔でき お連綿とつづいている」 なかったろう。あのときの彼は輝き、純粋で、厳然とし、澄みわた 〈・ハーサーカー〉や〈東の帝 っていた。訪問者は最高の気分だった。 国〉のシリーズで有名なフレッ 訪問者は盤の反対側に位置をとり、じっと見つめた。男はゲーム ド・セイ・ハーへーゲンは、 . 最近 を終わったところで、微笑していた。やがて彼は駒をまた並べた。 彼の編んだ "Pawn to lnfini ・ ty" というアンソロジーの序文で、そういっている。これはチェス 立ちあがり 、・ ( ックから缶ビールをとりだした。ポンとふたをあけ を扱った新旧のとファンタジイの名作を集めたものだが、ゼラ ズニイのこの中篇がそこに収録されていることはいうまでもない。 テー・フルに戻ると、白のキングの前の歩がの 4 に進んでいるの もともとはアシモフズ・マガジンの八一年四月号に掲載されたも に気づいた。男は眉をよせた。彼は頭をまわした。カウンターのな の。ヒュ ーゴ 1 中篇賞を獲得したほか、玄人筋の投票するローカス 賞中篇部門でも、僅差でマーティンの "Guardians" に敗れたもの かを見たが、汚れた鏡に不思議そうな自分の顔があるばかりだっ の、三位以下に大きく水をあけて堂々の二位。この洗練されたユー た。テー・フルの下を見た。ビールをごくりと飲み、椅子に坐った。 モラスな味わいは、ゼラズニイ独特のものだ。 彼は手をのばし、自分のポーンをの 4 にもっていった。と、白 ( 浅倉久志 ) のキング側の騎士がゆっくりと宙にもちあがり、前に漂っていって に置かれるのを見た。男は長いこと盤のむこうのなにもない相手がいないことをほとんど忘れていた。彼は手をとめて、ビ】ル 空間を見つめてから、自分のナイトをに置いた。 を飲んだ。 が、ビールをテー・フルに置くやいなや、缶はまた宙に浮 白のナイトが男のポーンをとった。男は異常な事態を忘れて、ポき、盤のむこうに行って底を上に向けた。すぐに喉をならす音がし 1 ンをに進めた。白のナイトがに戻ったときには、男は た。缶は床に落ち、はずんで空虚な音をたてた。 こ 0 ナイト 4 3