レイルは金切り声で言い、枝や幹にぶつかりながら飛びあがり、 っているかい ? 」 とうとう頭上の梢を抜けると、姿が見えなくなった。 「何を ? 」 「まったくいし 、やつだよ」グレンドが言った。「彼はあらゆるもの 「あんたの指し方はユニコーンによく似てるぜ」 を見て、それを決して忘れないんだ。森の中のことでも、空中のこ 「フム」 とでも、あらゆるものがどういう仕組みで動いているのかを知って グレンドはルークを 3 に進めた。 いる。水の中のことまで知っているんだ。なにか持っているとき やがて、雨が静かに降り始めた頃、グレンドはまたマーティンを は、気前よくそれをくれるしな」 負かした。マーティンは長いこと静寂が続いているのに気づいた。 「フム」マーティンは感想を述べた。 ・ちらりとグリフィンを見る。レイルは頭を左の翼の下に突っ込み、 り、ぐっすりと寝こ 「さあ、行こう」グレンドが言った。 片脚でうまく・ハランスをとって木にもたれかか んでいた。 トリンゲルが言った。「よかろ 「ポーンを Z 6 へ ? 本気か ? 」 「な、やっかいなやつじゃないと言っただろ ? 」 う。ビショップの前のポーンで、このポーンをいただく」 さらに二ゲームが終わると、ビールはなくなり、影が長くなり、 マーティンがナイトを 05 に移動させると、トリンゲルの眼が細 レイルが身じろぎした。 められた。 「来月も会えるかな ? 」 「少なくとも、これはなかなかおもしろいゲームだ」ュニコーンが 「いいとも」 言った。「ポーンでナイトを取る」 「焼き石膏を持って来たか ? 」 「ああ、持って来た」 マーティンはルークを進めた。 「じゃあ、来いよ。ちょっと遠いがいい場所を知っているんだ。こ 「王手」 のへんの藪を人間たちにつつかれたくない。さあ、あんたのために 「なるほど。次の手にはジョッキ三杯分ぐらいの時間がかかりそう 金を稼ぎに行こうぜ」 だ。一杯目をくれないかー 「ビールを買う金か ? 」レイルが翼の下から顔を出して言った。 ビールを飲み、沈思黙考するトリンゲルを見つめながら、マーテ 「来月だ」グレンドが一「ロった。 インも考えに沈んだ。サスク、アッチのような能力のもちぬしを後ろ 「乗ってくか ? 」 盾にしてユニコーンをやつつけることに、彼はいささか気の咎めを 「おれたちふたりを乗っけるのは無理だ」グレンが言った。「もし感じた。ュニコーンは負けるだろうと確信がわいた。彼が黒をとっ 乗せられたとしても、乗る気はないね」 てグレンドを相手にし、このゲームのあらゆる変化手を試したの 「しゃあ、さよなら」 に、そのたびごとに彼は負かされたのだ。トリンゲルは実に強い指 0 5
マーティンはまた酒場の埃をはらい、あちこちを磨きたてた。自たちまち、鍵盤に生命がふぎこまれた。 動ビア / を入れ、床におがくずをまいた。生ビールも新しい樽に代「なかなかいい」トリンゲルが言った。「次の手を見つけたかね えた。古道具屋で見つけてきた時代物のポスターやヘたくそな油絵 ? 」 「見つけた」 を壁にかけた。痰壺を戦略的な位置に配置した。それが終わると、 「では、再開しよう」 カウンターに腰かけ、ミネラル・ウォーターの栓を抜いた。彼はニ マーティンはユニコーンのジョッキにまたビールを注ぎ、テー・フ ュー・メキシコの風がうなりをあげて吹きすぎていくのに、窓ガラ スに砂粒が当たる音に耳をすませた。トリンゲルが人類を絶減させルに持って行った。 る方法を見つけたら、全世界はこんな乾いた、悲しげな音に満ちて「ポーンをに」マーティンが言い、駒を進めた。 しまうのではないか、それともーーー不安な考えだがーー人類の後継「なんだって ? 」 者があらゆるものを朝の国に似た世界に作り変えてしまうのではな「この通りさ」 いかと思った。 「ちょっと待ってくれ。よく考えたい」 その考えに彼はしばらく悩まされた。やがて、彼は立ち上がり ) 「じっくり考えたまえ」 黒がポーンを On に置いたところまでを並べた。カウンターを片「このポーンを取ろう」トリンゲルが言い、ずいぶんたってからビ づけようと振り返ると、おがくずの上を近づいてくる足跡に気づい ールを飲んだ。 こ 0 「じゃあ、このナイトを取る」 しばらくして、 「今晩は、トリンゲル」マーティンは言った。「ご注文は ? 」 「ナイトを 2 に」とトリンゲルが言った。 突然、何の華々しい前ぶれもなく、そこにユニコーンがいた。ュ 「ナイトを 3 に」 ニコーンはカウンターに近づき、片足を真鍮の手すりにおいた。 「いつものやつを」 ずいぶん長い時間がたち、ようやくトリンゲルはナイトを Z 3 に マーティンがビールを出すと、トリンゲルはあたりを見回した。移動させた。 「この酒場は改善されたな、すこし」 グレンドに訊くなんてくそくらえだーーふいにマーティンはそう 思った。この指し手はすでに何十回も指した経験がある。彼はナイ 「そう思ってくれてうれしいよ。音楽を聞きたいかね ? 」 「うん」 トを Z 5 にもっていった。 マーティンはビアノの後ろを手で探り、 トリソゲルがかみつくように言った。 ッテリーで動く小型コ 「曲を変えてくれ ! 」 ンビータのスイッチを見つけた。そのコンビュータはポン。フ機構マーティンは立ち上がり、言われた通りにした。 をコントロールし、その記憶で。ヒアノ・ロールの代用をするのだ。 「その曲もきらいだ。もっとましな曲を見つけるか、さもなくばス 7 4
し手だったが、サスクアッチは盤を使わずチェスができる魔法使い 「次をどうぞ。それとも一カ月かけるかね ? 」 なのだ。これはフェアじゃない。しかし、個人の名誉の問題ではな マーティンは低くうなり、ルークを進めて、ナイトを取った。 いのだとマーティンは自分に言い聞かせ続けた。彼は、不可思議な「そうくるだろうな」 心理操作やコンビ、ータを混乱させることによって第三次世界大戦 トリンゲルはポーンでルークを取った。グレンドがやった最後の の到来をはやめることができる超自然の力に対抗して、自分の種を変化手とは違っていた。しかし : 守るためにゲームをしているのだ。この相手に青けをかけてはなら マーティンはルークを 3 にもっていった。そのとき風がこの よ、つこ 0 子 / 、刀ュ / 荒廃した建物の上空で、そして内部で鋭い叫び声をあげたように思 「二杯目のジョッキをたのな」 マーティンはジョッキを運んだ。ュニコーンがしているように盤「王手」と彼はいった。 面をしっと見つめた。ュニコーンは美しかったーー彼は初めてそれ どうなとなれ ! 彼は心を決めた。おれは自力で終盤戦を乗り切 に気づいた。これまで見たことがないほど美しい生き物だっこ。、 るだけの腕がある。最後までやりぬこう。 ま。フレッシャーは消えうせる寸前で、これまでずっと感じてきたお彼は見つめ、待ち、とうとうトリンゲルがキングをに動かす ばろげな恐怖を感じずに、落ち着いてユニコーンを賞美することがのを見た。 できた。何かが人類のあとを継がねばならないとしたら、この生き彼はビショッ。フをに移動させた。トリンゲルはクイーンを 物にひき継がれれば本望ではなかろうか : 2 に移した。また叫びが聞こえた。今度はずいぶん近くなってい 「三杯目をたのむ」 る。マーティンはビショッ。フでポーンを取った。 「ただいま」 ュニコーンの頭が上がった。しばらく何かに耳をすましているよ トリンゲルはそれを飲みほし、キングを 1 にもっていった。 フ うに見えた。やがて、トリンゲルは頭を下げ、キングでビショッ。 マーティンはすぐに前かがみになり、ルークをに進めた。 を取った。 トリンゲルは顔を上げ、彼をじっと見つめた。 マーティンはルークを Z 3 に移動させた。 「悪くない手だ」 「王手」 マーティンは身もだえしたくなった。ュニコーンの高貴さにうた トリンゲルはキングを 1 に戻した。 れたのだ。できることなら、自分の考えた手でフェアにユニコーン マーティンはルークを 3 に動かした。 を負かしたかった。こんなやり方ではなしに。 「王手」 トリンゲルは盤に視線を戻し、ほとんど無造作な感じで、ナイト・ トリンゲルはキングを Z 2 に進めた。 を 4 に移した。 マーティンはルークを Z 3 に戻した。 っこ 0 5
マーティンはカウンターに近づき、ジョッキにもう一杯お代わり に、″承知した″という意味もあるんだ」 をした。残りを無駄にするのはも 0 たいない。あくる朝にな 0 て、 「ああ、そうだったな。さて、それでは : : : 」 彼はユニコーンがまた来てくれればいいのにと思った。すくなくと トリンゲルはポーンを 0 3 に進めた。 マーティンは眼を丸くした。グレンドの指した手と違う。一瞬、も角だけでも。 ここからは自分だけの考えで手を進めようかと思った。ここまでの 森の中は灰色に煙っていた。彼は岩の上に置いたチェス盤に傘を 彼はグレンドを、たんなるコーチと考えようとしてきたのだった。 彼らを仲間同士で戦わせようというお粗末な考えを、むりやり頭かさしかけていた。葉先から雨だれが落ち、傘に当たるたびに鈍い音 をたてた。盤には、トリンゲルがポーンを 03 に置いたところまで ら追い払おうとしていたのだった。のポーンまでは。そこで、 。グレンドは約東を 並べられていた。マーティンは気がもめた 彼はサスクアッチと戦って負けたゲームを思い出した。 覚えているだろうか、日にちの計算ができるのだろうか : 「ここまでにしよう」彼は言った。「一カ月の猶予をくれ」 「いいとも。おやすみを言う前に、もう一杯飲もうじゃないか。ど「よう」 左のうしろの方のどこかで鼻にかかった声がした。 うだね ? 」 マーティンは振りむき、巨大な足で巨大な根っこを踏みつけてや 「もちろん、いいとも」 ふたりはしばらく話をした。トリンゲルは彼に、朝の国のことやって来るグレンドに気づいた。 ・ヒ 1 ルのこ 太古の森のこと、なだらかにうねる平原、切り立った高い山々、紫「覚えていたな」グレンドが言った。「すばらしい とも覚えているかな ? 」 の海、魔法や神話上の生物の話をしてくれた。 マーティンはかぶりを振った。 「ひとケース抱えてきたよ。ここでパーを開けるほどだぜ」 「なぜそんなにこの地球に来たいのか、理由がさつばりわからない 「ハ 1 とは何だ ? 」 な」マーティンが言った。「そんないい場所に住んでいながら」 「みんなが酒を飲みに行くところだ。雨のかからない場所でーーー・気 トリンゲルは溜息をついた。 分を出すためにちょっと暗くしてあってー・ー・みんなが、大きなカウ 「まあ、グリフィンのむこうを張るため、とでもいうのかな。最近ンターの前のスツールや小さなテ 1 ・フルの前の椅子に座って、おし はそれが流行なんだよ。では、来月まで : : : 」 ゃべりをしたり、音楽を聞いたりして、酒を飲むのだ」 トリンゲルは立ち上がり、うしろを向いた。 「ここにそんなものが開けるのか ? 」 「もう完全にコツをお・ほえたそ。見たまえ ! 」 「いや。ただ、暗くて酒があるってことだけさ、似ているのは。雨 だれの音を音楽だと思ってくれれば、なおいい。おれは物のたとえ ュニコーンの姿が薄れ、輪郭が急に歪み、まっ白になると、消え た。ー・ーまるで残像のように。 として・ハーと言ったんだ」
角を使って飲み過ぎた分を燃焼させ、いつもその状態を保つのだ」 「楽しい一カ月たったか ? 」 「うまい手だな」 「へえ」マーティンが言った。 「まあね」 「 : : : 君が飲み過ぎたときは、わたしの角にちょっと触れたまえ。 「次の手を決めたかね ? 」 君をすぐ正気に戻してあげよう」 「ああ」 「いや、けっこうだ。ご心配なく。では、このポーンをふたます先 「では、ゲームを続けよう」 の女王側のル 1 クの前に進めることにしよう」 マーティンは椅子に座り、ポーンを取った。 トリンゲルが言った。「おもしろい手だ。ここに 「なるほど : : : 」 「フーム、おもしろい手だ」 丿ッキーティックでファンキーなのが トリンゲルは長いあいだ盤をしっと見つめ、先の割れた蹄を、駒はビアノがあるといいね 。何とか手配できないかね ? 」 に近づけた。 「このナイトでビショッ。フを取ることにしよう。さて、次の一手を「ビアノが弾けないんだ」 「それは残念」 考えるため、また一カ月ほしいかね ? 」 「ビアノ弾きを雇うことはできるだろう」 トリンゲルは身体を横に傾け、ビールを飲みほした。 「いや、他の人間に姿を見られたくはないな」 「あんたにお代りをつぐあいだ」マーティンが言った。「考えさせ 「すごくうまいピアノ弾きなら、目隠しをしても演奏できるが」 てくれ」 「いや、もういい」 マーティンは椅子に座り、さらに三回大ジョッキのお代わりをつ ぐあいだ、じっと盤面を見つめ続けた。実を言えば、彼は次の手を「すまん」 「君はなかなか独創的な手を指すな。次回にはまたいい手を思いっ 考えていたわけではない。待っていたのだ。グレンドを相手にした とき、彼もナイトでビショッ。フを取ったのだった。グレンドのつぎいてくるだろう」 マーティンはうなずいた : の応手はちゃんとおぼえている。 「さて」トリンゲルがとうとうロを開いた。何を考えているんだね「こうい「た古い酒場には床におがくずがまいてあるものではない かね ? 」 マ 1 ティンはビールをちょっとすすった。「ほぼわかった」彼は「だと思う」 「それもまたいいものだろうな」 言った。「あんたはおそろしく酒が強いんだねえ」 「チェック」 トリンゲルは笑った。 トリンゲルはぎよっとしたように盤面を見た。 「ユニコーンの角は解毒力がある。この角を持っことは、すなわち 万能の療法だ。わたしはほろ酔いの状態になるまで待つ。それから「 " 承知した。「て意味だよ。 " チ = , ク。には、 " 王手。のほか 3 4
の危険に陥ったことのないわれわれがね。われわれは自分の時代にをとった。その周囲で炎が一秒ほど燃えあがり、消えた。 マーティンはあとずさり、自分を守るように片手をあげた。 還るのだ」 トリンゲル、あんたが何物であれーーあんた「わたしを見るのだ」トリンゲルが言った。「知慧と勇気と美を表 「で、あんたは わす古代のシンポル。そのわたしが君の前に立っているのだ ! 」 は、いま人類が絶滅の危機にあると言うんだな ? 」 「ユニコーンっていうのは白いもんだと思っていたがね」ようやく 「非常な危機にある。だが、君たちにできることは何ひとつない。 マーティンが言った。 そうだろ ? ゲームを続けようじゃないか」 「わたしは原型なのだ」トリンゲルは前足をおろして、答えた。 スフィンクスは飛び立った。マーティンはビールを飲み、ポーン 「そして並以上の美徳をもっている」 をとった。 「例えば ? 」 「おれたちの」やがてマーティンは訊ねた。「後継者は誰になるの かな ? 」 「ゲームを続けよう」 「ロ幅ったい言い方だが」トリンゲルが応した。「君たちのよう「人類の運命はどうなるんだ ? あんたはーー」 な傑出した種の場合は、当然ながら、われわれのなかでもとりわ「 : : : むだ話はあとにしよう」 け愛らしく、とりわけ知的で、とりわけ重要な種でなくちゃならな「人類の破減がむだ話とは思えないが」 「もっとビールはないのか : : : 」 「わかったよ」ュニコーンが近づくのを見て、マ 1 ティンはパッ 「で、あんたは何なんだ ? あんたを見る方法はあるのかね ? 」 「ウムーーーある。すこしわたしが努力すればね」 へと後ずさりした。ュニコーンの眼は淡い色の太陽のようだった。 缶ビールがもちあがり、飲みほされた。そして床に落ちる。それ「まだビールはある」 からテー・フルから離れるカタカタという音がした。マーティンの向 かいの空気が震えはじめ、暗くなり、その中からあるものの輪郭が ゲームからなにかが抜け落ちてしまった。トリンゲルの漆黒の角 大きくなった。輪郭は明るくなりつづけ、その内側は漆のように黒の前に坐ったマ 1 ティンは、針でとめられた昆虫のような気分だっ くなった。その形は動き、酒場を歩きまわった。おびただしい数のた。 / 。 彼よ自分の調子が狂ったのを悟った。ュニコーンを見た瞬間に 小さな蹄の跡が床につき、カタカタとなった。最後に眼もくらむよ。フレッシャーを感じてしまったのだーー・破減の日が迫っている、う うな閃光がはしり、それは全貌をあらわした。マーティンはロをぼんぬんと聞かされれば、なおのことである。それも、そこいらの厭 かんとあけ、眼を丸くした。 世主義者から聞かされたのなら気にもとめないところだが、情報の まっ黒なユニコーンがそここ 冫いた。黄色い眼が戯れるようにきら出所がこれほど特殊だとあっては : りと光った。それは後足で立ちあがり、まるで紋章のようなポーズ先刻までの気分の高揚はどこかに行ってしまった。彼はもはや最 ク 6 3
づきは来月」 ィッチを切ってくれ ! 」 あと三曲ためしたあとで、マーティンはスイッチを切った。 トリンゲルは溜息をついた。 「そう急いで逃げるな。お代わりをたのむよ。この一カ月、君たち 「ビールをもう一杯 ! 」 彼はふたりのジョッキにビールを注いだ。「よろしい」 の世界をさまよったんだが、その話でもしようか , トリンゲルはビショッ。フを 2 にもっていった。 「弱点を探してかね ? 」 この時点でユニコーンに王の入城をさせないのが大事なポイント 「君たちは弱点だらけだ。あれでどうしてやっていけるんだ ? 」 しろ、の だった。そこでマーティンは、ク ィーンを 5 に進めた。トリンゲ 「あんたが考えているよりやっかいな代物なんたよ。なにか忠告は ルは首を締められたような小さな声をあげた。マ , ーティンが目を上 ? 」 げると、ユニコーンの鼻孔から煙が立ちの・ほっていた。 「ビールをたのむ」 「ビールは ? 」 東の空が白みはじめるまで、ふたりは語りあった。やがてマーテ 「たのむー インはひそかにメモをとっている自分に気づいた。夜が明けていく ビールを持って戻ると、トリンゲルがナイトを取るためビショッ につれ、ユニコーンの分析能力に対する讃嘆の念が高まっていっ 。フを動かしたところだった。この局面では他に手はないのだが、彼こ。 はしつくりと駒の配置を研究した。 とうとうふたりは立ち上がった。トリンゲルはよろめいた。 「ビショッ。ヒでビショッ。フを取るーと、、とうとう言った。 「大丈夫か ? 」 「当然の一手だな」 「酔いをさますのを忘れていただけさ。ちょっと失礼。すぐに消え 「ほろよい気分はどうだね ? るから」 トリンゲルはくすくすと笑った。 「待った ! 」 「いまにわかるよ」 「何だ ? 」 また風が吹き始め、轟々と音を立てた。建物がきしんだ。 「おれもその角を使いたい」 「よし」 「そうか、じゃあ、角をつかみたまえ」 トリンゲルが言い、 クイーンをにもっていった。 トリンゲルは頭を下げ、マーティンは角の先を指先でつまんだ。 マーティンは目を丸くした。こいつは何をやっているんだろう ? すぐに、すばらしい、暖かな感覚が彼の体内に満ちた。彼は眼をつ いままでのところは、うまくいっていたが、しかしーーー彼はまた風ぶり、その感覚を楽しんだ。頭はすっきりした。前頭洞ではげしく なった痛みが消えた。筋肉の疲労も消え失せていた。・彼はまた眼を の音に耳をすまし、自分が冒そうとしている危険のことを考えた。 「店を閉めますよ、お客さん」彼は椅子にもたれて、言った。「つあけた。 4
マーティンは徴笑して、白の駒を自分の方に、黒を相手側に並べ 「よろしい」 た。並べおわるとすぐにポーンをに進めた。 ュニコーンは立ちあがり、床を踏みならしこ。、 ナしくっの光が黒 4 トリンゲルのきやしゃな黒い蹄が動いて、キングの前のポーンをい毛皮の上ではねまわり始めた。突然、光は燃えあがり、まるで音 に押しやった。 のない爆発のように四方八方にとびちった。黒い波がそれに続い 「さて、次の手を考えるために、一カ月ほしいかね ? 」 マーティンは答えず、ナイトを 3 にもっていった。トリンゲ マーティンは我知らず壁にもたれかかり、震えていた。眼を覆っ ルはすぐにナイトを 3 に置いた。 ていた手をさげると、自分ひとりしかいなかったーー、あと、騎士と ビショッ・フ マーティンはビールを飲み、僧正を Z 5 に進めた。ュニコーンは僧正と王と女王と、彼らの城と王の兵士がいるばかり。 もうひとつのナイトを 3 においた。マーティンはすぐに王を人城彼は立ち去った。 させ、トリンゲルはナイトでポーンをとった。 「われわれは生き残れると思う」マーティンがだしぬけにいった。 三日後、マーティンは小型トラックで戻ってきた。トラックには 「もし、あんたが手出しさえせずにいてくれたらな。これまでも人発電機、材木、窓、電動工具、ペンキ、オイル・スティン、掃除 類は失敗を教訓冫 こしてきたんだーーー時がくれば」 機、ワックスなどが積みこまれていた。彼は埃をはたき、掃除機を イン・ダイム 「神話の生物は、正確には時の中に存在していない。君たちの世界かけ、腐った板を張りかえた。窓をはめた。真鍮をびかびかになる は特別な例外だよ」 まで磨いた。オイル・スティンを塗り、こすった。床にワックスを 「あんたたちはミスをおかすことがないのか ? 」 かけ、磨いた。彼は穴をふさぎ、グラスを洗った。ゴミをすべて放 「われわれのおかすミスは、いつもなんというか、詩的なんだよ」りだした。 マーティンはうなり声をあげ、ポーンをに進めた。トリンゲ荒廃した家を酒場らしい外見に戻すのに、一週間近くかかった。 ルはすぐに応じて、ナイトを 03 にもっていった。 それから、借りた道具をすべて車に積みこんで返したあと、北西部 「ここで休みだ」マーティンは言って、立ちあがった。「頭がカッ 行きの切符を買った。 力してきた。ゲームにひびくとまずい」 大きな、湿った森林がもうひとつのお気に入りの場所だった。そ 「では、行くのかね ? 」 こでハイキングや考えごとをするのだ。彼はまったく違う風景を捜 「ああ」 し求めていた。次の一手が明らかでないというわけではない。だ ノ。ハックを擱んだ。 が、なにかが気にかかっていた : 「一カ月後にここできみと会うわけだな ? 」 これが単なるゲームではないことを彼は知っていた。なにより 「そうだ」 も、心の準備ができるまで、彼は木蔭でうたた寝し、きれいな空気 こ 0
「このレイルはおれの友達だ」グレンドが言った。「彼はグリフィ 「それには気づいていたよ」 マーティンはくちばしと黄金の翼をもった生物にうなずいた。 「会えてうれしいよ、レイル」 「おれもだ」相手はかん高い声で応じた。「ビールはあるか ? 」 ああーーあるとも」 「彼にビールのことを話したんだよ」グレンドが弁解するように言 った。「彼にはおれの分を少しやるつもりだ。彼はゲ】ムに横から ロ出しをしたりはしないから」 「いいとも。あんたの友達なら・ーー・」 「ビールだ ! 」レイルが叫んだ。「・ハ】だ ! 」 「彼はあんまり頭がよくないんだ」グレンドが小声で言った。「だ が、人づきあいのいいやつだよ。うまく調子を合わせてくれない か」 マーティンは最初の半ダースを開け、グリフィンとサスクアッチ にビールを渡した。レイルはすぐに自分の角で缶に穴を開け、ポン と音をたてさせると、ゲップをし、鉤爪を前に出した。 「ビールだ ! 」彼は金切り声を上げた。「もっとビールだ ! 」 マーティンは次のひと缶を渡した。 「おい、あんたはまだ最初のゲームにこだわっているのか」グレン 「ありがーーー」 トリンゲルはすでに姿を消していた。彼がつまんでいるのは、た だの空気だった。 「ーーとう」 ドが盤面を見ながら言った。「フム、それはおもしろい手だな」 グレンドはビールを飲み、盤をじっくりと見た。 「今日は雨が降っていなくてよかった」マーティンが言った。 「まもなく降るよ。ちょっと待ってくれ」 「もっとビールを ! 」レイルが叫んだ。 マーティンはそちらを見もせずに缶ビールを渡した。 「ポーンを Z 6 に進めるね」グレンドが言った。 「からかっているのか ? 」 フの前のポーンでそのポ 「いいや。そうすればあんたは、ビショッ。 ーンを取るだろう。どうだね ? 」 マーティンは手を伸ばし、その通りにした。 「オーケイ。それではこのナイトを 0 5 に移そう」 マーティンはそのナイトをポーンで取った。 グレンドはルークを 1 に移動させた。 「王手」グレンドが宣言した。 「そうか。そういうことなのか」 グレンドはくすくすと笑った。 「このゲームはまたおれの勝ちだな」 「そうよ、 ーしかないぜ」 「ビールは ? 」レイルが低い声で言った。 「あるとも」 缶ビールを渡すとき、グリフィンが木の幹に寄りかかっているの に気づいた。 数分後、マーティンはキングを 1 に移した。 「ああ、そうくるだろうと思っていたよ」グレンドが言った。「知 9 4
ランス日ガスリッジ ・シャンペーン」 "BIue Cham ・ pagne" ジョン・ヴァー丿イ 「指抜きがあって、フォークと希望があ◎ネビラ賞 って」 "With ThimbIes, With Forks 〈ノヴェル〉 And Hope ・ ) ケイト・ウイルヘルム 『調停者の爪』ジーン・ウルフ 「真の名前」 "True Names" ヴァーナ 『根底』え aA ・ << ・アタナシオ ・ヴィンジ 『吸血鬼つづれ織り』 The ミ ~ 「出現」 "Emergence" デヴィッド・ ・マッキー・チャー 7 、、スージー ナス 〈ノヴェレット〉 『リトル、ビッグ』ジョン・クロウリー 「ユニコーン・ヴァリエーション」ロジャ ウォーカー』 R ミミ 6 ・ゼラズニイ ( 本号掲載 ) 、ミ、・ラッセル・ホー・ハン 「守護者」 "Guardians" ジョージ・ 『多彩の地』ジュリアン・メイ 説 ・・マーティン 〈ノヴェラ〉 解 集 「八月の上昇気流」エドワード・・フライ「土星ゲーム」ポール・アンダースン アント ( 本号掲載 ) 「スウォーマ 1 スキマー」 "Swamer, Skimmer こグレゴリー 「灯のともる時ー "The Fire lt Comes" べンフォード ーク・ゴドウイン 「記億喪失」 "Amnesia" ジャック・ダ ュ ビ 「胎動」マイクル・ビショッ。フ 〈ショート・ストーリイ〉 「西部の伝説に」フィリス・アイゼンシ ュタイン 「。フッシャー」ジョン・ヴァーリイ ( 本号 ゴ掲載 ) 「真の名前」ヴァ 1 ナー・ヴィンジ 「ユニコーンが愛した女」 "The Wo- 「冬の浜辺」 "The Winter Beech" ケ ュ man Who The Unicorn Loved" ジー イト・ウイルヘルム ヒ ン・ウルフ 〈ノヴェレット〉 年 「しばし平和の眠りより遠ざかり : ・」ソ 「胎動」 "The Quickening" マイクル・ ビショッ。フ ムトウ・スチャリトクル ( 本号掲載 ) 「沈黙」 "The Quiet こジョージ・フロ 「海のとりかえ子」 "Sea Changeling" ミルドレッド・ダウニイ・・フロクスン 「八月の上昇気流」エド・・フライアント 「灯のともる時」パーク・ゴドウイン 「舞台のくちづけ」 "Mummer Kiss" マイクル・スワニック 「リリロスーーキンタナーロウの物語」 "Liriros: A Tale 0f the Quintana R00 こ ジェイムズ・テイプトリー 〈ショート・ストーリイ〉 「骨のフルート」 "The Bone Flute" リ サ・タトル 「潜行」 "Going Under" ジャック・ダ ン 「使徒」 "Disciples" ガ・ナ ア 「沈黙」ジョージ・フロランス " ガスリ 「記億者ジョニー」 "Johnny Mnemon- ic" ウィリアム・ギブスン 「沈んだべニス」 "Venice Drowed" キ ム・スタンリー・ ロビンスン 「ジーク」 "Zeke" ティモシー・ g4 ・サ リヴァン 「ブッシャー」ジョン・ヴァ 1 リイ なお、短篇個々の内容については、『 の本』 2 号 ( 新時代社 ) に解説されてい るので、ここでは省きました。