しゃべらない。三人はメキシコの聖日の。ハレード の出場者を思い起に置いた。 その死神は仲間の方に向き直った。なにやらひそひそと相談して させた。 死神二人が混雑する店内を眺め回した。もう一人は私をじっと見いるのが聞える。それから三人そろってカウンターを離れた。彼ら 「いい厄介払 ている。私はビールをかかげて見せて、無言でお返しの乾杯をしがドアのところまで行った時、バーテンはわめいた。 こ 0 いだ。ちきしようめ ! 」彼はレジスターに向かう途中、私の前を通 ったが、その時声を低くして言うのが聞こえた。「まったく、ゾッ 「そこのみなさん ! なにかさしあげますか ? 」今夜出ているその とするわい」 ーテンは店のオーナーの一人だった。ドラゴン大会が開幕したの 「おたくのお友だち ? 」 で、ありったけの人手を動員して客を応待しなくてはならないの : 、こ。よいってくるところは見 だ。三つの髑髏の = タ = タ笑いは・ ( ーテンに向けられた。ひとこと振り向くと、〈ィリーとラークカしナ かけなかった。「あたしたちのお友たちよ」と、肩をすくめると、 も口をきかない。 「気味がわるーい」と、ヘイリー ちょっと間があって、やがてオーナーは言った。「いいかね、こ 「すげえお面だな」と、ラーク。 こは金を払うお客のための店だよ。なにか飲むかね ? 」 「ビール、飲む ? 」 黒い長衣をまとった三人はカウンター越しにオーナーの方にぬっ と身を乗り出した。オーナーは逃げ腰になった。「飲むか、それと「もうやってるよ。ゴムの木の裏のテー・フルだ。いっしょにどう ? 」 え、けっこう。いまのと 私は最後の一口をぐいとあけた。「いし も、出て行くかだ」 ころはね。もっと飲む前にいい空気を吸ってこようと思って。いっ 死の静寂。 オーナーは、多勢に無勢と見てとったらしい。「くそったれ」としょにくる ? 」 ラークは首を振った。「おれたちはいい空気をもっと吸う前に、 呟くと、カウンターの端に近づいてきた新しい客を応待しに行って しまった。その時、いちばん向こうの死神が忍び笑いをするのを聞もう少し飲まなくちゃ」 いたような気がする。いちばん近くのが、またしても私の方に向き「じや二人とも、またあとでね。あたしは空気が必要なの」私は綿 アメ細工の髑髏をつまみ上げて、頤のあたりを噛りながら、人ご 直った。私もいま一度グラスを上げて乾杯した。 アイリー その死神は、象牙色のメーキャツ。フをほどこした手を長衣の蔭のみを押し分けて外へ出た。 ポケットにつつこみ、なにやら引っぱり出してきた。それからその外は昨夜より暖かだった。雲がかかっている。朝にはサン・フワ 手をこっちに差し出した。私は綿アメ細工の小さな髑髏を受け取っン山脈の頂きはびっしり雪をかぶっているのじゃないかと思う。フ ーを上げ、まるめた拳をポケット 6 た。これもメキシコの宗教的祝祭にゆかりのあるものだ。私はうやライト・ジャケットの前のジッパ を着陸場に向かう。 うやしく頭を下げて、それからその髑髏のキャンディをグラスの横に突っこんだ。右へ折れ、メイン・ストリート
「えーと このグレンドはおれのチェスのコーチなんだ」 「王手」 トリンゲルはキノグを 1 にした。眠を上げ、彼を見つめて歯「ははあ ! それでわかってきたそ」 「本当にわかったとは思えないがね。だが、その前に、みんなに酒 を見せた。 「引き分けのようだな」ュニコーンが言った。「もう一番やるかねを配らせてくれ」 マーティンはビアノの方を向き、みんなのグラスを用意した。 「どうしてここがわかったんだ ? 」グラスを整えながら、マーティ 「ああ。だが、人類の運命を賭けたくはない」 「そのことは忘れろ。わたしはもうずっと前にあぎらめていたよ。 ンはグレンドに訊いた。「どうやってここに来た ? 」 結局、この地球には住みたくないと決めたんだ。わたしのような好「それがなあ・ : : ・」グレンドは当惑しているようだった。「レイル があんたのあとをつけたんだ」 みのうるさいものに、ここは向かない。 この酒場は別だが」 トリンゲルが顔を回したとき、ドアの向こう「ジェット機のあとを追ったのか ? 」 でまた叫びが聞こえ、それに続いて奇妙な声がした。「あれは何だ「グリフィンは超自然的に速いのだ」 「なるほど」 「とにかく、彼は親戚とおれの仲間にパーのことを話したんだ。グ 「わからん」マーティンが答え、立ち上がった。 ドアが開き、金色のグリフィンが入ってきた。 リフィンどもがあんたを訪ねる気になったので、おれたちも彼らに 「ビーレ。こー 「マーティン ! 」グリフィンは叫んだ。 ールだ面倒をおこさせないため、一緒に行った方がいいと思った。で、彼 らはおれたちを連れてきてくれたのだ」 「ああ トリンゲル、こちらはレイルだ。そして、そしてーーー」 「なるーーーほど。おもしろい さらに三匹のグリフィンが入って来た。そのあとからグレンドが「あんたがユニコーンみたいな手を指すのも不思議しゃない。すべ ヴァリエーショ / やって来て、さらに三人の仲間が続いた。 ての変化手を試したあのゲームだよ」 「ーーーそして、こっちはグレンドだ」マーティンはおどおどしなが「ああーーまあね」 ら紹介した。「他の人の名前は知らない」 マーティンは向きを変え、カウンターの端に歩いて行った。 彼らはみな立ちどまり、ユニコ】ンを見た。 「ようこそ、みなさん」と、彼は言った。「ちょっとした知らせが 「トリンゲル」サスクアッチのひとりが言った。「あんたはまだ朝あるんだ。トリンゲル、あんたはしばらく前、生態系や都市の災 の国にいると思っていたよ」 害、それからもっと小さな危険について、いろいろ観察を話してく 「ある意味では、まだあっちにいるんだ。マーティン、どうしてわれた。また、そうした危険のいくつかを排除できる方法もな」 「思い出したよ」ュニコーンが言った。 たしの同郷人と知り合ったのだね ? 」 2 5
十一時をまわるころ、おれは目覚めた。ゲイルが窮屈そうに身じら。ときどきは八時より一時間かそこらも前に来て、ただぶらぶら ろぎした。おれたちは機械のように愛しあった。厚さ数ミクロンのしているの。いま泊っているところには、おもしろいものなんか何 6 生きた光の膜が二人のあいだをかけぬけ、はかない妖しい模様を織もないから」声はほんとに小さく、・フン・フンいう唸りをパックにし りなしてゆく。まるで自分がからつぼの、透明な、無意味な存在にては聞きとれないくらいだった。 なってしまったようだった。 「行先はどこなんだい ? 」 「ヘイヴァータウン、。ヘンシルヴェニアの。あなたの知らない町 よ」知らない町だ。「フィラデルフィアのペッドタウンという感じ 4 ね」ェイミーは親切に説明してくれた。「両親が住んでるの」 「ドーナッおごろうか ? 」 ・シェクターに会ったのはグランド・ セントラル駅だっ た。おれは秋の夜をぬけ、冬の身を切るようなプリザードの朝の中「冗談でしよう ! 」彼女はけたけた笑い、すぐ真顔にもどると、目 線を落とし、スタイロフォーム・カツ。フに落ちた仮想の虫を観察し に出た おれたちはドーナツ・スタンドの前に立っていた。ひょわで頼りた。やがておれに背をむけ、くしやくしゃの古いコートを細いから なげな姿に気づいて目をやると、彼女は冷たくなったコーヒーの力だにたくしよせると、カップをにぎりつぶし、屑かごに投げこん ツ。フをのそいていた。前にも顔を合わせているが、今朝は二人きり 「おい、行くなよー まだ一時間はあるしゃないか。それまでー だった。不意に彼女はおれを見上げた。その目は茶色でうつろだっ こ 0 「あら、遊んで逃げようというわけ ? おあいにくさま」 「おはよう、エイミー」 「よし、ほんとにドーナツをおごるよ」 「それくらいなら、おっきあいするわ。ロマンチックな思い出とい いやらしい唸りにみちた沈黙が、おれたちのあいだにおりた。 すこしのあいだ、エイミーの白い息がふくらんでは流れてゆくのうやつね」彼女はシニカルにつけ加えた。「どっちみち夕食のころ は、もう生きていないんだけど」 を眺めているだけだった。会話をかわしたいと思ったが、ことばが 「はん ? 」 出てこない。 「わたしと話してくださる ? だれも話しかけてくれないの。みん彼女はからだを寄せてきた。うすよごれたカウンターに二人でも な、変なふうに尻ごみしちゃって」 たれ、ほとんど触れあいそうなくらいに近づいていた。「わたし、 よ、つこ。 「どうそ」 幽霊なの」とエイミー 「わたし、もう五年もここに立ってるわ。列車が入るのを待ちなが「よくわからないな」
いる。そして、壁そのものの表面では、小さなプラズモイドが大きな変化は苦にならなかった。建物は世界のたんなる家具でしかな な。フラズモイドに成長していく。その過程は目に見えないほどのろく、それがどんなふうに並んでいようと、気にはならない。それよ 0 ~ 、癶」しカ 、 : 、ほうっておくと、そのかさぶたがまもなくエンジンに悪りも、彼がクソをもらしそうなほど心配なのは、、 4 さな変化だっ 影響を与える。彼の仕事は、そのかさぶたを掻きとることだった。 た。たとえば、耳だ。いま、ここで目につく人間の中で、耳たぶが あるものはほとんどない。い つも地球へ帰ってくるたびに、彼は木 だれもが宇宙航法士になれるわけではない。 それがどうなんだ ? これもまっとうな仕事じゃないか。彼が自から落ちたサルのような気分になる。そのうちに、ある日帰ってみ 分の進むべき道を選んだのは、もうずっと前だった。の引きに身ると、だれも目がついていたり、指が六本生えていたりするのでは ・フッシュ をゆだねて暮らすのも人生なら、 o を後押しして暮らすのも人生。なかろうか。それとも、幼い女の子が、もう冒険のお話を聞きたが 疲れたらをつかむ。もし。フッシャーになにかの掟があるとすれらなくなっているのでは ? 彼は身震いしながらそこに立ち、人びとの化粧のしかたに自分を ば、それだけだ。 ()? 懃 7 くり眠る」意味 。フラズモイドは赤い結晶体で、涙滴形をしていた。彼がそれを壁慣らしながら、まわりでやりとりされているス。ヘイン語らしい言葉 から掻きとると、平べったい一面が現われる。その中は、太陽の中に聞きいった。ときおり、英語やアラビア語の単語が、薬味のよう にいりまじっている。彼は仲間の腕をとらえて、ここはどこなのか 、いのように熱い、液状の光でいつばい三つこ。 とたずねた。相手も知らなかった。そこで船長にたずねると、彼女 船から降りると、いつも気疲れがする。。フッシャ 1 の多くは、船はアルゼンチンだと答えた。すくなくとも、このまえにきたときは そういう名の土地だった、と。 から降りない。いまに彼もそうなるだろう。 彼は突っ立ったまま、しばらく全景をながめていた。最初は受け 身になってそこに浸りきり、変化に慣れることが必要なのだ。大き電話ボックスは前より小さくなっていた。なぜだろうと彼はいぶ かしんだ。 手帳には四つの名前が並んでいた。電話の前に坐って、彼はどの 名前からはじめようかと考えた。彼の目はレイディアント・シャイ ニングスター ・スミスにひきつけられたので、その名前を電話機に パンチすることにした。電話番号と、ノボシビルスクの住所がスク リーンに出た。 持ってきた時刻表を調べーー、電話をかけるのはあとまわしにして たいせき 彼は対蹠地連絡シャトルが、毎時きっかりに出発していること
マーティンはカウンターに近づき、ジョッキにもう一杯お代わり に、″承知した″という意味もあるんだ」 をした。残りを無駄にするのはも 0 たいない。あくる朝にな 0 て、 「ああ、そうだったな。さて、それでは : : : 」 彼はユニコーンがまた来てくれればいいのにと思った。すくなくと トリンゲルはポーンを 0 3 に進めた。 マーティンは眼を丸くした。グレンドの指した手と違う。一瞬、も角だけでも。 ここからは自分だけの考えで手を進めようかと思った。ここまでの 森の中は灰色に煙っていた。彼は岩の上に置いたチェス盤に傘を 彼はグレンドを、たんなるコーチと考えようとしてきたのだった。 彼らを仲間同士で戦わせようというお粗末な考えを、むりやり頭かさしかけていた。葉先から雨だれが落ち、傘に当たるたびに鈍い音 をたてた。盤には、トリンゲルがポーンを 03 に置いたところまで ら追い払おうとしていたのだった。のポーンまでは。そこで、 。グレンドは約東を 並べられていた。マーティンは気がもめた 彼はサスクアッチと戦って負けたゲームを思い出した。 覚えているだろうか、日にちの計算ができるのだろうか : 「ここまでにしよう」彼は言った。「一カ月の猶予をくれ」 「いいとも。おやすみを言う前に、もう一杯飲もうじゃないか。ど「よう」 左のうしろの方のどこかで鼻にかかった声がした。 うだね ? 」 マーティンは振りむき、巨大な足で巨大な根っこを踏みつけてや 「もちろん、いいとも」 ふたりはしばらく話をした。トリンゲルは彼に、朝の国のことやって来るグレンドに気づいた。 ・ヒ 1 ルのこ 太古の森のこと、なだらかにうねる平原、切り立った高い山々、紫「覚えていたな」グレンドが言った。「すばらしい とも覚えているかな ? 」 の海、魔法や神話上の生物の話をしてくれた。 マーティンはかぶりを振った。 「ひとケース抱えてきたよ。ここでパーを開けるほどだぜ」 「なぜそんなにこの地球に来たいのか、理由がさつばりわからない 「ハ 1 とは何だ ? 」 な」マーティンが言った。「そんないい場所に住んでいながら」 「みんなが酒を飲みに行くところだ。雨のかからない場所でーーー・気 トリンゲルは溜息をついた。 分を出すためにちょっと暗くしてあってー・ー・みんなが、大きなカウ 「まあ、グリフィンのむこうを張るため、とでもいうのかな。最近ンターの前のスツールや小さなテ 1 ・フルの前の椅子に座って、おし はそれが流行なんだよ。では、来月まで : : : 」 ゃべりをしたり、音楽を聞いたりして、酒を飲むのだ」 トリンゲルは立ち上がり、うしろを向いた。 「ここにそんなものが開けるのか ? 」 「もう完全にコツをお・ほえたそ。見たまえ ! 」 「いや。ただ、暗くて酒があるってことだけさ、似ているのは。雨 だれの音を音楽だと思ってくれれば、なおいい。おれは物のたとえ ュニコーンの姿が薄れ、輪郭が急に歪み、まっ白になると、消え た。ー・ーまるで残像のように。 として・ハーと言ったんだ」
異形の炎とも見えるそれは、すばやい、優雅な身のこなしで移動知るだろうように、それもまたそれらのことを知っていた。 それは凍りついたように立ちどまった。左前方から予期せぬ小さ した。嵐に吹き飛ばされた夜の雲のように存在をあらわにしたり、 消したりした。あるいは、炎と炎のあいだの闇のほうが、それの真な音が聞こえてきたのだ。そのとき、それはふたたび存在をあらわ にしつつあるところだったのだが、そこで輪郭を解放した。輪郭は の性質に近いかもしれない 黒い灰が渦を巻き、読まれなかった 本のページのように、あるいはまた歌の音と音のあいだの静寂のよ地獄の虹のようにすみやかに消えていった。しかし、姿を消して、 うに空虚だが充たされた建物の背後の涸れ谷に吹く風にのり、踊るも、むきだしの存在感だけは残った。 見えなくなったが、存在し、力強いそれはまた移動した。手引き ようなリズムで集まってきた。 されるように。前方。左。風雨にさらされた板にかすれかけた文字 また去り、また来たり、また 力、というべきか ? そう、おのれの時代の前あるいは後に ( あで″酒場″と記された奥。スイング・ドアを抜けて ( ドアの片方は るいは、前後ともに ) 出現しようとするとき、そこには途方もない蝶番がはずれて斜めにぶらさがっていた ) 。 力が必要になる。 止まり、見回す。 消え、あらわれながら、それは、暖かい午後を進んでいく。 ーのカウンター。埃だらけだ。カウンターの奥に割れた 足跡右手に。 ( は風にかき消されるーーーっまり、足跡がある場合は、・こ ; 。 鏡。空瓶。割れた瓶。真鍮の手すり。黒く錆がこびりついている。 理由は いつでもひとつは理由があるものだ。あるいは複数の左とうしろにテーブル。修理の程度はさまざまだ。 理由が。 一人の男がいちばんいい席に坐っていた。背中をドアに向けてい だが、な・せそこ それは、なぜ存在しているかを知っていた る丿ーヴァイスのジーンズ。ハイキング・プーツ。色褪せた青い に、その場所に存在しているかは知らない。 シャツ。左手の壁に緑の・ハックパック。 それは間もなく理由を知ることができるものと期待して、荒れ果男の前のテー・フルの上は、色あせたチ = ス盤になっている。染み てた古い街路に近づいた。しかし、前からあるいは後から理由がわ がっき、掻き傷だらけで、市松模様はほとんどかすれてしまってい かることがあるのも知っていた。だが、たしかにそこには吸引力がる。 あり、それを存在させている力が、いやおうなくそこに近づかせ 男が駒を出した引出しはまだすこし開いたままだ。 息をせず、血液が循環せず、ある程度一定の体温を維持できなけ 建物はすり切れ、荒廃し、いくつかは倒壊していた。どれにも隙れば、死んでしまう。それとおなじで、男はかって戦ったいい試合 間があり、埃つぼく、空虚だった。床板のあいだから雑草がのびてを並べなおしたり、チ = スの問題を解いたりせずにはいられないの ・こっこ 0 いた。垂木のうえには小鳥が巣をつくっていた。野性の獣の糞がい たるところにあった。もし顔を会わせれば、それらがそれのことを訪問者はさらに近づいた。埃のうえに新しい足跡をつけているか 3 3
が : : : それはあまり長くはつづかなかった。半年かそこらで、ト く、闘争本能も強烈だということであった。人間たちは、そういう レックス家からその。フ・ハオヌの男はいなくなった。テゴが何かで怒使用人としては不適当な資質を持っ存在をいやがって、面倒をおこ す前に事故を装って河へ突き落したり、追い払ったりするのだとも って、追い出したのだとの話だった。 ・こ、ぶ経ってから、テゴは子供を産んだ。女の子で : : : ドゴと名いう。 たしかにドゴは、トズトーなのかも知れなかった。そうとしか思 づけられた。もちろん本当はドゴだけではなく、プ・ハオヌ風のやや えない点が多過ぎるのだ。 こしい名を持っていたのだろうが・ : : ・彼は、ドゴとしか知らない。 そのことは、トレックス家の当主にもわかっていたであろう。わ トレックス家のテゴの住居で育つうちに、ドゴは、他のプ・ハオヌ の子供たちとはだいぶ違っていることが、はっきりして来た。おそかりながらも知らん顔をしてテゴに育てさせていたのは、当主が優 ろしく敏捷な上に、悪知恵にたけていて、養育院の連中を相手にししい人間で、プ・ ( オヌを人間よりも一段下のものとして見ることを 肯じなかったからに相違ない。そして近所の人たちも、それはトレ ても、決して魚けていなかったのだ。それに、女の子だというのに ひどく痩せていた。 その時分には彼は養育院の中でもだいぶ年上の少年になっていた グランデ 5 階 0 マンガまつり から、前ほどしげしげとトレックス家に行かないようになっていた ブックマート 3 階 ドゴに持っているものを奪 ものの : : : 養育院の小さな子供たちが、 われたり、泣かされたりして帰って来るのを、よく見たものであ : グランデ 5 階 0 鉄道図書まつり・ る。 7 月日囹 58 月引日水 ドゴがトズトーだ、というのは、誰がいい出したのだろうか。 ある日、学校から帰る途中、トレックス家の前を通りかかった彼 学 は、養育院の子供たちが集まって、 ップ築化職会庫童 「ドゴはトズトー、ドゴはトズトー」 と、はやし立てているのに遭遇した。 学機生経教詩家 そのころには彼はすでに、プ・ハオヌのトズトーというものについ 誕 . ンック噺「、グ 2 田 3 典気笋衛学学術 て、ある程度の知識を持っていた。プ・ハオヌの中には、ほんのとき 下「文文泉」辞電医法哲文 といっても、ト たま、トズトーなるものが出現する。かれらは 台皆階階階階料・ 新圭日 321 地 , 654321 ズト 1 は女に限られるから、彼女たちと表現すべきかも知れないが : ・彼女たちは、一般の。フ・ハオヌとはまるで違っていて、頭が良 3 2
と光った。 を吸い、散歩をしたかった。 「白のポーンで敵のポーンを取るべきだな」低く鼻にかかった声で 巨木のごっごっした根に寄りかかって、彼は。 ( ックから小さなチ エスのセットを取りだし、近くに引っぱってきた岩の上にそれを広言った。 「ビショッ。フでナイト げた。小糠雨が降っていたが、いまのところ、木が傘の代わりをし「 ( ア ? 何だって」マーティンが言った。 てくれている。彼はトリンゲルがナイトをに引いたところまでを取るんじゃないのか」 の序盤を並べなおした。ビシ「〉。フでナイトをとるのがいちばん単「こ 0 ちに黒を持たせて、その手でや「てみるかい ? こてんばん にのしてやるぜ」 純な手だった。しかし彼はそうしなかった。 マーティンは相手の足を見た。 彼はしばらく盤面を見つめた。まぶたが垂れさがってくるのを感 じた。眼を閉し、うたた寝した。ほんの数分のことだ「たかもしれ「・・ : : それともこ 0 ちを白にして、そのポーンを取らせるかい ? それでも負かしてやる」 ない。あとになっても、確信がなかった。 何かで彼は眼をさました。それが何なのかわからなか「た。何度「白を取れよ」「ーティンが身体を伸ばして言「た。「腕前のほど を見せてもらおうじゃないか」彼は。 ( ックに手を伸ばした。「ビー かまばたきをし、また眼を閉じた。やがて、はっと眼を開いた。 こっくりこっくりしていたので、眼は下を向いていた。眼は、毛ルを飲むかい ? 」 「ビールとは何だ ? 」 むくしやらの、なにも履いていない大きな足に釘づけになった。こ れまで見たこともないような大きな足だ「た。足は彼の前でびくり「気晴らしの助けになるものさ。ちょ「と待「てくれ」 二人で六缶人りのパックを片づける前に、サスクアッチーー、・・グレ とも動かず、彼の右の方を向いていた。 はマーティンを打ち負 マーティンは視線をあげンドという名前だとマーティンは知った とてもゆっくりと ゆっくりと かしていた。グレンドはすばやくものすごい中盤戦に入り、マーテ た。そんなに上まであげなくてもすんだ。その生物は背丈が四フィ インの防御をしだいしだいに崩していき、詰めの地点に追いつめ 1 ト半ほどしかなかったのだ。そいつは彼ではなくチ = ス盤を見て て、試合を放棄させた。 いたので、マーティンにはじっくり観察する余裕があった。 そいつは服を着ていなかったが、毛がもじゃもじゃとはえてお「すごい試合だった、 マ 1 ティンは言い、木の根に寄りかかって、眠前の猿に似た顔を り、焦げ茶色の毛皮の下には筋肉が盛りあがっているようだった。 しっと見た。 額は狭く、奥に引っこんだ眼窩は、その毛によくマッチしていた。 肩はが「しりとしており、親指が他の四本と向かいあわせにな 0 た「ああ、おれたち大足族はチ = スがうまいんだ。それがおれたちの 唯一の気睛らしだが、おれたちはひどく原始的なもんだから、チ = 五本指の手をもっていた。 、よ頁の中だけでチェスをす そいつは急にふりむき、彼を見た。ま「白い何本もの憎がきらりス盤や駒もあまりないのだ。たし力し。豆 4
もしれない。しかし、誰も気づかなかった。 訪問者もチェスができた。 訪問者は、男が彼のこれまでに戦ったおそらく最良のゲームをや り直すのを見つめた。七年前に世界大会での予選で戦ったゲームで ロジャー・ゼラズ一一イ ある。そのあと、彼は緊張しすぎて失敗したのだーー自分がそこま 0 erZe ぶいさ で戦えたのがむしろ意外なほどーー・あれだけの。フレッシャーのもと で、あんなにうまく戦えたことはなかったのである。しかし、彼は ー「チェスと幻想小説との熱烈な いつもそのゲームだけを誇りに思い、それを追体験しているのだっ 出会いは、すくなくともルイス た。すべての感受性の強い生物が自分の一生の転回点をふたたび生 ・キャロルの昔にさかの・ほるこ 、とができ、その交流はいまもな きるように。おそらく、二十分ばかりのあいだ、誰も彼を邪魔でき お連綿とつづいている」 なかったろう。あのときの彼は輝き、純粋で、厳然とし、澄みわた 〈・ハーサーカー〉や〈東の帝 っていた。訪問者は最高の気分だった。 国〉のシリーズで有名なフレッ 訪問者は盤の反対側に位置をとり、じっと見つめた。男はゲーム ド・セイ・ハーへーゲンは、 . 最近 を終わったところで、微笑していた。やがて彼は駒をまた並べた。 彼の編んだ "Pawn to lnfini ・ ty" というアンソロジーの序文で、そういっている。これはチェス 立ちあがり 、・ ( ックから缶ビールをとりだした。ポンとふたをあけ を扱った新旧のとファンタジイの名作を集めたものだが、ゼラ ズニイのこの中篇がそこに収録されていることはいうまでもない。 テー・フルに戻ると、白のキングの前の歩がの 4 に進んでいるの もともとはアシモフズ・マガジンの八一年四月号に掲載されたも に気づいた。男は眉をよせた。彼は頭をまわした。カウンターのな の。ヒュ ーゴ 1 中篇賞を獲得したほか、玄人筋の投票するローカス 賞中篇部門でも、僅差でマーティンの "Guardians" に敗れたもの かを見たが、汚れた鏡に不思議そうな自分の顔があるばかりだっ の、三位以下に大きく水をあけて堂々の二位。この洗練されたユー た。テー・フルの下を見た。ビールをごくりと飲み、椅子に坐った。 モラスな味わいは、ゼラズニイ独特のものだ。 彼は手をのばし、自分のポーンをの 4 にもっていった。と、白 ( 浅倉久志 ) のキング側の騎士がゆっくりと宙にもちあがり、前に漂っていって に置かれるのを見た。男は長いこと盤のむこうのなにもない相手がいないことをほとんど忘れていた。彼は手をとめて、ビ】ル 空間を見つめてから、自分のナイトをに置いた。 を飲んだ。 が、ビールをテー・フルに置くやいなや、缶はまた宙に浮 白のナイトが男のポーンをとった。男は異常な事態を忘れて、ポき、盤のむこうに行って底を上に向けた。すぐに喉をならす音がし 1 ンをに進めた。白のナイトがに戻ったときには、男は た。缶は床に落ち、はずんで空虚な音をたてた。 こ 0 ナイト 4 3
「もうひと勝負やるかね ? 」 「なるほど。だが、訪ねてみてもよさそうな場所だ」 「ああ。傘をチェス盤の上にさしかけていてくれないか。できるだ午後は徐々に過ぎていった。。フレッシャーは消えた。そのゲーム 4 は純粋に楽しみのためのゲームだった。マーティンは大胆な手を指 け。ハーに似たものを作るから」 「いいとも。おい、これはこの前やったゲームの変化形みたいだし、ずっと先まで敵の手が見通せた。かって、やはりこんな日があ 「そうだ。この前のようにではなく、こんな風にやったらどうだろ「スティルメイトだ」だいぶたってからグレンドが宣言した。「だ が、いい勝負だった。かなり上達したな」 うなと思ったんだ」 「すいぶんリラックスしていたからね。もう一番どうだ ? 」 「フーム。こいつは : : : 」 マーティンはパックから半ダースのパックを四つ取り出し、まず「あとにしよう。いまは。ハーのことをもっと聞かせてくれ」 マーティンは言われたとおりにした。やがて彼は言った。 ひとつ目を開けた。 「あれだけビールを飲んで、気分はどうだい ? 」 「さあ、やりたまえ」 「ちょっとふらふらする。だが大丈夫だ。もうひと勝負やっても、 「どうも」 グレンドはビールを受け取り、しやがむと、傘をマーティンに返あんたを負かしてみせる」 その通りになった。 「しかし、人間にしちゃ悪くないぜ。たいしたもんだ。来月もまた 「こんどもおれが白か ? 」 来るかい ? 」 「そうだ」 「ポーンを 6 へ」 「ああ」 「そ、つよ、 「本気か ? 」 ビールを持って来てくれるか ? 」 「ああ」 「金が続くかぎりね」 「最善手はこいつでこのポーンを取ることだと思うんだが」 「じゃあ、焼き石膏をすこし持って来いよ。そこに立派な足跡を押 い。かなりの値がつくはずだ」 「なるほど。では、こいつであんたのナイトをやつつけることにししてやろう。それを金に換えれば、 よう」 「覚えておくよ」 「このナイトを 2 へさがらせる」 マーティンは立ち上がり、チェスのセットをまとめた。 「 : : : そしたらこれをへ回すぞ。ビールをもらえるかい ? 」 「じゃあ、また」 「チャオ」 一時間十五分後、マーティンは負けた。雨はとっくに上ってお り、彼は傘をたたんでいた。