トネガワは、視線を天空から地表へ移した。 背後でドアが閉じ、部屋は空気で充たされた二 そして、奥のドアが開いた。 そこは、文字どおり廃墟だった。 連星の日差しを横からあびて、奇怪な金属の残骸がトネガワの眼水銀ランプの刺すような光がドアのむこうから溢れだし、トネガ ワの目を射た。 前にさらけだされていた。 まぶしい光とともに眼前に現れたのは、コンソールが整然と並ぶ なにか、強大な質量とエネルギーをもったものが、その上を踏み 広い部屋だった。 あらしたかのごとく、すべてが破壊しつくされていた。 巨大工場のコントロール・ルームを思わす計器類が、今も活動を ここが、 h コノコープ社の鉱山施設であったことは間違いない。 つづけているかのように点減していた。 しかし、いまは地上にグロテスクに散らばった黒い鉄屑だけが、か 鉱山施設の中央管制室か、あるいはその分室だった所にちがいな っての施設の繁栄を伝えるだけだった。 惑星服のヘルメットをとおして、風に舞う金属片のぶつかりあう トネガワは、惑星服のヘルメットをはずすと、慎重に歩をすすめ かすかな音が聞こえた。 トネガワは、しばらく茫然とその場に立ちつくしていた。 かなたに悠然と横たわる《氷河》からの冷たい風が、惑星服をと そのとき、とっ・せん声がした。 おして、肌に感じられるようだった。 「なんのために、来たのかね ? 」 トネガワは、驚きのあまり、息を呑んだ。まさか、人間が生き残 付近を調べたトネガワは、やがて地下壕がひとつだけ無事に残っ ているのを発見した。 っているはずはなかった。しかし、一人の男が部屋のむこうの隅か 彼は思いきってそこに足を踏みいれた。 らゆっくりと歩いてくるのだ。 錆びて機能を停止した自動階段を伝って暗がりのなかを降りてい 男は、トネガワの二メートルほど手前で立ちどまった。 くと、ほの白い明りの灯るドアがあった。旧式な原子力電池がまだそのとき、トネガワはようやくそれがホログラフィーの映像であ 働いているのだろう、トネガワの存在を感知したらしくラン。フがうることに気づいた。 なずくように明減した。 声は、おそらくコン。ヒュータをとおして、部屋のどこかに備えっ さいわいドアの開閉の方法は、トネガワがこれまで使用したタイけられたス。ヒーカーから聞こえてくるのだろう。 。フに似ており、操作は容易だった。やがて、トネガワの前でドアは トネガワは、落ち着きを取り戻すと、ポケットから無煙シガーを にぶい摩擦音をたてて開いた。 とりだして言った。 そこは、狭い気密室だった。トネガワは一、二秒ためらったの 「いったい何があったのだ ? 説明してくれ」 ち、その中に入った。 「まず、エコノコー。フ社の社員証を見せたまえ」 0 8
惑星からの撤退の素早さ、事故の放置、そして惑星への立入禁止措今回の探査記録にこの規約違反行為が自動的に記載されることは 置といった事実は、 = コノコー・フ社が何かの不手際を隠そうとして明らかだった。調査報告を見る公団の幹部たちがエコノコー・フ社と の関係悪化をおそれて、トネガワにたいし厳しい処分をくだすこと いることを物語っているのだろうか ? は、当然覚悟せねばならなかった。 探査艇が〈ヴァイス〉に接近するにつれて、《氷河》の表面の様 しかし、トネガワは引き返すつもりなど、毛頭なかった。 子がより詳細に見えてきた。 一面の白銀色の素地の上に、細い縞模様がいく筋もあった。それ舷窓に惑星の昼夜を分かっ赤道付近の光景がクローズ・アツ。フさ は、北極から放射状に延びており、まるで惑星の上に引かれた経線れはじめた。 トネガワは、エコノコー・フ社の採鉱施設の正確な位置をデータ・ のようだった。 北極の上空に微かなビンク色の輝きが、ときおり見られた。それマツ。フで確認すると、艇をその地点にむけて降下させていった。 は大気と磁気をもっ惑星にはおなじみのオーロラの光だったが、 ネガワはその光の弱さに落胆した。 エコノコー・フ社のレポートでは、目のさめるような色とりどりの 天界のカーテンが織りなす光景を、いかにももったいぶった表現で着地した艇から降りて見上けると、天頂から南の空にかけて、希 紹介していたからだ。 薄な大気の上には星空があった。 ふきすさぶ嵐の中で、惑星〈ヴァイス〉はいままさに死のうとし 北の白い地平線には、黄白色の楕円盤がかかっていた。 ているのではないだろうか ? それは、沈みゆくタ日のように見えたが、この地点から見ている トネガワは、ふとそんな思いにとりつかれた。 かぎり、けっして沈むこともなければ、また昇ることもない存在だ 探査艇が惑星の公転軌道に入ると、とっぜんコンソールの上に赤った。 い警告ラン。フが灯った。 地平線に平行な楕円盤の長軸の右がわに、小さなオレンジ色の星 を、かろうじて見分けることができた。 『帰還せよ ! 侵入を禁ず ! 』 はっきり口ポットのものとわかる、金属的な声がした。 この明るい主星と高密度の伴星は、惑星の自転にあわせて位相を 同時に、警告灯が旧式なミサイルの接近をつげた。 ずらせながら、たがいにその周囲を回転するという、複雑な動きを それは、エコノコー。フ社が立入禁止の措置をやぶる侵入者にたい見せるはずだった。 して仕掛けた、監視衛星からの子供だましの威嚇だった。 もしこの惑星上で進化した知的生命がいるとしたら、この二つの トネガワは、その攻撃を簡単にかわすと、探査艇を惑星の大気圏太陽の運行は、かれらの文明にユニークな時間の概念を植えつけた四 へと突入させた。 ことであろう。
たい、神秘的な雰囲気を周囲に漂わせていた。 〈ヴァイス〉の自然が生んだ特異な結晶のようにも思えたし、ある いは、いまだ発見されていない知性体が創造した造形物であるか、 とも思われた。 トネガワは、しばしその不思議な物体に見とれた。 探しもとめたものを、見つけた気持だった。 トネガワは、その場にひざまずくと、その角柱状の物体にそっと 惑星服の手を伸ばした。 そのとき まるで、彼のその行為を待っていたかのように、突風が吹きぬけ 天空に光が舞った。 トネガワは驚愕し、星々のまたたく空を見上げた。 そこには、ピンクと緑の雄大なカーテンがゆらめいていた。 オーロラだった。 地平からくる連星の日差しの中にあっても、それはひときわ明る く輝いていた。 探査艇が惑星〈ヴァイス〉の地表を離れるのと、《氷河》が採掘 トネガワは、茫然とその光景を見まもった。 施設の跡を怒濤のごとく覆いつくすのと、ほとんど同時だった。 そのとき、はげしい悪寒が背筋を走った。 トネガワは、舷窓からその悪夢の光景を眺めた。 トネガワはとっさに胸の制御板に手をのばした。 しかし、一瞬早く惑星服の内部は燃えるように熱くなった。温度惑星全体が、鳴動していた。 調節のマイクロ・コイルにはげしい電流がながれたのだ。 雪の結晶のように研ぎすまされた《氷河》が、いまは白熱した流 トネガワは身体の自由を失い、その場にくずれおちた。 体となって惑星のすみずみを覆いはじめていた。 トネガワは、 とトネ あの男が恐れていたことが、現実となりつつあるのだ 惑星全体を巨大な磁場の嵐が襲っているのだ ガワは直感した。 《氷河》の表面に突っ伏しながら思った。 異変は、なおも続いた。 理由はわからぬが、〈ヴァイス〉はいま、終焉を迎えようとして こ 0 《氷河》がトネガワの体の下ではげしく動いたのだー 巨大な地震だった。 そして、かなたから、津波のような隆起が、低い轟音とともにこ ちらに向かってきた。 雪崩だった。平原に生じた雪崩であった。 トネガワは、必死に体を起こそうとした。 しかし、はげしい横揺れが、それを許さなかった。 探査艇のほうから、小さな物体が飛行してくるのが見えた。 危険をキャッチした艇のコン。ヒュータが、救助艇を送ってくれて いるのだ。 「ここだ ! 」 トネガワは、思わず叫んだ。 ゆれる大地から吹きあげる《氷河》の飛粉がヘルメットの前面を おおい、近づく救助艇の姿をかくした : ・ 3 8
男は、何かを隠していたのだ。それも、何か、人間の理解のおよばで見ると天色がかっていたが、氷というよりは、雪の結品が堆積 したような感じだった。 ばない、恐るべき事実をーーだ。 しかし、謎を解く鍵は何も発見されなかった。 むろん、灼熱の北極点においても溶解することなく存在している 無残に破壊され、荒れはてた廃坑は、人類の無謀な開発主義の末のであるから、その組成は特殊なものに違いなかった。 トネガワは、サンプルの採取と解析は帰路にすることとし、はる 路を象徴するかのようであった。 組織の歯車となって働いたあの男も、このさいはての惑星で、巨かに拡がる大氷原へと進んでいった。 やがて、かなたに探査艇のスマ】トな姿が見える以外は、一面、 大企業の商業主義の犠牲となったのだーーとトネガワは思った。 白一色の世界がトネガワをとりまくようになった。 したいここに何があるのか ? 6 かりにだれかに、そう尋ねられたとしても、トネガワには明確に 答えることができなかったろう。しかし、彼の本能と経験が、この トネガワは調査の足を《氷河》にまでのばすことにした。 無駄とも思える徒歩旅行を促すのだった。 そそり立っ白い壁が、破壊された施設から五キロメートルばかり 白い地平線には〈六九一〇〉の黄白色の楕円が、相変わら の地点に迫っていた。 吹きすさぶ風の中を、トネガワは歩いた。地上車を使うこともでずかか 0 ていた。その長軸はいま地平とほとんど垂直な位置にあっ きたが、この無人の荒野を、なぜか自分の足で一歩、一歩踏みしめた。それは、この惑星に到着してからすでに一二時間以上が経過し ていることを、示していた。 てみたかったのだ。 トネガワは、ふと歩みを止めた。 こ迫り、圧倒されそうだった。 《氷河》の壁が眼前 ! それは、上空からは、平らな平原にしか見えなかったが、地上五眼前に、何か変化を感じたのだ。 見ると、黒く細長い筋が、彼のゆくてに横たわっていた。 〇メートルの高さはあった。その氷を思わす怪物は、気のせいか、 近づくにつれて、それは連星の光を遮る影であることがわかっ じわじわとトネガワにむかって動いてきているように思われた。 白い壁の側までくると、その傾斜は思ったほどではなかった。探た。 査公団の惑星服は、非常に軽量につくられていたので、地球と同程影を生じさせている物体は、トネガワのずっと左手のほうにあっ 度の重力下でその斜面を登ることは、さほど困難ではなかった。 トネガワは、慎重に、雪のように柔らかい物質の上を踏みしめてそれは、高さ一メートルばかりの、水晶の結晶を思わせる小さな っこ 0 塔のようなものだった。《氷河》を構成する物質とおなじ色合いを それは、闇の地帯から冷たい風が運んでくる黒い砂を含んで、そしていたが、もっと透きとおった輝きをもっており、何か近よりが こ 0 2 8
男は、命令するような口調で言った。 男の話によれば、彼は最初の採掘作業にやってきて《プラズマ・ ド》を発見し、その魅力にひかれて再度、この施設の責任者と 技術者らしい、律儀そうな顔をした痩せた男だった。 この施設の前任者の影像と記憶が、語っているのだろうか ? そして赴任したのだった。 しかし不幸にも、その任期なかばにして事故が発生した。 れとも、コン。ヒュータがかってに作りだした幻影なのだろうか ? ホログラフィーの映像は、その事故については何も記憶していな トネガワは男の動きを注意深く見まもりながら答えた。 っこ。しかし、男は事故の発生を予知していたらしく、自分の死 「わたしは太陽系外生命探査公団の職員だ。エコノコー。フ社の社員かナ 後、ここを訪れる者のために、あらかじめ自分の人格と記憶をコン ではない」 「社員でもないものがこの施設に入れないことは知っているだろ。ヒ、ータに植えつけ、だれかが訪れたときにはじめて作動するよう にセットしておいたのだった。 う。即刻退去してもらおう」 トネガワは、男ーー・正確には、男の人格と記憶をもったコン。ヒュ 男の断定的な言葉は、この部屋のどこかに、部外者を強制的に退 1 タとホログラフィーの映像ーーに、自分と共通の資質を見つけ、 去させうる装置が存在することを暗示していた。 打ち解けた気分になることができた。 「まてーーー」トネガワは言った。「ーーーきみは《プラズマ・ ド》を知っているだろう。わたしは、きみたちの仲間が発見したそ夢中で話しこんでいるあいだに、彼は無煙シガーを一箱、吸いっ ぶしてしまっているのに気づいた。 の〈鳥〉の調査にきたのだ」 ード》のことも、この施 しかし、結局のところ、《プラズマ・ 《プラズマ・ ハード》という言葉に、男の表情が変化した。 数秒間の沈黙ののち、男はみずからに言いきかせるかのようにつ設を襲った事故のことも、なんら明らかにはならなかった。 トネガワの核心をついた質問には答えようとせず、男は執拗に繰 ぶやいた。 り返すばかりだった。 「《ゾラズマ・ ード》は、わたしが発見した : : : 」 「この星系の最期が迫っている。もはや、高温有機超伝導物質は枯 憑かれたような眼がトネガワを見つめた。 ード》もまもなく絶減してし 男は発見以来ずっと《プラズマ・・ハ ード》に強い関心をいだきっ渇しかかっているし、《。フラズマ・ まうだろう。ここは、人類の来るべきところではない。すみやか づけてきたのにちがいない。 に、立ち去るのが賢明だ : : : 」 年月と立場によって隔てられていた二人の間の障壁が、《プラズ ード》というキーワードによっていまや完全に取り除かれた やがて幻影は、もはや言うことはないとばかりにトネガワに背を ようだった。 向けると、部屋の白い壁に溶けこむかのように消え去った。 トネガワは、むなしい思いで地下壕から出ると、さらに廃坑の跡 男はトネガワを奥の小さなオフィスに招き、簡素な椅子をすすめ ると、感慨深げに語りはじめた。 を調べてまわった。 8
・・ハード》の雄大にはばたく姿が、あざやかに浮かびあ 知性をもった《氷河》は、人類の資源略奪による星系の破局に気《プラズマ がってくるのだった。 づき、その施設を破壊したのだ。 しかし、すでに時は遅かった。 それにしても、なぜこのような巧妙なシステムが作りだされ、存 《氷河》は、最後の力をふりしぼり、みずからの体の一部を〈ヴァ続しえたのか ? イス〉の内部へと侵入させた。そして、わずかに残された高温超伝その答えは、なろんトネガワにわかろうはずはなかった。 導物質をつかって、ふたたぶ強力な磁場を、連星系へ向けたのだっ それは生命進化の自然選択に似たものであるのかも知れなかっ た。もし、そのシステムがなければ、〈 O O 六九一〇〉星系は、 しかし、それもっかの間のことだった。 すでに減んでいたのである。この宇宙の法則に適応できたからこ 《氷河》はカ尽きて、最後の手段として自己の知性を白い結晶に移そ、惑星〈ヴァイス〉は、現実に存在しえたのである。 植し、《プラズマ・ ・ ( ード》にたくした。その直後、連星は不規則あるいは、惑星〈ヴァイス〉もまた、巨大な一個の生命体であっ な磁場の擾乱によって、いっきにス ーパーノヴァと化したのであたのかも知れぬ : る。 トネガワは、ふとそんなふうにも思った。 だが、いまそれらの謎も、永遠の闇の中に消えていってしまった トネガワは、舷窓を染める超新星の姿を眺めたまま、無煙シガー のだろうか をもう一本、ロにくわえた。 いや、そんなことは、ない すべてが、白色矮星の爆発とともに終末を迎えたいま、何をいっ トネガワは、みずからに言いきかせるように力強くうなずくと、 ても無意味なのかも知れない。 シートから身を起こした。 しかしーーーと、トネガワは怒りを覚えながら思うのだった。 そして、ディスプレイ・シートのスイッチを、おもむろに入れ しかしーーー巨大企業の資源開発に先だって、ごくささやかでも、 画面には、マシン・ルームのカメラがとらえた艇の燃料噴出ノズ 学術探査が行われていたなら・ : ルが映った。 そうすれば、すべてを防ぐことができたかも知れなかったのだ。 人類の無謀な資源略奪がもたらした犠牲は、あまりにも大きいも ノズルから噴出する・フラズマジェットを浴びて、そこには、あの のだった。 《氷河》の分身ーー細長く透明な〈結晶〉ーー・が、しつかりとマニ トネガワは舷窓に可視光遮断フィルターをかけると、シートの中ビュレーターに支えられ、トネガワに話しかけるときが来るのを待 でしばらく身じろぎもしなかった。 ちかまえていた。 とじた目蓋に、《氷河》の白くはてしない光景が、そしてまた こ 0 こ 0 0 9
しく輝く核爆発の炎が見られた。 ・こ ! 通話可能時間内に返事がほしい」 トネガワは、ようやく生命の危機から逃れた反動による虚脱感に トネガワは、驚いた様子の同僚の反応を無視してまくしたてる 8 おそわれながら、シートに深々と身を沈めていた。 と、コロニーに配備された巨大コンピ、ータからの返事を待った。 超光速航法のシステムが作動をはじめるのには、、 しましばらく時気の遠くなるような数分間がすぎ、解析結果が届いた。 間が必要だった。 不審げな同僚の声を最後まで聞くことなく回線を切ったトネガワ は、巨大コン。ヒュータが九九・九九。 ( ーセントの確度で断定してい 無煙シガーの苦い香りがロの中をみたした。 る結論をくいいるように見つめてた。 いま、一つの星系が、終焉をつげたのだ。 そして、そこに生まれ、進化した惑星と生命が : 解析結果は、おどろくべき事実を語っていた。 コンビュータのアウト・。フットが示すその結論は、なかば予期し この星系とそこに棲む生命を制御していたものは何だったのかっ・ ていたことであったにもかかわらず、トネガワを驚愕させた。 そして、それらを破減にみちびいたものは : トネガワの、疲れきってはいたがとぎすまされた頭脳は、ほとん惑星〈ヴァイス〉は、高温有機超伝導物質によって生みだされた どその解答を見出しかけていた。 強い指向性をもった磁カ線を連星系までのばすことによって、連星 しかし、最後の確認がほしかった。そうと断定しきれる、決定的 6 スーパーノヴァ化を防いでいたのだー な解析が必要だった。 つまり、この星系では、母星が惑星をーーではなく、逆に惑星が 探査艇の小型 0 ン。ヒ = ータでは、残念ながらその解析に必要な容母星をコントロールしていたのだリ 量がわずかに足りなかった。 惑星が母星を支配する そのとき、とっ・せんコンソールの上のスピーカ 1 が鳴った。 そんなことが、ありうるのだろうか ? 「即時通話ゾーンに入った。報告せよ」 それは、一見起こりえぬ現象のように思えた。しかし、質量もエ 同僚の間のぬけたような声がトネガワの心を乱した。 ネルギーも巨大だからといって母星が惑星の支配を受けることはな 「〈 *00 六九一〇〉が超新星化した。そちらも八年後の対策をた とは誰も断言できないのだ。 てておくんだな」 しやそれよりもはるかに巧妙に、 人類が地球を支配したように、、 トネガワはそれだけ言うと、無造作に回線を切ろうとした。 このちつぼけな惑星は母なる二つの恒星を操作していたのだ。 しかしそのとき、タッチ・パネルに伸びた指が無意識にとまっ それは、星々の創造主たる大宇宙がやってのける、大いなる奇蹟 のひとつだったのだ。 トネガワは、みずからを納得させるために、いまや疑う余地のな 「ちょっと待て ! やってほしいことがある。連星の観測データを 送るので、そちらのメイン・コン。ヒュ 1 タで解析してくれ。すぐに くなったこの事実をもういちど頭のなかで整理する必要を感じた。 こ 0
それは、〈 *OO 六九一〇〉の主星から溢れでた。フラズマ風だっ いるのだ。 コンソールの上で、赤いランプが点減をはじめていた。 トネガワは、眼下の光景に心を奪われ、最初その信号に気づかな太陽系の諸惑星を包む太陽風などは、比較の対象にすらならなか った。そのフラックスは、太陽風の何百万倍もあった。 かった。それは、かなり以前から点減を繰り返していたようだった。 ード》に取りつけたマーカーからの電波それが、連星のラグランジ = 点から泉のごとく溢れだし、長大な それは、《。フ一フズマ・ 一筋の太い糸となって、滝のように惑星〈ヴァイス〉の極に降りそ ード》の群が惑星〈ヴそいでいるのだった。 驚いたことには、信号は、《プラズマ アイス〉の北極上空、二万ャロメートルの地点に大挙、飛来してきその強烈な。フラズマの風にうたれて、〈ヴァイス〉の半球を覆う 《氷河》の表面は、燃えたつような。ヒンク色に染まっていた。 ) ていることを告げていた。 ド》の群が ド》が宇宙船なみの推進力をもっているという事そしていま、その《氷河》の上に、《プラズマ・ 《プラズマ・ いっせいに舞いおりはじめていた。 実からすれば、彼らがそのようなス。ヒードで〈ヴァイス〉に到着す 何かに衝かれたかのごとく、巨大な怪鳥たちは、先をきそって ることは、ありえぬことではない。 《氷河》の表面をめざしていた。 しかし、惑星の異変に時をあわせたかのように、な・せ彼らはい トネガワは、もはや思考する余裕を失っていた。ただ、電子の ま、やってきたのか ? 〈眼〉が見る光景を感じとるのが、せいいつばいどっこ。 トネガワは、コンビュータと接続されたヘルメットをとりあげた。 そのとき この異変を、何としても解明する必要があった。 その、なかば、機能を失いかけた彼の大脳に、規則正しい刺激を いまこそ、すべての謎が解き明かされるにちがいないー ヘルメットのスイッチを入れると、トネガワの〈眼〉は探査艇の送りつけてくるものが出現した。それは、惑星をとりまく狂気のよ うな電場と磁場の交錯する中にあって、冷たいまでの理性をもった 外から、白い惑星をながめていた。 トネガワは、艇の高度を急上昇させながら北極方向へと飛んだ。信号だった。 ヘルメットに繋がったコン。ヒュータが解析する、そのニュ 1 トリ みるみる、惑星の北半球が視野に入ってきた。 ノの信号を、トネガワは茫然として受けとった。 〈ヴァイス〉は、全体がオーロラのヴェールで包まれていた。 そして、北極方向に〈眼〉を向けたとき、トネガワは、思わず驚それは、《氷河》からの通信だったのだ・ : 嘆の叫びをあげていた。 8 荷電粒子からの制動輻射を感じる〈眼〉は、北極の上に降りそそ ぐ、すさまじいまでの。フラズマの流れを見たのだ。 ・こっこ 0 こ 0 4 8
八・二光年という距離は、近距離超光速航法でおよそ一年半を要いようと、生命体である以上、それは生命科学の法則からはみ出る する行程だったが、同僚の声は明晰だった。 はずはないのだ。 ド》を発見したーーー」トネガワは、無煙シガ ード》から得られたプラズマ吸収率、電磁波の吸収 「《プラズマ・・ハー 《プラズマ・パ をポケットから取り出しながら言った。「 いま、データを採取スペクトル、体内の核反応のデ 1 夕、そして外部要因としての〈»-ä したところだ。コンパクトペースにして送るので、そちらでも解析 00 六九一〇〉の全放射特性をグラフ化した結果は、どう考えても してくれ」 その条件をみたしていなかった。 というの ハード》は生命ではない 「了解。次回の通信時間帯は、未定だ。幸運を祈る」 それでは、《。フラズマ・ 《プラズマ・ ド》発見という事実にとくに驚いた様子もなく、 同僚はデータを受け取ると回線を切った。 そんなことは、あり得なかった。 仕事に対する情熱をどこかに置きわすれてしまったらしい同僚へ この目で確認したのだ。データが、いかなる結論をだそうとも、 の失望感を心の奥におさえこむと、トネガワはプロの宇宙生物学者それはこちらの刺激に反応して眠前で巨大な〈翼〉をはばたかせた としてすでに定性的な解析は頭のなかで済ませている《。フラズマ・ のだ。 ード》のデータを、もう一度、コンソール上のディス。フレイ・シ トネガワは、あらためてディスゾレイをにらんだ。 1 トに映しだした。 ド》の棲息領域の異常さを このデータはまず、《プラズマ・ データは、トネガワが直感したとおり、異常値を示していた。 示唆していた。 それは、トネガワを困惑させるものだった。 《プラズマ・。ハー ド》の生体組織に対して、〈六九一〇〉か データを信ずるとすれば、《プラズマ・ ハード》は、連星をなすらの電磁波のフラックスがあまりに高すぎた。かれらは、その生体 母星から〇・一億キロメートルしかはなれていないこの空間で生存構成物質が耐えうる以上に、連星に近づいているのだ。 することなど不可能だーーーと結論せざるをえないのだ ! ード》の発見者によるレポートは、専門家の目から 《プラズマ・ 問題の核心はどこにあるのか ? 見ると不十分な内容だったが、トネガワの得たデータとはあきらか にくいちがっていた。そのレポ 1 トによれば、《。フラズマ トネガワの頭脳は、めまぐるしく回転した。 》の棲息場所は〈 *-ä O O 六九一〇〉からおよそ二億キロメートル 生命体が取り入れる全エネルギーと排出する全エネルギー、そしド 日ーーーとなっ この星系唯一の惑星〈ヴァイス〉の周辺の宇宙空門 てその差によって生みだされるエントロビーの減少ーー・、・これらの生 体変数が一定の条件のもとに安定に存在しないかぎり、個体の存続ていた。 はありえないことは生物学の初歩的概念である。 それは、現在の位置とはまったく異なる低フラックスの空間だ いかに、その構成物質、生体システム、エネルギー源が異なってた。 4 7
映像とともに、《プラズマ・ ド》を架空の怪鳥から宇宙生物学 ってすらも極度の肉体的・精神的ストレスを強いられる、過酷な職 的対象へと変身させたのである。 業であった。 トネガワは、去ってゆく《。フラズマ・ ド》の〈翼〉の輝きを トネガワはけだるい仕種でぬいだヘルメットを所定の位置におい じっと見つめた。 それは、トネガワに疑問をなげかけたまま、無数の小さな輝きの薄く、軽いポリマーでできたヘルメット・こっこ・、、 ナナカトネガワはそ 中のひとっとなった。 れを鉛の塊のように感じていた。 漆黒の空間を背景に、星々のように光る群 , ーーそれは、無数の最近の恒星間探査は、スケジ、ールや経済的な理由から一人で行 《プラズマ・ ド》が飛翔する姿だった。 われるケースが多く、そのほとんどが人間とコンピュータの連結シ 気がつくと、トネガワはいまその《プラズマ・ ド》の群の真ステムを採用していたが、トネガワはそのシステムになかなか馴染 只中にいるのだった。 めず、精神的に大きな負担を感じていた。 とくに、今回の探査艇に装備されたコンビュータは、感覚システ 2 ムに画期的な改良が施された ということが、うたい文句の新機 種だったが、感度が鋭い反面、人間の感覚野におおきな負担をおよ 何羽かの《プラズマ・ ド》を観察し、マーカーを取り付ける・ほすマイナス面もあったのだ。 《。フラズマ・ 仕事を終えると、トネガワは彼の頭脳とコンビ = ータを繋ぐヘルメ ード》との出会いーーーという緊張を強いられる状況 トを脱いだ。 では、それはなおさらのことであった。 銀色の特殊プラスチック・ケースの下から現れた日焼けした顔に ( もっとも、コン。ヒュータの〈眼〉をとおして見た、あの驚異にみ は、疲労の色が漂っていた。二二世紀初頭においても当然存在するちた生命体の姿は、とても肉眼で感じられるものではなかったのだ 人間社会の葛藤を人並みに味わってきた、分別のある顔立ちだっ ヘルメットの点検を終えてひと息つくと、コンソールのスビーカ レオナ・トネガワ ーから男の事務的な声が聞こえた。 三五歳。太陽系外生命探査公団一一級職員。 宇宙生物学博士。地球暦二一〇五年よりコロニー〈æoo 六三二〇「即時通話可能ゾーンに入った。連絡事項はあるか ? 」 四一七〉第二惑星に配属。《光世紀世界》辺境の新種生八・二光年かなたの植民都市、〈六三二〇〉第二惑星にい 命の探査を主職務とする : る同僚からの通信だった。恒星間即時通信はようやく実用化がはし 太陽系外生命の探査という仕事は部外者からは地味な研究職と見ま 0 たところで、現在の技術では限られた空域と時間帯でしか交信 られがちだったが、実際には人並みはずれた知能と体力の持主にとできないのだ。 こ。 こ 0