倉庫の奥から、一人の男が、ゆっくりと歩いてくる。 人垣が割れ、男はジェーンたちの前で立ち止まった。 で、そのころ、テンスリープ署の阿呆どもが何をや「てたのかと大きく目を見開いているジンジャーに、サミ、 = ル・べイカーが 悲しそうな表情を浮かべて、言った。 取調べ室横のトイレのドアの前で、刑事が二人、ぼんやりと顔を「こんなかたちで出会いたくなかったよ。ジンジャー」 「うく、 ( ~ く′ つき合わせて、 ジ = ーンが、顔を真っ赤にして、うなった。口にテー。フをはられ 「遅いですな」 ているので、なにを言っているのかはっきりしないが、その目の色 「長いトイレだ」 と、うなずきあっていたという、まことに心あたたまる情景が、 から、おおよその見当はついた。 くりひろげられていたのであった。 サミエルは、チラリとジェーンを見て、・フラッドに目くばせを した。 カシェーンのテーブを、ひっぺが ひとつうなすいて、・フラッド : 、・ 仮面の下の顔 した。 「人でなし ! 悪魔 ! 鬼 ! 」 「ご到着だぜ」 いきなり、ジェーンの罵声が、とび出してくる。 荷台の扉を開けたブラッドが、ニヤつきながら言った。首をぐい 「あんた、ジンジャーの叔父かなんかでしよ。どういうつもりよ、 と横に倒して、 自分の姪を、こんなめに会わせるなんて ! 」 「出な」 ジムを先頭に、三人はトラックを降りた。ジンジャーは、心細げ「株で、一千万ほどの欠損を出してしまいましてね」 サミエルは、軽く肩をすくめながら、言った。 にジェ 1 ンのそばに、びったり寄りそっている。 トラックは、巨大な建物の中に、直接乗り入れてあ 0 た。長らく「もちろん、私としては、べイカ】家のために、ひいてはジンジャ ーのために、よかれと思ってやったことですが、私は彼女が成人す 使われていない倉庫らしく、妙にがらんとして、すさんだ雰囲気が るまでの、単なる後見人にすぎない。来月の会計監査で、それが発 漂っていた。 覚すれば、私は背任罪で告発されるでしよう。もちろん、後見人の パワーガンを構えた、数人の男たちが、三人を取り囲んだ。 役もおろされ、無一文で刑務所行きです。ーー私は、これまで、よ 今朝、ジェーンたちを襲撃した連中だった。 5 くやってきた。それが、たった一回の思惑ちがいで、べイカー家か カツーン。 ら追放されてしまうなんて、そんな不都合な話はないしゃありませ 靴音が、高い天井に、反響した。
「ここから、出てったんだわ ! 」 建物の壁に寄りかかって、空ろな視線を宙に投げているジャンヤ 悲鳴に近い声で、叫んだ。 「ひとりで、家へ帰るつもりなのよ ! 」 「女の子を見なかったか ? 」 レイクは、通行人の誰かれなくつかまえて、激しく詰問した。 「なんてこった」 「女を探してんなら、いい店があるぜ」 すっかり酔いの吹きとんだ顔で、レイクがうめいた。 「七つの女の子だ。背はこれくらいで、白いワンビースを着てい 「まだ、そんな遠くへは行ってない筈だ。ーー探すんだ ! 」 る」 三人は、ろくすつぼ身じたくもせずに、夜の街へとび出した。 「なんだ、そっちの興味かい」 「おれは、こっちを探す。旦那は、向うを探してやれ」 レイクは、下卑た笑いを響かせる男を、思いきり殴りつけた。 「 O 」 「ジンジャーツ 「あたしは、ウイルソン地区の方へ、道をさかの・ほってみるわ」 人の流れに逆らいながら、レイクは進んでいった。 三人は、それそれの方角へと、走り出した。 なにが、そうさせたのだろう。 テンスリー。フは、さして広い都市ではない。しかし、その中か レイクは、たしかに、 この喧噪の中で、ジンジャーの悲鳴を聞い ら、たった一人の女の子を見つけ出すとなると : レイクは、まだ煌々と灯りのついている、ダウンタウンに向けたように思った。 「ジンジャー て、走り続けた。 ふり返ったレイクの目に、一台の車がとびこんできた。 物影。 閉じようとしているドアの影に、チラリと白いものが見えた。 路地。 車が走り出す。 ひとつひとつ、確かめながら、レイクは走った。 レイクは、あたりを見回した。 汗が流れ落ち、息が苦しくなってくる。 少し先の車道に、数人の暴走族が集まっていた。 人通りが多くなってきた。 ダウンタウンには、どこの星でも同じようなものだが、深夜営業レイクは、一瞬も迷わなかった。 やたら豪傑笑いを連発しているリーダーらしいひげづらの男を、 の店が集中している。 ・ハイクから引きずりおろす。 酔客が、わけのわからないことを、大声でわめいている。 ミュージック・ポックスのリズムにのって、路上で踊り狂ってい 「な、なんだ、てめえ ! 」 るティーンエイジャーたち。 「ごめんよ ! 急いでるんだ」 レイクの腕をつかんで、はなそうとしないポン引き。 レイクは、大排気量の・ ( イクにまたがると、一気にスロットルを 2 幻
フルオートでは、数秒間で空になってしまう弾倉を、素速く取り 替えながら、ジェーンが怒鳴った。 「トンネルを使うのよ」 「早く、早く」 手掘りのせまいトンネルをぬけると、巨大な下水管につきあた ーク & サンライ 自らも、部屋の入口めがけて、パワーガンを発射しながら、ジムる。ーー・第四十八号幹線水路だ。これが、グリイハ は、片手で軽々とジンジャーを抱きあげた。台所にかけこむ。 ズ信託銀行のすぐそばを通っていることを、レイクたちは、テン 男たちは、物影からパワーガンだけをつき出して、盲射ちしてく リープ市庁の土木課に忍びこんで確かめたのである。 る。 水路の脇に作られた、作業用の通路を、ジェーンたちは小走りに ジェーンは、数発ずつ点射しながら、後すさった。 進んでいった。 後方から、時々、パワーガンが発射されると、ジェーンも振り返 床の揚げ蓋を開いて、ジムが必死で手招きした。 二つの火 って、ーを点射する。闇の中で、オレンジと・フルー、 ジェーンは、かって、ドアのあったあたりめがけて、グレネード 線が、色あざやかに交錯する。 ・ランチャーのトリガーを引きし・ほった。 なれていないためだろう、男たちの足は遅い。ジェーンたちは、 を広げていった。 ーの銃身の下に取り付けられた、太い金属製の筒から、鈍いどんどんリード 「ここだ」 音と共にミリ榴弾が発射された。同時に、ジェーンは、トンネル に飛びこんでいる。 ジムが立ち止まった。ちょっと見ただけではわからないように、 床が、一瞬、大きく波うったように感しられた。 巧妙にカモフラージュされた横穴が、ロを開いていた。 爆発の衝撃波で、壁や天井に、し 、くつもひびが入った。無論、部内部は、再びせまい、手掘りのトンネルである。 屋はめちやめちゃにこわれ、男たちも、何人かが負傷して、戦闘不出口をふさいでいる、マネキン人形の山を崩して、まず、 能に陥った。 地下室に姿を現わした。 「ショーティ。メジャース。それと、リー の三人は、負傷者を連れ 穴の底から、ジンジャーを、続いて、ジェーンを助けあげる。 ていけ。・フラッドさんに連絡するのを忘れるなよ。あとの者は、お 三人とも、息を切らしていた。 お互い、泥まみれの顔を見交して、くすっと笑った。 れに続け ! 」 「ちょっと、下がってて」 グルー。フのリーダーらしい若い男が、てきばきと指示を与える。 ジェーンが、グレネード・ランチャー ( これは、単発式た ) に、 名前を呼ばれた三人は、部屋を出ていき、残りの男たちは、台所 リ榴弾をつめこみながら、言った。 の床に口を開けたトンネルに足を踏み入れた。 新しい四、 ジムが 237
れ、何一つごまかしはなかった。 すべてがつつみ隠さず教えられた。 出生についての質問には、妊娠した女性のきわめて精巧な、透明 の、等身大模型が示された。 二人がそうした歴史的背景をのみこんだ顔をすると、つぎには最 新型の人工子宮ゥーメットのところに連れていかれた。 オーディオ・テープ装置をベルトにさげ、小さなイアフォーンを 耳に入れて、機械の前に立つ。遺伝専門医の心安まる声が流れだ し、受胎のメカニズムをあますところなく説明した。声にうながさ れて見たウ 1 メットの内部には、無菌のゼリー状保護物につつまれ て、ようやく人間のかたちをとりだした小さな胎児が眠っていた。 この画期的な受胎法と、さきほど透明模型で見た自然の方法との比 較が行われた。誕生の前にすべての胎児が通過しなければならな 、こみいった一連の資格検査の説明がすむと、テ 1 。フ装置はひと りでに停止した。 つづいては乳児室の見学だった。 質問の時間になると、二人はコン。ヒュータ教師に、なぜ自然の受 胎が行われなくなったのか説明を求めた。 それに対しては、ビデオ室へ行くよう指示が与えられた。もっと 詳しい説明が録画で見られるという。 二人はビデオ画面を一心不乱に見つめた。最初のシーンでは、四 角い土地に三人の人間が映しだされた。ナレーターの声が入り、こ れは画面の隅に見える数字の年の、一平方マイルあたりの人口密度 だと解説した。 年号がコッコッと変りはじめた。 四角い土地に立つ人数が増えてゆく。 ・・ウルフとい 紹介のために資料にあたりはじめて、ギャリー う人物が、アメリカ界に二人いることを知った。この小説の作 者は Gary K. 、。 If だが、実はもうひとり、姓のつづりが Wolfe ( 最後のにご注意 ) となっている人間が存在するのだ。 「ラヴ・ストーリー」の作者ウルフは、一九七〇年に発表されたこ の作品がデビュー作で、広告会社に勤めながらを書いている。 長篇が K 。 8 、 ( 1975 ) など、いままで三冊あるが、それ以上 にデーモン・ナイト編の〈オービット〉シリーズなどに書いた短篇 群のほうが評判がよい。カリフォルニアに住んでいるという。 一方、つきのウルフは、作家ではない。評論家という か研究家で、シカゴのローズヴェルト大学で教鞭をとっている。 〈ファウンデーション〉とか〈スタディ 1 ズ〉といったアカデ ミックな研究誌の常連であり、プラッドベリ、ラインスター コードウェイナー・スミスなどについての評論がある。八〇年代に 入ってから、しくウルフの活動がちょっとおさまり、かわりに出 てきたのが、このつきウルフなので、同一人物だとばかり思って いた。こういうの、何とかなりませんかね。 本篇の内容は、べつに解説の必要もないだろう。完全なユートピ ア ( ? ) に芽ばえた、一つの恋の物語である。 ( 伊藤典夫 ) ギャリー・ウルフ Ga ミ = 、 人「と作一品一】、 4 9
っしかない。そして、その場所は、銃撃戦によってメチャメチャに表通りへとび出した。 「あっ、待て、この野郎 ! 」 なっていた。ということは : あわてて、フクダも後を追った。 「どうした。顔色が悪いぜ」 フクダが、いぶかしげな表情で、言った。 店先の歩道で、きよろきよろしているレイクの前に立ちふさが パワーガンをつきつけながら、 レイクは、かたわらで、ぼんやりと二人の様子を眺めている支配 人に向き直って、言った。 「わけのわかんねーこと言って、逃げるつもりなんだろうが、そう 「なあ、あんた。こういう男を知らないか ? 」 は問屋がおろさねーぜ。頭を消し炭にされたくなかったら : : : 」 レイクは、あの時の三人組の人相を説明した。 「どっちへ行った」 「ああ。・フラッドさんでしよう」 「あー ? 」 支配人は、すぐに気がついて、うなずいた。 「そのトラックは、どっちへ行ったんだ」 「よくは知りませんが、時々、社長のお使いで、ここへも何度かみ「お前、おれの言うことを、まるで聞いてねーな ? 」 えたことがありますよ」 「頼むから、早く答えてくれ。ジェーンたちが危ないんだ。それ 「そいつなら、おれも見たぜ」 に、おそらくジンジャーも一緒だ」 フクダは、しばらくの間、レイクの真剣な顔を、じっと見つめて フクダが、横からロを出した。 「どこで ! い レイクは、今にも、フクダの胸ぐらを、つかまんばかりの勢いでそして、言った。 訊ねた。 「どうやら、わけありらしいな」 「ついさっきだ」 レイクは、手短かに事情を説明した ( もちろん、例のトンネルの 気圧されたように、一歩後ろへさがりながら、フクダは答えた。 一件については、巧妙に話をそらして ) 。これが、ジェーンだけな 「そこの路地からとび出してきたトラックに乗ってやがった」 ら、そう簡単にやられたりはしないだろうが、ジンジャーも一緒だ 「たしかか ? 」 となると、話は別だ。三人まとめて、どこかへ連れ去られたにちが 」し十 / . し 「だれが忘れるもんか。このおれ様を、もうちょっとでひき殺すと こだったんだ ! ありゃあ、この店のトラックだったそ」 フクダは、まったく表情を変えずに、レイクの話を最後まで聞き フクダは、じろりと支配人を睨みつけた。 終えた。 「それだ ! 」 それから、手錠を取り出して、言った。 レイクは、ひと声叫ぶやいなや、フクダ警部補をつきとばして、 「腕を出せ」 242
CDN △大会会場で初めて結婚式を行なったカップル 第 23 回日本 SF 大会 EZOCON Ⅱ 7 月 27 日、 28 日、 29 日の三日間、北海道定山溪温泉に 800 人の SF ファンが結集 ! ホテル貸切での一大コンペンションか開催された
「今度、ゆっくり遊んでやるよ。それまで、元気にしてるんだぜ ビ、イックは、やがて、ひとつの倉庫の前に、ゆっくりと停車し レイクも、物影に寄せて・ハイクを停めた。 そう言うと、レイクは、ひょいと左手を伸ばして、ひげの・ハイク ジンジャーを、とりかこむように、三人の男がおりてくる。 のキーを抜き取った。 レイクよ、・ キアをローにぶちこんだ。エンジンの回転を四千まで とたんに、ひげの姿は、後方へふっとばされたみたいに、レイク の視界から消え去った。 あげて、クラッチを ミ 1 トさせる。と、同時に、ライトをに。 ひげの・ハイクは、完全にコントロールを失なって、灯りの消えた後輪から白煙をあげて、・ハイクは突進した。 商店のショウ・ウインドウに、飛びこんでいった。打ち上げ花火み何事かとふり返った男たちが、あわててパワーガンを取り出し こ 0 たいに、派手な音がした。 「ジンジャーツ 「まあ、あの体なら、死ぬこともないだろう」 左へウインカーを出しながら、レイクは軽く肩をすくめた。 , レイクは、大声で叫んだ。 「車に戻るんだ ! 早く ! 」 ジンジャーを乗せた黒のビュイックは、どうやら運河に向ってい るようだ。 ジンジャーは、男の手をふりほどくと、・ヒュイックにとび乗っ」 道の両側には、倉庫が立ち並んでいる。 レイクは、少しアクセルを開けて、・ヒュイックをゆっくりと追い ハワーガンの火線が、空気をイオン化させながら、レイクのすぐ 抜いた。チラリと車内をうかがう。 そばを擦過していく。 男が三人ーー前に二人、後ろに一人。いずれ劣らぬ悪党づらばか レイクは、狙い定めて、・ハイクを自ら転倒させた。自身は、体を りだ。後部席の男は、ジンジャーを横抱きにかかえこんで、片手で丸めてアスファルトにころがる。 そのロを押さえていた。 十分ス。ヒードにのった・ハイクは、アスファルトの上を、そのまま ジンジャーの目が、大きく見開かれる。 レイクの姿を認めたの速度で横すべりしていき、男たちを、ポーリングのピンのように のだ。 なぎ倒した。 これだけわかれば十分だ。 開きつばなしになっていた、ビュイックのドアが一枚、まきそえ レイクは、ジンジャーに、そっとウインクして、ビュイックを抜をくってふっとぶ。 き去った。次の交差点まで先行。そこで待ち伏せて、再び、あとを「ストライク ! 」 尾け始めた。 レイクは、すばやく立ちあがって、運転席に体をすべりこませ 気づかれないように、距離をとる。ライトも消している。 こ 0 こ 0 こ 0 224
N 0 Z ー 2 「それは : : : そのネティというのは、やはり、怪物ーー ? 」 ドール アイリ 1 ン・はかぶりを振り、続けた。 : イナ ( 何があったのか・・ーー ) 「・ : ・ : あたしも、詳しくは覚えていないわ : : : でも、確か : ンナ、つまりイシタルには姉がいて、その姉が、冥界を支配するそれとも、一人、置き去りにされたことを恨んででもいるのかー 女王なのよ。そんな物語だったはずよ : : : そして、その冥界の門を ビルス が、そのままひと言も口をきかずに、 守っている番人が、ネティというわけ : : : 」 なり、ぶいと横を向いた。 「冥界の、番人 : : : 」 そして、すたすたと彼等の前を横切って、立ち去ろうとする。 「・ : ・ : ある時ーーー理由は、はっきりと伝わっていないけれど、イナ ドール ンナが、その冥界にいる姉を訪問しようとするのよ。けれど、姉アイリーン・が、慌てて床から立ち上がった。 の、 = レシ = キガルだったかしら・ : : ・彼女は、そのことを快く思わそして、ルー・風をうながし、彼の後を追って歩きだした。ル】 ず、ネティに命じて、イナンナの身につけているものを全て剥ぎ取・風、それに (•50 が続いた。 ビルス は、来た通路を足早に引き返し、自分の研究室のドアを乱 り、ついには殺してしまう : : : 」 暴に押し開けると、中に消えた。 「その、イナンナというのは : ・ : ・」 しかし、ドアが開け放ったままなのは、どうやら三人に対する、 「そうよ 入ってこい、という意志表示のようだ。 大きくうなずき、アイリーン・は答えた。 ドール アイリーン・が、ちらりと O を振り返った。 「イナンナとは、イシュタル つまり、この惑星を表す美神、ヴ ・ことしたら・ : : ・」 そして、肩をすくめてから、研究室に踏み込んでいった。 ィーナスのことだわ : : : でも・ : : ・ナ ルー・風も、恐る恐る、彼女の背中を盾にして中へ入った。 何か言いかけて、彼女は、それきり口をつぐんだ。 雑然とした一画だった。 ハッチが開いた。 その時ーー ビルス やたらと、物が散らばっていた。 そして、 ミーラー・が、姿を現した 9 デスク・プレイン 卓上頭脳が、床に投げ出してあった。 そして、唇をぐいと歪め、三人をねめ回した。 ・カ その回りに、得体の知れぬ器具類が、ひとまとめに放り出してあ その目付きに、どこか、おどおどした影があるのを、ルー・風はった。 中に、金色のものがべったりと底にこびりついた鍋が一個、混じ 感じないでいられなかった。 っていた。
回、この女の子と性的関係を結んでいた。もしも今悪ふざけをした い気分だったら、左の乳房の真下にある蝶の形のあざのことをこと こまかに彼女に話してやれただろう。しかしそんな気分ではない。 カーツマンはヴ = ンチ、ラ・アヴ = = 、ーにあるリヴァイヴァル彼はくたびれているーーーうんざりしている。左の乳房に思いをいた 専門の映画館から今帰宅したところだった。今夜ーー一九八〇年、したせいで、身体がーー・今夜すでにあったことを知っているーー・穏 ート・アルトマンの二本立やかに反応する。そもそも何がこの女の子を拾わせたのかを、今彼 五月二十二日ーーそれで五度めのロ・ハ は思いだす。純粋にして単純な欲情だ。いやはや、もうたくさん て、「クインテット」と「三人の女」を観てきたのだ。今度アパー だ、とカーツマンは考える。学ぶことには熱むだし、未熟な情熱も トに戻った彼は、一人ではない。前の三回同様、やせつぼちでソバ カスのある金髪の女の子が横に立っている。打ち明ければ、カーツ多少はあるのだが、この娘はカーツマンが人生の最終原稿から求め マンよりずっと年下の女の子だ。というのは、彼が生まれたのは暦る円滑な仕上げをまったく達成しそこなっていた。結果として、彼 の上ではほんの二十五年前だが、実際は四十五年か五十年生きてい女の存在を消す必要があるのは明らかである。それがこの五度めに るからである。一度彼はかかわりのある明白な時間をこっこっ記録して最後であってほしい手直しの隠れた理由なのは、いうまでもな し、人跡未踏の地に踏みこむ探険家のように、らせんとじのノート に注意深いメモを山ほど書きつけたが、暦の上で三カ月前、書きた カーツマンは女の子のほうを向いて、足を踏みかえる。「いい映 めたものを一からやり直したい気持がこうじて、手に負えなくなっ画だったね」相手にソフアへ近づく暇も与えず、よどみなくそう言 たときに、メモをつけるのを断念した。今夜一緒にいる女の子は十 う。これまでは四回とも、あまり上等でないワインをしきりにすす 九歳ぐらいだろう。地元の大学の新入生か、せいぜい二年生といつめた。 たところ。名前は忘れた。その世代の大半の女の子と同じく、彼女「さあ」彼女は若者特有の無表情な顔をしている。「最初のは、 も女というより、ほっそりした肌の柔かい少年を連想させる。第一ん、お粗末だったと思うわ」 はたまた第二か第三か この娘をここへ連れこむとは、自分カーツマンは心のなかで彼女の返事を復唱する。はじめの二回は は何に取り憑かれたのかとカーツマンは本気で首をひねっている。興味を惹かれたふりをして、こう答えた。「へえ、そうかな ? ど どうして最初のときにいらぬお節介をせずに、くだらないアルトマうして ? 」三度めは聞き流した。この五度めは、考えぬいて、こう ンの映画を観て満足して、帰宅し、ワインの二杯もひっかけて、テ 言う。「そいつはくだらん言いぐさだよ」 レビでも眺めて、・ヘッドにはいって眠ってしまわなかったのだろ彼女は信じられないように彼を見つめる。 う ? そうしなかったおかげで、ふりだしに戻ってやり直さなけれ「なんですって ? 」 ばならなかった。だがそれは成功していなかった。今夜はすでに三「きみはくだらんと言ったんだ」 5 4
もうまもなく終る。 磁気共鳴テスト。異常なし。骨組成の線結品解析テスト。異常な 二人は歩きだす。 し。へモグロビンの電気泳動ならびにイソチーム分析テスト。異常 なし。 ならんだ顔が列ごとにふりかえり、通路をゆく二人を見守る。礼 拝堂の・ ( ルコ = ーでは、オルガンが婚礼をいわう行列聖歌を奏で何時間にもわたるテストを、二人はあきれるほどたやすく。 ( スし る。二人のために、二人だけのために。 ていった。しかし、それが普通なのだ。この五世紀近く、検査をパ 礼拝堂の ドームにちりばめられた小さな光源が、二人の好みの色スしなかった新生児はひとりも出ていない。 彩を四方に投げる。彫像のかげに隠れた通気孔から、二人の好みの 二人のあいだには、七つのとしの開きがある。だが幼児がみんな 香りが流れる。 そうであるように、決して破られることのない手続きが二人を支配 二人の正面、祭壇のまえには、牧師が両手をひろげて待ちうけてしていた。 分析がすむと、二人は病院の乳児室へと移され、機械の乳母の注 二人が牧師のまえで足をとめると、シンセサイザーは和音を入念意深い保護のもとにおかれた。乳母は二人を抱いてはあやし、ミル にかきまぜながら、オルガン曲を終える。 クを与え、眠らせた。 古式ゆかしい儀式がはじまる。 乳母はたいへん有能で、二人の心にはじめて強く刻まれた記憶 牧師は二人を祝福し、説教壇にの・ほって、結婚の神聖を説く。説は、胸の奥深くのスピーカーから流れる歌うようなつぶやきと、真 教がすむと、牧師は二人に黙想をうながす。二人がひざまずき、目空ポン・フ心臓のたのもしい鼓動だった。 を閉じているうちに、牧師は祭壇に歩みよる。 乳離れのあとには、児童養育センターがきた。 牧師がスイッチを入れる。 二人にとって、センターの年月はすばらしく、しあわせそのもの 円錐形をした沈黙のカ場が二人をつつみ、周囲から切り離す。頭だった。機械と人間たちから成る養育スタッフは、二人が寂しさや をたれた二人は、未来を想い 空腹を感じないように、遊び友だちにこまらないようにいつも気を 過ぎ去った日のかんばしい追憶にひたる。 つ、かいし 、つしょに笑い、泣けばキスで涙を忘れさせた。 すくすくと育っ過程でも、二人のそばにはいつも養育員がいて、 彼は彼女より七年早く生れたが、それでも二人には共通するとこ話相手になり、質問に答えた。なぜ物はこわれるのか、木はどんな ろがたくさんあった。そもそもの始まりから、たとえば ふうに大きくなるのか、雨はどこから降るのか、なぜ空は青いの か。ただたずねさえすれば、養育員は辛抱強く説明してくれた。 二人は七年の時を隔てて出産センターの分析室に運ばれ、出生時質問から子どもらしさが薄れ、より深いところに向き、関心が木 3 欠陥の検査を受けた。装置から装置へと二人は進んだ。細胞整合のや雨や空から、生や死や愛に移っても、答えはたちどころに与えら