1 ーの一回目か二回目に『空像としての世界』 レコードと本と雑誌で、本当に自分の部屋けることによって、重要な存在になってい 日がい 0 ばいになってきてしまった。で、仕方る、要するにそれだけのことですがね、もしというやつを取り上げたけれども、あれもま かしたら、・ほくの好きなの基本的なパタた、世界の新しい見方を扱っていたわけで、 なく、整理をはじめているところなのだが、 ばくの読書のパターンが、一つ、見えてきた ーンなのかもしれない、突如、そのように思 の文庫本が並んでいるあたりでひっかか ようにう。あるいはまた、・ほくがコリン ってしまった。 鏡 ってしまった。何しろ、在庫量を半分にしょ まだ誰も気付いていないけれども、世界をウイルスンをやけに好きなのも、同じ理由か うと必死なので、そういうところでひっかか っている場合ではないのだけれども、『非見る新たな方向が、あるのかもしれない。そらなのだという気がしている。今さら、自分 の世界』『異星の客』『ドルセイ ! 』と、これを知ることができたら、世界がわかってしの趣味を発見するというのも妙なものだが、 単純に、世界を新しく見直すことができると まう、そういうものがあるのかもしれない。 うくると、何か気付きませんかね。 いう気分は、楽観的でいいじゃないか。 三冊とも・ほくが大好きな作品であるわけ現実に、複雑に見えるものが、取り組む方向 を変えると、単純になってし講談社現代新書から、高木隆司の『かたち まうことが、たまにあるものの不思議』という本が出たけれども、何とな 』談だけれども、我々の見ているく散慢な印象の本であるにもかかわらず、ば くがけっこう面白く読んでしまったのは「か 議講世界そのものにも、そのよう な切り口が存在しているのでたち」、世の中に存在する「かたち」のすべ 著書はないか。カバラをはじめとてを分析してしまおう、そこにパターンを見 の隆するオカルトというものの根ることによ「て、世界を別な「かたち」に読 み変えるという可能性が、強く感じられたか ち木円底には、そういう考え方とい 高 0 うか、願望があるし、そらだ。 / のものにも、しばしば、それもちろん、著者は、「かたち」を学問にす カ ることによって、現在の科学の中に含めよう が出てくる。 にとっての世界の認識としているわけで、そこには飛躍が感じられ の方法は、最初は科学であつないけれども、結果というか、この研究の行 で、この三冊がまとまっていたのは、単なるたわけで、それを知っていることが武器でもきつく先は、もっとファンタスティックなも 偶然でしかない。けれども、この偶然の中かあった。ところが、科学がオールマイティでのになるように思えたわけだ。無機物から有 もなければ、すべての未知を照らす光でもな機物、そして、風景から、人間の社会的な構 ら、ばくは共通点を見つけてしまった。 ことが、わかってくるにつれて、科学の匂造に至るまで、それを「かたち」としてとら 創元推理文庫のである、などというもい のではない。いくらぼくでも、この雑誌が早いを残しながらも、科学以外の認識の方法をえることによって、一度に撼みとる法則を見 川書房のものであるくらいは充分に承知して手に入れようと、がしはじめたのではな出すことができたら、これはまさにだ いる。そういうことで、こんなものを書く筈いか、そして、それが科学の持っカ以上の魅ぜ。『かたちの不思議』は、そうした認識法 ほくはそうに至る最初の入口のような気がしているんで 力を発揮しているのではないか、・ がない。 すがね。おっと、早く、部屋の整理をしなく 何が共通しているかというと、この三冊、感じたわけだ。 っちゃ。 主人公が、世界の新たな認識の方法を身に付そう思ってみると、たとえば、このレヴュ
立っている。ひとつ大きく息を吸って、彼ははたしで手すりの上に った。うちへ帰りたいと思った。帰らせてくれ。スタ・フは怒り、か あがった。内側に向きなおり、索具をの・ほりにかかった。スタ・フはらかう。ほかの者も寄ってきて、笑って見物している。ファロンは 2 ひややかにながめ、なんだか彼の失敗を待っているみたいたった。 目をつむった。目をつむれば、そこからいなくなるような気がし 期待しているみたいだった。カウンティ ・フェアでためす梯子の・ほ た。彼はふと、大工の木槌のような音をききつけた。 りに似ていた。一段あがるたびに、体重の方向へ梯子はねじれ、上「どうした、スタブ君」穏やかな声。ファロンはまた下を見た。工 へ行くほど拡大される船の揺れのために、足がつぎの段をみつけるイハ・フがメインマストに片手をついてからだをささえ、顔を上に向 のが容易でなかった。あまり人目を意識するほうではないのだが、 けていた。親指が金貨に触れていた。 いまはみんなに見られているのを感じ、自分の珍妙さを痛いほど意 スタ。フは、エイハ・フがまるきり見当ちがいの呪文で呼びだされた 識した。間抜けぶりとおびえが、まる出しにちがいない。 亡霊ででもあるかのように、ぎくりとなった。彼はあわてて顔を上 胸がむかついてくる。甲板が方図もなく遠く見える。大気はむしにふり向けて、ファロンをしめした。 暑く、風はすこしも爽やかさがなくて、ひたいと首の汗をちっとも 日ざしに目をしかめて、エイハ・フはしばらくファロンをじっとな 冷やしてくれない。彼は必死にローブをにぎりしめた。もう一段あがめた。い っせいに見あげている男たちの日焼けした顔にくらべる がろうとするのだが、両足の力が抜けてしまったみたいだった。屈と、エイハ・フのそれは異様に青白かった。だが、その青白さのなか にも、死のしるしのように、顔の半面を縦に走る傷の白さは、さら 辱たった。恥すかしさに身がほてり、だが落ちるのではないかとこ わくてたまらなかった。こわいのはそれだけではない。 もうなにもにきわだった。彼は老人であった。身をささえようとしてふらつい かもがこわかった。いるはすもないところにいて、欺かれ、ばかに され、なにがなんだかわからすにいることがこわかった。両腕で索「どうしてのぼらんのだ」ェイハプはファロンに大声で呼びかけ 具にしがみついても、ひざががくがくし、胃の腑がむかっき、喉元 に苦い汗がこみあげてくる。目をぎゅっと閉じて、泣きながら、な ファロンはかぶりをふった。・つぎの段へあがろうとしたが、足は にもかも消えてなぐなれと思った。 ロ 1 。フをさぐりあてても、もうからだを引っぱりあげる力がないみ 「フアンー ファロンの大野郎、サメ野郎、はやくの・ほらんかー たいなのだ。 のぼれ、意気地なし、のぼらねえなら二度とこの甲板を踏まさん ェイハ・フはまだ見ていた。いらたちゃ怒りの様子はなく、通る車 そ ! 」スタ・フが怒声を吐き散らした。目をあけると、顔を真っ赤に がこわくて中央分離帯ですくんでしまった動物でも見るような、た して、すごい形相で下から見あげていた。卒中を起こすんじゃない だの好奇の表情たった。いつまででもそこに立って見ている気らし か、とファロンは思った。 かった。スタ・フは怒りのやり場をなくしてしまい、落ち着きなく足 あがるでなし、おりるでなし、中途でとまって身うごきできなかを踏みかえた。乗組員たちはただ見守っていた。いくつかの顔が、
い銭かせぎに、気の毒な兵士をちょっと足りない従弟と称して、農 園に世話したというしだいだ。ファロンのばあいはきっとこうだ。 シカゴ大学で現代版マンハッタン計画にたずさわっていた物理学者 映画では、よく似たような状況に出くわす。記憶喪失の兵士がウが、うつかり途方もない強大な重力の場をつくってしまい、そこか 工】ルズの農場へやってくる。だが、そういう兵士はかならず、自ら浮動性の渦が遊離して、市内を猛ス。ヒードで抜けて消減に向かう 分の当惑狼狽を表にあらわし、農場主に説明をもとめ、仲間にここ途中、郊外のべッドからファロンを吸いあげて時空の裂け目をくぐ はどこなのか、どうして自分はここへきたのかとしつこくたすね、 らせ、十九世紀中期の帆船のハンモックに持ってきたのだ。それし 白い服を着た金髪の女の消え去らぬ記憶を話してきかせる。ふしぎかない ーリング ファロン自身にとってさえふしぎなことにーーーそういう気持その日いちにちで、ファロンは十回恥をかいた。淡水セ ちは起きなかった。狼狽、不安、好奇心はむろんある。だが、人のに多少の経験はあるものの、この船で自分にあたえられているらし 注意をうながそうという気はなく、いま自分がおかれている状況のい仕事にかんしては、無知同然だった。甲板と甲板設備の掃除のほ たしかな現実性のかわりに、記憶のあやふやな現実性を持「てこよか、男たちは索具装置と円材から頑固な黒いをこすりと 0 た。フ うという気はなかった。もとよりそれが性格の強さのせいだとも、 アロンは索具にはの・ほらなかった。高いところはこわいから、もっ 卓抜な環境適応力のせいだとも思えない。それどころか、その最初ばら甲板で仕事をみつけるようにした。油と煤がどこからくるのか の日、なにをやっても、自分がこの船で知らねばならぬこと、せねは、きいてみるまでもなかった。いまは木製の蓋がきっちりかぶせ かまど ばならぬことについて、たた無知をさらけだすだけだった。泰然自てあるが、発生源が煉瓦の竈であることは明らかだった。甲板の板 若なんてものはこれつぼっちもなかった。何分か仕事の手をとめの隙間に、ひからびた血のようなものが詰まっていたが、だれかが て、目の前の出来事のあまりの異様さに、不安と威圧感で茫然としなにげなく口にした言葉ではじめて、彼はこの船が捕鯨船であるこ ていることがあった。夢ならば、あまりになまなましい夢だった。 とを知り、自分の迂闊さにあきれた。 なにが夢かといえば、キャロンとシカゴ穀物取引所こそ夢だった。 乗組員はさまざまな人種とタイ。フの奇妙な混淆であった。白人と 映画の兵士は、記憶喪失にまつわる障害があっても、周囲がみな黒人がおり、後部甲板にはなれてすわったきり仕事をしない六人の 未知の人ばかりであっても、最後にはなんとか謎のこたえを見いだ東洋人グルー。フがあり、イギリス訛り、ドイツ訛りの男たち、ほか すものと決まっている。かならず合理的な解答が出てくるのた。兵 にもいろんなのがいた。ポリネシア人、インディアン、頭をつるつ 士はノルマンディで頭に砲弾の破片を受けて、ウ = セックスの療養るに剃った真黒な巨漢のアフリカ人、全裸に近いからだに頭から足 所に送還され、そこから空襲騒ぎのあいだにふらふらと出て行っの先まで紫色の彫り物をした男もいた。輪、雲形、渦、紋様、図 て、トラックでラネリーへ向かう土地の男にひろわれ、男はこづか形、どれひとっとして身近な物や人には見えぬものばかりだった。 3 幻 8
でない恐怖にかられながら、なにか単純な仕事をしようとあがくあ の夢だった。もういまにもエイハ・フにみつかるのではないかと、気 が気でなかった。つかまったら乗組員のつめたい視線にさらされ て、さんざばかにされるのだろう。 ファロンはまたタールの樽のそばの、辛気くさい持ち場について いた。そこにいれば、困惑狼狽から、せめていくらかのがれられる だめだった。指先から血がにじみだしても、どうしても金貨のふ ちが持ちあがらない。ェイ ( ・フの鯨骨の足が甲板へあがってくるのような気がした。タ , ールのにおいと感触に気持ちを集中することが がきこえた。世界はマストに打ちつけられた金貨と、割れた指の爪できた。エルマイラ市の祖母の家の前、夏の道路のタ 1 ルが思いだ と、耐えがたい恐怖に凝縮した。死にもの狂いで金貨をはずそうとされた。日がのぼると、補修された田舎道の路端に、てらてら光る する彼の背後に、だんだん足音は近づく。それでも逃げだすことは タ 1 ルの泡ができる。タ】ルがスニ】カーズの底にくつついて、祖 できす、ふり返る気は起きなかった。永遠の焦燥の末に、ついに、母のびかびかの台所をよごしては大目玉をくったものだった。いと このセスと爪楊子でつついては、泡がゆっくりしぼむのを見てたの 手が肩にかかって、彼をふり向かせた。心臓が喉にせりあがる。工 しんだ。ビ 1 クオド号のタールの樽は、ファロンが精神を集中でき イハ・フではなかった。キャロルだった。 目が覚めると、息が荒く脈が速かった。いぜん・ヒークオド号の水るものだった。タールは本物だ。吸い込む空気は本物、ファロン自 夫部屋で、ハンモックに寝ていた。また目をつむり、そのあとはひ身も本物だった。 と晩じゅうきれぎれに眠った。朝がきた。まだおなじところにい 二等航海士のスタ・フが彼の前にきて、両手を腰にあてて立った。 じっとファロンをねめつけた。顔をあげたファロンは、相手の薄笑 いを見た。そこには一片の慈悲もなかった。 つぎの日、数人の男が、彼がもうずいぶん橋頭に立っていないこ 「マストにのぼってもらうぞ、ファロン。おまえは逃げてばかりい とをいい立てた。彼はもごもごと言葉をにごし、彼らが士官のとこ ろへ行かないことを祈った。消えてしまいたかった。やめてくれとるが、この船に怠け者はいらん」 ファロンは返す言葉が考えっかなかった。彼は重い腰をあげ、ポ 思った。男たちは日がたつにつれ、しだいに彼をばかにしはじめ た。日がたつばかりで、なにも彼を自由にしてくれることは起きな ロで手をぬぐった。二、三人の船員が見ていた。ファロンが逃げた か 0 た。毎朝、ス。〈イン金貨は陽光にきらきら光り、船の中心になすか、スタ・フがむりやり連れて行くか、どちらかを待っていた。 り、ファロンにはのがれるすべはなかった。おれ見る、おまえ見「さあ行け ! 」スタ・フに肩をどんと押され、ファロンは向きをかえ る、あいつ見る、おれたち見ゑおまえたち見る、あいったち見て索具をつかみに行った。ちらと舷外へ目をやると、なめらかにす る。 ぎ行く水が見えた。あの短時間で慣れた甲板のしずかな横揺れが、 いま、おそろしいいきおいでもどってきた。スタ・フはまだうしろに こ 0 6 223
彼が手を差しだし、彼女がその手をとった。彼が感嘆のおももち呟いていた。「あのかたは聖女だわ、私たちの院長は。信徒のため で頭を振りながら言った。「俺があんたをコンスタンチノープルでにわが身を犠牲になさって、聖女さま」その間ずっと、私たちの背 シビー 売り飛ばしたら、あんたはまちがいなく一年以内に、あそこの女王後からまるで記憶のように、とりとめもなく低いシスター になってるぜ ! 」 トのすすり泣きの声がきこえていた。彼女は地獄にいたのだ。 院長がほがらかに笑った。私は恐怖に打たれて、思わず叫んだも のだ。「ぼくもだー ぼくも連れてって ! 」すると彼女は「ええ、 勿論ですとも、私たちが可愛いポーイ・ニューズを忘れる訳があり 戻ってみると、ソールフィンはさらに回復し、ノルド人たちはっ ません」と言って、私を抱きあげてくれた。 ぎの朝出立する準備をととのえていた。その夜、ソールヴァルトは 恐ろしげな大男は私に顔を近づけて、あの奇妙なうたうようなド院長の書斎にもう一つ藁のマットを持ちこみ、私たちといっしょに ィッ語でこう言った。 床で眠った。院長が老いた女だという理由で、諸君はこの振舞が部 「ポーイ、広い海で鯨がはねるところや、岩の上で吠えたてるオッ下たちの嘲笑をかったとお考えになるかもしれないが、おそらくソ トセイを見たくないかね ? それとか、巨人が腕を伸しても、てつ ールヴァルトは若い女のひとりを相手にした後で、我々の所に来た ペんに手が届かないほど高い崖や、真夜中に輝く太陽を ? 」 のだと思う。なんとなくそんな様子があった。寝具といっても院長 「見たい ! 」と私は答えた。 には穴のあいた古い茶色のマントが一つあるきりで、彼女と私がそ ットレス 「しかし、おまえは奴隷になるんだそ」ソールヴァルトが言った。れにくるまって寝ていると、彼が入ってきてもう一つのマ 「ふたれたり、ひどい目に会わされるかもしれんし、いつだって命にどさりと横になり、ロ笛を吹いた。そして、暫くして言った。 令されたことをしなけりゃならんのだ。それでもいいのか ? 」 「明日だ、出帆の前に、古くから伝わる修道院長の財宝というやっ 「いやだよ ! 」私は安全なラーデグンデの腕のなかから、夢中になを見せてもらおう」 「お断りします」とラーデグンデが言った。「あの協約は破られた って言ったものだ。「ぼくは逃げてやる ! 」 大男は吠えるような大声で笑いだし、それから私の髪をくしやくのですから」 ノルド人はナイフを手でもてあそんでいたのだが、それを聞いて しやにしながらー、ーーちょっと荒つぼすぎると私は思ったーーー言っ た。「俺は悪い主人にはならんさ。俺の名は赤髯の神トールにちな親指の腹を刃に沿って動かした。「無理じいもできん訳じゃない」 んでいるんだ。彼は強くて喧嘩早いが、性格はいいやつなんだ。俺「お断りします」じっと我慢して彼女が言った。「私はもう休みま もそうさ」院長が私を下におろした。そして、我々はまた村へと歩す」 きだした。ソールヴァルトとラーデグンデ院長は、この世界のさま「それほど、あんたは死をなんとも思わんのか ? 」彼が言った。 ざまな栄光について話していた。シスター・ヘドウイクが低い声で「たいしたものだ ! それでこそ勇敢な女というものだ。スカルド 8
なんとしても帰らなくては。眠れ、眠れ、このばか、と彼は自分のあいだを行き来し、端までくるとちょっと立ちどまっては、キッ を叱りつけた。笑いがこらえられなかった。胸にこみあけてきて、 と鋭い目をあげた。ファロンはその姿から目がはなせなかった。小 ナしふ老けていた。頭髪とひげはま ぎゅっとひきむすんだ口を割って出た。ファロンの笑いかたは、お説の記憶から想像したよりは、。こ : かしくてたまらぬ人よりは、息をあえがせている人の声だった。大だ黒々として、そのなかを白い線が一本走っているのは古い傷跡 声で笑い、喉の奥で笑い、ひきつれをしすめようとしては、あわてで、顔のいちばん下までつづいていた。だが、顔そのものは老いの やつれが著しく、目はしわのなかに深くく・ほんでいる。ファロンは て息を吸い込んだ。目に涙がたまり、まるでどこかの病棟でべッド きん に縛りつけられたみたいに、首を左右にふりたてた。もそもそう ) 」金取引場にいたタイグのことを思いだした。かっては金取引場きっ きだしてののしる男もいたが、最後のページで全員死んでしまう作ての切れ者だったが、いまは燃えっき人間と呼ばれていた。タイグ の目には、間違いなく自分を、自分だけを待ち受けている悲劇を、 品の一登場人物、ファロンは、とめどのない笑いに身をふるわせ、 わめきたてた。もう眠れないことはわかっていた。 どこか期待しているようなうつろな表情があったが、エイ ( ・フの目 がそれだった。だがファロンが、エイハ・フもあのタイグ同様、もは ゃなにもない空つぼの人間なのにちがいないと思い込んたあと、そ のエイハ・フが、歩く道筋の端まで行って立ちどまり、コンパスをの 不眠の夜の結果である病的に冴えた目で、翌朝ファロンはビークそいたり、マストに釘づけにされた金貨に見入るとき、まるで雷光 オド号の甲板を見た。まだすこしショックはのこっているが、頭にに打たれたように、なにかしら身をすくませる熱情にとらえられ しつかり手綱をかけておけば、疲労が思考をさまたげ、再度噴きだて、その姿が硬直するのだった。まるで太陽の全エネルギーを集東 そうと待ちかまえている苦悩を感じることもなさそうたった。塩酸する宇宙レンズみたいなものの焦点に立ったかのように、つぎの瞬 間ばっと燃えあがるのではないかと思われた。 入りのフラスコをはこぶ人のように、彼は自分の知識をそっと持ち はこんた。 ェイハプは金貨をひたとみつめてひとりごちた。その声は会話調 いずれは眠りが、そしておそらく眠りとともに脱出の時が、おとで、ファロンが想像していたよりかんだかかった。そんな彼を驚異 ずれるとわかっているから、彼は科学者の冷静さで観察した。前日と不安の面持ちでながめるのは、ファロンだけではなかった。 「山頂とか塔とか、すべて雄大で高峻なものには、きっと何か自我 の引き写しのような、明るく晴れ渡った日だった。船はきれいにな 三つの嶺々は悪魔の って、いつでもその仕事にとりかかれるようになっていた。帆もす主義なところがある。これを見るがよい いかめ べてととのい、あとは軽風を利用するばかりで、檣頭には見張りがように傲っておるじゃないか。厳しい塔、あれはエイ ( ・フた。噴火 ついていた。男たちは甲板をぶらついた。後甲板ではエイ ( ・フが、山、あれはエイ ( ブた。勇気凜々、威しのきかぬ勝利者然とした雄 義足の人とも思えぬしつかりした足どりで、羅針箱とメインマスト鶏、あいつもやはりエイハプだ。みなエイハプだ。そしてこの円い 5 きん おご
を知らぬ。されば万物は殺されるのだ」 後にやり合ったときも、そうやってはじまったのだった。 ・、ツクはいいすてて、そこをはなれて行き ェイハ・フは船を台風のまっただなかに突っ込ませていた。帆はず 「仕事にもどれ」スターノ たずたに裂け、男たちは風に負けぬ大声でわめきながら甲板を走 かけた。 ファロンはその肩に手をかけた。「なんとかーー」 り、ポートが流されたり、たたきつぶされたりせぬよう、固く締め スタバックはびつくりするほど乱暴にふり向いて、ファロンをつけにかかっていた。スタブは左手をポートと手すりのあいだには 突きとばしたから、ファロンはあやうくひっくり返るところだっさんでしまい、右手でおさえて顔をしかめていた。檣頭にはセント ・エルモの火が光った。ェイハプは右手に避雷針をにぎり、右足を た。舵手がこちらを見ていた。 「仕事にもどれ ! おれがなにを考えてるか、おまえにわかってたひざまずいたフェダラアの首にかけて立ち、稲妻に向って語気激し まるか。これ以上うるさくいうと、ただはおかんそ。三百番配当のく呼びかけていた。ファロンは足をすくわれぬよう、支索にしつか 男が、おれにいうことなどない。さあ行け」 りつかまっていた。滑稽な光景だった。おそろしくもあった。 しれもの 「いまやいかなる怖れを知らぬ痴者も、おぬしに立ち向かおうとは ファロンは逆上した。「ええもう。ばかにもほどがーーー」 「いい加減にしろ ! 」スター / 。、ツクは手の甲でファロンをひつばたせぬ ! 」ェイハ・フは嵐に向かって叫んだ。「おれはおぬしの言葉な ふる とど いたーーースタインがやろうとしたように。スタインの手はあたらな く止まるところなき威力を認めるが、さりとておれのとどろき震う ・、ツクのほうが、スタイン・ジュニアより腕がいし かった。スター / 生涯の最後の息を吐ききるまで、おぬしの力が無条件無原則におれ ようだ。頬がひりひりした。なによりも屈辱的たったのは、そのとを支配することには敵対するそ。この人格化せられた非人格の肉塊 きの自分の姿で、分際を知らされたみじめな反逆者といったところの呼奥に、頂天立地、ここに一個の人格がある」 サイコ だった。ファロンがと・ほと・ほ歩きだすと、スター、 / 、、ツクは冷静をとすさまじいな、とファロンは思った。心理療法陰語だ。メルヴィ りもどした声でいった。「おまえは自分の良心に従え。おれはおれルは嵐を書き込むことによってエイ ( ・フに、自分をくつきりきわだ の良心に従う」 たせるための背景をあたえているのだ。メルヴィルの時代には、あ まりリアリズムは好まれなかったのだろう。彼は向きをかえ、後甲 0 板のポートを締めつけにかかった。ポートの艫はすでに波でつぶさ れていた。その波はファロンも入れて三人の男を、すんでに舷外へ また稲妻が走った。 連れ去るところだったのだ。稲光りがし、一瞬遅れて雷鳴がとどろ あが いた。ファロンは五秒かそえたら雷が一マイル先であることを思い 「まことのおぬしを崇める途は、おぬしに向かって挑むほかにない 9 ことを、いまこそおれは知ったのだ。も尊敬もおぬしには気に染だした。それでいくと、いまのはみんなの尻の下で光ったのにちが さっ いない。乗組員の大半の者が、エイハブと、檣頭にぼーっと燃える むまい。憎しみのためとても、おぬしはただ殺をもって報いるほか
の現場リハーサルに乗り込んで来た〈・・ いて見ると、こっちは彼等の親父ほどのとしにな 八月号の、〈責める〉話の続き、その、ス。ヘー ス・オペラを書きたいというきみの〈きっかけ〉 ・・ C ・コントロール・東京〉とやらのリーダ っているのだから : ・ ー・か、まアー を責め抜く為には、先に舞台というか、枠という つまり秋なのである : ・ まさに全身からカリスマ性を発散 か、骨組みみたいなものを設定することを話して させているような、界にもこんなのが居たの かと目を見はるような、実にカッコいい男のコな この頃、仰天するのは、どこの大会でも仲おくべきだった。 のであるー さきに言っておくが、この骨組みをどう設定す 間内からかき集めてくるらしい映像・エレクトロ るかで、きみの書こうとしているス。ヘース・オペ ニクス関係器材の多様さ、豊富さである。みんな あたしはアッチの方の好みはないが、アッチの 豊かなんだね工。それをまた、実に巧みに駆使し ラの形は一応決まってしまう。 人達が見たらあれは戦慄するね、きっと ! て効果をあげていくあたり、こっちとしては感心 もちろん、それは極めて流動的なもので、結果 肩章つきの白シャツにびつくりする程長い紺の 的にはズタズタな改変を加えに加えることになる ズボン、レイ・ハンのサングラスを掛けたままの彼するほかない。 — 0 0 C Z 1 では参加者の登録にコン。ヒュ のだが、とにかく、ここでは私の真似なんかした を中心に、五人で〈キャ。フテン・スカーレット〉 ら駄目だ。あくまで、君独自の舞台を、つまり、 のテーマを踊るのだが、これがきまってるのなん ーターも導入していた。すでに他でもやっている の ! かなり強烈なレッスンを積んで来たなと、 のだろうが、誰か大会運営のため、参加者登君独自のスペース・オペラの構成を作っていかな 。フロ ( ! ) であるわたしは見た。 録や会計関係だけではなく、宛名のプリントアウければならない。 まず、例の構成用紙を一枚。 ほの暗い客席の最後列からは、仲間の、あきら トから、当日の一般向け・会場レイアウトや催事 スケジュールのリアルタイム・ディスプレーまで かに彼のカリスマ性にまきこまれちまっ・てるらし 左端に一本縦線を引く。 線の上端がお話の発端、下端がおしまい。 い若年増風の女の子達から苛酷とも思えるきびし含んだソフトを作ったら、みんな大助かりだろう もし、仕上り枚数を決めるのなら、上端を一、 と思う。すでにホテルの O システムを活用 い駄目出しや指示の声がポンポン飛んで、それが また、びたりはまっててねえ、かっこいいのなんしているのだから、〈大会ビデオテックス〉下端を一〇〇なり二〇〇なり、予定の枚数にして が出現するのは時間の問題だろう。大変な時代に こうも迫力のある、ちゃんとした演しものを見なったものである。 私は私で、〈大会で歌う為の日本アニ せられると、プロとしても嬉しくなってきて、思 わず舞台へシャシャリ出てフロアに・ハミって ( 踊メ・テーマ・ソング空オケ集大成〉をつくろうか と準備をしている。 り手の相対位置をびたり決める為、床に必要なマ 合宿の真夜中に・ハカ声はり上げてワメく時、空 ークをくつつけるプロ、のやりかた ) 上げたりして しまったのだが、あとで聞くと、その踊りは特撮オケがあったら一段と楽しくなるだろうと思うの だ。私個人としては、空オケという奴が大嫌い 大会での演しものなんだそうで、こっちのショー で、とりあえず地球上から抹殺してしまいたいも では本番が見られず損してしまった。 のの筆頭なのだが、大会を盛り上げる為とな それにしても、彼等の、青春がほとばしってい る : : : という感じが、いつもながら、老醜肥満のれば背に腹は替えられない : 野暮狸の身の上にとってはどうにも妬ましくて辛 さて : : : 、それはさておき : : : 本題の方だが : ・ くてね工 : いつも同じ世代のつもりで居て、はっと気がっ SENSE 〇 F W 〇 NDERLAND / 彡
ものだった。 なかった。彼はあの狂人が鯨を追うのをやめさせないのだ。だが、 ックがこのばあいどうだっ 「なんだねー このスター / ・、ツクはーー作中のスター・ハ ファロンはなにも、・ほん ファロンは自分が甲板のほうを向き、スター・ハックが甲板を背に たにせよーーー現状を面白く思っていない。 やりすわって成り行きを待っていることはないと思った。やってみして自分のほうを向くように立った。それで自分たちからはなれた 場所でなにがあっても見えるし、だれかきてもわかる。 る手だ。 たカ、いまではない。 「今朝ェイハブ船長と話したあと、おこってましたね」 スター。ハックは怪訝な表情をした。 人種差別は、じめじめした船倉のいちばんつらい仕事を、三人の ークエグにふりあてた。彼らは「油漏れのことをいったら、船倉をひらくあいだも鯨追跡をやめる 有色人、ダグーとタシュテゴとクイ 文句をいわなかった。ひざまでビルジにつかって、船倉の殺人的なわけにはいかないといわれたんでしよう。ちがいますか」 熱気と息苦しい空気のなか、苦労してオイルの樽のまわりをまわっ 一等航海士は警戒の目で彼を見返した。「エイハ・フ船長とおれの たり、上を乗りこえたりして、あたえられた仕事をやった。 あいだでなにがあろうと、おまえや乗組員の知ったことじゃない。 日が暮れてようやく、三人は本日の作業終了をつげられ、汗と汚そんなことでおれを煩わせにきたのか」 水にまみれ、打ち身をいつばいつくってあがってきた。ファロンは「わたしにもかかわることです」と、ファロンはこたえた。「ほか 精油装置にぐったりもたれてすわった。ほかの者もきてすわった。 の乗組員にも、当然あなたにもかかわることです。われわれはあの のつぼのクイ ークエグは咳の発作におそわれ、水夫部屋のハンモッ人の命令に縛られているが、しかしあの人の出す命令ときたらどう クへ行った。ファロンは体力の回復を待ち、汗が腕に首に、乾いてだろう。あなたがなにを考えているか、わたしにはわかる。あの人 ねばりつくのを感じた。雲はなく、月はほぼ満月だった。ふと、後のもくろむ個人的復讐が、あなたにはこわく、不快なのだ。あなた 甲板の最後部にスターバ ックが、マストに向いてたたずんでいるのの胸の内がわたしはわかる。今朝、この手すりにもたれてなにを考 が見えた。スペイン金貨を見ているのだろうか。 えていたかわかる。あの人はわれわれ全員を殺すまでやめはしな ファロンはふらっきながら立った。足に力がはいらなかった。すい」 ぐそばへ行くまで、一等航海士は気がっかなかった。ようやく顔が スタックは自分の内に引っ込んで行くみたいだった。ファロ あがった。 ンは彼の目に、疲労の色が濃いのを見た。一等航海士が酒飲みだと 「なんだ」 は思わないが、なんだか長い週末の酔いが、たったいまさめた人の 「ミスタ ・スター・ハック、・せひきいてもらいたいことがある」 ように見えた。スター・ハ ックのなかに、一拍遅れのゼンマイ仕掛け スタしハックは彼をはじめて見るような目で見た。ファロンは自があって、それがいま、認めたくない真実を突かれた酒飲みの反抗 信と真剣味にあふれているように見せた。それならでお手の心でうごきだしたようだった。仲買商社でスタイン・ジ、ニアと最 238
っと緊張がほぐれると、また呼吸を再開した。あまりにたくさんの老人はいまや全力をふりし・ほった声をだしていた。少なくともひ 感情が沸きあがろうとするので、そのびとつひとつがどのような感とつの戦争を停戦においこんだことのある声であった。 情なのか、判別をつけることもできなか「た。しゃべることができ「わしぐらいの年の男に何人ぐらいの友人がいると思っているの よ、つこ 0 だ ? あなたのような考え方をしている者が当たり前だと思ってい 「さらには」と老人はしゃべりつづけた。「なぜっぷしたのか、誰るのか ? わしらはこの問題をわかちあい、友人にな 0 た。あの = にも言わないことにしよう。これでわしの政治生命も終わりじやろレヴ = ーターから出てきて、わしを本当に驚かせたのは、この四半 う。退職などこれまで考えたこともなかったが。しかし、あなた世紀であなたが最初だ。まもなく、わしが信義を破ったというが は、つぶさねばならぬとわたしを説得した。理由を教えてもら 0 流れはじめ、人々はあの = レヴ = ーターに乗るのをやめるじやろ て、わしは : : : 嬉しくーー」顔が苦痛にこわば 0 た。「ひどく悲しう。あなたはわしを気にいったようだし、わしはあなたを失うこと ができない」 老人は微笑した。その微笑は数十年かけて顔に溶けこんできたよ 、、ほとんど聞こえない声で言 「わたしもそうです」ドロシイは低 うに見えた。 「がんばりたまえ、ドロシイ」老人は言った。「恐ろしい知識をも 老人は彼女を鋭い眼で見た 1 ったわれわれは、たがいに慰めあおうではないか。いいね 「ある種の戦いでは、たとえ勝っても、いい気分を味わうことはで 優に一分ほど、彼女は呼吸をととのえることに神経を集中した。 きない。たった二種類の人々だけが、そのような戦いをすることが できる。愚か者と非凡な人だ。あなたは非几な人だよ、ミセス・マゆっくりと息を元にもどした。やがて、おそるおそる、彼女は自分 の感情をさぐった。 ドロシイは不思議そうに言った。「なぜ、わかちあ 「なぜです ? 」 彼女は立ちあがり、ジ一ースをひっくり返した。「 ったほうがいいのです ? 」 「わたしは愚か者です」 「なんでもそうなのだ」 彼女は叫び、とうとう自制心がくだけ散るのを感じた。 彼女は老人を見て、徴笑もうとした。ようやくのことで、成功し 「ドロシイ ! 」老人が怒鳴った。 こ 0 彼女は殴られたかのようにたじろいだ。 「ありがとうございます、上院議員」 「はい ? 」と無意識のうちに言っていた。 これは命令だ。もっとしゃんとするのた。取老人は微笑み返し、この会話のすべてを消去した。 「取り乱すでない ! 「ボ・フと呼んでくれ」 り乱したら、もう元には戻らないのだぞ」 「それで ? 」彼女は敵意に充ちた声で訊いた。 み っ 1 4