院長 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1984年11月号

らないのだ。いかにも引き受けそうにして、かっ、可能ならば助カ 彼は返事をした。 「そういうことですから、もしよろしかったら司政官殿からもご助すべきなのである。とはいえ実際に具体的な業務をとりしきる TJQ 2 1 がどういうかまだわからないのだから、言質を与えるのはやめて 力を願えるとありがたいのです。もちろん、無理は申しませんが」 : そういう答えかたになったのであった。 チャムパト院長はそういうと、横のダノンに目をやった。「ダノ 「とにかくーーー」 ンくん、後輩のきみからも、お願いしてほしいところだな」 チャムパト院長がまたいいかけたとき。 「ひとつ、よろしくお願いいたします」 ノックの音がして、ひとりの職員が入って来ると、院長に小声で ダノンは、素直に彼に向いて、深々と頭をさげた。 何かを告げたのだ。 「ごもっともです。びとつ、検討させてみましよう」 彼は、記者会見の準備が出来たのかと思ったが、そうではなかっ 彼は答えた。 こういうことになるかも知れないとは、彼ははじめから漠然と予た 「申しわけありませんが : : : 急な映話がかかっているとのことで、 期はしていたのだ。それがチャム・ハト院長のさきの説明を聞いてい るうちに、これでは多分そうに違いないと考えるようになったのだちょっと失礼します」 : ・思った通りなのであった。それに、院長がわざわざダ / ンを院長はそうことわって、座を立ち、その職員と一緒に、部屋を出 引きとめたのは、なるほど後輩のダノンが先輩だった司政官に話して行った。 たいことがあるだろうとの思いやりがなか「たとはいえないたろう映話ならこの部屋の院長のデスクにもあるのだが、別室へ行「た が、こういう役目をさせる目的もあったのではないか ? 考えてみのは、客の前で話せない内容の用件なのかも知れない。 院長がいなくなって、先に口を開いたのはダノンのほうだった。 ればあたらしい司政官がこの西北養育院の出といっても、チャム・ハ ト院長は直接のかかわりは持っていなかったのである。司政官であ「ガレャン院長とは、だいぶ違うでしよう」 と、ダ / ンはいったのだ。 る彼とのパイゾ役に、ダノンを持って来るというのは、ごく自然な その発言は、い、かたとしては司政官に対するものであったけれ 発想であろう。 助力というのが経済的なものなのか、司政庁からの何らかの便宜ども、中身はまぎれもなくガレャン・・ビアが院長だった時代 供与を指しているのか、あるいはその両方を考えているのか : : : 彼の者どうし : : : その後輩が先輩に同意を求めるものであった。 にはわからなかったし、それだけのことが今の司政庁に出来るの だから彼は、ためらわずに喋りかたを切り替えたのた。 か、出来たとしてもほかから不公平だとの文句が出ないのか : : : 彼「なかなかの、野心家のようだね」 には不明だった。不明だが、あらゆる方面に好意的に出ようとの方彼は応じた。 針を維持しようとするからには、拒否しそうなそぶりを見せてはな彼のその口調に、ダノンはにやっとし、頷きながら、いうのだっ

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と、チャム・ハト院長はいったのだ。 かの方法で会話を中断させようとするのが、順当であろう。 とすれば、誰かが戻って来る気配をが感知したというの院長が、映話が終了したときに記者会見の用意が出来ているのを が先だ。 知ったのか、映話が終ってもすぐにここへ戻らず何かしていたのか ・ : 彼にはわからなかった。そして、自分がこんな忖度をするとい なりなりは、彼とダノンが会話に熱中して、ここ の人間が戻ってくるのに気づかないのではないか、と、あやぶんうのは、自分が、いかにかっての院生の先輩後輩といういわば内輪 で、警告したのではないか ? ふたりの話の内容が、チャム。ハト院どうしだとはいえ、チャム。ハト院長や院長のやりかたについての批 長ならむろんのこと、ここの職員たちに聞かれては具合いの悪いも判的言辞をダノンと交したための、軽いうしろめたさがなさせるわ のであったことは、事実なのだ。人が来る前にやめさせよう、と、 ざなのか、と、思ったりしたのである。 警告どして声を出したのだと考えることも出来るのだ。 彼は立ちあがり、チャムぶト院長たちにつづいて、記者会見にあ どれが当っているか、彼にはわからない。わからないけれども、 てられた部屋に入った。 誰かが戻ってくるということだけは疑いなかった。ロポット官僚が記者会見は、はじめのうちは主として、古巣の西北養育院を訪ね 司政官に嘘をつくことなど、あり得ないからである。 た彼の心境や、養育院の印象といった事柄に費された。当然そうで とすれば : : : 他の人抜きでダ / ンだけと話すことがあるのなら、 あろうと予想はしていたものの、これは彼にとっては不用意に答え 今のこの瞬間に完了してしまわなければならぬ。 られない、神経を使う仕事であった。というのも、こういういわば 脳裏を電光が過ぎるようにそれだけの思考が走るのに、こういう情緒的な問題になると、報道陣はあらかじめ彼の返事をある程度予 とっさの分析に馴れている彼でも、やはり、一秒あまりかかっただ想し、期待しているもので、そこを外れると次々と突っ込んた質問 ろうか。もうそのときにはドアの外に足音が近づいて、 / ックするが出てくるもので、そうならないように気をつけねばならなかった のが聞えた。 のだ。そしてまた、もともとチャムバト院長がこの記者会見を設営 「考えてみよう」 した目的が、司政官自身のロによるウイスボア州立西北養育院のイ 彼は短くいい、ドアを見て、声を大きくした。 メージアップにあったことは歴然としていたから、まともに院長の 「どうそ」 方針や今の養育院の行きかたに異を唱えるのはむろんのこと、そう 、賞揚すべ 別に彼がそんなことをいわなくても開けられていたであろう、と匂わすだけでもまずいことになるのはたしかなので : いう位の間隔で、ドアが開いた。 きことは賞揚し、そうしたくないことは私はタトラデンを長く離れ 姿を現したのは、チャム・ハト院長と、ふたりの職員である。院長ていたのでよくわからないが、院長の努力には敬意を表したいと思 の映話が済んだのはたしかだが、それだけではなかった。 うーーといった表現で応じる、ということが必要だったのである。 「記者会見の用意が出来ました。どうぞこちらへ」 中にはいささか意地悪い記者がいて、あなたのいたころと今とでは 6 2

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20 を、【 - 0 い . い が醜聞ですって ? 」冗談めかして話はいつも打ちきられた。と言う のは、院長は私の義理の母がどれほど私を厭って辛くあたり、父が ミリ・テキンソン それにまったく無頓着で、兄弟も姉妹もなく、私がどんな境遇にあ るかをよく心得ていたのだ。断っておくが、こういった冗談や人の これはわが修道院の長であったラーデグンデ修道女と、この村に名前に″大切な″とか″私の大切な″とか付けて呼びかけるのは、 ノルド人たちがやって来たとき、なにがあったかの物語だ。これかたんなる彼女の習慣にすぎなかった。彼女はあらゆる点で、人並み ら私は耳に聞いたままにではなく、それを私が眼にしたままに語ろ外れた所のある女性だった。前の院長へラーデは、ラーデグンデが うかと思う。と言うのは当時私はまだ子どもで、院長にたいそう可里子として修道院に連れて来られてまもなく、その偉大な天分を見 愛がられ、使い走りの仕事を一手に引きうけていたからだ。と言っ抜き、勉学のために南方へ送った。これはわが修道院では前例のな ても、あの峻厳な老いた舎監クングントは、彼女は前の院長より いことだった。話というのはこうだ。ヘラーデ院長は或る日、ラ】 長生きをしたのだったが、いつも私が女ばかりの修道院に入り浸りデグンデが院長の書斎で、かの偉大な光明の書を読むような素振り で外聞が悪いとこぼしていたものだ。しかし、院長はいつも穏やかをしている所を発見した。幼な子はどうやったのか聖書台から書物 にただこう答えていた。「大切なクングント、たった七歳の男の子を引っぱり下し、床に坐って膝の上に書物をひろげ、一方の親指を 他の饗宴を奪われて 私はひとり自らを餐し Souls

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しかしこれは今の場合、会話とは無関係である。彼はこのことをばして喋ったのではない。要点をはっきりさせ、まとまり良く的確 に話したのだ。それは院長の明敏さを示していたともいえるし、同 頭の隅にしまうにとどめた。それに今の言葉は、院長室の壁ぎわに 佇立しているロポットたち、なかんすくによっても聞かれ時に、院長がこのことについては頭の中ですっかり整理がなされて ており、に送られのデータのひとっとなったはずなのおり、すでに何度か他人に説明したせいなのかもわからなかった。 そんなしたいで、チャムパト院長の話は意外に早く終り、終る だ。それをがどう受けとめるかは別の問題であるが : 「そういう流れの中にあって、この西北養育院は、私がいうのも何と、彼の顔をみつめていったのである。 「ま、大体はこういうところです。しかし計画はあっても、こうい ですが、相当な実績をあげていると自負していますー うことは援助がなければどうにもなりません。ご存じでしようが養 チャム・ハト院長はつづけた。「その上、このたびはここを出た方 がタトラデンの司政官になったのですから : : : ますます注目を浴び育院に廻ってくる予算は、たかが知れておりますのでね」 「それはお察しします」 ることになりました。名誉なことです」 「いろいろと、あたらしい試みもしておられるようですね」 一応は相手の言を受けたかたちでたが、彼はさりげなく、話を少 月 1 日月ー月引日水 スポーツ図書フェア 1 グランデ 2 階 し外した。チャム、、ハト の今のやりかたに対して、彼は面と向って否 定もしない代り、積極的に肯定の意を表することもしたくなかった 1 月日月ーⅱ月日金 ぐるまの本」フェア のである。そのためには西北養育院の実績とか評価とかについての グランデ 5 階 話題は長くつづけないほうが安全だ、と、思ったのだった。 エキサイティング 1 月 1 日明 51 月引日水 : これは、チャムパト院長にはすみをつける格好になった。 フックマート 4 階 プロレス図書フェア 「それなのです」 学 チャム・ハト院長は、身を乗り出した。 代 尹築化職会庫童 趣演ア さら そして、さきほどの説明で話し切れなかった事柄をいし 0 カテ建理就社文児 に、現在計画中のシステムや新設備について、喋りだしたのだ。 学機生経教詩家 聴きながら、彼は、まだ発言の機会を得られないでいるダノンの 0. ンク噺グ 田 3 典気衛学学術 ほうに、ちょっと視線を走らせた。ダノンは院長の話に耳を傾ける の 泉一文文泉」辞電医法哲文 人 しぐさをとっていたが、彼の視線に出会うと、ほんの一瞬ながら、 田町皆皆階階階階階 代呆ー・ 5 ・ 門書 千 6 5 4 3 21 地 若 あきらかな苦笑を浮べてみせた。 圭日〔 1 専 もっとも、チャムバト院長は、そうした事柄をだらたらと引き延 2

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間なく院長がくり返した。「冷静に、みなさん。冷静に。なにも危うにして壁から十字架をむしり取った。 ! 」途端に院長が叱りつけた。そんな鋭い院長の声を、 険はありません」そして、誰かれなしに穏やかに名前で呼びかけ「シビード た。やがて、ふとい丸太が大扉に差し込まれる雷のような響き、人私は聞いたこともなかった。「それを戻しなさい。さもないと私は びとがいっせいに息を飲むと、事態はさらに難しくなった。そこはあなたをぶちますよ、さあ早く ! 」 もう階段のすぐそばだった。私は院長が奇妙な異国の言葉で、なに ・ハイキングの手にかかって殺される危険もかえりみないほど必死 になっていた若い女が、院長のわずか数発の平手打ちを恐れて引き か謝罪のようなことを言う声をきいた。たぶん、なにか「手間どっ て済みません」とでもいうような意味のことだ。そして、一時代かさがったとは、なんと奇妙なことだろう ? しかし、人間とはそう ・シビードは十字架を元の場所に戻し ( すぐ とも思われるような時が過ぎて、ようやく階段の人ごみにわずかなしたものだ。シスター 隙ができた頃、私は院長が群衆の扱いにくさという言葉で、なにをにソールフィンがそれを取った ) 、しくしく泣きながら修道女たち 言おうとしていたかを理解したのだ。それは人ごみにもまれた或るのなかにまぎれこんだ。「あの男は、わが主なる神の聖性を奪いま 男が、思わず武器を振りまわしたのだったかもしれない。さして遠した ! 」 くではなかった。あるいはもっと単純に、その男は誰かにつまずい 「ばかなことを ! 」院長が叱りつけた。「聖性を与えるのも奪うの て転倒し、頭を割ったのだったかもしれない。我々は彩色された木も、神のみのなされること、人間にそんな力はありません。あれは ただの金属のかけらです」 彫りの大きな十字架像と、もっと小さな真珠と金の十字架像のある 広間に入った。そこには金糸のぬいとりが施された緋色の壁布もあ ソールヴァルトが鋭くソールフィンに声をかけた。若者がゆっく って、私はよくあれで泥棒ごっこをしたものだ。真の泥棒がどんな と十字架を掛具に戻した。そのふてくされた顔は、どんな言葉よ 、恐ろしげな男たちの眼は、 ものかを知る以前に。それら背の高い りも雄弁に語っていた。どうせ、俺の欲しいものを俺にくれるやっ 私がどこの村にもあるのたろうと空想していた品々を見ると、物欲はいないのさ。その後は大広間でも院長の書斎でも、また貯蔵庫で にぎらぎらと輝いた。シスターの大多数がまだ大広間にとどまっても外の調理場でも、べつに取りたてて不具合なことは起きなかっ いたが、ノルド人が入っていくと人びとはみな壁ぎわに退ったのた。ノルド人たちは黙りこくって剣のつかから手を離さなかった で、室内はさほど混みあった感じもなかった。若い女たちが全員一 が、院長は冷静に二つの言葉を使いわけて喋りつづけた。我々に向 隅に身を寄せあって、怖そうにしていたーーまるで恐怖がその一隅 かって彼女はくり返した。「ね ? これで大丈夫なのですよ、でも から臭いたってくるように感じられたーーーやがて、例の若いソール みんな静かにしていなくてはなりません。神が私たちをお守りくだ フィンが黄金と真珠の小さな十字架に歩みよると、シスター ・シビさいます」その表情は沈着で、生き生きと明るかった。私は彼女が ・シビードとそ ードが甲高い悲鳴のような声で「それはわれらのキリストの肉体な聖女であると信じた。このときまで彼女はシスター のですよ ! 」と叫び、相手に手を伸すいとまも与えず、飛びつくよのほかの私たちを無事に救っていたのだ。 5 ′ 0

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それはたしかにそうであろう。タトラデンを自己の意志で去り、 チャムバト院長の流儀が肌に合わないからといって、ここでわざ ひとたびはタトラデン植民者社会と縁を切った彼には、何もいうこ 2 わざ異を唱えるような愚をおかすつもりは、彼にはなかった。ない とは出来ないのである。 以上、和する態度を示すのが、作法というものである。 だから、それはそれとして : : : 彼が注意を惹かれたのは、ラドラ 「用意が出来たら、呼びに来るはすです」 1 スンという名前が出て来たことであった。ラドラースンは九九七 院長はまたいい、彼は軽く頭をさげた。 「ところで : 星系第三惑星で、タトラデンを含む第四五星区・十四個の星系中、 : いかがでした ? 」 ややあって、チャムバト院長は、ロを開いた。「司政官殿がおら七つある植民世界のひとつなのだ。彼は自分がタトラデン出身であ れたころから見ると、この養育院もだいぶ変ったのではありませんり、さらに訓練や学習、また、タトラデン赴任にあたっての再学習 ということもあって、当然ながら七つの植民世界名はそらんじてい る。順不同に挙げれば一〇〇三Ⅲタトラデン、一〇〇七Ⅱレクサン、 「そうですね。何しろ、私がここを出て長いですから」 一〇〇九Ⅲセゼアヌン、九九七Ⅲラドラ】スン、九九九Ⅱザラエ 彼は、そんな受けかたをした。 ン、一〇〇〇虹ハクシエヌン、一〇一〇Ⅱデセイヨンだ。だがそれ 「これも、時代の流れということでしような」 チャムパト院長はいう。「ご存じの通りタトラデンというところはタトラデンを除いて、いずれも知識として覚えているのだった。 は、エネルギーをまだまた失いそうもない、いを わ・よ雑駁世界でしてタトラデンの植民者だった時分にも、同じ星区にそういう植民世界 が存在するという話は何度も耳にしたけれども : : : それらはあくま いや、私はタトラデンを出たことがないので、これはラドラー スンから来た人がいったことの受け売りですが : : : 中でもウイスボで別世界であって、それほど身近なものではなかったのである。 ア市はどんどん発展し変化しているのですから : : : この西北養育院ところが、チャム ' ハト院長がこうして簡単に、ラドラースンから 来た人、などと喋るとなると、たしかに昔よりはそれらの世界が近 も、例外ではないということでしようか い存在になっているのだろう。チャムバト院長が、そのラドラース 「そうでしようね」 ンから来た人間と直接話し合ったのか、それともタトラデンを来訪 彼は頷い チャム・ ( ト院長のいいたいことは、彼にはよくわかる。もしも司した人物の語録めいたものがマスコミで紹介されたのを引用したの 政官が以前のかたちの愛着を抱いていたとしても ( それは事実そのか : : : 彼にはどちらとも見当がっかなか「たものの、以前より他の 世界との距離感は縮まっているのは疑いないのた。この感覚が、第 通りなのだが ) 現在のように変貌して来たのは時代の必然であり、 かっ、これはタトラデン植民者社会自身の問題であって、やむを得四五星区プロック化の進行や星間交流会議といったものと連関して いることは確実である。その状況証拠を見せつけられたようなもの ないと解してもらわねばならない との意味を、言外に匂わせて であった。 いるのだ。

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には、そうではなくなった者もいるかも知れないが、ふつうはその彼は、すすめられるままに院長室の、来客用のやわらかな椅子に腰 はすである。それはそれで明白に疎外感につらなるに違いないけれをおろした。 チャムバト院長が、テー・フルを置いた向いの席に位置を占める。 ども、疎外感としては、むしろすっきりしているとはいえまいか ? 「それでは」 なまじその世界の出身であることによる帰属意識の残骸や反撥と、 ついて来たダノンを含む三人は、それそれ用があるのか遠慮した それに伴う屈折を帯びた疎外感よりは、ずっと扱い易いのではある まいか ? もっとも : : : こんな発想は彼の場合、無意味には相違なのか、一番年上にあたる職員がそう声をかけるのと共に、会釈をし かった。彼がタトラデンの担当司政官になったのは、タトラデン世て部屋を出て行こうとした。 「ああ、ダ / ンくん」 界が連邦にとって不都合な方向に進みつつあるためであり、彼がそ の世界の出身だから事情に通じ他の誰よりもタトラデン社会内部に チャムバト院長がすわった姿勢で身をひねり、手をそちらへ伸ば 入り込みタトラデン社会を動かし得るのではないかということに起して呼んだ。「きみ : : : せつかく先輩が、それも司政官になって来 因していたのだ。でなければ彼はいまたに待命司政官として、・ハシて下さっているんだから : : : もう少し居たらどうかね。いろいろお ・ヨゼテンかどこかで優雅ではあるがどこか空しい生活をつづけて話申し上げたいこともあるだろうし」 いるであろう。彼がタトラデン以外の世界の担当司政官になれる確院長のそのすすめは、ダノン・・セクいビアにとって、望む 率は、待命司政官ーーそれも実習さえしたことのない待命司政官ところだったようである。 が、それ自体ひとつの層として位置づけられている現代、無きに等「ありがとうございます」 ダノンは頭をさげ、院長側の椅子に、しかし院長への礼儀もあっ しいかえれば、彼が しいと考えるのが間違いのないところである。 タトラデン以外の世界を担当していたら、との仮定そのものが、すてか、やや離れたところにすわった。 「記者会見の用意が出来るまで、それほど時間はかからないと思い でに空想的なのであった。 あるし冫 、よ、タトラデンに戻って日が経ちこうしてウイスボア市にますよ」 も来ているにかかわらずいまだに残る違和感や中途半端な感覚は、 チャム・ハト院長がいった。 「こちらで勝手に設営したりして、お これからもずっとつづくのかも知れない、と、彼はちらりと考えた疲れのところまことに申しわけないのですが : : : ま、ああいうマス りした。ひょっとすると、自分はこのタトラデンで帰還を本当に実コミ関係者というのは、こちらがへたに避けようとすれば押しかけ 感するときは、ついにないのではあるまいか、という気がしたのて来て、つまらぬ臆測をしたがるものですから。むしろ積極的に利 、と思いましてね。ご迷惑だったでしようか ? 」 だ。そして、それが予感であるのかそうでないのかは、彼には何と用するほうがいし もいえないのだった。 「いえ。とんでもない」 彼は、微笑を浮べた。 といった一連の想念や自己抑制を頭のうちにめぐらしつつ、 9

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彼が手を差しだし、彼女がその手をとった。彼が感嘆のおももち呟いていた。「あのかたは聖女だわ、私たちの院長は。信徒のため で頭を振りながら言った。「俺があんたをコンスタンチノープルでにわが身を犠牲になさって、聖女さま」その間ずっと、私たちの背 シビー 売り飛ばしたら、あんたはまちがいなく一年以内に、あそこの女王後からまるで記憶のように、とりとめもなく低いシスター になってるぜ ! 」 トのすすり泣きの声がきこえていた。彼女は地獄にいたのだ。 院長がほがらかに笑った。私は恐怖に打たれて、思わず叫んだも のだ。「ぼくもだー ぼくも連れてって ! 」すると彼女は「ええ、 勿論ですとも、私たちが可愛いポーイ・ニューズを忘れる訳があり 戻ってみると、ソールフィンはさらに回復し、ノルド人たちはっ ません」と言って、私を抱きあげてくれた。 ぎの朝出立する準備をととのえていた。その夜、ソールヴァルトは 恐ろしげな大男は私に顔を近づけて、あの奇妙なうたうようなド院長の書斎にもう一つ藁のマットを持ちこみ、私たちといっしょに ィッ語でこう言った。 床で眠った。院長が老いた女だという理由で、諸君はこの振舞が部 「ポーイ、広い海で鯨がはねるところや、岩の上で吠えたてるオッ下たちの嘲笑をかったとお考えになるかもしれないが、おそらくソ トセイを見たくないかね ? それとか、巨人が腕を伸しても、てつ ールヴァルトは若い女のひとりを相手にした後で、我々の所に来た ペんに手が届かないほど高い崖や、真夜中に輝く太陽を ? 」 のだと思う。なんとなくそんな様子があった。寝具といっても院長 「見たい ! 」と私は答えた。 には穴のあいた古い茶色のマントが一つあるきりで、彼女と私がそ ットレス 「しかし、おまえは奴隷になるんだそ」ソールヴァルトが言った。れにくるまって寝ていると、彼が入ってきてもう一つのマ 「ふたれたり、ひどい目に会わされるかもしれんし、いつだって命にどさりと横になり、ロ笛を吹いた。そして、暫くして言った。 令されたことをしなけりゃならんのだ。それでもいいのか ? 」 「明日だ、出帆の前に、古くから伝わる修道院長の財宝というやっ 「いやだよ ! 」私は安全なラーデグンデの腕のなかから、夢中になを見せてもらおう」 「お断りします」とラーデグンデが言った。「あの協約は破られた って言ったものだ。「ぼくは逃げてやる ! 」 大男は吠えるような大声で笑いだし、それから私の髪をくしやくのですから」 ノルド人はナイフを手でもてあそんでいたのだが、それを聞いて しやにしながらー、ーーちょっと荒つぼすぎると私は思ったーーー言っ た。「俺は悪い主人にはならんさ。俺の名は赤髯の神トールにちな親指の腹を刃に沿って動かした。「無理じいもできん訳じゃない」 んでいるんだ。彼は強くて喧嘩早いが、性格はいいやつなんだ。俺「お断りします」じっと我慢して彼女が言った。「私はもう休みま もそうさ」院長が私を下におろした。そして、我々はまた村へと歩す」 きだした。ソールヴァルトとラーデグンデ院長は、この世界のさま「それほど、あんたは死をなんとも思わんのか ? 」彼が言った。 ざまな栄光について話していた。シスター・ヘドウイクが低い声で「たいしたものだ ! それでこそ勇敢な女というものだ。スカルド 8

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ラーデグンデは、ときにそんなこともすることがあった。 たは与えられたのですか ! ー彼女が門に向かって歩きだした。ソー ルヴァルト・アイナルソンがあとを追って一歩踏みだした。彼女が あとも見ずに言った。「つまらないことを言うのはおよしなさい、 ソールヴァルト、私をここへ閉しこめても意味はありません。私は暫くは、すべての人びとが死んでいるように見えた。悲しみや怖 四十歳で、沼沢地へ逃げこむ気遣いなどありませんよ。リ = ーマチさは露ほども感じられなか 0 たが、私はたぶんその両方の状態にあ だし、膝は痛むし、それにここの人びとはまだまだ私を必要として 0 たに相違ない。と言うのは、あのとき私の頭にはたった一つの考 え、院長の姿を見失ったら自分が死ぬということしかなかったの いるのですから」 一瞬、沈黙が流れた。私はなにか奇妙なものが大男の表情を動かだ。そこで私は彼女のあとをどこまでもついてい 0 た。ラーデグン デは自由に歩きまわることを許され、人びとを慰さめてまわった。 したのに気づいた。彼は静かな声で言った。 とくに気の触れたシビードを。シビードは泣きながらからだを揺す 「俺はなにも言ってないぜ、院長」 彼女が驚いて振りかえった。「まさかそんな。私には声が聞こえることしかしなかった。夜が更けて修道院の財宝がことごとく持ち 去られた頃、ソールヴァルト・アイナルソンが私と院長を院長の書 ました」 斎に押しこめた。大きな家具はもうぜんぜんなく、床に藁のペッ 彼が奇妙に声を慄わせた。「俺は言ってない」 子どもと言うものは、ときになにか不具合なことを敏感に察知がぼつんと一つだけ残っていた。ドアに外からかんぬきが掛けられ た。ラーデグンデが言った。 し、自分でも気づかぬうちにそれを解決してしまうものだ。私は自 分が大急ぎでこう言ったのを憶えている。「ああ、院長はときどき「ポーイ・ = 、ーズ、コンスタンチノーブルへ行ぎたくありません か ? あそこにはトルコのサルタンがいて、いくつもの黄金のド それをやるんですよ。ぼくの二度目の母さんは、年のせいでぼけた んだって言ってます」そして、次に、「院長、母さんと父さんのとムがあり、多くの素晴しい異教徒たちがいるのです。あの男はそこ へ私を連れていって、売り飛ばすつもりのようなのですがね」 こへ帰ってもいいですか ? 」 「行きますとも ! 」と私は言い、それから、「でも、彼はぼくを連 「ええ、勿論」彼女は言った。「駈けて行きなさい、ポーイ・ニュ 」だが彼女はロごもって、まるで我々には見えないものをれていってくれるでしようか ? 」 見るといった風情で、じいっと宙の一点を見つめた。そして、それ「勿論ですとも」院長が答えたので、その問題はそれで決着がつい え、私の大切な子、あなたは私といっした。やがて、ソールヴァルト・アイナルソンが入ってきて、こう言 からやさしい声で、「いい ょにここにいたほうがいいわ」途端に自分の眼でそれを見たかのよ 7 うに、はっきりと私は父母のもとへ戻ってはいけない理由を確信し「ソールフィンがあんたに会いたがっている」そのとき私はまだ、 6 彼が死にかけていることを知らなかった。ーノルド人の側にほかに負 た。二人とも死んでいるのだ。

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を描かれた木、そして、ページには金箔を張り表紙には宝石を嵌め ラーデグンデ院長がロ火を切った。「取引に応じますか ? 」 男たちがうなずいた。まあ一応聞いてみるか、といった顔つきた多くの書物があります。このすべてを差しあげましよう。しか し、私たちはさらにいっそう高価なものを持っています。さまざま な薬草や薬、そして食物が腐らないようにする方法です。これも差 「で、そちらの代表として話をするかたは ? 」 びとりの男が前に出てきた。それはソールヴァルト・アイナルソしあげましよう。しかし、私たちはそれよりもっと高価なものを持 っています。それはキリストについての知識と、魂についての完全 ンその人だった。 かしら いつでも差しあげましょ 「ほほう、なるほど、院長がそっけなく言った。「頭を持たぬ舟人のな理解です。これも、お望みのときに、 寄り集まり。みなさんはそう決めて、舟に乗り組んだのではなかつう。あなたがたは、ただ受け取るだけでよいのです」 ソールヴァルト・アイナルソンが手をあげて制した。「俺たちは たのですか ? それが約東を守るという保証がどこにありますか ? 悪企みをするもの、約東をやぶるもの、私はそんな人たちを相手に最初のやつだけで沢山だ」彼は言った。「それと、第二のものの一 部ももらっておこうか。そのほうが実際的と言うものだ」 したくありません ! 」 ざわめきが広がった。しかし、ソールヴァレト・、 ノカ ( 近くで見る「ええ、そして馬鹿げていますよ」院長が平然と言いはなった。 と、もの凄い大男だった ) 穏やかに言った。「俺はそんなやつらと「いつものことですがね」そしてまた、私は二人がほかのものたち が気づきさえしない、なにかの冗談を話しているような奇妙な印象 航海はしない。さあ、始めよう」 に打たれたのだった。彼女がつけ加えた。「たった一つ、あなたが 私たちはみんな地面に坐りこんだ。 「さて」ソールヴァルト・アイナルソンが眉をあげて言「た。「俺たに差しあげられないものがあります。そして、これがすべての内 のほうのしきたりでは、こういった場合、あんたのほうが話を切りで、もっとも貴重なものです」 ソールヴァルト・アイナルソンがもの問いたげに顔をしかめた。 出すことになっている。そしてまた、しきたりではその話はまずあ 「わが信徒たちです。私にとって、かれらの安全は私のこの身より んたがたがとても貧しいという所から始まるのが決まりだ」 も大切です。かれらには、どんな理由があろうと、たとえ髪の毛一 「ですが、実際は」と院長。「私たちは豊かな民です」フアザー しいですか、あなた ケアプルがうめいた。そして、修道院の石垣の裏手からも、すぐに本であろうと、手をかけることはなりません。 うめき声が聞こえてきた。院長とソールヴァルト・アイナルソンのがたは力を用いて楽々と修道院に立ち入ることがおできになるでし 二人だけが、まったく動じた気配もなかった。それはまるで、二人ようが、しかし、院内の人びとはあなたがたをとても恐れており、 がほかのものには理解できないやり方で、冗談を交わしているとでしかも男たちの一部は武器を持っております。たとえ良い戦士で もいった様子だった。院長が言葉をついだ。「私たちはとても裕福も、人ごみにもまれれば自由を失うもの。あなたたちは足をすべら いえわかっていても同士 です。院内には多くの黄金や銀、真珠や刺をほどこされた布、絵せるかもしれないし、それと気づかずに、 で。 6