「そうよ。で、何なの その、緊急事態とやらはーー、何が起「中佐ーー お言葉ですが、我々技術部員は、毎日、いえ、毎時間 こったっていうの ? 」 が、 O O —との戦いでした。たから、分かるんです。今までは、単 5 答えないわけこよ、 なる調子つばずれで済んでいた。けれど、もう、手におえません。現 それに様子からすると、彼女は明らかに、少佐の居場所を知在の 0@0—= の状態を、ひと目ご覧になれば、あなたたってーー」 テックマ / っている。 「分かったわよ、技術員ーーー」 いや、それどころか、彼女は、少佐の同行者の一人に違いないと相変わらずの面倒そうな口調で、アイリーン・は言葉を継い 思えた。 さもなければ、ヴィーナスターをほとんど離れることのない女王「 だからって、どうしろって言うの ? あたしや、 0 少佐 然とした彼女が、そんな場所にいるはすがない。 に、 O O >-«のお守りを押しつけようっていうの ( : : : それにしても ) 「そうじゃないんですーーー ! 」 キュイ ロン・は、またも顔をしかめた。 思わず、ロン・ 0>-4 は、大声を張り上げた。 (-50 少佐とアイリーン・という組み合わせが、いかにも無気「言った通り、 oæo—æは現在、ある種の錯乱状態に陥りつつあ 味なものに思えたからだ。 ります。そしてーーー信じられないことに、彼女は、幻覚を見ていま 一体 : : : 彼等は、そんな場所で何をしているのか す。ええ、その様子が、モニターにはっきり現われたんです。そし 「実はーーー」 て、その幻覚の世界で、独り芝居を演じながら、ローヴァー・ 00 ロン・ O>H は、説明をはじめた。 少佐の名前を口走ったんです , ー・・・ ! 」 「の状態が、極度に悪化しているんです。もう完全に、 「ローヴの名前を : ・ 狂気と呼んでもおかしくない状態で、このままでは、何が起こるか「そうです だから、どうしても、少佐の口から、事情を説 きたいんですーー」 「待ってちょうだい アイリーン・ Q が、不快を隠そうとしない口調で言った。 アイリーン・の声が、微かに高ぶったように感じられた。 「あれは、もともと気が狂いかけてたんじゃないの ? それに、 o 「何だって言うの ? O O —は、一体、何を喋ったってい gac-)—}--a がおかしいからって、ローヴ、いえ、 (.50 少佐を呼び出しうの ても仕方がないでしように。彼が自分で直せる機械は、オイルライ ええ、それが」 テックマン ターくらいのものよ。自分たちで、何とかなさいよ、技術員ーーー」 彼女に話すべきかどうか、若干の迷いを覚えつつ、ロン・ ロン・ O* は、さすがに腹に据えかねた。 は、答えた。 キュイ テッグスダップ
部屋は無人た。 しないわけだ。 またもこみ上けてきそうになる怒りを噛み殺し、ロン・はコ となるとーーーおかしい。 マンド・チェアに腰を下ろした。 何かが起こったと考えた方がよくなる。 そして、基地内通信の回路を全てつないで呼びかけた。 そこへ 「ローヴァー・ 0 少佐ーーー・こちら、 Z Z タワーの O ルーム タンムーズ基地から、情報が入ってきた。 ローヴィング・べーみ 緊急事態ーーー至急、コンタクト願いますーー ! 」 彼等が行動している同じ一帯に、移動基地が一台出ているとい ロン・は、さらに三回、コールを繰り返した。 が、ついに応答はない。 ならば、四人がそこへ招かれているということは、大いにあり得 ということは、下界へ降りているのか。 グス ロン・ Q>-4 は、回路を切り換えた。 移動基地の使用者は、ランドリアン・ o 下界の各基地を、次々に呼び出してみる。 ロン・ O>H は、コールの相手をそちらに切り換えた。 少佐の行方は、タンムーズ基地が知っていた。 すると、今度は、すぐに応答があった。 ランドー フィール・トワーグ 他三名と、地上車に乗り込んで、チグリス渓谷方面へ、調査行 しかし、女の声だ。 に出ているという。 こちらは、ヴィ 1 ナスター。緊急事態ーーーロ 1 ヴァー・ o なんともーー優雅なものだ。 少佐とのコンタクトを望んでいますーー」 ロン・ Q>A は、緊急連絡である旨を告げて、中継回線を開いても「ーーーあなたは、誰 ? 」 ランド¥ート らい、タンムーズ基地経由で、地上車にコ 1 ルを送った。 ぶつきら棒な質問が返ってきた。 ところが、地上車から受信確認の自動信号は返ってくるものの、 やや、むっとしながらも、ロン・ Q>-{ は答えた。 テックスダッフ 誰一人、応答する者がいない。 「わたしは、技術部のロン・ O>H と言います。ローヴァー・ 0 少 ヴィーナスーツ 四人がそろって地上車を下り、金星服への通信転送範囲外まで出佐が、そちらにおられるのではないかと思い かけてしまっているということかもしれない。 「何の用なの さもなければ、遭難したか ( アイリーン・ Q だ ! ) もうひとっ考えられるのは、四人全員が、金星服そのものを脱い ロン・は気付いた。 でしまっているという可能性だ。 こんな喋り方をする女は他にいない。 が、しかし、今、彼等の地上車が行動しているあたりには、基地彼は、思いきり顔をしかめ、言い返した。 ヴィーナスーツ がひとつもない。つまり、金星服を脱ぐことのできる場所が、存在「中佐でいらっしゃいますね ? 」 ヴィーナスーツ る。 コーヴィンゲ・・ヘース キュイ に 4
戻ってはいるが、どこか元のときとは違うーーー自分は依然として、 半分目をさまし、ふたたびうとうととし始めた。そのときであるこの肉体の借用者なのだ ! だがそうだとすると、今の宿主はいっ 不意にあれが襲ってきた。これだ : : : まさしく、これだ ! 焦たい誰なのか ? 点を合わさずに目を見開いて一点をみつめたかれは、今度は完全に 「おれは誰だ ? 」と、かれは自分に訊ねた。「おれの本当の名前は 目をさました。 何だ ? 」 ついにやったそ ! ちゃんと自分のペッド の上にいる。そして長すぐに答が返ってきたーー今のかれには受け入れることのできぬ が眠っていた。今度こそ絶対に判明するはずだ唯一の答である 椅子の上にはコリー いわく〈アート・フォレスト〉。 この三週 1 、いったい何が起りつづけていたのか : : : 自分の肉 かれは何とか論理にしがみつこうと試みたーー自分が二人いるの 体が″自動操縦″されていたのか : : : それとも何かは知らぬが、まか ? 〈薬〉がこのおれを二つに分裂させてしまったのか : ″わ ったく別の事態が発生していたのか : が家″に居残った自分と、次から次へと他人の体を跳びまわった自 だが今や、これまでの自分の体内に同居していたもう一つの意識分とに ? からうかび上がってくる思考がまったくない。 かれは狂ったように、自問に答えた相手の存在に欺瞞か欠陥はな ましいさーー記憶なんてものはときどき思いどおりにならぬこ いかと探しまわった。だが、そのようなものは一つもみつからない ともあるし、はっきりしないこともあるものだ。今度は、これまで 元の肉体に留まりつづけたアート・フォレストは、今の自分で のように同居人として他人の意識を断片的にのそくのではなく、堂あるアート・フォレストとまったくそっくりの存在なのだ。そんな 堂と自分の思考を直接手にとるとこができるだろう。 ことは絶対にありえないのだが : : : 現にそうなのだから仕方がな さてーーーと、かれは考えたーー・昨日のおれは何をしていたつけ ? そのショックだけが、心の・ハニックを抑えている。 何の思考も返って来ない。おぼえているのは、コリーとして過した さあ、どうするか ? 日の出来事だけだ。 手初めに〈内側の自分〉に訊ねてみたところ、この自分の不在 これはいったいどうしたことだ ? 中、物事はすべて平常どおりに進行していたという事実がわかっ 最近身につけた反射作用がその疑問を声に出さずにロにさせた。 た。大それたことは何ひとっ起こっていない。この肉体に住みつい すると、記憶が従順に答えたーー リディアを追い払ったあと面白くた意識は、至極充ち足りた気分で毎日を送りつづけてきた。 もない日が続いているが、その方がむしろほっとするし、ありがた たとえばーーー夏の新学期はすでに始まっていたが、自分はかねて かった。あんな女とデートするなんて、よっぽどひどく酔っていたの計画どおりのコースの履修を認められている。アイリーンとはっ いに手を切ったーーー実に喜ばしい。間もなく新しいロマンスの相手 そのときになって唐突に悟った。今の自分は確かに自分の身体にと結ばれる希望が出て来ているからだ。・フロンドの娘で、名はシン 4 9
「やはり、何かが、起こっているのか 何かが・ : : ・でも : : : 分からない : 「 e ー 2 6 、ロン・ O>* ーーー」 どこで、何が起こった」 「どこなんだ 彼は律儀に、ナン・ハーをそえて答えた。 スクリ 1 ンが瞬いた。 ぼんやりとした、霧のような光が全体に浮かびでた。 「どうなんだ、 O O — しかし、やはり、像を結ぶ様子はな、。 しかし、その 問いに対して返ってきたのは、何とも不可思議な、 キイ 逆の質問だった。 O O —の声は、まるで、夢遊病者のそれだ。 「・ : : ・教えて、ー 26 : : : 」 O O »-a が言った。 「・ : : ・知っている : : : あなたを : : : わたしは、覚えて : ・ : ・いる : ここは、どこなの : : ここは : でも : : : 何故 : : : なぜ、わたしを、呼ぶの : 「なんだって ( こりゃあ、駄目だーーー ) とこにいるの ? 」 : ここは、どこ ? わたしは、・ ロン・ O>-4 は思った。 ここまで、″病状″が進んでいるとは知らなかった。 「知るもんか キュイ しかし、とりあえず、彼女は″そこ″にいる。″そこ″までやっ さすがに、ロン・も、これにはあきれた。 アムネジア てきて、外界に反応している。 記憶喪失症という奴であろうか。あるいは、そう装っているのか キュイ しかし、何故 ロン・は問いかけた。 「ここが、どこかってーー・・ ? 「今、警報が作動した。何かが、起こったのか ? 」 キュイ ロン・ O>H は言い返した。 そう、尋ねてみた。 「忘れたのなら、自分であたりを見回してみちゃあどうだ、え ? : ・何か : : : 何か、が : : : 」 遠い声が、返ってきた。まるで、そのスクリーンに浮かぶ光の霧何が、見える ? 」 ・ : 見える : ・ : ・でも : : : 分からない : の彼方から響いてくるような声である。 : ・分からない : ・ ・ : わたしには : : : 分からない いきなり スクリーンの霧が晴れた。 そして 「ーー分からない ? どういうことだ ! 」 ロン・はき返した。 アラーム ュイ 3
変った。 おまえにはその混乱の半分もわかりやしないんだ。 ) 」と 「うむ、たしかに異常があるな」と、相手は言った。「それに至「そんな世迷い言はどうでもいい」 極、奇怪でもあるーーーきみはどうしたわけか自分が地球人だと思い どこのどいっかは知らないが、この相手の話を一刻も早く本道に こんでいるぞ」 戻さなければならぬ。「いいかね、おれはアート・フォレストだ。 「自分が誰かはよくわかっているさ。おれはただ元どおりに戻りた ほかの誰でもない。なんでもいいから、元どおりにくつつけてくれ いだけだ」 ればいいんだ。それだけだよ。もしおまえにそれができるなら・ : だんだん必要以上にいばりもしおまえが現実の存在なのなら : : : もしおれが夢を見ているんじ この幻覚はーーーと、かれは思った ゃないんだったら : : : な」 出してきたようだ。 「どうしてこんなことになったのか、今、原因を突きとめるため「夢を見ている ? そう、明らかにそうだーーきみの意識はその地 に、きみの心を読んでいるところだ」と、相手の声は言った。「あ球人が眠ったり目を覚ましたりするパターンを忠実にたどっている あ、みつけたそーーーここにあった。その地球人は覚醒剤を摂取しのだからね。そしてその眠りのフ = イズにおいてのみ、きみ自身の た。たまたまきみがその男をいつものモードで走査している最中能力が活動するのだーー本能的にな。そしてその都度、われわれの に、覚醒剤が効いてきた。すると、この上なく奇怪なことにーーき使命の要求するとおりにきみは次々に別の地球人へ転移して、その 心を走査してまわるわけだ」 みまでがその覚醒剤の効果を受けてしまった」 「ディの錠剤をのんだときのことだろ。ちゃんとおぼえてるさ。 「使命だと ? 」 おれにだって、そこまではわかってるんだ。すごいやつでね、おれこいつの頭はおれ以上に混乱している ! 「いいかね、ご同輩 の意識をからだからはじき飛ばしやがったーーっまり、現実おれおれはもう軍隊との縁を切ったんだそ」 の意識がからだの外へ飛び出してしまったんだ。でも、いったいど「すぐに思い出すよ。ほら ! 一か所たけ、きみ自身の感情が働い うして : ている部分があったぜ」 「おれ自身の感情 ? 」 「走査モードによってその地球人と意識結合してしまったきみは、 その男ともども方向感覚を失ってしまった。フィード・ ( ックのおか「幼児を虐待することによってわれわれの本能を激怒させた女を殺 げでその地球人の記憶と個性はそっくりきみの意識に刻印され、そしたじゃないか。そのほかの場面では、きみは常に地球人から刻印 のまま居すわってしまったらしい。やがて走査が終り、きみが自動された意識に従って行動している。そのような ( ンディキャツ・フを 的に次の被験体に移動するときも、その地球人のパターンはそのま負いながらも、きみはたくさんの価値あるデータを吸収してきたー ま、くつついて来てしまった」相手の声はクスクスと笑った。「き ーこのわたしと同じようにね。これから船に戻って行なう相関作業 みも、さぞや混乱したことだろうね ! 」 かなり大変なものになると思うよ」
ズーニイは、その幻視の中に引き込まれていく自分を意識した。 彼は、しかし、そのこと自体を、別段不思議とは思わなか 0 た。恥 どうしようもない。抗うも何もなかった。 いや、今の彼にとって、この世の中に不思議などあり得るはすも 気がついた時、彼の意識は、その光景の中に捕われてしまってい よかっこ 0 そこに、閉じ込められ、そして自由を奪われていた。 (—NN のおかげさ ) そう信じることができた。 ( こいっさえあれば、どんなことだって可能なんだ。なにしろ、オ 思った時、視界の隅を何かが横切った。 彼は振り向いた。いやー・。ーそうではない。振り向いたのは、彼でレさまはーーー ) はなかった。 ″神〃なんだからなー・・ーそう、自分に言いきかせようとして、彼は ふと想った。 彼のものではない意志が、視界を横へと振り向けたのだ。 ( 待てよ・ : ・ : ) そこに 自分が神であるとしたら、その神であるズーニイの意識にコン 女が立っていた。女 : : : ともかくも、そんな風に見えた。 クトしてきた″声″の主は、一体、何なのだ そしてーーーここはーー彼の意識を強引に引き込み、閉じ込めてし その背後に、巨大の石造りの門と鉄の扉がそびえていた。 まったこの風景は、どういう場所なのか 「なんなりとーー」 ・ : もしかすると : : : ) 女が言った。 ズ】ニイは、震えるような気持ちで、考えてみた。 「お申しつけくださいませ」 : このオレは、神さまたちの世界に招かれてしまったのかもし カそれは、・ スーニイが ( : 歌うような、美しい抑揚の言葉だった。・、、 れんそーー 知っているいかなる言葉とも違っていた。 だとしたら 「いずこへなりと ′セシル / とよ、、、 をし力なる神なのか だとしたら : 女は続けた。 その、セシルの声を、ズーニイは再び聞いた。 「あなたをご案内いたしましよう」 : ここは、どこなの : : : 」 : ここは : それは、言葉というより、小鳥か何かのさえずりのように音楽的「 : ( 知らないよ ) に聞こえた。 ズーニイは、頭の中で、そう応えた。 にもかかわらず、彼はその意味するところをごく自然に理解でき ? どうやって、ここへ来たん ( それより、あんたは誰なんだ た。知りもしない言葉なのに、意味だけが、すんなりと分かったの こ 0
かね たのである ! : と、アートはいぶかり、彼女 動を黙って見逃しているんだろう・ : の心がただひたすらにジョンのための朝食を用意することだけを思 ジョンを起こさぬよう細心の注意を払って身動きしながら、やっ考しつづけているのを知った。それでそのあとは、彼女の好きなよ とのことで・ヘッドから出た。なんてこったーーと、アートは思ったうに行動させておいた。料理がまったく不得手のアートは、こうし ばけもの ガ】ドルがないと、この女のからだはまさに化物だ ! ここへてシルヴィアに肉体の手綱を取らせておくと、ひとりでにかなり上 来ればア 1 ト・フォレストの肉体の現在の宿主とすぐにでも連絡が等のご馳走ができ上がることを発見した。やがて朝食の用意が整っ つくんじゃないかと思った東の間の期待がこのざまだーーー運が良けたので、かれはジョンを呼び、朝食を食べさせた。 これまでのところはうまく行っているようだ。ただ一つの難点は ば、その宿主と一緒にちょっとうたたねすれば、望みはかなえら この奇現象の起こりかたは、どうやら、そ巨体を支える脚が痛いことである。いつもより四、五十ポンドも余 れると思ったのに こにカギがあるらしいとア 1 トは推論したのであるーーーっまり、眠計に体重を支え、しかも一日の大半を先のとがったハイヒールの上 っているあいだに自分の心は、誰でも一番近くにいる者の肉体の中でからだの・ ( ランスをとりながら過すとなるとーーまさに残酷で異 常な拷問だ。 へ転移してしまうのだ。 この肥満体に対する嫌悪感のほかに、アートの驚いたことがもう そして次の転移でうまく自分自身へ戻れば、そのまま居すわるこ とができるかもしれない。しかし、ここからでは絶対にあそこへ転一つあるーー・・彼女には通例の女体が所有すべき情緒的反応がまった くないのだ。これまでかれが観察したかぎり、シルヴィアのリン・ハ 移することはできないー 一つだけ、やれることがあった。まず、身にまとうべきロー・フを腺はアート・フォレストの男性としての基本的イメージにまったく かれは昔ながらのかれ自身なのだ。 みつけ出したーー派手なビンクのロ 1 ・フだった。シルビアはフラン影響を及ぼしていない クフルトソーセージみたいな恰好が好きなようだ。しかしそれが彼ジョン・ファーガソンはひげのそりあとが青く目立っ浅黒い顔と がっしりした体驅の男だったが今はパジャマのズボンをはいただけ 女の商売なんだから無理もあるまい。 かね シルヴィアの財布から引っぱり出した金を封筒に入れ、その封筒の姿で、あまり強そうにも見えない。冷いリ / リ、ウムの床の上を に″アイナー・ガンダーセン″と書く。それから部屋を出て廊下を裸足のまま歩いて来て、無言で朝食のテー・フルについている。この 下り、三一〇号室のドアの下へその封筒を押しこんだ。どうしても男ののろのろした、いかにも気のなさそうな食べかたにアートが気 金を借りなきゃならないのなら、ファーガソン夫婦から借りたほうをとられている間に、シルヴィアは素早くそれを自分の責任だと結 論づけてしまった。どうしてそうなるのか、アートには思考の。フロ 、刀しし 。この二人にはその余裕があるのだ。 セスがっかめぬうちに、彼女は身を起こしかけたーーーすぐにアート 7 いささか間のぬけた話だが、肥満体をゆすってのろのろと三一二 号室へ戻ったときになって初めて、なぜシルヴィアの思考がこの行は彼女の背を下へ押しつけた。ー一瞬ばっと抗議の思考が爆発した
トには、その料理プロセスにも、そのご馳走にも興味を持っ余裕はらむらしてきやがった。 なかった。もはや、寝ないかぎり何でもコリーの自由にさせておく アートは唇を動かさずに囁きかけた。 しかない。 「ちょっと冗談を言ってるだけさ。ちゃんと説明すれば、やつは大 夜の八時になった。もうこれ以上は到底待てない。、 心の安らぎの笑いするよ」 へ電話する。ついに、 場を求めて、アート・フォレストのア。ハート ーの緊張は少しとけた。だが、まだ完全ではない。 それは得られた。 「ゆうべはどこで寝たんだい ? 」と、〈今のアート〉。 「ありがとう」と、かれは言った。「今からすぐに行くよ」 「長椅子の上でだ。でも短かすぎてねーーきみのところみたいなわ 冫。いかない」 くそいまいましいことに、ノックに応えてドアを開けたアート・ 〈今のアート〉は笑った。 、そのときのきみの姿が フォレストは、顔も声もまさにアート・フォレストそのものであつ「笑いごとじゃないんだろうがね、コリー こ 0 想像できるよーーーきっと〈棒状クラッカー〉みたいな顔をしてたん だろうな」 「やあ、コリー。さ、入って楽にしてくれ。何か飲むかね ? 」 「ま、そうだろうな。うう : : : きみは今晩どこかへ出かけるつもり こうなったらストレートに切り出すしかない。 だったの ? 」 「ありがとう。ビールはあるかな」 いや、くたびれちまってね。あのリディアのせい 腰をおろしたかれは、自分自身が冷蔵庫へ歩み寄るのをしげしげ「おれかい ? さ ! 休みなしなんだーーー一睡もさせやがらない」 と見守った。 そう言って相手は煙草に火をつけた。ああ、コリーも煙草を契え 「もちろんあるさ。ちょうど買いこんでおいたところだ」 コリーのばいいのにー この気持もこれで何百回目かだ。 部屋を横切るアートを見守りながら、かれは驚いた やつめ、この男にはまったく性欲を感じていない。なんとなく反省「おれは早く寝ちまうだろうがね、コリー、きみはよかったら起き きみはい 的な気分をいだいているだけだ。なんとか正常な友人関係を保とうて本を読んでてくれてもいいし、テレビを観てもい つも音量を低くするから、おれの邪魔にはならんよ」 と必死に欲望を抑さえつづけている。哀れなコリーよー 「いや、ぼくも疲れているんだ。ゅうべはほとんど眠らなかったも 「ありがとう、アート」と、かれは言った。 「いつでも歓迎するぜ。でーーきみの友人はまだご多忙中ってわけんでね」 かね ? 」 おれも飲む 「わかるよ、その気持。もう一つビールをやるかい ? 「う、うん : : : そうなんだ」 から」 こいつはまずいことになったそ。コリー のやつめ、またしてもむ「うん、頼むよ、ありがとう、アート。・ほくも何本かビールを持っ ・フレツツェル 2 9-
シアという。すでに数回、デートしている。相変らず金めぐりはよ「ほう ? 」 こっちからは何も言うな。やつにしゃべらせるんだ : くないが、まったくの文無しというわけでもな、 影いうなれば、目 新しいことは何もないのだ : ・ 「自分でも、あのとき何を考えていたのかさつばりわからないんだ どうも邪魔つけな気分であるーーーその邪魔者は体内にいるのだよ、アート。とにかく何がなんでもここへ来て泊らなければならな が、かといって肉体そのものの働きが不自由だというわけではな いんだと思いこんでしまった。な・せそうなのかも、皆目見当っかな やがて目をさましたコリーと、頭の半分だけを使って会話した。 コリーは前よりも困惑した表情をしている。「確かにぼくときみ この種の作業は主として〈内側の自分〉にやらせている。コリ】はとは友人同士だし、ぼくはいつだってきみと会えば楽しい。でも昨 朝食を作りたがった。好きなようにさせてやった。コリーが明らか夜は : : : ま、とにかく、昨夜のぼくはきみを求めていたわけでもな に、かれなりに得意な腕をふるい、それによって一夜の宿の礼をすいし、そんなたぐいの話ではまったくなかったんだ」 る機会を楽しんでいることがよくわかったからだ。後片づけもやっ 「わかってるよ、コリ ー」ーーーさて、次に何と言ったらいいのか ? てくれるーー昨夜の分の食器の山も含めて、だ。それが終ると、コ 「ま、そんなことはあまり気にするな。大丈夫だよ。誰だって リーは、毛布をたたみ始めた。 ときどき頭がおかしくなることはあるもんだ。それに、きみが来て 「それよ、 ~ しいよ」と、ア 1 トは言った。「あとでおれがやるから」くれたんで、おれも喜んでいるんだから」 「うん : : : 」と、コリーはその手を止め、もじもじしだした。「ア いずれにせよ、この気持だけは本ものだ。たとえ今の状況が元と 1 ト、実はちょっときみに話したいことがあるんだがね」 同じようこ、、 冫しや元よりもひどく混乱しているとしても、である。 「ほう ? 」と、アート。警戒している。 「わかったよ、アート。・ほくはただ、・ とうしてもこのことを話して 「アート、実はきみに嘘をついてしまったんだ。な・せそんなことをおきたかったものでね。それだけさ。どうもありがとう」 したのか自分でもわからない ばくは絶対に嘘をつかぬ人間だ。 「またいつでも来いよ。ま、ほどほどに、、 しつでも大歓迎だ」 それはきみもよく知ってるだろ」 コリーは帰っていった。 二人はニャリと笑い合い 「そのとおりだ、コリー。きみは、おれの友だちの中で一番信用で きる相手だよ」 どう必死にあがいても、問題は解決しない。せつかく自分の頭の アウトサイー 「でもどうしたわけか、昨夜はどうしてもここへ来て泊らなければ中に戻れたというのに、自分の自分たる部分は部外者なのだ。 ならぬ気分になってしまった。それできみには、ぼくの友人の一人思い出したようにビールを一口すすったり、スナックをかじった が誰かをぼくの部屋に連れこんだからだ : : : と言ったけど、あれはりしながら、かれはじっと自室に坐りつづけた。答は出て来ない。 まるつきりの嘘だった。友人が・ほくの部屋へ来たというのも嘘だ」 今度眠ったら、いったいどういうことになるのか ? かね 5 9 一
てくればよかったな」 サポテン〉にしとくつもりだーー , それも信用のできるものをね」 「気にすんなよ、そんなこと。きみにはこの前、ウイスキーを一本「今度やるとき ? すると、きみはまたトリツ。フする気なのか ? 」 少くとも二、三カ月は もらっているからな、日曜日ごとに飲みに来てくれたって、一カ月「今すぐにつてわけじゃないよ、コリーーー」 たってからの話さ。でもわかってもらえるかなーーー思いきってあれ は支払いずみってわけだ」 あの〈アメリカの味〉のまずさを思い出したアートは心の中でひだけ心を開くって気分はね、まさに最高だぜ。どうしてもあと一回 コリーになり代ってペこペこと頭をさげた。 そかに、 や二回は、あの気分を味わってみたいな」 と、かれは思った。だがロではこう一 = ロっ こんなことは時間の浪費だ。ひょっとしたら〈今のアート〉から 一考の余地はあるな 何かを聞き出せるかもしれないのだ。 ただけにとどめたーー「ま、きみの好きなようにしたらいい」 トリツ。フをしたときのこ 「実はね、エデイからきみたち二人があの 「そりやそうだよ、コリ とを聞いたんた ほら、二人とも〈医療センター〉へかつぎこま会話が緩慢になってきた。薬が切れかけたせいか、相手も疲れて れたときのことだよ。きみはあのとき、どんな気分だった ? 」 いる様子である。 「いやあ、びどいもんだった ! 一瞬、意識が宇宙の彼方へ飛んで かれはあくびをして言った。 っちまったかと思ったぜ。そのあとでエデイもちょっとおかしく「アート : ・ : ・ ぼくも今夜は疲れたよ。毛布は今でも押入れの棚の上 なったようだ : : : でも、その直後におれは失神しちまってね、目が かね ? 」 さめたら翌朝で、〈医療センター〉にいたってわけだ」 「うん。ここだ、おれが手つだってやろう」 「それだけかい ? 目がさめたあとで変な気分になったことはない 二人の間の位置に、二人で毛布を拡げた。わりかしスムーズにい かね ? 」 ったようだ。 「いや、まったくいつもと同じたねーーーただ、二日間ほど酔っぱら「さ、敷けたぞ」 「これでいい。 ありがとう」 ったような気分がつづいたかな」 信じられない。 うそにきまっている。だが現に向こうにいるこの ビールを飲み乾したかれは、先にトイレに行って戻ってくると、 男の態度には、まったく気負った様子はなく、きわめて自然であそのまま着替えずにアートがトイレに立つのを待った。やがてアー る。おれが留守にしている今、いったい誰がこいつの頭を操縦して トがトイレから戻ってくると、かれはすでに毛布の中に入ってい いるのか ? た。顔を向こうへ向けている。どうやらコリーは、相手が裸になる 「ま、一生つづくような障害がなくて良かったじゃないか、アート」のを見たくないらしく、また自分の裸を相手に見られることも好ま ないらしい と田う 「うん。でもあの代物だけは強いから手を出さんほうがいい あか よ。今度やるときは、昔からあるただのか、せいぜい〈幻覚灯りが消え、ほどなく睡魔が訪れた。 アシッド 3 9