を見ておれは言った。吉永の奥さんに比べたら、靴とゴムそうりぐ「いらっしゃいませ」 らいの差がある。来月別れよう、とおれは、ふいに決心した。 吉永の奥さん全員はコーラスで言い、顔を一斉にザザッとあげて そうなんだっ。よく判ったなっ。おれ、もうどうしたらいし 微笑した。 か判んないよ : 「あ、あがってくれ : : : 」 「なにつ」 おれは点目になって、ふらふらと家へあがった。吉永の奥さんた おれは冗談で言ったつもりだったのだ。受話器を反対側の耳にかちをよけながら居間へ入って行った。 ソプア えた。 椅子を見て、また驚いた。椅子も、それぞれ二つにふえて分裂し 「で、何人になったんだ三人か四人かおまえ体力は大ようとしていたのである。 丈夫かっリ」 いや、椅子だけではなかった。 とにかくきてくれよう。 部屋中の様々な物がそうだった。 吉永は泣き声で言った。なんだか吉永の電話の背後が、ざわざわ本棚や、その中の本や品物、ステレオのアン・フやスビーカ 1 、ガ とやかましい ラス・テー・フルにその上の天皿、天井の電灯、電話などなど : : : あ りとあらゆる物がまったく同じ物を自分の中から浮きだすようにし 翌日、また女のラングレーを借りて吉永の家へ行き、おれは顎然て、二つに分裂しようとしていたのである。 とした。 「座ってくれ : : : 。もうひとっ居間が奥にできてしまったんだが、 まず、家を見て仰天した。 まだ家具がないんで。完全にこの椅子などが二つになったら運び込 吉永の家が二倍になっていたのである。瓜二つの同じ四角い家がもうと思っている」 びったりくつついて後ろに長く伸びていた。塀も伸びている。そし おれは背中合わせに二つに分裂しようとしている長椅子の片側に てさらに、カーポートにある、うんこ色のポロスカも、尻からも座った。 う一台の同じ車を分裂させようとしていたのである。スカは細長っと背後を振り向くと、おれの後ろに全裸の生白い体の吉永の奥 さんたちが、ポーリングの。ヒンのようにずらりと立ち並び、おれを くなってしまい、どちらも前になっていた。 おれはラングレーを畑の中に停め、吉永の家へ走った。なんだ見おろして徴笑していた。 か、これは大変なことになるぞ、と思った。 「眼も二つになりはじめてるんだが、彼女たちの背中を見てなきや ドアを思いきり開けて玄関に入ると、吉永が突っ立っていた。そならないので、裸にしてるんだ : : : 」 して、その背後や両脇に、正座して三つ指をついた全裸の吉永の奥吉永はおれの右側に立ったまま力なく言った。 さんが、二十人以上居間の方までずらりといたのである。 おれはガクガク頷いた。 ソファ ソファ ソファ 5
どう思っておいでですか ? いこともあります。の処女長篇はぜんる面積もせまいし、出版される書籍の数が ひとつわかっていただかなければいけなぶこなしているはずですがね。 とても多いので、雑誌をその中からさがし いのは、ローカスはの文学的な″質 ご自分でもそうしているんですかフ だすのはむずかしいんです。 を問題とする雑誌ではなく、商業的 " 質 いえ、とてもぜんぶは読めませんよ。だ じつは co 雑誌というのは、すぐにアメ について論じているのです。商業的に見れれかが推薦したものは読むようにしていまリカの市場からなくなってしまうものだと ば、は成功しています。出版点数はふすが、わたしはもう書評のために本を読む思っていたんですが、そうはならなくて驚 えつづけていますし、作家のうけとるお金のはやめています。五年前までは、書評は いています。発行部数はまちまちだし、 もふえつづけています。いまでは数億ド・せんぶわたしがやっていたんですがね。十までは主に定期購読にたよるようになっ ル、数十億ドルかせいでいる作家もいます年もやっていればたくさんだという気がして、ニューススタンドでは売れなくなって が、これまではそんなことはあり得ませんて、やめました。 いるという状態です。 でした。アン・マキャフリイのように、文書評をやっていると、作家との仕事がや オムニの成功をどうお考えですか ? 学的にはきびしく批判されている作家でりにくくなるんです。書評を書く人間は、 ああ、五百万ドルも宣伝費をかければ、 も、多くの読者にアビールするなにかがあ大会にいくことにも、作家に会うことに どんなものだって売れますよ。オムニは って、数百万部の本が売れるのです。 も、自分の書評について他人がいうことに雑誌じゃありません。周辺的なポツ。フ・ 情報誌をやっていく上で、著名な作家も、まるで関心がないんです。稿料さえはサイエンスの雑誌です。 について書くのと、新人を発見して紹介すらっていればこちらはいいんですよ。 あそこにも小説はのります。雑誌にとっ るのと、どちらを主にしているのでしょ いまでもの読書は楽しみですか 2 て重要なものではないのですが、のせてく 必ずしもいつもそうではありません。もれるのはうれしいですね。短篇に千二百ド 両方です。もちろん、読者は名前もきい う、ただだから、という理由で読書をルもはらってくれるんですから。でも、あ たことのない作家についての記事より、 しているわけじゃないんです。その作家がしたからオムニに小説がのらなくなって 『デューン』の新作について知りたがって友人だったり、という理由で読んでいますも、だれも気づかないと思いますよ。いま います。したがって有名な作家へのインタからね。年間百冊か百五十冊ぐらいでしょでも、一篇しか小説ののらない号がふえて ヴュ 1 や記事をやっているんです。 うか、を読むのは。あとはほかのジャ いますからね。 ただし、本誌はすべての処女長篇の書評ンルのものです。 r-æ雑誌を成功させるのは、今日ではと をのせることを方針にしています。ほかの ( 編集に関する話をしたあとで ) 雑誌てもむずかしいことなんです。雑誌の発行 ところよりたくさん、処女長篇の書評をしと書籍では、どちらのほうが売るのがむず部数がちゃんとふえていかないんですよ。 ていますよ。みんな、処女長篇をすべて読かしいでしようか ? 一時期猛宣伝をすれば、多くの読者が興味 破しようとしています。でも、その多くは雑誌は売れませんね。いまでている雑誌をもってくれますが、しだいに部数はおち 似かよったファンタジイなので、むずかしは数が少ないのでニ = 1 ススタンドでしめていきます。オムニも当初よりニ、ースス 98
が、次の瞬間にはもう彼女はダイエットを続けさせてくれた自分のだ。おかげでアートが予測していた以上に短い時間で目的地に着い 良心に感謝していた。だが彼女は本心では、ダイエットをやめたくてしまった。そのあとは、シルヴィアの母親、兄、兄嫁らと共に過 てたまらないのだ。 す退屈なタ食と長い夜がやって来た。シルヴィアは甘いワインが好 きだーーーしきりにポートワインを口に運ぶ。ジョンもアートもそん ジョンは立ち上がり、二人の茶碗にコ 1 ヒーを注いだ。 な彼女を止めなかった。・ヘッ・ トタイムが近づくにつれてアートはい 「そろそろ仕度をしたほうがいいんじゃないかね、シルヴィア 今日はきみのお母さんのところへ出かけるんだろう」 ささか落ち着かぬ気分になってくる。だがどうやら、ジョンとシル 彼女の母親だと ? スポケインにいるーーと、彼女の思考。なんヴィアはあまり夜の夫婦生活には重きを置いていない様子だった。 と三百マイル近くも東ではないか。この旅行はなんとか止めなけれ目がさめると、ジョン・ファーガソンになっていた。アートの視 点からすると、これでそれほど立場が良くなったとは思われない。 ばならぬ。さもないと : と思うわ」 ジョンの思考はむしろシルヴィア以上に愚鈍だったからだ。うんざ 「ジョン、やはり今日は出かけないほうがいい シルヴィアの戸惑いが牛のようにのっそりと身をもたげるのをアりした気分でその夜の訪れを待つ。もう一度シルヴィアのからだへ ートは感じたが、そんなものは無視した。 戻るつもりである。ファーガソン夫婦は翌日自宅へ帰るはずだ 「行かない ? 」ファーガソンは手のひらでびしやりとテー・フルをたそれまでは手も足も出ない。ジョンが早目にべッドに入ってくれた たき、声を荒だてた。「なんてことを言うんだよ、シルヴィア。おのを、アートは喜んだ。 母さんの誕生日に二人で出かけたいというから、おれはわざわざ仕 事のスケジュールをやりくりしたんだそ。そのための手間ひまだっ シルヴ だが翌朝目ざめたアートは、シルヴィアではなかった て、ばかにならんのだ。忘れんなよーーーなにもおれが行きたいってイ アの老母になっていたのだ。いったい全体どうなっているんだ ? 言い出したわけじゃないんだそ。、、、 ししカね、スポケインなんかへ行たしか一番近くに寝ていたのはシルヴィアだったがーーそうではな ったところで、おもしろくもおかしくもないんだ ! でもおれは協かったのか ? ひょっとしたらタベのことにこりて無意識のうちに 力した。そうするために、いろんな人に迷惑をかけているんだよ。 だから今日は絶対に行くぞ」 ま、とにかく何とかこの老母がシルヴィアの住居に招かれるよう アートの意志とは無関係にシルヴィアは立ち上がり、動き出して手配をしなくてはならぬ。そうすれば老母はあの長いすの上で眠る いた。ここは成行きに任せ、波風を立てないほうがよさそうだ。一 ことになり : : : そしてあの長いすは確かアートのアく 1 トの寝室の 時間後、ファーガソン夫婦はスポケインへ向かう道路上にいた。 壁の反対側にくつつけて置いてあったー そのとき、老女の思考がはっきりと浮かび上がって来た。シルヴ ジン・ファ : ガソンの運転はうまく、かなりのス。ヒード好きイ アのような女の母親にしては驚くほど明快な思考である。明日は
だが、この緊迫した沈黙が破られるときが、やがて来た。 お伴や側近のような者はついていない。 ″が初めて口を開いたのだ。 ゆっくりと壇上に登る。 男としてはみつともないほどのきいきい声で、ヘ 誰も礼も拍手もしない。 観衆に問いかけた。 っと″ヘッド ″のほうを見つめているだけだ。 ュ / ー 1 し > 「おい、みんな、どうする ? もう、決まったか ? 」 あれだけ粗野でやかましい奴らが、びたりと黙ったままなのだ。 すぐに連中が一斉に拳を振り上げ、口々に「殺せ ! 」と叫びだす 全員がただおし黙ったまま、視線だけは″ヘッド″に注いでいる。 だろうと思ったが、その予想もまたはずれた。 異様な光景だった。 壇上に立った″ヘッド″をよく見ると、目立つのは服だけで、平それは、最初ロの中でもぐもぐと始まった。 低くうなるような、大地を這うような、読経にも似た陰気な声だ 凡な・ハナナ・カットの男だ。 少しも大ポスとして君臨している人物には見えない。 正直言ってこれには失望した。 連中の眼はまばたきもせずに″へノ・ ト″に注がれている。その場 ハナナ・カットを始め幾多のグルー。フが乱立する″地帯″に君臨にじっとしたまま、ただ低いかすかなうなり声をあげているのだ。 する悪の帝王、とくれば誰だってそれにふさわしい体驅や容貌を期よく聴いているとやがてそれは一つのテンポを伴ってくり返され 待する。 るセンテンスであることがわかってきた。 せつかくのスクー。フだというのにこれでは肩すかしだ。 ″変態野郎にくれちまえ 壇上の少年は、しかしそんなことにはお構いなしにきらきらと憧 変態野郎にくれちまえ れの目を輝かせてうれしそうに″ヘッド″に近寄った。 変態野郎にくれちまえ 「あんたが″ヘッド″だね ? 」 変態野郎にくれちまえ : ・ しいんと静まりかえった広間の吹き抜けに、ひときわかん高く少無秩序で野卑な不良どもが、低く静かにこうくり返している。そ 年の声は響き渡った。 の気味の悪さ。 しかし、ヘ ″ッド″は何も答えない。 どれほどの間それは続いたのだろうか。 誰も合図や指図をしている様子もないのに、その静かなるシュプ ″ヘッド″は、顔の印象も不思議と薄い レヒコールはおさまっていった。 どうしてこのつまらない男が、と訝るほどだ。 ″ヘッド″は別に少年を威嚇するでもなく、また自分の威厳を示そ「よし、わかった。結論は、出たな」 うともしない。 呆然としている少年を尻目に、″ヘッド″はさっさと壇上から去 ただ突っ立って、じいっと少年を見つめている。 り、そのまま通路へ消えてしまった。 っこ 0 ″ッドノはこう
を見まわして、お世辞を言った。新築の家特有の臭いがする。 きた。アイス・コーヒーの乗った盆を持っていた。 「まあな。三十年ローンで買った建て売りだけど、これでもカーポ ガラス・テー・フルにアイス・コーヒーのグラスを一一つ、彼女が美 4 ートつきのだからな。あとで各部屋を見せてやっから」 しい手で、そっと置いたとたん、吉永が彼女の腰を両手で後ろから つかんで、ぐいと自分の方に引き寄せた。 吉永は椅子にふんぞりかえって、顎をあげてガハハと笑う。 まわりが畑だらけなのに、カーポートなんかいるかー きやっ ! と声をあげて彼女はパランスを崩し、吉永の膝の上に 座ってしまった。 おれは、やれやれと思った。 おれは吉永を見て苦笑した。 まったく、今まで何の音沙汰もなかったのに、いきなり六年振り「三崎、紹介しよう。これがおれの女房の友紀だ。一年前に結婚し た。どうだ美人だろう」 に引っ越し通知を送ってくるなんて、妙な男だ、と思った。だいた いおれは、吉永が結婚していたことさえ知らなかったのだ。それ吉永は彼女の胸をタンクトツ。フの上からまさぐろうとしていた。 も、あんなモデルにしてもいいような美女と : 彼女よ、、 : しゃいやと身をよじる。 おれは吉永の、すぐに歯茎がむきだしになるでかいロと、間の離「えと、これは結婚祝いですっ」 おれは怒ったように顔を伏せて包みを差しだした。 れたとびだしたギョロ眼、若ハゲの頭に、栄養失調の子供みたい どう見て「おお、それはそれはつ。友紀、開けてみなさい。いいのいいの に、そこだけぶくんとふくらんだ腹をつくづく見た。 おれの膝に座ったままでいいから」 も、あの奥さんと、こいっとはつりあわない。 「それにしても三崎、ひさしぶりだよなあ。実に六年振りだものな勝手にしろ ! とおれはアイス・コーヒーを顎をあげてごくご 呑んだ。やたらに甘い。 あ」 「おおつ。今時、柱時計じゃない、ー いやあ、ありがとう。あり 吉永は大口を開けて言う。 「ああ、驚いたぜ。今まで年賀状もこなかったのに、いきなり引っがとう三崎。さっそくトイレの傍に掛けよう」 越し通知なんかがくるんだからな。おれはおまえが前に住んでた所「気に入ってくれて、うれしいよ」 おれは横を向いて言った。 だって知らんそ」 と、そのとき、ゴホゴホと吉永の奥さんがかなり激しく咳をしは 「はは、そうか。三崎はまだ親と住んでるのか ? 」 「いや。独りでマンションに住んでいる。引っ越し通知は実家からじめた。 転送されてきた」 「友紀つ。また始まったのかい ? 大丈夫か ? 平気か ? 」 吉永は、自分の膝の上に腰かけたまま体を丸めて咳をする彼女の 「そうか、まだ独身か : : : 。早いとこ嫁さんもらって、こうやって 家でも建てろ」 背中を、なでまわすようにさすった。額に手をあてて、自分と比べ ほっといてくれ ! と言おうとしたとき、奥さんが居間に入ってたりしている。 ゾファ
一部分が妙にそわそわしやがってね、勝手に電話のダイヤルをまわは、たしかに絶品であった。そしてアートがワインでほろ酔い気分 しやがったんだ。まるで自分の中に別の人間が入って行動しているでいるうちに〈グレナッチ・ローズ〉が出され、食事のムードを完 ような気分だった : ・ でも、大したことはなかったぜ。アートと璧に盛り上げた。アートは大いに感動したーーもしうまく元の自分 おれはただで車に乗せてもらって、ただで寝かせてもらい、それでに戻れたとしても、コニー ーセルとは夕食をご馳走になれるぐ 一件落着さ」 らいの友好関係は続けることにしよう。 「近ごろアートにはよく会うのかね ? 」 宵の時間をできるだけ皿洗いやその他の雑用にあてる。だがその 「いつもと同じさ。そうやたらとは会わんよ。でも、なぜ ? 」 あとはテレビを観るしか時間のつぶしようがない なるべく外出 「いや、近ごろのかれはどうしてるかと思ったもんでね ? 」 したくなかったし、かといって書棚のホモ・ポルノ雑誌を読んだり 「やっとやりたくなったのか、え、コリー ? 」 したらコリーを不必要に刺激してしまう。それで、ひたすらにテレ とたんに相手をぶっとばしたくなったが、この衝動はアートのもビを観つづけ、ビールをーー飲むのではなくーー・ちびちびとなめて のだったのか、それともコリーのものだったのか ? 過した。おつまみにはビ】ナツツをかじる。深夜番組を眺めている うちに、、 「いや、ちがうよ」そう答えたのはコリーである。「ぼくはアート しつの間にかコマーシャルの方が面白くなってきた。そろ が好きだし、かれの好みに敬意を払っているんだ。それに、かれもそろ最初の〈薬〉をのむ時刻だ。 ぼくの好みに敬意を払ってくれている」 「なるほどね。それじゃ、これで失敬するよ。せいぜい〈薬〉を楽長い夜のあと、長い午前が訪れ、そして長い午後がつづいた。 しんでくれ」 〈薬〉のおかげで、それほどいらいらせずにすんでいるが、心の奥 「うん。ま、必ずしも楽しむってもんでもないがね。助けにはなる底では肉体が抗議するのを感じてもいた。 よ。おやすみ」 コリーはとまどっている。なぜ自分力へ ・ : ッドに入ろうとしないの こんな野郎に二度と礼など言うものか ! か理解できないのだ。そのいらいらが次第に始末におえなくなって くる。午後の半ばが過ぎたころになると、どうにも我慢できなくな ″・フレンド・ウィ コリーのアパートに戻り、まず食うことにした。コリーは料理が ついに安ものの・ハーポンをがぶ飲みした 好きだしったし、ほかに何もやることがなかったので、アートはすスキー″というやつで、ラベルには〈アメリカの味〉と銘記してあ べてをかれにまかせ、その手並みを拝見した。夕食の準備は二時間る。〈アメリカの味〉などもうくそくらえだ : ・ : ・と思いながらも、 近くかかった。やがてテーブルに並んだご馳走をアートは、ワインとにかくそいつを飲みこんだ。 をすすりつつ、そして食物を一口ごとに味わいながら、ゆっくり夕食はワイン・ソース煮込みのチキンである。コリーはその味を と、おごそかに食べていった。コリーの帆立貝と。 ( インの煮込み大いに楽しんでいたから大変なご馳走だったのだろうが、今のアー 9
全身から冷や汗が吹き出す。 良くないことであれ、必ず起こるのだ。 返事はシ / ハラからではなかった。 彼は屋根のないジー。フの中で、生暖かい汚れた外気にあたってい 『少佐殿、大変です ! 最前列にいた十二台のモビルが完全にやら た。ジープのフロントグラスには、大きな炎がうつっていた。 れました ! 』 シノハラはハッとして顔をあげた。 「原因はなんた卩」 白い影が見える。 うすい雲のように透けて、背後の炎が見えるくらいだが、ものす『 : : : おそらく、核融合ュ = ットを利用した何らかの兵器でしょ う』 ごい存在感がある。 シノハラは悟った ・は胃がすくんだ。 かれだ。まだ一度も会ったことはないが、 直感的にそう思った。 だが、すぐに決断を下した。 「そうだ」 「全軍、ただちに撤退だ ! Q 形式で撤退 ! : : : 」 かれが答えた。 部下に確認をとらせたあと、宙軍の出動を要請した。出動要請 は、ただちに許可された。 意外なくらい現実的な声だ。 かれは疲れたように言った。 それから、サンプル群対策のアドバイザーとしてついてきたサ ガ・エレクトロニクス社の技術者をふり返った。 「おまえは : : : 死んではいけない」 瞬間、かれのからだ ( ? ) がうすい衣のようにシ / ハラをくるみ「どう思う ? 」 こんだ。 まだ若い技術者は、狭い席の中で窮屈そうに身じろいだ。 「最初から、そうすべきでした」 シ / ハラは、うすい膜のようなものを通して外界を見つめてい 自分の造ったサンプル群は無敵だと言わんばかりだ。彼はつづ た。母親の胸に抱かれるような安心感が彼をつつんでいた。 突然、サン。フル虹号が青い炎を噴くのが見えた。その炎は、すけた。 さまじい勢いでモビル・ユニット の上を横に走り、すべてをバラ。ハ 「うちの社の対電磁パルス用穀を装備したあとたったら、ミ ラに破壊しつくしていった。。フラスチックのおもちやか何かのようサイルを撃ち込んだって、死にやしませんよ」 自分の部下だったら軽く頬をなぶってやっただろう。ひどい口の にモビルがはじけ飛び、ひっくり返り、灼け裂け、ただれた。 青い炎は、スローモーションでジー。フを吹き飛ばした。 きき方だ。 シノハラが″ああっ″と思ってとなりを見ると、運転席の兵士が 爆弾は、すべての電子機器を・フラック・アウトさせる。証 溶け出し、みるみる白骨に変わっていった。ジー。フはあめのように号も例外ではあるまい。 ・はふいにシノハラの安否を思った。 曲がって空中にとばされ、ボウッと発火した。 Q ・はディス・フレイを見て、悲鳴を肱み殺した。 いやーー自分と彼が未来において結ばれる以上、安否を気づかう 「中尉、状況を説明しろ ! 」 必要はまったくないーーー彼女はそう思った。
「あ、また熱がでてきたな。いかん、寝なきゃいかん。すぐべッド リジェひとつになって眠ってるからな」 わはは、わははと吉永は笑った。 へ行きなさい。い や、おれがつれて行こう」 吉永は立ちあがり、彼女の肩を抱くようにして居間を出て、玄関おれは吉永の家を尋ねてきたのを深く後悔した。 の方にある階段をあがって行った。 3 ほどなくして吉永は一人で戻ってきた : 「いやはや、女房のやっ、この家にきてから急に体の調子を悪くし ちゃってな : ・ : ・。女はこの土地の環境に刺激を受けたんだとかなそれから一週間ほどして、ふいに夜中に吉永から、おれのマンシ ョンに電話がかかってきたのだった。 んとか言ってるが : : : 」 「はい ? 」 ぶつぶつ吉永はロの中で呟きながら椅子に再び座った。 おれはペッドから裸の上半身を起こし、ナイト・テー・フルの上の 「しかし、すげえ美人の奥さんだなあ : : : 」 電話の受話器を取って言った。眼をこすりながら、ちらと目覚し時 おれは本気で言った。 「そうだろう。めつけもんよ。この世のものとは思えんだろ。実際計を見ると、午前二時過ぎだった。 お、おれだ。 そうなんだけどな」 「は ? 」 「なに ? 」 ーーー親友の吉永太郎だ。 「いや、なんでもない。 あいつはおれが日本のビラミッドと言 われている県の葦神山を単独取材しているとき、山の中で拾った おれは溜息をついて、すぐ右隣で眠っている女の背中と肩を見 女なんだ」 た。最近つきあいはじめた女で、寝るのはこれで三度めだった。 「山の中で拾った ? 」 「なんだ、こんな夜中に ? 」 おれは眼をしばたたいた。吉永はノンフィクションの作家だっ」 吉永のことなど、もうすっかり おれは声を低くして言った。 忘れていたのだ。はっきり言って、どうでもいい友人だった。もう 「そう。ポロポロの状態で死にかけていたのを、おれが : 会う気もなかった。 や、よそう。妙な話になってしまったな」 吉永は笑ってごまかし、すっくと立ちあがった。 すまんが三崎。明日の日曜、おれの家にきてくれないか ? 「さ、家の中をあちこち見せてやろう。 ただし」 やけに暗い声で吉永は、ぼそぼそと話す。かすかに声が震えてい 吉永はニタアと笑って上を指差した。 た。おれはナイト・テーブルの上のラ 1 クを一本抜いて口に銜え、 「べッド・ルームはだめだそ。今、女房がビンクのスケスケ・ネグジッポーで火を点けた。 ソファ
自分の小便というのは飲めるのだろうか ? と真剣に考えたりし なんだこの車の暑さはっー た。いや、だいたいそんなものでるわけはない、全部汗で、とっく「助けてくれつー クーラーはないの 4 にでてしまっている。しかし、もしかしたら少しはでるかもしれな かっ ! 窓を開けろっ ! 蒸し焼きになるつ ! 」 ・ : 。などとわけの判らないことを考えていたときだ、すぐ耳おれは助手席で喉をかきむしってもがいた。窓を開けようとする もとで、いきなり声がして、おれはのけぞった。 と運転している吉永にとめられた。 「いやあ、わりいわ りい。ちょっと遅刻しちゃって」 「一度開けると引っ掛かっちゃって二度と閉まんなくなるんだ。ま 左を見ると眼前に吉永が歯と歯茎をむきだしにして笑いながら立あ、二十分ほどだから、がまんしてくれ。な、な」 っていた。その後ろにうんこ色の車が見える。 「だいたいこのとてつもなく古い車は何なんだ尻が痛えそっー これも幻覚だろうか、とぼんやり思ったが、吉永がおれの肩を両痛っー なんか尻に刺さったそっ ! 」 手でガクガク揺すったので、意識が戻った。 シートからス。フリングがとびだしていた。 「三崎つ。どうした ? 待ちくたびれちゃったか ? わははわは 「だから『りぼん』が座席に置いてあったろう。それの上に座るん おれは、さらに頭をはっきりさせようと、ぶんぶん首を振った。 ツツッと舌打ちをした吉永は『少年サンデー』を尻に敷いてい サングラスが鼻にずれる。 頭がはっきりすると同時に怒りが爆こ。 発した。 「なんというひでえ車たっ」 「てめこのつー 二時という約東がもう三時過ぎじゃねえかっ ! 」 車はガクンガクン突っかかりながら道を走った。と、ふいに吉永 おれは吉永の首を、ぐいぐい締めた。 がハンドルを乱暴に左に切り、畑の間の細い道へ入って行った。お 「わははうぐぐ。 五年振りだけど、あいかわらず三崎は短気だなれはガラスに頭をぶつけた。 あ。わははうぐぐ」 「この車こそおまえ、なにを隠そうおれたちが大学時代あこがれて 吉永は首を締められ苦しみながら、げらげら笑った。おれはやっ いたあの名車、スカ ()5 だぜ。この年齢になって、ようやく手に入れ の首から両手を離した。溜息を吐き、路面に落ちてしまった箱を拾ることができたんだ。感激だよ、おれはつ」 吉永は十年以上前のスカのクラクションを、はでにパッ。 ( カ鳴 「そんじゃま、おれの愛車で我が家に案内するから。なっ、機嫌直らし、アクセルと・フレーキを交互にパタバタ踏んで進んで行った。 してくれ」 当然おれはコ・フだらけになった。 黄色のジョギパンを穿いた吉永はゴムそうりをベタベタいわせて いつのまにか、おれたちは道ではなく、広大な畑のど真中を、キ 車に向かった。しかたなくおれも後に従った。 ャベツを踏み潰して走っていた。道など、とっくになくなっていた
そうではないか。 そんな状況で、今また司政官を題材にしたものを書くとすれば、 それなりの工夫が必要であろう。 キタ・ 4 ・カノ日ビアの、姓でもなく役職でもなくいわば ミア・ e ・コートレオは、それを連載というかたちで、しかも私的な個人名のカノビアを持ち出したのは、彼を司政官としての 側からでなく、個人として、それも私的個人として扱おうとの意図 カ / ⅱビア物語などというタイトルで、やろうと考えたのだ。 たしかに、連載となれば、材料を集めさえすれば、読者を惹きつがちらついているとはいえないか ? カ / 日ビア物語の物語という けるたけの突っ込んだ面白いものが出来るかも知れない。そう考え単語にしたって、読みものといいたけなひびきがある。むろん、こ れば、これまでにもそんなものが出て来ていてもおかしくはないのれは正式に決めたわけではなぐ仮題だろう。仮題であるとしても : ・ だが : : : 彼の ( あるいはの ) 知る限り、そうした連載とか連 いや仮題であればよけいに、真意が表に出るものではあるまい 続ドラマのたぐいは、まだ登場していなかった。おそらく、その理か ? 由のひとつは、かりにそういうものを出しても、人々の関心を集め そして、彼がそんな想像をめぐらしたのは、東海岸通信という会 との観測があったせいであり、 得るかどうか、確信が持てない 社の性格を考え合わせたせいもあった。 もうひとつには、それだけ長いものを提供するためにはキタ司政官東海岸通信は、前にが調べたところでも、また、その後彼 に関する資料をもっと精力的に収集しなければならず、かっ、それ自身が東海岸通信提供の記事を何度か見たところでも、社会問題や らの正誤をいちいち司政庁に問い合わせることになる上、司政庁側政治などとはあまり縁のない、芸能・スポーツの取材に長じた通信 がどれだけ協力してくれるか怪しい : : : 協力してくれたとしても、社のようなのである。読みものにしたって、広い読者層を対象に、 司政官にとって都合のいい事柄に限られる、との計算や判断があっ頭よりむしろ感情に訴えかける調子のものが得意のようであった。 ア・・コ たせいではあるまいか。そして、それだけの努力をするほどのこと その東海岸通信がやろうとしているのだから ではない、 というところから、当面、手控えていたということでは ートレオのもくろみも推測がっこうというものではないか。 ないのだろうか ? 多少は違っているかもわからないが、大略はそ彼本人としては、そうしたカ / 日ビア物語なる読みものが現れた ういうことではないか、と、彼は思う。 って、別に構いはしない。ある意味では、それは結構な話なのであ そんなときに、東海岸通信のミア・ e ・コートレオがこんなこ った。タトラデンの人々が司政官への関心を少しでも多く、少しで とをはじめようとするのには、彼女なりの目算があるに相違ないのも長く持ちつづけてくれるのなら、それが司政官自身のイメージを 失墜させるものでない限り、歓迎すべきなのである。いや、時と場 その目算は、彼には何となくわかる気がする。カノ日ビア物語と合によっては、それだって受け入れねばならぬことがあるだろう。 いうような言葉が端的にミア・・コ 1 トレオの気分を示して いタトラデンの人々に、司政官という存在が忘れられるよりは、また円 るように思えたからであった。 そのほうがましなのた。