ズーニイは、その幻視の中に引き込まれていく自分を意識した。 彼は、しかし、そのこと自体を、別段不思議とは思わなか 0 た。恥 どうしようもない。抗うも何もなかった。 いや、今の彼にとって、この世の中に不思議などあり得るはすも 気がついた時、彼の意識は、その光景の中に捕われてしまってい よかっこ 0 そこに、閉じ込められ、そして自由を奪われていた。 (—NN のおかげさ ) そう信じることができた。 ( こいっさえあれば、どんなことだって可能なんだ。なにしろ、オ 思った時、視界の隅を何かが横切った。 彼は振り向いた。いやー・。ーそうではない。振り向いたのは、彼でレさまはーーー ) はなかった。 ″神〃なんだからなー・・ーそう、自分に言いきかせようとして、彼は ふと想った。 彼のものではない意志が、視界を横へと振り向けたのだ。 ( 待てよ・ : ・ : ) そこに 自分が神であるとしたら、その神であるズーニイの意識にコン 女が立っていた。女 : : : ともかくも、そんな風に見えた。 クトしてきた″声″の主は、一体、何なのだ そしてーーーここはーー彼の意識を強引に引き込み、閉じ込めてし その背後に、巨大の石造りの門と鉄の扉がそびえていた。 まったこの風景は、どういう場所なのか 「なんなりとーー」 ・ : もしかすると : : : ) 女が言った。 ズ】ニイは、震えるような気持ちで、考えてみた。 「お申しつけくださいませ」 : このオレは、神さまたちの世界に招かれてしまったのかもし カそれは、・ スーニイが ( : 歌うような、美しい抑揚の言葉だった。・、、 れんそーー 知っているいかなる言葉とも違っていた。 だとしたら 「いずこへなりと ′セシル / とよ、、、 をし力なる神なのか だとしたら : 女は続けた。 その、セシルの声を、ズーニイは再び聞いた。 「あなたをご案内いたしましよう」 : ここは、どこなの : : : 」 : ここは : それは、言葉というより、小鳥か何かのさえずりのように音楽的「 : ( 知らないよ ) に聞こえた。 ズーニイは、頭の中で、そう応えた。 にもかかわらず、彼はその意味するところをごく自然に理解でき ? どうやって、ここへ来たん ( それより、あんたは誰なんだ た。知りもしない言葉なのに、意味だけが、すんなりと分かったの こ 0
存在の証拠は見つけた。あとは探すだけだ。存在しているという 投影するかたちも満足につくれないほどだった。 前提が確かならば、探すことはそれほど苦痛ではないはずた。 かれはたずねた。 なにしろ時はかれにとって移動可能な空間なのだから。 「誰かが : : : そうするように、言いに来たのか ? : : ・ どの時間、どの空間にいたのかもはっきりしている。もう一度カ 一瞬、意識が遠くなる。 かれが楽観的にそう いちどペッドへ戻って補給を受けたほうがいいかもしれない。だをたくわえれば、跳べないことはあるまい がーー二度とこの次元、この空間、この時へ跳べるかどうかわから考えたとき、空から投下された爆弾が家を直撃した。 っぺんに消減した。そのと 軍が期待しているほど、かれの能力は安定していないの家を中心に直径三キロの円の中が、い きその空間に留まっていたかれの意識は・ハラ・ハラに裂かれ、くだけ 散っていった。 少女が言った。 爆風によってえぐりとられた大量の土が、ボタボタと落ちはじめ 〈それ、あのひとのことかしら ? 〉 るころ、明け方の空の色は異様な赤に染まった。 かれは少女の死体の意識の残滓をすくいとった。 カプセルは、爆発によってできた穴を下へ下へと落ちていった。 死んで冷たくなったあたしのところへ来て、目と耳と口が欲しい 少女と骨は、ほんものの毛皮の中で抱き合い、じっと息をひそめ かときいたひと。あたしの死んだ脳をよみがえらせ、この家につな ていた。 いでいったひと : : : あのひとのこと ? ョナの母親は気がふれていた。そして娘を愛していた。彼女は娘 心が、歓喜にぶるぶる震えだした。 見つけた ! : : : 興奮するとよくないと知りながら、心の震えをとの死体のために、最も高価な棺をつくってやった。それは当時、ダ イヤモンドより高いとマスコミで騒がれた、サガ・エレクトロニク どめることはとうていできなかった。 ス社の対c-@äp«用穀材料であった。 あれが行けと言ったんだよ。 力。フセルは地中深く深くもぐっていく。 サンプル虹号の思考がなだれこんできた。 たすかったみたいね 意志をもてとささやき、自由になれと言った。生きろとも言っ ああーーーとかれは答えた。 た。死にかたを自分で選べと言った。祈れ。そして意志を集中しろ あたしを食べていいわ : : : あたしのことをずうっと覚えていてく と言った : : だから、おれはおれをおれと呼ぶことにしたのだ。 サンプル号はスルリとカプセルの中へ滑りこんた。同時に、 れるのなら : ・ ああーーーとかれは答えた。 カプセルの蓋が閉じていった。 ママも、そうしたもの。 かれは言葉にならない叫びをあげた。 見つけた ! 少女はそう言ってクスクス笑った。 いるのだー かれはいるー 確実に、どこかにー 253
その言葉をきいたとたん、背中に冷水を浴びせかけられたような 〈理由はなくても泣けるでしょ〉 気がした。 「泣く理由なんかないくせに」 どうしてだかわからない。 ョナは軽くため息をついた。 なにかで、突然、頭を殴られたような衝撃。 〈すみませんでした : : : あたしは機械よ。感情などないわ。意識的 に生きてるわけでもないわ。ただ、あなたを守ること。そしてあな まだ彼女と同居しはじめてから日が浅いせいだろうか、反応のパ ターンがよくつかめない。ほんとうに生きて息づいているような錯たを退屈させないことーーー・そうプログラムされているのよ〉 覚がフラッシュする。 「まあ」 ? だから、からかうの〉 息をひそめ、部屋のすみのほうに立っている少女の幻影が点減す〈退屈してるでしょ る。恐怖映画のワン・シーンのように。 「ま、それだけ ? 」 わたしのホッとした表情を見て、ヨナはクック、と笑った。 「あなた : : : 生きてるの ? : : : 」 〈いまのはウソよ〉 〈どういう意味 ? 〉 「なにが嘘なの ? 」 そう問われてハタと考えこんだ。 〈機械は生きてるの〉 生きているとはどういう意味なのかフ 「ウソよ」 「哲学者のような質問をするのね ? 」 〈意識もある。つらくされれば悲しいと思うわ〉 〈子どもは哲学者と同じ質問をするのよ〉 「ウソつき ! 」 ョナは秘めやかに笑った。 〈涙だって流すのよ〉 0 3 型知能の言語。フログラマーは、まさに天才だ。間とい わたしは気が転倒していた : 笑い声の感じといい 、受け答えと、 ししほんとに人間としか思 えない。 なにかのオカルト映画で見た、壁からドロドロと血が流れ出すシ ーンを思い出して、ノドがひきつった。 「あなた : : : 泣くことはある ? 」 音がするのた。 ョナは考えこむように数秒の間をおいた。・ 水の音だ。 〈 : : : ご期待にそうように答えましようか ? あたしに涙腺はな、 わたしは思わず本をとり落とし、立ち上がった。 「じゃ、つくってあげれば泣くの ? 泣ける ? 」 書斎は二階にある。 〈泣けるわ〉 わたしは深いじゅうたんの中を渡って窓ぎわへたどりついた。そ 「どうして ? 」 して中庭を見おろした。異様な寒気を覚えて部屋着の前をかき合わ セル・ブック 224
ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ聞ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ 一種の数学と一種の神秘主義が一体となり ・・・」ポーが、、確率の徴積分学″と名づけ たもの、彼と彼の創造した名探偵デュバン が卓越していた種類の外挿法には、数学者 と詩人とが結びついた才能を必要とされる のだ。 ポーの全著作はきわめて首尾一貫してお り、そこから S F だけを孤立させるのは、 全体をも部分をも大きく歪めることにな る。事実、どの作品をとっても、慣習的な 意味で SF として満足に分類できるものは ない ( ーっには、大半の作品に見られるほ ら話的な性質が、迫真性という必要なイリ ュージョンを損なうからでもある ) 。しか し、その根底にある理念は SF と近接した ものであり、おなじ理由から、ポーのすべ ての作品は周辺的 SF であるともいえる。 ポーは、、現実″の枠組が、時間と空間の 制限を受けて、、グロテスク″な偽瞞を作り 上げていると考え、そうした個人的障害こ そ人間の理性である、と考えた。この啓示 と、それに付随した、統一現実の真のア ラベスク″な性質の認識は、想像力もしく は直観の、、なかば閉ざされた目″が見てと る展望によってのみ得られる。ポーは、 「催眠術の啓示」 "Mesmeric Revelation" ( 1844 ; 國 1845 ) の中で、この幻想的でア ラベスクな現実は、精神的性質のものでな く物質的性質のものであることを明らかに している。それは SF でいう別の次元、あ るいは付加次元に相当するものであり、ポ 一流の時空間ウォープを構成する戦法を使 えば、それを理解することができる。不気 味な照明と、万華鏡のように流動するアラ ベスクな内装を凝らしたポーの部屋へ足を 踏み入れたときの、目くるめくような感 覚、あるいは「メェルシュトレエムに呑ま れて」 "A Descent into the Maelström" ( 1841 ) のような物語での文字による落下 過程が、転移をひきおこすだろう。大半の 255 幻想文学または神秘主義文学の場合、超絶 的現実の経験は、個人の意志 ( 断食や祈り などの当てにならないプログラム ) か、神 の介入に依存している。ポーの場合は、 S F の場合とおなじく、自然現象が偶然に転 移をひきおこすことができるし、そうした 現象の条件を機械的に複製することもでき る。 ポーの全作品を周辺的 S F と見なすこ とができる、もうーっの理由がある。後 期の総決算ともいえる論文「ユリイカ」 4 ( 1848 ) に結実した宇宙論ーーそ の驚くべき ( プラック・ホールの説明にい たるまでの ) 先見性は、オラフ・ステープ ルドン、ショージ・パーナード・ショウ、 ァーサー・ C ・クラークといった作家たち の思弁の中にも、ある程度の共通点、ない しは意識的な発展が見出せる一一は、直接 的に、あるいは律動的、または象徴的に ポーが書いたあらゆる作品の中に、さまざ まな形で先取りされていた。したがって、 もし「ユリイカ」を ( ポーはそれをロマ ンス / / または、、詩″と呼んだ ) 一種の文学 的 S F の変わり種と名づけられるなら、 「アッシャー家の崩壊」 "The Fall of the House of Usher ” ( 1839 ) や、何篇かの 海洋物もそう呼ぶことができるだろう。 「ユリイカ」では、グロテスクで偽瞞的な 、、現実″からアラベスクな現実への移行 が、宇宙の歴史、すなわち、現在の放射に よる拡散状態から、原始の単一 一個の オーパーマインド″へと求心的に復帰す る未来の聖なる状態への移行と関連づけら れている。 ポーの詩は、どれにも全面的に S F のラ ベルを貼ることができないが、中には特殊 な SF 的要素を含んでいるために、比較的 SF に近いものがある。 3 篇の詩が、その 点で考慮に値するたろう。「アル・アーラ フ」 "AI Aaraaf ” ( 1829 ; 國 1831 ; 國 1845 ) XVII
思わず叫んだ。 片方の女の子がもう一人の女の子に言った。「シェイラのパンツ がぬれてるわよ」 「あ、だめだ ! 」 だが遅すぎた。すでに肉体は意識を眠りに追いこみ、もはや自分そうか。すると、今のおれはシェイラなのか。とたんに、おしゃ のカではどうすることもできない。 べりなおチビちゃんがアートに取って代った。 「あんたのパンツだって、ぬれてるじゃないの」 目がさめるとアートは、・フロンドのお下げ髪を噛んでいた。見る無意識にアートはそうロ走り、そのあとで、これがシ = イラの反 と、いつの間にかビンクのドレスを着ている。おや、この感じは ? 応であったことを認識した。 大変だ、おしつこをもらしてしまっている。今度はいったいどの子「あたしの。 ( ンツはぬれてなんかいないわ ! なんで、そんなこと になってしまったのだろう ? 年齢はいくつなのか ? さつばり見いうのよ」 当がっかない。そこまで他のこどもたちを注意深く観察してはいな相手の女の子の方がからだが大きい。シェイラが今にも泣き出し かったのだ。そっと起き上がったアートはトイレヘ行き、ぬれかたそうになるのを、アートは感じた。 のひどい部分をタオルで拭いた。ぬれた部分を二本のタオルではさ「あたしだって、おしつこもらしてなんかいないわよう」と、かれ は言った。「これ、ミルクがこぼれたのよう」 んでこすっておいたから、ドレスはすぐに乾くはずだ。パンティが 「シェイラがミルクこ・ほしちゃったんだって」と、大きな女の子。 乾くのは時間がかかりそうである。誰とも分らぬこどものために、 ああ、そうそう この子の名前は・フレンダだっけ : : : ありがと なんでおれがこんな苦労をしなければならないのか。でも、この小 さな女の子の思考は明らかにこの失態に困惑している。しばらくそよ、シェイラちゃん。ようし、仇をとってやるぞ : ・ のままトイレの中でじっとしていたが、そのうちにだれかが扉をノ 「・フレンダが大のウンチを踏んでる ! 両方の足で ! 」 ックしたので、かれは外に出て、ほかのこどもたちと合流した。お やりすぎだった。とたんに・ヘそをかき出した・フレンダはミス・オ でも、それほどひどくはない しつこのしみはまだ消えていない レストンのところへ走って行った。別のけんかを止めるのに大わら ようだ。パンティがじっとりと冷く、気持悪い。この子が今までどわのミス・ゾレストンには、・フレンダを抱っこして慰めてやる余裕 こに坐っていたのか : : : ぬり絵をやっていたのだとすれば、それははない。やれやれーー・と、アートは思ったーー保育園リーグの戦い どこにあるのか : : : さつばり分らない。しかも、畜生め ! この子の場にくると、おれはまさに猛虎じゃないか。 ーニイの姿 いくぶん気が楽になったアートは、余裕たつぶりに・ハ はそんなことを思考しようとさえしないのだ。それでかれは、粘土 遊びをしている二人の女の子の間に割り込み、自分も両手で粘土をを探した。いた、いた : : : ほかの三人のこどもを相手に無邪気なカ びちゃびちゃといじくり始めた。決して、それと分る形を造らぬよ ード合わせゲームをやっている。ア 1 トと同居していた間の影響は う細心の注意を払っている。 外から見るかぎりではまったくないようだ。 4 7
ズーニイは、それを聞いた。 : ここは : : : どこなの ? 」 声は、細い一本の光の線のように視えた。 それが、巨大な太陽を背に、きらりと彼の意識に射し込んできた のである。 「・ : ・ : どこなの ? わたしは、どこにいるの : 「誰だ ? 何ものだ 思わす、ズーニイは呼びかけた。 電波たろうか 指向からはぐれた電波が、 NN によっても たらされた彼の超越的な識域にまぎれ込んできたのだろうか ? だとしたら、呼びかけるなど愚かなことだ。 しかし すぐに、応じる声が返ってきた。 「 : : : 誰 ? あなたは、誰 ? どこにいるの ? 」 「おい、おい、先に質問したのはこっちだ・せ、可愛いこちゃんー S す LJ ロー 0 企画製作スタジオテンビエント 新刊案内 SF の冒険 大宮信光 10 月下旬刊行・定価 1200 円 四六版並製本文 312 頁 J ・ G ・バラードを超える球形 人進化論とは ? ファースト コンタクトに最適な人は誰 ? 未来のエンサイクロべディス ト・ = ・ S F 乱学者大宮信光が贈 る S F ランドの大冒険の旅 / SF の本 声の調子に女を感じて、ズーニイは陽気に言い返した。 スーニイ。独り・ほっちで、今、熱 さ。俺は、・ 「しかし、まあ、いい い領域の縁にさしかかったところだ。ところで、あんたは誰なん だ ? どこにいる ? よかったら、姿を送ってくれよ」 細い光の線として認識できるその声が、微妙な震えをともなっ て、ズーニイの意識に届いた。 : わたしは、いま : : : ここにいるのよ・ : : ・」 「・ : : ・わたしは : スーニイを襲った。 いきなり、圧倒的な幻視が、。 「 : : : 教えて : : : ここが、どこかを : : : わたしに : : : 教えて ! 」 それは ある、光景だった。 見知らぬ世界の、風景だった。 暗い空と大地を結んで、雷光がひらめいていた。 : こ、これは : たちまち 第 6 号 10 月下旬刊行・定価 580 円 小川隆の LACON レポート、 野阿梓の EZOCON レポート、 「虚航船団」をめぐる座談会、 ・創作特集 / 新連載長篇・野 阿梓、新戸雅章、松本富男、 他、連載評論、コラム多数 / SF の本 2 ~ 5 号 創刊号は売切れ / 2 号定価 480 円 . 3 ~ 5 号定価 580 円 . B*S F 年鑑 1982 、 1983 年度版定価 2000 円。 1984 年度版定価 22 円 . 新時代社 〒 101 東京都千代田区神田神保町 1 ー 44 川澄ビル内振替東京 0-13581 協 5
変った。 おまえにはその混乱の半分もわかりやしないんだ。 ) 」と 「うむ、たしかに異常があるな」と、相手は言った。「それに至「そんな世迷い言はどうでもいい」 極、奇怪でもあるーーーきみはどうしたわけか自分が地球人だと思い どこのどいっかは知らないが、この相手の話を一刻も早く本道に こんでいるぞ」 戻さなければならぬ。「いいかね、おれはアート・フォレストだ。 「自分が誰かはよくわかっているさ。おれはただ元どおりに戻りた ほかの誰でもない。なんでもいいから、元どおりにくつつけてくれ いだけだ」 ればいいんだ。それだけだよ。もしおまえにそれができるなら・ : だんだん必要以上にいばりもしおまえが現実の存在なのなら : : : もしおれが夢を見ているんじ この幻覚はーーーと、かれは思った ゃないんだったら : : : な」 出してきたようだ。 「どうしてこんなことになったのか、今、原因を突きとめるため「夢を見ている ? そう、明らかにそうだーーきみの意識はその地 に、きみの心を読んでいるところだ」と、相手の声は言った。「あ球人が眠ったり目を覚ましたりするパターンを忠実にたどっている あ、みつけたそーーーここにあった。その地球人は覚醒剤を摂取しのだからね。そしてその眠りのフ = イズにおいてのみ、きみ自身の た。たまたまきみがその男をいつものモードで走査している最中能力が活動するのだーー本能的にな。そしてその都度、われわれの に、覚醒剤が効いてきた。すると、この上なく奇怪なことにーーき使命の要求するとおりにきみは次々に別の地球人へ転移して、その 心を走査してまわるわけだ」 みまでがその覚醒剤の効果を受けてしまった」 「ディの錠剤をのんだときのことだろ。ちゃんとおぼえてるさ。 「使命だと ? 」 おれにだって、そこまではわかってるんだ。すごいやつでね、おれこいつの頭はおれ以上に混乱している ! 「いいかね、ご同輩 の意識をからだからはじき飛ばしやがったーーっまり、現実おれおれはもう軍隊との縁を切ったんだそ」 の意識がからだの外へ飛び出してしまったんだ。でも、いったいど「すぐに思い出すよ。ほら ! 一か所たけ、きみ自身の感情が働い うして : ている部分があったぜ」 「おれ自身の感情 ? 」 「走査モードによってその地球人と意識結合してしまったきみは、 その男ともども方向感覚を失ってしまった。フィード・ ( ックのおか「幼児を虐待することによってわれわれの本能を激怒させた女を殺 げでその地球人の記憶と個性はそっくりきみの意識に刻印され、そしたじゃないか。そのほかの場面では、きみは常に地球人から刻印 のまま居すわってしまったらしい。やがて走査が終り、きみが自動された意識に従って行動している。そのような ( ンディキャツ・フを 的に次の被験体に移動するときも、その地球人のパターンはそのま負いながらも、きみはたくさんの価値あるデータを吸収してきたー ま、くつついて来てしまった」相手の声はクスクスと笑った。「き ーこのわたしと同じようにね。これから船に戻って行なう相関作業 みも、さぞや混乱したことだろうね ! 」 かなり大変なものになると思うよ」
、大宮信光 イラストレーション・横山宏 ( SF 乱学者 ) ソラリ地球の錬金術 東京大学海洋研究所に木村竜治助教授を『クオーク』十一月号の に寒かった。神戸大理学部の安川克己教授らが、鐘乳洞の石灰岩か 取材で訪れた。氏は『流れの科学ーー自然現象からのアプローチー ら取り出した試料からそう結論した。 ( 『朝日新聞』八四年四月一一 ー』 ( 東海大学出版会 ) の著者。うち一章が「ソラリスのごとく」 四日 ) ーーもっとも、地球生命の皮膚の温度が、体の内部から決め である。 られるのは、むしろ自然かもしれない。 ソラリス学の歴史が、私達が地球を認識する過程のパロディとみ 地球を動物の構造と比較して、「ソラリス的認識」を示した人が なせるが、地球のほうがソラリスより好意的、とされゑこれま いる。「その肉は大地、その骨は山脈を構成している連続する岩石 - ようかい で、地球内部の現象は地球物理学で、海洋の流れは海洋物理学で、 層、その軟骨 ( 筋肉 ) は凝灰岩であり、その血管は水脈であり、心 まわ みやくよく 大気の運動は気象学で、別々に研究されてきた。ところが、流れの臓の周りに横たわれる血の池は大洋であり、その呼吸や脈搏による 研究が進んで、自然界の流れのメカニズムが似ていることがわかっ血液の増減はまた大地においては海の潮汐であり : : : 」 ( 杉浦明平 てきた。そこから、″地球流体″という概念がうまれた。 訳『知られざるレオナルド』岩波書店 ) レオナルド・ダ・ヴィンチ 氏に会ってお話を伺うと、ある意味でもっと過激な意見の持ちその人である。 主。地球は、百億年の生を生きる一個の生命体。誕生し、発達し、 もっとも、大地が生きているという感情の淵源は、地球生命の発 壮年期を過ごし、老いて死ぬ個体である。増殖はしないけれどね、 生にまで遡行しようがそれを表現したのは原始の地母神崇拝に始ま と。ここで、私と意見が別れた。スペース・セッルメントや世代宇る。大地は、万物を孕む母神なのだ。地母神イザナミは火の神を生 宙船は、地球生命の増殖ではなかろうか。 み、ホトを焼かれる。地母神セメレーはディオニソス崇拝に通底 地球での生命進化の系統発生は個体発生を繰り返す、とは今西錦し、ギリシャ文明の再生の子宮たらんとした。 司氏の卓説である。この場合の個体として、種社会の構成員という その伝でいけば、火山は地母神の汗腺である。インド亜大陸のプ 意味だけでなく、地球生命体の意味を重ねあわせたい。い や、むしレートが南極大陸から別かれ、北に向かう途中、インド洋赤道ふき ろ、地球生命の個体発生の中で孕まれたが故に、系統発生は個体発ん近くで、ホット・スポット ( 地球内部から熱いマグマ流が湧き上 生を繰り返し、種個体もさらにそれを反復するのではないか。 っているところ ) を通過し、大噴火をおこした。噴火で流れ出た溶 ら一人一人、地球生命のミニチ、アだ。生きている地球流体は、ソ岩があふれ、今のデカン高原が生まれた。対流圏を突きぬけ成層圏 ラリスそのものだ。 に噴き上げられた大量の火山灰やチリが、長い間、地球をおおい 生きている地球の中心部は固体核。そのまわりを液体核がとりか 地球は冷えに冷えた。時、まさに六五〇〇万年前、恐竜の大絶減と こむ。深さ 2900 ~ 4600 。液体核の内部に生じる流れが、 なる。 ( ヒサクニヒコ『恐竜博画蒴』新潮文庫 ) ーー地母神が発熱 地磁気をつくりだしている。人はこの深 ~ い深い地下の流れを利用し、汗がだらだら出て、皮膚に生棲する微生物群が減び去ったの して航海や登山とする。 なお、プレート それだけでない。地球の大気は地磁気が強い時に暖かく、 がマントル対流にのって動くというのは、かって 0 ( 」 0 4
が、次の瞬間にはもう彼女はダイエットを続けさせてくれた自分のだ。おかげでアートが予測していた以上に短い時間で目的地に着い 良心に感謝していた。だが彼女は本心では、ダイエットをやめたくてしまった。そのあとは、シルヴィアの母親、兄、兄嫁らと共に過 てたまらないのだ。 す退屈なタ食と長い夜がやって来た。シルヴィアは甘いワインが好 きだーーーしきりにポートワインを口に運ぶ。ジョンもアートもそん ジョンは立ち上がり、二人の茶碗にコ 1 ヒーを注いだ。 な彼女を止めなかった。・ヘッ・ トタイムが近づくにつれてアートはい 「そろそろ仕度をしたほうがいいんじゃないかね、シルヴィア 今日はきみのお母さんのところへ出かけるんだろう」 ささか落ち着かぬ気分になってくる。だがどうやら、ジョンとシル 彼女の母親だと ? スポケインにいるーーと、彼女の思考。なんヴィアはあまり夜の夫婦生活には重きを置いていない様子だった。 と三百マイル近くも東ではないか。この旅行はなんとか止めなけれ目がさめると、ジョン・ファーガソンになっていた。アートの視 点からすると、これでそれほど立場が良くなったとは思われない。 ばならぬ。さもないと : と思うわ」 ジョンの思考はむしろシルヴィア以上に愚鈍だったからだ。うんざ 「ジョン、やはり今日は出かけないほうがいい シルヴィアの戸惑いが牛のようにのっそりと身をもたげるのをアりした気分でその夜の訪れを待つ。もう一度シルヴィアのからだへ ートは感じたが、そんなものは無視した。 戻るつもりである。ファーガソン夫婦は翌日自宅へ帰るはずだ 「行かない ? 」ファーガソンは手のひらでびしやりとテー・フルをたそれまでは手も足も出ない。ジョンが早目にべッドに入ってくれた たき、声を荒だてた。「なんてことを言うんだよ、シルヴィア。おのを、アートは喜んだ。 母さんの誕生日に二人で出かけたいというから、おれはわざわざ仕 事のスケジュールをやりくりしたんだそ。そのための手間ひまだっ シルヴ だが翌朝目ざめたアートは、シルヴィアではなかった て、ばかにならんのだ。忘れんなよーーーなにもおれが行きたいってイ アの老母になっていたのだ。いったい全体どうなっているんだ ? 言い出したわけじゃないんだそ。、、、 ししカね、スポケインなんかへ行たしか一番近くに寝ていたのはシルヴィアだったがーーそうではな ったところで、おもしろくもおかしくもないんだ ! でもおれは協かったのか ? ひょっとしたらタベのことにこりて無意識のうちに 力した。そうするために、いろんな人に迷惑をかけているんだよ。 だから今日は絶対に行くぞ」 ま、とにかく何とかこの老母がシルヴィアの住居に招かれるよう アートの意志とは無関係にシルヴィアは立ち上がり、動き出して手配をしなくてはならぬ。そうすれば老母はあの長いすの上で眠る いた。ここは成行きに任せ、波風を立てないほうがよさそうだ。一 ことになり : : : そしてあの長いすは確かアートのアく 1 トの寝室の 時間後、ファーガソン夫婦はスポケインへ向かう道路上にいた。 壁の反対側にくつつけて置いてあったー そのとき、老女の思考がはっきりと浮かび上がって来た。シルヴ ジン・ファ : ガソンの運転はうまく、かなりのス。ヒード好きイ アのような女の母親にしては驚くほど明快な思考である。明日は
「ああ、よくなったとも。でも、あんたは誰だい ? 」 一瞬、帰巣本能が薄れ、またしても宇宙をさまよう道へ飛び出しそのときになって初めてアートの眼に、伸ばした自分の手が映っ かけた。だがふたたび元の見慣れたアパートの一室に戻り、当面のた。細くて、しわだらけの手だーーー老人の手で、肝斑が浮いてい る。こちらが心の動揺を感じるよりも早くエディは首をまわして、 , ニックと向い合う。 ・ツドに坐っている誰かを見やった。 二度しくじったあとでやっと〈薬物中毒緊急医療センター〉に電背後の簡易へ 「おい、アート」と、〒ディが言っている。「おまえも気分は、も 話した。電話に出たのは女の子だったが、電話が終ったとたんに、 、ついいの、力い ? ・」 自分がロにした二語の言葉をどうしても思い出せなくなっていた。 やがて二人の男がアパートにやってきた。二人とも口数の少なそしてまたしてもアートの眼に、自分自身の姿が映った。 というか、失神しかけた。その次に 思わずアートは失神した おだやかな男である。ほどなくライト・ハンの後部に坐らされ、 目の前の担架の上でぐったりと大の字になって伸びている自分自身アートの眼に映ったものが、自分自身とエディが一緒に歩いて部屋 の姿をみつめていた。走行中の車が・ハウンドするたびに、自分の寝を出る姿だったからだ。 はず - し / . し 姿もかすかに弾んでいる。病院に着いたら、 どう説明す ればいいんだろう。 その老人の名前はアイナー・ガンダーセンという。社会保険証と しかしいざ病院に着いてみると、実際には大してしゃべらずにす大分前に期限の切れた運転免許証を持っている。アートは暗胆たる んでしまった。話そうとしても口がよくまわらず、言葉が出てくる思いで一時間ほど過ごすうちに、もう自分の頭が狂っていようとい のに大変な時間がかかるのだ。病院の人間はみな非常に忙しいらしまいとどうでもいい気分になってきた。こうなったらひらき直って く、ゆっくりと時間をかけてこちらの言葉に耳を傾けてくれるよう敢然と、あるがままの現状と対決するしかない。七十四歳のコカイ な閑人は一人もいなかった。あっという間にかつぎ上げられて、てン中毒老人が、いくら自分は二十三歳の大学生なのだと主張したと きばきと簡易へ ・ツドの上に寝かされてしまう。ふたたび薄れて行く ころで意味はない。だから、アートはそうしなかった。その代りに 意識の中で、こう思った じっと息をひそめ、ひたすらに他人の話に耳を傾け、学習に努めた なあに、目がさめれば、よくなるさ : のである。ひたすらにアイナー・ガンダーセン老人のことを学び、 しこうして己の苦境に関する理解を深めたのだ。 目がさめて隣りの簡易ペッドに目をやると、エテ ・イ・フィンチが今アートの心が住みついている古ぼけた肉体の持主アイナーは、 まだ死んでもいないし、意識を失ってもいない。五感が送りこむあ らゆるデータをちゃんと受信しており、その一つ一つに対してちゃ 5 よくなったんか ! 」 んとした思考で応答している。それらの思考が姿を現わすたびに、 エディはまじまじとこちらをみつめた。 ひまじん