「あ、また熱がでてきたな。いかん、寝なきゃいかん。すぐべッド リジェひとつになって眠ってるからな」 わはは、わははと吉永は笑った。 へ行きなさい。い や、おれがつれて行こう」 吉永は立ちあがり、彼女の肩を抱くようにして居間を出て、玄関おれは吉永の家を尋ねてきたのを深く後悔した。 の方にある階段をあがって行った。 3 ほどなくして吉永は一人で戻ってきた : 「いやはや、女房のやっ、この家にきてから急に体の調子を悪くし ちゃってな : ・ : ・。女はこの土地の環境に刺激を受けたんだとかなそれから一週間ほどして、ふいに夜中に吉永から、おれのマンシ ョンに電話がかかってきたのだった。 んとか言ってるが : : : 」 「はい ? 」 ぶつぶつ吉永はロの中で呟きながら椅子に再び座った。 おれはペッドから裸の上半身を起こし、ナイト・テー・フルの上の 「しかし、すげえ美人の奥さんだなあ : : : 」 電話の受話器を取って言った。眼をこすりながら、ちらと目覚し時 おれは本気で言った。 「そうだろう。めつけもんよ。この世のものとは思えんだろ。実際計を見ると、午前二時過ぎだった。 お、おれだ。 そうなんだけどな」 「は ? 」 「なに ? 」 ーーー親友の吉永太郎だ。 「いや、なんでもない。 あいつはおれが日本のビラミッドと言 われている県の葦神山を単独取材しているとき、山の中で拾った おれは溜息をついて、すぐ右隣で眠っている女の背中と肩を見 女なんだ」 た。最近つきあいはじめた女で、寝るのはこれで三度めだった。 「山の中で拾った ? 」 「なんだ、こんな夜中に ? 」 おれは眼をしばたたいた。吉永はノンフィクションの作家だっ」 吉永のことなど、もうすっかり おれは声を低くして言った。 忘れていたのだ。はっきり言って、どうでもいい友人だった。もう 「そう。ポロポロの状態で死にかけていたのを、おれが : 会う気もなかった。 や、よそう。妙な話になってしまったな」 吉永は笑ってごまかし、すっくと立ちあがった。 すまんが三崎。明日の日曜、おれの家にきてくれないか ? 「さ、家の中をあちこち見せてやろう。 ただし」 やけに暗い声で吉永は、ぼそぼそと話す。かすかに声が震えてい 吉永はニタアと笑って上を指差した。 た。おれはナイト・テーブルの上のラ 1 クを一本抜いて口に銜え、 「べッド・ルームはだめだそ。今、女房がビンクのスケスケ・ネグジッポーで火を点けた。 ソファ
を見ておれは言った。吉永の奥さんに比べたら、靴とゴムそうりぐ「いらっしゃいませ」 らいの差がある。来月別れよう、とおれは、ふいに決心した。 吉永の奥さん全員はコーラスで言い、顔を一斉にザザッとあげて そうなんだっ。よく判ったなっ。おれ、もうどうしたらいし 微笑した。 か判んないよ : 「あ、あがってくれ : : : 」 「なにつ」 おれは点目になって、ふらふらと家へあがった。吉永の奥さんた おれは冗談で言ったつもりだったのだ。受話器を反対側の耳にかちをよけながら居間へ入って行った。 ソプア えた。 椅子を見て、また驚いた。椅子も、それぞれ二つにふえて分裂し 「で、何人になったんだ三人か四人かおまえ体力は大ようとしていたのである。 丈夫かっリ」 いや、椅子だけではなかった。 とにかくきてくれよう。 部屋中の様々な物がそうだった。 吉永は泣き声で言った。なんだか吉永の電話の背後が、ざわざわ本棚や、その中の本や品物、ステレオのアン・フやスビーカ 1 、ガ とやかましい ラス・テー・フルにその上の天皿、天井の電灯、電話などなど : : : あ りとあらゆる物がまったく同じ物を自分の中から浮きだすようにし 翌日、また女のラングレーを借りて吉永の家へ行き、おれは顎然て、二つに分裂しようとしていたのである。 とした。 「座ってくれ : : : 。もうひとっ居間が奥にできてしまったんだが、 まず、家を見て仰天した。 まだ家具がないんで。完全にこの椅子などが二つになったら運び込 吉永の家が二倍になっていたのである。瓜二つの同じ四角い家がもうと思っている」 びったりくつついて後ろに長く伸びていた。塀も伸びている。そし おれは背中合わせに二つに分裂しようとしている長椅子の片側に てさらに、カーポートにある、うんこ色のポロスカも、尻からも座った。 う一台の同じ車を分裂させようとしていたのである。スカは細長っと背後を振り向くと、おれの後ろに全裸の生白い体の吉永の奥 さんたちが、ポーリングの。ヒンのようにずらりと立ち並び、おれを くなってしまい、どちらも前になっていた。 おれはラングレーを畑の中に停め、吉永の家へ走った。なんだ見おろして徴笑していた。 か、これは大変なことになるぞ、と思った。 「眼も二つになりはじめてるんだが、彼女たちの背中を見てなきや ドアを思いきり開けて玄関に入ると、吉永が突っ立っていた。そならないので、裸にしてるんだ : : : 」 して、その背後や両脇に、正座して三つ指をついた全裸の吉永の奥吉永はおれの右側に立ったまま力なく言った。 さんが、二十人以上居間の方までずらりといたのである。 おれはガクガク頷いた。 ソファ ソファ ソファ 5
こ 0 「それで、い、いったい友紀さんは何人になったんだ ? 」 「完全なのは二十四人だ。上の寝室で今、六人がまた分裂しようと「おまえたち、その長椅子を、もうひとつの居間へ運んで行きなさ 5 している」 吉永が命令すると、五人の吉永の奥さんたちが、キャッキャッと 「しかし : 一・ : 家や車や家具までもが : : : 」 楽しそうに笑いながら、おれの後ろの長椅子を運んで行った。 「そうなんだ : : : 」 「それで、おまえ、どうするつもりなんだ ? : : : 」 吉永は深く溜息をついて首を振った。 おれは訊いた。 「いったい、なんで、こんな、、ハカげたことが・ 「どうするって言っても、とにかく女房や家や家具は勝手に、どん どん同じものを生えさせて分裂してしまうんだ。止めようがない : おれは居間中にいる吉永の奥さんを見て言った。・ : 。捨てるわけにもいカオし : ふいにガタンと背後で音がし、おれは一メートルもとびあがっ 吉永は向かいの分裂しようとしている椅子に座って、頭を抱え おれの座っていた茶の長椅子が、完全に二つに分離したのだっ 「しかし、おまえ。いくら美人だからと言っても、こんなにたくさ んの奥さんを相手にしてたら、枯れはてて死んじまうぜ : : : 。月に 三人ぐらいなら手伝ってもいいけどな : : : 」 「いや、それにはおよばない」 吉永はきつばり言って顔をあげた。そして、二階に向かって大声 をだした。 「おおい、君たちも、もうでてきていいそ ! 」 どどどどどど、と階段を駆け降りてくる音がして、居間へ彼らは 入ってきた。 十人以上の全裸の吉永が、笑願でおれの前に立った。全員が一斉 に口を開いてコーラスで言った。 「よくきたな、三崎」 そう言ってから、一人ずつ、おれの右肩を順番にシ・ハシ叩いて 行った。ちなみに全裸の吉永たちはみな仮性包茎だった。 2 、ノ 発狂しそうだ ソファ ソファ
この男の思考に、ア・ハートを出る必要も、 着たきり雀だったはずの衣服は大分しわだらけになっているが、まら今日は非番らしい だそれほど見すぼらしくはない。明らかにコリーから不必要な歓迎その意図もまったく見当らないからだ。コリーは室内を片づけた 、飾り物のほこりを払ったりし始めたが、アートはすぐにうんざ は受けたくない様子で、朝食を食べ終るなり、そそくさと・ハスルー ムに姿を消した。やがて出て来たかれは、ちょっともじもじしたありしてしまったーーそれで、そそくさと雑布を放り投げ、冷蔵庫か らビールを出した。 とで唐突に片手を突き出した。コリーはその手を握った。 ーセル」と、フランクは言った。「昨夜今になって気づいたことだが、コリーは煙草を喫わない。昼間の 「心から礼を言いたい、パ は泊めてもらって本当にありがとう。それに実にすばらしい朝食だテレビ番組は退屈でアートにはとても我慢できぬ。室内に置いてあ ったよ。それで、そのう : : : そろそろ出かけたほうがいい と思うんる本はどれも一様に面白くないものばかりだ。どうやら、ひどく長 、一日になりそうである。 だ。道路が混まないうちにね。もう一度礼を言うよ、どうもありが ドアのチャイムが鳴り、アートはびつくりすると同時にほっとし とう」 だが一向に立ち去ろうとしない。 た。だがもっと驚いたのは、コリーの示した熱つぼい反応である。 「気にしなさんな、フランク」と、アートは言った。「いつでも歓跳び上がらんばかりにして来訪者を迎えに出て行く。 ドアを開けると、入って来たのは背の高いスリムな少年である。 迎するよ」 握っていた手を放すと、フランクはドアの方へ歩いて行った。 年のころは十九ぐらいだ。コリーの思考から、こいつがコリーの現 だち 「それじゃ、さよなら」 在のホモ相手で、かわいい弟分でもあるシド・ラングリ 1 であるこ そう言って、フランクは出て行った。 とが・ハッとわかった。ドアが閉じるや否や、少年はいきなりコリー おやおやーー・コリーのやつめ、いつの日にかフランクがまたここに抱きっき、キスした。 へ来てくれることを期待していやがる。アートとしては、あんな野なんてこった ! さあ、どうする ? アートはあわてながらも精 郎とくつつくのはもう真っ平だ。それで、わざと大きな声を出して一杯の優しさをこめて、抱きつく少年から身を離した。 言ったーーー自分の口から出たこの言葉にコリーが注意を向けてくれ「どうしたの、コリー ? ぼくのこと怒ってるのかい ? 」 ればいいのだが アートは首を振った。 「しかしあいつは気むずかしい野郎だな」 「いいや、怒ってなんかいないよ。ただ、今はちょっと : : : 疲れて コリーが納得したかどうかは、アートにもわからなかったこ いるだけさ。今朝はあまり気分が良くないんだ」 はてな、自分は気分が悪いのかな : : : と、コリーの意識がしきり やがてアートは、運送会社の運行管理主任をしているコリ ーの勤に首をかしげているが、もちろん、どこも悪いはずはない。 務スケジュ 1 レ・、、 ノカカなり変則的なものであることを知った。どうや「今日の・ほくは : : ・ほくはどうもその気になれないんだよ、シドニ
よそ が、まさかへルメットをかぶってわざわざ余所者であることを触れ 二十メートルごとに振り返れ、という忠告を守ったおかげかどう かは知らないが、ここまではどうやら無事だった。もっとも忠告し回るようなことはできない。 ロ減な話だ。」 頭はしつかり・ハナナ・カットにしてあるし、ファッションは背中 たほうもまったくこんな経験がないんだから、 のリ = ックに至るまで・フレインズ一色だ。 準備万端あい整っている。むろん、心の準備のほうもだ。 閃光銃の = ネルギー ( = ネルギーだなんて、まるで半世紀まえの会話の練習にはた「ぶり一年もかけた。 " 亡命者。と特別な裏取 マンガみたいだな、まったく ! ) はたつぶり充填してあるし、味気引きをして教わったのだ。 あとは演技力と度胸ってことになる。 ないことでは定評のある Z のサ・ハイバル・フーズも背中のリ とりあえず現場に飛び込まなくちやわからない、というのが主義 ュックに詰めてある。あまりふくらんでいると怪しまれるから他に 荷物らしいものもなく、べしゃんこだ。 マイクロ・ビデオは耐熱ペンダントの中だ。連中がよく首からぶ眼の飛ばし方や、相手の品定めの仕方も教えてもらった。 ここでは誰もがお互いにそうするのだ。 ら下げているやつを模造したものだ。 じろじろと相手を無遠慮に見る。 これまでも随分危ない橋を渡ってきた。死にかけたことも一度や 二度ではない。 自分よりださい奴かどうかの判断をするためだ。 力関係や上下関係は、そうした一瞬のカ場が決定してしまうのだ しかし、どうにか無事に生き延びてこれた。 そうだ。 自分で運の強い男なのだ、と自分に思いこませてきた。 国家が自分を守ってくれるようなところではない。 だから、今度も大丈夫だろう。 狼の社会では護身は個人の仕事なのだ。 不安がないと言えば嘘になる。 こんなになっていても、都市の機能はかろうじて動いていた。 けど、やるしかない。 人間はもう後戻りできないのだという有力な証拠を見たような気 これが自分の選んだ仕事だ。 命を賭けるに価するかどうかはわからないが、とにかく自分が選がする。 街路灯もまばらだがついているし、窓辺には灯がともり、人のい んだ仕事なのだ。 る気配も感じられる。 明らかに尾けられていた。 水道も、ガスも、生きていた。 どのみち、いっかは接触しなければならないのだが、コンタクト 昨夜泊ったホテルはドア・チェーンが二個もついていた。もちろ をとるまえに襲われてしまったのでは面白くない。 ん自動旋錠で、まあ怖いもの見たさだけの不注意な観光客も多いこ かといってあまり内心の不安を露わにしすぎてはばれてしまう。 防弾チョッキは O—< も驚くような代物で無防備なのは頭だけだとだから当然と云えば当然だが、ペッドの頭上には″自己の生命・
・フォレスト 真夜中になるまで待って、自分のアパートに電話してみよう : 中に入っているのが誰かは見当もっかないが と、アートは決心した。かれ自身は夕食など食べる気にもなれなかに近づくチャンスを得ようとは考えてもみなかったのだ。これで何 ったが、コリーは食欲をつのらせている。何回も何回も、かれは夜もかも コリーから折角のお楽しみを取り上げたことを含めてー 中にかける電話のリハ ーサルを行なった。 ーすべて、むだになってしまった。 だが現実には、リ、 ーサルどおりには行かなかった。 いや、本当にそうだろうか ? もう一度アパートの三一〇号室を 「もしもし、アート ? コリー ーセルだ」 使ったら ? 今度はペッドを三〇八号室寄りではなく、三一二号室 「やあ、コリー いったい何の用だい ? それとも、こっちから訊寄りに置けばよいのだ。チャンスは五分五分だが、もしリディアの かないほうがよかったかね ? 」 中へ入りこむことができ、その上でもう一度眠り、そして運がよけ かれは笑った。これはいつものジョークなのだ。、 れば : 「実はね、アート、・ほくの友だちのことでちょっと困ってるんだ。 こいつは間違いなくうまい手だ。しかし好事魔多しーー・さっそく 集まるのは三人でね、もう一人ほしいんだが、いっかきみはぼくと くセス・スワンソンに電話してみると、三一〇号室はすでにふさが 交き合ってもいいようなことを言ってただろう ? それで、どうかってしまったと言う。なんなら三〇六号室はどうですか : : : あそこ : だとさー なと思って : : : 」 なら大分前から空いていますけど : コリーは当惑している。でもアートの意志にしたがってはいた。 「そうか、そいつは残念だな。今晩はだめだ。女の子が来るんだ コリーはあまりウイスキーは飲まないらしく、安ものしか置いて よ。たぶん、きみも知っている女の子だ。うん、まちがいなく、き 、よい。しかし安もののウイスキーでも、ないよりはましだ。氷は みの知っているやつだよ ! 」 あるので、なんとか飲める。そしてアートは考えた : まさか : そうだ、もしおれが今晩眠らなかったら、どうなる ? ひょっと コ 「ぼくの知っている女性って ? 」 したら、明日、自分の元の住みかで正常に戻れるかもしれない。 「リディア・コ 1 ギルさ。よくしゃべる女だねえ。酔っ払っているリーは昨夜ぐっすりと眠っているから、今夜は眠らなくても大丈夫 ときに、ついデートの約東をさせられちまった。というわけでね、 ・こつ、つ 0 何度も言うようだけど、実に残念だ。明日また相手が必要になったそれで、グラスに残っているウイスキーは台所の流しに全部捨て ら、声をかけてくれ。じゃ、そろそろ出かけなきゃならんので、まてしまった。今日と明日だけは酒を飲むわけにはいかぬ。飲めば、 たな」 徹夜が辛くなるだけだ。 くそったれめ ! こんなことなら、あのかんだかい声をはり上げようし、絶対に眠らないそ。是が非でもやりとげなければならな 覚醒剤はま ーの薬品キャビネットを引っかきまわしたが、 % るリディアと一夜を共にすればよかった。でもよもや彼女がアート
を見まわして、お世辞を言った。新築の家特有の臭いがする。 きた。アイス・コーヒーの乗った盆を持っていた。 「まあな。三十年ローンで買った建て売りだけど、これでもカーポ ガラス・テー・フルにアイス・コーヒーのグラスを一一つ、彼女が美 4 ートつきのだからな。あとで各部屋を見せてやっから」 しい手で、そっと置いたとたん、吉永が彼女の腰を両手で後ろから つかんで、ぐいと自分の方に引き寄せた。 吉永は椅子にふんぞりかえって、顎をあげてガハハと笑う。 まわりが畑だらけなのに、カーポートなんかいるかー きやっ ! と声をあげて彼女はパランスを崩し、吉永の膝の上に 座ってしまった。 おれは、やれやれと思った。 おれは吉永を見て苦笑した。 まったく、今まで何の音沙汰もなかったのに、いきなり六年振り「三崎、紹介しよう。これがおれの女房の友紀だ。一年前に結婚し た。どうだ美人だろう」 に引っ越し通知を送ってくるなんて、妙な男だ、と思った。だいた いおれは、吉永が結婚していたことさえ知らなかったのだ。それ吉永は彼女の胸をタンクトツ。フの上からまさぐろうとしていた。 も、あんなモデルにしてもいいような美女と : 彼女よ、、 : しゃいやと身をよじる。 おれは吉永の、すぐに歯茎がむきだしになるでかいロと、間の離「えと、これは結婚祝いですっ」 おれは怒ったように顔を伏せて包みを差しだした。 れたとびだしたギョロ眼、若ハゲの頭に、栄養失調の子供みたい どう見て「おお、それはそれはつ。友紀、開けてみなさい。いいのいいの に、そこだけぶくんとふくらんだ腹をつくづく見た。 おれの膝に座ったままでいいから」 も、あの奥さんと、こいっとはつりあわない。 「それにしても三崎、ひさしぶりだよなあ。実に六年振りだものな勝手にしろ ! とおれはアイス・コーヒーを顎をあげてごくご 呑んだ。やたらに甘い。 あ」 「おおつ。今時、柱時計じゃない、ー いやあ、ありがとう。あり 吉永は大口を開けて言う。 「ああ、驚いたぜ。今まで年賀状もこなかったのに、いきなり引っがとう三崎。さっそくトイレの傍に掛けよう」 越し通知なんかがくるんだからな。おれはおまえが前に住んでた所「気に入ってくれて、うれしいよ」 おれは横を向いて言った。 だって知らんそ」 と、そのとき、ゴホゴホと吉永の奥さんがかなり激しく咳をしは 「はは、そうか。三崎はまだ親と住んでるのか ? 」 「いや。独りでマンションに住んでいる。引っ越し通知は実家からじめた。 転送されてきた」 「友紀つ。また始まったのかい ? 大丈夫か ? 平気か ? 」 吉永は、自分の膝の上に腰かけたまま体を丸めて咳をする彼女の 「そうか、まだ独身か : : : 。早いとこ嫁さんもらって、こうやって 家でも建てろ」 背中を、なでまわすようにさすった。額に手をあてて、自分と比べ ほっといてくれ ! と言おうとしたとき、奥さんが居間に入ってたりしている。 ゾファ
シアという。すでに数回、デートしている。相変らず金めぐりはよ「ほう ? 」 こっちからは何も言うな。やつにしゃべらせるんだ : くないが、まったくの文無しというわけでもな、 影いうなれば、目 新しいことは何もないのだ : ・ 「自分でも、あのとき何を考えていたのかさつばりわからないんだ どうも邪魔つけな気分であるーーーその邪魔者は体内にいるのだよ、アート。とにかく何がなんでもここへ来て泊らなければならな が、かといって肉体そのものの働きが不自由だというわけではな いんだと思いこんでしまった。な・せそうなのかも、皆目見当っかな やがて目をさましたコリーと、頭の半分だけを使って会話した。 コリーは前よりも困惑した表情をしている。「確かにぼくときみ この種の作業は主として〈内側の自分〉にやらせている。コリ】はとは友人同士だし、ぼくはいつだってきみと会えば楽しい。でも昨 朝食を作りたがった。好きなようにさせてやった。コリーが明らか夜は : : : ま、とにかく、昨夜のぼくはきみを求めていたわけでもな に、かれなりに得意な腕をふるい、それによって一夜の宿の礼をすいし、そんなたぐいの話ではまったくなかったんだ」 る機会を楽しんでいることがよくわかったからだ。後片づけもやっ 「わかってるよ、コリ ー」ーーーさて、次に何と言ったらいいのか ? てくれるーー昨夜の分の食器の山も含めて、だ。それが終ると、コ 「ま、そんなことはあまり気にするな。大丈夫だよ。誰だって リーは、毛布をたたみ始めた。 ときどき頭がおかしくなることはあるもんだ。それに、きみが来て 「それよ、 ~ しいよ」と、ア 1 トは言った。「あとでおれがやるから」くれたんで、おれも喜んでいるんだから」 「うん : : : 」と、コリーはその手を止め、もじもじしだした。「ア いずれにせよ、この気持だけは本ものだ。たとえ今の状況が元と 1 ト、実はちょっときみに話したいことがあるんだがね」 同じようこ、、 冫しや元よりもひどく混乱しているとしても、である。 「ほう ? 」と、アート。警戒している。 「わかったよ、アート。・ほくはただ、・ とうしてもこのことを話して 「アート、実はきみに嘘をついてしまったんだ。な・せそんなことをおきたかったものでね。それだけさ。どうもありがとう」 したのか自分でもわからない ばくは絶対に嘘をつかぬ人間だ。 「またいつでも来いよ。ま、ほどほどに、、 しつでも大歓迎だ」 それはきみもよく知ってるだろ」 コリーは帰っていった。 二人はニャリと笑い合い 「そのとおりだ、コリー。きみは、おれの友だちの中で一番信用で きる相手だよ」 どう必死にあがいても、問題は解決しない。せつかく自分の頭の アウトサイー 「でもどうしたわけか、昨夜はどうしてもここへ来て泊らなければ中に戻れたというのに、自分の自分たる部分は部外者なのだ。 ならぬ気分になってしまった。それできみには、ぼくの友人の一人思い出したようにビールを一口すすったり、スナックをかじった が誰かをぼくの部屋に連れこんだからだ : : : と言ったけど、あれはりしながら、かれはじっと自室に坐りつづけた。答は出て来ない。 まるつきりの嘘だった。友人が・ほくの部屋へ来たというのも嘘だ」 今度眠ったら、いったいどういうことになるのか ? かね 5 9 一
だが、この緊迫した沈黙が破られるときが、やがて来た。 お伴や側近のような者はついていない。 ″が初めて口を開いたのだ。 ゆっくりと壇上に登る。 男としてはみつともないほどのきいきい声で、ヘ 誰も礼も拍手もしない。 観衆に問いかけた。 っと″ヘッド ″のほうを見つめているだけだ。 ュ / ー 1 し > 「おい、みんな、どうする ? もう、決まったか ? 」 あれだけ粗野でやかましい奴らが、びたりと黙ったままなのだ。 すぐに連中が一斉に拳を振り上げ、口々に「殺せ ! 」と叫びだす 全員がただおし黙ったまま、視線だけは″ヘッド″に注いでいる。 だろうと思ったが、その予想もまたはずれた。 異様な光景だった。 壇上に立った″ヘッド″をよく見ると、目立つのは服だけで、平それは、最初ロの中でもぐもぐと始まった。 低くうなるような、大地を這うような、読経にも似た陰気な声だ 凡な・ハナナ・カットの男だ。 少しも大ポスとして君臨している人物には見えない。 正直言ってこれには失望した。 連中の眼はまばたきもせずに″へノ・ ト″に注がれている。その場 ハナナ・カットを始め幾多のグルー。フが乱立する″地帯″に君臨にじっとしたまま、ただ低いかすかなうなり声をあげているのだ。 する悪の帝王、とくれば誰だってそれにふさわしい体驅や容貌を期よく聴いているとやがてそれは一つのテンポを伴ってくり返され 待する。 るセンテンスであることがわかってきた。 せつかくのスクー。フだというのにこれでは肩すかしだ。 ″変態野郎にくれちまえ 壇上の少年は、しかしそんなことにはお構いなしにきらきらと憧 変態野郎にくれちまえ れの目を輝かせてうれしそうに″ヘッド″に近寄った。 変態野郎にくれちまえ 「あんたが″ヘッド″だね ? 」 変態野郎にくれちまえ : ・ しいんと静まりかえった広間の吹き抜けに、ひときわかん高く少無秩序で野卑な不良どもが、低く静かにこうくり返している。そ 年の声は響き渡った。 の気味の悪さ。 しかし、ヘ ″ッド″は何も答えない。 どれほどの間それは続いたのだろうか。 誰も合図や指図をしている様子もないのに、その静かなるシュプ ″ヘッド″は、顔の印象も不思議と薄い レヒコールはおさまっていった。 どうしてこのつまらない男が、と訝るほどだ。 ″ヘッド″は別に少年を威嚇するでもなく、また自分の威厳を示そ「よし、わかった。結論は、出たな」 うともしない。 呆然としている少年を尻目に、″ヘッド″はさっさと壇上から去 ただ突っ立って、じいっと少年を見つめている。 り、そのまま通路へ消えてしまった。 っこ 0 ″ッドノはこう
「そうよ。で、何なの その、緊急事態とやらはーー、何が起「中佐ーー お言葉ですが、我々技術部員は、毎日、いえ、毎時間 こったっていうの ? 」 が、 O O —との戦いでした。たから、分かるんです。今までは、単 5 答えないわけこよ、 なる調子つばずれで済んでいた。けれど、もう、手におえません。現 それに様子からすると、彼女は明らかに、少佐の居場所を知在の 0@0—= の状態を、ひと目ご覧になれば、あなたたってーー」 テックマ / っている。 「分かったわよ、技術員ーーー」 いや、それどころか、彼女は、少佐の同行者の一人に違いないと相変わらずの面倒そうな口調で、アイリーン・は言葉を継い 思えた。 さもなければ、ヴィーナスターをほとんど離れることのない女王「 だからって、どうしろって言うの ? あたしや、 0 少佐 然とした彼女が、そんな場所にいるはすがない。 に、 O O >-«のお守りを押しつけようっていうの ( : : : それにしても ) 「そうじゃないんですーーー ! 」 キュイ ロン・は、またも顔をしかめた。 思わず、ロン・ 0>-4 は、大声を張り上げた。 (-50 少佐とアイリーン・という組み合わせが、いかにも無気「言った通り、 oæo—æは現在、ある種の錯乱状態に陥りつつあ 味なものに思えたからだ。 ります。そしてーーー信じられないことに、彼女は、幻覚を見ていま 一体 : : : 彼等は、そんな場所で何をしているのか す。ええ、その様子が、モニターにはっきり現われたんです。そし 「実はーーー」 て、その幻覚の世界で、独り芝居を演じながら、ローヴァー・ 00 ロン・ O>H は、説明をはじめた。 少佐の名前を口走ったんです , ー・・・ ! 」 「の状態が、極度に悪化しているんです。もう完全に、 「ローヴの名前を : ・ 狂気と呼んでもおかしくない状態で、このままでは、何が起こるか「そうです だから、どうしても、少佐の口から、事情を説 きたいんですーー」 「待ってちょうだい アイリーン・ Q が、不快を隠そうとしない口調で言った。 アイリーン・の声が、微かに高ぶったように感じられた。 「あれは、もともと気が狂いかけてたんじゃないの ? それに、 o 「何だって言うの ? O O —は、一体、何を喋ったってい gac-)—}--a がおかしいからって、ローヴ、いえ、 (.50 少佐を呼び出しうの ても仕方がないでしように。彼が自分で直せる機械は、オイルライ ええ、それが」 テックマン ターくらいのものよ。自分たちで、何とかなさいよ、技術員ーーー」 彼女に話すべきかどうか、若干の迷いを覚えつつ、ロン・ ロン・ O* は、さすがに腹に据えかねた。 は、答えた。 キュイ テッグスダップ