詩人 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1984年12月号
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1. SFマガジン 1984年12月号

エミリーは毎日、博物館に出勤したその足で、受持ち区域の巡回 をすることにしている。正式には〈詩人の間〉をあずかる主事補佐 ーの意識の中では、単なる補佐という立 にすぎないのだが、エ、、 ミリーは偉大なる不死の人々の身近に 場を越えるものがあった。工 さだめ いられる、幸せな、死す・ヘき運命の者だった。偉大なる不死の人々 彼らの仲間のひとりのことばで言い表わすと、″そのはるかな る足音が時の歩廊にこだまする、不減の詩人たちょ〃ということに なる。 つみ ″薔薇の蕾の乙女たちの女王よ 詩人たちは年代順にではなく、アルファベット順に配置されてい こなた るエミリ 1 はホールの左手ーーの項 , ーーの台座からまわりはじ 舞いは終わりぬ、此方へ来やれ サテンの光沢、真珠の輝き め、大きな半円形をえがいて進んでいく。このまわりかただと、か ぎみ なりあとまで、いや、最後まで、アルフレッド・テニスン卿を残し 一日合と薔薇の美をそなえし君よ〃 ーの大好きな詩人だった。 ておけるのだ。アルフレッドはエ、 エミリ 1 が詩人のひとりひとりに、明るくおはようとあいさっすと応えてくれるときには。 ると、詩人たちもそれぞれ個性的な応えをよこした。だが、アルフ ニミリーは〈詩人の間〉の仕事を引き継いだとき、あふれんばか ミリーは「書きものにふさわしい、すてりの期待を抱いたものだった。最初に企画を思いついた博物館の理 レッドに対してだけは、エ ミリーも詩人たちはご用ずみになってしまった きな日じゃありません ? 」とか、「『牧歌』のことで、あまりお悩事たちと同じく、エ みにならないでくださいね」とか、ひとことふたこと、特別に愛想わけではないと、堅く信じていた。また、一般の人々もほこりつば のいいことばをかけた。もちろん、アルフレッドが実際に書きものい書物の中に心を魅了することばを見い出すのではなく、等身大の などしないことも、椅子の側の小さな机の上の旧式のペンもその時モデルの詩人のくちびるからこばれでる珠玉のことばに、耳を傾け ることができるとわかれば、憂き世のことも、高い税金のことも、 ミリーは知っている。 代の紙も、ほんの飾りにすぎないことも、エ どちらにしても、アンドロイドの詩人は、血肉をそなえた当の詩人すっかり忘れ去ってしまうだろうと、心の底から信じていた。だ ミリーも博物館の主事たちも、両方とも が、その点に関しては、エ が何世紀も昔に書いた作品を朗唱するほか、なんの才能もないこと もちゃんと承知している。だからといって、ふりをしてみたところ時流に遅れていた。 二十一世紀の平均的市民たちは、書物の中の・フラウニングに対す で、べつに害はあるまい。特に、アンドロイド詩人のテニスンのテ るのと同様、生命を与えられたプラウニングに対しても、いっかな 1 ゾが、 とか ″春、つややかなハトの羽毛は はなやかな七色となり おのこ 春、若き男の気まぐれな心は 千々に乱れる愛の想いとなる っ 1

2. SFマガジン 1984年12月号

ら科学技術の展示物にかかりきりになっていて、詩人たちの管理は先的にスペースがほしい。で、さらにうれしいことに、理事会は最 補佐に任せきりにしていた。工 ミリ 1 は彼が大きな本を抱えている終的な結論を出した。明日の朝より、〈詩人の間〉は公開中止とし 3 のに気づいた。これもまた驚きだ。ゾランドンは読書家というわけて、自動車のクローム時代のディス。フレイ用に、ホールを空け渡す ではないからだ。 ことにするとね。クロ 1 ム期というのは、じつにまったく興味深い 「おはよう、ミス・メレディス。、、 時代でーーー , 一 しニュースがありますぞ」 とっさにエミリーの頭には、。、ーン 「では、詩人は」工 ミリーはふたたび口をはさんだ。「詩人たちは とが浮かんだ。現在のモデルのテー。フに欠陥があるため、アンドロ どうなるんですか ? 」 イド商会に交換を頼んでほしいと、・フランドンに何度も要請してお今や砕けた空はあたりに降り、その青いかけらにまじって、ずた いたのだ。たぶん、ようやくその手紙を出し、返事を受け取ったのずたに裂けた優美なことばや、こなごなになった流麗な詩句が散乱 ・こ〉つ、つ - 0 しはじめていた。 「なんでしようか、ミスター・・フランドン」工 ミリーは胸をはずま「そりや、もちろん、倉庫行きですよ」・フランドンのくちびるに、 せて訊いた。 瞬間、憐憫の微笑がきざまれた。「もし一般の関心がよびさまされ 「ミス・メレディス、きみも知ってのとおり、〈詩人の間〉はわれるようなことがあれば、そのときは木わくから出してーーー」 われにとって、失望のもとだった。わたし個人の意見としては、そ「それじゃ、みんな窒息してしまいます ! 死んでしまいますわ もそも最初から、非実際的な企画だと思っていたのだが、一介の主 事にすぎない身としては、とやかく口出しできるわけがなかった。 ブランドンはきびしい目で工、、 ーをみつめた。「ミス・メレガ 理事会はひとつの部屋を、詩にひたりきったアンドロイドでいつば イス、きみ、自分が少しおかしくなっていると思わんかね ? アン」 いにしたいと思った。で、われわれはひとつの部屋を、詩にひたり ドロイドが窒息しますか ? アンドロイドが死にますかね ? 」 きったアンドロイドでいつばいにした。それが今度、うれしいこと エミリーは顔が赤らむのを覚えたが、頑として退かなかった。 に理事会もものの道理がわかったらしい。一般大衆にとって、詩人「彼らが朗唱しなければ、ことばは窒息してしまいます。聞く人が なんぞはもはや過去の遣物であり、しかも〈詩人の間〉はーー」 いなければ、詩は死んでしまいます」 「でも、一般の市民だって、もうすぐ気づいてくれると思いますブランドンはいらいらした。血色の悪い頬に薄く赤みがさし、褐 わ」エミリーは揺れだした空を支えようと、ロをはさんだ。 色の目が黒くなった。「きみはひどく非現実的な女性なんだね、 「〈詩人の間〉は」・フランドンはかまわずに先をつづけた。「博物ス・メレディス。きみにはがっかりしましたよ。大昔の詩人たちで 館の財政上、常時、完全な赤字となっている。そこへもってきて、 いつばいの霊廟ではなく、がらりと雰囲気のちがう進歩的な展示物 〈自動車の間〉では、ディス。フレイを拡張するのに、・ とうしても優の係になれるのだから、おおいに喜んでくれるものと思ったのだが」

3. SFマガジン 1984年12月号

0 0 1984 SF マカジン 科学が生み出した機械と生物のキマイラ ! 、を ~ こ ②ハイプリッド・チャレドー大原まり子 ・引き潮のとき く連載第 23 回〉ー眉村卓 クロス ランドリアン・ CRS の握る秘密とは ? 創星記 川又千秋 く連載第 7 回〉 あいつの奥さんは絶世の美女、だ・け・ど ①ストーン・クレイジー ーー岬兄悟 クロコタイレ・ロック ーー難波弘之 ⑩工ミリーと不滅の詩人たち ロバート・ F ・ヤング山田順子訳 ⑩宀 豕路 'F ・ M ・パズビー 斎藤伯好訳 ジャクト家へ向かう司政官の胸中は ? 暴力とセックスに明け暮れる街 ! 博物館の、、不減の詩人 ' たちの運命 目覚めるたびに他人の体に俺はいる・・ The followlng story is reprinted Wlth permission of the owner, fo 「 which acknowledgement is here gratefully made : Getting Home by F. M. Busby 表紙イラストレーション : 鶴田一郎目次イラストレーション : 佐治嘉隆表紙・ 2 色ページレイアウト : 小倉敏夫 本文イラストレーション : 金森達 / 新井苑子 / 吾妻ひでお / 加藤直之 / 天野喜孝 / 佐治嘉隆 宮武ー貴 / 横山宏 / 米田裕 / 米田仁士 / 錦織正宜 / 福留朋之

4. SFマガジン 1984年12月号

死の蒼き衣をまとい の思いで苦いことばを引っこめた。くびにでもなったら、詩人たち 音もなく塔の町キャメロットに入りぬ と完全に引き離されてしまうが、博物館に勤めてさえいれば、少な 3 ミリーはブランドン くとも彼らの近くにいると思っていられる。工 に言った。「あのーーまぶしくて」 そういう場合のつねとして騎士や人々が岸辺にかけつけ、舟のヘ さきにしるされた姫の名前をあらためた。やがてランスロット卿が「まぶしい、ね。ま、内装が全部終わるまで待ってごらん ! 」・フラ 現われたーー いや、ランスロットかアルフレッド か定かではない。 ンドンは熱狂的な気分になるのを抑えきれなかった。「うん、きみ なぜならばときとして一方が他方に、ときとして他方が一方にな がうらやましいぐらいだな、ミス・メレディス。きみは博物館でい り、最後には両者が重なってしまったからだ。 ″この姫はうるわしちばん魅力ある展示物を預ることになるのですぞ ! 」 顔をしておいでだ″と、ランスロットⅡアルフレッドは言っ 「ええ、そのようですね」工 ミリーは当惑の目で、新しい預りもの のエミリーは死んでいるにもかかわらず、はっきりを見まわした。「ミスター ・・フランドン、なぜこんなにけばけばし みめぐ とその声を聞いた。″神よ、うるわしきシャロット の姫に、御恵み い色に塗ってあるんでしよう ? 」 をたれたまえ : ・ ・フランドンの目の輝きが、少しばかり薄れた。「どうやらきみ は、『二十世紀芸術におけるクローム・モチーフの分析』の表紙さ 車を移動する作業員たちは夜を徹して働き、〈詩人の間〉は見るえ開かなかったようですな」と非難する。「カ・ ( 】のそででも見て かげもなくなった。詩人たちは運び去られ、そのあとに二十世紀の いれば、アメリカの自動車の色彩デザインは、必然的にクローム装 まばゆい代表作品が並んだ。ロく ート・・フラウニングが妻のエリザ具の増加に伴っているとわかるだろうに。このふたつの要素が結合 ハレット・・フラウニングをしのんですわっていたところにして、自動車芸術に、一世紀以上も持続した新しい時代をもたらし は、〈ファイアードーム 8 〉と呼ばれるものが、アルフレッド・テたのだ」 ィースダ ニスン卿の聖なる場であったスペースには、〈サンダー・ ( ード〉と「復活祭の彩色たまごみたい。本当にこれに人間が乗っていたん いうとんでもない名をもつ、横長の丈の低い、びかびかのしろものですか ? 」 が鎮座ましましている。 ・フランドンの目はいつもの色合いにもどり、熱狂的な気分は、穴 、、スター ・ブランドンがエミリーの傍にやってきた。その目は、 をあけられた風船のように、彼の足もとにべしやりと落ちた。「そ 彼が愛するようになったクロームめつきの装飾品に、負けるとも劣りや、当然、乗っていたとも ! きみはいやに気なずかしいことを らないほど、きらきら輝いている。「どうです、ミス・メレディ 言うが、そういう態度は感心しませんぞ ! 」プランドンはくるりと ス、新しい展示物をどう思うかな ? 」 背をむけ、歩き去った。 もう少しでエ ミリーは言ってしまうところだった。だが、やっと エミリーはプランドンを怒らせるつもりなど毛頭なかったので、 かんばせ

5. SFマガジン 1984年12月号

ミリーよ・目 パ 1 は元気よくんそれは、彼が新しいモデルのひとつだからだろう ( 工 七時、片岡に露みちて″と応え、ウィリアム・クー としつぎ ″ひとたびわれらが空が曇りてのち、二十年目の歳月がほぼ過ぎゅ分が担当しているものをモデルだと考えるのはいやだったが ) 。 ミリーはとっておきの場所にたどりつき、若 ようやく最後に、エ きっ ! ″と叫んだ。エドワード・フィッツジェラルドは ( いくぶん 若しい顔ーーアンドロイドはどれも、詩人たちの二十代の頃に模し ほろ酔いだなとエミリーは思ったが ) きつばりした口調で、 てある , ーーを見あげた。「おはようございます、アルフレッド卿」 うすあかりひととき 工 ミリーはあいさっした。 ″夜明け前、薄明の一瞬に 感性豊かな人造のくちびるが、生きているかのような徴笑を形づ 居酒屋の中より声が聞こえぬ くった。音もなくテー・フが回りはじめる。くちびるが開き、甘美な 『内に神殿がととのうているに ことばが流れ出る。 なにゆえ巡礼者は外にてためらう ? 』″ ″朝風が吹きそめこ と呼びかけた。工 ミリーはその台座の側を、むしろ無愛想に通り過 そら あけ エドワード・フィッジェラルドが含ま 暁の明星は天に高く ぎた。この〈詩人の間〉に、 女神のいとおしむ光はかそけく、 れていることに関しては、エ ミリーは今まで一度も、博物館の理事 淡黄色の空のしとねの上に ミリーは・内むでは、フィッノン たちと見解の一致をみていない。工 エラルドは不朽の名声を求める資格はないと思っていた。確かに、 フィッツジェラルドは独創的で豊かなイメージを駆使して、『オマ ュミリーは片手を胸にあてた。心の中の寂しい森を、詩人のこと ル・ハイヤート ・ハイヤームの四行詩』の四つの版を定着させたが、だからとい ばが駆けめぐっている。いつもなら、やさしいからかいの目で詩作 ミリーは深く感動したため、そ の現場に立ち会うのだが、今日のエ って、それで彼が天才的な詩人だということにはならない。 ィッツジェラんなことはすっかり忘れていた。ただただ畏敬の目で、台座の上の ンや・ハイロンが詩人である、という意味において、フ ミリーは歩き出し、ホイツ 人物をみつめるばかりだった。やがてエ ルドはちがう。テニスンが詩人であるという意味において、フィッ トマン、ワイルド、ワーズワース、イエーツといった面々に、おは ッジェラルドはちがう。 ーの足どりはようということばらしきものを、ロの中でもごもごとつぶやきなが アルフレッド・テニスン卿のことを思うと、エ、 早くなり、やせた頬に色うすい・ハラの花が二輪、ぼっと花びらを広ら、先へ進んでいった。 ・・フランドンが待って げた。アルフレッドの台座まで行き、アルフレッドのことばを聞く彼女のデスクのところで、主事のミスター ミリーはびつくりした。・フランドンが〈詩人の 3 、るのを見て、エ のが、待ちきれないほどだった。他の詩人たちのテー。フとちがい、 〉を訪れてくるなど、めったにないことだ。・フランドンはもつば アルフレッドのテ 1 。フはつねに異なる作品を流してくれるーーたぶ 間し

6. SFマガジン 1984年12月号

としつぎ 「いかがです、どうお思いになります ? 」工 ミリ 1 は訊いた。 の歳月がほ・ほ過ぎゅきぬ ! 〃と叫んだ。一九六〇年型クライスラー ミスタ ・・フランドンの驚愕ぶりは、じつに見ものだった。本当の中から、エドワード・フィッツジ = ラルドがすさまじいスビード ノイヤ 1 ムの居酒屋の四行 に目がとび出しそうになり、あごはたつぶり四分の一インチはがくで疾走する感想を述べている。オマル・、 ミリーは苦々しく眉をひそめた。工 りと落ちた。だがプランドンは、かろうじて明瞭なことばをひとこ詩を迷わず引用する詩人に、エ と発することができた。 ミリーは最後に、アルフレッド・テニスン卿をとっておいた。一九 「時代錯誤だ」 こく自然に見 六五年型フォードのハンドルのうしろにいる詩人は、・ 「あら、それは時代ものの衣裳のせいですわ」工 ミリーは指摘しえる。なにげなく見る者には、詩人は運転に気をとられてしまい た。「あとでモダンなビジネス・スーツを買ってあげられますよ。 ーのほかは、なにも目に入って 前方の車のクロームめつきのパン・ハ 予算が許せば」 いないとしか思えないだろう。しかしエミリーにはよくわかってい ・フランドンは傍らの海の色のビュイックの運転席を、横目でのぞた。詩人が本当に見ているのは、キャメロットであり、シャロット いた。そして、二十一世紀のパステル・カラーの服を着たペン・ジの島であり、グイネビア王妃とともに萠えいずるイギリスの緑野を ョンソンの姿を、脳裏に思い描いてみようとした。驚いたことに、 駆ける、馬上のランスロット卿であることが。 その努力はむくわれた。・フランドンの落っこちそうだった目玉は、 エミリ 1 はもの思いにふける詩人の邪魔をするのはいやだった 平常の位置にもどり、語彙もとりもどした。 が、きっと詩人は気にしないだろう。 ミリーは一一 = ロった。 「うん、お手柄かもしれませんな、ミス・メレディス」・フランドンは「おはようございます、アルフレッド卿」工 言った。「理事会も喜ぶと思いますぞ。本当はわれわれとしても、詩気品ある顔がこちらを向き、アンドロイドの目がエミリ 1 のそれ 人をスクラツ・フにするのは、しのびなかったのです。ただ、実際的と会った。どういうわけか、アンドロイドの目はいつもよりきらき な使いみちが思いうかばなかっただけでしてね。だがこれでー・・・ー」らと輝き、くちびるから流れる声は活気に満ちて力強かった。 工 ーの心は舞いあがった。つまるところ、生と死という問題 にあっては、実際的うんぬんというのは、・ こく小さな犠牲にすぎな グ古き秩序は新しき秩序に座をゆずり、 しかるに神はあらゆる手をつくし、 みわざ ・フランドンが立ち去ると、エ ミリーは巡回をはじめた。一九五八 御業を示したもう : 年型パッカードの中から、いくぶんこもった声ではあるが、ロく あした ・・フラウニングがいつものように、″朝は七時、片岡に露みち 訳者註 " 文中・フラウニングの詩のみ、上田敏訳 ーのあいさつに応えた。ウィリアム・クー て〃と、エ 『海潮音』より引用させていただいた たかみくら ことを、おことわりいたします。 新しい詰めものをした高御座から、″われらが空が曇りてのち、二十 4

7. SFマガジン 1984年12月号

角笛をたからかに吹きたまえ″ た彼のもとに来て、仕事がほしいと言った日のことを。同時に、そ ただし今になると、 ~ の娘を主事補佐にした自分の″こずるさ″ それが″こずるい″やり口だったのかどうかわからないが アルフレッドが『ロックスリー・ホール』を朗唱しおえると、エ 思いあたった。主事補佐といえば聞こえはいいが、玄関番の給料よ ミリーは言った。「『アーサー王の死』を」。そして『アーサー王の ローダス・イー りも安いため、なりてのない肩書きばかりの地位にすぎず、彼女に死』が終わると、「『夢喰い人』を」。アルフレッドが詩を吟じてい 〈詩人の間〉の係を押しつけたのも、彼自身がより快適な環境で過るあいだ、エ ーの心はふたつに引き裂かれていた。心の一方で ごしたかったからにほかならない。さらに・フランドンは、その後数は詩に夢中になり、もう一方では詩人たちの窮地に思いをめぐらし 年のうちに、彼女が不可思議な変化をとげたことに思いいたった ていたのだ。 娘の目のつきつめたような色が徐々に消えていき、足取りが活発に『モード ミリ、ーはかなりの時間がたってし 』を聞いている途中、エ なり、特に朝には、微笑がきらめくようになってきたことに。 まったことに気づいた。はっと我に返ると、もはやアルフレッドの ふたたびプランドンは腹だたしげに肩をすくめた。今度は肩が鉛顔も見えず、窓を見あげれば、たそがれの灰色の空があるばかり。 でできているような気がした。 ミリ】は、立ちあがって地下室の階段の方に向かった。暗 驚いたエ 』を朗唱しつづけてい い中で明かりのスイッチをみつけ、『モード 詩人たちは詩にもならないような片隅に、ごちやごちゃに積み重るアルフレッドをひとり残したまま、階段を昇り、一階に出る。博 ねられていた。地下室の高い窓から、かろうじて午後の陽光がさし物館は闇につつまれていた。玄関口ビーに夜間照明がこうこうとっ いているだけだ。 こみ、詩人たちの表情ひとっ変わらぬ顔を、うすばんやりと照らしだ している。それを見たとたん、エ ミリ 1 は思わずすすり泣いていた。 エミリーは光の輪のはずれのうす明かりの中で立ちどまった。彼 アルフレッドをみつけ、救い出すまでに、長い時間がかかった。女が地下室に降りる姿を見かけた者はどうやらいないようで、・フラ やはり地下室に放りこまれていた二十世紀の椅子に、アルフレッドンドンはエ ミリーが帰宅したものと思い、自分も夜警に・ハトンを渡 をもたせかけ、エ ミリーは向かいあわせにすわった。アルフレッドして帰ったにちがいない。ところで、夜警はどこだろう ? 博物館 はアンドロイドの目で、もの問いたげにエ ーをみつめている。 を出るには、夜警をみつけてドアを開けてもらわなければならな エミリーは言った。「『ロックスリー・ホール』を」 ミリーは本当に帰りたいのだろうか ? 。それにしても、エ エミリーはじっくり考えた。地下室で屈辱的にも山積みにされて あかっき ″友よ、未だ暁なれば いる詩人たちを思い、本来、詩人たちのものである神聖な場所を、 いとま 不当にも侵害しているびかびかの車の列を思った。心に激しい苦痛的 しばし我に暇を与えたまえ やがてことあらば ーの目は、ドアの側の小さなテッス。フレイの を感じた瞬間、エ

8. SFマガジン 1984年12月号

主ミリーと不滅の詩人たち 日日 塑、ロハート・・ヤンク 【山田順子訳「 人・ . イラス + レ十ション新井苑子 Emi/yand the 圧「 Sublime

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そうではないか。 そんな状況で、今また司政官を題材にしたものを書くとすれば、 それなりの工夫が必要であろう。 キタ・ 4 ・カノ日ビアの、姓でもなく役職でもなくいわば ミア・ e ・コートレオは、それを連載というかたちで、しかも私的な個人名のカノビアを持ち出したのは、彼を司政官としての 側からでなく、個人として、それも私的個人として扱おうとの意図 カ / ⅱビア物語などというタイトルで、やろうと考えたのだ。 たしかに、連載となれば、材料を集めさえすれば、読者を惹きつがちらついているとはいえないか ? カ / 日ビア物語の物語という けるたけの突っ込んだ面白いものが出来るかも知れない。そう考え単語にしたって、読みものといいたけなひびきがある。むろん、こ れば、これまでにもそんなものが出て来ていてもおかしくはないのれは正式に決めたわけではなぐ仮題だろう。仮題であるとしても : ・ だが : : : 彼の ( あるいはの ) 知る限り、そうした連載とか連 いや仮題であればよけいに、真意が表に出るものではあるまい 続ドラマのたぐいは、まだ登場していなかった。おそらく、その理か ? 由のひとつは、かりにそういうものを出しても、人々の関心を集め そして、彼がそんな想像をめぐらしたのは、東海岸通信という会 との観測があったせいであり、 得るかどうか、確信が持てない 社の性格を考え合わせたせいもあった。 もうひとつには、それだけ長いものを提供するためにはキタ司政官東海岸通信は、前にが調べたところでも、また、その後彼 に関する資料をもっと精力的に収集しなければならず、かっ、それ自身が東海岸通信提供の記事を何度か見たところでも、社会問題や らの正誤をいちいち司政庁に問い合わせることになる上、司政庁側政治などとはあまり縁のない、芸能・スポーツの取材に長じた通信 がどれだけ協力してくれるか怪しい : : : 協力してくれたとしても、社のようなのである。読みものにしたって、広い読者層を対象に、 司政官にとって都合のいい事柄に限られる、との計算や判断があっ頭よりむしろ感情に訴えかける調子のものが得意のようであった。 ア・・コ たせいではあるまいか。そして、それだけの努力をするほどのこと その東海岸通信がやろうとしているのだから ではない、 というところから、当面、手控えていたということでは ートレオのもくろみも推測がっこうというものではないか。 ないのだろうか ? 多少は違っているかもわからないが、大略はそ彼本人としては、そうしたカ / 日ビア物語なる読みものが現れた ういうことではないか、と、彼は思う。 って、別に構いはしない。ある意味では、それは結構な話なのであ そんなときに、東海岸通信のミア・ e ・コートレオがこんなこ った。タトラデンの人々が司政官への関心を少しでも多く、少しで とをはじめようとするのには、彼女なりの目算があるに相違ないのも長く持ちつづけてくれるのなら、それが司政官自身のイメージを 失墜させるものでない限り、歓迎すべきなのである。いや、時と場 その目算は、彼には何となくわかる気がする。カノ日ビア物語と合によっては、それだって受け入れねばならぬことがあるだろう。 いうような言葉が端的にミア・・コ 1 トレオの気分を示して いタトラデンの人々に、司政官という存在が忘れられるよりは、また円 るように思えたからであった。 そのほうがましなのた。

10. SFマガジン 1984年12月号

呼びとめてあやまりたいと思った。だが、どうしてもできなかっ 「地、地下室ですよ」・フランドンの顔は、彼が今まで目をとめてい た。テニスンからサンダ ードへの移転に対し、自分でわかってたとき色のフェンダーのような赤みをおびた。 いる以上に、激しく憤慨していたのだ。 「なぜなんです ? 」 室内装飾家たちがホールを一新していくのを、エ ミリーが手をこ 「ミス・メレディス、きみのこの件に対する態度、よろしくありま せんそ。きみはーー」 まねいて見守っているうちに、情ない午前中が過ぎていった。 淡い色の壁はあざやかな色へと変わり、たて仕切りのある窓は、一 「なぜ、あのひとたちを地下室に入れたんですか ? 」 クロームのベネチアン・・フラインドにおおい隠された。間接照明は「当初の計画に、若干の変更が出たようですな」・フランドンは急に 取りはずされ、天井から、冷たい光の螢光灯が吊り下げられた。寄足もとの合成タイルの模様に、気を奪われてしまったようすだ。 せ木細工の床には、無残にも合成タイルが敷きつめられた。正午に「詩歌に対する一般大衆の無関心は、ほぼ永久的なものであるとい は、ホールは一見したところ、特大のトイレのような部屋に変貌しう事実と、今回の改装計画が、予期していた以上に費用がかさむと た。足りないのはクロームの便器だけだわと、エミリーは皮肉な感いう付随的事実と、この二点をかんがみてーー」 想を抱いた。 「あのひとたちをスクラツ。フに売り払うつもりなんですね ! 」エミ リーは蒼白になった。目に怒りの涙があふれ、頬をつたって流れ 詩人たちが倉庫で不快な思いをしていないかと、昼食後、エ、、 ミリーは叫んだ。「あんたも理事たち ーはようすを見に、屋根裏への階段を昇っていった。しかし、ほこる。「だいっきらいよ ! 」工 あんたたちはカラスと同じよ。びかびか光るも りだらけの屋根裏部屋には、詩人が納められた木わくなど、一個ももだいっきらい なかった。以前からしまいこまれてある物のほかにはーー何年もののをみつけて拾ったら、博物館という古巣にだいじに運んできて、 あいだ、ほこりをかぶったままのどうしようもなく時代遅れの遺品いし 、ものは全部、投げ捨ててしまうんだわ。きらい、きらい、だい のほかに、増えた物はひとつもない。工 の心の片隅を、疑惑っきらい ! 」 が強いカで引っぱった。大急ぎで階段を降り、博物館のしかるべき「頼みますよ、ミス・メレディス。どうか、もう少し冷静になって 場所に、・フランドンを探した。「詩人たちはどこです ? 」自動車の : ・」・フランドンは自分が空気を相手に話しているのに気づき、中 列の並・ヘかたを指図していた・フランドンをみつけると、エ ミリーは途でロをつぐんだ。いつのまにかエミリーは身をひるがえして飛ぶ 詰問した。 ように行ってしまい、上品な。フリントのドレスが、車の列のかなた ・フランドンの顔に、背後のクロームの・ハンパ冫 ーこ生じた錆と同じに見えているだけだった。・フランドンは肩をすくめたが、それはカ ぐらい明白そのものの、うしろめたい表情が浮かんだ。「まったのいる作業となり、さりげないしぐさにはほど遠かった。・フランド く、ミス・メレディス、きみ、少しー・ーー」 ンは何年か前のことを思い出した。つきつめたような、大きな目の 「あのひとたちはどこにいるんです ? 」エミリーはくり返し訊いた。やせた娘が、おずおずとした徴笑をうかべ、〈電気器具の間〉にい 8 3