のことを忘れるなよ、トム」 いねいに磨かれていた。 トースタインが歩きだしたとたん、どちらかといえば滑稽なこと奥のドアがあき、サン。フスン博士がびよこんと顔をのぞかせた。 が起った。踏みだした左足の下で、コンクリートの歩道が液化した「やあ。すぐかたづくから」顔がびよこんとひっこんだ。 のである。だしぬけだったため、 トースタインはくるぶしまで歩道サン。フスンはことばに忠実だった。ラニガンが腕時計を見るかぎ に埋まった。勢いあまって、彼は道路につんのめった。 りでは、博士が用事を終えるまでに三秒とかからなかった。一秒後 コンクリ 1 トカ : 硬化しないうちに、トムは急いで友人を助け起しにはラニガンはレザーの長椅子に横たわり、真新しい紙の枕力。 ( ー こ 0 を頭の下に敷いて、サン。フスンの声を聞いていた。 「大丈夫かい ? 」ときく。 「さて、トム、近ごろ具合はどうだ ? 」 「くそっ、足首をひねっちまった。もう、 、歩けるよ」 「変りませんね」とラニガン。「前よりひどくなった」 トースタインは足をひきずりながら火災報知器を鳴らしに行っ 「悪夢が、かい ? 」 た。ラニガンはたたすんで火事をながめた。たぶん自然発火だろう ラニガンはうなずいた。 と見当がついた。案の定、火事は数分後には自然鎮火した。 「あらためて話してもらおうか」 他人の不幸を喜ぶのは趣味のよいことではない。だがトースタイ 「どうも気がすすみません」 ンが足をくじいたと思うとひとりでに笑いがこみあげた。メイン・ 「こわいのか ? 」 ストリートで出会っただしぬけの洪水も、 っこうに苦にならなか「それはもう、前以上に」 った。黄色い麦わらを積んだ蒸気船みたいなものが、空をわたって「いまこの瞬間も ? 」 ゆく。ラニガンはそれを見上げてにつこりした。 「ええ、特にいまは」 だが悪夢のことを思いだすにつれ、心はふたたび恐慌にみたされ つかのま臨床的な沈黙がおりた。ややあってサン。フスンはいっ た。彼は急ぎ足で精神科医のオフィスにむかった。 た。「その悪夢がこわいという話は聞いているが、なぜこわいかと いう理由は、まだ話してもらってないね」 サン。フスン博士のオフィスは、今週は暗くこぢんまりしていた。 「それは : : 。ばかげた話に聞えると思うので」 古びたグレイのソフアは消えている。かわってその場には、ルイ十サン。フスンはロをつぐみ、顔をひきしめ、真剣そのものだった。 五世時代風の椅子が二脚と ( ンモックが見えた。すりきれた絨毯ばかげたものなどこの世にはない、ばかげたものなど体質的に認め は、とうとう自然に編みあがって新品になっていた。暗褐色の天井る能力はないという顔だ。おそらくボーズだろう。だがラニガンに にはタ・ハコの焼け焦げあとがついている。だがアンドレッティの肖とって頼もしいことはたしかだった。 像画は、壁のもとの位置にかかっており、大きな不定形の灰皿はて 「いいです。話しましよう」だしぬけにラニガノよ、 そこでこ
「なるほど : 。しかしですね、先生、もしほかの人間全員がまち がっていたら、どうなりますか ? たとえば、現実は一つだけじゃ ラニガンまたは阯界またはその両方は、息を吹きかえした。時は なくて、ほかにいろんな現実、いろんな世界があるとしたら ? 無過ぎたのか過ぎなかったのか。何かが起ったのか、何も起らなかっ 限のありようの中のこれが行きあたりばったりの一つにすぎないとたのか。ラニガンは起きあがり、サンプスンを見つめた。 したら ? そうでなくても、現実の本質それ自体が変化しうるもの 「どうだね、気分は ? 」とサン。フスン。 で、なぜかわたしだけにその変化が感じとれるのだとしたら ? 」 「大丈夫です。どうなったんですか ? 」 サンブスンはため息をつき、上衣の中ではばたく小さなみどり色「一騒動あってね。すこし休みなさい」 のコウモリに目をとめると、定規をつかい 、うわの空でたたき落し ラニガンは横になり、落ち着こうとっとめた。医師はデスクにむ こ 0 かってすわり、なにかノートをとっている。ラニガンは目をとじて 「またそこに落ち着くか。きみの仮説には、わたしは何の反証もあ二十まで数え、おそるおそる目をあけた。サン。フスンはまだ書きも げることはできないんだ。トム、やはり夢の総ざらいをやるほうがのをしている。 ラニガンは部屋を見まわし、壁にかかる五枚の絵を数えると、も ラニガンはしぶい顔をした。「それをしたくないんです。なにか う一度数えなおし、グリーンの絨毯を見つめて眉をひそめ、ふたた 悪い予感が : : : 」 び目をとじた。今度は五十まで数えた。 「総ざらいは必要だよ」サン。フスンはうっすらと笑った。「とにか「さて、話す気になったかね ? 」サン。フスンがノートブックをとじ くやってみることで、どちらにころぶにしろ、悪夢にとどめをさすてたずねた。 ことができるんじゃないかな ? 」 「いえ、ちょっと待ってください」 ( 五枚の絵、グリーンの絨毯 ) 「お好きなように。しかし、そろそろ診察時間は終りだよ。もうす 「でしようね」ラニガンは勇気をーーー愚かにもーーー奮いおこしてい こし休みたいのなら、待合室がーー」 った。「それじゃ始まりは、つまり、夢の発端というのはーー」 話しだしたとたん、恐怖がまたものしかかってきた。めまいが「いし え、帰ります」 し、吐き気がこみあげ、ラニガンは身をちちめた。長椅子から起き ラニガンは立ちあがると、グリーンの絨毯を踏んでドアにむかっ あがろうとする。医師の顔が眼前でふくれあがる。金属のきらめき た。五枚の絵をふりかえり、医師に目をうっす。サンプスンはカづ が目に入り、サン。フスンの声が聞えてきた。「さあ、からだを楽にけるようにほほえんでいる。ラ = ガンはドアを通って待合室に入 して : ・ : ・軽い発作だ : : なにか楽しいことを考えなさい」 待合室からおもて側のドアにむかい ドアから廊下に出て階段 つぎの瞬間ラニガンというか、世界というか、もしくは両方が闇にむかい、階段をおりて通りに出た。 に呑みこまれた。 歩きながら木々をながめる。みどりの葉がそよ風に吹かれ、きま
ラニガンは気まずそうにうなずいた。 その秘密の無線電波を聞いている男と同じくらい重いんですか ? 」 「ところが、きみはわたしの診断を拒絶する。その夢の世界が夢で「いやいや、それほどじゃない。きみはもっと道理をわきまえてい 7 あることを、きみはいつも忘れてしまうのだ。たんなる夢にすぎる。もっと理性的だ。きみはこの世界の実在を疑っている。だが幸 ず、きみが心理的欲求をみたすために自分で発明した、わざとらし いなことに、幻覚の具体性にも疑いをいだいているからね」 い夢の法則に従ってるだけの世界なのに」 「では一つ実験をしてみてください。先生の抱えている問題はわか 「それを信じることさえできれば」とラニガンよ、つこ。 ( しナ「問題ります。しかし受けいれられそうなものは、何でも受けいれるよう は、わたしの夢の世界が腹だたしいほど理屈にあっていることなんにしてみますから」 「それはわたしの専門ではないんだよ」とサン。フスンはいった。 あまり自 「とんでもない。その幻覚が自閉的で自足的なものであるからにす「こういった問題を扱うには形而上学者がいちばんいい。 ぎんよ。人間の行動は、世界の本質に関するいくつかの仮説に基い信はないんだが・ : : ・」 ている。仮説を認めさえすれば、人間の行動はまったく理屈にあっ 「おねがいします」ラニガンは懇願した。 たものになるんだ。しかしその仮説、その根本原理を変えるという「ようし。では、やってみるか」サン・フスンのひたいに精神集中の のは、ほとんど不可能なことだ。たとえばだよ。ある男がいて、そ皺がより、汗の玉がうかんだ。やがて医師はいった。「人間は世界 の男は彼だけに聞える秘密の無線電波で自分があやつられているとを五官で感じている。したがって究極のところは、その五官がった 信じている。そんなことはないという事実を、きみはその男に対しえるものを受けいれるしかないことになる」 てどうやって証明する ? 」 ラニガンはうなずき、医師はつづけた。 「先生のおっしやることはわかります」ラニガンは小声でいった。 「というわけで、われわれは物の存在を、感覚に教えられて知る。 「それがわたしだというんですか ? 」 では、五官が正常かどうかをどこで測るのか ? それは他の人びと 「そうだ、トム。事実上、きみということになるね。この世界が現の感覚と比較するしかない。問 題の物体が存在しているかどうか 実で、きみの世界がにせものだということを、わたしに証明しても は、他の人間が受けとっている印象と自分の印象とが合致したと らいたがっているわけだ。必要な証拠さえそろえてくれるなら、きき、はじめて証明される」 みは喜んで妄想を放棄しようという」 ラニガンはいっとき考えていった。「すると現実というものは、 「そうです、そのとおりです ! 」とラニガンは叫んだ。 一種の多数決できまると」 「しかし、 いいかね、わたしにはその証拠はそろえられないんだ。 サン・フスンはロもとをゆがめた。「形而上学はわたしの専門では 世界の本質は目に見えるとおりのものだが、証明はできない」 ないといっただろう。しかし、まあ、そういうふうにもいえるわけ だね」 ラニガンは考えこみ、やがていった。「先生、わたしの病気は、
またそろ例の悪夢にうなされ、ラニガンはしわがれた悲鳴ととも「もう一度眠れそう ? 」 にようやく目をさました。べッド 「無理だね。このまま起きるよ」 の上に起きなおり、まわりの紫の 闇をねめつける。歯をくいしばり口もとを引きつらせて、けいれん「それもそうね」エステルはあくびをして目をつむったが、またす ぐに目をひらいた。「ねえ、それだったらどうかしら、先生に電話 性の笑みをうかべた。となりで妻のエステルが身じろぎし、起きだ す気配がした。ラニガンは目をくれなかった。まだ悪夢から抜けきをしてーーー」 「十二時十分にアポイントメントをとってある」 れず、現実の手ごたえある証を待ちうけている。 椅子が一つ、視野の中をゆっくりとただよい、ズンとかすかな音「それならいいわね」といって、また目をとじた。見守るうち、エ をたてて壁にはりついた。ラ = ガンはちょっぴり表情をやわらげステルはりにおちた。栗色の髪が淡い・フルーに変り、彼女は一度 た。片腕にエステルの手がおかれる感触ーー気を鎮めようという思大きくため息をついた。 ラニガンはべッドから出て服を着た。概して大柄な男なので、こ いやりだが、それはアルカリ液のように肌にしみた。 とのほかたやすく見分けがつく。顔だちも妙にはっきりしている。 「ほら。これを飲んで」 首には吹出物。それ以外は、ごく平凡な男である。くりかえしよみ 「いや。もう大丈夫だ」とラニガン。 がえる悪夢が、彼をしだいに狂気にかりたてている点を除きさえす 「いいからお飲みなさい」 れば。 いいんだ。ほんとに大丈夫なんだから」 いまではすっかり悪夢の呪縛から脱していた。頭も正常にはたら き、世界はいつもながらの姿にかえっている。これはラニガンには それからの数時間、彼は玄関のポーチにすわり、夜明けの空で星 かけがえなく貴重に思われた。鎮静剤をあとまわしにしても、いま星が新星に変ってゆくのをながめた。 この瞬間を手放したくはなかった。 しばらくのち散歩に出た。家から二ゾロックほど歩いたところ 「また同じ夢 ? 」とエステルがきいた。 で、運悪くジョージ・トースタインとでくわしてしまった。数カ月 前うつかりトースタインに悪夢のことを打ち明けたことがあるの 「うん、相も変らずさ : : : 話すのもいやだ」 ースタインは飾り気のない親身な男で、自立、修養、実用 「わかった」 ( まるで腫れものにさわるようだ、とラニガンはっ 性、良識といった愚にもっかぬ美徳を信奉している。この隣人のか た。自分はおろか、女房までこわがらせている ) たくなで現実的な意見は、一時期のラニガンには新風のように思わ エステルが「あなた、いま何時 ? 」ときいた。 腕時計に目をやる。「六時十五分だな」だが言ったとたん、短いれたものである。しかしいま、それは紙やすりだった。トースタイ 9 針がひきつけを起したようにびよんと前にとんだ。「おっと、七時ンのような男は、たしかに地の塩、国家の背骨にはちがいない。だ 五分前だ」 が、つかみどころのない影と闘い、負けを認めようとしているラニ あかし / ヴァ
なにかあてがあるんだね。いってくれよ。考えてみるから」 「いや、考えたことはないみたいだ」 「じゃ、考えろよ ! おたくは疲れてるんだ。神経がびんと張「ち「そうだ、考えてくれ。実はも「てこいの場所を知「ているんだ。 メイン州にあってね、トム、すぐ近くには小さな湖ーー」 まって、頭に血がの・ほってるんだ。働きすぎだよ」 トースタインはとめどもない説明の達人である。ラニガンにとっ 「この一週間、会社を休んでいるんだがね」とラニガンはいい、腕 時計を見た。金のケースは鉛に変っているが、時間はかなり正確なて幸いなことに、二人の気をそらすできごとが起「た。通りのむか い側の家から火の手があがったのだ。 ようだ。この会話を始めて、すでに二時間近くたっている。 「おい、あれはだれの家だ ? 」とラニガンはいった。 「その程度じや足りないんだな」とトースタイン。「おたくはまだ この町にいる。仕事から離れきっていない。自然とふれあうのが肝「マクルビーのところだ。今月はもう三度目だぜ」 「警報を鳴らしたほうがいいな」 心なんだ。トム、この前キャン。フに行ったのはいつのことだ ? 」 「そのとおりだ。よし、おれが行こう。いまいったメイン州の別荘 「キャン。フ ? そんなものには行ったことはないよ」 「そら、そこなんだ ! 本物に囲まれて生きるんだ。道路やビルな んかじゃなく、山や川だよ」 ラニガンー よ腕時計にまた目をやり、ケースが金にもどっているの を知ってほっとした。これは嬉しかった。六十ドルもしたケースな のだ。 「木々や湖だよ」トースタインはうたいあげる。「足もとから萠え でる草の感触、金色の空を背に黒々と行進する山々の尾根ーー」 ラニガンは首をふった。「田舎にはいたことがあるんだ。そうた いしたことは起らなかったな」 トースタインは強情だった。「人工物から逃れなきや」 「みんな同じように人工に見えるんだがね。木だって、ビルだって どう違う ? 」 「ビルは人間がつくる」ト ースタインはどこか敬虔な口調でいっ た。「木は神様がおっくりになる」 どちらの仮定もラニガンには疑問だった。だが、その話題は持ち ださないことにした。「そこまですすめてくれるところをみると、 もちろんや ミステリ、冒険、ノンフィクション ファンタジィまで、早川書房の出版物が勢そろいー ハヤカワ・ブックフェア 紀伊國屋書店・新宿本店新装オーブンを記念してハヤカ ワ・ブックフェアを開催致します。 期間昭和五十九年十一月三十日より 場所紀伊國屋書店新宿本店一一階文学書売場 住所新宿区新宿三丁目十七番七号 電話 ( 0 3 ) 3 5 4 ー 0131
とばを切った。 「つづけなさい」 「つまりですね、どういうものか、それがわたしには信じられるん です。よくわからないんだが : : : 」 「いいから、つづけて」 「ええと、どういうものか、その悪夢の世界が現実世界のようにな ってきてるんです」ラニガンはいったん間をおいたが、それから堰 を切ったようにしゃべりはじめた。「いっか目がさめると、わたし はその阯界にいる、その世界こそが現実になり、いまある世界は夢 になってしまうんじゃないかと」 彼は目線をうっし、この気ちがいじみた啓示をサン。フスンがどう 受けとめたか見ようとした。サン。フスンが動揺しているにしろ、そ一フ れは顔にはあらわれていなかった。左の人差し指のくすぶる先端を パイ。フにかざし、泰然とパイプに火をつけている。人差し指の火をオ 吹き消して、サン。フスンよ、つこ。 冫しナ「なるほど。それで ? 」 「それでとは ? それがそうなんです。すべてなんですよ ! 」 藤色の絨毯に、二十五セント貨ほどの大きさの斑点が現れた。斑 点は黒ずみ、盛りあがると、みるみる小さな木に生長した。木は果ス 実をつけている。サン。フスンは紫色のくだものを一つもぎり、にお いをかいでデスクにおいた。そしてラニガンをきびしく悲しげに見 つめた。 「その夢の世界のことは前にも聞いている」 ラニガンはうなずいた。 「それについて話しあいもしたし、その原因もたどり、きみにとっ てそれが持つ意味も分析した。この数カ月で、きみがなぜ悪夢への 野 恐怖から自減の道を歩んでいるかわかったと思ったが」 〔☆☆ , 。め ☆ 銀河乞食団〔 1 〕 、るさと 謎の故郷消失事件 定価 280 円 銀河乞食軍団〔 4 〕銀河乞食軍団〔 2 〕 宇宙コンテナ救出作戦宇宙翔ける烏を追え ! 定価 320 円 定価 300 円 銀河乞食軍団〔 5 〕銀河乞食軍団〔 3 〕 留曽ゴンサレスの逆襲銀河の謀略トンネル 定価 360 円 定価 340 円 八ャカワ文庫 JA 、 ~
ガンには、トースタインはたんなる迷惑から恐怖に変っていた。 「やあ、トム、どうだ調子は ? 」 「うん、上々だよ」ラニガンは機嫌よくうなずき、みどりに明けゅ く空のもと、その場を立ち去ろうとした。だが、この男からそう簡 単に逃げだせるものではない。 「トム、おたくの問題を考えていたんだ。いろいろ心配になって 「すまないな。しかし実際、そんなふうに気をつかってくれなくて 「いや、おれがそうしたいからしてるんだ」トースタインは悲しむ べき単純な真実をつげた。「人間というものに興味があってね、 ム。これは昔からなんだ。子どものときからじゃないかな。それ に、おたくとは長いあいだの隣り同士じゃないか」 「そうだね」ラニガンは呆然といった。 ( 救いが必要なときにいち ばん困るのは、救いを受けいれなければならないことだ ) 「それでだがな、トム、おたくに必要なのはちょっとした休暇だと 思うな」 トースタインはどんな問題にも単純明快な処方を用意している。 免状なしの心の医者をみずから任じているので、カウンター越しに 買える薬の処方にはいつも慎重なのだ。 「今月はとても休暇はとれないよ」とラニガンよ、つこ。 をしナ ( 空はい までは黄土色とビンクに染まっている。松の木が三本枯れ、一本の 年老いたオークは、みずみずしいサポテンに変っていた ) トースタインは快活に笑った。「お い、いまは休暇をとれないな んてうそぶいている場合じゃないだろう ! そこんとこをちゃんと 考えているのか ? 」 ・シェクリイ . S 、ミ c ミ e 、 海のむこうからときどき漏れ伝わってくる情報によると、ロ・ハ ト・シェクリイは、五十なかばをすぎた今もなお放浪生活、という か引っ越し好きの気ままな暮しをつづけているらしい 一九二八年生れのニューヨークっ子、五〇年代末まではこの大都 会に居をさだめ、さまざまな専門誌のほか、。フレイボーイ誌な どにしゃれた短篇を書いていたが、一九六〇年の『ロポット文明』 以降ちょっと活動がとだえたと思ったら、やがてスペインにいると いうニュースが流れてきた。この海外脱出の理由はいろいろ取り沙 汰されたが、けつきよくは作家たちがよくいう Writer's Block 、 いわゆる″書けなくなった″ことが主要な原因らしい 最初は、ニューヨークに安住しすぎたせいではないかとヨーロッ ・ハを転々、つぎには妻のせいではないかと離婚を二回、そしてとう とう自分が悪いのだという悲しくもまた愉快な結論に達したいきさ つは、 O>Z—誌に掲載されたエッセイで知ることができるが、そ れをくわしく紹介するスペースはここにはない。 七〇年代の末、シェクリイは OäZ—誌の小説部門編集者として ふたたびニュ 1 ヨークにもどった。しかし自分の本業はあくまで作 家であると自覚、一時期フロリダに住んだのち、現在は地中海の小 島イビーサに、新しい妻をむかえてフルタイムの創作に専念してい るという。八四年には、ひさびさの新作長篇 D きミ。 c ~ ご . ・守・ ミを、 SoaP 0 を ra がハードカ・ハーで発表された。 ( 伊藤典夫 ) 解説 人と作ロå け 0
りきった感じにかすかにゆれている。道路には車の流れがあり、どえているだけ。もちろん伸びているにはちがいないが、目にもとま の車もきまじめに車線を守っている。空は変化のないブルー。すでらぬ速さで伸びているだけで、感覚ではとらえることはできないの だ。山々は相変らず高く、黒々とそびえているが、それらは動作の にかなり前からそんな色なのだろう。 ? ラなかばで凍りついた巨人たちだ。金色 ( や紫や緑 ) の空を背に行進 夢か ? 頬をつねってみる。夢の中でつねっただけなのか ? 目することはない。 ニガンは目覚めなかった。叫んでみた。夢の中で叫んだのか 生命の本質とは変化だ。以前サン。フスン博士からそんな話を聞か がさめない。 されたことがある。死の本質は停止である、と。死骸にさえまだ生 彼は悪夢の世界にある通りを歩いているのだ。 はじめ通りは、ごくふつうの都会の通りに見えた。歩道の敷石、命の残滓はある。肉体が腐敗をつづけるかぎり、ウジ虫が貪欲に肉 自動車、人びと、ビル、頭上の空、空に輝く太陽。何もかも正常だをくらい、蠅がはじけた腸から汁をすするかぎり、それはまだ生き ているといえるのた。 った。ただ一つ、何も起らないという点を除けば。 ラニガンは世界の死骸を見わたし、それが確実に死んでいるのを 歩道が足もとでぐにやりとすることもない。行くてにファースト ・ナショナル・シティ銀行が見える。銀行は昨日もそこにあった。見届けた。 それだけでも一大事だが、なお困 0 たことに、それは明日もまちが彼は絶叫をあげた。絶叫をあけると、人びとが周囲をとりかこみ ( しかし何をするわけでもなく、何に変るわけでもない ) 、ついで いなく、さらに明後日も来年も、そこに存在しつづけるだろう。フ アースト・ナショナル・シティ銀行 ( 創立一八九二年 ) は、可能性予想どおり警官がかけつけ ( その間、太陽は一度たりと形を変える をグ。テスクに喪失しているのだ。それは決して墓や飛行機や古代わけではなか 0 た ) 、救急車が変りばえしない道路を走 0 てきて ートと鋼鉄の ( ただしトランペットが鳴るわけでもなく、愉快な三輪車や二十五 怪獣の骨に変化することはない。むつつりとコンクリ 建築物でありつづけ、いつの日か、工具を持った男たちが解体にか輪車でもなく、ただの四輪車 ) 、救急隊員が彼をとあるビルに運び こんだが、話しかける人びとはいっこうに変化せず、仮借ない純白 かるまで、狂ったように不変性に固執するのだ。 ラ = ガンは化石化した世界を歩いた。青空のはずれに抜け目なくの部屋の中で問いかけはいっ果てるともなく続いた。 白い雲がうかんでいるが、それは変化を約東しているように見えなそして夜になり、朝になり、それが第一日だった。 がら、そのくせ何一つもたらすことはなかった。車は正確無比に道 路の右側を走り、通行人は横断歩道をわたり、すべての時計の針は 数分以内の誤差で一致している。 この町を出たところにも田園があるのだろう。だがラニガンは知 っていた。足もとの草は決して伸びることはない。ただ足もとに生